21      帝国軍は越境した
 
 
 受けてしまったけれども、どうなるだろうか?
 オルフェウスとグランフォードが会談を行っているドアを見つめながらスレインは思っていた。
 オルフェウスと会うのは帝都でのあの一件以来だ。内戦終結の混乱からようやく安定しつつある昨今だが。モニカやミシェールのこともあるけれども、オルフェウスがシオン一派のことを知っていて話してくれるかもしれないという期待もあった。もっともそれは小さな期待でしかない。帝国将軍の彼が機密に類することを他国のしかも軍人に教えるわけが無い。
 さらに、危険な面もある。もしも、オルフェウスがシオン一派に取り込まれているとしたら?
 もっとも、そこまで極端なことにはならないだろうという期待もあった。妹思いの彼が家の中で自分たちを殺しにかかるだろうか?それに連邦と帝国の間にあらぬ火種を持ち込むだろうか?
「遅いね。オルフェウスさん。」
 待ち始めてから1時間くらいが過ぎていた。
「まあ、将軍と領主様が話しているんだから仕方ないわよ・・・」
 アネットは椅子に腰掛けながら応じた。他の仲間達も同じように座りながら待っていた。
 長くならないとオルフェウスは思っていたようだが、そうはならなかったようだ。
「あの、ダークロード様」
 ダークロードの単語に暫く反応できなかったが、少し間をおいて声のした方向を見ると、グランフォードの隣に居た闇の精霊使いが緊張した面持ちで自分を見ていた。
「はい。・・・どうかしましたか?」
「あの、ロード様。まだ、グランフォード様とオルフェウス将軍の話は時間がかかりそうです。そこで、ロード様にお願いがあるのです。」
 彼の手には黒い水晶が握られていた。それをスレインに手渡す。
「あ・・・・」
 すると、スレインの手のひらでそれは自然に浮かび上がり、スレインの目の前に文字を投射する。
 驚いているスレインを尻目にモニカが浮かんでいる文字を読んだ。
「修復・・・・闇の門・・・?」
「読めるの?」
「ええ、簡単な古代文字だから。ビクトルなら分かるでしょう?」
「うむ、要するに闇の門とやらを修復するためのモノと考えておけばよいのかのう?」
 ビクトルの推測にデュナは頷いた。
「つまり、これで僕が出来る範囲で門を修復するということだね。」
「ええ、これが出来るのはロード様クラスの人間にしか出来ないのです。」
 彼が言うにはこの水晶は闇の門の位置も探知可能だという。
「本来であれば我々が行うべきなのですが。何分、近くに居る闇の使い人はロードさまだけです。心苦しいのですがお願いします。」
「いえ、僕が出来るのであれば。お引き受けします。・・・ですが、方法は。」
「ああ、失礼しました。それをこれからお話します。」
 と、デュナは慌てた様子にスレインは民兵になって最初の頃を思い出していた。デュナは修行中の身なのだと言っていた。一般の精霊使いも彼から見れば大きな存在、ましてロードとなればなおさらだろう。
スレインはデュナの説明に耳を傾ける。すぐに終わるというわけではなく、いつの間にか時間が過ぎていった。
 
「これで終わりです。」
「ふう・・・」
 話を聞いただけで本当に出来るのかは微妙なところだが、メモもとったしなんとかなるだろうか。
 そう思っていると、扉が開きオルフェウスが姿を現した。
「丁度、良かったみたいですね。」
「ええ。」
 デュナはそこで思い出したように言った。
「そういえば、ポーニア村にも闇の門がありますからそこで試してみてはどうでしょう?」
「そうなの?」
「村の西側にある大きな木なのですが」
「ああ、なんとなくわかるわ。」
 と、モニカが言った。地元の人が「巨人の手」と呼んでいる木があるのだという。その名を聞くと、デュナは「それです!」と答えた。
「さすが、地元やな。」
「よければ、案内するから言って。」
「ありがとう。」
「それでは、お願いします。」
 デュナは頭を下げると隣の部屋に消えていった。入れ替わりにオルフェウスが歩みを止めて、此方を見る。
「話は終わりましたか。」
「はい、オルフェウスさんの方も長かったみたいですけで。」
「いやあ、すいません。儀礼的な挨拶と思っていたのですが。何分、私も将軍になったばかりなので」
 と、頭を掻く。まだ、帝国三将軍という肩書きになれていないのかもしれない。
「大丈夫よ、直に慣れるわ。」
「ありがとう、モニカ殿。さて・・・」
 オルフェウスが窓を見る。午後も既に半ばを過ぎていた。歩いていくにはそれなりに時間もかかる所だ。
「では、皆さんを我が家へご招待します。」
 オルフェウスは頭をいたずらっぽく下げ、それからトランスゲート用のクリスタルを見せた。
 
 トランスゲートから出るとそこはもうポーニア村だった。
「ついた・・・」
「本当に久しぶりだわ。」
 モニカにとってもオルフェウスにとっても久しぶりの故郷だった。
 2人は村の様子を見回す。スレイン達にとってもここにくるのは久しぶりだった。
小麦の収穫の時期が近づいてきていた。ここから見える畑の実り具合は近年に無く良い物にみえた。内戦も終わったばかりで不安が絶えないが、ともかく喜ぶべきニュースだった。
「行きましょう。みなさん。こちらへ。」
 オルフェウスはどこか自分が目立たないように自分の家に向かい始める。
「どうしたのかしら?」
 アネットの疑問にヒューイが答えた。
「仕方ないやろ、内戦中だったんやし。」
「あ・・・・」
 そう、内戦であれば同じ村の人間が兵士としてお互い殺しあうという事態も十分あることなのだ。確かに、貴族たちはルールを決め、それが守られたお陰で村は戦災から免れた。だが、同郷の人間が殺しあうという局面を緩和できたわけではなかった。
 スレインはモニカを見る。
 彼女にしてもジェームズ派を相手にすることが無くて本当に幸運だった。彼等の中にポーニア村の出身者がいてもおかしくないからだ。もちろんそれにはオルフェウスも含まれる。内戦がともかく終わったことを一番喜んでいるのは彼女なのかもしれない。
 自然と手がモニカの頭の上に移動していた。
「よかったな。」
「うん。」
 いつもなら、子ども扱いしないでよと言うところだが、今は流石に違うようだ。
「でも、オルフェウスは・・・」
 モニカは悲しげな視線をオルフェウスに投げかけていた。彼はそれを知ってか知らずか目立たないながらも自然な動作で道を歩いている。
 やがて、前と変わらない様子の我が家に至った。ディメトロドンの襲撃の傷を癒したリードブルク家の館だった。
 門をくぐると、庭の自家菜園で野菜をとっていたメイドがオルフェウスに気がついた。
「これは・・・オルフェウス様!お帰りなさいませ!」
「ただいま。」
 メイドが執事を呼び寄せると、執事は感極まった顔で主を迎えた。
「オルフェウス様、良くぞご無事で・・・お父上もさぞお喜びでございましょう。」
「おおげさだな・・」
 と、オルフェウスは言っているが執事の態度も最もだった。何しろ、オルフェウスは生きて帰り、さらには帝国将軍になっている。リードブルク家にすればかつて無い栄誉だった。
「それよりも、皆には苦労をかけた。」
「いえ、戦場に比べれば我々のことなど・・」
 主従はそれから二言三言話していたが、やがて、オルフェウスがスレイン達に振り返る。
「みなさんも、お入りください。」
「おおこれは・・・!ミシェール様もお喜びになるでしょう」
 2人に、スレイン達は会釈し、家の中に招かれた。
「お邪魔します。」
 すると、オルフェウスは執事に尋ねた。
「ところで、今日の夕食で使えそうなのは?」
「はい、近くで取れた猪がございます。既に仕込みは終わっておりますが・・・」
「じゃあ、準備をよろしく頼む。後で厨房に行くから。」
 その言葉に、執事は何も言わずに黙って頷いた。
「厨房って・・・・」
 普通に考えれば、貴族の当主が自ら料理というのはあまりないことだ。前に来た時はそういうことも無かったはずだ。
 スレインだけでなく、アネットもそんなことを考えていると、モニカがその疑問に答えた。
「オルフェウスはああ見えて、料理がとっても上手いのよ。小さい頃からそうなの。」
「ああ、確かミシェールちゃんのお母さんは・・・」
「そう、それからずっと、オルフェウスは母親代わりだったの。料理はその時からの癖なの。」
 何でも、士官学校や、軍に入ってからも彼の作る戦闘糧食は評判がよかったらしい。
「なるほど、ちびっ子とは違うんやな・・ぐほお!!」
 ふざけたことを言ったヒューイの横腹にアネットが前と同じようにエルボーを加えていた。
「アンタ、ホントに成長が無いわねえ。前にもこんなことあったでしょ。」
「す・・・すんまへん。」
 いつも通りの様子に苦笑しながらスレインは言った。
「ほら、ネタをやってないで行こうよ。」
 
 
 オルフェウスが帰ってきたという知らせを聞いてミシェールは隔離室から出てきていた。無論、あの装置を使ってだ。ミシェールの体は光の壁で覆われている。本来なら緊急時のみに使うものなのだが、今回は特別だ。
「お兄様、モニカちゃん!皆さんも!?」
 オルフェウスとモニカの後に続いてスレインたちも入ってきたことに驚きを見せながらもミシェールの顔は笑顔だった。
「変わりはないみたいだね。」
 安心した様子でオルフェウスは言うと、ミシェールは言い忘れていた・・という表情で少し慌てた。
「はい・・・あ、お兄様、ご昇進おめでとうございます。」
「やだなあ、ミシェールにまでそんなことを言われるなんて。」
「いいじゃない、貴方が評価されているのは事実なんだから。」
 と、モニカが言った。
「そうだ、ミシェールにお土産があるんだ。」
 彼が取り出したのはクマのぬいぐるみだった。
「ああ、これが帝都で人気の。」
「帝都のよる機会があって、そこで買っておいたんだ。」
「ありがとうございます、お兄様。」
「良かった、子ども扱いするなと、怒られるかと思ったんだけど。」
「あ・・でも、そう思う時もあるかも・・・」
「はは、済まない。気お付けるよ。」
 と、気にしない風で言っていたが、モニカの見立てでは結構気にしていると後で教えられた。
「私も贈り物を持ってきたわ。」
「わあ・・・これお魚?綺麗。」
 モニカが渡したのはガラスで出来たイルカの像だ。ああ、帝都で買っていたのはコレだったのか。
「魚ではないわ。イルカといって私たちとおなじ哺乳類の仲間よ。」
「へ〜。こんなのが泳いでいるのね・・・」
 ミシェールはイルカの像を見ながら目を細めた。海のものが好きと聞いていたが、本当にそうなのだと思う。行動の自由が無い彼女にすれば、広い海は自由な場所に思えているのかもしれない。
「今度、来る時は何か送ったほうがいいですね〜」
 というラミィの言葉にスレインは頷いた。
オルフェウスは一歩下がったところから言った。
「じゃあ、僕は皆の夕食を作ることにするよ。少し待っていてくれ。」
 後のことを執事に託すと、彼は厨房に下りていった。
 
 執事が泊まる部屋に案内し、そこに荷物を置き、それから居間に通された。
 ミシェールは相変わらず光の幕を纏って、待っていた。
 話は自然と、これまでの旅の話題になっていた。旅先でのことはどれも、ミシェールにとっては新鮮なもので、どの話題にも聞き入っていた。弥生やヒューイは自分たちと合流するまでの旅の経験もあり、話題も多かった。
 だが、最近は戦争もやっていたのは事実だった。幸いなことに自分たちはジェームズ派もテオドラ派も敵にしたことはなかったが。
「モニカちゃんは敵に捕まっていたの?大丈夫だった?」
「ええ、少し怖かったけど。皆もいたし、直にスレインとビクトルが助けに来てくれたから。」
「ふうむ、ワシの発明の真髄を語って聞かせようか・・・」
「いや、それはいいわ。・・・それより、ビクトルはミシェールちゃんの病気は治せないの?」
「ふうむ・・・・」
 ビクトルは考え込むような表情になり、結局「詳しい記録を見てみないと何もいえない」ということを少し悔しそうに言った。機械化学者も医療は若干苦手だったようだ。
「いえ、そんな。この病気の完治は夢のまた夢だと何人のお医者さんにも言われましたから・・・」
 そこで、ミシェールは顔を伏せる。今の状態を彼女自身は諦めていたが、この魔法装置のお陰で他の人の近くにいることは条件付ながらできるというのは幸せなことだとミシェール自身は思っていた。
「それにしても、皆さんが無事でよかったです。内戦も終わりましたし、兄がヴィンセント将軍と戦うなんてこともないわけですし。」
 それに、皆さんとも・・・か
 ミシェールが言わなかった言葉を皆どこかで感じ取り、会話が途切れた。そこで、スレインは話題を変えた。
「ヴィンセントさんと会ったんだ。帝都で。」
 無論、夜にあったことではなく、昼間にあったことを話す。前者の話題はあまりにデリケート過ぎる話題だった。
「ふふふ、知っていますよ。実は将軍からお手紙を頂いて、その中にスレインさんのことも書いてあったんですよ。」
 意外な言葉にスレインは少し驚き、その内容が気になった。どう、書かれているんだろう?
「良い兵士になるだろうって・・・出来れば、経験を積んだ上で小さな隊を任せてみたい・・・と書いてありました。」
「評価されているみたいですわね。」
 と、弥生が言った。どこか照れてしまう。ヴィンセントにそれなりに評価されているというのは嬉しいことだった。
「でも、スレインってヴィンセント将軍に会っていたのね。知らなかったわ。−それで、どうだった?将軍はカッコよかった?」
 オルフェウスさんもそうだけど、前あった時はチラっとだったけどカッコいい人だと思うんだ。
「アネットはん、微妙に論点が違わへんか?」
「う〜ん、そうだね。見かけもそうだけど、中身もカッコ良い人だと思うな。」
「そうでしょ!?」
 素直な感想にミシェールが身を乗り出して反応した。普段は内向的な彼女の反応に驚きつつ、スレインは言葉を継いだ。
「なんというか、思いやりのある人だと思う。考え方は古いかもしれないけどね。」
「そうですね、確かに古いものを重んじている方ですね。頑固なところもありますが、思いやりを以って他の人に接していらっしゃいます。」
 ミシェールによると、最初に会ったころのヴィンセントは厳しさが服を着て歩いているような印象だったが、話してみると意外に庶民的なところがあるのだという。大貴族ではなく、地方の小領主の息子だったヴィンセントの幼年期は開放的な環境で、このポーニアでの暮らしと変わらないものだったらしい。軍人になる過程で謹厳実直さを馬鹿正直に実践するようにはなかったが、開放的だった故郷での暮らしは未だに影響力があるということなのかもしれない。
「そういえば、前に来た時も将軍がいましたものね〜。長いお付き合いなんでしょうかね〜」
 と、ラミィが思い出すように言った。うん、ヴィンセントさんはオルフェウスさんを信頼している様子だった・・・スレインは妖精に小さく頷き、モニカに視線を移した。
 モニカはそれに気付くと、静かに答えた。
「オルフェウスとヴィンセントが知り合ったのは士官学校時代だからもう、6年くらいの付き合いよね」
 モニカの静かな口調にミシェールはハッとしたように乗り出していた体を元の席に引っ込めた。少しだけ顔が赤くなっている。「ヴィンセントさんのお名前は士官学校に入る以前から武芸に優れていると評判の方でしたから、お兄様も憧れている様子でした」
 それで、士官学校で知り合って意気投合したのか・・・
 知り合ってからは何度かこの家にヴィンセントが立ち寄ることがあったのだという。ヴィンセントが三将軍になった時には、我が事のようにオルフェウスは喜んでいたそうだ。
「それで、何度かお手紙をくれて・・・その中にスレインさんのことが」
「そうだったんだ。外のこととかもいろいろ話してくれるの?」
「はい、海のことを手紙に書いたら、珍しい砂を送ってくれました。あの星型の砂なんですけど。」
「へ〜珍しいわね。何処でみつけたのかしら?」
「これは、デルフィニアに近いところにある海岸にあるもんや」
「よく知っているなあ・・」
「まあな。」
 そこは、やはり一番旅が長いヒューイだった。
 そんなことを話していると、執事が再びドアを開いた。
「皆様、食事の用意ができました。食堂に移動ください」
 そういわれてみると、空は少し暗くなっていた。
「こんな時間だったのね。」
「そうですね。気付きませんでした。たくさんお話ありがとうございました。・・・では、行きましょうか。」
 食堂に皆が移動し始める。最後に部屋を出ようとした時、スレインはミシェールに呼び止められた。
 なんだろう?
 ミシェールは少し恥ずかしそうな表情で言った。
「あの、笑わないでくださいね。その貴方の周りに妖精が飛んでいるのが見えたんですけど・・・知っていましたか?」
「え?」
「ほえ?」
 同じような声を出したラミィと目を見合わせ、それからミシェールに視線を移した。
「君も見えるの?」
「ああ、良かった。気付いてらしたんですね。」
 スレインの答えにミシェールから笑顔が返ってきた。
「以前、将軍にも言ってみたことがあるんです、でも、それは幻想だろうって・・・でも、いつもその子を連れている貴方ならと思って聞いてみたんです。」
 ミシェールはラミィを見てその名前を尋ねた。
「闇の妖精。ラミィちゃんです!気付いてもらえて嬉しいです〜」
 と、ラミィは元気よく自己紹介した。
「スレインさんは、闇の精霊使いの資質があるんです。」
「そうなんですか?」
 精霊使いという言葉の意味をよく理解していない表情だった。彼女が妖精を見ることが出来るのは、精霊使いとしての資質があるからだ。一体、何の資質があるんだろう?
「ミシェールも何かの精霊使いの資質を持っているってことだね。」
「私は・・・よく分かりません。」
 それでも、ミシェールは思い当たる節があるのか、いつも話しに乗ってくれる妖精の話をした。
「月の妖精さんとはよくお話しするんです。いつも私の話し相手になってくれて」
 もしかしたら、ミシェールもどこかの総本山に連れて行かれる日が来るのかもしれない。それを口にしようかとも思ったが出来なかった。
「じゃあ、闇の妖精は始めてですか〜」
 ミシェールは無邪気な顔で頷いている。
「新しいお友達が出来たわ。」
 スレインもそんな彼女に笑いかけた。
 きっと彼女連れて行かれない。重篤な病を患っているのだからそれはない。きっとそうに違いないと。
「スレイン、ミシェール!早くおいでよ。」
 
 
 夕食に出てきたのはイノシシのソテーだった。味のほうは、オルフェウスの盛名が果たして虚名でないことを示した。自然と、会話も弾んだ。戦争や外交といったことは話題にはならなかった。
 夕食が終わると皆は夫々の部屋に散っていった。スレインもそうだった。
「たべすぎましたね〜」
 と、ラミィはバスケットの中で寝転びながら言った。
「美味かったからね・・・」
 スレインも同様の姿勢で答えた。無様といえばそうだが、オルフェウスの料理にはそれをするだけの価値があった。
「もう、このまま眠っちゃおうか」
「そうですね〜。美味しいものを食べた後は寝るのが正解です〜」
「お休み・・・」
 スレインは目を閉じると流石に、ラミィはたしなめた。
「こら〜、スレインさ〜ん。ふざけすぎです〜。」
「ははは、悪い。」
 スレインは起き上がった。
 そう、僕にはやることがある。闇の門の修復だ。ドアを叩く音がした。
「スレイン、起きている?」
 モニカだった。
「ああ。」
 と、答えてからドアを開けた。
「例の木の場所まで案内してもらっていいかな?」
「いいわよ。」
 モニカはカンテラを差し出した。どうやら、執事に借りてくれたようだ。ありがとう、とオ言ってからそれを受け取った。
 オルフェウスの家から見て北にある、村のものなら誰でも知っているのだという。
「ふ〜ん、昔から魂が集まる場所っぽく見えていたの?」
「そういう噂は余り無いわ。寧ろ、村のシンボルよ。見てみれば分かるわ。」
 モニカが歩き出し、その後をスレインはついていった。執事に、外出する旨を伝え、外に出て行く。
 遅い時間ということもあって暗かった。点在する民家の灯が浮かんでいた。
「行きましょう。」
 カンテラを翳すと、道が見えた。とは言っても、この暗さの中でスムーズに歩くとは行かなかった。それでも、モニカの案内で迷うということは無く、目的地に進んでいった。途中でモニカの家を通り過ぎたが、彼女自身は極力そのことを表に出さないようにしていた。
 モニカの家は集落の北の端にあり、それから先に行くと、地面が緩やかな傾斜を帯びた。上っている。おそらく、なだらなか丘なのだろう。
 その丘を上がりきり、地面が再び平らになった。後ろを見ると、集落のかなりの範囲が見渡せた。
「この辺りよ。カンテラを貸して。」
 モニカがカンテラを上げると、そこに不思議な木があった。緑色の葉がそれなりに繁っている。樹齢は200年いや300年くらいだろうか、それだけの年を重ねなければこれだけ大きなモノにはならない。形状はまるで人間の手のように五本の幹が空に伸びていた。
 スレインは木に手を触れた。ゴツゴツした樹木の感覚の他に、闇の力が感じられた。グランフォードの館で教えられたとおり、どこかが狂っているという感覚を受ける。
 でも、全てが壊れているわけじゃない。
 と、スレインは分かった。
 そして、いつもさまよえる魂に語りかけるのと同じように、闇の門に語りかけ、そして、壊れた部分を修復していく。
 時間にすれば、一瞬だった。ポーニア村の闇の門はその機能を回復したのだ。
 意外に早く終わったことにスレインは戸惑ったような顔でラミィを見た。ラミィは「終わったんですよ」と言ってからようやく、終わったことを実感した。
「意外と、あっけなかったんだな。」
 どこか安心しているスレインにラミィの警告が飛んだ。
「スレインさ〜ん、モニカちゃんが。」
 モニカが蹲っていた。スレインは駆け寄って彼女の顔を覗き込んだ。
「モニカ?大丈夫か?」
 怯えたような表情を必死に冷静さで押しつぶそうとしていたモニカはスレインの顔を見てほっとしたようだった。
 彼女は立ち上がった。特に何処にも異常は見られなかった。
「ごめんなさい、心配かけて。その、貴方が木に手を触れた瞬間にどうも寒気がして・・・」
「寒気?」
「ええ、それにあの木が光って見えたの
「光っていたのが見えたの・・・」
 スレインはラミィを見た。普通あの光は見えないはずだ。それが見えたということは、少なくともモニカには闇の精霊使いの資質があるということだ。
「帰ろうか。」
「ええ。」
 ただ、ラミィは見えていないのだろう。近くを飛んでも、彼女は気付いたそぶりを見せない。ミシェールのように精霊使いの資質が覚醒したわけではないようだ。
 できれば、覚醒しないままのほうがいいのかもな。総本山に連れて行かれることはないのだから。モニカにしてもミシェールにしてもこの村で暮らしたほうがいいようにスレインには思えた。
「そういえば、儀式はあれで終わりだったの?」
「うん、なんだかあっけなかったけど。」
「ロードなんだから特別な力がありそうだけど」
「いや、きっとないよ。今はね。」
「資質があっても記憶が無いということね。・・・でも、貴方なら出来ると思うわ。実際、闇の門を修復できたわけだし。」
「ありがとう、そうだね。総本山に行ったら、いろいろな技が覚えなおせると思う。」
 きっと、シオンに対抗する術もそこで分かるはずだ。ここでモニカの方が話題を変えた。
「ねえ、スレインは連邦軍の士官よね。」
「うん、一応。」
「テッドっていう兵士は探し当てられないかな・・・」
 誰だろう?少なくとも指揮官クラスの人ではない。もしかして、父親が偽名を使って連邦軍にいるということか?と、モニカを見た。そんな考えを察したのかモニカは違うとでも言うように頭を振る。
「テッド・・・所属とか階級は?」
「軍曹というのは分かるけど、所属までは分からないわ。」
「分かった。探して見るよ。」
 探すあてはあった。それなりの役目を果たしたことで、情報部局にも自分の顔は売れている。それなら、一人の軍曹、おそらく職業軍人を見つけるのは簡単なはずだ。
「でも、どうして?」
「お父さんの消息を知っているかもしれない人なの。」
「え?」
「この村の出身でお父さんとは知り合いだった。・・・・お父さんが居なくなる直前のことを知っているかもしれない。」
「今は、移住して連邦、それも軍に入っているということか。」
 モニカは頷いた。
 テッドの方はモニカの顔を知っているかもしれないが、モニカの方はテッドの顔が分からないのだという。
 そこで、スレインは疑問に思った。
「何で、モニカはテッドさんのことを知ったの?」
「オルフェウスが教えてくれたよ。」
「ああ、そうだったんだ。」
 納得しようにスレインは言った。前来たときもそうだったけど、オルフェウスがモニカのことを気にかけているのは分かっていた。父親探しも時間を見つけて手伝っていたのだろう。
「-良かったね。内戦が終わって。」
 と、何気なく言うと、モニカは暗い顔で言う。
「本当に、これで終わると思う?」
「いや。」
 スレインは答えた。
 モニカの言うとおりだ。内戦を争っていた人々がまるでモザイクのように国の機関を司り、妥協して平和を保っているに過ぎない。
 だからこそのアグレシヴァル戦争なのかもしれない。国内の対立を外にそらすというのも、方法としては成り立つ。
 だが、その先は?
「でもそれは、もう少し先になるだろうね。それが内戦なのか、政治的な混乱で収まるのかはわからないけれども。」
「一応、考えてはいるのね。」
「内戦までにはいかないといいけどね。」
「・・・・そうね。」
 話し込んだり、考え込んだりしている間に2人はオルフェウスの家に帰り着いていた。
 
「おお、戻ってきたな。」
「やりましたね。お疲れ様でした。モニカちゃんもご苦労様です」
 家の中ではヒューイと弥生が待っていた。精霊使いである2人には儀式の首尾は察していたのだった。
 最初ということもあって、闇の門の修復する時には他の精霊使いがいると障害になることもあるため。2人はここで待機していたのだった。
「うん、ありがとう。」
「ほな、これからは旅先でも闇の門をなおさなな。」
「コツは大体分かったから大丈夫だよ。」
 スレインはそこで時計を見た。かなり遅い時間になっていた。明日もそれほど遅くない時間に旅立つ予定だったし、前日にはシオンとの戦ったのだ。疲労はたまっているだろう。
「そろそろ寝ようか。ビクトルやアネットはもう。」
「はい、お休みなっているようです。」
「じゃあ、みんなまた、明日。」
 皆が解散して、部屋に向かった後にスレインが部屋を出ようとすると、そこにオルフェウスが顔を出した。
「おや、スレイン殿、お帰りですか?」
 軍服姿ではなく、私服だった。
「何か用事ということでしたが、終わったようですね。」
 オルフェウスは笑顔たたえたままで言った。
「どうですか?時間があるようでしたら、こちらに。」
 オルフェウスのほうから話しかけてくるのは計算外だったが、スレインは少しして頷いた。
 
 オルフェウスに案内されたのは1階の居間だった。窓は開けてある。湿気があるのは仕方ないが、風がよく入る場所なのか暑さは感じられなかった。
 彼は居間の大きなソファーに腰を下ろし、スレインにも向かいの椅子に腰掛けるように促し、それから切り出した。
「どうして、私の申し出をうけたんですか?スレイン少尉?」
 いつもの柔和な表情ではない。
 スレインもそれに併せた表情でオルフェウスを見る。
「帝都の後宮で顔をあわせたことをお忘れではありますまい?それとも、なにか帝国の事情を探ろうとしているのですか?」
「いいえ。」
 と、スレインは答えた。
「貴方は秘密を漏らすような人ではありませんから。」
「では、純粋にモニカ殿やミシェールのために?」
 それもそうとは言い難かった。できれば、情報を得たかった。帝国ではなくその裏に巣食うシオンが率いる組織のことを。
「シオンという男のことが知りたかったのです。」
「誰です?それは帝国の人なのですか?」
「そのはずです。」
 と、スレインは答えたが、オルフェウスの反応は変わらなかった。
 知らないのか・・・?
 そうなのかもしれない。オルフェウスが将軍になったのは内戦が終結してからだ。それまでは一介の野戦部隊指揮官でしかない。シオン一派がジェームズ殿下の懐に深く食い込んでいるなら、それを知らないということは十分にありえることだ。
 ただ、そのシオンがバーバラという宮廷魔術師とも関係があると言うと、複雑そうな顔になった。
「確かに、バーバラ様は存じていますが、それ以外のことはサッパリですね。それが聞きたかったことだったんですか?」
 スレインは頷いた。
 オルフェウスが答えたのはそれだけだった。後は何かの機密に引っかかるのだろう。だが、当の本人はいささか拍子抜けしたような顔になった。彼にすればあの帝都での夜のことや自分が知っている帝国の軍事情報のことを警戒していたようだ。
 もちろん、そんなことを聞く気はなかった。
「貴方は機密を漏らすような人ではない・・そう思っていますから。」
「私が剣を抜くことを考えなかったのですか?」
「連邦の小部隊の隊長一人に将軍を当てるというのは考えにくいと思います。」
 本心だった、それに。
「それは、グランフォード様にも釘を刺されたのでは?」
 それを聞いてオルフェウスは黙り込んだ。
 ・・・・どうやら、図星みたいだね。
 グランフォードも自分の安全確保にはそれなりの配慮をしてくれるという推測だった。
「・・・・なるほど、猪突猛進というわけではないみたいですね。」
 オルフェウスは表情を和らげた。
 良かった、これで普通に話が出来る。こういうのはあんまり慣れていないんだ。
「貴方を試すようなことをして申し訳ない。」
 すっかり、いつもどおりの口調に戻ってオルフェウスは言った。
「ヴィンセント様がいうとおり、それなりに肝は据わっていますね」
「・・・・ありがとうございます。」
 そう評価されるのは悪い気はがしない。寧ろ、ヴィンセントやオルフェウスからそういってもらえることが嬉しかった。それが表情に出たのか、オルフェウスは笑った。
「これから先も戦いは続くでしょう。生き残れるかもしれないですね。貴方なら。」
「これから先・・・ですか?」
「もう知っているとは思いますが、帝国はアグレシヴァルに全面攻撃を仕掛ける予定です。」
 予想はしていたが、それをオルフェウスが他国人に話すとは思わなかった。
「いや、そんなことをしゃべってもいいんですか?」
「いいんですよ。もう秘密にしておく必要もありませんしね。」
 その通りだった。オルフェウスが話した作戦はこの時既に発動されていたからだ。
 この日の夕方から夜間にかけて帝国軍前衛部隊はアグレシヴァルの国境守備隊に奇襲攻撃を加えた。兵力寡少に加え、不意をつかれた守備隊に勝機がある筈もなく、日が落ちるころには守備隊は壊滅した。国境に集中した帝国軍の兵力は8万。総大将はジェームズ派の三将軍カニンガム将軍、次席指揮官はヴィンセント将軍であった。戦力はアグレシヴァル総兵力の約2倍であった。
 
 
 
 
 
 
 
つづく
 
 
 
更新日時:
2013/08/12 

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Last updated: 2014/3/16