28      アグレシヴァルは王都決戦を呼号した


「北が終わったと思ったら今度は南か。」
 と、ロナルド司令は遠くの曇った空を見上げた。
 その空の下にはキシロニア軍の隊列が見える。彼らは南を目指していた。革命で混迷する帝国への対処のため帝国国境に向かっているのだ。その数4千、現在のキシロニア軍1万の約4割。ロナルドは奪回したオウル村の丘から彼らを見送っていた。
「仕方ありません。帝国内の混乱は思ったよりも酷いようです。むしろ、この状態でアグレシヴァルが居なくなったことを喜ぶ方がいいかと」
 副官に窘められた。まあ、それはそのとおりだ。
 得体の知れない革命軍とアグレシヴァル軍に挟まれるなど最悪のシナリオだ。
 国土の北を占領していたアグレシヴァル軍は本土に撤退した。彼らが去った後の村々の様子は連邦の将兵の怒りを高めるのに十分だった。収穫された作物は根こそぎとはこのことかと思えるくらいに徹底して持ち出され、撤退間際に出来るだけ村々を破壊している様子が伺えた。
 追撃を遅ればせながら行ったものの敵主力を捉えることはできなかった。但し、彼らが撤退途中で遺棄した奪った作物や武具はそれなりの量があり僅かにキシロニアの溜飲を下げさせていた。
「しかし、ここまで革命軍が力を持つとは意外です。情報部の噂では革命を扇動した者の中にはアグレシヴァルに逃れた帝国の反体制派も混じっているとか・・・」
「あのゲルハルトならやりそうなことだな。」
 革命が起こったタイミングも絶妙だったのは確かだった。いまや革命軍はビブリオストック周辺に迫る勢いともいわれている。
「しかし、帝国軍の反撃も予想外でした。あそこまで成功するとは」
「伊達に帝国三将軍というわけではない。ということだろう。」
 情報部経由で知らされたアグレシヴァルでの帝国軍の反撃は鮮やかとしか言いようのないものだった。
 アウストリンゲの敗戦後、帝国軍は当初の8万が4万に半減した。さらに、革命の発生により自分の領地にも革命の影響があることを懸念した諸侯が軍を引き上げるという事態も多発した。結果、兵数は2万程度が精々でさらに減少すると思われた。
「士気を維持するだけでも大変だったはずだ。」
「はい、その状況でのアグレシヴァル守備隊への奇襲。見事なものです。」
 アグレシヴァル軍は残存4万の内3万をキシロニアへ向け、残り1万を帝国軍への備えとして国内に残した。彼らは砦や陣地で守備を固めており、帝国軍の攻撃を支え切れると判断されていた。むしろ、革命で帝国軍の全面撤退すら考えられる状態では過剰な数字とも思われた。
 しかし、あらゆる困難を乗り越えて帝国軍の反撃は行われた。実行したのは僅か5千程度の兵力だったが、その分精鋭が集まっており、油断していたアグレシヴァル軍陣地への奇襲に成功した。その勝利は帝国軍の士気を高め、その後の攻撃も相まってアグレシヴァル守備隊はほぼ壊滅状態に陥った。このため、帝国軍は大敗したアウストリンゲを占領、アグレシヴァル王都に迫る勢いを示した。
 さらに、キシロニアからのアグレシヴァル軍の撤退を知ると、その退路を断つべく行動を開始した。キシロニアからアグレシヴァル王都までにはいくつもの谷があり、そこで待ち伏せをかけたのだ。
 これに対しゲルハルトは街道ではなく一部山道で移動を行い、帝国軍の待ち伏せを回避して王都到達に成功した。が、この時、多すぎる荷物は撤退の邪魔でしかなく、遺棄するより外になかった。キシロニア軍が捕獲した物資はこの時発生したものだった。
「ヴィンセント将軍はどちらかというと、戦場での戦術的な駆け引きに長けた印象だったが、今回は偽装撤退の振りも巧妙に行ったと聞く。」
「誰か、新しい、腹心がいるのかもしれません。」
「我等が英雄も、将軍のことを尊敬しているようだ」
「スレイン少尉のことですか?確か、帝国への援軍に加わっていますが」
 スレインはキシロニア軍のなかでも評判になっていた。移住計画への貢献はローランド連隊の人々の口から広まっていたし、先の戦闘では無双と言ってよい働きを見せた。それを見ていた兵士などは「救世主」などと言い出す者も出る始末だった。
「アグレシヴァル行きは彼自身のたっての願いだったからな。」
 連邦はアグレシヴァルの帝国軍に援軍を派遣した。その数2千、今のキシロニアには精一杯の戦力だった。これに帝国軍キシロニア派遣軍2千も加わる。合計4千の援軍だった。
「しかし、アネットお嬢様まで行くというのは・・・」
「連邦議長の娘・・・自覚しての選択ともいえるが・・・なんとなく、個人的な理由でムキになっている気もする。」
「はあ?」
 副官の疑問は無視して、ロナルドは祈るような気持で言った。
「ともかく、後は彼らにすべてを託すしかない。アグレシヴァル軍はまだ戦力を残している。」
 帝国軍もアグレシヴァル軍も王都にほど近い平原に戦力を集中させていた。両者の雌雄を決する戦闘が発生することは誰の目にも明らかだった。
 キシロニアの援軍は帝国軍の陣営に近づいている筈だ。そのような考えを抱きながら彼は南に行く兵達の見送りを続けていた。


 ロナルドが考えた通り、援軍は帝国軍の陣営地に達していた。陣地に入るなり、帝国軍の兵士たちは援軍の到着を心から待っていたとばかりに大きな歓声を送った。
 ついに、ここまで来たんだ。
 まだ小さく見えるが、アグレシヴァルの王都も視界に収めることだが出来る。あそこに行くために、連邦軍からの除隊も考えていたのを考えると、あまりにも劇的な展開と言えるのかもしれない。
 議長はスレインとの約束を守り、ヴィンセントへの援軍の中に自分を加えてくれた。
「すごい歓声・・・」
 モニカが不思議そうに見回す。増援と言ってもそれほど多い数ではない。あまりに大げさにも感じられた。
「まあ、数は少のうても援軍は有難いもんや。いままで本国に帰る連中のほうが多かったんやから。」
 歓呼の声を見渡しながらヒューイが言った。
「士気の面じゃ、数字以上の効果の筈や」
「・・・貴方も時々まともなことを言うのね。」
「せやろ?」
 戦いの後、モニカも弥生もビクトルも傷は快方に向かい、この援軍の中にいる。
「ともかく、ここまで来れて良かったよ。」
 と、スレインは言った。
「そうね、ここまで早く戦局が動くなんて思ってもみなかったわ。」
「うん・・・なんでも、アグレシヴァルの国境守備隊を奇襲で壊滅させたらしい。」
「しかし、大敗の後・・・それも国内で叛乱が起こっている中で軍を立て直し、反撃するとは・・・ヴィンセント将軍とは余程の手練れなのでしょうね」
 弥生の評価にスレインは自分のことではないのだが、何故か嬉しくなってしまった。
「ヴィンセント将軍だもの・・・」
 ヴィンセントと面識があるモニカも頷いている。
「ああ、あのカッコいい将軍?話したことはないんだけれど」
「アネットも直ぐに話すことになるよ。」
 なんといっても、連邦議長の娘が援軍の中に混じっているのだから。
 陣地の少し奥の方で軍楽隊が楽器を鳴らし始めた。行進曲、キシロニアと帝国の国歌を演奏する。そして、その向こう側でヴィンセント将軍たちが出迎えていた。
 その時だった。
「あのさ、スレイン・・・」
 周囲が軍楽隊や周りの歓声に気を取られている環境でアネットが話しかけてきた。何だろうと思って、彼女の顔を見ると、何かを言おうとしているのは分かった。手を握りしめ、何かいつもと違って緊張した面持ちで自分を見ている。
 が、しばらく待ってもその何かを口にすることはなかった。
 アネットは何かを飲み込むと、握っていた手をほどきいつもと変わらない様子で
「なんでもない」
 と、答えた。そうではないだろうと、察しはついたが、それ以上詮索していいのかわからなかった。
 行列の先頭は程なく、ヴィンセントのいる場所にぶつかった。
「ほら、アネットも」
「うん。」
 せかされるようにアネットは隊列の先頭に出た。そこには、ケネス少将とキシロニア軍のバーネット大佐がおり、彼女はその後ろに並んだ。スレインたちはそのさらに後ろだ。
 ヴィンセント、ケネス、バーネットが互いに敬礼し、握手を交わした。
「ようこそ、アグレシヴァル王都へ、よく来てくれました。」
 二人の指揮官に挨拶を終えると、彼はアネットにも話しかけ、その武勲を称えた。
 少し照れ顔になるアネットにヴィンセントは頭を下げ、辺りの将兵に聞こえるように大声を上げた。
「諸君!我々はアウストリンゲの敗北後、ようやこくここまで来ることに成功した。そして、ここに智謀で幾回もアグレシヴァルを翻弄してきたケネス少将!、アグレシヴァルの猛攻に屈しなかったキシロニア連邦軍を新たな友軍として迎えることはができた!」
 ヴィンセントは続いて、軍の補給状態にも触れた。本国から途絶えがちになっていたが新たにキシロニア連邦からも物資が届き始めたこと、また、今までの備蓄からそれらえの不安はないと説明した。
「兵力はほぼ互角、補給は十分。あとは、諸君らの頑張り次第だ。」
 ヴィンセントそこで一面にいる兵士を見渡す。
「かつて、アウストリンゲで敗れた時、友軍の危機を救うため、今一度攻勢に出るべきという声を私は退けた。諸君等を無駄に死なせることになると考えたからだ。それから、我等は敵を侮らず、神を畏れ、再び立ち上がり、ここまで歩を進めたのだ。」
「また、敵指揮官は一度も敵に背を見せたことはないとのことだが、我等もかの老将と相対した時背を向けた者はいないはずだ。」
「諸君、今一度、敵に突撃しよう。帝国万歳!」
 周りにいた兵からの歓声が大きな波となって陣地を埋め尽くした。
 士気は上場だ。
 スレインはその時、ヴィンセントの直ぐ近くにいる人物に視線を止めた。
「グランフォードさんです~」
 ラミィが指差した。都市ビブリオストックで会ったのはもう二か月近く前のことになる。スレインはそこであの時よりも自分が少し前に進んだ場所にいることを感じ取った。

 歓迎が終わると、援軍は用意された陣営地に天幕を張り出す。夕方ごろにはそういった作業が終わり、夕食が出された。
「やっぱり、美味しいね。作業の後は」
「そうだね。」
 メニューは保存食のソーセイジと干し肉、パン、ポタージュ。
 そのことが話題になると、自然と戦場以外のことがメインの話題になっていた。一瞬ここが戦場であることを忘れてしまう。
 思い出したようにアネット言った。
「カッコよかったわね、ヴィンセント将軍」
「確かに、鋭い眼光やったわ。流石、帝国将軍といったところやな。」
「ケネス将軍の方は彼とはだいぶ違うタイプだったわね。」
 その言葉に、一同が同意する、この行軍の最中にケネス将軍と何度か話し合う機会を得ていた。が、その容貌はそれまでの帝国貴族のイメージからは外れていた。どちらかというとズボラな性格が目についたし、服装にもさほど気を使っていない風だった。もともと、平民出身であるぶんそういうところが出ているかもしれないが、貴族出身将校の中でそれを貫けるというのはその作戦能力故だ。
「しかし、あの方の知略は確かですから。」
 草原の戦いでも、先の戦いでもその戦術眼がキシロニアの有利に貢献した。
「ヒューイみたいな人ね。」
「何故、そこにワイを出すんや。」
「一応、褒められていると思えばいいんじゃないかしら?」
「そうじゃな。」
「なんや、ジイさんまでそう言うんかいな。」
 ビクトルにまで言われてヒューイは苦笑するしかなかった。
「ともかく、そんな知将が総動員じゃ。アグレシヴァルのゲルハルトにも勝るとも劣るまい。」
「そうね、この戦いに勝てば総本山への道が開けるわけね」
「そういえば、貴方ロードなのよね?何かすごい力があるのかしら?」
「せやなあ、ロードとなれば色んな大掛かりな精霊魔法も使えるようやし、ダークロードの技がどないなもんかは興味があるな」
「皆」
 と、スレインは言った。
「今まで言えていなかったけれど、ここまで連れてきてくれてありがとう。」
「僕は死んだ人の魂が少しだけれども見えていた。その人たちは何かの理由で輪廻に変えれない人たちだった。僕と話すことで輪廻に帰った人もいる。」
「・・・帰れなかった人も。」
 キシロニアでの決戦の後のことを知っている弥生は心配そうな顔でこちらを見た。
 いいんだ、スレインはその思いを示すように続けた。
「だから、この人たちの魂を利用しているシオンを止めたい。その為に総本山に行こうとしている。そして、ここまで来れた皆のおかげだ。」
 きっと、自分一人ではここまでこれなかったに違いない。はじめは唯の自分の素性を知るための旅それが、随分大きなスケールの話になってしまったけど。
 始めにアネットを見た。
「アネットは連邦議長の娘なのに、ずっと一緒に旅を続けてくれた。はじめは僕がアネットを守る達だったけど。」
 次にモニカ
「モニカは前の戦いでも大怪我をした。それに、今故郷のポーニアは混乱の波にもまれる危険がある。」
 ビクトル博士に
「ビクトルも前の戦いで大きなけがをした、研究の時間も犠牲にして。」
 そして、ヒューイと弥生を見る。
「二人とも自分の使命があったのに、僕の旅に協力してくれた。特にヒューイはロード試験をフイにして・・・」
「本当にありがとう。」
 頭を深く下げる。それが本心だったが、横からいきなり衝撃を受ける。
「こ~ら~」
 ビクトルだった。博士は絡むような感じでスレインの首を掴む。
「お主のためだけではない。儂にも理由があるのじゃ。自分の失敗作の始末をつけるというな。」
「お主だけのためにたいに言うでないわ。」
「せやせや、ワイかて精霊の力を悪用する人間に黙っているわけにはいかないんや。・・・この異変をどうにかする手がかりになるようならなおさらや」
「そうですわ。」
「私も貴方たちに感謝しているわ。父のこともそう、リナシスに会った時もそうだった。-だから、今はこのことを優先したいの」
「アタシはアグレシヴァルと闘うの、貴方が居なくてもそれは同じよ。」
「分かっている。でも言いたかったんだ。」
 今度の戦いはきっと、以前の戦いと同じくらい厳しい戦いになるはずだ。確かに条件はいい、兵力も互角、質も負けてはいない。だが、今回は相手の本拠地に乗り込んでの戦いで相手にも後がない。
「もう一度・・・力を貸してくれ。」
「さあ、今日は前祝や。」
 ヒューイが取り出したのは酒だった。どこから持ってきたのか聞かないのは流儀だろう。
 そんなことをしている最中に呼び出しがかかった。
「スレイン少尉!」
 ヒューイが酒を隠すのは神技的だった。あっけにとられた様子のスレインを不思議に思った兵はもう一度言った。
「少尉、グランフォード卿がお呼びです。ここいいる全員も同行せよとのことです。」
「ああ」
 と、スレインは気を取り直して答えた。
 グランフォード卿から呼ばれることはなんとなく察しがついていた。きっと作戦会議が終わった後だ。何かが決まったのだろう。
「分かったすぐ行く。」
 身支度が必要なメンバーもいたので、しばらく時間がかかりそうだ。スレイン自身は大体終わっていたので、天幕の外に出ることにした。
「スレイン。」
「アネット?」
 どうしたんだろう、呼び止めた彼女に向き直ると、彼女は何かを言いたそうな表情で自分を見た。
 始めてみた表情で、スレインは動きを止めた。
 だが、その次に出るべき言葉は出てこない。
「どうしたの?」
 と、尋ねると、アネットは突然、頭を下げた。
「ご・・ごめん、なんでもないの。」
 そう、言うと、準備するからと言ってその場から去っていた。突然のことにどういっていいのか分からないまま、その姿をスレインは見つめていた。

 準備が終わると、スレインは仲間たちと共に、グランフォードの陣営を訪れた。アネットに尋ねようかともしたが、それは触れないままにここに来ていた。
 案内された天幕のか中にグランフォードはいた。そして、その場にいたのは彼だけではなかった。
「ヴィンセント将軍。」
「久しいな、スレイン少尉。」
 ヴィンセントが挙手の礼をとる、スレインもすかさずに挙手の礼をとった。
「ダークロード様、お変わりないようですな。」
 ダークロードという言葉にヒューイと弥生が反応した。勿論スレインも同じだった。それは精霊使いの存在を知らなければ分からない言葉。
「将軍には既に、概要をお話している。」
 改めて、ヴィンセントを見ると、彼は複雑な表情でこちらを見ていた。
 内戦を戦った彼にしてみればその一方の勢力に寄生して、世界を変える企みを巡らす組織がおり、その中心に伝承の中にしかいない精霊使いがいる、と言われてもたちの悪い冗談だとしか思えないだろう。
「確かに俄かには信じがたいが・・・・」
 そこで、スレインと弥生を見る。
「そなたたちの、帝都での働きや、このグランフォード殿の術を目にすると、信じないわけにもいかないだろう」
 僕が弥生さんと共に、シモーヌやクライブと闘った時のことを言っている。スレインがヴィンセントを見ると彼は笑った。
「まったく、とんでもない人物に関わったようだな私は」
「それにしても、よくぞここまで来られたものです。」
 グランフォードが言った。
「ここまでの遠さは骨身にしみましたから。お互いに。」
「そうですね。」
 自分たちと同じようにグランフォード達も苦闘の連続だったのだろう。戦場の情報を勿論だが、前会った時よりも痩せたように見えるグランフォードの顔からそれは推察できた。
「そういえば、シオンの組織のことについては分かったんか?」
 ヒューイが尋ねた。
「ええ、少しは。・・・ミル財閥という企業はご存知ですね?」
「知っているわよ。帝国の新興財閥の一つと聞いているけど。」
 アネットが答えた。新興財閥と言ってもその歴史は300年近い歴史を持つが、数え方によっては1000年間存在した帝国にはそれと同じ年数の財閥もある。その中ではやはり新興になってしまうのだった。
「まさか、その財閥はシオン達が・・・」
「設立当時から関わっていたようです。そして、ジェームズ殿下がリンデンバーク周辺を開拓するときにはその後援者となった・・・殿下とのパイプはその時生まれたのでしょう。」
「そして、彼らには月の精霊使いも加わっています。・・・少数である程度ジェームズ派をコントロールできたはずですわ。」
 精霊使いの陰謀を進めるにはそれなりに金がかかる。それなら、自分たちで稼ぎ出すしかない。シオン達はそう考えていたのだろう。そして、不幸なことにその仲間や協力者にその手の才覚に恵まれたものがいた。彼らは財閥として巨万の富を得た。そして、自分たちの目的のために行動を起こした。
「しかし、分からぬ。奴らがそれほど深く力を持っていたのなら、もう少し早く事を起こせたのではないか?」
「それもそうね、財閥が力を持ってから100年間・・・もっと帝国が混乱したことはあったはずだし」
 何か別の目的があるのだろうか?が、今考えてもわかる話ではない。
 それについては、グランフォードも同じように考えていた。
「それについては、まだ調べ終わっていません。さしあたっては彼らが国内の革命勢力とどう向き合っているかです。」
 ヴィンセント、そしてモニカの表情が変わった。祖国が今まで住んでいた村がそれによって危険にさらされているのだから当然の反応だった。
「結論から言えば、彼らは革命政府と合流しつつあるようです。以前から革命組織とも連絡があったようですからね」
「宿主を移動しただけ。とでも言わんばかりだな」
 ヴィンセントが感想を口にした。帝室を尊敬し、秩序を重んじる彼は革命組織に敵意以外の感想を持ったことはない。
「ともあれ、私としてはアグレシヴァル軍との勝負を早期に決し、国内の叛乱を抑える以外にないと思っている。」
 幸い、連中はオルフェウスの部隊が辛うじて防いでいる。援軍さえ続けば、ビブリオストックが落ちることはないだろう。と、ヴィンセントは推測した。それを聞いて、モニカはほっとしたような表情になった。ともあれ、自分の村が戦場になるのはひとまず回避されたようだから。
「当然、君たちが総本山への道を望むのであれば協力させてもらう。君が総本山に行くことが連中の目的を挫くのに必要なのであればなおさらだ。」
 だが、それには目前のアグレシヴァル軍に勝利する以外にない。キシロニア侵攻に失敗し、国境守備隊が壊滅してはいたが、その戦力は侮れない。
 ヴィンセントは、スレインに視線を向けた。
 将軍は既にキシロニア側指揮官から了承を受けていることだと前置きしてから切り出した。
「少尉、君の隊はケネスの部隊に加わり、アグレシヴァル王都に奇襲をかけてもらいたい。」
「王都に奇襲を?」
「そうだ、これまでの斥候の情報から敵の大方の編成と兵力は分かった。」
 彼は机の上に広げられた地図を示す。そこには自分と敵軍を示す石が置かれていた。白が味方、黒が敵だ。
「見たまえ、今まで我等と闘っていた精兵を中心にした敵主力軍、王都防衛隊、そして、敵主力の前面にいる敵前衛隊。」
 その一つにヴィンセントは用心深そうに視線を向けた。
「問題はこれだ。」
 敵の前衛隊だった。
「これは、敵が新たに徴兵した新兵で構成された部隊だ。数は凡そ6千。」
 これまで前線で戦っていたアグレシヴァル軍は残存2万以上だ。彼らはそこに新兵を追加したのだ。総戦力は3万に達する筈だ。
「訓練度、ということでは劣った部隊だ。だが、数は武器になる。」
 味方の兵力は帝国、連邦を併せて2万4千、数の上ではこちらが不利ということになる。
「彼らは前衛を盾に、後ろに続く主力部隊が殺到してくるだろう。残っているの敵の精鋭。つまり会戦となった場合、我等は多くの面で不利があるということだ。」
「そこで、王都を奇襲して敵軍の動揺を誘うということね。」
 アネットの言葉にヴィンセントは頷いた。
「王都が攻撃を受けているとなれば、敵軍も我々との戦いに専念できない。反撃のチャンスはそこで生まれるはずだ。」
「それは分ります将軍。しかし、僕たちは何を?」
 スレインの隊は僅かに5人程度、作戦の成否に重要なこととは思えない。
 この疑問に答えたのはグランフォードだった。
「貴方たちにの隊には精霊使いが集まっています。それに優秀な技術者も。その力で奇襲部隊を助けてほしいのです。」
 そして、具体的な話を彼はした。
「例えば、ビクトル博士が発明した蜃気楼の発生装置。」
「―つまり、敵の抵抗が激しく、王都攻撃が難しい場合は蜃気楼の発生装置で城が燃えているように見せればいい・・・ということですか?」
「そうです。」
 敵にばれてしまうかもしれないが、万が一の保険としては十分ということだった。
「勿論、それだけではなく、風の人のような空間跳躍、月の人ような相手の思考を読む能力、どれも進撃の際に必要になるかもしれない。」
「・・・・分かりました。お引き受けします。」
 スレインは答えた。
 どんな局面でも危険は存在するが、この戦いに勝たなければ総本山にはいけない。他の仲間たちもその目的に向かって歩くことはできないのだ。そう考えれば、命を懸けても良い作戦上の賭けだと思えた。
「やってくれるか。・・・だが、進行予定ルートには何があるか分からない。決して安全な任務ではないぞ。」
「分かっています。」
 迷いを見せないスレインの表情にヴィンセントは顔をわずかに綻ばせた。
 彼の仲間の顔を見て同じだった。
「死線を超えたせいか、精悍さが増したな。皆、生きて帰ってこい。」
「はい!」


 帝国軍の作戦の大枠が決まるころ、アグレシヴァル軍も決戦に向けての準備を進めていた。
 戦力の集中、少しでもと行われる戦闘訓練。
「では、このまま決戦に出るということですな」
「そうだ、この状態では持久戦を挑み、敵の撤退を誘うという作戦はとれない。」
 実のところ、帝国軍にとって一番厄介な作戦だ。国内の叛乱が激化している状態ではいつまでもアグレシヴァルに留まれる筈がないからだ。
 だが、その作戦は取りたくても取れなかった。何故なら、国内の食糧確保のためにはなんとしても、早期に帝国軍を撃破する必要があったからだ。キシロニアから食料を奪ったとはいえ、それはあくまで今年の冬に限りなんとか飢餓にならないという程度のものでしかなかった。どうしても、国が生き残るためには穀倉地帯であるアウストリンゲが必要だった。そして、その穀倉地帯は帝国軍の支配下にある。
「新兵たちを前線に配置し、決戦ですか・・・」
「だが、彼らには飛び切りの新兵器を用意している。決して犬死はさせぬ。」
「そうですな。ともかく全力を尽くします。」
「うむ」
 と、ゲルハルトが頷くと、準備のためと言ってルーデンドルフは天幕の中から出ていった。
 一人になった陣中で総司令ゲルハルトは自問した。
 何処で駒の置き所を間違ったのか?
 帝国内戦の終結。これがすべての元凶だった。
 ジェームズ派に押されているテオドラ派を支援し、間接的に帝国を支配あるいは強い影響下のもとに置く。しかる後、連邦を撃破し豊かな穀倉地帯を独占する。それが当初の計画だった。が、実際に起きたのは皇帝暗殺の真相が露見し、帝国の大同団結、国土への侵攻を誘発した。緒戦では大戦果を挙げ、キシロニアからの大量の食糧強奪に成功し越冬に必要な食料を得ることに成功した。だが、帝国軍の予想外の立ち直りによりキシロニア征服は頓挫、首都への帰還を余儀なくされた。
「帝国か、連邦か・・・私を出し抜くとは・・・くくく、これだから戦いは止められない。」
 確かに、ところどころで不手際があったのは認めざるを得ない。だが、ゲルハルトはまだ勝利を投げていなかった。そんなことは一流の勝負士がすることではない。
 決戦を挑まざるを得ない状態に追い込まれたことは気に入らないが、決戦を挑んでも有利な要素を見出すこともできた。
 兵力ではこちらが勝っている。こちらには歴戦の兵が残されている。この条件下で負けることはない。
 ともかく、戦力の集中を完了することだ。現在はそれに全力を傾けていた。
「また、お楽しみのようですねえ。少々追い詰められているようですが。」
「ほう貴様か・・・」
 背後から声をかけた主を見て、ゲルハルトは不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、私も他人のことはいえませんが。」
 陰から突然浮かび上がったのはランドルフだった。
「連邦の小娘のことか。」
「それもそうですが、グレイも生きているのがなんとも気に入らないのです。」
「あの暗殺者か?」
 皇帝暗殺に成功した際に濡れ衣を着せて殺した暗殺者、そういえば話したこともあったな。と、ゲルハルトは思い出した。
「ええ、私は半端な仕事が我慢できないのです。二重の意味でね」
 ランドルフは知っていた。グレイがかつての連邦議長の息子でアネットの母とともに、あの薬草を取りに来ていたことを。それからあの男はかたき討ちの積りか暗殺者になった。恐らく自分を狙っていたのだろう。だが、あの時殺したと思っていたにも関わらずグレイは生きていた。そして、奴はスレインという良く分からない偽名を使い、性格もまるで違うような感じに変化していた。
「半端な仕事か・・・お互い後始末は大変だな。」
「まったくです。」
 と、ランドルフは気軽に応じたが、勝負を投げていないのはこの暗殺者も同じであった。
「ですが私は、これでも満足はしていますよ。何しろ、帝国の皇族二人も暗殺できたのですから、暗殺者冥利に尽きるというものです。」
「それは確かにそうだな。」
「にしても、貴方の策謀も見事でした。私が行ったジェームズ暗殺に乗じて亡命していた帝国の反体制派をジェームズの所領にはなって反乱を誘発させるとは」
「気づいていたのか・・・・・だが、肝心の彼らにそれは通用しまい。」
 ゲルハルトは帝国軍の陣営に目を向けた。連中にはこの戦場で勝たねばならない。
「儂は未だ、負けたつもりはない。これからもだ。」
「私もですよ、さて、暫くは休ませてもらいます。この戦いの行方に興味があるのでね。結果を見てから、依頼を果たすとしましょうか」
 ゲルハルトは全軍に対し、以下のような布告を行った。
 諸君、我々は王都に還ってきた。
 国境を閉ざし、食料を独占し、我等の窮状を無視し続けてきたキシロニアに我等は鉄槌を下すことが出来た。我等は多くの食料を得た。今年の冬を越せるだけの食料を国民に持ち帰えれたのだ。これは我々が為した大きな勝利である。
 しかし、残念ながらキシロニアの息の根を止めることはできなかった。知っての通り、前にいる帝国軍が我等の国土に土足で踏み込んできたからである。そして、我らの前に居座っている。
 だが、ここで私は断言するが我々は彼らに勝利するだろう。
 彼らは国内の叛乱に怯えながら、数を減らしてここまで辿り着いた半病人でしかない。
 翻って我等は新たなる戦力を得た。新たに軍に加わった諸君によって、大幅に敵を上回る軍勢を有しているのだ。
 諸君は我等の希望である。そして、今までの戦いを勝ち抜いてきた歴戦の勇士がいる。
 アウストリンゲで帝国の芋虫どもを殲滅したことを思い出せ。
 はっきり言っておくが、我等の力を上回る軍団はこの大陸にいないであろう。
 しかも、彼奴らは我々の持つ財産を目当て攻め登ってきた盗人である。これに対して我々は自らの国土を守ろうとしているのだ。
 先に我々が戦ったキシロニアは弱兵ではあったが、我等の攻撃を凌いだ。ならば、これを我々が出来ぬわけがない。
 しかし、兵士諸君。若し我々が敗れるのであれば、その時に我が王国は昨日までの祖国ではないことを銘記せよ。
 我らの前に勇者はなく、後ろにも勇者はいない。我等の後ろに守るべきものがあることを銘記せよ。
 アグレシヴァル王国に栄光あれ。


 ヴィンセントの天幕を出て、自分たちの寝所に帰ってきた。
 そこで解散した後にアネットが声をかけてきた。
「あの・・・スレイン。」
「?どうしたの、アネット。」
 どこか言いにくそうな様子のアネットにスレインは尋ねた。
「さっきも、何かききたそうだったけど・・・どうかしたの?」
 そういわれたアネットはますます迷ったような様子だったが、首を何度か降った後に切り出した。
「やっぱり、言っちゃおう。」
 アネットは自分に言い聞かせ得るような言葉の後に緊張した面持ちで続けた。
「ごめん、スレイン。戦いの前にこんなことを聞いちゃって。でも、聞かずにいられないの。」
「・・・何を」
「貴方の本当の名前・・・グレイなんじゃない?グレイ・ギルバート」
 アネットの問いにスレインは暫く答えることが出来なかった。



~つづく~
 

更新日時:
2015/10/26 

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