魔法の詠唱と共に、稲妻が物体に直撃した。轟音が響くがその中に硬質の音が含まれていた。
「何なのよ!コイツ?」
アネットが呻くように言った。
雷が当たったそれは何事もなかったかのように動いている。
「全くや。雷の魔法も効かんとは・・・」
ヒューイも相槌を打った。
「皆、一旦距離を取って!」
スレインは叫んだ。
ビクトルや弥生、それにモニカも後ろに下がり、敵から距離をとる。幸い敵のスピードは子供が歩くのと大差ないものだった。
なんて化物なんだあれは・・・
ビブリオストックの図書館に居たガーディアンと変わらぬモノがそこにある。全身を甲冑で覆い、巨大な剣を持っていた。脚部は人間の足に似せて作られているのが外見上の相違点だが、戦闘能力はこちらのほうが上かもしれない。なにより、このガーディアンには魔法が通用しない。このタイプが共通して弱い雷系のそれも例外ではなった。
「こんなガーディアンが作れるとは・・・ワシもより精進せねば。」
「それにしても硬すぎますわ。」
弥生やビクトルが放つ一撃必殺の銃や弓の一撃もあの装甲を貫けない。
何か弱点はないのか・・・。
「スピードが遅いくらいですかね〜」
ラミィが疑問に答えるように言った。
うん、確かに足回りの悪さはあるけど・・・・
そう答えようとして、スレインは思い直した。
ああ、そうか。こいつは別に正面から倒す必要はないのか。
「ビクトル、弥生さん。もう一回魔法を撃って。とにかく派手に爆発するやつを。」
「相手には効きませんよ?」
「いいんだ。当てる必要はない。脚を止められればいい。」
「はい。」
「なるほど、そういうことか。」
ビクトルも理解したように言うと、スレインは他の三人に声をかけた。
「魔法が撃てるようになるまで俺たちでアイツを止めよう。」
「分かったわ。」
アネット、ヒューイ、モニカがそれに答える。
4人は進んでくるガーディアンの前に立ちふさがった。
モニカの投げナイフでややひるんだと見えたところで3人が切りかかった。
剣が相手の甲冑にぶつかる音が聞こえる。相変わらず致命傷を与えたような音ではない。だが、それでよかった。これは時間稼ぎなのだから。
そうは、言ってもきついよなあ。
スレインの懸念を裏づけするような一撃が来る。巨大な剣を振り上げたガーディアンその狙いはアネットだった。
「危ない!」
アネットも防御の姿勢をとっていたがそれだけでは多分不足だっただろう。振り下ろされた剣をアネットの剣が受け止める。それにスレインの剣も加わった。さらには、ヒューイも自分と同じように行動してくれた。
三つの剣が攻撃を受け止めた時、魔法が完成した。
「ファイアーボール!」
ビクトルと弥生が放った巨大な火球がガーディアンの直後ろに命中し、盛大な土煙を立て、大きな穴がうがたれた。
「今だ!みんな押し返して。」
爆発の衝撃でやや動きに隙があるガーディアンを3人は押し返した。そして、ガーディアンはファイアーボールが作り出した穴の中にはまり、動けなくなってしまった。
ビクトルと弥生の至近距離からの攻撃、自分たちの攻撃どちらの方法でもしとめられるだろう。
その時大きな声があたりに響いた。
「よし!そこまで!ガーディアンは戦闘不能だ!」
声の主は連邦軍の士官で、この訓練所の主任だ。彼の他にも訓練を見学していた隊員地が歓声を上げる。
「やった!勝った!」
アネットが嬉しそうに言った。何しろ、まだどの隊も倒したことがないガーディアンだったのだ。
スレイン達のこの日の訓練はこうして終わった。
休暇に入ってからスレインは定期的にこの訓練施設で皆とともに訓練を行っている。これから闇の総本山に行く中で強力な敵に、あのアグレシヴァル兵のように強力な敵に会う可能性は高い。それなら出来るだけ訓練を積みたい。
アネットたちもそれには協力してくれている。それをするたびにコンビネーションも良くなっているような気がした。
「あー、でもみんなコンビが機能してきたよね〜」
「せやな、繰り返ししてればそうもなるわ。」
「にしても、アネットはんよく、リーダーがああ言っただけで分かるもんやな。」
「まあ、なんとなくだけどね。あれは悪巧みしている顔だったから。」
「誰が、悪巧みだよ・・」
と、苦笑しながらアネットに返すと、スレインは手を叩き、皆の注目を集めた。
「みんな、聞いて。」
どうしたんだろう?という顔で皆が見ている。スレインはモニカにこっちに来るように合図した。彼女が近寄ってきてから言った。
「モニカが両親を探しているのは皆、聞いているよね。・・・・その手掛かりが見つかったんだ。」
皆にテッドという名前を出すのは初めてだった。彼の行方が分かったのはつい数日前だった。
「彼はルレイオ村の警備隊で働いていることが分かったんだ。もしも、皆が良ければ明後日そこに行こうと思うんだけど。」
モニカが言葉を継いだ。
「皆に迷惑かもしれないけれど、出来ればついて来て欲しい。」
「もちろんや。ピートはんが見つかるなら、ワイらも協力するで!」
と、ヒューイが言うと誰もがしゃべり始めた。
「そうね、聞くまでもないわね。」
「ルレイオ村ですか・・・ここからですと1日で往復してこれそうですわね。」
予想はついていたが反対する者は誰もいなかった。既に、外出許可も取っていた。
話題は自然とルレイオまでの旅の話に変わっていった。
「さっきは、ありがとう。」
「どういたしまして。」
スレインは隣で商品を選んでいたモニカに答えた。
前にアグレシヴァル軍に捕まったときに旅の道具もほとんどなくしてしまったので、皆で買出しに来ていたのだ。
「でも、ルレイオ村が近くでよかったですね。」
反対側でコップを選んでいた弥生が感想を漏らすと、モニカも頷いた。どこか明るい顔だったが、同時に不安さも感じさせる。
どうする積りなんだろうか?もしも、お父さんが生きていたとしたら?モニカは彼に何を語るのだろうか?
そんなことを考えているとどうしてもモニカに視線を向けてしまう。
それを見咎めたモニカは不思議そうな顔をした。
「どうしたの?スレイン?」
「いや・・・」
「そういう時は何か聞きたいことがあるんでしょう?」
本当に聞いてしまっていいんだろうか?だが、モニカは再び促した。聞いておこう。
スレインは自分が思って居ことをそのまま口にした。
「スレインさん!」
「いいの、弥生。そう思うのも当然だから。」
モニカは口調に乱れがなかった。フェザリアン的な冷徹ではなく、笑ったり、焦ったりするようにやや人間くさいところを見せ始めたモニカが全てを飲み込んだ、あるいは飲み込もうとしている声だった。
「お母さんや私を置いていった理由が知りたい。それだけなの。」
母は父に捨てられてから、とっても辛そうだった。疲労で倒れ、息をひきとるまで。
だから
「せめて、理由が知りたいの。そうでなければ母が可哀想。」
「ごめん。こんなことを聞いて。」
「そんなことは気にしなくていいのよ。昔、オルフェウスにもそんなことを聞かれたわ。その時にも同じことを答えたわ。それから変わっていないの。」
「手掛かりが得られるといいですね。」
「うん、少なくとも当時の父を大人の目線から知っている人だから・・・もしかしたら・・」
「そうなったら、皆に改めて御礼をいわないとね。」
ハッキリとした口調だった。
「お〜い、ちびっこ。寝袋はどれにするんや?」
「あ、待って!今、行くから。」
というと、モニカはヒューイたちの居るところに走っていった。
「モニカちゃんのことちゃんと調べていたんですね。」
「ああ。もとは、オルフェウスさんからの情報だけどね。と、テッドさんがキシロニアに来ていて良かったよ。」
「偉いんですね。ご自分のこともあるのに。大分、リーダーの風格が出てきましたよ。」
「そうかな・・・」
何か、変調があれば弥生に相談して、その月の術で心を癒してもらうことが何度かあった。彼女には世話になりっぱなしだったが、その人からそう言われてどこか嬉しかった。
「ありがとう、弥生さんには世話になりっぱなしだ。」
「いえ、私のことは気にしないでください。」
そういえば、シモーヌのことはどうなったのだろう?図書館の時から聞くことが出来なかった。
あの・・・と、スレインは言おうとしたが、逆に弥生の言葉に遮られてしまった。
「あの・・・スレインさん。」
心配そうな顔で自分を見ている。
「もしかして、また、悪いところがでたの?」
弥生は慌てて否定した。
「いいえ、何の異常も感じられませんわ。」
「そう・・それならいいけど。これから闇の総本山にも行かなきゃいけないし」
「ええ、体調は整えないといけないですね。」
そこに、アネットの声が聞こえてきた。
「ねえ、スレイン!こっちの武具を見てくれない?」
それを聞くと、弥生は言った。
「スレインさん、行きましょう。」
「ああ。」
どこか釈然としなかったがスレインはアネットに向って答えた。
「は〜い!分かったよ。」
旅の備品を買うのにさほど、時間はかからなかった。
「まあ、こんなものね。」
と、アネットは言った。
「じゃあ、出発はあさっての朝だ。それまで各自、休んで体調を整えてくれ。」
皆に言うと、三々五々アパートに帰り始めた。まだ、日は高いが休むのもいいだろう。
ああ、そうだ本当に何もないんだ。事務仕事も、訓練も。
いい機会かもしれない。
「ラミィ。今日は先に部屋に戻っていてくれない?」
「どうしたんですか〜?」
「行きたい場所があるんだ。」
それを聞くとラミィはスレインが何を言わんとしているのかを察したかのように頷いた。
「分かりました〜。部屋で待っていますから、ごゆっくり〜。」
「ありがとう。」
アパートのある新市街から議長府から城門に続く大通りに出たスレインはそのまま城門に向って歩いた。
相変わらず、人も店も多かったが、門の直近くにある花屋で足を止める。
「すいません、これをください。」
「ああ、このユリかい?何本いる?」
「はい。そうですね・・・3本ください。」
主人は慣れた手つきでユリの花を纏めるてくれた。手に取ると、ユリの香りがした。
「最近、この花が売れてねえ。・・・出来れば別の花が売れたほうがいいのに。」
「そうですね。」
この花は祝いの場合にも使われるが、そうでない時もある。最近そっちの理由で買う人のほうが多い。
スレインは礼を述べると、代金を渡し、花を持ったまま門の外に出た。
門の外にも町は広がっていた。最近はアグレシヴァル軍の襲撃もなく、人が多く、そしてその顔も明るくなっていたようだ。
その町の中を歩いて数分で丘が見えた。スレインはその方角に向う。途中で何人かにすれ違った。母と娘、老夫婦、兵士、種類は様々だった。
進んでいくと、緑の丘が直近くに見えた。ここは街中からそう遠くない場所にあるのだった。
そう、僕はここに来たかった。休暇の合間にこれればよかったけど、いろいろなことを整理していたらなかなか来ることができなかった。
歩いてみればこんなに近くだったんだな。
スレインが丘に登る石畳に足を付けるのとほぼ同時に後方で轟音が響いた。
そして、悲鳴。
なんだ・・・!
とっさにリングウェポンを起動させ、後ろを振り返ると街の一角から煙が出ていた。だが、火災のそれではない。家が崩れて出来たものだ。その煙の中から異形が姿を現した。
「あれは・・・図書館で戦ったのと同じ奴じゃ・・・」
見間違えるはずもない。甲殻類を思わせる体、蟹のように巨大な腕、そして、全身は白く輝いている甲冑のよう。
一般市民がそれから慌てて逃れようとしている。幸い先ほどすれ違った兵士が異形に応戦していたおかげで被害は逃げる人たちには及んでいない。だが、剣や武器で戦っているあの異形にそれは殆ど通用しない。
スレインは走りながら魔法の詠唱にかかった。あの兵士たちと共に戦えばなんとかなるかもしれない。
だが、兵士の一人が異形の攻撃をモロに食らって弾き飛ばされた。残る一人も全く形勢不利だ。
間に合え。
と思いながらスレインは詠唱を続け、そして氷の刃を出現させる。
「アイスバレッド!!!」
氷の刃はそのまま異形の腕を貫き、絶叫が響く。異形は血走った眼をこちらに向けた。
そうだ、こっちに来い。
あの兵士にしても城壁のパトロールにしろ錬度が高いとは言えない。
「グアアアアア!!!」
異形はスレインの意図どおり兵士や一般人には目もくれずに、自分にダメージを与えた人間に向ってきた。
スレインは魔法を詠唱し続ける。距離はそれなりに開いていた。大丈夫
詠唱のミスがないように、それだけを心がけたスレインは微動だにしなかった。異形がそこに迫っていく。
ついにその腕がスレインを捉え、異形はこぶしを振り上げた。
「ファイアーボール!!!」
それを打ち消すかのようにスレインは絶叫した。
炎の矢が至近距離で異形に突き刺さった。異形は拳を振り上げたままの状態で動きを止め、ややあってからドウと倒れた。
「勝った・・・・」
息を荒げながら異形の死骸を見る。スレインの賭けは成功した。
「うああああ!!まだ、もう一匹」
誰かの絶叫が聞こえた。最初に現れたところと同じ場所にもう一体の異形が見えた。最初の一体を倒して、気を緩めたスレインはこれに咄嗟に対処できなかった。
しまった・・・!まだあそこには民間人が!
魔法の詠唱は間に合わない。
が、そう思った瞬間鈍い音が聞こえた。見ると異形の頭に深々と弓矢が突き刺さっていた。続いて魔法が異形を覆う。
「ホーリーフレイム・・・か」
魔法の名前を言うのが終わらないうちに異形はその場に蹲ったままの姿勢でその活動を止めた。
それを行った人は直に姿を現した。
「弥生さん?」
遠目からもあの服は目立った。彼女は倒れた兵士に駆け寄るとヒーリングの詠唱に入っている。
彼女の治療を受けている兵士は瀕死の状態だったがまだ息はあるようだ。
たまたま近くを歩いていたんだろう。ともかく怪我人だけで済んだのは不幸中の幸いだった。
スレインもそこに走っていくと、別の顔見知りが部下を引き連れて現れた。
「おう、スレイン。」
「ウィル!?」
「お前もついていないあな。」
「助かったよウィル。」
かつての戦友ウィルフレッドだった。今では彼も一隊の指揮を預かる予備少尉だ。たまたまパトロール中に騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきたのだ。彼の小隊の手によって負傷者の手当てが進んでいた。
スレイン達はその作業をしている場所から少し離れたところで座っていた。
「スレインさんのほうは軽症みたいですね。」
「うん、ありがとう。」
気付かないうちに、傷が出来ていたようだったが、弥生の魔法で回復していた。
「そんなに、甘やかさないほうがいいよ。」
と、ウィルは意地悪そうな顔で笑った。
「コイツときたら、基地にお化けが出る騒ぎあった時に気を失ったんだぜ。」
「ちょ・・・!それ本当に最初の時だろ!それに、ウィルだって逃げ出してたじゃないか。」
本当に最初の頃はそんなことがあったのだが、あんまり今の仲間には言ってほしくなった。
それを感じ取ったのかウィルはすまんと謝った。
「・・悪かったよ。そんなに怒るな。」
「お2人とも久しぶりに会われたのでは?」
「うん、まあ・・・」
そういえば、前に首都に敵が侵入する前に会った時以来だ。
「そうだな、結構前だよな。」
妙にしんみりした声でウィルが言った。
「あれから、いろいろあったんだろ?」
「ウィルもね。」
あの後、マリアの隊は前線に向らしく、ウィルのところに時折手紙をくれるようだ。
にしても、とウィルは話題を変えた。
「ありがとうな。お前等がいてくれたお陰で楽になったよ。あの化物は最近良くでるらしいからな。」
「そうなの?」
何で突然、あの異形が・・・・理由は全く分からない。
「武器があんまり効かないっていうし、俺の隊だけじゃ苦しかったかもしれないな。」
と、ウィルは微笑んだ。そして自分の部下たちに視線を送る。まだ、未熟なのだろう。どこか動きがぎこちない。
隣に居る弥生にも向けられた感謝の言葉にスレインは素直に頷いた。ウィルは道端に散らばっていた花に目を向けた。スレインが買った花だ。
「そうか、行く途中だったのか。」
「うん。」
「じゃあ、後始末は俺がしておく。行って来いよ。」
スレインの行く先を察したウィルは事後処理は自分がしておくと言ってくれていた。
「ありがとう。」
ウィルの気遣いに頭を下げながらスレインは思った。
花を買いなおさないと・・・
そんなことを考えているとああ、そういえば。とでも言うようにウィルが振り返った。
「お前等恋人か?」
「え・・・」
思いがけない言葉に顔が真っ赤になるのを感じながらスレインは答えた。弥生の表情が少し気になったが、なんとなく見るのが躊躇われた。
「いや、いや!そんなことないよ。」
声が裏返ってるぞ、とウィルは笑いながら、まあまあという風に両手を挙げる。
「そうか、その人が歩いている先にお前がいたから・・・そうかなと思ったんだが。」
「え・・・・」
ウィルが言うには街中でたまたま弥生を見かけ声をかけようとしたら、その視線の先にスレインがいたというのだった。スレインの後をついているかのように弥生は動いていたのだと言う。そして、それについていったらこの騒ぎの現場に至ったのだという。
「隊長!」
「どうした?」
ウィルの部下が報告に現れた。報告はウィルが現場に行かねばならない状態だと告げていた。彼は頭を下げると、「じゃあな。」と言う言葉を残すとそのまま現場に戻っていった。
自然に弥生に視線が行った。
「弥生さん・・・・どうして。」
「いえ・・・」
弥生のほうは、どう言ったものかと弱りきった表情だった。
「あのもしかして、僕とグレイの精神のバランスが崩れた・・・とか?」
帝都での出来事から何度か、弥生ところに相談にいったこともある。それくらいしか思いつかなかった。
「ちがうのです、スレインさん。・・・本当に申し訳ありません。」
スレインが言ったことは特に問題はないと彼女は答えた。それなら、何故?
「貴方が、無理をされているような気がして。」
「無理・・・?」
意外な言葉に、スレインはやや反発しながら答えた。
「そんなことはないよ。自分のことも分かったシオンのことも分かったんだ。後は・・・進むだけなんだから」
弥生は頷いた。
「はい、貴方は頑張っていらっしゃいます。本当に。」
それはどうこうと言うわけではないのです。と、弥生は繰り返した。寧ろ良い変化だと言う。
しかし
「以前のスレインさんはどこかご自分の正体を知るのを避けているようなところがありました・・・当然のことですけれども。」
それは、そのとおりだった。
弥生は続けた。
「でも、今は違います。前に前に進もうとされています。」
それまでの平穏だった時間を取り戻すように。
「どこかで、無理をされていると思えたのです。それまでに比べて変化が急すぎるように思えましたから。」
「・・・・」
無理か、
確かに、先に先にと思っていた。忙しかった。だからそれを感じていなかった。だが、少し暇だ出来てくると、どことなくそれを感じることが多くなった。
「それは、私の月の力では掴みきれないことです。・・・・だから少し気になっていたのです。」
「・・・・そうだったんだ。」
肩の力を抜いて、弥生を見た。とても済まなそうな顔をしている。
自分の記憶のことで皆もついてきてくれている。だが、それを急ぐことで皆を危険にさらすかもしれない。
自分なりに慎重にしてきたつもりだった。
外見的にはそうだったかもしれない。そうしようと努力もした。だが、心の中はきっと彼女の言うとおりだ。
彼女には理由の一つを話してもいいのかもしれない。
「理由があるんだ。」
と、弥生に答えた。
彼女は唐突な答えに戸惑っているようだった。
「これから人に会いに行くんだ。」
「・・・もしかして、前に話していた隊長さんですか?」
「うん、あの人はいまあそこにいる。」
スレインの指す方角に丘がある。
「あ・・・」
弥生はその意味を察した。あそこは墓地、それも戦死者のために建てられた墓地だったからだ。
丘に着くのには5分とかからなかった。近くの花屋で花を買った。墓の出入り口は階段になっていた。ここを上がれば墓石が綺麗に整列している様子が見られるはずだ。
「ずっと来ようと思っていたんだ。」
隊長が死んだことを知ったのは丁度ビエーネ湖から帝都に戻ってきたころだった。情報部の人間からそれを聞かされた。
「でも、いろいろあって中々来れなくて・・・それで今日行こうと思ったんだ。」
「隊長さんはどこで戦ってらしたんですか?」
「草原の戦い・・・・僕達が帝都にいける道を切り開いてくれたんだ。参謀として、活躍していた・・・そう聞いている。」
「すごい方なんですね。ハインツ隊長さんは。」
「そうでもないよ」
昔ことを思い出し、ひとりでに笑みがこぼれた。
なんていうか変人なんだ。誰かに会うとすぐにその人のことを推理しだすんだ。
「あれは戦場帰りだとか、娘がいるとか・・・」
「スレインさんは何といわれたんですか?」
「どこか、高貴な家の出だが、実家のほうはおそらく没落していると見た・・・だったかな?」
「・・・確かに、間違ってはいないようですわね。」
「そうだね。ーああ、それから、暇があれば実験やって・・」
言葉が途切れた。
「実験やって・・・・」
同じ単語を繰り返した後、何故か二の句が告げられなくなった。
弥生の手が肩に触れた。
「スレインさん、私ここで待っていますから。どうぞ、行っていらしてください。」
「気を使わせちゃったみたいだね。・・・でも、ありがとう。」
弥生が持っていた花束を渡してくれた。それを受け取ってから階段を上っていった。
「ここが・・・・」
上がってみると、あたり一面に緑の草が繁っていて、少しはなれたところに墓石が綺麗にならんでいた。
そこに近寄ってみると、新しいいくつかの花が備えてあった。新しい墓石は列の外側に並んでいた。そこから隊長が葬られた番号を追いながら進んでいく。
そして、一つの墓標を見つける。
「ハインツ隊長」
ハインツ・リンドマン
墓石にはその文字が刻まれていた。
花束を置き少し下がってから、隊長に向って敬礼した。
ぼたぼたと涙が落ちているのが分かった。なるべく、そういうのは今の仲間には見せたくなかった。
「隊長。」
敬礼を解いてスレインは地面に膝をついた。
初めて、あの砦に行ってから、議長の命令で帝都に旅立つまでの半年間のことが思い出された。
とても、幸福な時間だった。
ハインツ隊長とマリア副隊長。
それにウィルやクリス、ローザ。
覚えることが多かったけど、自分の素性のことをしばし忘れることができたくらい、楽しかった。思い出補正なのかもしれない。でも、あの時の経験は僕にとって必要だった。あれがなければ、今の境遇に耐えられなかったかもしれない。
散漫とその時の一つ一つの場面が思い浮かんでは消えた。
覚えている限り全てのそれが出尽くすまで大分時間がかかった。
だが、それも最後は終わるのだ。アネットの護衛を命じられたあの日の記憶でそれが終わるのだった。
今の仲間達との旅が始まった。
そうだ、これは報告しなくてはというものが、浮かび上がった。
「僕は、闇の精霊使いのロードだったみたいです。・・・・流石に分かりませんよね。」
精霊使いは世界のバランスを司っている。光の精霊使いの不振が今の異常気象を呼び、それがアグレシヴァルとの戦争を誘発した。それに闇の精霊使いも何か関係がある。
「もしかしたら、闇の精霊使いがしたことが、この戦争につながってしまったのかもしれない。」
闇の精霊使いが、ロードである自分がもっと良く方法をしていれば、この戦争は起こらず、隊長が死ぬことも、ローザやクリスの家族が命を落すこともなかったかもしれない。
そう、思うと何かしなくてはと思った。
自分はついに、自分の正体を知ることができた。それをより深く知ることでこの異変の核心を探ることも出来る。
だから、総本山に行こうとしている。
「ハインツ隊長、僕も今は貴方と同じ、隊長をやっています。今の部下いや、仲間達はとてもいい人たちです。」
隊長と違って、僕は推理力に優れているわけでもないし、武術も努力はしているけれども圧倒的なものじゃありません。
それでも
「きっと、全員無事に戻ってきます。世界の危機の秘密と一緒に。」
友よ、君の気持ちはよく分かった。冷静な推理を忘れるな。
とでも、隊長は言ってくれるに違いない。
この人もその推理力を敵の撃退と部下の安全のために使っていたのだから。
結局、墓から戻ってきたのは夕方近くになってからだった。弥生は入り口で待ってくれていた。
「ごめん、遅くなちゃって。」
気にしていないとでも言うように、弥生は優しげに笑うと、
「隊長さんとはお話できましたか?」
と、尋ねた。
「うん」
素直に頷いた。
「これが、理由なんだ。今回の異変に精霊使いがいるなら・・・・もしかしたら隊長は死ななかったんじゃないかって・・・そう思ったら」
「身近な人に影響が無いと、動かないっていうのも違うのかもしれないけれど。」
弥生は首を振った。
「きっと、誰も同じですわ。私も・・・」
「弥生さんも?」
「ええ、そして私の最初の仲間に死者が出て、その原因が自分にもあるとしたら、私はそれを究明しようとします。全力で。」
そこで彼女は改めて謝った。
「ごめんなさい、貴方の決意に水をさすようなことを言ってしまって。」
「いいんだ、無理を重ねていたのも本当だし。それに、誰かに話したせいでなんだか肩の力だ抜けた気がする。」
本音だった。
「それなら・・・良かったですわ。」
「弥生さんは・・・シモーヌさんの手掛かりは見つかったの?」
「いいえ、帝国の紳士録というのも大分厚くて・・・・図書館に居る時には見つかりませんでした。でも、あの本は借りてきていますから、読み進めています。きっと、シモーヌの一族をつかめるはずです。」
そこで、弥生は言葉を切ると、スレインの前に出て振り返った。
「今はスレインさんが総本山に行くのを全力でお手伝いしたいです。私は貴方に総本山に行ってもらいたいと思っていますから。」
夕日を背にした弥生の顔が帝都の夜で見たあの姿と重なった。状況は違うけれどもその時と同じように、優しそうな笑顔を見せる彼女はとても美しく思えた。
その感情が顔に出た。頬の温度が上がっているのが自分でも分かった。それを隠すおように顔を背けると一言だけ弥生に言った。
「・・・・その、ありがとう。」
「どういたしまして。」
弥生は変わらぬ表情でスレインを見つめていた。
全てが激変したのは翌日になってからだった。
アグレシヴァル軍が全軍を挙げてキシロニア国境に殺到しているとの情報は飛び交った。帝国軍は敗退してしまったらしい。だからこその全力攻撃だった。
ともかく、使える戦力は全て国境に送れということになった。それはスレインの小隊も同じだった。
総本山のことも、モニカの父親のことも全てが吹き飛んでしまっていた。スレイン達は目前の脅威にまず対応しなくてはならなかった。
(つづく)
|