「おはよう」
と、スレインは目覚めたばかりのアネットに声をかけた。
「うん、おはよう・・・いい天気ね。」
「この雲だと午後は曇るかもしれないけれど・・・雨は降らないと思うよ。」
「ん〜アンタの天気予報は結構当たるから信用することにするわ。」
「ありがとう。」
と、スレインは苦笑した。
そして、もう一人の同行人にも目を向ける小さなバスケットで眠っていたラミィも目を覚ましていた。
「おはようございます〜。」
「おはよう」
と、小声で答えると、彼女は身支度を整え、イチゴを食べ始める。それが一番のご馳走らしい。
ポーニア村に着いたら、ちゃんと買い足しておかないとな・・・と、思いながらスレインはアネットとソーセージと目玉焼きの簡単な朝食を摂った。
食事が終わり、出発の準備を整えると、ここ数日気になっている岡の向こう側の様子を伺う。
今は晴れる日が多い、気温も高くなってきた。種まきも一段落したころだ。それは、戦争の季節が始まったということを意味している。
「終わったのかな?」
アネットが不安そうに尋ねた。
「うん・・・煙も昨日よりは弱い。終わったんだろうね。」
数日前丘の向こうにいくつもの光が明滅した。魔法の光だ。向こう側は戦場だったのだろう。今は煙しか見えない。それも弱弱しい。
スレインは言った。
「行ってみよう。ここを通るしかないわけだし。」
「うん。―今日のうちにポーニア村に着けるといいわね。」
アネットも頷いたが、わずかに声が震えていた。
彼女自身も何度も戦場に立っているが、これほどの大規模戦闘に身をおくのは始めてだった。不安を覚えるのは仕方ない。
戦場はビブリオストックからポーニア村そしてローランドトンネルに続く街道筋にあたった。ここは避けては通れない。
幸い戦いが終わっているという予測は当たっていた。2人を出迎えたのは戦闘の後始末の場面だった。
戦場の勝者はテオドラ派だった。
警備兵が言うにはジェームズ派後退し、帝国中央部はテオドラ派のものになったと言っていた。
戦死者は敵味方の区別なく一箇所に集められ、聖職者が供養を行っている。負傷者も同じで近隣の村人や軍医が治療に当たっていた。幽霊がいないかどうかスレインは見回したが、何も感じられなかった。
大勢の人が亡くなっているのだから、だれか一人くらいは迷える魂がいてもおかしくない。
ラミィも「おかしいですね〜」と唸っていたが、結局答えは見つからずじまいだった。
「テオドラ派もジェームズ派も区別ないのね・・・」
とアネットがそっと言った。
「あくまで、貴族同士の戦闘だしもともと同じ国民だ・・・一定のルールってことかな。」
この内戦の開幕に伴い各陣営は戦闘に取り決めを行なった。それは、戦闘とは正々堂々と行うべきもので、卑怯な戦法、とりわけゲリラ戦はあってはならない。そして、決して民に害を与えるものではあってはならないし、捕虜は双方とも丁重に取り扱うべきである。という原則である。
今のところその原則は各陣営の名誉にかけて守られていた。
だったら後継者争いをざわわざ内戦で決めなくてもいいじゃないか。と思わずにはいられないが、そこはこの国の事情がある。キシロニアの自分には口は出せないのかもしれない。
「民の被害は少ないのかもしれないけど・・・でも、あんまりいいことじゃないよね。」
アネットの正直な言葉にスレインは当たりを見回しながら答えた。
「でも、一定のルールってのはいいもんだよ・・・アグレシヴァルとの戦いだとこうはいかないからね。」
それを聞くとアネットも暗い顔にならざるを得ない。彼らとの戦いは互いの生存を賭けた殲滅戦になる可能性すらある。
「そうならないための同盟だ。アグレシヴァrが諦めてくれれば、そうはならないだろうけど。」
「そうよね。」
それか―
あの太陽がかつての輝きを取り戻せば破滅の道を歩まずに済むかもしれない。フェザリアンが考えているのは太陽の制御なのだろうか?
2人が目的にしているポーニア村はシェルフェングリフ帝国の中西部にある小村で、ローランドトンネルを通るには中継地として最適だった。
2人はなんとかこの日の内にこの村にたどり着けた。時刻は夕方だったがまだ日は高かった。
「なんとか着けたみたいね。」
「はあ・・・。」
と、スレインは大きく息をついた。
「驚いた。アネットは結構体力があるんだね。」
「ふふん。アンタとは鍛え方が違うからね。でも、護衛のあたながそれじゃだめでしょ。」
「はは、ご尤も。」
スレインは立ち上がると言った。
「今日はあそこで休ませてもらおう。食料とかを買出しして、それから出発だ。」
「ええ。フェザリアンの島まであと一歩ね。でも、ローランドで食料を調達するのは難しいから、買いだめしなきゃね。」
村の方向に歩いていく。そろそろ夕餉の煙が出ていても不思議ではない。
しかし
・・・・煙が出ていない・・・・
どういうことだろう?スレインは注意深く村を観察する。
風に血なまぐさい臭いが混じった。アネットもそれに気がついたようだ。歩調が次第に遅くなる。
「一体何が・・・・」
足を忍ばせながら二人が目撃した光景は凄惨なものだった。
「なんなの・・・あれ」
と、アネットが武器を構えながら言った。
「原始ドラゴン族・・・・」
ドラゴンが未だに地上のみを生息していた時代の原始的な種族。彼らは多くの種族があり、今二人の前にいるのは巨大なトカゲの背に背びれがついているという感じのものだった。二人は知らないがそれはディメトロドンという名前の種族であった。
それが10匹以上群れている。その内3匹がかつて人間であったものや、野生動物、はたまたモンスタ―であったものの肉を食んでいる。
「でも、それはこの村の北に住んでいるはずじゃあ」
「餌不足で人里に来たのかもしれない・・・今は内戦中で警備隊の数も少ないから」
「村の人たちは・・・?あっ・・・あそこの家に明かりが・・・それに教会にも。」
アネットが嬉しそうに言う。
彼女の言う通り、教会とそして一軒の民家に明かりが見える。
「教会は大丈夫そうだけど・・・あっちの家は・・・」
何匹かが体当たりでドアをこじ開けようとしている。造りが頑丈な教会は心配なさそうだが、民家の方は今にも破られそうな状態だ。
「助けよう。」
スレインの言葉に同意見であったアネットは力強く頷いた。
「分かったわ。」
「じゃあ・・・あの民家を助けようあの裏に回り込むんだ。まだ奴ら僕たちに気づいていない。」
「分かった。それから・・・」
「あ・・」
アタックの魔法だ。ヒソヒソ声でアネットが唱えると、全身に力がみなぎるのが感じられる。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
足を忍ばせて、民家の裏に回り込む。化物達は餌が詰まっているであろう家の破壊か食べることに夢中になっており、気づいた様子がない。教会を通り過ぎ、民家の裏手に近づいていく。
そうしている間にもラミィが逐一情報を与えてくれる。「ここの先には敵がいます〜」
「今なら、大丈夫です〜」敵の目に見えない彼女の誘導はありがたかった。おかげで化け物たちに気づかれずに奇襲できる位置にまで移動することが出来た。
「ありがとう、ラミィ。」
「はいです〜。じゃあ、これからは頑張ってくださいです〜」
「うん。」
ディトロンたちが家にぶつかる不気味な音と息遣いが聞こえてくる。
アイスバレッドの詠唱を続けながらスレインは様子を伺う。
気づかれないように、気づかれないようにと念じながら。
数は・・・4匹・・・後ろで休んでいるのはこのグループのリーダー格なんだろうか?少し体が大きい。
一度深呼吸をし、アネットを見た。
そして
「行こう」
とできる限りの力強さで言った。アネットやそして自分自身が弱気に負けないように。
「アイスバレッド!!」
氷の刃がディトロンの体に突き刺さった。絶叫を上げながら体をよろめかせる個体を狙って刃を振り上げる。
「はあっ!!」
「てやああ!!」
肉を貫く感覚が伝わってくる。
相手は絶叫を上げながら、後ろに退く。
―硬い。
ダメージを与えられたがトドメは刺せなかった。
「スレイン!来るわよ!」
他のディトロンがその最大の武器である牙を剥き出しにして二人に向かってきた。
「ていっ!!」
アネットはレイピアで目潰しして、突撃を交わす。スレインは頭を狙って大剣を振り下ろす。
「くうっ!!」
大剣という武器が一番効果を発揮する振り下ろし。それさえも弾き返すなんて・・・
ディメトロドンは僅かに怯んだが、そのまま突き進んできた。
間に合わない・・・!
体当たりを喰らい、地面に倒された。そして牙がぎっしり生えた口が迫ってくる。
「このっ!」
大剣を使いそれを受け止めるが、化物はドラゴンの始祖に恥じない力強さでギリギリとこちらに迫ってきた。
「グゲッ!!」
突然、その圧力が弱まった。アネットのレイピアがディメトロドンの下腹部に突き刺さっていた。その隙に、牙から逃れる。
「ありがとう、助かったよ。」
「どういたしまして!」
と言いながら、アネットは突進しようとするディメトロドンに牽制を加えている。
「でも、このまんまんだとキツイわよ。」
たしかにそうだった。民家に追突を繰り返していた3匹の注意をそらすことは出来ていたが、残った親玉は追突を繰り返していた。邪魔者の処理は3匹に任せているのだろう。
一匹に深手を負わせているが2匹はまだ元気だ。
そうこうしているうちに民家にヒビが入っていく。
「ああ!家が!」
「くっ!」
民家が傾く。もう持ちそうにない。
「アネット援護して!深手を追っている奴を狙う!」
「分かった!」
アネットが前に出る。
2匹が注意を向けた瞬間、スレインは駆け出した。
「でやあああ!!」
一度跳躍し、重力を利用して傷口を狙って大剣を振り下ろした。
ディメトロドンの絶叫がこだまし、2,3歩動くとドウとその巨体を横たえた。
「それ!」
素早くそこから離れる、様子を伺う。すると、アネットに向かっていた2匹が向きを変え、かつての仲間だったモノにかぶりついた。
「共食い・・・」
アネットが思わず口を抑える。
「アネット!今がチャンスだそいつらは無視して!」
「う・・うん」
今なら、家に追突しているデカブツに集中できる。
しかし、そう思った矢先、その一匹がついにその民家の壁を破った。家の中から悲鳴が上がる。
「ああ!?」
間に合わない―!
思わず目を閉じそうになった時、ディメトロドンが何かに驚いたかのように後退した。そして、家の中から緑色の服を着た男が躍り出た。リングマスターの気配がする。
そして、明らかに別の声も加わる。
「行くわよ!」
投げナイフが風を切り、ディメトロドンに突き刺さり、さらに後退していく。
「スレイン・・・あの娘はフェザリアン?」
「そうみたいだね。」
まだ幼さも残る少女だったが、あの背中の翼は彼女がフェザリアンであることを示している。
緑色の服を着た男が言った。
「おお、あんさんたちでっか?3匹のバケモンの相手をしとったのは?」
この辺では耳慣れない言葉にアネットが反応した。
「あ・・・あんさん?・・しとった・・・?」
「ああ、すんまへん。―あの3匹のディメトロドンの注意をそらしてくれたのは君たちかね?」
そこまで言い直すと男は照れたように言う。
「うわ・・・むっちゃこそばゆ。」
「なんなの・・・この人・・・」
「アネット・・・戦闘中だよ。」
これと同意見のフェザリアンも言う。
「3人とも集中していないとやられるわよ!」
と言いながら彼女は投げナイフを放つ。
しかし、それは全て弾き返された。先刻のように近距離でなら良いのだろうがある程度離れるとあの硬い表皮を破れないのだろう。
大型のディメトロドンが咆哮する。すると、周囲のディメトロドンたちが集まってきた。
数はざっと数えて6匹くらい。教会に屯しているグループからも何匹か集まっているようだ。
スレインはフェザリアンの少女に言った。
「君の名前は?」
「え・・・私、モニカ・アレンよ。」
「僕はスレイン。スレイン・ヴィルダー。協力魔法を使おう。見たところ君は魔法の素質がありそうだ。」
スレインはディメトロドンを見据える。さっきからの戦闘を考えればあの化物には物理攻撃は効果が薄いが、魔法は有効だった。
「連中の物理防御は強力だけど魔法耐性はどうやら弱そうだ。」
「よく観察しているのね。感心したわ。」
その意見にはモニカも賛成するが、しかし協力魔法を完成させる時間がかかる。
「そいうことなら、ワイが時間を稼いだるわ。・・・っとワイの名前はヒューイ、ヒューイ・ホスターいいますねん。」
「分かったわ。アタシも。」
と、アネットとヒューイは言った。
「−スレイン。魔法についてなら私よりも適任の子がいるから、私も二人と一緒に戦うわ。」
「そうなの?」
モニカはディメトロドンの方を向いたまま呼んだ。
「ミシェール。」
「何、モニカちゃん?」
振り返ると、家の中にいる村人の中から一人の少女が恐る恐る前に出る。
年はモニカと同じくらいか少し年上か・・・どちらにしても多々かに出るような感じではなかった。しかし、言われたとおりかなりの魔力量が感じられた。彼女は薄い光の膜のようなもので覆われている。
何かの魔法の光だろうか?
「この人に協力してあげて、魔法を使うの。」
「・・・うん、分かったわ。モニカちゃんも気を付けて。」
ディメトロドン達が思い思いの方向から距離を詰めてきた。
「ミシェール、僕はスレイン。モニカや皆を守るためによろしく頼むよ!」
「は・・はい!」
真剣な顔を返してくるミシェールの魔力に自分のそれを同調させ、魔法の詠唱に入った。
「せいや!!」
ヒューイは短くウインドカッターの魔法を放ち、周囲に小さな竜巻を発生させ、アネットはレイピアを大げさに振り回した。
どちらも威嚇してディメトロドンたちの突進を少しでも遅らせようとしている。ディメトロドンたちは2人の威嚇に威嚇の鳴き声で反撃してきた。
威嚇合戦はそう長く続かなかった。
ディメトロドン達の一斉突撃が始まった。ヒューイはそれまで溜めていたウインドカッターの魔法を周囲一面に発動した。旋風が当たりを包み込み、砂や石が目潰しの効果を発揮した。たじろぐ群れにヒューイとアネットが突っ込んでいった。
それをモニカが援護した。鋭い音をたてて、ナイフが飛んでいく。
相手に致命傷を与えるのは無理と踏んでいた3人は足や柔らかそうな部分を狙って攻撃をかけた。
それで少しでも足が止まればいのだ。しかし、化物たちも負けていない。相手に手傷を負わせようと尾や爪で攻撃を仕掛ける。体勢を崩せばやれてしまう。
必死になって避けるが、数は力になる。ディメトロドンの集団に切り込み、結果最も多くの敵の相手をしていたアネットがあまりに多い攻撃に対処しきれなくなっていた。
「きゃあ!?」
爪の一撃がアネットの防具を砕いた。思わず彼女は後ずさるが体勢が崩れ、地面に倒れる。そこに何匹かが突っ込んでいく。
「このっ!!」
ヒューイが突進するディメトロドンの腹部を側面から切りつける。
「行くわよ!!」
モニカの投げナイフが風邪を切り突き刺さる。化物たちの突進が止まると、アネットはその隙に体勢を整えることができた。
「2人ともありがとう。」
その息は荒い。他の2人も同じだった。
アネットが危機に陥ったのがスレインの目に入る。すると、突然詠唱のスピードが早くなるのを感じた。今までなら有り得ないくらいのスピードだった。
なんだ・・これ・・
まるで、別の人間が一緒になって魔法を唱えているような感覚に陥る。
だが、そんなことはどうでもいい。
早く、早く。もう、みんな長くは持たない・・・!
「うわ!」
ヒューイもディメトロドンたちの攻撃で傷ついていた。足を噛まれたのか、立てなくなっている。
「スレイン!もう、もたないわ!!」
アネットの切迫した声が届く。
スレインとミシェールの詠唱が完了したのはその時だった。ミシェールのほうを見ると彼女も頷く。
そして、声を合わせた。
「ブリザード!!!」
凄まじい吹雪とともに特大の氷の刃がディメトロドン達を被った。
ある者は氷の刃に貫かれ、吹雪に活力を奪われる。
季節外れの吹雪が収まったとき、3匹が絶命し、他のものも深手を負っていた。生き残りは思わず後ずさる。しかし、デカブツは相変わらず戦闘体制のままで、流石といわざるを得なかった。
「アネット!ヒューイ!」
スレインは3人の前に出る。モニカもナイフを構えながら、様子を伺う。
・・・どうやら、勝負はついたみたいだね。
一部は恐れをなして、逃げ始めていた。そして、そこに決定的な一撃が加えられた。
無数の弓矢がディメトロドン達の頭上に飛来したのだ。
硬い皮膚がそれを弾いているにも関わらず、動揺したディメトロドンの群れの崩壊は決定的となった。あのデカブツでさえもついには逃げ出した。
「これは・・・」
答えを初めに知ったのはフェザリアンの少女だった。ミシェールもそれに続いた。
「オルフェウス!」
「モニカ殿、ミシェール!無事ですか!?」
帝国軍の指揮官服に身を包む男が二人とそれに従う兵士が現れた。
村人が言った。
「帝国軍が来てくれた!助かったぞ!!」
スレイン達の抵抗に怯んだ群れが帝国軍に勝てる道理もなく、仲間の骸と食べかけの肉を残してディメトロドン達は森の中へ逃げていった。
「モニカ殿それに旅の御方。お怪我はありませんか?」
ディメトロドン達は逃げ去った。協会の中と民家にいた村人たちはようやく外に出ることができた。
怪我人は多かったが、帝国軍がすぐに協会を臨時の治療所にして救助活動に入り、今はそれも一段落していた。スレイン達も協会で治療を受けていた。アネットとヒューイの傷は幸い敬称だった。
「いえ、助けていただいてありがとうございます。えっと・・・」
アネットがヒーラーの治療を受けながら、困った表情を浮かべるとモニカが言った。
「彼は帝国軍の士官なの。この村の出身よ。」
「モニカちゃんの知り合い?」
「うん・・・そして、ミシェールのお兄さんよ。」
彼と隣にいるミシェールを比べると透き通るような白い肌に、美しい銀髪は全く同じものだった。ヒューイなどは納得したように頷いている。
帝国軍の士官は名乗った。
「私は帝国軍第18連隊長オルフェウス・リードブルクと申します。」
スレイン達も名乗ると、オルフェウスは丁重に礼を述べた。
「まずは、ありがとうございます。あなたたちの助けがなければ、死傷者はもっと増えていたでしょう。」
「・・・いえ、良かったです。お役に立てたみたいで。」
「謙虚なんだね。」
と、オルフェウスは言った。
ドアをノックする音がして、兵士が入ってくる。
「大隊長、救助作業完了しました。」
「分かった、すぐ行くよ。」
「お兄様・・・もう、行ってしまうのですか?」
「ああ、協定に従って軍を退かせなくてはならない。」
この村を助けに来た帝国軍はなんとテオドラ派とジェームズ派の両方だった。彼等は内戦中ではあっても、共闘体勢をとって村を救おうとしたのだ。
しかし、それが終われば敵同士になる。両軍共に領民の住む村での先頭、拠点化は禁止されており、共に撤退に移ることになっていた。
「・・・お気を付けて・・・」
「ああ」
その時、ミシェールが僅かに体勢を崩し、モニカに抱きとめられた。
「ミシェール、大丈夫?装置の効き目が?」
「ごめん、モニカちゃん・・・なんだか具合が・・・」
思わずスレインも腰を浮かしたが、それをオルフェウスが制した。
「モニカ殿、ここは私が・・・君、手伝ってくれないか?」
「はっ!」
報告に来た兵士と一緒に支えると、館に連れ帰りますとオルフェウスは言った。
「では、皆さん。これで失礼します。道中、お気をつけて。」
「ありがとうございます。」
去り際の言葉を残し、オルフェウスは出て行った。
それを見送りながらアネットが尋ねた。
「モニカちゃん・・ミシェールちゃんは?」
「具合が悪くなってしまったの。」
モニカは悲しそうな顔で答えた。
「彼女は免疫不全症なの。本当なら館にある隔離された無菌室の中でしか生きていけないの。」
「でも、さっきは・・・あ、あの光の膜。」
「そう、彼女には周囲を無菌状態にできる装置がついていたの。制限時間つきだけど」
ディメトロドンの襲撃が始まった時、ミシェールは館から出た。留まれば、人間の臭いを嗅ぎつけたディメトロドンに装置を壊される危険があったからだ。
賭けには違いなかったが、それは成功した館の無菌室は破壊されていなかった。
「そうだったんだ・・・」
「限られた場所しか歩けないなんて・・・」
暗くなってしまった場の雰囲気を変えようとモニカは別の話題を話した。
「それは、それとして−どうもありがとう。おかげで助かったわ。」
声が平静そのものなのは、フェザリアンの特徴からなのだろうか?ヒューイもそれに相槌を打った。
「まったくやな・・・ワイとこのちびっ子だけじゃ、今頃大変なことになっていたやろな。」
聞けば、ヒューイも旅人でここに立ち寄ったところでこの騒ぎに巻き込まれたらしい。
「当然のこと・・・と言いたいけれど、二人みたいな人がいて良かったよ。」
「本当ね、アタシも助かったわよ。あの時は本当に危なかったもの。」
「そういえば、あんさん達はどっから来たんや?」
「実はキシロニアから来たんだ。」
と、スレインはこれまでの経緯を話すことにした。
「それで、貴方達は新しい土地を探しているわけね。」
「せやけど、ローランドは壊滅しとるんや。その先に新天地なんてあるのかいな?」
「それは・・・」
スレインはそこでモニカを見た。
「君は、フェザリアンだよね?」
「ええ。」
フェザリアンである彼女なら何かを知っているかもしれない。「時空融合計画」のことを。
「これは・・・」
「行き倒れた男から託されたんだ。」
ボブから渡された図面を広げると、人間には幾何学模様にしか見えない図面が現れた。
モニカはそれを見るとアネットとスレインを見た。話していい相手か推し量っているようだった。
一瞬の思考の後モニカは答えた。
村を救った人間への恩返しの意味もあるのかもしれない。
「これは、時空融合計画に使われる、機械の図面よ。」
「それは、人々を救える計画のなの?具体的には何を・・・」
「その名のとおり私たちの世界全体を別の異世界と融合させる計画・・・詳しいことは話してもわからないかしらね・・・私をフェザーランドまで連れて行ってもらえないかしら?」
「でも、そこはフェザリアンがその計画をしている場所なんでしょ?」
「そう、現場で見てもらったほうが早いわ。それに、私が行けばフェザーランドにも渡れるから。」
「のう、あんさん方、えろう面白そうな話をしとりまんなあ・・・」
と、ヒューイは図面を覗きながら相変わらずの言葉遣いで言った。
「ワイも連れてってもらっても構わんやろか?旅は道ずれっていうやろ?」
アネットを見るとあからさまに嫌そうな顔をしていた。確かに言葉遣いは独特で特殊な来歴を想像させるが、悪い人でないと思えた。
彼だって村人のために命をかけたのだから。
それは、アネットもよく理解していた。目を向けると彼女は頷いた。
「じゃあ、一緒に行こう。ヒューイ。」
「おおきに!!話が分かりますなあ!」
アネットも言った。
「−まあ、いいわ。さっきは助けてくれたからね。」
「うわお!美人さんに言われると照れてしまうで。」
もっとも、アネットは釘を刺すのも忘れなかった。
「言っておくけど、彼が同行を許したから連れて行くだけだから、何か変なことをしたらタダじゃ置きませんからね。」
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