28      ケネス准将は当初の計画を断念した


 ―この動物に乗るのは久しぶりだな。
 スレインは彼が乗っている動物、キャリーの手綱を握り、自分の望む方向に歩みを進めた。
 このキャリーという動物はまるで普通の鳥の特色を残したままダチョウのように巨大化した姿とでもいうような動物だった。馬よりも走力は劣るが、今回のように山道を行くような場合には比較的小回りが効くため有用だった。それに馬のように魔法にそれほど弱くなく、それなりの耐久力を持っていた。馬であれば魔法を受ければ一撃であの世行きだ。
 後ろを見ると、他の仲間たちも同じようにキャリーを操り進んでいる。
 モニカも弥生もキャリーに乗るのは初めて見たが、どちらも経験があるのか上手に乗りこなしている。
 ビクトルは頭脳労働がメインだったせいか、ヒューイの力を借りながら四苦八苦して進んでいる。
 アネットは言うまでもない。子供の時から乗りこなしているのだから上手いのは行くまでもなかった。ふと、アネットと視線があった。
 思わず視線をそらせる。
 昨日の夜のことが思い浮かんだ。
 ー貴方はグレイじゃないの?
 ずっと、そっくりだと思っていた。とアネットは言った。
 その銀髪も目もすごくよく似ている、と
 その通りなのだから答えは本当なら「そうだ」というべきだったのだろう。
 だが、僕はそう答えなかった。
 他人の空似。
 そう答えた。その後アネットに何を言われようとも。その答えを変えることはなかった。
 手綱を握る手に力がこもった。
 グレイとの約束と言えば聞こえはいいかもしれない。
 だが、本当にそうだろうか?本当は自分の存在が消えてしまうことへの恐怖が強いのだ。
 グレイという存在をそのまま認めれば、現在の自分、スレインはどうなってしまうのだろう?
 そんなことを考えている自分に見せたアネットの悲しそうな顔が罪悪感を駆り立てていた。
 だから、彼女のことを見るとそのことを思い出してしまうのだ。
「スレイン、前を見たほうがいいわよ」
「わ!?」
 モニカの警告に僅かに反応したおかげで、前にあった木の枝をかろうじて避ける。
「すまない。ありがとう」
 そうだ、今はそれで心を乱されている場合ではない。今はとても危険な任務についているのだから。
 ケネス率いる1000人の隊が編成され、アグレシヴァル王都攻撃の任についた。奇襲を達成するため進軍ルートは山道をそして、スピードの確保のため徒歩ではなくキャリーでの移動を行うことになった。
 スレインたちの任務はその部隊の偵察、進路上に待ち伏せなどがないかを確認するのが仕事だった。
 スレインは人の魂を感じられる、それがどこにいるかも分かる。それぞれの精霊の特色を生かして人の存在を感じることができるのは弥生もそうだし、ヒューイもそうだ。今のところその三人に敵の反応を感じる物はいない。
「どのくらいまで来たのかしら?」
「せやな、行程を7割終わったくらいや・・・まだアグレシヴァルの王都が遠くに見える。」
「ここまでは順調かな・・・」
 と、どこか少し安心を覚えた。
 しかし、後ろを振り返るとそれを咎めるような光景が見えた。二つの軍勢が対峙している。ほどなく決戦が始まるだろう。
「急ごう。」
 スレインは短く言った。


 決戦は両方がその気にならなければ出来る物ではない。一方が仕掛けようとしてももう一方が決戦を回避して砦や陣営地に引きこもってしまえば決戦は起こらない。だが、今日はそうではなかった。それは一つの情報が関わっていた。帝国で革命軍がオルフェウス率いる帝国軍に敗れたというのがそれであった。
 帝国の叛乱は早期に平定されるかもしれない。その条件の変化が両軍を決戦に向かわせた。
 アグレシヴァル王国軍2万8千とシェルフェングリフ帝国軍2万4千は互いに距離を狭めていったが、スレインが考えて程接近しているわけではなかった。魔法や矢の射程距離にはまだ達していない。
「仕掛けてきませんね。」
 と、グランフォードは望遠鏡を片手に言う。
 隣にいたヴィンセントは無言で頷いた。
 連中、どういった策でくるだろう?両軍の陣形を比べると似ているところもあるが違う点がある。似ているのは主力軍を左右両翼と中央そして後方の予備隊に分割している点。違うのはアグレシヴァル軍の場合主力軍のさらに前に薄い一戦となって前衛部隊が展開している点だ。
「にしても、ヴィンセント卿。なかなか思い切った布陣ですな。山を背にして陣を布くとは」
「確かに危険はありますが、全員の覚悟を促すにはちょうどいい。今日は全力以上の力を出し切ってもらわなきとどうにもならない」
 退路を断ち、味方の奮戦を促す。排水の陣だ。ゲルハルトは仕掛けてくるだろうか?戦いを避け時間を稼ぐ、此方を焦らして攻撃を誘う。敵将の性格を考えればそう出てくる可能性は高い。だが、それは思い過ごしだった。やがて、敵陣から魔法の光がまたたいた。
「総員ふせろ!!」
 前線にいる士官たちが叫び、兵達は一斉に地面に伏せる。
 早すぎる。・・・
 ヴィンセントは思った。
 まだ、射程外の筈だ。まさか、超長射程の魔法を完成したのか?
「いや、違うな」
 やはり、魔法は味方に届かない。むしろ常識的な射程でいたずらに盛大な土煙を上げているだけだ。
「何をやっているのだ・・・?陽動か?」
 ヴィンセントいかぶった。
 敵の魔法の嫌がらせは左右両翼で発生し、中央ではおこっていない。ならば、我々の目が左右に集まっている時に中央で大攻勢をかける積りなのか。
「ですが、敵は定位置にとどまったままですな。」
 グランフォードが指摘した。彼の言う通りアグレシヴァル軍は動いていない。唯魔力の無駄遣いをしている訳ではないないだろう。何を隠しているのだ?
 その時だった。左翼の陣に突然異変が起きた。
 陣形が突然崩れ始めたのだ。
「何事だ!」
 と、ヴィンセントは望遠鏡でその様子を見る。そして、陣形を乱しているものの正体を知った。
「あれは・・・白い異形・・・?」
 アウストリンゲの湖で友軍を一瞬で破滅に追いやった悪魔だ。
「ユングと、申すそうです。」
 グランフォードがどこか震えるような声で言った。アウストリンゲで酷い目にあったので無理もないかもしれないが、ここで首脳部が動揺しているように見えるのは不味い。
 ヴィンセントはどこか普段通りの会話の声で快活に言った。
「グランフォード卿はあの化け物の正体をご存じなので?」
 ヴィンセントの口調に気付いたのかグランフォードも態度を改めて答えた。声は冷静な図書館の司書を思わせた。
「以前、わが図書館も奴らの襲撃を受けたとお話ししましたね。その死骸整理の傍ら調査を行わせていたのです。学者が言うには彼らはもともとこの世界の住人ではないのだそうです。例の時空融合計画の歪みで我等の世界に来たのかもしれないとのことです。」
「何?」
 どこか浮世離れしているような話だったが、あのこの世のものと思えない威力を見るとある意味で納得できてしまうような内容だ。
「・・・我等が同胞を食い殺したのは異世界の怪物であったとは・・・」
 左翼の陣形は崩れ始めた。アグレシヴァルは魔法で煙幕を張りながらユングをこちらの陣地に接近させていたのだろう。あの怪物に懐に入り込まれればこちらの歩兵で対抗するのは難しい。これは背水の陣が裏目に出たか・・・ヴィンセントは唇をかんだ。
 もう少し部隊を下がらせるべきか・・・
 だが、グランフォードは落ち着いた声で続けた。
「あの化け物の弱点は魔法です。諦める必要はありません。」 
「魔法・・・か。どの属性の?」
「あの化け物は魔法に対する適応力が全くありません。どんな魔法も・・・です。」
「成程、前に奇襲されたときは魔法を撃つ暇もなく肉薄されたからな。」
 今回ならば、その限りではない。
「敵前衛部隊、味方左翼方向に集中しつつあり。」
 見ると、一線に広がっていた敵前衛が味方左翼方向に集中し、その後方に控える敵主力もじりじりと距離を詰め始めた。さが、こちらの左翼方向にある敵部隊、アグレシヴァルの右翼隊は突出してきている。異形の突進に乗じて左翼から突破するつもりだ。
「援軍を出しましょう。このままでは・・・」
 一人の貴族が言った。
「2個大隊を増援に出す。」
「それでは、少なすぎます。」
 当然の意見だが、グランフォードが言った。
「敵にはまだ予備兵力がある。彼らが動き出した時に対応する部隊がないでは、此方に勝ち目はない。」
「しかし、左翼隊が崩れてしまえば、元も子も。あの異形さえいるのですぞ!」
「なら、私が参りましょう。」
「グランフォード殿!」
「左翼隊の部隊と連携出来れば、うまくあの異形に一泡吹かせられるはずです。魔法兵を2個大隊。グランフォード家の部隊から抽出します。」
 ヴィンセントはグランフォードを見た。
 どちらかと言えば軍事に向いているタイプにも見えなかったのだがな。
「・・・・お願いします。卿には助けられてばかりだな。」
 アグレシヴァル軍に反撃するときに、敵を油断させるための欺瞞工作を考え付いたのも彼だった。この図書館の若い主が居なければここまで来ることはできなかっただろう。
「期待に沿うよう努力しますよ。将軍。」
 グランフォードは頷くと、自分が指揮すべき魔法兵大隊のもとに急いだ。



 スレインは手を挙げて仲間全員に進むのを留める。
「どうしたの?」
 怪訝そうに尋ねるモニカに指を立てて静かにと言う。そして、神経を集中して自分たち以外の人間の魂の存在を探す。発しているときに微かにその気配があったのだ。
 そして、ある結論に辿り着く。
「やっぱり、いる?」
「ええ、やはり敵のようですわ。」
 スレインの確認に弥生も同意した。
 僕は魂で弥生さんは記憶の数で敵の存在を感じていたという。数は50以上。
 唯の警戒隊かもしれないが、待ち伏せの可能性もある。それを確定するにはもっと広範囲の情報が必要だ。
「本当なの?」
 と、アネットが言った。
 無理もない、スレインが感じ取ったのはすくなくともここから500メートルは先の場所だ。
「ああ、50人くらいは最低でもいるかな・・・。」
「50人くらいかあ・・・もしかしたらもっと大人数の集団が別にいるかもね。」
 アネットは地図を取り出す、500メートルほど先から、道は沼と丘に挟まれた場所を通る。
「待ち伏せるには絶好の地形よ」
「ねえねえ、ここは私の出番じゃないでしょうか~」
 話に興味を持ったのか、ラミィが提案してきた。
「じゃあ、頼むよ。」
「・・・・」
 事情を知らないアネット、モニカ、ビクトルが怪訝な顔でこちらを見ている。
「また、イメージトレーニング?」
「ああ、そんなところ・・・いや、精霊使いにだけ見える妖精がいるんだ。」
「妖精?」
「ああ、アネット達には話していなかったけど、ヒューイ達には見えているんだ。」
「・・・そうなの・・?」
 頷くヒューイと弥生を見て半信半疑の三人だった。姿は見えないのだから信じろといってもなかなか無理があるのは仕方ない。
「せやったら、ワイも風の精を使ってみるわ。」
 ヒューイが言うには風の妖精なら移動も早いというのだ。ラミィ一人よりも早く情報が集まるはずだ。
「じゃあ、その間に僕たちも探れるだけ情報を探ろう。」
 暫くたってから妖精たちが帰ってきた。
 その間、スレインたちも相手に出来る限り近寄り、望遠鏡で偵察を続けたていた。
 その結果は、明白なものだった。
「やっぱり待ち伏せだよね。」
 左の沼地、右の坂の木々に隠れている敵兵。そして道の正面にも歩兵隊が陣取っている。
 ケネスの本隊が来たら奇襲して一挙に殲滅してしまう構えだ。
 その数は100人や200人といた規模ではないそれよりも確実に多い。
「どうやっても、儂らでどうにか出来る規模ではないな。」
「とりあえず、ケネス少将に連絡を入れらては。」
「そうだね・・・でも」
 これだけ、相手がしっかりした布陣を敷いているとは
「こっちの情報が漏れたのか・・・」
 だとしたら、作戦はどうなってしまうのだろうか。王都奇襲部隊は僅か1000人。奇襲が成功しなければ王都占領は無理だ。待ち伏せされているなら奇襲は無理としか思えない。
 連絡を受けたケネスはスレインたちに合流を命じた。


 ユングに切り込まれた帝国軍左翼は撤退を指示された。仕方ない。ヴィンセントは重歩兵とヒーラーを配置していたが、物理的な攻撃に対しては非常な耐性を発揮するユングにとってそれは獲物でしかない。
指示されるでもなく、重歩兵が次々血祭りにあげられると、ヒーラーだけで対処の使用もなくパニックが後退をうんでいった。
「突撃だ!!!」
帝国軍の乱れを見たアグレシヴァル軍は前衛隊は帝国軍左翼に集中し、その後方のアグレシヴァル右翼隊も前進を開始する。妨害はほとんどなかった。ユングが綺麗に突破口を切り開いてくれた格好だった。
 これに勢いづいたアグレシヴァル中央隊、左翼隊も前進を始める。
「あの異形めは今回も働いてくれましたな。」
「帝国軍は混乱している。今のうちに軍をすすめよ。」
 ゲルハルトは一先ず作戦が成功していることを喜んだ。前衛の新兵にあまり期待していなかった彼であったが、ユングの助けにより好調な前進を見せている。だが、ゲルハルトが真に期待しているのは左翼隊と予備隊だった。彼はここに特に技量優秀な兵を集中していた。
「あれだけの攻撃を受ければ敵は予備隊を割かざるを得まい。」
 彼は帝国軍の予備隊をここで消耗させる積りだった。それが終わった後に切り札の攻撃を使う。そのためのユングを用いた右翼隊の突撃だった。その意図は完全でないながらも当たっていた。帝国軍は予備隊の投入を決断したからだ。


 グランフォードは目前の光景に息をのんだ。
 白い化け物が味方の戦線を次々と食い破っていく。斧や剣が彼らを狙うが、多くが弾かれ、致命傷を負わせられない。それに対して、化け物の巨大な鋏のような腕は命中すれば2発を喰らえば致命傷になるだろう。ヒーラー達が必死に負傷兵を手当てしているが、唯の悪あがきでしかない。一つの歩兵集団が突破され、その後方にいたヒーラー達は逃げるいとまもなく殺されていく。
 かつて、湖で味方が嘘のように壊滅していく様が思い出された。あの時、カニンガム軍の将兵もこれと同じものを目にしたのだろうか?もはやこれまでと、ユングに自滅同様の突撃をかける者もいるがそれはユングの進撃を数秒程度遅らせるだけだった。
「総員か構え!布陣せよ。」
 キャリーに乗っていた魔法兵を下ろすとすぐに魔法の準備にかかる。魔法兵の数は1000人、2個大隊分、そして500人が通常の歩兵隊だ。
「魔法詠唱はじめ!何でも構わん。相手を一撃で薙ぎ払うことだけ考えろ!!」
「閣下、ユングがすぐそこにです。」
「味方は・・・逃げてくるだけか?」
 味方部隊も全滅したわけではないが、指揮系統はあまり生きていない。
「いえ、何割かは我々の反撃に加わると言ってます。」
「上等だ。歩兵隊。私に続け。」
 グランフォードは魔法詠唱の時間をかせごうとしていた。彼には勝算があった。この地形だ。
「この窪地に暫し隠れるぞ。」
 この地区には窪地が多い、彼は指揮下の歩兵をそこに伏せさせた。囮は不謹慎ではあるが逃げてくる味方が担ってくれる。
 隠れている窪地から逃げていく味方が見える。彼らの立てる砂が顔につく。どれも恐怖に顔を引きつらせている。
 やがて逃げてくる味方がまばらになり、悲鳴がそれに続いた。
「くそっ!」
 と思わず、立ち上がろうとする者を隣の兵が抑える。もう少しだ。
 やがて、人間とは違う足音が聞こえる。ユング達だ。だが、数は少ない。その理由も見当はついていた。殺した味方兵士の死骸をこの連中は食べているからだ。食事中の連中とまだ餌を得ていない集団に分かれているのだ。ユング達は辺りを見回しながら餌である人間をもとめて突進してくる。
「グランフォード卿!」
「まだだ!!」
 ユングの息遣いそして、下腹が見えるくらいまで近づいた。
 それが合図になった。
「全員、連中の下腹を狙え!!!全軍突撃!!!」
「うおおおお!!!!」
 過去の恐怖を振り払うような気合の声と共に一斉に槍が繰り出された。それは誤ることなく、ユングの皮の薄い下腹に吸い込まれた。
「グギアアアアアアアアア!!!!」
 ユングと言えども下腹はやはりウィークポイントだった。
 槍の一撃でユングは絶叫をたてて倒れる。
「やったぞ!!!」
 歩兵達はこれまで狩られるだけの存在であった自分たちがユングを狩ったことに心の底から熱狂した。
「窪地から出る!!敵の主力が来る前になるべく多く片付けるぞ!!!」
 ユングの集団は統制が取れていない。彼らが分散している間に一匹でも多くの敵を始末してしまうのだ。
 兵達は伏せていた窪地から飛び出した。いきなり仲間がやられて混乱するユングを見つけると、取り囲んで剣、槍を突き立てる。
「目だ!目を狙え!!」
 グランフォードは絶叫しながら剣を振るう。固い表皮に弾かれることもあるがそんなものは関係ない、ともかく一回でも多く攻撃を繰り出さねば。
「オノレ・・・」
 誰が言ったのか分からない声が聞こえてきた。部下のものではない。
「死ネ!!」
 一拍おいて、ユングの巨大な腕が来る。
 グランフォードは躱しきれたが近くにいた兵は避けられず。血を流して倒れる。
 だが、そこに隙が生まれた。腕を伸ばしきっていたのだ。固い表皮の結節点が見えたそこに剣を突き立てる。今度は弾かれなかった。深く貫く。
 それだけではなかった。他の兵達も弱点に槍や剣を突き立て、それが致命傷になった。ユングは腕を大きく振り上げるとそのまま倒れた。
「人間ドモメ・・・無念・・」
「こいつら・・・人間の言葉を」
 だが、そんなことも一瞬、部下の報告がそれを吹き飛ばした。
「敵主力きます!!」
 ユングの群れの本隊がすぐそこまで迫っていた。
 魔法兵がいる方を見る、魔力が大分蓄積されている様が魔術師であるタウンゼントには分かった。
 潮時だ。
「全員、後退!」
 歩兵隊は一斉に逃げにかかった。ユングはそれを全速力で追いかける。
 振り返りながらその様子を見る。数はそれほどでもない。400くらいだろう。人間の部隊400であればこちらが圧倒的だがあの怪物が400というのはそれなりに脅威ではある。その後ろをゆっくりアグレシヴァル軍の前衛隊と左翼隊が前進している。突撃ではなくどちらかというと行進しているのに近い状態だ。おそらくユングに襲われるのを避けて少し、後ろを歩いているのだろう。
 味方の魔法兵がいるところが見えてきた。
「総員、地面に伏せよ!!」
 歩兵隊は地面に伏せ始めた。
 この動向にユング達は気づき始めたがその時は手遅れだった。怯んだように止まってもそれは後ろから突進してくる味方と衝突し混乱を助長するだけの結果となった。
「今だ、敵は団子になっているぞ!撃て!!」
 号令が終わるのが早いか魔法兵達の陣地から幾つもの閃光が発生した。
 ファイアーボール、ホーリークロス、トルネード、デスクラウド。
 考えられる限りあらゆる種類の魔法の閃光がユング達を捉えた。
 1000人による魔法の一斉攻撃はすさまじい振動と轟音を生み出した。煙もかなり上がった。
「やったか・・・・?」
 タウンゼントは顔を上げる。油断なく剣を構える。煙の中からあの怪物が出てくるとも限らないのだ。
 だが、それは杞憂に終わった。
「見ろ!!やったぞ!!!」
 彼らが目にしたのは帝国魔法兵が挙げた最大の戦果だった。自分たちを追いすがっていたユングの大群は魔法攻撃でほぼ壊滅していた。
 生き残りもいたが、それらが大きなダメージを受けているのは傍目からも明らかだった。
 これを見て歓声を上げたのは増援部隊の兵だけではなかった。逃げ散っていた右翼隊の兵士たちも戦線に戻り始めた。
 アウストリンゲで戦った兵の中には戦闘中にも関わらず万歳を叫ぶものもいる。それだけユングと言う異形の存在が重くのしかかっていたのだ。
 グランフォードは大声を上げた。一般兵と気持ちは共有していたが、まだ、戦いは終わっていないのだ。
「皆!隊伍を整えよ!これからが正念場だぞ!!」
 アグレシヴァルの、前衛隊と右翼隊が現れたからだ。
 ユングの突進により、こちらの左翼隊は少なくとも3分の一はいや半数はやられている。この増援部隊を計算にいれても敵はこちらよりも大人数だろう。
「総員構え!!」
 増援を加えた帝国軍左翼はアグレシヴァル右翼隊と全面衝突に突入した。


 本格的な戦闘が始まったころ、ケネスの部隊も戦闘を始めようとしていた。
まさか、こんな作戦とは・・・曲芸のようなもんやろうか?緻密な、ガラス細工のような作戦だ。戦場ではなにがあるか分からないのに。という不安をヒューイは感じていたが、精霊使いの力が加われたばそうではないのかもしれない。
 現に今も、敵の待ち伏せ部隊の配置状況を一方的に把握している。妖精たちの助けを借りたのだ。ラミィと違ってスピードも速かった。もっとも自分の魔力もそれなりに消耗するのだが。
「部隊の散開は終わった。」
 隣にいた部隊指揮官のフレイザー中佐がヒューイの肩に手を載せた。
「君の合図で始める。」
「わった。まかしとき。」
 ケネスは言葉遣いになれておらずやや、困惑気味の相手にいつもと変わらない言葉遣いで応じた。
「絶好のタイミングを探したる。」
 後ろにいるモニカが短く静かに付け加えた。
「頼むわよ。」
 この間にも兵達は敵に近づいている。足音を忍ばせながら一歩一歩近づいていく。ここにいる魔法使いは皆ヒーラー系ばかりだった。攻撃魔法を詠唱しようものならすぐに見つかってしまう。そして、もう限界と思えた刹那、ヒューイはフレイザーに合図を送った。
「突撃!!」
 帝国軍は待っていたとばかりに攻撃をかけた。
「て・・・敵だ!!後ろからきたぞ!!!」
 一方のアグレシヴァル軍は完全に虚を突かれた。橋の向こう側からも剣や武器が飛び交う音が響く、もう一つの隊が待機していた敵部隊に横撃を加えた瞬間だった。
「進め!!敵は混乱しているぞ!!」
 ここで待ち伏せていた敵はほとんどが弓兵か魔法兵だった。ここまで至近距離に詰め寄られてはなすすべがなかった。
 ヒューイも命令と同時に飛び出し、近くにいた弓兵を相手が気づかないうちに切り捨てていた。近くにいる敵兵を見つけると、奇襲の衝撃から立ち直る前に一人度も多く倒そうとした。
 ヒューイが振るった剣が弓を使えようとしていた敵兵を捉えた。
「うあああ!!!」
 一撃で仕留める。
「おのれえ!!」
 僅かにいた歩兵が向かってきた。がその数はまばらだった。
「それ!!」
 近くにいた帝国兵の援護が来る。それに対応しようとして体制が乱れたところを一挙に近づき、相手に一撃を加える。
 手ごたえが剣越しに伝わった。避け損ねた相手は一瞬で事切れていた。
「でやあああ!!」
 そこに別の敵兵が切り込んできた。一瞬のことで対応が遅れそうになる。ミスった・・・!と思った瞬間、敵兵は驚愕の表情で倒れた。その体には深々とナイフさが突き刺さっていた。
「気を抜かないで。」
「助かったでちびっこ。」
 ヒューイはモニカに礼を言ってから気を取り直して、周りを見回した。
 弓を放る間もなく次々と倒れていく敵兵、少数の歩兵は連携のとれないところを衝かれ、一対多の戦闘を強要され次々と打ち取られていく。
「っく・・・一旦引け!!」
 彼らにできるのは逃げの一手だったが、それもフレイザーは計算済みで敵を包囲するように部隊を配置していた。結果逃げ場を失ったアグレシヴァル兵は次第に丘の端に追い詰められていった。
「全員突撃!早めに決めるぞ!!!」
 帝国軍は一挙に追撃にかかる。勝敗は短時間のうちに決していた。剣で倒れるか、重傷で動けなくなるか、そうでないものは逃げ場を失い、丘の下に落ちていった。
「ご苦労様。」
 モニカもヒューイと同じような表情で言った。それに続けてフレイザーも現れる。
「ありがとう、貴方の誘導は適切だった。」
「ああ、まあな」
 あまりに一方的な戦いにやや、罪悪感を覚えたが、それは表に出さずに続ける。戦いはまだ始まったばかりだった。
「ここが、終わったら次にいかな。」
「ああ」
 フレイザーは指示を出した。
「全員、もう一隊に合流して敵を完全に叩き潰すぞ!!」
 彼らが向かった先は橋の向こう側で戦っている友軍のところだった。丘の上を通り、下の道に出て橋を渡る。その向こう側で味方と敵が戦っている。敵を見てみると、歩兵の比率が多いせいか、奇襲の衝撃からも立ち直っているように見えた。
「かかれー!!!」
 そこにフレイザー隊が殺到した。奇襲された上に二方向から攻めれらのではたまらずアグレシヴァル兵は防戦一方に追い込まれた。
「どういうことだ!!こちらが奇襲されたぞ!!」
「もう、防げない・・・」
「援軍だ!援軍を!!」
 それでも、アグレシヴァル兵はその場に踏みとどまり防戦を行う。
「せいや!!」
 ヒューイは重装歩兵を狙って切り込む。だが、その剣の一撃は固い鎧で十分な打撃を与えられない。敵はそれを計算づくで反撃が来る。
「このお!!」
 剣でその反撃を受け流す。かなりの技量だ。それはこの部隊に配属されている敵兵一般に言えそうだった。敵は王都の防衛にそれなりの熟練兵を配置しているようだ。
 相手は攻撃の手を緩めない、だが、そこに援護が入った。
「!!」
 帝国兵だ。斧を振り回しながら割って入る。
 ああ、そうじゃない!そんなことをしたら・・・!
 動きは隙だらけだ。相手はそれを見透かして切り込んでくるが、それをヒューイが防ぐ。これがアグレシヴァル兵の命取りになった。
「どりゃああ!!」
 未熟な帝国兵の斧の一撃が相手を捉えた。攻撃が防がれていたため反応が遅れたアグレシヴァル兵はそのまままともに斧の一撃を受けて悲鳴をあげる暇もなく、その場に頽れた。
 いかに熟練兵と言えども数の差には圧倒される場合がある。ほとんどの場合それは真理だった。
 数で圧倒されたアグレシヴァル兵は後退に次ぐ後退を強いられた。
 多分、アグレシヴァルは王都の迂回攻撃を読んでいたんやろうな。
 だからこそ精兵による待ち伏せを以てこちらを殲滅しようとした。殲滅した後、もし決戦が長引いているようなら待ち伏せ部隊と防衛兵力も決戦に投じようというのだ。
 せやけど、ここでワイ等が勝てばその計算に誤差が生じるはずや。
 そっちのほうも上手く頼むでリーダー

 アグレシヴァル軍は以下のように防衛兵力を割り振っていた。
 王都防衛隊2000人、待ち伏せ部隊500人、そして、決戦場と王都の中間に位置するバルトカッェ砦の800人、合計すると3000人だが、このうち王都防衛隊で戦闘に耐えうるのは500人程度で後は老兵しかおらずとても戦闘には出せなかった。武器も鋤や鍬などの農具が主力だった。
 事前の計画では待ち伏せ部隊が敵を食い止めると同時に王都と砦から増援部隊を送り込みこれを殲滅する計画だった。だが、待ち伏せ部隊が大損害を受けつつあることで計画は明後日の方向に向かってしまった。待ち伏せ部隊からの救援要請が王都と砦に届くと、すぐさま援軍を送ることになった。待ち伏せには失敗しただが、狭い山道で挟み撃ちできれば同じことではないか。
「行ったな。」
 ケネス・レイモンはバルトカッェ砦から慌ただしく出動していく隊列を見て呟き、別働隊に援軍が出撃したことを知らせる。連絡は当然ビクトルが作った通信機だ。
「急げ!友軍を救援するのだ!」
 足取りは早い。だから、すぐ近くにいるこちらに気付きもしない。
 隊列が十分に離れたところでケネスは別働隊に次の連絡を追加した。
「別働隊に連絡、こちらも行動を開始する。」
 砦から出た援軍は600人。残っているのは200人程度だ。これに対してケネスの率いる隊は500人だ。
「よいよか。」
 と、スレインは剣を握りなおした。
 ヒューイとモニカも戦っている筈だ。こちらも頑張らなくては。
 後ろにいる弥生、アネット、ビクトルに顔を合わせると、スレインはゆっくりと手を挙げた。ラミィからはさっきと同じように敵の状態が送られてくる。
 スレインたちがいるのは砦の弱点だった。岩場の頂上、そこから砦の塀に飛び移れそうだった。もっとも普段は警備兵がいるためそんなことが出来るはずもないが、今の砦は人数が少なくなっていた。自然にパトロールの頻度も落ちる。といっても砦の塔からは下が丸見えだ。そう丸腰という訳でもない。
 ラミィは偵察を行ってくれていてその情報が伝わってくる。
 警備兵は3人・・・間隔は2分か・・・
 パトロールの様子からその隙を伺う。
「これなら、1分は誰もいない計算になるわね。」
「塔の上の監視兵は私が仕留めます。」
「うん、魔法で一撃で頼むよ。場内の進入するのを知られるのを少しでも遅らせたいんだ。」
 スレインは砦の門を見る。あれを開放して味方部隊を城内に突撃させる。それが自分たちに与えられた任務だった。
 彼の周りには少数の帝国兵もいる。彼らもこの任務に加わるのだ。
 ヒューイと同じように突入のタイミングはスレインに任されていた。
 ラミィにもう帰ってくるように指示し、自分でタイミングを計る。自分たちの上る塀から敵兵の視界が外れる瞬間。
「行こう。今だ」
 と、スレインは呼びかけた。
 それと同時に弥生はデスの魔法を発動した。
「我が、魔力よ敵を滅ぼす力となれ。」
 詠唱の言葉通りにデスを受けた監視兵が塔の上でくずおれた。
 スレインたちは一気に岩場の頂上に上り、塀の上に駆け上がった。
 敵はまだ気づかない。後ろからは続々と味方が続く。砦の門まで駆け降りれば良い。スレインたちはパトロールの兵を始末するとそのまま門に向かう。
「て・・・敵来襲!!城内に侵入されたぞ!!!」
「気づいたか・・・」
 流石にここまで来れば気づかれるかと思ったが、すでに門まで続く階段を降りている。決してゴールは遠くない。
「でも、門までいくらもないわ!このまま突っ込みましょう!」
 そう、アネットのいう通りだ。それに敵は混乱している。
「援護はまかせろ!」
 と、後ろから弥生よビクトルが続く。
「行くぞ!!」
 スレインはそう言いながら走り始めた。
「敵だ!・・・うぐうう!!!」
 階段で鉢合わせた敵兵の一突きで屠る。あまり戦闘に慣れていない、と感じられた。精鋭はここにはいないのだろう。
「てやあああ!!」
 隣から現れる敵を今度はアネットが屠る。
「どけえ!!!」
 そのほかにも敵が集まり始めていたが、蹴ったり、殴ったりしながら前に進む。敵を倒すよりも今はスピードが大事だった。
 敵が現れるのが途絶えた。スレインは一気に階段を駆け下り、そして門の前に出た。
 砦の門は釣り上げ式の橋ではなく、本当に簡単な構造の扉だった。巨大なものである以外は平凡で扉を閉じているのは閂ただ一つだ。
「敵だ!包囲しろ!!」
 アグレシヴァル兵達は次第に統制を取り戻していた。そしてスレインたちの狙いを正確に把握する。
「砦の外にも敵がいるぞ!」
「敵に門を開けさせるな!」
 たちまち多くの兵がこちらに向かってきた。まだ、一緒に城内に入った友軍はまだこない。こちらはアネットと自分だけだ。彼女に背中を預けながら敵と対峙する。
 時折、ビクトルと弥生が援護してくれるが相手の数を考えるとまだ、足りない。だが、それでスレインは構わなかった。
「かかれ!!!」
 30人近い敵兵が向かってくる。その刹那、スレインの体全体から光の奔流がほとばしる。
「インフェルノ!!!!」
 それはキシロニアでの戦いがそうであったように周囲に近寄っていた敵兵を一瞬で薙ぎ払った。
「うあああああ!!!!」
 これは、敵兵を浮足立たせるのに十分以上の打撃だった。
「ば・・・化け物・・・!!」
「敵が来たぞ!!!!」
 城内に侵入した友軍も加わり、門は完全に確保される。閂を外すと、ケネスの本隊も砦の中に侵入を果たした。
 こうなれば、砦の守備兵に勝ち目はなかった。

 砦陥落するのにそれから1時間はかからなかった。ものの20分で砦はその所有者を変えていた。
 守備兵の大半は戦死、そうでないものは捕虜になった。
「いやあ、皆さんどうもありがとうございました。」
 と、どこか気の抜けたような声でケネスはスレインたちを称えた。
「お蔭で、うまくこの砦を獲ることができました。これで大分楽になりました。何しろ、このプランはタイミングが命ですから。」
「はっ、恐縮です。」
 と、生真面目に答礼してスレインは答えた。
 ケネスは最初の報告を聞いて、すぐさま王都への奇襲を断念し、この砦の奪取に重点を移した。待ち伏せ部隊がいたことで自分たちの動きが敵に感づかれていることを悟ったのだ。そして、1000人の部隊を分割し、砦を瞬く間に占領して見せた。作戦をスムーズに進めるのに自分たちはそれなりに役にったのかもしれないが、プランを考えたのはこの准将だ。
 これが、先の戦闘で連邦を救った英雄の実力か・・・
「ああ、それから君たちの仲間は無事だ。連絡した時に確認できたんだ。」
「ありがとうございます。」
 よかった。とスレインは息をついた。
 ヒューイとモニカがくわわった別働隊の任務も危険なものだった。まず、敵の待ち伏せ部隊を撃破、その後現れる援軍をかく乱しながら占領されているこの砦味方と合流するというものだった。
「もうすうぐ、彼らもここに来るだろう。迎えに行ってください。」
「はいっ!」
 と、スレインは答えた。迎えに行けとは戦闘を意味する。別働隊は敵の追撃を受けているのだから。砦を占領した帝国軍は迎撃態勢を急速に整えていた。
 弥生は砦の弓兵と共に、スレインはアネットと共に歩兵隊として待機する。
「来たぞ!!!」
 と、誰かが叫んだ。逃げている別働隊は砦の前に出るとあわててそれを避けるように運動した。無論、敵に逃げているように見せるためだ。それにつられてアグレシヴァルの追撃隊が 現れる。彼らは砦は友軍のものと信じて不用意なまでに近づいた。
 その瞬間を狙ってケネスは攻撃命令を出した。
「今だ!各自狙って撃て!」
 魔法と弓が勢いよくアグレシヴァル軍に突き刺さった。
「何だ!!?砦から?」
「おおい!!味方だ・・・!撃つな!!」
 まだ、砦の突然の占領が理解できない敵軍も砦から一斉に旗を立てるとその事実を理解した。
 当然弓も魔法もひっきりなしに降り注いだ。弥生は前の戦いと同じように各級指揮官を狙い撃った。
 アグレシヴァル軍が混乱が深まってくるころに逃げていたヒューイ達の別働隊が隊伍を組みなおして敵に向かう。それと同時に砦の歩兵隊も出撃する。門が開けられ、歩兵隊が突撃した。
「かかれー!!」
 別 方向から来る味方の別働隊を目で追うと、その中にモニカやヒューイの姿が見えた。どちらも戦闘に参加しいている。それは重傷を負っていないことを意味した。
「無事みたいね」
 と、アネットが嬉しそうに言った。アネット同じような表情でスレインも答えた。
「あとは、あの連中を追い払うだけだ!」
 混乱するだけのアグレシヴァルの戦列に二人は切り込んでいった。
「おっ!リーダー達や向こうも無事だったようやな!!」
 その姿にヒューイもモニカも反応する。
「行くわよ!!」
「こっちも行くでえ!!!」
 アグレシヴァル軍はもう別働隊への攻撃など思いもよらず、ただ潰走するのみなった。
 砦に並べられた旗の数からどう考えてもこちらより大人数に見えた。
「ひ・・引きええ!!!王都まで退却するんだ!!」
 アグレシヴァル軍は撤退した。
 だが、彼らは抗戦を諦めてはいなかった。あの連中の目的は王都攻撃のはずだ。それだけは防がなくてはいけない。
 王都を死守する。それだけは果たさなくてはならなかった。

「これで、こちらはなんとかなったか」
 と、ケネスが言う。
 既に別働隊と合流していた。
 威勢のいい隊長が進言する。
「王都を攻撃しましょう。敵守備隊に大損害を与えました。」
 スレインもその会話が行われている末席に控えていた。
「いや、それは楽観的に過ぎる。」
 ケネスはその声をなだめるように言う。
「しかし、我等の使命は・・・」
「我々だけで奇襲できる可能性が消えた王都攻略と言うのは困難だ。あの防御力の高い城壁をよじ登っていくかね?我々だけで。」
 アグレシヴァル王都の城壁は堅固なことで知られていた。それを短期間で奪取するには奇襲が重要だ。だが、敵がこちらの存在を把握している以上、奇襲は成立しない。
 そのことに、全員の口が重くなる。
「ならば、彼らの持つ蜃気楼で・・・」
 全員の視線がスレインたちに集まる。確かにグランフォードが意図していたとおりの状況だ。
 そう、現在の状態で王都効力は困難。しかし、ビクトルの装置を使えば王都が燃えていると、アグレシヴァル軍主力に誤認させることは出来る。
 そのことは分っているとケネスは頷く。
「そうなるが、我々の力をもう少し別のところで使ってみよう。」
 ケネスが指差した先にはまさに両軍主力が激突している丘陵地が見えた。
「あそこに行こう。」
 いつも通りどこか間の抜けた声にその場にいた全員の顔が固まった。




(つづく)
 

更新日時:
2015/10/26 

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