時空融合計画
フェザリアンにより立案されたこの計画は、2つの世界を重ね合わせ、新しい世界を創造、そこに移民を行うというものであった。
「魔法障壁展開完了。」
暗い、しかし、計器類の光だけはやけに明るい部屋でフェザリアンが言った。
「各部チェック報告を」
十数秒で報告が上がった。
「第3号異常なし」
「第2号異常なし」
「第1号異常なし」
「時空制御等本体の各ブロック異常なし」
各部署の報告を受けて責任者が女王に告げた。
「全機構異常なし。」
報告を受けたフェザリアン女王は厳かに頷いた。美しく聡明そうな顔に動揺の影は見受けられない。
この計画を発動したフェザリアン達は背中に翼を持ち、人間から見ると、天使のような外見の人々だった。一般に合理的な思考を重んじ、魔法はほぼ使えない代わりに高度な科学技術を擁していた。この計画にはその全てが投じられていた。
「よろしい、実験を終了せよ。」
部屋に明かりが戻り、張り詰めていたものが消えていった。
代用品である時鉱石はその十分に果たしえることが確認された。ここ2週間はこの代用品でも時空融合が出来るようにシステム全体の改装に費やされ、実験も成功した。
時空融合計画は実行可能なのだ。
人間であればここで歓声を上げるところだが、フェザリアンは冷静であった。
「これで、時空融合計画は実行可能になりました。」
「ふむ、皆ご苦労であった。」
「陛下、決行は?」
「フェザリアンだけの都合で決定するわけにも行くまい。予告とほぼ同じだが人間の各グループの代表たちと話して決めよう。」
現在、この島にはフェザリアンと人間があわせて30万人がおり、これが移民の全てとなる。
人間といっても一つで纏まっているわけではなく、旧ローランド王国の生き残りとキシロニア連邦からの移民。そして、計画に協力した人間とその家族。この3つが大まかなグループとなる。
「アレン。計画実行の最適日はこの前と変わらぬか?」
年老いたフェザリアンが答えた。
「はい、全ての条件に変更ありません。」
「そうか、では、人間たちとの会議では明日ということで話してみよう。」
誰ぞ、人間たちの指導者に知らせてくれて。と女王は命じ、数名のフェザリアン達が飛び立っていった。
「陛下、いよいよですな。世界全体を救えなかったのは残念ですが・・・」
「うむ、だが、それでも何も出来ないよりもマシじゃ。たとえ救えるのがこの島だけだったとしても。」
と、女王はモニターごしにフェザーランドの様子を伺った。島のいたるところに仮設のテントが敷かれている。
「そういえば、時鉱石をもたらした若き英雄たちはどうしておる?」
「はあ・・・その休日とかで辺りを散策に出たようです。」
「ふむ・・・散策のう・・・」
休日をくつろいで過ごすという人間の行為は何とも理解しがたい。説明を聞いてもなんとも不可解至極で、次の仕事のための休憩期間ということで納得しておいた。
−なれば、わざわざ外に出て体力を消耗せずとも良いではないか。
そこまで思ってから女王は苦笑した。
移住してからも大変じゃ・・・我等は考えの違うもの同士で協力し、新しい世界を作っていかねばならない。
「分かってはいたが、難しいな・・・」
「は?」
「いや、なんでもない。さあ、話し合いの準備をしようぞ。」
ともかく、今は時空融合を成功させることだ。後のことはそれからでもいいではないか。フェザリアンらしからぬ、粗雑な考えに女王は一人苦笑しながら会議の準備を進めるのだった。
戦いが終わってから三週間。初めの2週間は忙しかった。フェザリアンの女王に謁見し時鉱石を届けた時にアネットが願い出たのは、キシロニアからの移民を受け入れてほしいという一点であった。女王は「これがなければ計画も不可能だった」と、快くその提案を受け入れてくれた。
それを受けて、キシロニア本国への連絡、移民の募集、移住の準備。アネットも忙しく飛び回った。いわば、キシロニアの全権大使のようなものだったからだ。その護衛としてスレインも彼女の後を追いかけていた。旅で一緒になったモニカ、ヒューイ、弥生も護衛に協力してくれたが、ともかく忙しかった。
だが、その騒ぎもキシロニア本国からビクトルがヴォルトゥーンまで直通させたトランスゲートを通じて移民団が到着すると急に落ち着いていった。再び任の重い特命全権大使となったノエルがフェザリアンとの交渉を担うようになったからだ。
それから後の一週間ははっきり言って何もすることがなかった。
でも、それで良かったのかもしれない。と、スレインは思った。
ここ2ヶ月は本当に忙しかったものなあ・・・
頬を触りながら風が吹き抜けていった。
ここには貴重な自然環境があった。草が生え、花がたくさん咲いていた。横になると草と水の自然な臭いが感じられた。ローランドの環境にいたぶんその喜びも大きかった。
「なんや、ちびっこ。こんないいところ知っとったんか?」
「いいところなの?」
「当たり前よ」
とアネットが同意した。
3人ともスレインと同じように草むらで横になっていた。
「時空制御塔も良く見えるし、綺麗な水、草それに日当たりがいいし!」
「たとえ、それが作られたものでも?」
モニカが言うにはここの植物も動物も「遺伝子」なるものから大量にその植物や動物のコピーを作ったのだという。移住してからの当座の食料ということだった。
そう、言われてもアネットやヒューイ、それにスレインも実感が沸かなかった。
「いいのよ、作られたものだって・・・こんなに豊かなところってこの大陸でも数えるくらいしかないもの。」
「せやな、ワイが旅に行ったとこでもこうはいかないでえ・・・」
「そう・・・なんだ」
と、モニカは安心したような表情を見せる。
「あれ〜もしかして、自分の好きな場所が人間に気に入られるか不安だったとか?」
「!?そんなことはないわ・・・!」
声は完全に裏返っている。図星のようだ。アネットはモニカに頭を抱きしめる。
「本当に、モニカちゃんって可愛いわね」
「ちょっと・・アネット苦しい。」
純粋のフェザリアンならモニカのようなに不安は覚えないだろうが、人間とのハーフであるモニカの感情は人間に近かった。それは、スレインたちにとっても好ましく思えた。
「まあ、良かったわ−ここがいい場所で。」
アネットがモニカを解放すると彼女は務めてクールな口調で言った。最初はかなりクールな態度で通していた彼女も今では結構打ち解けているような気がした。
「ここで、少しは休まないとね。」
「ああ・・・休もう。」
自然と、3人はまどろんだ。眠っているのか、おきているのか曖昧な気分になる。
すると、どこかから香ばしい臭いが漂ってきた。
時間は丁度、お昼くらいだ。
「いいにおいです〜。」
と、ラミィも思わず反応していた。
起き上がり、煙のするほうに行ってみると、弥生が巨大な淡水魚を火にかけていた。
「あら、スレインさん。そろそろですわ。」
「これ、弥生さんが捕ったんですか?」
「ええ、−この大きさなら皆さん全員で丁度良い分量と思います。」
「すいません。一人で用意させてしまって。」
「仕方ありませんわ。私、ジャンケンは昔から弱くて・・・」
「ははは・・・」
昼ごはんの用意はジャンケンで決めよう。とアネットが言った。通常こういうことは何度も繰り返されるのが常だが、このときは一回で片がついた。全員がグーで弥生はチョキだった。
「でも、これをどうやって取ったんですか?−1m以上ありますけど・・・」
「リングウェポンで仕留めました。・・・その釣竿とかも持ってきませんでしたし・・・」
スレインは苦笑した実戦での命中精度からみれば可能なのかもしれないが。
「すごいですね・・・弓をそんなに使いこなせるなんて」
「ありがとうございます」
と、彼女は頭を下げた。東の大陸から来た弥生は何事も丁寧な人だった。東の大陸ではみんなこんな感じなのだろうか?とスレインは思った。
「ん・・・なんや、これは・・・」
「うわあ・・・」
「すごい」
と、臭いに釣られてアネット達も姿を現す。
「みなさん、そろそろ頃合ですわ。」
「わおう!弥生はんの手作り・・謹んで頂きますわ」
というヒューイの言葉を軽くスルーして、彼女は魚の身を何かのソースに付けて、皆に手渡した。
「これ・・・何?」
「はじめて見る。」
と、初めは珍しがってみたがこれが、意外と美味しかった。弥生によると、このソースは醤油というもので、彼女の故郷ではごく一般的な調味料のようだ。
それから、しばらく辺りを散策した後、スレインたちは時空制御塔に帰っていった。
すでに、夕日が落ちつつあった。
時空制御塔の周辺に戻ると人々が集まっていた。いつもとは明らかに違う雰囲気だ。
ヒューイが集まっている人を捕まえて事情を聞いた。
「なにがあったんや?」
「君達聞いてないのかい?なにか重要な発表があるみたいなんだ。」
すると、音が島全体に響いていた。フェザリアン女王の声だ。
「人間よ、フェザリアンよ。時空制御塔の改造は完了しました。よって二週間前に知らせていたように」
それから、言葉を切り女王は言い切った。
「時空融合計画を開始します。」
その言葉は何度も繰り返された。そして後、具体的な指示が下される。
ざわめきが広がっていった。
確かに、事前に知らされてはいたが、動揺は仕方の無いことだった。予定日はあくまで予定であって、延期される可能性も高かったからだ。
「とうとう、この日が来たんだな・・・」
と、スレインは言った。
「そうね。」
「おーい!アネット!」
突然、後ろから呼びかけられたスレインたちが振り返るとそこに良く見知った顔の人々がいた。
「え?マーシャルおじさん!?」
彼は自分の姪とスレインの労をねぎらった。
「アネット、スレインご苦労だった。それとー」
マーシャルは彼にとっての新顔を見回す。
「ああ、紹介するね。旅の途中で私たちに協力してくれた仲間なの皆。」
ヒューイ、モニカ、弥生が名乗って簡単に自己紹介すると、アルフレッドも名乗った。
「-そうか、今回、キシロニアの民がこの移民に加われたのも皆さんのおかげです。ありがとうございました。」
「ところで、おじさんはどうして?」
マーシャルはキシロニア連邦軍の総司令官であり、仕事をおいそれと離れてよい立場には無いはずだ。
「連邦軍の指揮はロナルドが引き継いでいるよ。ワシは閑職ーというわけではなく。この移民団のリーダーを務めることになったのだよ。」
「え?じゃあ。」
「ワシは移民の皆とともに新しい世界にいくことになった。・・・アネット。議長からアネットも移民と共に新天地に行くことを薦めておった。」
「アタシも?」
「最終判断はお前に任すとも言っていたがな。」
「お父さんは行かないの?」
マーシャルは頷いた。やはり議長は離れないのだ。責任感の強い彼の性格を思えば、残った民を見捨てるような行動をとるはずもなかった。
「なら、アタシもここを離れるわけには行かないわ。あの土地にはお母さんも眠っているんだから・・・」
アネットの返事を聞いて、マーシャルは手を上げた。姪の答えはある程度、予想できていたようだ。
「結論を急ぐ必要は無い。明日でもいいのだからね。」
「・・・うん。」
と、アネットは複雑な表情を見せていた。まだ、迷っているのかもしれない。
「スレイン。君には戦友がきているぞ。」
「え・・?ああ・・君たちは・・・」
「お久しぶり、スレイン。」
「また会えたね、スレイン。」
「ローザにクリスじゃないか・・・!」
1126小隊で共に戦った、弓兵と僧兵がそこにはいた。2人が駆け寄り手を握られると、懐かしさでスレインは心が一杯になった。
どう声をかけようか迷った末にスレインは言った。
「ずいぶん遠くまできちゃったけど・・久しぶり。元気だった?」
「当たり前でしょ。・・・それに、アタシ達だって遊んでたわけじゃないのよ。」
「そうそう、首都警備隊も実戦はないけれど、訓練は多いからね。」
「・・もしかして、2人も?」
「うん、新しい世界に行くことになったんだ。」
「そう、新しい世界といっても、どんな脅威があるか分からないからね。だから、兵士とその家族もこの移住には加わっているのよ。」
キシロニアからの移住がスムーズに終わったのは理由がある。ビクトル・ロイドが構築した、トランスゲートによる連邦とフェザーランドの直通ルートがまず前提ではあったが、キシロニア連邦は以前から移住計画を立案していたからだ。
移住する人間のリスト、その護衛部隊とその家族。そして、政治指導部の一部もそれに加わる。集団にはリーダーが必要だからだ。この計画がなければ、いきなり移住計画があると言われてもおいそれと移住できるものではない。
ローザとクリスもその護衛部隊に加わったわけだ。
「君はどうするの?新しい世界に行くの?」
とクリスが聞いた。彼だけではなく、この二週間何度と無く尋ねられた質問だった。
スレインは答えた。
「僕も移住するつもりだよ。」
それが、迷った末の彼の答えだった。
覚悟はしていた。でも、今の世界の別れははやり唐突だった。人々は誰とも無く言った。
「この世界に別れを告げるために。宴を開こう。」
焚き火が炊かれ、持ち寄った料理と酒が振舞われた。宴の輪があちこちに生まれ、それぞれの思いを告げていた。
「うわ〜、なんだかにぎやかですね〜。」
「全く。」
ラミィの感想にスレインは素直に同意した。多分ここにいる人間が全てこの宴に参加している。無数の宴の明かりが時空制御塔を照らしていた。
その様子を眺めていたとき、スレインは集団のかなに見知った顔を発見した。
「あれは、メアリーさんです〜!」
ボブの恋人は宴の輪の中に入らず、どこか、頼りなげな足取りで宴の中を歩いていた。
呼びかけると、メアリーもスレインのことが分かったようだった。
「貴方は・・・帝都でお会いした・・・」
「はい、お久しぶりです。メアリーさんもこの移住に参加するんですね。」
「はい」
とメアリーは頷いた。
ボブの手紙を渡された後、悲嘆にくれる毎日だったが、ついに、土壇場で移住を決意したのだという。
帝都のキシロニア大使館員が彼女を手引きした。ノエルが情報提供者にはこのくらいの配慮は当然ということで、彼女はキシロニア経由でこのフェザーランドに降り立ったのだ。
「本当に、ありがとうございました。貴方のおかげで何人ものキシロニアの人たちが助かったんです。」
「いえ、私こそ。新しい世界で生きていく気になったのは元はといえばあの手紙がきっかけでしたから。」
きっと、新しい世界に行けば何かが始まる
「−私はそう信じることにしたんです。」
うっすらと涙が浮かんでいた。まだ、完全に忘れられないのだろう。でも、言葉は力強かった。新しい一歩を彼女が踏み出したことがスレインは嬉しかった。
それは、ボブが最期に望んでいたことだった−死者との約束が果たされたと思えたからだ。
「ああ、あなたかね!」
威勢のいい声が割って入った。
「今日はこっちに来て飲みなよ。」
「エヴァさん」
キシロニア連邦からの移民の一人だ。肝っ玉母さんという連邦にはありがちな人だ。この移住の途中でメアリーとは顔見知りらしい。メアリーは頭を下げ、エヴァの隣に腰掛けた。遠慮勝だった彼女もいつの間にか宴に加わっていた。
「よかった。」
と、スレイン言うと、自分もキシロニア移民の宴の輪の様子を覗いて見た。
「これで、皆にひもじい思いをさせずに済む!」
「新しい、世界が待っているのね!」
という声が聞こえていた。
人々は希望を語っていた。
それはスレインの戦友も同じだった。
「スレイン飲んでいるの?」
と、その輪の中にいたローザが尋ねた。その隣にクリスもいる。
「気持ち程度にね。」
どこか浮かない顔のスレインの心を2人ともなんとなく想像できていた。
「スレインー私も悩んだわよ。隊長や知り合いが何人もキシロニアに残ったのに・・・って。でも、新しい世界に行って、命を伝えるのも大事だと思う。このまま滅んだらいけないもの絶対。−それに私はまだ生きていたい。やりたいこともあるわ。」
そう、ローザには理由がる。異常気象がもとで災害に巻き込まれた時、慕っていた2つ上の姉が彼女を助け、身代わりになって死んだ。命を受け継がないといけないと人一倍強く考えていた。
クリスが言った。
「スレイン、僕はね向こうに行って、無事に兵士の仕事を終えたら、時計職人になるつもりなんだ。」
クリスにはあと数ヶ月で産まれる弟があった。農地の収穫が少なくなっていく地域で農家をしている彼の家族は移住を決断した。それについてく。もともと兵士に志願したのも家族を守るためだ。
「むこうでも、頑張るよ。僕。−スレインも一緒だし、隊長達も頑張れって言ってくれたから。」
だから
「スレインも飲みなよ。気付けにさ。」
とクリスは果実酒を手渡した。
「ありがとう。」
スレインは、果実酒を一気に飲み干した。暖かいものが体中から湧き上がってきた。
そこにある曲が流れてくる。心優しく、懐かしく、どこか寂しい曲で自然とキシロニアの方角に目が入った。
「最後なのね、あの方角を見るの。」
とローザが言った。
曲はすぐ隣のグループから聞こえていた。覗いてみると輪の中心にモニカがいる。
「モニカが歌っていたんだ・・・・」
その輪にはアネットもいるし、ヒューイと弥生も少しはなれたところから様子を見ていた。
「行って来なさいよ。仲間なんでしょ。」
と、ローザに言われると、スレインは、そうだよなーと思いながらその輪の中に入っていった。
その手を開いて、新しい世界へ。
瞳を閉じないで、一人じゃないよ。
君と明日へ・・・
モニカが生み出す旋律と歌詞は、とても単純なものかもしれない。しかし、それは妙に心を打った。
座るか・・・
スレインはその場に腰を下ろし、モニカの歌声を聴いた。
「スレインさん〜。やっぱり行ってしまうのですか?」
ラミィの問いにスレインは頷いた。
旅の仲間で移住を希望したのはスレインだけだった。
モニカは祖父であるアレンが新しい世界に移住するにも関わらず、この世界に留まることを決めていた。父親のこともあるし、ミシェールのことをそのままにはしておけない、と彼女は言っていた。
アネットもおそらく移住はしないだろう。
ヒューイと弥生は精霊使いである立場上、この世界から離れることはできない。
皆と最後なんだ・・・今日は。
と、スレインは改めて思い出した。
「自分の記憶を取り戻した気持ちもある・・・だが、やっぱり怖いんだよ、僕は・・・」
それに、とスレインは自分の手をさする。
「この闇の精霊使いの力は怖い。」
「・・・・・そうですか〜。」
「ラミィが怖いって言ってるわけじゃないよ?」
「そんなことわかってます〜・・でも、でも・・・」
ラミィは思いつめた表情で言った。彼女も精霊である以上、この世界にから離れることはできないのだ。
「でも、明日は最後までそばにいてあげます〜」
「うん、ありがとう。」
と、スレインは妖精の頭を撫でた。
「やっぱりいってしまうんか・・・リーダーは」
ヒューイが残念そうな声で言った。その後ろには弥生もいる。
「短い間やったけど。あんさんとの旅は面白かったわ。」
そう、スレインにとっても今の仲間との旅は面白かった。出来れば、一緒のままがいい。そう思っていた。
「ヒューイ、・・・悪い。やっぱり僕は・・」
「いいんや、リーダーがそう決めたなら・・その気持ちはワイかてようわかることや。」
「そうですね。」
と、弥生は相槌を打った。
「記憶を取り戻してかえって辛い事もあるかもしれません。まして、貴方は精霊使いだったかもしれないのですから。」
弥生は月の精霊使いで、記憶や感情を扱う術を心得ている。もしかしたら、彼女なら記憶のことが分かるかもしれない。
貴方の心の奥底にある記憶を蘇らせるのは可能ですわ。ただし、貴方は他の精霊を麻痺させる波動に対抗するためにも、月の力が高まる満月の日に実行する必要があります。
というのが、相談に対する彼女の答えだった。
そして、記憶を取り戻す可能性があるなら賭けてみたほうがいいかもしれない。と彼女は言った。人それぞれの記憶はその人しか持ち得ない一つのものであるのだから・・・と
しかし、記憶を取り戻さない決断を責めるわけでもなかった。
「だから、向こうの世界でも頑張って、自分の記憶を作ってください。それは貴方だけのものなのですから。」
「ありがとう。」
2人の励ましの言葉はどこか嬉しかった。
「あ、ここにいたのねスレイン、ヒューイも弥生さんも。」
アネットが声をかけてきた。
「モニカちゃんの歌、綺麗ね・・・」
と、モニカの方向に目を向けた。
「アネットはんも新しい世界に行くんでっか?スレインはんと一緒に?」
「アタシは・・・」
まだ、どこか迷っているようなアネットだったが、どこか吹っ切れた表情になって答えた。
「アタシはお父さんの気持ちも分かるけど・・・ここに残るわ。キシロニアのことが心配だし。それにしないといけないことがある気がするの。−結構迷ったけれど。もう決めたわ!」
アネットの答えは力強かった。スレインはそれが羨ましかった。
この期に及んでも僕はどこか迷っている。
記憶を投げ出してこの地を捨ててもいいのだろうか?
だが、記憶に向き合えるのか?精霊の力には?
相反する問いかけが何度も飛び交った。
本当に後悔しない決断なんだろうか?
そんなスレインの内心をしってか知らずかアネットが言った。
「何よ、そんなに寂しそうな顔しないでよ。スレイン。アンタの力はきっと向こうでも必要になると思うわ。」
貴方が頑張らなかったら、キシロニアの人たちは移住できなかったし、時空融合だってうまくいっていたかは分からなかったわ。
それに
「−旅をしてきて本当に楽しかったわ。本当に、ありがとう。」
と、にっこりと笑った。しかし、モニカの琴線に響く歌のせいなのか、目にうっすらと光るものがあった。
スレインはふと自分の目に手をやった。かすかに湿っていた。
なんだ、僕もか−
「・・・・僕も楽しかったよ。アネット。それに皆。」
本当に−
モニカの歌はまだ夜空に響いていた。
(つづく)
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