4      帝国と連邦の同盟は成立した
 
 
 
 スレイン達が帝都に到達してから2日後に帝国と連邦の交渉は佳境を迎えていた。会談は全体的に見ると和やかなうちに進んでいた。しかし、それは緊張感が全く無かったということを意味しない。
 キシロニア側は老練の外交官ノエルそして現地の大使スヴァルツその随員三名そしてアネットが皇帝宮殿太陽の間の窓側に座り、帝国側は宰相アスキスと外務卿イーデンとその随員が帝国の紋章を背に席についている。
 アネットは議長の親書を宰相に手渡し、幾度か言葉を交わした。具体的な内容はほぼノエルが答える。
 それを聞きながらアネットは帝国側の意図を想像した。
 帝国の政情不安はついに内戦を引き起こした。皇帝崩御の後、残された皇子は幼児であり、その即位に皇帝の弟ジェームズが反発した。彼の支持貴族はリンデンバークに集結し、リンデンバーク諸侯軍と自称したが、彼らのことはジェームズ派と呼んでいいだろう。
 一方キシロニアが交渉相手に選んだのは幼い皇帝を頂く、帝国の正当政府だ。
しかし、その実態は皇帝の母テオドラが一切を取り仕切っており、こちらもテオドラ派と呼んで差し支えなかった。このテオドラ派は帝国正規軍の3分の2を抑え、貴族達の過半の支持を得ていた。
 テオドラ派にとっても内戦で優位に立つという面で見てもキシロニアの食料は喉から手が出るほど欲しかった。キシロニアはそれを見越して同盟を申し入れた。
 でも、自分の兵力をアグレシヴァルに割きたくない・・・ということかしら。
 彼等は今、ジェームズ派に兵力の大半をそちらに割いている。
「しかし、ノエル閣下それにアネット殿。仮にアグレシヴァルが貴国に侵攻した場合、貴国は独力での防衛が可能なのですか?」
「可能です。」
 とアネットはハッキリ言った。
 発言した帝国の高官はあからさまにキシロニアを農民の国として軽蔑している貴族だ。ここは毅然としなくてはならない。
「我が国には2万を超える戦力を有しております。これに対し、アグレシヴァルが向けられるのは4万の戦力でしょう。2倍の戦力ですが、こちらには国境沿いに建設した防御ラインがあります。これらを活用すれば敵の侵攻をとめられます。」
 もっとも、大打撃を受けるもの間違いないが、それはここで言うべきことではないのだろう。
「我々の歴史はそれが可能であることを証明しています。」
 小娘から意外に冷静な反撃に高官は仏頂面を作る。彼に代わってホーエンローエ公が言った。
「・・・貴国は確かにアグレシヴァルや我が国との歴史の中でそれを証明してきましたな。」
 過去に帝国との間に武力衝突は確かに生じている。そのときも首都侵攻を許したものの最終的には撃退に成功している。現在のところキシロニアを完全に屈服させた国は存在しない。
 もちろんそれは軍事力によってのみではなく、外交上の駆け引きによってもたらされたものではあるが。
「そのような貴国と同盟関係に入ることは我が帝国にとっても益するところが多大であり、両国間の友好関係を発展させるものと確信している。」
 しかし
「今回の同盟は帝国にとっても新しい試みであり、皇帝陛下におかれてもご懸念を表明されることが予想される。最前線に我が軍兵士を駐兵させるとの件については、キシロニアがアグレシヴァルとわが国との対立により、戦争に巻き込まれるという心配よりも、帝国が貴国とアグレシヴァルの紛争に巻き込まれるという危険のほうが高く、従って帝国にとりこの同盟はデメリットのほうが大きいとのご懸念を表明される可能性は高い。そのような事態を避けるために、我らは貴下らがご提示された条文につき修正を・・・・」
 駆け引きは未だに終わる気配を見せなかった。
 
 キシロニア外交団が帝国との外交上の勝負に打って出ていたころ、彼等を護衛すべき警備隊員は非番であった。
 事前に申し渡されていたことではあったが、会談中は外交使節以外のキシロニア人は皇帝宮殿に入ることは許されていなかったからだ。
 その理由を帝国側はジェームズ殿下の刺客を防ぐためだと説明した。
 彼等に出来ることは待つこと以外にはなかった。
 その中でスレインは例外だった。彼は外出許可を取り、帝都の中を歩いていたからだ。
 帝都は馬車から見た時と同じように荘厳さと華やかさでスレインを出迎えていた。
「ここを曲がればいいのかな?」
と、地図を見ながらスレインは目的地へ急いでいた。もちろん、メアリーの家だ。
「うん、いいみたいですよ〜。」
 と、相変わらずの口調でラミィが言う。
「メアリーさんというのはどんな方なんでしょうかね〜」
「そんなの、会ってみなきゃわからないよ。―この手紙のこと信じてくれるといいな。」
 シュワルツハーゼの出来事から既に一週間近くが過ぎている。その間ラミィと何度か話した。
 彼女の話によると精霊使いというのは世界を成り立たせている水、土、太陽、月、闇の6つ精霊を夫々制御できるのが精霊使いなのだという。
 僕はそのうち闇の精霊使いの資質を持っているらしい。そして、精霊使いは総本山と呼ばれる場所に住み、滅多に人間の住むところにはこないのだという。闇の総本山の場所までは彼女は知らないようだった。
 だが、別の疑問もわく。
 あの暗殺者が口にした名前だ。それは明らかに自分の名前ではなかった。しかし、奴はそれを僕に向かって言った。
 聞き取れなかった名前こそ、本当の自分の名前なのかもしれない。
 そして、その答えはそうすぐには見つからないことも分かっていた。
 でも、このまま旅を続ければそれも分かっていくのかもしれない。少なくとも自分が何故、死者の魂と話せるのかは分かったのだから。
 もっとも、それを知らなくてもいいじゃないかと思う自分もいたりするのだが。
「ここだ。」
 スレインは足を止め、目の前にある雑貨屋のドアをノックしようとした。
「ん?今日はそこの家は休みだよ?」
 と、その家の隣にある店の主人が声をかけてきた。
「休みの日は大概、どこか外に出ているのだよ。」
「え・・・そうなんですか?いつ帰ってくるかとかは・・・分かります?」
「う〜ん、それはなんともいえないなあ・・・」
 この人のよさそうな店の主人にこの手紙を渡してもいいのかもしれないが、内容が内容だ直接手渡す必要があるだろう。
 しかし、時間の制約もある、探すのは至難の業だ。
「スレインさん〜。私がお役に立てるかもしれないです〜」
「どういうこと?」
「私、ボブさんの思いの強い場所ならなんとなく、分かるんです〜。メアリーさんはもしかしたらそこにいるかもしれません〜。」
「結構、凄いスキルを持ってるんだね・・・じゃあ、頼むよ。それなら、会えるかもしれない。」
 見かけによらないラミィの能力に驚いていると、隣の商店主の妙な視線に気がついた。
 ああ、そうかラミィは普通の人からは見えないんだったな・・・・
 
「スレインさん〜。こっちのほうです。」
 妖精は帝都の小道に入っていった。
 そこは、どちらかといえば裏通り的な所で、大通りの周辺とは違った雰囲気がある。
「こっちのほうでいいの?ラミィ」
「はいです〜ボブさんの思い入れの強い場所がこっちのほうなのです〜。メアリーさんかどうかも、近くに来れば多分、分かるのです〜。」
 そういえば、ここ1週間ラミィに精霊使いのことは聞いていたが、彼女自身のことは話題にしていなかった。
 闇の妖精というのがどういう存在なのかも
「ねえ、ラミィ。闇の妖精っていうのはどういうものなの?」
「?ラミィのことですか〜。実はラミィにも良く分からないのです〜」
「分からないの?」
「はいです〜。気づいていたら産まれていたので〜」
「う〜ん、それも闇の総本山にいけば分かるのかな?精霊使いなら知っているのかな?」
「そうですね〜。やっぱり行ってみたいですね〜。」
 それから・・・
 先を言おうとしたとき、ラミィが振り向いた。
「つきましたよ〜」
 小さな噴水がそこにはあった。水量はそれなりに豊富で、古びてはいるが重厚な作りの天使の彫刻が施されている。
 そこには、何人かの人が腰掛けていた。
 そのうちの一人に目がいった。
「あの人かな?」
 ラミィを見ると、彼女は頷いていた。
「あの、すみません。」
「はい?」
 突然の呼びかけに驚いた表情でメアリーはスレインを見上げた。
「メアリーさんですか?」
「はい、そうですが・・何でしょうか?」
「これを・・・」
 ボブの手紙を差し出すと、メアリーはそれを見る。その筆跡から彼の手紙であることを察した。
 恐る恐るその手紙を受け取り、何度かそれを手でさすった。
「これを、ボブの手紙をどこで?彼に会ったんですか?」
「はい。」
「彼は生きて・・・・生きていますか?」
「残念です・・・・ボブはとても貴方のことを気にかけていました。最後まで」
「そう・・・ですか。」
 手でスカートをぎゅっと握り締めメアリーは耐えた。目からにじむ何かを止めることはできなかったにしても。
 これで良かったのだろうか?
 死者の願いをかなえたときに決まってスレインはそう思う。本当に死者が望んだのは・・・ボブが望んだのは彼女と共に生きることだったんじゃないだろうか・・・と
 メアリーは手紙を開き、その文面を目に通す。
 何度も、何度も。
 泣きながら笑った。
 そして、立ち上がる。
「これを・・・届けてくださってありがとうございます。」
「いえ・・・・残念です。―それでは、僕はこれで・・」
「待って。」
 メアリーに呼び止められた。
何だろうと振り向くと彼女はボブの手紙をこちらに指し出した。
「これをお持ちください―ここまで届けてくれたお礼です。」
「でも、こんな大切なものを・・・・」
 メアリーは首を横にふった。
「これは、貴方にとってこそ、必要なものだと思います。」
「え・・・」
 数度のためらいの末にスレインは手紙を読んだ。
 親愛なるメアリーで始まる文面には、フェザリアンがその優れた科学力によって、人類を救う方法を実行に移しつつあるとういこと。
 そして、それが行われているのはローランド王国のフェザーアイランド。
 自分はその計画に魔法技術者として協力した。と書かれている。その証拠とでもいう感じで魔法装置の設計図と思われる図面が添付されていた。
 そして、メアリーにフェザーアイランドに来るように促している。その先に2人で生きていける世界があることを信じて。
「これは・・・・」
「スレインさん〜。凄い情報ですね〜、これは〜。」
 確かにそのとおりだ、フェザリアンが具体的に何を計画しているのかは分からない。しかし、それが分かれば、キシロニアの人たちを飢饉から救うことも夢ではないのかもしれない。
 スレインはメアリーを見る。
 彼女は無理していることが分かる笑顔で言った。
「彼は魔法技術者で帝都で働いていました・・・でも、彼は旅に出ました。私と2人で心配なく暮らしていける新天地を探すために・・・それから数年間。時折来る手紙だけが彼が生きていることを教えてくれました。そして、それがおよそ半年前から途絶えて・・・・」
 それから、言葉が続かなくなった。
「ごめんなさい・・・私はこれで失礼します・・・届けてくださって本当に・・・ありがとうございました・・・・」
というなり、メアリーは走り出した。
「メアリーさん。」
 スレインの言葉に彼女は一瞬足を止めた。
「この手紙を読ませてくれてありがとうございます。」
 それから
「・・ボブさんは・・・貴方が生きていくことを望んでいました。最後まで。それだけは最後にお伝えしておきます。」
 メアリーそれに言葉では答えなかったただ、頭を下げ、その場から立ち去った。
スレインは彼女を追いかけることはできなかった。彼女にとって必要なのは悲しむための時間なのだ。
 生きていることを信じた人が居なくなった。その衝撃は正直なところ想像ができなかった。多分、僕が言った事は白々しい事だったのだろう。それでも、それは本当にボブが望んでいたことなのだから−伝えなくてはならないことだとスレインは思っていた。
「行っちゃいましたね・・・」
「ああ・・・」
 これ以上は、メアリーの意思に任せるしかない。ボブが望んだとおり生きていくことを選んでくれるのを願わずにはいられなかった。
「戻るか・・・・」
「はい。」
 とラミィは答えたが、ハタと何かに気がついた。
「ああ・・・ボブさんとの約束が叶えられたんだから・・・・」
「あ・・・そうか。」
 ラミィは
「そんなに、悲しそうな顔をするなよ。別にボブさんの約束が終わっても―一緒居てもいいんだよ?」
「いいんですか?」
「ああ。僕もまだ闇の精霊使いのこととか聞きたいことがあるし、」
 
「おお、スレイン。もどったか!」
 と、警備隊の一人が声をかけた。
「帝国は俺たちの言い分を認めたぞ。」
「じゃあ・・・」
「そうだ、帝国との同盟が成立したんだ。これで奴等に攻められても大丈夫だ。」
 キシロニアの代表団が勝ち得たのは最前線の近くに帝国軍の一部を駐留させるとの一文だった。そして、アグレシヴァル軍の侵攻があった場合には防衛義務を負うとされ、さらにに共同で外交圧力をかけることが合意された。
 一方でキシロニアが行うのは食糧援助であった。現在の収穫量から見ても妥当な数字が並べられており、成功と呼びえる成果だった。
「スレイン!やったよ。私たち!」
 アネットが嬉しそうにスレインに言った。
「大任を果たせたんだね。本当に良かった。」
 そう、これから戦う時はこの大陸最強の帝国が後ろにいる。
 それは最前線にいたことのあるスレインにとっても決して他人事ではなかった。
「うん!良かった。本当に良かった!」
 と、かみ締めるように祝福の言葉を口にした。
「さて、諸君。」
 歓喜の声を締めくくるように大使ノエルが口を開いた。
「これで、帝国との同盟は成立した。既に伝書鳩で速報を連邦に送ってはいるが、報告のため、急ぎ帰還しなくてはならない。出発は明日の早朝とする。各自準備を整えてくれ。」
「はっ!」
 警備隊員たちや随員は各々の支度を整えるために散った。
 しかし、自分は帰るわけにはいかないだろう。メアリーへの手紙に書いてあることが事実なのかは分からない。
 それでも、試しみる価値はある情報だと思ったから。
「ノエル大使。ロナルド隊長。それにアネットも聞いてくれないか?」
「どうしたね。」
 スレインは4人以外誰もいなくなった部屋でボブの書いた手紙を広げた。
 
 
「これに書いてあることは事実なのか・・・確かにこの設計図は強力無比な魔法装置の図面に見えるが・・・・」
 ロナルドは判断がつきかねるという表情で述べた。
「でも、これが本当だったら・・・フェザリアンが人類を救う方法を模索しているとしたら・・・」
 期待を膨らませているのが分かる表情でアネットが図面を眺めた。
「確かに明るい情報ではある。スレイン。お前はどう思っている?」
「僕にも本当かどうかは・・・確信が持てません。ですが、試してみる価値はあると思います。」
 それに、あの必死の形相を浮かべたボブが与太話を恋人に残すとは思えない。彼はあくまでメアリーが生き残る道を探していたのだから。
「うむ・・・」
 スレインはこの手紙の入手にいたる経緯も説明していた。死者からの話。それはおいそれと信じられるものではないが、目の前にフェザリアンの計画を知らせる手紙とその装置の一部の図面があるのは事実だった。
「アタシはもしも、皆を救う方法があるならーこの手紙のことを信じてみたい。」
 ロナルドがノエルに目配せする。
 それまで黙っていた大使は言った。
「実はな、フェザリアンが世界中から魔法科学者を集め、なんらかの装置を作っているという情報はあるのだ。」
「じゃあ・・・」
「何を作っているかということまでは掴みきれていないのだ。そして、スレインとアネットが議長から受けた指示の内容もワシは知っておる。」
 大使は言った。
「ローランド王国に行くには山脈トンネルを使うしかない。通過にはビブリオストックのグランフォード大公の許可が必要だ。そちらにはワシから許可申請を出しておこう。」
「はい!」
「アネットお嬢様。スレイン。フェザリアンの計画のことはお任せしますぞ。」
 方針は決まった。
 フェザリアン達の島はローランド王国の南の海上にある。帝都からだとおよそ2週間はかかる距離だった。
 
 
 
(つづく)
更新日時:
2011/09/24 

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Last updated: 2014/3/16