7      彼は闇の中で時の輝きを見た
 
 
「大丈夫?」
 応急手当をしながら心配そうな視線を向けてくるアネットにスレインは気張った顔で答えた。
「うん。」
 前に目をやると、女魔術師が弓使い−おそらく女性だろう−と向き合っていた。
「見つけましたよ。シモーヌ。」
「弥生・・・」
「私は貴方を殺したくありません。馬鹿なことはやめて、お社に戻るのです。」
「その名で呼ぶな!私の名前は宮廷魔術師バーバラだ!」
 二人の会話が漏れ聞こえてくる。
 弓使いの女性が弥生、魔術師がバーバラというようだ。
 弓で狙われたバーバラが動けなくなっている。チャンスだ。
「行こう!」
 アネット達に頷くと、回復もそこそこバーバラに向かって突っ込んでいった。もっとも、ダメージが溜まっているため、そのスピードは遅い。
 バーバラの向こう側の弓使いを見た。その後ろから迫ってくる人影も。
「危ない!!」
 しかし、弥生は全く表情を変えなかった。多分後ろからの襲撃を察知していたのか、クルリと後ろに向き直った。
 そして、後ろから近づいてきた人影に矢を放った。
「うぐお!!!」
 至近距離から矢を受けた人影は命中の衝撃で数メートルは吹き飛ばされ、そこに倒れ伏した。
 よし、これでバーバラをー
 と思った時、いきなりバーバラの周辺から衝撃波が巻き起こった。
「うわ!!」
「きゃ!?」
「なによ!?これ」
「・・・・ふふふ」
 これを見て余裕の表情を浮かべながらバーバラは弥生に言った。
「弥生、貴方の攻撃は再攻撃まで時間がかかる。−ここは下がらせてもらうわよ。」
「−信じられない。私たちを押し戻す衝撃の魔法を使いながら別の魔法を唱えているなんて・・・」
 モニカが衝撃に耐えながら言った。
「くそっ!」
 これでは、皆が・・・・あの洞窟のように。国境トンネルでの惨劇を思い出し、突破しようとしたがそれは助けにはならなかった。
「では、貴方方もごきげんよう。どこの誰かはしらないけれど。この件に首を突っ込まないことね。−クライブ!」
 バーバラに言われて起き上がったのは弥生が弓で倒したはずの男だった。
「全く人使いが荒いなあ。宮廷魔術師様は。」
「あいつ・・・死んだんじゃ!?」
 半死半生な状態なので攻撃は無理のようだ。しかし、男の瞳には追い詰められた者の焦りはない。
 ヒューイが男の変化を感じ取った。精霊の力が異様に高まっている。
「!?どうしたことや?これはーまさか!?」
「ほう、ご同業もいるのか・・・まあいい。それからお前。」
 と、弥生を指差した。
「この借りは必ず返すからな。今日はこれまでだ。」
 次の瞬間。バーバラや彼女の部下で生きている者たちの姿はそれが幻であったかのように消滅していた。
「うそ・・・・」
 アネットの呆然とした声が聞こえた。
 取り返せなかったのか・・・・と思うと力が抜けた。スレインはその場に座り込んだ。
ほかのメンバーも同じような状態だった。その彼らを雨がいつもと同じように規則正しく叩いていた。
「あの・・・このままでは風を引いてしまいますよ?皆さん。」
「あ・・・」
 弥生と呼ばれた女性が立っていた。
「あの岩陰で休みましょう。ほかの方の傷も酷いようですし・・・」
 この人の言うとおりだ。−そう。こまま座っていてもどうにもならない。
「ああ、申し遅れました。私、橘弥生と申します。」
 
 
 
「まあ、そのような大それたものを・・・」
 岩陰で雨宿りしながら、スレインたちは傷薬や魔法で怪我を治して、休憩に入った。
弥生はバーバラと名乗っている女と同じ一族で、バーバラは裏切り者なのだと言った。彼女はそれを追って東の大陸からやって来たのだという。大陸が別ならその服装も納得できるところだった。白と赤を貴重にしたその服は巫女服と呼ばれるもののようだ。
 スレインたちのほうも今までの旅の内容を弥生に話して聞かせていた。彼女にとってもフェザリアンの計画は初耳だった。
「そんな計画が立ち上がっていたなんて・・・でも、あの時空の宝珠が持ち去られたとなると・・・」
 計画は頓挫せざるを得ない。
「なんとか、取り戻せないのかしら?あの女を追って。」
「・・・無理やろな。何の痕跡も残さずに消えてもうた。分かったとしてもこれはタイムリミットもあることなんやろ。」
 モニカが頷いた。
「そうよ。計画発動までそんなに時間はないわ。」
「そんな・・・これじゃあ時空融合計画は。」
 不可能?誰の頭にもその三文字が浮かび上がっていた。しかし、モニカは首を振った。
「でも、代用品ならあるわ。」
「代用品?」
「時鉱石。時空の宝珠の原料になっている鉱石よ。もっとも宝珠のレベルに精錬する時間はないけれども。鉱石がある場所は私たちが昨日、泊まった炭鉱都市・・・ツァイトスタイン」
「それなら、計画がうまくいくのね。」
 と、アネットが期待を込めて言ったが、モニカは苦しそうに答えた。
「計画だとこの世界全体を時空融合させて、救えるはずだったけれども・・・もしかしたら、フェザーアイランドだけで精一杯かも・・・」
「そんな−少なすぎるわ。やっぱり、あの女を見つけて・・・」
 アネットは弥生を見た。バーバラを追っていた彼女なら何か見つける手段を知っているのかもしれない。しかし、弥生の答えも否であった。
「いえ、私もやっと彼女を見つけたのです。−また、振り出しに戻ってしまいました・・・残念ですが」
 沈黙が皆の上に降りた。
 確かに、島一つだけじゃ少なすぎる。でも、あのバーバラを見つける自信も手段もなかった。
 スレインはやや、考えてから決めた。
「ここは確実なほうを行こう。それに、時鉱石だって絶対確実じゃない。」
「どういうこと?」
「あの連中の目的は分からないよね?時空融合そのもの邪魔したいのか?それともあの宝珠が必要だったのか?−もしかしたら、両方かもしれない。だったら、時鉱石もあぶないかもしれない。」
「−せやな。それが妥当なところやな。」
 と、ヒューイは同意した。
 スレインは言い聞かせるように言った。彼にしてもバーバラが見つけられるなら追跡するほうを選びたかったが、現状では−
「タイムリミットがあることだ。確実なほうをとろう。」
「−そうね。」
 と、アネットは立ち上がった。彼女の準備は整ったということだった。
「行きましょう。」
「あの・・・」
 とおずおずと弥生が手を上げた。
「あの私もお供してもいいでしょうか?」
「いいんですか?」
 と、スレインは逆に聞き返した。彼女の戦闘能力の高さは先刻の戦闘でも分かる。加えて、回復魔法についてもかなりの使い手だ。味方になってくれるならありがたい。
 ーそれに
「はい、同じ一族がしでかしたことですし。」
 スレインは皆を見回したが、特に異論はなかった。
 ラミィが弥生のほうに近づくと、彼女は僅かに頭を下げた。そう、彼女もまた精霊使いなのだ。
 
 
 
 
 プランが決まれば行動は早かった。もと来た道を戻っていく。その途中でスレインは弥生に精霊使いの話を聞こうとしたがやめておいた。今は時間が惜しいし、精霊使いは自分が何の使い人なのか知られるのを嫌がるという話も聞いていたからだ。
これが終われば話す機会もあるだろう。
 今は、時鉱石だ。
 目的地の炭鉱都市につくのにそれほど時間はかからなかった。そして町に入る少し前にスレインは何かの気配を感じ、足を止めた。
 ラミィがいつものように偵察を買って出てくれた。それを待ちながら、慎重に町の中に入っていった。
「スレインさ〜ん。やっぱりいました〜。」
 偵察に行ってくれたラミィが帰ってくるなり、 興奮した面持ちでラミィは言った。
「地下に通じる穴に爆弾を仕掛けていました〜皆武器を持っています〜。」
「ありがとう、ラミィ。」
 と小声でスレインは答えた。そしてヒューイも弥生もラミィにそれぞれの方法で感謝の意を伝えていた。それを見たラミィの表情からすごく嬉しそうな感情が伝わってきた。いままで生きた人間に知覚されることのなかった自分が褒められているのが嬉しいのだろう。
「皆、あの民家の影に。」
「敵がいたの?」
 とモニカが尋ねた。
「坑道入り口から見れば、あそこは死角だ。あそこから、様子を見よう。」
「そうね、そのほうが確実ね。」
 スレインたちは慎重に家の影に入り、坑道の様子を伺った。
「リーダーの予想が当たった見たいやな。」
「別に当たらなくてよかったんだけどね。」
 と、スレインは苦笑した。
 数人の人影が見える。ラミィの情報どおり、武器を持っている。
 そして、
「爆破準備整いやした。」
「いいだろう、さっさと爆破してこんなところからは帰りたいもんだ。」
 会話がもれ聞こえてくる。
「あの人たち、本当に爆破しようとしているようね。」
 モニカが武器を構えながら言う。
 彼らは、どこかの正規兵というわけではなく、雇われた賞金稼ぎのようだ。装備は統一されていない。
 こちらの戦闘準備は万端だった。
「どうするの?」
「奇襲して一気にとどめもいいかもしれないけれど。出来れば、捕まえたいな。あのバーバラって人の情報を知っているかもしれない。」
「それが出来るなら、良いのですが、簡単にはいかないのでは?」
「説得するよ。」
「え?・・・ちょっと向こうは5人よこっちとあんまり変わらないわ。」
「でも、こっちの様子は見えない」
「つまり、ハッタリをかけるっていうこと?」
「多少の脅しは必要だけどね。」
「面白そうじゃない。」
 と、アネットはスレインのプランに乗った。他のメンバーも同じだ。戦いが避けられ、かつ情報が得られるならそれに越したことはない。
 そこで、スレインは弥生とモニカを見た。
「弥生さんはもし連中が爆破を強行しようとしたら、爆破スイッチを破壊してほしいんだ。」
「はい、承知いたしましたわ。」
「モニカはスリープを唱えておいて、あの連中が武装を解いた瞬間に発動してほしいんだ。」
「アタシたちは?」
「アタックでも何でもいいから魔法を唱えながら剣の切っ先をチラつかせてほしいんだ」
「とにかく数を多く見せるわけね。」
「面白そうやな」
 とヒューイは言った。このパーティーメンバーの中ではもっとも戦闘経験がある人物の言葉はスレインの心の中にあった不安を和らげていた。
「じゃあ・・始めよう。」
 スレインは前に出た。
 この時、少しだけ冷や汗が出ていたのは内緒だ。
 皆の準備が整ってからスレインは堂々と爆破しようとしている者達の前に立ち、言った。
「フェザーアイランドの者だ!そこの犯人動くな!!!」
「なっ!フェザリアンの手先か!?」
 爆破を準備していたのはリックスという名前の男とその仲間、全部で5人だった。 
 彼等はまだ、駆け出しといっていいレベルだったが、ある男から依頼を受けた。
 この町の炭鉱の入り口を爆破する。爆薬その他の準備は全て依頼人が引き受ける。ここにくるまでの食料も。それでいて賞金は破格だ。うますぎる話には裏があるとも言われるが彼はそれに乗ることにした。
 依頼者から言い含められたことはフェザリアンかその仲間の人間が妨害に来るかもしれないということだった。
 怖気づいた傭兵の一人が言った。 
「どうしよう、リックス。」
 ・・・うまく、いくかな・・・?
 アネットとモニカそしてヒューイは盛んに敵に見えるように剣の先を壁から出して威嚇し、その一方で魔法の詠唱に入っている。
 それは、相手の目にも入っているだろう。
怖気づいている傭兵をリックスは叱咤した。だが、彼にしても大兵力に包囲されていることだけは信じているようだ。
「戦うに決まってるだろ!それに・・・」
 リックスは確信をこめていった。
「俺たちにここを爆破されるのが怖いんだろ!?もう爆薬はセット済み・・・」
 最後まで言い切ることが彼には出来なかった。
 その頬を鏃が通過していいったからだ。
彼の後ろで大きな音がした。
「な・・・・・」
 振り返ると爆破操作盤が粉々になっていた。それを操作していた、傭兵は完全に戦意を砕かれていた。
「ひい・・・・・」
 予備の操作もあるだろうか?だが、それは彼らの狼狽振りを見るとなかったようだ。
「そんな・・・」
 とリックスはその場に度肝を抜かれて座り込んでしまった。
 弥生の弓は強力で正確だ。しかし、速射性はあまり無い。次の攻撃までに時間がかかりすぎてしまう。だが、そんなことは相手は分からない。
 いける。
 スレインは感情を込めない冷たい言葉で言った。
「武器を置いて。投降しろ。2回は言わない。」
 そのプレッシャーに傭兵たちは耐えられなかった。
「武器を捨てろ。」
 リックスの言葉に誰かが反論しようとしたが彼は再び言った。
「武器を捨てろって言ってるんだ!命あってのものだねだ!」
 彼等は防具やリングの武装を解く。
「降伏する・・・・」
 それを確認するとスレインは短く言った。
「モニカ、お願い。」
 モニカは限界まで唱えていたスリープの魔法を発動させた。一瞬だった。魔法への耐性を向上させていた精霊石を外した傭兵たちはバタバタと倒れていった。
 どうやらうまくいったようだ。
 スレインは大きく深呼吸した。正直、緊張していた。
「やったな、リーダー。」
 と、ヒューイが駆け寄ってくる。
「うん、ありがとう。」
「それに、ほれみてみいや。」
 ヒューイの指差す先に翼を持った人のようなものが見える。それも何人も
「・・・フェザリアン」
 彼等は本当に来たのだ。
 
 フェザリアン達は時空の宝珠を盗まれた後、直ちに不審者の追跡にかかった。手すきのものは直ちに動員された。その内の一隊が炭鉱都市に姿を現したフェザリアンの一群だった。
「ふうぬ・・・・諸君らが奴等とな。」
 隊長格と思われる男にスレインはこれまでのいきさつを話していた。場所はまだ構造がしっかりしていた宿屋の中だ。
 バーバラと交戦し、逃げられたこと。代用品を求めてここまでたどり着いたこと。
「そして、あの連中を捕獲したということか・・・」
 スレインたちが捕らえた傭兵はフェザリアン達に引き渡された。これから尋問が始まるのだろう。もしかしたら、バーバラの行く先が分かるのではないかとフェザリアン達も期待しているようだった。
「むう・・・どうやら、真実を述べているようだ。それに、代用品とはいえ時鉱石を確保しておく必要があるな−」
 フェザリアンはスレインが知らないこともあわせて考えめぐらせた。
「ー君たちの判断は適当のようだ。この町にはトランスゲートもあるようだから、それを使えるように技術者を置いていくことにする。好きに使うといい。」
「は・・はい。」
 自分の話を直に信じてくれたことにスレインは驚いていた。彼等は何を根拠に僕の話を信じたのだろうか?真偽を見抜く術をフェザリアンは持っているのかもしれない。
それも、トランスゲート−モニカの話だと、長距離を移動できる機械だというが−それを修理できる技師も付けてくれるという。願っても無い処置だった。
「ありがとうとざいます。」
 と、スレインは素直に頭を下げた。
 部屋にフェザリアンの部下が入ってきて、耳打ちした。何か進展があったようだ。
「隊長、捕獲した者たちから話が・・・」
 隊長は部下に頷きかけると、スレインたちに言った。
「では、我々は侵入者探索の任にもどらなくてはならない。-君たちの健闘を祈る。」
 彼は立ち上がり、スレインたちにも退室を促した。
 
 
 
 外に出ると、フェザリアンが何人か走り回っていた。
「・・・にしても、ずいぶん簡単に信用してくれたな・・・」
 と、スレインは感想を述べると、モニカがいつもどおりの口調で言った。
「ああ、フェザリアンが持ってた箱に気がついた?」
「うん、責任者の横にいる人が持っていたけど」
「あれは、人の体温とか、呼吸を調べて、嘘を言っていないか調べる機械なのよ。」
「ええ?そうなの・・・」
 と、何を考えていただろうか?と不安になるスレインにモニカは苦笑した。
「大丈夫よ、何を考えているかは分からないから。」
「なるほど、それでこっちの話を確認していたのね。だから、信用してくれたんだ。」
「う〜ん、だったら言ってくれれば良かったのに。」
「そんなことを言ったら信用されないでしょ・・・」
 と、モニカは笑った。
 しかし、彼女の変化は突然現れた。顔色が急に変わった。何かに耐えるような辛そうな顔だ。
「モニカ?」
「モニカちゃん?大丈夫、苦しそうよ?」
 突然の変化にスレインやアネット達は戸惑ったが答えは前からやってきた。
「モニカか・・・こんなところにいたのか?」
 冷たい声だった。フェザリアンは一般に感情に左右されない。だが、その種の冷たさとは違うようにも感じられた。
 彼の目がスレインたちに向けられた。そして、馬鹿にしたような顔をした。
「時鉱石を採りに来た人間がいると聞いていたが、それに加わっていたのか・・・そうやって人間となれあっているほうがお似合いだな−不完全なフェザリアンでしかないお前には。」
 言葉はモニカに向けられていた。
「あの・・・それってどういう意味ですか?」
 モニカは少なくとも危険な戦いにその身をさらし、時空融合計画を守ろうとした。どんな理由であれ、そんな少女に言っていい台詞ではない。
「そうよ!あなた、こんな女の子になんてこというのよ!それに今までこの子は敵と戦っていたのよ!時空融合計画のために!」
 アネットの抗議にそのフェザリアンは耳を貸さない。むしろ、その闘争心を高めただけのようだ。
「ふむ、はやり馴れ合っているな。だが、時鉱石を奪ったのも人間だ。はやり人間などろくな種族ではないといわざるを得ないな。」
「やめて!」
 モニカが叫んだ。
「私のことはともかく・・・この人たちのことを悪く言うのはやめて。」
「ふん・・・そもそも」
 なおも言い募るフェザリアンの弥生が言った。
「フェザリアンは合理性を重んじる種族と聞いておりますが、時鉱石を奪った犯人を追うのにここで時間をつぶしている暇は無いのではないですか。」
 周囲のフェザリアンが飛び立ち始めていた。それを見るたフェザリアンは全く反省の色を見せずに翼を羽ばた。
「お前たち人間にかかわらなければルーミカは・・・・」
 その言葉を残して彼は空へと舞い上がった。モニカは飛び立ったフェザリアンをずっと見つめている。
「なんなのよ!あのフェザリアンは!信じれない!」
 と、アネットは怒り心頭だった。
「そ・・・そんなに、怒らないで・・・」
 かえって宥める側にまわったモニカは、そこであのフェザリアンの素性を明かした。
「リナシス・・・私のお母さんのお兄さんにあたる人なの。」
「え・・じゃあ、親戚なの?それなのになんなのあの言い草は?」
「あの・・・」
 モニカはそこで口をつぐんだ。
 何か言いたくないことなのかもしれない。
「モニカ、言わなくてもいいんだよ?僕達はリナシスから攻撃を受けたわけじゃないんだから。」
「ううん、いいの。」
「私のお父さんは人間でお母さんはフェザリアンだった。でもー父は理由を告げずに家を出て行った。それがもとでお母さんは・・・」
 口調は冷静だったが目が紅くなっていた。
「だからリナシスは人間不信になった。」
 モニカは頷いた。
 人にはあまり言いたくないことだろう。それを話してくれたことがどこか嬉しかった。
スレインはモニカの頭を帽子越しに撫でた。
「・・・子ども扱いしないで」
「ありがとう、話しくれてな。」
 と、言われるとモニカは少しだけ嬉しさを感じたようだった。アネットがモニカの顔を覗き込んだ。
「ねえ、モニカちゃんのお父さんはなんていう人だったの?」
「ピート・・・ピート・アレン」
「分かったわ。これが終わったら探しましょう。みんなで。」
「せやな」
「そうでしょ?スレイン」
 スレインが拒否するはずも無かった。
 モニカは照れ隠しなのか勤めて冷静な声で言った。
「こんなところ見られたらリナシスにまた人間と馴れ合ってるって言われてしまうわ。」。
「ええやないか。それで。」
 とヒューイがたたく軽口に、モニカは何ともいえない表情を浮かべていた。嬉しいのだろうがどうのように表現すればいいかが分からないのかもしれない。
 
 フェザリアン達が残していった、技師は意外なことに人間だった。モニカは人間がこの技術を理解していることに驚きの声を上げた。その技師は名をビクトル・ロイドと言った。彼にトランスゲートの修理を任せ、その修理期間中にスレインたちは時鉱石を探すと決まった。
 全員で入るわけにもいかないだろうと、ヒューイと弥生が外に残り、スレインとモニカとアネットが洞窟の中に入っていった。
 
 ランプを掲げながら炭鉱の奥へと進んでいくとかつて、炭鉱で働いていた人々の生活の跡が感じられた。
 ツルハシ、鉱石を運ぶための車両。そして、周囲の板。だが、それも異常な雨の影響で腐りかけ、湿気が感じられた。地盤も緩んでいる。
 あまり長居するのは利口じゃないな。
と、スレインは思った。万が一のときにもラミィが連絡に行ってくれれば外で待つ二人の救助が期待できたからだ。
 幸い、坑道の中にモンスターも敵兵もいなかった。
「こっちよ。」
「よく分かるね。」
「こういう坑道には一定の法則があるわ。」
「ふうん。」
 とアネットは言った。
「やっぱり、モニカは凄いな。」
 3人は坑道の中をスムーズに下っていった。やはり、モニカの言葉は正確だった。
やがて、鉱山の最深部に達していた。そして、他のものと明らかに異なる光を放つ鉱石を見た。
「これが、時鉱石・・・?凄くきれいなのね。」
「そう。人間が使うことはない鉱石だからここに残されていたのね。」
「じゃあ、これを取り外そう。」
 ランプを近くに置き、スレインはナイフを取り出し、採集にかかる。その間、アネットとモニカは周囲を警戒した。
 カリカリカリ
 岩を削る音だけが響いた。鉱石を採取するのはスレインにとっては初めてだったが、鉱石自体が光っていたので、とくに問題なく進んでいく。
 よし・・・ここで・・・
 パリンと石が割れる音がして、光る時鉱石が手に転がった。
「モニカ、アネット。終わったよ。」
 モニカは時鉱石を確認する。そして頷いた。採取量もおそらく十分なのだろう。
「じゃあ、早いとこ帰りましょう。」
「ここでは、リターンの魔法が良く機能しないわ。時鉱石があったとことから離れて使いましょう。」
 スレインが動こうとした時、突然意識が暗転した。
「うう・・・」
 初めはふらつく程度だと思ったが、次の瞬間、頭が割れるような痛みが襲い掛かり、全身にけだるさを感じた。2,3歩くのが限界だった。
 スレインはその場に倒れこみ意識は暗転した。
 
「ロード様!」
 どのくらい時間が経ったのだろうか?
 ロード様?聞きなれない言葉がスレインを揺さぶった。
「ロード様・・・お目覚めください。」
 激痛が走る。目を開けると腹部に傷があるのが分かる。−どう考えても致命傷だ。
どういうことだ・・・これ?
 周りにいるのも知らない人間ばかりだった。大規模な戦闘のただなかにいるのだろう。スレインは部屋で寝かされていたが、外からは魔法や炎上する民家の光が見える。
 今まで、僕は坑道にいたはずじゃなかったのか?それなのに、いつの間にこんな傷・・・それにみんなは・・・
 驚き、恐れているスレインに構わず周りは動いていた。
「・・・って敵が来ます・・・うわあ!!」
 ドアが勢いよく消し飛び、近くにいた男が倒れた。代わりに現れたのは完全武装の兵士だった。それも一人ではない。
「かかれ!!」
 周りにいる人々はスレインを庇い、立ち上がる。
「ロード様を安全な場所にお連れしろ!」
 だが、それは空しい努力だった。
 侵入してきた兵士の先頭に戦場には不釣合いなほど白く美しい服を着た青年が現れた。服というよりも彼自身もまた、女性と見まがうような整った顔立ちをしていた。
だが、その戦闘能力は桁違いだった。
「どけ」
 彼は武器を縦横に振り回し、立ち向かった人たちを一瞬で切り捨ててしまった。
「さがしたぞ・・・ダーク・ロードいや本当の名前はスレイン・ヴィルダー。」
「な・・・なに・・・お前は・・・」
 何者なのかという問いに彼は答えず、そのままその武器をスレインに突き刺した。
「う・・うぐう・・・」
 遠くなっていく意識の中で青年が何と呼ばれているのかだけが耳に入った。
「シオン様」と
 
 
「スレイン!大丈夫!?」
「え・・・ああ」
 振り返ると、アネットとモニカが心配そうな顔でスレインを覗き込んでいた。
気づけは坑道で座り込んでいた。気を失っていた時間はそれほどではないようだった。
「すごい、汗・・・・」
 モニカが手でスレインの額に浮かんだ汗を拭った。
 アネットはスレインの脈を調べる。
「特に、悪いところは無いみたいだけど・・・少し休む?」
 呼吸は正常だった。さっきまで感じていた倦怠感も感じない。立ち上がってみたがどこにも異常は感じられなかった。
 戦闘の連続で疲れているのは確かだったがそれはモニカもアネットも同じはずだ。
「いいよ、行こう。−みんなが待ってるんだから。それからゆっくり休めばいいからね。」
 何処も悪いところはないようだとアネットは思った。
「そうね、じゃあ行きましょう。モニカちゃん魔法は使えそう?」
「ここなら、使えそうだわ。2人とも準備して。」
 と、モニカは魔法の詠唱に入った。
 彼女の下に魔方陣が現れ、魔力による小さな風と光が生じた。
 スレインとアネットは準備OKと手振りでモニカに伝える。そして、モニカは魔法の言葉を口にした。
「リターン」
 青白い光が3人を包み、一瞬といえる速度で彼らを坑道の入り口に移動させた。
 
「おお、帰ってきたのう。」
「無事やったか。」
「お帰りなさい。」
 坑道入り口付近では、ヒューイ、弥生それにビクトルが待っていた。
「もう、トランスゲートの修理は完了しとるよ。本来なら南のゲートからフェザーランドにいくのがルートじゃが、今は緊急時じゃ。直接フェザーランドいけるように改造しておいた。」
 それを聞いて、モニカが驚いた顔をしている。
「驚いたわ・・・こんな短時間で」
「フェザリアンの科学をだいぶ研究させてもらったからのう。」
 と、ビクトルは嬉しそうだ。フェザリアンからの驚きの一言が彼を喜ばせていた。
「ワシの尊敬するナダ卿も短時間で発明品を完成させてきた。ようやく一歩近づけたということじゃ。」
「そういうことなら、急ぎましょう。」
 5人はトランスゲートの上に乗った。そして、ビクトルが機会操作を終えると、全体が光に包まれる。さっきのリターンと同じような感じもする。そして、眩い光で思わず目を閉じる。すると、あたりの光景は一変していた。
「これは・・・・何が起こったの・・・これで本当に移動したのかな?」
 アネットが周りの景色を見ながら驚きの声をあげる。
 あの忌々しい雨は無い。空は曇りがちではあったがときおり青さが見えた。土には緑があり、木も生えている。
 それらが、この土地がもうローランドではないことを知らせていた。
「すごいですわ・・・私たちには理解できない仕組みなんでしょうけど・・・」
「これは、ビックリやな。」
 と、ヒューイと弥生も驚くほか無いようだ。それを見ているビクトルとモニカが少し誇らしげだった。
「これが、トランスゲートなんだ・・・」
 スレインは辺りを見回し、一つの建造物に目を留めた。
「これは・・・・」
 天まで届くのではないかと思われる高さ、そして巨大さ。外装は鉄のようなものだろうか?少なくともレンガや石ではない。
 疑問に答えたのはモニカだった。
「あれが、時空制御塔。今回の時空融合計画のための施設よ。」
 
 
 
 
(つづく)
 
 
更新日時:
2011/09/28 

PAST INDEX FUTURE

戻る


Last updated: 2014/3/16