22      連邦は束の間の平穏の中にいた
 
 
 
 帝国はその臣民と同盟国に以下のように発表した。
 即ち、先代皇帝オーギュストの暗殺はアグレシヴァルに雇われた暗殺者により行われ、同国は時機を見て内戦に介入し帝国の一部を占領する計画を有し、遺憾ながら帝国の一部貴族もこれに同調していたこと。
 帝国政府はアグレシヴァルに対し、暗殺を指令した者の引渡し、軍備の一方的削減、同盟国への攻撃を停止することを要求したが、アグレシヴァルはこれを拒否した。
  従って、帝国政府はアグレシヴァルが二度とこのような謀略を企てることを防ぐため、帝国軍のアグレシヴァル本土侵攻を命令した。
 内容はほぼ事実だった。皇帝を殺され、その結果同胞相撃つ内乱が発生したシェルフェングリフ帝国の人々は口々に「アグレシヴァル討つべし」の強硬論を絶叫した。ある意味当然の反応である。誰が指導者を暗殺し、内乱を仕組む隣国など信用できようか。しかも、彼等には素朴な皇帝崇拝も息づいており、皇帝は自分たちの父に相当する存在であった。
 いち早く、公表があった帝都では人々が攻撃賛成を叫び、教会では先帝の追悼と、アグレシヴァルへの報復が祈念された。また多くの若者が軍団に志願した。
 ポーニア村もこれらの事実が公表されると、大騒ぎになった。自然、オルフェウスのところに村長や重鎮が訪れ、事の次第を尋ねに来るようになった。
「いやあ、みなさんすいません。なんだか忙しくなってしまって。」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました。」
 こう事態が進んだのでは、ここにいては邪魔になる。そう思って、足早に準備を済ませた。それにキシロニアのことも心配だった。
 オルフェウスは来客の応対の合間を縫って玄関まで見送りに来てくれた。
「ミシェールもよろこんでいました。」
 ミシェールとのお別れはもう済ませていた。気密室の中にいる彼女はせめてもう一晩と言うのを必死にこらえていた。
「また、来ると伝えました。な、モニカ。」
「うん、また戻ってくるから。」
 それに、オルフェウスは笑顔で答える。
昨夜の会話のことを思い出すが、それを口にはできなかった。
「では、失礼します。」
「少尉、出来ればどこかでお会いしましょう。」
「はい。」
 どこか、陰のある顔のオルフェウス、そして執事たちの見送りを受けながら、屋敷の扉がゆっくりと閉じられた。
「じゃあ、行こうか。」
 村は収穫作業につきながらも誰もが今回の布告のことをしゃべっている。
「せやな、一回連邦に戻るべきやな」
「そうね、お父さんたちのことも気になるし。」
「うん、これまでのこともきちんと報告しないとね。」
 ノエル大使からも言われていたし、当然のことだが内乱が終わる前後の事、精霊使いのことを話さなくてはならない。そして、自分がこれから行く先のこともだ。
 騒がしくなった村をスレイン達はトランスゲートで後にした。
 
 
「わっ?何、コレ?」
 トランスゲートを抜けると、そこに見えたのは街の風景ではなく、レンガ造りの壁だった。
「それに、装置も大きくなっている。」
「うむ、ワシが頑張ったからの。」
 帝都に居る時、ビクトルが行った作業の結果がこれだった。今までの4,5人が移動できればそれでいいというものではなく、30人近くが一度に移動できそうなスペースだ。
 警報が鳴った。
「ほれ、誰か別のものが来る。ここからどかねば。」
 ビクトルに言われて、装置から離れると、そこに30人程度の兵士が現れた。帝都に行った補給部隊の人たちだ。トランスゲートはまさにこのために使われている。
 さらに、起動用のペンダントは一回限りの使い捨てのものを大量に製作した。
「じゃあ、この壁は不審者防止用の壁かな?」
 考えてみればトランスゲートは起動クリスタルを持っていれば誰でも使える。もしもクリスタルを敵国が手に入れれば好きに侵入されてしまう。
「おい、君たちは何者だ?」
 武器を構えた兵が駆け寄ってきた。壁を設けた以上、警備兵も常駐させているようだ。輸送部隊の兵士とは明らかに違うスレイン一行だ疑うのは当然のことだった。
 スレインは手を挙げて答えた。
「1129小隊のスレイン少尉です。」
 少尉の徽章やアネットの顔に気づいた警備兵は一行の正体に気づいたのか。さっと、敬礼した。
「し・・失礼しました。どうぞ、お通りください。・・・それから少尉には議長から出頭命令が来ています。このまま、議長府までお願いします。」
 どうやら、議長のほうもこちらの報告を待っているようだ。
「了解、任務ご苦労様です。」
 恐縮した様子の警備兵にスレインは答礼した。
 
 議長府に行くまでの道は慣れたものでそう時間はかからなかったが、街の様子はその行程から見える範囲でも活気を帯びていた。アグレシヴァルによる攻撃の危険性が遠のいたこと、豊作だったことが街の雰囲気を明るくしていた。毎年の収穫に心を痛めていたアネットも安心したようだ。
「よかった、これなら今年は大丈夫そうね。」
「いつもは、これよりも少ないのですか?」
「うん、これだけ賑わっているのは最近はないわ。・・・これも、グランフォードさんのお陰なのかな?」
「せやろな・・・あん人は地の精霊使いや。土地を活性化させるのことはお手のもんや。」
 ポーニア村もそうだったが、帝国でもそれなりの収穫だった。それだけ、グランフォードの力が強力なのだろう。
 だが、これがずっと続くという保障はどこにもない。太陽の精霊が今よりさらに活動を弱めれば、地の力を活性化してもいずれ、収穫は維持できなくなる。
 そんなことを考えていると、ラミィが誰かに気がついた。
「・・・・スレインさん、別の精霊使いの人がいるみたいです?」
「え?」
 言われて、思わず辺りを見回すと、ある一人に視線が釘付けになった。その人物はグランフォードがそうであったように精霊使いの気配を放っていた。
「こっちに、来ますね〜」
「一体・・・誰が・・・」
 かすかだが、殺気も感じられるまさか、敵か?手に力を込める。しかし、それを前に差し出された手が押しとどめた。
「リーダー、あれはワイの客や。」
「ヒューイ?」
 ヒューイは気軽そうな表情で男に声をかけた。
「ひさしぶりやな。」
 だが、男の方は呼びかけなど無視するかのように怒鳴った。
「ヒューイ!貴様、何故ためしの儀を降りた!!」
 周囲の視線をが集まるがそれも意に介さない。
「まあ、そんな無粋なことをここで言わんでもええやろ?」
 ヒューイはいつもの態度を崩さないまま言った。
「あっちで、話さないか?」
「・・・・いいだろう。」
「ほな、そういうことで少し待っててくれへんか?」
 思わず、スレインは頷いた。
 だが、「試しの儀」その言葉にひっかかりを覚える。その言葉をどこかで聴いたはずだ。
「なんなのあの人は・・・」
「風の精霊使いかしら。」
 モニカが弥生のほうを見ると、彼女は頷いた。
 精霊使い。
 正体を明かしたから粛清・・・いや、そこまで乱暴なことはないはずだ。図書館で見た本にはそれらしいことは書かれていない。
 なら、何が考えられるだろう。
 「試しの儀」そう相手の男は言っていた。
「試しの儀」は精霊使いのロードを決めるための・・・
 弥生の顔を見た。
 彼女も何かを感じとっていた。
「ヒューイさんは・・・・風のロードの候補者・・・」
「ロードの候補者・・・・?ヒューイが?」
「試しの儀とはロードを決める試験のようなものなのです。・・・・その条件の一つに」
 スレインは本に書いてあった言葉をそのまま口にした。
「人間に自分が何の精霊使いであることを知られないこと。」
 初めて、精霊使いのことをヒューイから聞いたときのことを思い出す。あの時、自分の属性を話さなかった理由がこれだったのか・・・
「そんな、それじゃあ・・・」
「ヒューイさんはロードにはなれません。」
「そんな・・・」
 とりなすようにアネットが言った。
「今から、なかったことにはできないの?」
「無理よ、現にさっきの男は知っていたわ。」
 モニカの言うとおりだった。ヒューイが自分の正体を明かしたことは精霊にとっては一目瞭然のことだ。そして、精霊は嘘をつかない。だから、相手の男はヒューイが自分の正体を明かしたことを知っていたのだ。
 皆の足が自然とヒューイの方向に向いた。2人は街の壁の際のあたりに向っていたはずだ。
 だが、2人の話は終わっていた。途中であの風の精霊使いとすれ違った。走っていた。
「あれは・・・・」
「なんや、皆して。」
 いつもどおりの飄々とした表情のヒューイが歩いてきた。装っているだけなのかもしれないが。
 アネットが尋ねた。
「ヒューイ・・・あなた、風のロードの候補だったの?」
 単刀直入な言葉にヒューイの言葉はつまった。
「皆、分かってたんか。」
「気づいたのはさっきよ。」
 ヒューイはスレインを見た。
「そか・・・図書館で見た本にも書いてあったもんなあ・・・」
 どこか、諦めたような口調でヒューイは大きく息を吸い込んだ。
「せや、ワイは風の精霊使いのロード候補やった。さっきの奴はもう一人のロード候補や。−いや、ワイが脱落したんやから奴はロードやな。」
「じゃあ、皆にしゃべったばっかりに・・・」
「そうとは、知らないで私も」
「ヒューイ・・・」
 あの時はただの推測だった。精霊使の力を悪用している者がいる。
 それを止めようとして精霊のことを皆に打ち明ける決心をした。だが、それがヒューイにロードとしての道を諦めさせることになってしまった。
「・・・まあ、そんな暗い顔をせんといてや。」
 ヒューイはどこか困ったような顔をした。
「もう、終わったことや。それに、あそこでリーダーが打ち明けていなかったら、それはそれで問題や。現にシオンという奴も実際におったわけやし。」
 せやから、ワイは後悔してへんよ。シオンを絶対に止めな。と、ヒューイは力を込めた。
「ヒューイ・・・」
 以外に熱血漢なのは分かっていたけど、こういう考えができる人だったんだな・・・
 普段はそういうところは見せないけれど。
スレインと同じようなことを考えながら見ている女性人を見てヒューイは得意げに笑った。
「な、リーダー。もてる男はこうあらんといかんのや。」
 いつもの調子を取り戻したヒューイにスレインは苦笑しながら言った。
「ああ、そうだね。」
「そなら、行こか。議長さんに報告しにな。」
 
 
 
 議長府に着くと、係官は直に待合室に通してくれた。それだけ議長の関心も高いのだろう。暫く待たされたものの、執務室に案内された。
 室内ではバーンズ議長と情報部長のハミルトンが待っていた。
「スレイン。アネットよく戻ってきた。」
 バーンズ議長は座ったままの姿勢で呼びかけた。机には書類が溜まっていた。疲れの色が濃いようにも見えた。
「お父さん、大丈夫?」
 アネットが駆け寄った。
「ああ、大丈夫だ。」
 それでも、アネットは納得せず、脈を取ったり、額に手をやったりしている。
 戦争中の国の指導者には負担がかかりやすい。正直過労死してもおかしくない場合もある。バーンズ議長は幸いそのレベルには達していなかったようだ。
「疲れてるみたいだけど、過労死にはならない・・・わ。」
「やれやれ、お母さんと同じことを言うんだなお前は。-まあ、最近はやっと一息つける状態だが。」
 そこで、バーンズ議長はスレインの方を見た。
「君からの報告書は読ませてもらった。ノエル大使も俄かには信じ難いが、信じざるを得ないとの意見を沿えている。」
 とりあえず、君の口から報告を聞きたいと、議長は言った。
 スレインは頷き、これまでのことを報告した。帝国の内乱や精霊使いの存在を。
「俄かには信じられん話ではある。」
「しかし。」と、スレインは言おうとしたが議長の方から手を振った。
「ノエル大使も君の報告は正確だったと言ってきているし、果ては帝国から非公式にだが感謝の意を表されている。」
 ハミルトン情報部長が付け加えた。
「我々としても、このことは事実だとしたうえで諜報活動を行うことにした。」
「信じてくれて、ありがとうございます。」
「なに、帝国の内戦が終わり、さらに帝国が対アグレシヴァル戦に本腰を入れたことは我々にとっても都合がよいことだ。それに、君の働きも貢献している。こちらこそ、礼をいうところだ。」
 アネットが尋ねた。
「ところで、帝国軍の戦況のほうはどうなっているの?」
 議長は少し、思案してから答えた。おそらく、最高機密に触れていないかを考えているのだろう。
「ふむ、帝国軍は二手に分かれて進軍している。アグレシヴァル軍の挟み撃ちを狙っているのだろう。各個撃破の危険性もあるが、何しろ帝国軍はアグレシヴァルの倍約8万の兵力で、それぞれ帝国きっての将軍が指揮しているの。」
 各々4万の兵力、指揮するのは内戦ではジェームズに味方し、いまや三将軍筆頭と目されるカニンガム。そして、ヴィンセント。
これに対してアグレシヴァルの兵力は約4万で各個撃破を戦術の基本にするだろう。しかし、首尾よくどちらか一方を相手取ることができても互角の兵力でしかない。その撃破に手間取ったり、勝利しても大ダメージを受けてしまえば、別の軍が現れた時アグレシヴァルに勝ち目はない。各個撃破も簡単ではないのだ。
「−帝国軍が勝利するというのはほぼ間違いないだろう。油断は禁物だが・・・」
「議長。」
 バーンズ議長が顔を上げた。
「僕をアグレシヴァルの王都に行かせてください。」
「君は闇の総本山に行こうとしているのか?」
 スレインは頷いた。個人的な理由であるかもしれない。だが、
「シオンという男のこともあります。彼が5万の魂を集めて何をしようとしているのか。確かめたいんです。」
「そうか、君はもともとその総本山の主らしいな。-そして、内戦時暗躍したシオンという男。」
 議長は黙った。連邦の国益を考えれば、手を触れないほうがいいのかもしれない。帝国内部の秘密結社など物騒極まりない。しかもそれはバーバラという宮廷魔術師も加わっている、帝国の深部に根ざした組織なのだ。
 しかし、放っておくわけにはいかない。自分が精霊使いの王であるなら、許してはいけないはずなのだから。
「議長もしも・・・連邦に迷惑がかかるようなら、僕は・・・」
 軍を辞めると、口にしようと思った。そうすれば、この国には迷惑はかからないかもしれない。だが、議長の答えは違っていた。
「確かに、連邦にとっては知らなくてもいいのかもしれない。知らないほうがよかったということはあるものだからな。」
 だが
「乗りかかった船だ。分かった。アグレシヴァル王都までいけるように手配しよう。」
「・・・!ありがとうございます。」
「まだ、それまでには時間がかかる、今日のところは休みたまえ、1129小隊は別命があるまで待機ということになろう。」
「はい。」
「それから、総本山でもし分かったら・・・この異変を解決する方法。これを探ってきてくれ。」
「忘れていません。」
 という答えに、バーンズ議長は微笑んだ。
「今年は豊作だ。だが、これが来年も続くとは限らない。」
「議長、お時間です。」
 係官が告げた。次のスケジュールが入っているのだ。
「お父さん、体には気をつけてね。」
「はは、分かっているよ。」
 と、バーンズ議長は父親の顔でアネットに答えた。
「では、失礼します。」
 と、一礼してスレインは仲間と共に議長の執務室を退室した。
 
「さて、今日のところは解散にしよう。」
 議長府を出たところで、スレインは皆に言った。
「ただ、門限までには、マンションに戻ってくれ。」
「自由時間ってこと?」
 それならばと、アネットは言った。
「そうね・・・あの、前に帝都で新調した服が届いたの。」
 アネットに言われて、皆、帝都で服を新調したのを思い出していた。政治的な激変ですっかり忘れていた。服は結局テオドラとの会見で使うことはなかったのだった。
「それが、アタシの部屋に届いていたの。それが自分の体に会うか見て欲しいのよ。」
 ビクトルは研究があるから、と言って研究室に戻ったが、とりたてて用事がなかったメンバーはアネットの提案に乗ることにした。
「ほ〜馬子にも衣装やな。」
「からかわないでよ。」
 スレインが着ていたのは黒いフロックコートだった。普通の服に比べて膝にまで丈が伸びている。
 体のサイズに丁度あっていた。あの採寸はかなり正確だったようだ。
 ヒューイのほうはモーニングコートだ。ベストに白衿が目に止まる。
「むこうはまだ、準備できてないみたいやな。」
 女性陣が入っている部屋はまだ閉められたままだ。
 まだ、時間がかかりそうだ。手前に椅子が置いてある、下の広間が良く見える。
「あそこで、待つことにしない?」
「せやな。」
 ヒューイと一緒に腰掛ける。
 風の精霊使い。試しの儀のことが頭をよぎった。いや、このことを聞いておきたかった。
「ねえ、ヒューイ」
「なんや、セオリーどおり覗きに行くか?」
 突拍子のない受け応えに目を白黒させると、ヒューイは悪戯っぽく笑ってアネットたちがいる部屋を指差した。
 思わずぶんぶんと首を振る。したくないということはないが、リスクが高すぎる。
「全く、健全な男子なら一度は考えることや。・・・それで、なんや。」
「さっきの話のことだよ。」
 その話になることはヒューイも分かっていた。何処から話したものか・・とでも言うように天井を見ながら彼は答えた。
「リーダー・・・ワイが図書館で話したこと覚えているか?」
「ああ。」
 そう、ヒューイは言っていた。間違っている同属、精霊使いがいて、間違った行いをしようとしているなら、それを止めなくてはいけない。例え、その精霊使いに何かの事情があったとしても。
「あんとき、リーダーは「なら、止めないと」、と言うた。」
 ワイも同じなんや。と、ヒューイは言った。
「精霊の力を悪用する奴等がいることが許せなかったんや。だから、ワイはリーダーに協力したんや。弥生さんの月の術は分かりにくいもんやし。」
 月の術は見た目には分かりにくいが、風の術なら見た目にもよく分かる。
 しかし
「あの時点だと、まだ確証は無かった。」
「せやけど、あの内戦に精霊の力がかんどるのは間違いなかった。ーそうやろ?」
「それでも、ロードになることは・・・」
 精霊使いにとっては一生の目標のはずだ。ヒューイは否定しなかったが、続ける。
「それよりも、ワイは精霊の力を悪用する連中を止めるのを選んだんや。もちろん、ロードになるんは魅力的や。せやからワイもギリギリまで踏ん切りがつかなかったんや。」
「ヒューイ・・・」
 どう言い表したらいいのか分からない。けど、きっとヒューイのことを敬意のこもっていた目で見ている。
「ありがとう。きっと、闇の総本山にはたどり着いて見せる。」
 それを聞いてヒューイは安心したように頷いた。それから肩をたたくと言った。
「っと・・・辛気臭い顔したらアカンでリーダー?世界で一番大事なのは「笑い」やからな。」
「笑い?」
「せや、どんな苦しい時にも笑いは必要や。その人が生きていくための活力にもなるでな。ーそう教えてくれた人がいたんや。」
「風の使い人の?」
「そや。ワイの師匠にあたるお人や。・・・・リーダーは何が大事やと思う?」
「僕は・・・・」
 一瞬「愛」という単語が頭の中で生まれたが、余りに気取った言葉だったので口に出すのが躊躇われた。
「わからないなあ・・・」
 と、苦笑を作った。
 そんなことをしていると上のほうから声が聞こえてきた。
「ふ〜ん、笑いってそんなにすごいんですか〜」
「ラミィ?戻ってきたのか?」
「はいです〜。もうじき皆さんでてきますよ〜」
 ラミィは繰り返した。
「それより、「笑い」ってどういうもんなんでしょ〜」
 どうやら、「笑い」というものに興味を持ったようだ。それを聞いたヒューイが得意そうに身を乗り出した。
「せやったら、ワイが教えたるわ。」
「いいんですか〜」
「リーダーがいいって言うたらな。」
「いいよ、機会があったらヒューイのところに行くよ。」
「そうこなあかんで。・・・おや、アネットはんたちが出てきたようや。」
 振り向いてみると、アネット、モニカ、弥生の順で部屋から出てきていた。
「おまたせ、終わったわよ。」
「早かったね、みんな、よく似合っているよ。」
「あら、それだけなの?」
 アネットが着ていたのは赤を貴重にした胸部が開いたドレスだった。髪はいつもどおり後ろで纏められていたが普段のリボンではなく、白い髪飾りがついていた。
「せやな、着ている人が良くなければ服装は映えん。その意味ではリーダーの感想も間違いやないやろう。」
「まあ、いいわ。それに、素直なのは大事だしね。」
 と言われても、そういう感想しか浮かばなかった。いつもと違う、彼女たちを見ているとこっちのほうが恥ずかしくなってしまう。
 もっとも、本人のほうが恥ずかしがる場合もあったが。
「あの・・・スレインさんこちらの大陸の方はこんなにスースーする服を着るのですか・・・?」
 弥生だった。
 肌の露出はアネットやモニカよりも押さえ気味の乳白色のドレスを纏い、髪は止めることなく、長く伸ばしている。
 弥生はもっとも露出の少ないものを頼んだのだろうが、それでも、彼女の羞恥の許容量を超えていた。彼女は自分の姿を隠すようにかがんでいた。
 以前、聞いた話では彼女の国では十二単という着物が正装になると聞いたことがあった。それも彼女の普段着と同じく、長袖らしく、それに比べると確かに服がカバーしている面積は小さい。
「スースーって・・・確かに、そうだけど。」
 ふと、帝都で月の業を使ったときの彼女の姿が蘇った。あの時とは違うけれども
「でも、とっても綺麗だよ、弥生さん。」
 顔が多分赤くなっていたと思う。それを隠すために、何度も頷いた。
 そうするうちに、弥生も恥ずかしがることはないのかもしれないとかがんでいた身を起こす。
「そ・・・そうですか?」
 ヒューイも言葉を継いだ。
「そのとおりや、弥生はん、その衣装むっちゃそそるわ。」
「はあ・・・その、ありがとうございます。」
「ちょっと、アンタ。アタシとは明らかに反応違くない?」
 アネットがむっすりとした顔で言った。それに何度もそんなことは無いと手を振る。
「いや、そんなことはないよ。アネットもやっぱり帝国の時の衣装よりも似合っている気がするけど?」
「そう・・・?やっぱり、分かるかな?」
 帝国のときは宮廷上での儀礼もあってあの服になったようだが、自分自身の好みは違うらしい。
「うん、それなら良かったわ・・・」
 と、どこか嬉しそうな顔でアネットは答えた。それを少し離れたところから見ていたモニカは一人ため息をついた。
「人間は分からないわ。服装だけでこんなに・・・」
「ちゃっかり、嬉しそうやないかちびっ子。」
 と、ヒューイはモニカに絡む。
 ヒューイの言うとおりモニカの顔はどこか嬉しそうだった。きっと、初めて着る晴れ着にどこか心が浮き立っているのかもしれない。
「そんなことないわよ。」
 と、否定しづらそうにしながら答えるモニカがいつになく可愛げに見えた。
「うん、モニカもとっても似合っているよ。」
「ね、言った通りでしょもモニカちゃん。それ絶対可愛いって思ったもの。」
 彼女が着ていたのは銀色を記帳にしたイブニングドレスだった。彼女の繊細な線をよく現していた。小さな羽根と併せてみるとまるで天使のような印象を与えていた。
「・・・・ありがとう。」
 モニカは小さな声で答えた。
 そんな様子の各自の服を見回しながらアネットは言った。
「それならよろしい。今度、アタシの屋敷で収穫祭があるの。皆来てくれる?」
 アネットの提案に皆が驚いた。
「いつ、あるのですか?」
「あと、一ヶ月くらい後よ。」
「一ヶ月か・・・」
 キシロニアでは収穫に併せてそれを祝う祭りが開かれる。勿論、村単位で祭りは行われるが、その期間を過ぎた後に大きな農家ではそれを家単位で行っている。
 アネットのバーンズ家も農家であることに変わりはないのだった。
「いいの?バーンズ家の行事なんだろ?」
「いいのよ、たまには変り種がきたほうが楽しくなるのも。」
 というアネットの一言でスレイン達の収穫祭への参加は決まっていた。場所はバーンズ家の別邸で行われる。首都ではなくバーンズ家が代々経営している農場にある館だ。連邦の有力者は皆有能な農家でもあったので、別邸を自分の農場の中に持っているものが多かったのだ。
 収穫祭は2週間後の予定だという。
 
 服の試着が終わると、皆、解散することになった。
「市場に行かない?」
 という、アネットの提案にビクトルを除いて全員が賛成した。夕暮れ時が近そうだが、市場は夜まで続く。
 ああ、そうだ、忘れていた。
「ああ、待って。」
「どうしたの?スレイン?」
「先に行っていてもらっていい?1時間くらいしたら合流するよ。」
 そう、今日を逃すと、何時つかまるか分からないといわれていたんだよな。
「情報部の人に呼ばれていたんだ。」
「情報部?・・・アンタ・・・何かあったの?」
「え?」
「そういう時って何か抱えている時が多い気がするのよね。」
「いや、・・・」
 そうだ、アネットの言うとおりだ。これまでもなかなか皆に言い出せない時が多かった。今回もそれともしかしたら同じなのかもしれない。もっとも、今回は自分のことではなかった。
「居場所をしりたい人がいて、それを頼もうと思っているんだ。」
「そうなんだ。まあ、人探しなら・・・」
 と、アネットは納得したようにいった。誰なのかとは尋ねない。
「じゃあ、それが終わったらこっちに来なさい。」
「うん。」
 と、スレインは答えた。
「これじゃ、誰が隊長かわからん。」
 というヒューイの突っ込みが皆を笑わせた。
 
 
「連邦の安全保障を担う人々の職場」
 というのがキシロニアの人々が情報部にいだくイメージであった。それまでの実績がその原因だ。連邦が危機を迎えるとその要所で彼等は重要な情報をもたらし、連邦の決断を支えたのだった。
 その情報部の建物は議長府の傍にひっそりと建っていた。知らないものが見ればどこかの事務所としか思わないだろう。
 その一室でスレインはルガーと名乗った職員に依頼した。
「人探し?それも連邦軍の?」
「はい、テッドという名前の軍曹です。」
 モニカの父親のことを知っている人物。総本山に行くことと何の関連もないが、平穏な今なら話を聞く時間があるはずだ。
「小隊メンバーの個人的な事情による依頼ですか?」
「なんで、分かったんですか?」
「推理です。」
 そういうところはかつての上司、ハインツ隊長に似ていた。
「ここは、私設探偵の事務所ではないのですが・・・・まあ、少尉の依頼です。」
 実のところ、スレインは情報部でも有名人になっていた。帝国の内乱に関することや、時空融合計画のことといい、軍の士官ごときが情報部も掴めなかった情報をつかんだことは驚異以外の何者でもなかった。
「上のほうからも少尉たちにはなるべく便宜をはかるように言われています。」
 それに、その程度の依頼であればさほど手間もかかるまい。と、ルガーは答えた。
「2,3日待ってください。」
「はい、ありがとうございます。・・・それから。もしあったらランドルフという暗殺者の資料を見せてもらえませんか。」
「なるほど、前にシュワルツハーゼで手合わせされたそうでうからな。概要的なものであれば直にお渡しできます。」
 少し待っていてください。というと、ルガーは書庫に入っていった。
 スレインが椅子にすわると、ラミィが話しかけてきた。
「モニカちゃんのお父さんの関係だったんですね〜。」
「うん、いまなら何とかなるかなと思って。」
 アグレシヴァルの王都攻撃となればスレインも当然参加するつもりだった。総本山への入り口があるのだから。
 だが、それが発生するのは当分先のはずだ。
「きっと、手掛かりが見つかるはずです〜。モニカちゃんも喜ぶはずです〜。」
 そうだね、とスレインは応じた。
 多分、どこかの村の守備隊にでも配属されているはずだ。そうすれば、休暇のうちにそこにいけるかもしれない。
 そうこうしている内にルガーが戻ってきた。
「ああ、少尉。こちらです。資料が見つかりました。」
 資料はそれほど分厚くないが、それでもランドルフの情報は分かるのは有難かった。グレイの記憶からあの暗殺者がアグレシヴァルに近しいということは分かっていた。そうなれば、今回の戦いで再びこの暗殺者に遭遇することもあるかもしれない。
「ありがとう。助かります。じゃあ、もう一つの依頼も。」
「お任せください。」
 と、ルガーは応じた。
 やり取りが終わってからスレインは言った。
「じゃあ、みんなと合流しようか。」
「はいです〜。」
 
 市が開かれているのは新市街の中心部だった。毎年収穫の時期には市が開かれる。今年は特に収穫が良かったため、多くの人々が店を出し、多くの人が品を買い求めた。
「すごいな・・・これ」
 深刻な問題を抱えている筈だったが、大勢の人数が作るその光景は何か心を浮き立つような感じがした。
「こっちです〜スレインさん。」
 ラミィが「偵察」に行ってくれたおかけげでスレインはスムーズにその混雑の中を進んでいた。この人ごみの中を一人で歩けば自分の知り合いを見つけるのはかなり難しいだろう。
 やがて、彼女の誘導した先に店の品々を見ているモニカがいた。
「あ、モニカ。」
 呼びかけると、モニカは振り向き、いつもどおりの顔で言った。
「あら、スレイン。用事は終わったの?」
「ああ」
 モニカにはどう話したらいいだろう?そう思いながら答えると、モニカはクスリと笑った。
「スレイン、聞いてきてくれたの?オルフェウスの話していたテッドさんのこと。」
 唐突な答えにスレインは言葉に詰まった。
「・・・・・・分かっていたの?」
「貴方は顔に考えが出やすいわ。」
 これでも、頑張っていたんだけどなと、スレインは思った。動揺させるかと思っていたけれど、これなら話すべきだ。
「それで、テッドはどこにいるの?」
「まだ、少し時間がかかるけど。この休暇中には分かる。出来れば、そこに行ければって思っている。」
「そう。」
 少しだけ、モニカの声が震えた。
「もしも、分かったら直に教えて。」
「もちろん。」
 それを聞いたモニカはあさっての方向を見上げた。父親に関する情報それをどう整理すべきか迷っているのかもしれない。スレインは声をかけようとしたが、思いとどまった。直に整理はつくものではないだろうから。
 どこかで鐘が鳴らされた。時間を教える鐘ではない。それはついさっき鳴ったばかりだ。
 唐突に人々が器を手に持っている。それは杯であったり、コップであったりある子供などはバケツを抱えている。
「どうしたんだろ・・・」
 事情が分からないスレインにモニカはクスリと笑いながらコップを渡した。中には水がなみなみと注がれている。
「これを、かけるのよ。」
「ああ、そうか・・・うわっぷ!!」
 豊作の時に行われていたという水掛祭りだった。延々とするものではなく、この街のそれは時間制だ。
「ふふ、もう始まっているのよ。」
 と、水の先制攻撃を仕掛けたモニカが笑う。既に回りもこちらと同じ状態だ。彼女の反応が気になっていたけど、これならいいのかもしれない。水にぬれながらスレインは笑った。
 ならば、いいこれから反撃開始だ。
「きゃ!?」
「お返しだよ。」
 コップの水をモニカにかけると、唐突に後ろから水をぶっかけられた。
「おー、やっとるな。」
「ヒューイ!?」
 どこで手に入れたのか大きなバケツを持っている。後ろのほうでは弥生が水でびっしょりになっていた。アネットのほうはこの行事を経験しているらしくまだ、水を食らっていない。
 なんだ、すっかり巻き込まれたのか。
「やったなー!これでも食らえ!!」
 スレインは笑いながら噴水の水を盛大にヒューイやアネット達にかける。
「な〜にすんのよ!」
 勿論、反撃されるのもお約束だ。
 闇の総本山、連邦と帝国とアグレシヴァル、モニカの父親、シモーヌ、気になることはいくともあったはずなのに、スレイン達はいつの間にか祭りの喧騒に同化していった。
 
 この水掛の後、キシロニアにあるいくつかの公衆浴場が一般に開放された。
「にしても、ここも人で一杯だ。」
 ヒューイと一緒に来たのだが、いつの間にかはぐれてしまった。いつもであればラミィがいるのだが、今は弥生さんと一緒に居るはずだ。流石に彼女に風呂に付き合えとはいえない。
 同じ、場所にいるんだし、行き会えるか。湯煙で視界が悪いこともあってスレインはヒューイを見つけるのを諦めて、湯船につかった。湯の温かさが水で冷たくなった体に染み渡っていった。
 すっかり巻き込まれちゃったな・・・
 これを見咎めていた連邦軍の士官からはお目玉を食らってしまったが、単純に楽しんでしまった。きづけばもう夕刻に近くなっている。
「わっ!?」
 ふと、誰かに押されて、顔を湯につける。
「ああ、すまない。」
「いえ・・・あ・・・」
「お前は・・・・」
 振り返ると、そこにヒューイと言い争っていた風の精霊使いがいた。
 2人の動きは暫く止まったままだったがスレインはふと口を動かした。
「貴方はも・・・巻き込まれたんですか?」
「あ・・・ああ、そのなんだ・・その通りだ。」
 何とも気まずい。
 きっと、彼にしても言いたいことはあるだろう。だが、それを声に出していい環境と言うわけでもない。
「お前に、話がある。今夜、お前のアパートに行く。」
「今夜ですか?・・・・かまいません。」
「そうか。」
 用は場所を変えようということだった。精霊使いはそれだけ言うと、立ち上がり、風呂から出て行った。
 それから直に、ヒューイがやってきたがその話はすることなく終わった。
 
 
 
 風呂から上がり、夕食を皆でとった。話題は自然と祭りのことで一杯になった。そして、それが終わってスレインが部屋に入った頃、彼は約束どおりやって来た。
 ドアをノックする音がした。
「誰でしょうか?」
 ラミィの言葉に「彼だよ。」とだけ話すとスレインはドアを開けた。
 風の精霊使いがそこにいた。室内に案内するなり、鋭い言葉がとんだ。
「お前のせいでヒューイがロードを諦めてしまった!どうしてくれるんだ!!」
 その通りだった。結果的にヒューイにロードの道を諦めさせたのは自分だった。
「・・・・貴方の言うとおりだ。すまいと思っています。」
 が、その答えで納得する相手ではなかった。
「ふん、謝ってもらって済む問題じゃない!私は奴の当て馬じゃない・・・それを照明するチャンスだったのに。」
 ラミィが尋ねた。
「当て馬ってなんでしょうか・・・」
「ある人を本気にするために使う捨て駒のことだよ。」
「そうだ」
 男は頷いた。
「俺はごく普通に総本山で生まれた精霊使いだ。ずっと、自分の精霊使いの資質を磨くことを目的に生きてきた。」
 精霊使いとはそういうものだ。自分の精霊の力を磨くことにその存在意義を見出す。
「それなりに、努力はしてきた積りだ。」
 男はどこか悔しそうに言った。
「だが、長老たちは「アイツには才能がある」それだけの理由でヒューイをロードに推挙した。対立候補として俺を立てたが、奴等は負けると想定して動いている。」
 そんな様子が見えれば決して良い気持ちはなしない。だが、本当に 
「そういいきれるんですか?」
「何?」
「風の総本山の長老たちが本当にそう考えると言い切れるんですか?」
「分かったような口を聞くな!」
 男は遮るように言った。
「そんなことなど聞かずとも分かる!」
「でも、確かめなかった。」
「当たり前だ!そんな話が出来るか!」
 きっとそうなのだ。雰囲気でそれがつかめてしまう。この人にはそう感じられたんだ。自分の修行に誇りを持っているなら。辛い状況だ。
「でも、貴方は確かめないで自分を当て馬だと思った。」
 スレインは言った。
「本当は、自分でもそう思っていたんじゃないですか・・・ヒューイの当て馬だと・・・」
 そういわれて男は黙った。
「その通りかもしれない。」
「俺は地上から総本山に召還された。家族はまだ、どこかで生きているだろう。」
 それを聞いて、身が硬くなる。シオンのことを思い出してもいた。
 しかし、それを感じ取った男は誤解しないでくれと言った。俺は精霊使いになったことを後悔はしてない。寧ろ誇りを持っている。
「精霊使いとしての使命を聞かされた俺は修行に打ち込んだ。もともと総本山にいる連中にも負けない精霊使いとしての力が欲しかった。・・・・それはヒューイに対しても同じだ。」
「アイツは、良い奴だ。お前もそう思っているだろう?」
「ああ。」
「そう、俺も同じだ。だが、奴はあのとおりの性格だ。自分の力に気づいていないようなそぶりさえ見せる。だから、このロード試験で本気で戦ってみたかったんだ。」
 それが、こんな結果に終わるなんて・・・
と、男は声を落とした。
 それなら。
「ロード試験でなくては駄目なんですか?」
「何?」
「ヒューイと本気の勝負すればいいじゃないですか。・・・・ロード試験とは違う形で。」
「例えば?」
 そう聞き返されたスレインは思いついたことをそのまま口に出していた。
「この部屋で、より多くの精霊を集めたほうが勝ち・・・・とか。」
 精霊使いが自分の技術をひけらかしたり、個人個人の功名心で精霊の力を使うことは余り良いこととされていない。ロード候補ならなおさらだ。だが、ロード試験直後の今の時期なら見逃されるのではないか?
「その意見、面白そうやないか。」
「ヒューイ!?」
 元風のロード候補はそこに立っていた。
「ワイもあんさんも今、コンディションはほぼ同じや。今始めて試合の内容を知ったわけやからな。」
 それにとヒューイは付け加えた。
「何時いかなる時でも全力を発揮できるように鍛錬すべし・・・ワイらが始めに教わったことやろ?」
 精霊使いの訓練が行われる際に最初に言われる言葉を聞くと、男は頷いた。
「いいだろう。」
 ややあって、男はヒューイの隣に出て目を閉じた。ヒューイも同じように目を閉じる。そして、2人の精霊使いとしての「気」が目でも感じられた。試合開始の合図だった。
「ふたりともすごい力です〜。」
 と、ラミィが言った。
 前に弥生が行った儀式を見た時を凌ぐ圧迫感がある。だが、精霊使いとして覚醒し切れていないスレインでは勝負の結果が明確には分からない。
 周りを見て風の精霊を探そうとしたが、何も見つからない。どうしたことかと、ラミィを見た。
「力が拮抗しているみたいです〜。だから風の精霊さんが集まっていないんです〜。」
 互角ってことか・・・・
 スレインは2人に視線を戻した。まだ、互いの「気」を高めあっている。
 何時までも続くかと思われた勝負も唐突に終わった。
 男が、風の力を解いたのだ。ヒューイもそれにならって、風の力を解く。
 終わったのだろうか?なにか声をかけようかとも思ったが、これまでロード試験を戦った2人の経緯を知らないという自覚がそれを妨げた。
 最初に口を開いたのは男のほうだった。
彼は大きくため息をついた。
「分かった・・・もういい。」
 ヒューイは気楽そうな表情で返した。
「いや〜あんさん強いわ。せやけど、これは引き分けやな。」
「いいや、私の負けだ。」
 意外な言葉にヒューイは反論した。勝負は互角だった。どこにそう言える要素はないはずだ。
「なんや、自分?ワイが手を抜いたというんか?あの状況でそんなことできないやろ?」
「お前を侮辱してる訳じゃない。そこの男が言ったことを思い出したら力が続かなくなったんだ。」
 男はそこで始めて少し笑ったような顔をスレインに向けた。
「お前は、ロードになるよりも、世界、いや、人々の為になる方を選んだ。その時点で私の負けは決まっていた。」
 そういわれたヒューイはどこか照れくさそうな表情だった。もしかしたら、この男のことをそれなりに評価していたのかもしれない。ヒューイにすればよきライバルだったのだろう。
 吹っ切れたような声でヒューイは言った。
「まあ、後悔はしてへんよ。厳しい途にはなるやろうけど。多分、ワイには合っているんや。そん代わり」
「ああ、風の精霊の厄介ごとは私に任せろ。」
「ああ、あんさんなら立派にロードが勤まるはずや。ワイが保障する。」
「・・・・そうか、お前が保障してくれるなら心強い。」
 そうだ、と風の使い人は言った。
「お前に、この技を伝えよう。何かの役に立つはずだ。」
 ヒューイに技の奥義書らしい巻物を差し出した。
「ん、?何の技や?」
 巻物には何か理解できない文字が記されていたが、ヒューイにはすぐにそれが何を意味するか分かったようだ。
「これは、テレポートの・・・・わお・・・これはむっちゃ役に立つわ。」
 何も言わないのに、技のことを理解したらしいヒューイに風の使い人は感心したように言った。
「流石に飲み込みが早いな。」
 テレポートといえば、人間を瞬間的に移動させる魔法だ。現在では、伝説上の存在とされているものだ。
「お前が居るのは戦乱の時代だ。何かの役に立つだろう。」
 男はそういうと背を向けた。
「邪魔をしたな。ヒューイのことをよろしく頼む。」
 何と答えてよいのか分からなかったが。
 スレインは頷いていた。
「またな、ヒューイ。そしてスレイン。・・・いや、ダークロード。」
 闇の総本山につけるといいな。と男は言い残し、部屋から出て行った。
 彼が消えたドアを見ながらヒューイは言った。
「ありがとな。リーダー。あいつとは・・・・あいつとは話しておきたかったんや。一度、本気で勝負してみたいと思っていたからな。」
 どう答えたらいいか迷ったがスレインは単純に答えた。
「ヒューイの役に立てて良かったよ。」
 そう言われたヒューイはやや複雑そうな顔で答えた。
「そういう台詞は女の子から聞けると嬉しいんやけどな。」
 驚くスレインにラミィが笑い、それにつられてスレインもヒューイも笑いあった。
 
 
 
 
(つづく)
 
 
更新日時:
2013/12/22 

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Last updated: 2014/3/16