3      彼は暗殺者と対峙した
 
 
 
 アネットとスレインが首都に別れを告げたのは、ロナルド達が先行してから4時間くらい後のことだった。
 馬車を使っているので、歩く苦労はないが、スレインは辺りをさりげなく警戒していた。領内に侵入してきたアグレシヴァル兵がこの馬車を襲うかもしれない。ロナルド達が先行しているとはいえ油断は禁物だ。
「ちょっと、聞いてるの?」
「あ・・いや、ごめん。」
 スレインはそれまで視線を釘付けにしていた馬車から目を離した。
 その馬車は急いでいるのか一目散に首都に向かっていく。ただの商人の馬車だったようだ。
「何、あの馬車が怪しいと思っていたの?」
「うん、アグレシヴァルの連中もどこから現れるかわからないからね。」
「まあ、前線の近くにいればそう思っちゃうわよね・・・それに、今回の任務も任務だし・・・」
 横においてある書簡をアネットは強く握った。彼女も父から託された任務の重要性を自覚していた。
「いまのところ、襲撃はないから・・・もしかしたらこのままいけるかもね・・・」
「アンタ・・・護衛がそんなに楽観的でいいの?」
「でも、楽観してなかったらアネットもこんなに僕と話してないと思うよ?」
 いまのところ旅程は順調すぎるくらいだった。始めは、敵の襲撃に緊張していた2人だったが、時間が過ぎるに連れて、静寂に耐えられなくなり、結局、おしゃべりが続いている。
 もっとも、最低限の警戒は怠っていない積りだった。馬車の御者も危急の時にはなにか知らせてくれるはずだった。
 また、この馬車の外見は普通の馬車だが、その耐武器、耐魔法防備はかなり充実している。よほどの不運が無い限りいきなり破壊されることはないはずだった。
「む〜、しょうがないでしょ。」
 と、アネットは頬を膨らませる。結構、反応が分かりやすい。始めは怪我人の手当を施せる才女というイメージだったのだが、父親同様、気さくなところがある少女だった。
「ところで、アネットは医者になるのが夢なのかい?」
「え?どうして分かったの?」
「前に、助けてくれたろ?素人じゃなかなかあそこまでは出来ない。本当にあの時は君が天使に見えたよ。−ありがとう。」
「そ・・そんなこと言ってもなにもでないんだからね!」
 と、アネットが頬を赤くしながら答える。
 ?
 特に普通のことを言ったつもりなのにとスレインは思った。
 アネットは半ば諦めた様な表情を作った。
「でも、そうね。私は医者志望なの。死んだ母さんがお医者さんだったから。」
「きっとなれるよ。―僕だけじゃなくて他にも君に助けられた人は多いと思う。」
「ありがとう、・・・・でも、本当の医師になるにはまだまだ、知識が足りないわ。」
 いろいろ、学びたいことがあるのよ。薬のこととか、それには薬草の知識ももっとつけないといけないし、それに・・・・と、アネットは遠くの空を見た。どことなく寂しげな表情だった。
 もしかしたら、亡くなった母親のことを思い出したのかもしれない。
 しかし、そう見えたのは一瞬のことだった。アネットは視線をスレインに戻すと、いつもどおりの声で言った。
「そうね、医者になったらまず貴方のその天然女好きをどうにかする薬でも作らせてもらうわ。」
 スレインは苦笑した。
 しかし、こんなに平和な会話をしていていいのだろうか?と、至極全うな疑問が頭に浮かんだ。
 罠だろうか・・・
 この予測は外れた。馬車はこのあと、第一目的地であるシュワルツハーゼまで何の妨害も受けることなく到着した。
 
 
 シェルフェングリフ帝国が発展した理由の一つに発達した道路網を挙げる人は多い。帝国は支配下に置いた都市、村、国をつなぐ街道を整備した。もともと、軍事上の理由から行われたことではあったが、平和な時代にそれは商人たちの交易ルートとして機能した。それは支配地域に経済的な刺激を与え、帝国が安定した支配を確立するのに重要なファクターとなった。
 シュワルツハーゼは西に行けば帝都とタリオヴェ。東に行けば学術都市ビブリオストック、新興のリンデンバークへと続く。
まさに、帝国の東と西の分岐点であった。
ここには自然と帝国の東西の商品が集まり、商業が栄えた。その喧騒の中にスレイン達が入ってきたのはその日の午後であった。
「おお、お嬢様、スレイン。」
「ロナルドさん。」
 既に街に到着していたロナルドが出迎えてくれた。その表情に不安の色は伺えない。何も起こらなかったのだろうか?
「ロナルドさん。アタシ達のほうはなんともなかったけど、そっちはどうだったの?」
「うん・・・そっちもか・・・」
 複雑そうな顔でロナルドは答えた。
「まあ、ここではなんだ。宿を取っているから、そこで話そう。」
 宿は町のキシロニア側に通じる大門の近くにあった。「黒いウサギ」というこの街では代表的な宿だった。キシロニアの代表団はその3階を貸し切っていた。
 ロナルドに案内された一室にキシロニアの人々が集まっていた。
 特殊警備部隊のメンバーそして、大使ノエル、とその秘書官2人だ。
「おお、2人とも無事だったか。」
 と、入るなりノエルの声が出迎えた。
「皆も無事だったのね。良かったわ。」
「はは、アグレシヴァル兵が全然いなかったからな。あいつら、今日は休業中なのかな?」
 軽い笑いが部屋に流れる。事前の予測ではアグレシヴァル軍の潜入部隊の襲撃が予想されていた。正直拍子抜けしているのが本心だった。
「だが、それが奴らの狙いかもしれない。」
 ロナルドが感想を述べる。
「俺たちを油断させているのかも。」
 警備隊の一人が言った。
「と、すれば、この街・・・あるいは帝国領内で?」
「可能性はあるだろう。ともかく、警備は万全にしよう。」
 と、ロナルドは言うと、夜間の警備の打ち合わせを始めた。
 
 
 打ち合わせや1回目の警備の時間が終わったのは夕方だった。
 スレインが再び警備につくのは夜で、今は非番だった。アネットは帝国との交渉をノエルと話し合っているが、スレインは一人で街に繰り出ことにした。
 ・・・本当に、都会なんだな・・・
 と、スレインは思った。
 ヴォルトゥーンに比べれば規模は小さいが、そことは異質の空間がそこにはある。
一目で異国から来たと分かる商人。
 見たことも無い品々
 帝国風の装飾が施された大聖堂、商店。
「兄ちゃん、これはどうだい!?安くしとくぜ。」
 露天の商人の前には美しい装飾が施されたガラス細工が並べられている。
 小隊の皆のおみやげにいいかもなあ・・・っと、観光じゃなくて任務で来たんだよな。
「わ〜、綺麗なガラスですねえ〜イルカさんです〜」
 ?
 スレインは辺りを見回した。辺りに人は沢山いるがあまりにも唐突過ぎる声だ。
誰の声だろう・・・・・と、もう一度右を向いた時、声の主が視界に入ってきた。
「ん〜?誰か呼んでいるみたいです〜」
 実に不思議な少女だった。
 身長は12センチくらいだろう。黒い三角帽子に黒い法衣。そして杖。それはまるで童話に登場する妖精そのものだった。
 しかし、雰囲気は神秘的というよりは癒されるといった性質のものだった。彼女の動作やその手に握られている小さなお茶がそうさせているのかもしれない。
 でも、何で誰も反応しないのだろう?
「お客さん?どうしたんです?」
「えっと・・・見えないの?アレが・・・」
「アレ・・・ああ、あの人、とっても綺麗ですなあ。白い服に黒い髪・・・うんうん、お客さんもお目が高い!」
 全く見当違いのことを言っている。
 自分には見えているが、この人には見えていないのだ。
「ああ・・ええ、そうですね。」
 と、スレインは適当に誤魔化すと、妖精の後を追った。
 誰なんだろう?
 自分だけが見えるということは僕が作り上げた幻想なのだろうか?
 好奇心からというのが一番だろうが、何故かあの妖精を見ていると何故か気持ちが落ち着くのが感じられた。
 妖精は裏通りに入っていった。
 こっちか・・
 スレインもその後に続いた。人がようやく通り抜けられる幅の道を抜けると、少し空間が開けていた。使われていない井戸がある空き地だった。
 そこで、彼女は誰かと話していた。
「それは、困りましたねえ〜」
「この身体では、もう彼女にこれを伝えることはできない。」
 もう一人は男、年は20代後半くらいか・・・
 ・・・・この世の人じゃないみたいだね・・・・
 死者に会った時と同じ感覚を覚える。一体、どんな願いのためにここにいるのだろう。
 彼と目が合った。
「あ・・・」
「お前・・・俺が見えるのか?」
 スレインが冷静に頷くと、死者は駆け寄ってきた。
「私はボブ。頼む、これを・・・・これを、ファルケンフリュークにいるメアリーに届けてくれ!」
「私からもお願いします〜。」
 ボブと名乗った霊と妖精の目は真剣だった。
「詳しく話してくれますか?」
 予想外に冷静な態度に霊は戸惑いながらも自分の事情を説明した。
 彼はメアリーという女性に手紙を書き終えたところで命を落としたのだという。
 これまでの経験から強い未練を抱いた死者は死んだ場所に囚われてしまう。彼はこの街で命を落としたのだろう。
「メアリーさんという方は何処に?」
「帝都の大門近く大通りに面した場所に「小さな鳩」という名前の雑貨屋がある。そこに・・・・」
「帝都ならこれから行くところだから大丈夫だ・・・・きっと、届けるよ。」
 死者はスレインを見定めるように視線を向ける。
 何もかも見透かされてしまいそうな目だった。過去にあった死者たちがそうだったように。
「お前なら・・・・大丈夫そうだ・・・俺だけでなく、多くの魂を救っているみたい・・・だから・・・頼んだぞ。」
ボブは手紙を差し出した。スレインはそれを黙って受け取り「必ず届けるから」と相手を安心させるように言った。
 それを聞いたボブは表情を緩め、そして消えた。
「はう〜、行ってしまいました〜」
「ああ・・そういえば、君は?」
「私ですか〜?闇の妖精、ラミィちゃんです!」
「ラミィ・・・闇の妖精?」
 妖精なのは認めたようだが、彼女もボブのような死者と同じく、普通の人には見えないのは何故だろう?
「ああ、僕の名前はスレイン。スレイン・ヴィルダー。」
「貴方は私の姿が見えるんですねえ。感動的です〜。私たち妖精は普通の人には見えないんです〜。だから、いつも無視されるのが普通なのですから〜」
 と、ラミィは嬉しそうな表情でスレインを見つめた。そして、思い出すかのように言う。
「私、さっきの人の願いを貴方がかなえるのを見届けなくてはなりません〜。だから、少し、貴方についていくことにしますね〜」
「え?」
 妖精の申し出にスレインはどう反応すべきかすぐには分からなかった。
 
 
 
「ふ〜ん、じゃあ、スレインさんは、何人も死者を助けてきたんですね〜。」
「う・・・うん、まあね。」
 死んだ人と話せるのなら、妖精を連れて行ってもいいだろう。開き直りと言えばそうかもしれないが、スレインはラミィと共にボブの願いを叶えることにした。
 これまで、何度か死者の願いを聞いていると話したら、ラミィは笑顔で頭をなでた。
「偉いんですねえ、スレインさん〜。普通、死者の魂を見たら、逃げ出すのが普通の反応です〜。」
 そうかもしれない。
「でも、皆とても悲しそうな顔をしていたから。―それに、僕にもすぐに出来ることが願いだったから・・・」
「そうすると、スレインさんは闇の精霊使いかもしれませんね〜。」
「闇の精霊使い?」
 初めて聞く言葉に、スレインは聞き耳を立てる。
「魂の輪廻を守るのが精霊使いなんです〜。スレインさんのように輪廻から外れて苦しんでいる魂を助けるのが闇の精霊使いなんです〜。」
 それは、スレインがしてきたことと重なる。
「じゃあ」
 僕はその闇の精霊使いなの?という問いにラミィは考え込むような表情になる。
「ん〜でも、まだ、完全には精霊使いとして覚醒していないのです〜。でも、素質があるのは確かです〜。死んだ人が見えるのですから〜」
 それは、記憶を取り戻す証拠の一片なのかもしれない。何かを聞こうと思ったが、聞くべきことが多すぎる気がした。
「また、後でゆっくり話そう・・・聞きたいことが多すぎるし・・・」
「どうしたのですか〜?」
「仕事しないといけないんだ。」
「お仕事ですか〜?」
 そう、アネットの部屋の警備の時間だった。
 
 
「スレインです。任務を引き継ぎます。」
「おお、頼むよ。異常は無しだ。」
 前任者はスレインにそれまで異常が無かったことを引き継ぐと、休憩室に消えていった。
 スレインはアネットの部屋のドアの前に立つと、そのまま周囲を警戒した。ラミィは「それなら、私も見張っています〜」と言うと、彼女なりに真剣な表情で辺りを飛び回っている。
 時間が経てば、ラミィのことも気にならなくなっていた。慣れは恐ろしいということが実感できた。
 それどころか、なんとなく癒される気がした。それがあまりに無防備で無邪気なラミィがかもし出す雰囲気なのか、自分が彼女の言う闇の精霊使いの素質を持つ者であるのことに関連があるのかは分からないけれども。
 後ろで音がした。
 振り返ると、部屋から顔を出すアネットがいた。
「どうしたの、アネット?部屋にいないと・・・一応、重要人物なんだから」
「分かっているわよ。貴方がちゃんと仕事しているかどうかチェックしようと思って。」
「で、自分の仕事のほうはどうなの?」
「バッチリに決まっているでしょ。」
「そりゃ、良かった。」
「・・・いつもより手入れしてるの?髪?」
「あら、分かる?帝都に着いて田舎者って思われたら嫌だもの。」
「そうだね。君は連邦の代表だしね。」
 おどけた答えにアネットは笑みを浮かべたが、ふと深刻そうな表情を浮かべる。
「ねえ、スレイン。今回の同盟うまくいくかな?」
「いくと思うよ。帝国も連邦の食料を必要としている。キシロニアにとってどれだけ良い条件になるかは交渉次第だろうけど。」
 結局のところその交渉も大枠は決まっているだろう。現地には公使館もあり、常駐の大使が詰めいている。この訪問の前に非公式の会談が何度もあったことは想像に難くない。
「テオドラ派が首尾よくジェームズ派を片付けてくれるか、互角に戦ってくれれば、きっとアグレシヴァルの攻撃も抑止できる。」
「うん、分かっているわ。それは分かっているの。でも・・・良く考えたらアタシただのお飾りなんだなって」
 身近で父の苦悩を見、アグレシヴァルの侵略の現場に立ち会ってきたアネットは役に立ちたいと思っているのだろう。
 お飾りではなく、もっと強くありたいと。
「アネット。君は議長の代理だ。だから堂々としていればいいんだ。強気な・・・いつもの君のままでいればいい。それがきっと、交渉の役に立つ。―それが一番いいことなんだよ。」
「一番か・・・・」
 きっと彼女は強い不安を抱えている。今回の交渉は連邦の運命を大きく左右するのだから。
「ありがとう、スレイン。アタシの話に付き合ってくれて。」
「どういたしまして、早く眠ったほうがいいよ。いつもどおり綺麗でいることも交渉で役に立つからね。」
「そうね。分かったわ。おやすみ」
 素直にドアを閉じるアネットを見送りながら、少しは彼女の気が晴れるといいなとスレインは思った。
「あの人は貴方のお恋人ですか〜」
 ラミィの言葉を慌てて否定する。顔面に熱を感じた。
「う〜ん、そうなのですか〜」
 と、ラミィは残念そうに言った。
「向こうのアネットさんは貴方と話していて嬉しそうでしたよ〜」
「そうかなあ・・・と、話はそこまで。」
 仕事に戻らなくちゃ。
 
 
 警戒についてから幾度目かの時計の針の音。時間を確認すると交代の時間が近くなっていた。
 相変わらず侵入者の気配は感じられない。
 ラミィは辺りを飛んでいる。そういえば、彼女何も食べなくてもいいのだろうか?任務が終わったら聞かなきゃなと思った。
 その時、スレインは身体の中から不快感が湧き上がってくるのを感じた。人間が持つ、本能的な恐怖感あるいは嫌悪感。それはあまりに突然すぎることでスレインを当惑させた。
 何だ・・・・この感覚。
 何かいる。でも、どこに・・・
「あれ〜。なんだか。物騒な人が居るみたいですね〜」
「分かるの?ラミィは」
「はい〜。どうやら、屋根の上に〜」
 屋根の上に・・・言われて見ると微かに気配を感じる。そしてそれは移動している。アネットの真上に。
 気がついたときにはドアを開けていた。アネットは前のベッドで眠りについている。
「アネット!危ない!!」
 そう叫ぶと、ベットのアネットを抱き起こす。すぐ近くを何かが大気を切り裂いていく。
 毒針か・・・
「アイスバレッド!!」
 天井に氷の矢が突き刺さり、何かが下に落ちてくる。
「うう・・・」
 アネットが寝惚けなまこから、次第に状況を飲み込む。スレインは彼女を守るように落ちてきたものに立ちはだかった。
 月明かりが部屋を照らし、それを浮かび上がらせた。人間だった。
 長い白髪、尖った耳、不自然なまでに痩せた身体。細い瞳からは異様に鋭い殺気が感じられた。
 何より見覚えがあった。あの崖で見た悪魔のような男。赤毛の女性を殺めた男。
「これは、してやられましたね。」
「お前は・・・誰かに依頼されたか・・・」
「ふん・・・」
 答える積りはない。と言おうとしたのだろうか。しかし、そうは言わずに、今までよりも更に顔を歪めて、スレインを睨んだ。
「お前は・・・・・」
 誰かの名前を言ったようだが聞き取れなかった。
「お嬢様!!」
「賊か!?」
 部屋に騒音を聞きつけて集まってきたロナルドたちが入ってくる。
「今日のところは引き下がりましょうか・・・・しかし、お前は私の誇りにかけて。必ず殺しますよ。」
「待て!」
 暗殺者は窓ガラスを突き破ると、そのまま夜の街に身を躍らせ、信じがたい身体能力で闇の中へと消えていった。
 何度か魔法を放ったが、それは闇夜の鉄砲でしかなかった。
 夜の街は突然の攻防ににわかに騒ぎ始めた。城壁に詰めていた兵士が状況確認に現れた。
「奴は・・・・」
 ロナルドが部屋に明かりを灯し状況を確認する。
「お手柄だったな。スレイン。奴はアグレシヴァルの雇った刺客だ。こんな隠し玉を準備していたとは・・・」
「ありがとう、スレイン。」
 と、アネットはお礼を言った。
「いえ・・・でも、アイツは一体。」
「ランドルフ。」
 その名前を聞いた瞬間体中に疼きが走った。その感覚に違和感を覚えながらスレインはロナルドの次の言葉を待った。
「連邦、帝国、その高官の暗殺にも多数関わったと言われる大物暗殺者だ。」
「ランドルフ。」
 スレインは熱に浮かされたようにその名前を繰り返した。
 何度も何度も。まるで、自分の身体に別の誰かがいるかのように。
 
 
 その翌日、キシロニア代表団はそれまでの楽勝ムードとは対照的に厳重な警戒態勢を取りながら、帝都への道を急いだ。一団になっての移動だった。帝国の領内に入れば、アグレシヴァルの正規軍から狙われる心配はまず無いが、大陸の大物暗殺者に狙われているのだから油断は出来ない。
 結果としてそれは杞憂に終わった。
 その日以降、ランドルフが姿を現すことはなかったからだ。その他の妨害もなかった。
 スレインが帝国の威厳を示す壮麗なファルケンフリューク城壁を見たのはシュワルツハーゼの出来事から4日後のことだった。
 
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
更新日時:
2011/06/18 

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Last updated: 2014/3/16