30      最後の予備隊が突撃した






「出撃!」
 ケネス隊の主力が出撃していく。行き先は両軍主力の決戦上、数は800人、残りの200人が占領した砦の守備についた。
「どうなっているのかしら、あっちのほうは?」
 砦の塔から決戦場が見える。両軍の軍旗が激しく競り合っている。だが、形勢はどちらが勝っているのか分からない。ある場所で味方が押しているように見えても、別のことろで味方が押されている。
「それよりも、この砦を守り切れるのかな」
 と、モニカが心配そうに言った。王都に逃げ帰った敵の守備隊に比べればこっちは劣勢よ。さっきは首尾よくこっちの数が多いと思って逃げ出したみたいだけど。
 ケネスはあの戦いの最中、大軍がいるかのように沢山の軍旗を掲げていた。帝国軍は確かに大損害を受けてはいたが、はやり騙されて退却したという感が強い。いつ、気付くかしれたものではない。
「しかし、あの退却時の混乱ぶりでは統制を取り戻すまでには大分時間があるはずですわ。」
 さらに、200人の少人数にも関わらず、帝国軍は小規模な追撃部隊を送っていた。そろそろ帰ってくるだろうが、実態を考えれば冷や冷やものだ。だが、それでアグレシヴァル軍はさらに混乱するかもしれない。
「せやな、ワイ等に出来るのは精霊に周りの様子を見てもらって敵がこの砦にむかってくるのを速めに把握することだけやな。」
 ヒューイの言葉にスレインは頷いた。
「そうだね。あとは、蜃気楼発生装置だけど・・・2時間後か・・・」
 ケネスはスレインたちに装置を使うのは2時間後だと言っていた。
「ふうむ、設置は終わったがはてどうしたものかな?」
 ビクトルは装置を投影するべきアグレシヴァル王都を見つめる。
 せめて、その2時間まであそこにいる敵が気づかないことを祈るのみだ。
 大丈夫、きっと大丈夫。
「キシロニアの砦の戦いの時も大丈夫だったんだから。」
 その言葉に不安は隠せないながらも皆は頷いた。それは周りの兵達の様子も影響していた。彼らはケネスの戦術能力を信じ切っていた。自分たちが負けることはないと思っているかのように元気に砦の中を掌握して防戦準備をすすめていたからだ。
 中には冗談を言い合っている者たちもいる。
 スレインは砦の床に腰を下ろした。
「少し休憩しよう。」
「そうね、あのキャリーにのりっぱなしだったから・・少しお尻がいたくなっちゃって。」
 その頃、アグレシヴァルと帝国の決戦は佳境を迎えつつあった。



 アグレシヴァル軍総司令官ゲルハルト・オーヴェルは決断した。
「予備隊を右翼に送れ。」
「宜しいので?」
 確かに、味方右翼隊は押され気味だ。これと連携がとれれば、右翼の後退に対応して突出してくる敵の側面がつけるかもしれない。
 しかし、敵はまだ、余力を残しているように見える。
「いいんだ、すべてを出すわけではない。」
 ゲルハルトは覚えていた。あのヴィンセントと言う男はなかなか誘いの攻撃に乗らないということを。
 ならば、ここは相手をだますように行動するしかない。
 アグレシヴァルの予備隊は大きく左翼方向に移動した。
 その光景はヴィンセントも目にしていた。
「敵は予備隊を我が左翼に向けましたぞ!」
 やはり、ユングを使った突撃は囮で、これが本命という訳か。
「温存していた予備隊を出そう。」
「はっ、全予備隊を出しますか?」
「む・・・」
 ヴィンセントは他の戦局全体を見る。右翼隊はグランフォードがいるが、数の差から押され気味だ。中央隊はほぼ互角。左翼隊は矢や押し気味。
 果たして、敵主力を叩くまで防ぎきれるだろうか?
 帝国軍の計画は予備隊を温存し、敵の予備隊の出現に合わせてこれを投入、味方と連携して敵の予備隊を撃破し、そのまま敵の中央突破、あるいは包囲を考えていた。
 だが、敵予備隊を殲滅する前にどこかが突破されてはどうにもならない。
「万一に備えて一個大隊を残せ。他は左翼に向ける。頼んだぞ」
「お任せください。将軍が陣頭指揮に上がられる前にケリをつけて見せます。」
 答えたのはジェラール侯爵。古くから続く名門貴族の出身だが、これまでの戦いで帝国軍の背骨として地味ながらも働いてきた将だ。
 彼の威勢の良い答えにヴィンセントは微笑で答えた。
 ジェラールに率いられた予備隊の主力は左翼に向かう。相手に気取られないように丘の勾配を利用して移動する。おそらく敵の予備隊も含めた攻撃で左翼は一度撃破される。だが、左翼隊が退却して、アグレシヴァル軍を予備隊がいるところに誘導するのだ。そして、ジェラールの隊は決定的な瞬間に出現するのだ。
 ケネスからの連絡では王都侵攻は諦めたとのことだった。
 その代わり、敵の砦を落とし、そこから蜃気楼装置を使うと言っている。
 だが、それだけに頼るつもりはない。皇帝陛下を弑した下手人はこの手で倒したい。
 やがて、帝国軍の左翼にアグレシヴァル予備隊の攻撃が始まった。左翼隊はそれまで押し気味に戦っていたが、戦列を崩し、退却に移った。勿論これは欺瞞だ。この程度の攻撃で倒れるほど柔ではない。
 よし、いいぞ。
 とヴィンセントは思った。
 あとは、ジェラールの隊の所まで敵を誘導できればいい。
 アグレシヴァル予備隊の行動が変化したのはこの時だった。彼らは明後日の方向に走り始めた。その矛先は左翼ではない。
「閣下、敵の予備隊が中央に!!」
「馬鹿な!!早すぎるぞ!!」
 ヴィンセントが望遠鏡で見ると理由がなんとなく分かった。
「あれはキャリーか・・・!」
 徒歩よりも何倍のスピードで動ける。
 図られたか・・・!予備隊の残りは僅か。これでは中央隊は苦戦をまぬかれない。下手をすれば突破される。
 今から予備隊を呼び戻すのは難しい。
 そうこうしているうちに、敵の予備隊は中央に加わり一挙に総攻撃をかけてきた。
 それまで互角に分かり合っていた中央隊の戦列に乱れが生じる、それは軍旗の様子で把握できる。いくつかの旗がアグレシヴァルの旗に飲み込まれていった。
「閣下・・・これでは・・・」
 うろたえる幕僚の視線を浴びながらヴィンセントは左翼の戦況を確認する。ジェラールの隊は状況の変化を把握したのか、奇襲ではなく左翼隊に合同して、アグレシヴァル軍との戦闘に入った。あの予備隊は帝国軍のなかで最精鋭だ、数の差を考えれば敵部隊を撃破できるはずだ。それまで中央隊が突破されてはならない。
「今すぐ、中央隊の救援に・・・!残った予備隊を投入しましょう」
「まだだ、この人数ではただ救援に行っても踏みつぶされるだけだ。」


 状況の展開にゲルハルトは高笑いした。
「ははは、連中よほど予想外だったようだな。」
 敵の戦術の一歩先を行く、それは勝負師を辞任する彼にとり嬉しい展開だった。だが、目的は敵を驚かせることではなく勝利することだった。
「味方の右翼が敵に突破される前に勝負をつけるぞ。総攻撃開始!」
 ゲルハルト自身も予備隊の総指揮にあたり、戦闘の只中に飛び込んでいた。軍の中にいるぶんその命令の伝達も早い。
 号令を受けた中央隊の精鋭が切り込んだ。彼らは休養十分といったところだったが、帝国軍は数時間に及ぶ激闘のため疲労がたまっていた。帝国軍は奮闘したが、戦列を維持することは出来ず、ジリジリと押されていった。
 見よ、帝国軍中央隊は崩れ始めた!!
「やりましたな!ゲルハルト様!」
「ふうむ。」
 ゲルハルトは右翼の様子を見る。
 戦況は不利そうだが、まだ全滅したわけではない。そして、右翼隊は自分達の任務を分かっていた。交戦しつつも壊乱にはいたらないように戦っている。
 まだ、余裕がある。
「前に進め!!敵の中央を突破するのだ。」
 中央に目を移せば帝国軍の戦列は後退に次ぐ後退を重ねていた。当然だ、敵の予備隊はもう枯渇したのだろう。増援もなく疲労がたまり、さらに精鋭部隊の突撃を受けたのでは守り切れる道理がない。
 これで終わりだ。ゲルハルトそう思った。
 所々から漏れ伝わっていた帝国軍の王都奇襲も守備隊は大損害こそうけたものの、その意図を挫き王都を保持している。確かに砦を占領されたといのは目障りだが、決戦に勝てばそれは大きな問題とはなりえない。
 ゲルハルトの精鋭は中央への圧力を一気に強めた。途中帝国軍側が側面攻撃で停滞させよとしたが、その勢いは止まらない。
 じりじりと中央部が削り取られていった。
 さあ、もう一息だ。
 勝っているという自覚程兵を強くするものもない。突撃はより強烈な圧力となって帝国軍を丘の上へと押し上げていく。
 上空から見ればそれは一目瞭然だったろう。
 だが、もう一つのことも分かったはずだ。中央隊と右翼隊の間に感覚が生じていた。
 アグレシヴァル軍の右翼隊はジェームズの予備隊を入れて攻撃してくる帝国軍左翼隊に対して、なるべく、中央隊から引き離そうと行動したことがその情景を作っていた。
 その間隙を突いたのはアグレシヴァル側だった。彼らは余っている兵力をそこに投じたのだ。帝国軍もそれに対応するが、戦況は芳しくない。むしろ中央隊の劣勢の度合いが高まる始末だった。
 ヴィンセントが決断を下したのはこの時だった。
「予備隊前進!」
 彼はキャリーに跨った。その近くには彼のようにキャリーに乗った兵達がいる。帝国軍最後の予備隊だ。
 ゲルハルト、お前がキャリーを使ったように私も使わせてもらうぞ。
「狙いはゲルハルト・オーヴェルの首!!全軍突撃せよ!!」
 ヴィンセントは大声をあげ、自分の旗を大きく掲げさせた。そして、丘を下る。キャリーは馬に比べれば鈍足だったが、下り坂という条件が作用してそれを感じさせない疾走ぶりだった。たちまち、敵中央隊の右端に出る。
「突破だ!!続け!!!」
 まだ、戦線の薄いアグレシヴァルの部隊は完全に虚を突かれた。槍や盾でキャリーを防ごうとするが、それにしても数が足りなかった。斧を持った兵士がキャリーに乗りながらそれを振り回し、絶叫と共に盾が砕かれる。
「止まるな!!進め!!!」
 ヴィンセント達はアグレシヴァルの部隊を突破しその後方に出る。そして、ゲルハルトのアグレシヴァル軍総司令官の旗を見出した。
「将軍!ご覧ください!十分我々が到達できる距離です」
「ああ、見つけたぞ!!」
 ゲルハルト、油断したな。
 ヴィンセントは笑った。はやり、勝ち戦に乗じて警戒が薄くなっている。好機は今をおいてほかにない。
「皇帝陛下の弔い合戦だ!!行くぞ!!!」

 神よ我等が皇帝陛下を守り給え。

 我等が気高きオーギュスト陛下よとこしえに。

 神よ皇帝と、彼の統べる国歌に祝福を

 誰かが、帝国国歌を口ずさんだ。それも、暗殺された先帝の名前を出して。本来であれば、現皇帝であるカール・ウェリントンと唱えるべきだ。だが、この場合はそれもいいのかもしれない。ヴィンセントもその唱和に加わった。
 帝国国歌を口ずさんだ集団は凄まじいスピードでアグレシヴァル本陣に、いやゲルハルト・オーヴェルに向かって突撃した。
 おっとり刀で駆け付けた守備兵など単に障害物でしかない。
 剣が唸り、斧が一閃して障害物を消し飛ばした。後ろから魔法も浴びせられた。

「おのれ、ヴィンセント!!」
 ゲルハルトは隙をつかれた自分への怒りをそう表現した。だが、同時に、これが、帝国軍にとっての賭けであることも理解していた。ここを凌げはこちらの勝利だ。
「防戦準備!!!」
「ゲルハルト閣下、こちらへ。」
「帝国軍、来ます!!!」
 守備兵の絶叫が終わらないうちに、ヴィンセント達が切り込んだ。キャリーを駆り守備する兵を蹴散らしながら彼らは進み、そして、探していたものを見つけ出す。
「ゲルハルト覚悟!!!!」
 一人が、ゲルハルトを見つけて切りかかる。
「ふん、儂を舐めるなあ!!!」
 かつて、王国最強の騎士であったゲルハルトはそのころの気持ちを思い出したように叫んだ。そして、自ら飛び上がりキャリーに乗る敵歩兵に剣の一撃を見回った。あまりに予想外の動きに動揺した帝国兵がそれに対応できるはずもなく。その一撃を受けてキャリーから滑り落ちるように地面に落ちる。
 敵兵が二人襲ってきたが、同じような動作でこれを倒す。
 ふん、貴様らのようなひよっこにやられる儂ではないわ。
 数は1000もいない。その半分以下がいいところだろう。こちらはこの周辺にいる兵だけでも1000人近い。
 そして、中央隊の戦局はこちらが圧倒的に有利なのだ。
 だが、その観測を否定するように大声が周囲を圧した。
「ゲルハルト!!!」
 声の主はキャリーから飛び降りると、二本の刀を縦横に振り回し、辺りの兵を薙ぎ払い、そしてその顔が目視できる場所にまで近寄ってきていた。
 声の主を見てゲルハルトは笑みを浮かべた。そういえば顔を合わせるのは初めてだったな。
「ヴィンセント将軍か」
「その通り。」
 ヴィンセントは叫ぶように言った。
「皇帝陛下のそして、内戦で死んでいった同胞たちの仇を討たせてもらうぞ!!」
 この男の策謀のおかげで一体、帝国はどれだけ傷を負ったろうか?死んでいったの者の中には近親者もいた。気の良い部下もいた。その元凶は間違いなくこの老人なのだ。
「貴様らの皇帝はともかく、内戦は儂のせいではなかろう。それは貴様らが始めたことではないか」
「抜かせ!!!」
 ヴィンセントはゲルハルトに切りかかる。
「閣下を守れ!!!」
 辺りの守備兵が固めるがそれはあえて無視した。剣のいくつかが体に当たる数が多く、鎧ではカバーしきれない部分が体を切り裂くがそれも無視して相手の懐に飛び込む。
「貰った!!!!」
 ゲルハルトはその瞬間にヴィンセントの隙を見出した。
「若いの。まだ、青かったようだな。」
「ゲルハルト、まだ私も言い足りないことがある。貴方はもはや老いたということだ。」
 その瞬間ヴィンセントの手が輝いた。それは魔法の輝きだ。
 そのまま魔法の名前を叫ぶ。
 ソウルフォース!!!!
 白銀の輝きがヴィンセントとゲルハルトの周りを包み込んだ。
 本来であれば単体にしか効果を及ぼさない魔法であるはずのそれはあまりに人が密集していたためにまるで範囲攻撃魔法のように作用した。辺りの兵が吹き飛びんだ。そして、その瞬間にヴィンセントは自らの刀を素早く抜刀して相手に切りつけた。
 何かを切り裂く手ごたえ。
 それを感じて、ヴィンセントは後ろにあ下がる。
 そこには、倒れたゲルハルトと彼を守ろうとした兵達が転がっていた。
「ぐう・・・つ」
 だが、傷を負っていたのはヴィンセントも似たり寄ったりだった。
「ゲルハルト司令!!」
 周りの兵が駆け寄ってくる。
「ヴィンセント将軍!!」
 それは味方も同じだった。数はどうみても相手の方が上だ。手ごたえの確認をしたいところだったが、それもこの状態では望めない。どうみてもゲルハルトは指揮が取れそうな状態ではない。これなら死んでいるのも同じだ。
「将軍!ここは離脱を!潮時です」
 ヴィンセントは味方のキャリーに乗ると、退却を命令した。
「ゲルハルトは死んだぞ!!!」
「敵将ゲルハルト打ち取ったり!!!!」
 部下たちは大声で触れ回りながら後退に移った。おまけに総司令の所在を占める大旗を誰かが奪っていたらしく、それを火で燃やしながら進んでいく。
 その影響は直ちに現れた。
 それまで優勢にことを進めていたアグレシヴァル中央隊の統制が緩んだのだ。
 指揮中枢がマヒしたのだから、当然だった。もちろん、次席の指揮官はルーデンドルフがいたものの、スムーズな指揮権移譲とはならなかった。
 それだけではない。ヴィンセントが送った予備隊や中央隊の危険を察したグランフォードが送り込んだ少数の予備隊が彼らの前に立ちはだかり、容易な突破を許さなかったのだ。
 それを見て今度は帝国軍が士気を取り戻す。
 ヴィンセントの切り込み部隊が歌っている歌が聞こえてくる。
「総員反撃!!!アグレシヴァル共に我等の意地をみせつけよ!!!」
 思わぬ反撃にアグレシヴァル軍がたじろぎ始めたころ、ゲルハルトはようやく意識を取り戻し始めていた。
「ぐぬぬ・・・」
「ああ、閣下!」
「戦況はどうなっているか・・・・!」
「はっ・・それが」
 部下の説明と周囲の景色から多くのことを察したゲルハルトは起き上がろうとした。だが、身体がいうことを聞かない。瞬間ヴィンセントの言葉が思い出され、それにあがらうかのように立ち上がる。だが、とても陣頭指揮がとれる状態ではない。
 そして、この時ゲルハルトが全知全能を発揮できても少し時間が経過し過ぎていた。
 いかん・・・!!
 戦場に変化が訪れた。ゲルハルトそれを誰よりも感じることが出来た。
 ジェラールの部隊、すなわち帝国軍右翼が完全にアグレシヴァル軍左翼を撃破し、中央隊の側面に回り込んだのだ。
 二方向から攻められ中央隊は攻守所を変え、敵部隊の中央突破など思いもよらない。しかし、彼らもアグレシヴァルの精鋭だった、その強固な戦列は二方向からの攻勢を受け止められそうだった。だが、それも彼らから見て右から突き崩された。
「いやあ、間に合いました。」
「ケネス准将ありがとうございます。数で遥かに彼らを撃破できるとはおもいませんでしたよ」
 グランフォード率いる帝国軍と砦から急行してきたケネスの隊の挟撃でアグレシヴァル軍右翼が崩壊。その後彼らは二方向からの攻撃に苦闘するアグレシヴァル軍の背後に回り込んだのだ。
「いえ、あれだけの大軍に攻められながらも戦線を維持してくれていればこそです。」
 と、ケネスはこともなげに言った。それに笑顔でグランフォードは応じ、それからアグレシヴァル王都の方角に視線を向けた。
「始まりましたな。」
 彼の見た光景がアグレシヴァル軍の崩壊を決定的にした。
「見ろ!!王都が・・・王都が燃えている・・・!!」




 一条の光が王都の城壁に当たる。そこに移されたのは炎上する王都の光景。
「本当に燃えているみたいね。これでアタシ達を助けたのね。」
 砦からの救出劇のことを思い出しながらアネットが言う。
「話には聞いてたけど、本当にそう見えるわ・・・すごいのね。」
「ふふん、じゃから言ったじゃろう。」
 と、ビクトルはどこか得意そうだ。だが、そうなるだけの価値はある。
「効果は覿面のようやな。」
 ヒューイが言った。
「ああ、アグレシヴァルの隊列が崩れていく・・・いや、包囲されていく。」
 スレインはその光景を見つめる。
 それは長い間キシロニアを圧迫してきた王国軍の最期の瞬間だった。そして、おそらくこの長かった戦いの終止符を打つ最後の光景。
 どこか、夢のような浮ついた空気を感じながらその光景に見入ってしまった。
 三面包囲と王都陥落の誤報により、アグレシヴァル軍の主力が完全に包囲された。それは昨日までの精強な軍団の姿ではなかった。
 誰かが言った。
「万歳!!」
 一人二人がそれに加わりやがてそれが砦の兵士全体に広がった。
 アグレシヴァルとの戦いが終わる。そのことを皆が理解したのだ。スレインたちもその唱和に迷うことなく加わった。
「これで、闇の総本山への道がひらけますね。」
「うん、これでアグレシヴァル王都は抑えたも同然だからね。」
「帝国内の叛乱もどうにかなりそうだし、これで終わるといいわね。」
 アネットのいう通りだ。何もかもがうまくいくかもしれない。
 これで、終わるんだ。
 大局で見た場合その見たては正しかった。包囲されたアグレシヴァル軍が壊滅状態になるのに1時間もかからなかったからだ。損害は戦死者、捕虜併せて2万5千、脱出できたのは一握りの兵でしかなかった。
 だが、彼らは気を引き締めるべきだった。
 妖精たちが異変を発見した。
「来たみたいやで、リーダー!」

 クライストはこの前日の晩に不穏な来訪者を迎えていた。
 ゲルハルトに対するクーデターへの協力要請。来訪者の話したなようは大ざっぱに言えばそのようなことだった。
 両親を粛清で失い、戦場では決まって危険な場所に駆り出されながらも、それなりの功績を上げてきた彼は反乱を考える者にとっては確かに魅力的な存在だったのかもしれない。
 クライストは彼らを密告するようなことはしなかったが、呼びかけにははっきり否と答えた。
 意外そうな来訪者に今は、祖国の命運をかけた戦争中であり、その最中にそんな陰謀には加担できないと言ったのだ。
 だってそうだろう。確かにゲルハルトはこの国を戦争に突き進ませ、多くの粛清を行った憎い男だ。
 だが、彼の指導下でアグレシヴァル軍が圧倒的な敵に対してなんとか戦ってこれたのもまた事実で。もし、自分が代わりに指揮を執れと言われたら、ゲルハルトほどうまくやれるかどうかは正直自信がなかった。
 来訪者はそれを聞くと、我々が立ち上がるのはゲルハルトが敗れた時だ。と返した。
 そでもクライストは返事を変えることはなかった。来るべき決戦は王国軍の命運を賭けた戦いであり、それに勝つために専念すると。やるなら君たちだけでやれ。
 来訪者は帰っていった。
 今、彼らが想定した状況になっている。きっと反乱者たちはその準備を進めているのだろう。
 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
 前を見ると砦が見えた。そこから光が王都に向かって伸び得ている。振り返れば燃え盛る王都の姿が見える。無論、幻だ。
 はやり、あの時殺しておくべきだった。
 キシロニアの英雄が仲間を助け出すときに使った幻、これはまさにこれではないか。
 この幻のおかげでアグレシヴァル軍は壊滅しつつある。いや、現実に壊滅した。
 この戦争はこっちの負けだ。だが、このままでは済まさない!!
 周りにいるのはそう考える者たちばかりだ。
 王都守備隊は占領された砦に向かって驀進していた。城壁に何が移されていたのかを把握した彼らは残存戦力を結集して攻撃に向かったのだ。
 クライストの隊もそれに加わっていた。後ろにいるのはウルリカ一人だけ。他のものは怪我がまだ治らず、王都にいる。
「隊長、見えてきました。あの光をつぶしましょう!」
「そうだな、俺たちが捕まえたはずの連中を脱出させた機械、ならば、俺たちがつぶすべきだな。」
 クライストはもう少し広く周りを見た。彼らの周りにいる味方は中年のものもいた。義勇兵も正規兵も中には家にある鉈で武装した一団もいる。その数およそ1000人。戦闘で損害を受けた守備隊としては最大限以上の数だ。本来の守備兵ばかりでなく、急きょ募った民兵もいる。もともと、クライストの隊も先刻の戦闘には加わっていない。政治的な忠誠を疑われていたためか、王都の守備についたままだった。だが、今はそんなことを言っている余裕がなくなったのだろう。さらに正規の指揮官が死亡したため、臨時にこの部隊の指揮をとっているのは自分と大して歳の変わらない中尉だ。この急造の部隊が現在のアグレシヴァルの有する唯一の精鋭であった。


 スレインの報告を受けた指揮官のフレイザーは直ちに決断した。
「この砦を捨てる。」
 その判断に多くのものが納得したように首を動かす。
 ケネスは敵の戦力が大きい場合には自発的に撤退するようにと申し渡していたのだ。敵は王都防衛隊1000人近く、加えて戦場から逃げ道を確保しようと死に物狂いの敵の敗残兵も遠からずここに来る。そんななかで砦を維持できる筈がない。
 スレインも考えは同じだった。だが
「どのように?」
「今からすぐに逃げ出す。この砦そのものを囮にするのだ。」
 ここには、彼らにとっては得難いものがあるからな。
 捕虜のことをフレイザーは言っていた。戦力を失っていたアグレシヴァル軍にとって捕虜になった人材も喉が手が出るほど欲しいはずだ。主力が壊滅してしまったのだから。
「蜃気楼装置のほうは?」
「あと、1時間は持つ、それ以上は機構上もたない。」
「・・・ビクトル」
 ビクトルを見ると、こればかりは仕方ないというような表情を返した。
「ここに留まるのは無謀というものじゃ。」
 フレイザーは改めて指令を発した。
「砦を放棄する!準備急げ!!」
 命令が下ると、兵達は一斉に撤退の準備を始めた。身軽な編成であったので準備も早かった。
「急げ!敵はすぐそこだぞ!」
「点呼の終わった部隊から出発せよ!」
 脱兎のごとくという感じに部隊が子出しに外へ出ていく。
「スレインさ~ん、逃げましょう」
 ラミィが言った。
「皆さん、準備は出来たみたいですよ。」
「ああ、悪い。」
 視界の隅に決戦上の場所が見えた。
 アグレシヴァル主力部隊の敗残兵が所々に見えた。帝国軍は彼らを追撃している。
 あとは、皆とここから無事に脱出できればいい。
 スレインは走り出した。そして、皆と落ち合うと、そのまま砦の外に出た。
「急げ!殿は後方を固めよ!」
 味方は足の遅い部隊から先に進んでいる。そして、やや抵抗力の強い部隊が殿として隊列の後方を進んだ。
 スレインの隊は殿の部隊の中の一つに指定された。
「全く、人使いの荒いことや。」
 と、ヒューイはぼやくと、皆どこか苦笑したような表情で答えた。
 そうだなよな、前の敵への奇襲や、砦への襲撃、そして今度は殿だものな。
「任務が終わったら少し長めに休暇を取ろう。」
「うん、それがいいわ!」
「うむ、儂もやり残した発明があるでのな。」


「追撃の状況は?」
 ヴィンセントは副官に確認した。
 既に戦闘は追撃戦に移っていた。今は逃げ散っている敵をなるべく多く捕らえるか殺すかする段階だった。
「全軍に今一度気を引き締めるように行ってくれ。」
「はっ!」
 理由があった。それは現在の帝国軍の兵力では敵の王都を攻略するのは難しいという現実だ。たとえ少人数でもあれだけの防衛力を備えた都市を落とすのは多大の労力と時間を必要とする。ならば、野戦で勝った今できるだけ敵兵力の減少を図るしかないのだった。
 彼の意図はこの段階では分からなかったがほぼ成功していた。
 追撃を命じられた部隊は言われるまでもなく徹底して任務に当たっていた。中には撤退する部隊を追い越して先回りした隊もあった。
「ゲルハルト・オーヴェルは?」
「はっ!生存しているようですが、未だに捕らえておりません。」
「大魚は逸したようですな。」
「おお、グランフォード殿。」
「僕には言葉はないのかい?」
 グランフォードとケネス准将だった。
「いや、二人ともよくやってくれた。」
 グランフォードが右翼を堅守していなければ、ケネスが王都周辺でアクロバティックな勝利を挙げていなければ、戦いは不利になっただろう。
「将軍も見事な突撃でした。ああも勇壮な突撃は私には出来ません。」
 それについては同感というようにケネスも頷いた。互いの健闘を称えあった。
「ともかく、将軍は戦闘に勝っただけではない。この戦争にも勝ったのです。」
 図書館の主は言った。
「そして、これからは政治も関わってきます。」
 その通りだったが、どちらかと言うとそういう駆け引きは苦手だった。
「なにをおっしゃられる。将軍が確保された食料がその第一の武器になります。何しろ彼らは食料を求めて戦争を始めたのですから。」
「それで、アグレシヴァルの歓心を買えとおっしゃるのか?」
 ヴィンセントはアグレシヴァル唯一の穀倉地帯を抑えた時に真っ先に確保したのはその食料だった。まだ、王都に運ばれていなかったそれは膨大なものがあったがそれは完全に確保されている。
「そうです。彼らを完全に帝国の属国にするのは不可能というものです。彼らにもまだ戦う力は残っているのですから。」
 その彼らが一番欲しているのは食料だ。彼らは基本的にはそのために戦争を始めたのだから。
「希望をかなえれば彼らはどんな要求でも呑むでしょう。そして、今一番大切なのは帝国の内乱を鎮圧している最中に侵攻してこないようにすること。」
「・・・成程。」
「まあ、ともかく、今はこの勝利をより確実なものにすることです。先の話ばかりをしていては足元をすくわれかねませんよ。」


「ああ、旗が・・・」
 アネットがそれに気づいたのは砦から脱出して2時間近く経ってからだった。
 自分たちが占領した砦に掲げられていた帝国軍の旗が次々と抜き捨てられていく。代わりに掲げられたのはアグレシヴァルの旗だ。ついに砦が奪い返されたのだ。
 今、自分たちの部隊は敵と遭遇する平地ではなく、丘の上を退却中だった。敵の部隊とぶつかることはなかったが、味方の部隊と会うこともなかった。
「落ちたみたいやな。」
「むしろ、良く持ったというべきよ。」
「そうですね。大分距離を稼げましたから。」
「・・・そうよね。」
 何処か不安そうなアネットをいや、全員を元気づけるようにスレインは言った。
「もう、大分歩いた。きっと味方の部隊に会合できるはずだ。あんなに近くに見えるようになったんだから。」
 指差した先に帝国軍の軍旗がたなびく場所がある。帝国軍の本営だ。逃げ始めた時には見えなかったのに、今ではだいぶはっきりと見える。
「せや、皆あと一息や。」
 ヒューイがいつもの通り明るいこれで言った。
 それを見て、皆も僅かに元気づけられたようだった。
「それに、帝国軍は追撃をかけている筈だ。きっとこっちに駆けつけてくれる」
 そう楽観的なことではない、スレインはそう思っていた。
 あと、少しだ。
 その予感自体は誤っていなかった。それは分かったのはそれからさらに1時間が経過したころだった。
 前の方で何か騒がしい音が聞こえた。
 敵か?
 思わず武器に手をかけるが、すぐに武器から手を放した。前にから帝国軍の旗が見えたからだ。
「味方だ!!」
 誰かが叫ぶと、喜びの声が隊に満ちていった。
 思わず、ホッと息をついた。
「ほら・・・言ったろ?」
「びびりまくりながら、剣に手をかけていたじゃない・・・」
 いつも強気なアネットも表情からホッとしたという感情が感じられた。それは他のメンバーも同じだった。誰だって後ろから追われているとなればなかなか安心できるものではない。
 自然に足が止まった。良く考えたら歩き詰めだったな。
 スレインは大きく体を伸ばした。
 この辺りで小休止と行きたいけれど、そうはいかないかな。ビクトルやモニカ、弥生は遠距離攻撃を得意としているが移動はそれほど得意ではない。それはこの部隊の弓兵や魔法兵、ヒーラーにも充て放ることではあるのだが。
 今は、追撃戦の真っ最中なのだ。
「諸君!これより我々は前進するぞ!!」
 前の方から声が聞こえてきた。前から来た味方の兵士らしい。
「敵の残存戦力を掃討するのだ!!」
 やっぱり、駄目か。
「キュア。」
 スレインは短く回復魔法を唱えた。モニカやビクトル、弥生の足がいくらか軽くなる。
「スレイン。お主・・・」
「ここで唱えておかないと、戦いにならないだろ?全く今日は働きづめだからね。」
 軽い笑いが一同を包んだが、前から聞こえた轟音ですべてが吹き飛ばされた。
「何事だ!?事故か・・・!?」
「また、爆発だ!!」
 部隊は大混乱に陥った。フレイザーの隊も前から来た味方も事態の変化に完全に混乱していた。
「みんな、こっちへ!」
 このままじゃこの混乱に巻き込まれる。距離を取らなきゃ。
 5人はやや高地の下に移動していく、そして距離を取りながら混乱の元になっていると思われる場所に近づく。
「これは・・・敵の攻撃ですわ。」
 目の良い弥生はいち早く混乱の正体を突き止めていた。
「丘のさらに上に影が見えました。こちらの周りを動いています。」
「ぬう、儂も見えたぞ!」
 望遠鏡をのぞきながらビクトルも言う。
 敵はこちらよりさらに丘の上の地点から攻撃をかけてきていた。枯れ木に邪魔され、帝国軍はその位置を把握しきれていないのだ。
「今度は、こっちが奇襲されたか・・・!」
「リーダー!あれを・・・!フレイザーはんや!」
「・・・っ!」
 見ると、フレイザーが敵と戦っているのが見えた。だが、彼の周りの見方は次々と丘の上からの攻撃で倒れていった。
 このままじゃあ危ない!
「みんな、行こう!!」


 やっぱり、この道を通ったか!
 クライストは自分の予想が外れていなかったことを喜ぶと同時に、敵の数に圧倒されていた。
 もともとは砦を早逃げした部隊を追っていたはずだったが、見つけたのは敵の追撃部隊だった。
 どう考えても自分たちより大部隊だ。こっちの数は200に満たない。それもその構成は戦いに出るのは今度が初めてという素人ばかりだ。そして、自分はその部隊の指揮を任されている。
「相手の指揮官を狙え!!」
 この連中をこのままにはしておけない。おそらく味方を追撃しているのだろう。このまま放置しては味方の残存戦力本当に全滅させてしまうかもしれない。
「撃て!!」
 弓が一斉に放たれる。ギリギリまで引きつけただけあって実力以上の命中率をはじき出している。倒れる敵は少ないが混乱させるには十分すぎる。
「大将、あれですかね。指揮官は?」
「だろうな。」
 混乱を収拾しようと、必死に指示を出している男がいる。
「やるぞ。」
「はい、お供します。」
「ウルリカ、君は万が一の回復魔法を唱えて待機、ミリアは援護を頼む。」
「はい!」
「了解です!」
「他のものはともかく上の方で動き回って敵の注意を引きつけてくれ!」
 それだけ言い残すと、クライストはエイルと一緒に丘を駆け下り、敵の隊列の中に切り込んだ。混乱している敵兵を殺すのではなく蹴り倒しながら進む。目標は敵の指揮官唯一人だったからだ。
「大将いましたぜ!!」
 良く目立つからな、あの立派な鎧は・・・!
 剣を構えて突っ込もうとすると、周りの兵が指揮官を囲んで守り始めた。数は多い。
 だが、そこに轟音が響く。
 ミリアが放った火炎魔法が兵士の列を直撃したのだ。
 囲みに空いた穴から飛び込み、指揮官を認める。
「おのれえええ!!!」
 巨大な斧がエイルに向かって飛んでいく。それを受けてエイルはやや吹っ飛ばされる。彼の安否を確認したい欲求にかられたが、それを抑える。エイルに攻撃を加えたことで敵指揮官に隙が出来ていた。
「うおおおおお!!!!!」
「何!?」
 自分に気付いた敵指揮官は思わず斧でこちらの攻撃を防ごうとするが、少しだけその動作は間に合わなかった。
「ぐあああ!!!」
 相手の鎧を自分の剣が貫いた感触が伝わる。
 剣を引き抜くと、敵指揮官はすでに事切れ、無言のまま仰向けに倒れた。
「エイル!」
「無事ですよ!!」
 と、元気そうな顔でエイルが答えた。どうやらバックラーでの一撃を防いだらしい。
「ああ!?指揮官が・・・」
 指揮官の死に衝撃を受けている敵兵にまた味方の弓が降ってくる。さっきよりも敵に当たっている。敵の混乱ぶりを見て自信をつけたのかもしれない。新兵にしてはよくやるじゃないか。
「に・・逃げろ!!」
 混乱の極みに達した帝国軍は統率を失っていた。だが、もう少し混乱していてくれなければ。
 まだ、いける・・・まだ指揮官らしい奴は・・・とクライストは辺りを見回す。すると、やや粗末な鎧ではあるが、それらしい人物を見つける。次の瞬間彼は上の味方から魔法攻撃を喰らい、地面に倒れ伏した。
 千載一遇の好機だ。
 よし、とどめを刺そう。エイルに目で合図を送ると、再び、そこに急ぐ。今度も敵は混乱状態、目的地に行くのはそれほど困難ではなった。
 指揮官を守ろうとした兵を倒し、その前に立つ。相手はまだ傷から完全に回復していなかった。
「覚悟!!」
 剣を大きく振り上げ、そして落とす。だが、そこで大きな衝撃がクライストの手に響く。
 そこで、彼は大きく口を歪めた。
 一番仕留めたいと考えていた相手がいたからだ。


 この人だったのか・・・・
 なんとか、フレイザーを守ったけれど、これはきついかもしれない。スレインは相手のを確認しながらそう思った。何度も戦ってきた敵に手に力がこもった。 
「この戦争は我々の負けだ・・・!だが、妙な幻で我々を謀った礼はさせてもらうぞ!!」
「ぐうっ!!」
 クライストの攻撃がくる。剣で弾いたり、鎧でその打撃を受け止めるが、キレも早さもかなりのもだ。
 無理もないか・・・この人にとっては僕たちは敗戦の原因でもある。
 だが、僕もここでやられる訳にはいかない。
 相手の剣の切っ先を弾くと同時に反撃に出る。手を狙ったが、それはお見通しだったらしくあっさり躱された。が、それで十分だった。
「うおおおお!!!!」
 全速力でクライストに体当たりをかける。
「!!!」
 この攻撃は予想外だったらしく、クライストに当たった衝撃が走る。そのまま脚で相手を蹴飛ばした。
 クライストの距離が離れたのと同時に体勢を整え、後ろの様子をチラリと見る。
 アネットとヒューイは自分のすぐ後ろで剣を構えている。
 モニカとビクトルは丘の上から狙撃を続けている敵の弓兵や魔法兵に向かって戦いを続けていた。
 そして、弥生はフレイザーに回復魔法をかけ始めた。だが、彼の傷は相当に深かった。一般の帝国兵に比べると鎧の仕立てが豪華だったことが敵の目を引いたのか集中攻撃を受けたのだろう。
 彼が立ち直るまでこの連中をささえられればいい。
「皆行くぞ!」
 だが、敵は目の前にいる2人だけではなかった。丘の上から盛大に矢が降り注いできた。
「風の精霊よ我の声を聞け!」
 ヒューイが風の精霊に命じて風でできた壁を作る。流石に何本かはそれを突破するが、かなりの数が軌道を反らされた。
「弥生はんがフレイザーはんを治すまでは持つはずや!」
「ありがとう、ヒューイ!!」
 そう言いながら、スレインはクライストに突っ込んだ。
「今度はこっちの番だ!!」
 手や頭を狙って大剣を振るう。勿論、黙って当たってくれる敵ではなく、自分がしたのと同じように躱したり、剣で防いだりしてくる。
「このおおおお!!!!」
 その一撃は完全に決まらなかったものの相手の片当てを完全に砕いた。
「ぐっ!!」
 気を引き締めなくてはいけない。相手はまだ戦闘能力を失ったわけではない。それでも、前は完全に敗れた自分が剣術でも互角の勝負ができたことが嬉しくなってしまった。
「ふん、腕を上げたな。はやり捕虜になどせずに殺しておくべきだったな!」
「うあ!」
 今度はクライストが反撃する。自分と同じ大剣を振り回す、下からくるそれを避けたものの、鎧に傷が入る。喰らっていたら完全にあの世行きだったかもしれない。
 クライストは再び横から剣を突きつけた。それをこちらも剣で受け止める。相手の力に撃ち負けないように力を込める。ギリギリと刃同士が金属的なおとをたてた。だが、体勢は変わらない。力が拮抗していたのだ。
 アネットとヒューイは共同してエルメスと闘っていた。こちらはエルメスの方が防戦一方だった。二人の実力も上がっていたのだ。たまにエルメスが反撃に出るがそれはことごとく躱され、二人が攻撃を繰り出すたびにエルメスは傷ついていった。
 モニカとビクトルは安全な風のスクリーンの中から丘の上にいる敵兵を狙い打った。
 丘の上から崩れてくる弓兵の姿が時々見えた。
 弥生の方は矢を受けているのも構わずフレイザーを必死に回復させていた。最初に見た時よりも大分顔色は良くなっている。
 なんとか、いける。とスレインは自分を奮い立たせ目前の相手を見つめた。
 クライストの表情から余裕は消えていた。
 スレインが次の攻撃を繰り出そうとしたとき、辺り一面の景色に変化が生じた。
 轟音と土煙少し遅れて衝撃が来る。
 思わず防具で顔をふさぐ。魔法だ。
 ヒューイの風のスクリーンを突破してきたのだ。直撃はしなかっただが、盛大な目くらましになりえた。
 いけない!!
「皆気つけて!!!敵が突っ込んでくるぞ!!」
 身構えたが、スレインのところにクライストは来なかった。正確には狙って突っ込んだが、僅かに位置がずれたために通過したというのが正しいのかもしれない。自分の真横をクライストは横切っていったのだ。
 思わず振り返る。
 クライストの行先にフレイザーと彼を治療している弥生がいた。
「うわあああ!!!」
 ヒューイの声だ。それに続いてアネットの怒号が聞こえる。二人の助け手に行きたい気持ちにかられたが、今はクライストをどうにかすべきだ。
 スレインは走り出す。そして、土煙が晴れていく中でクライストを見つける。彼は若干目標に位置を見間違えたようだ。
 本当にフレイザーは弥生の近くにいた。
 クライストは土煙をかぶっていたため頭を大きく振っていた。だが、それは僅かなものでしかなかった。クライストは体勢を立て直し、彼が目標としているフレイザーと弥生に剣を構えた。
 弥生はフレイザーを庇うように前に出たが、クライストにとっては串刺しにすれば事足りることだった。
「弥生!!!」
 クライストを倒す余裕はないだが、彼の攻撃を体で受け止めるくらいのことはできる。
 スレインはそのままクライストの剣の前に躍り出た。
 そして、激痛が体中を走った。無理もないクライストの剣が自分の右肩と右胸の中間の辺りに突き刺さっていた。
 だが、後ろの二人は無事だよかった。
「貴様・・・」
 クライストは意外そうな表情を向ける。その驚きの表情は直ぐに警戒の色に取って代われた。
 勘のいい奴だな・・・・!
 素早く、剣を引き抜き後ろに後ずさったのだ。
 気づくのが遅ければそのままインフェルノの閃光に巻き込んでやる積りだったのに。
「スレイン!!!!」
 モニカが投げナイフの一撃を辺りに見舞う。クライストは思わず剣でそれを防いだがよろめいたところをビクトルの魔道銃がらえた。
「ぐあああ!!!」
 クライストの鎧の一部が砕け散る。
 傷口を抑えながら彼は一歩後ずさった。
「旦那!!」
 アネットの攻撃で大分、ダメージを受けていたエルメスが叫ぶ。
 同時に敵の陣中から撤退を告げる鐘の音が聞こえた。
 それを聞いたクライストが自分を見つめた。
 僕の傷の程度を見ているのか・・・・スレインは自分でもそれを見る。だが、身体全体から力が抜けていく感覚が広がっていった。
 そして、身体を満足に動かすことができない。
 その様子を見てクライストはもう自分が長くないと判断したのか、エルメスと共に味方の方向に向かって走り始めた。
 終わったのか・・・戦い
 妙にホッとした気分になった。気が付くと自分のことを呼んでる声が聞こえた。だが、それがもう誰のものなのかは分からない。それを感じた瞬間スレインの意識は暗転した。

 クライストとエルメスはそして、彼らの属した部隊は撤退に成功していた。
 指揮官を失った帝国軍はそれまでの疲労の影響から立て直しが遅れたのだ。お蔭で、逃走中の味方への回り込みも阻止できたのだ。
「旦那!大丈夫ですか!?」
「それはお前もお互いさまだろう。」
 エルメスも傷は深い。アネットがスレインや他の仲間たちの援護に向かわなければ生きていなかったはずだ。
 そして、スレインだ。
 とどめは刺せなかったが、あの傷だ、運がよくなければ助からないはずだ。
「隊長、無事ですか?・・・エルメスさんも・・・」
 ウルリカ達が加わった。彼女の達も幾分か怪我をしているが、いずれも軽症そうだ。
 自分たちは生き残った、追撃隊の足止めにも成功し、砦も奪い返した。
「よくやった!」
 クライストは皆が無事であったことを、祖国の為に小さな勝利を挙げたことを喜んだ。
 だが、それが局地的な成功でいことを誰よりも知っていた。

「スレインさん!!」
 意識を失ったスレインに大声を出しながら弥生が詠唱の準備を始めた。
 だが、その手は不意に止まった。
 傷が深すぎる。これでは魔法は・・・
「どいて!」
 彼女を押しのけたのはアネットだった。
 今の段階では魔法ではなく、医療がスレインには必要だった。アネットはスレインの武具を外し、傷口を確認する。
「誰か水を持っていない!?」
 酷い傷だ。
「これを使え」
 ビクトルが水を差しだした。
「ありがとう、それにしても酷い傷・・・ともかく血を止めなきゃ」
 アネットが自分の服の一部やありあわせの布で紐を作り、止血にかかる。この手の傷は以前から見慣れていたアネットの止血はなんとか成功しそうだったが、スレインは意識を失ったままだった。
「いけない・・・このままじゃ。」
「でも、容体は安定しているわ。希望を捨ててはだめよ。」
 モニカがアネットを励ました。
「そうね、呼吸はまだ安定してる・・・・でも、ここじゃあ満足な治療も」
 辺りは混乱している帝国軍。とても、治療している余裕はない。
「弥生はん、ワイに魔法を・・・」
「は・・はい」
 スレインやアネットと負けず劣らずの傷を受けているヒューイに弥生が回復魔法を使う。それなりに魔法が傷を癒していたが、痛々しさは残っている。そして、弥生の魔力はほぼ尽きかけていた。
 ヒューイはスレインを注意深く背負いあげた。それをまだ体力があるビクトルが助ける。 
「帝国軍の陣地までそう遠くないはずや。ワイがリーダーを背負っていく。絶対リーダーを死なせたらあかん。」
「でも、ヒューイさんも」
「そうも言ってられへんやろ?」
「待て」
 ようやく立てるようになったフレイザーの声がかかった。
「それでは、余りに辛いだろう。何人か兵をつける。」
「感謝するで・・・正直ワイや爺さんだけやときついんや。」
「構わん。君たちへの感謝の印だ。」
 フレイザーが3人の兵士に声をかけ、彼らが助けにやってきてくれた。スレインを抱えるのを手伝い、ヒューイのサポートにも回ってくれたお蔭で、スレインたちは何とか帝国軍の陣営地に達することができた。
 時刻は既に夕刻近く。戦闘は終わったが、スレインの生死を巡る戦いはこれからだった。









(つづく)
 

更新日時:
H28年3月27日(日) 

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