20      彼は再び笑みを浮かべた
 
 
 
 煙の臭いは階段を上っていくたびにどんどん強くなっていった。ビクトルは無事だろうか?たしかあの階にはガーディアンが居たはずだ。帝国の最高機密を守るためのものだからもしかしたら自分たちよりも強力かもしれない。そう考えながらスレインは自分を落ち着かせようとしていた。
 だが、そうしてもなお気になるのは襲撃者が誰なのか?だ。相手はおそらく精霊使いだ。その者が精霊使いの掟に逆らったのはどんな理由があるのだろうか。
「リーダー。走りながら聞いてくれ。」
「ヒューイ?」
 さっき、聞こうとしたのは、ワイや弥生はんが総本山生まれかそうでないかということか?と風の精霊使いは図星を衝いてきた。
 既にビクトルがいる階層はすぐそこだ。スレインは足を止め、ヒューイに向き直った。
「そうだよ。」
「そっか。因みにワイは総本山生まれや。せやけど、ワイの父親はそうやなかった。」
 時々、地上のことを話す父親はとても寂しそうやった。ヒューイは下を向き、いつもの明るさは感じられない。
「無理やり総本山に連れて行かれた人間が今回のようなことをしたと考えているんか?」
 スレインは頷いた。
「そっか・・・せやけど、手加減はあかんで。」
「分かっている。」
 少しだけ、むっとしてスレインは矛盾したものを抱えていた。
 そういった精霊使いたちの不満も分かる。個人的には仕方ないとすら思える。
「それを含めて精霊使いを治めるのがダークロードなんだと−そう思った。」
 不満があるのは分かる。でも、精霊の原理を乱して、人を苦しめていい理由にはならない。そう言い聞かせていた。
 脳裏にハインツ隊長の顔が浮かび、手に力がこもった。
「だから、もし、さっき話したとおりのことをやっているなら・・・・止めさせないと。」
 それを聞くとヒューイは顔を上げた。
「すまんな、リーダーを試すようなことを言って。」
「いいよ。僕だって気お付けないと迷ってしまいそうだから。」
「そか」
 ヒューイは笑った。
 もしかしたら、彼も不満を持って反逆した精霊使いを知っているのかもしれない。
「急ごう、ビクトルが危なくなっているかもしれない。」
 階段を上りきると、廊下に続くドアが見えてきた。聞き耳を立てると戦闘で生じる音が聞こえてきた。
 何かが砕ける音、倒れる音。
「いくで、リーダー。」
 ヒューイがドアノブに手をかけようとしたが、ハッとした表情で手を離した。何かが近寄ってくる。
 スレインもヒューイも慌てて距離を取った。その数ミリ秒後、ドアは勢い良く突進してきた何かに食い破られた。
 木片が飛び散り、思わず顔を覆う。目を凝らすと、先のほうに目の前に巨大な鎧がある。
敵・・・・じゃない。
 ガーディアンだ。
 ドアを破ったのはそれに突き飛ばされたもの。壁に目を向けるとそこに異形の生物がいた。
「なんだ・・・コイツは・・・」
 全身が白く輝く鋼鉄のようなもので覆われている。それならガーディアンと同類かと思えるが、息遣いが感じられ、それが生き物であることを教えていた。
 全体的な形状は蟹に二足歩行の動物の足を付けたものと考えればいい。だが、そのサイズは人間の3倍近い大きさだ。
「リーダー!!」
 ヒューイの警告が飛んだ。
 巨大な鋏としか思えない片腕が来る。
「くううっ!」
 剣でその進路を少しそらせる。嫌な金属音がして、相手の力も伝わってきた。
 すごい腕力だ・・・正面からでは。
「でやああ!!」
 攻撃をかわした瞬間を付いて大剣を腕の付け根辺りに突き刺す。だが、余りに硬い表皮を貫くことは出来なかった。
 このっ・・・!
 異形の生物と距離を取る。ヒューイも攻撃に出たようだが結果は同じようだ。だが、ガーディアンの攻撃は違っていた。二人の攻撃で出来た間隙を見逃さずに巨大な槍を異形に突き刺す。
ガアアアア!!!
 奇怪な音声を上げ異形は槍でその身を貫かれた痛みを表現する。血が流れた。
スレインとヒューイはその瞬間を活用した。表皮がはがれた部分ならば攻撃が効くかもしれない。二人の剣の矛先は傷口を狙っていた。
 今度は手ごたえを感じた剣が相手の内部にもぐりこむ感覚。だが、まだ相手は生きていた。両腕を振り回し、それが2人を捕らえた。
 全身を強打されたスレインは吹き飛ばされ、壁にしたたか打ち付けられた。
「くうっ・・・」
 なんてパワーだ。それになんて強靭な・・・あれだけの攻撃を食らってもまだ生きているなんて。
 幸い傷はそれほど重いものではなかった。スレインは立ち上がると再び剣を異形に向け、攻撃を加える。
 結果は同じだった。異形は傷口を庇うように行動して簡単に攻撃を受け付けなかった。その硬い表皮は未だに魔力を発揮していた。
 何度目かの攻撃を仕掛けたときに、ヒューイが足をすくわれ転んだ。
「ヒューイ!!」
 異形は小うるさい相手を片付けるべきと考えたのかその巨大な腕を振り上げた。
「やめろおお!!」
 スレインは咄嗟に魔法を放った。距離があったため剣の牽制が間に合わないと思ったからだ。
 火の玉が飛び出し、異形に命中した。異変が起こったのはそのときだった。強固な表皮はそのままだったが、異形は明らかな苦痛の絶叫を上げていた。振り上げていた腕は虚しく宙を舞う。
 効いている。
 そうか、この生物は・・・・
 ディメトロドンと戦ったときの記憶が蘇った。
 見ると、ヒューイも敵の弱点に気付いたようだった。倒れたままの態勢で魔法の詠唱に入った。
「我が魔力よ!敵を滅ぼす力となれ!!」
 ヒューイの風の魔法が、スレインの氷の魔法が異形にぶつけられた。異形は痙攣を起こしたように全身を硬直させ、倒れた。
「やったのか・・・」
 剣の切っ先で軽くつつく、だが、異形はぴ栗とも動かない。何度も試したが結果は同じだ。死んでいる。
 ガーディアンはそれを確認すると、向きを変えて廊下に戻っていく。その先ではまだ戦闘が続いていた。あの異形たちとガーディアンが集団戦を繰り広げていた。
「これは・・・・」
 ガーディアンも奮闘はしているだが、全てを防ぎきれているわけではなかった。図書の扉は開いている。誰かが中に侵入したのだろう。ガーディアンも何対かは図書スペースの中に入っているようだ。ビクトルが危険なのは間違いない。
「リーダー、急がな!」
「ヒューイ、魔法で行こう。」
「せやな、ガーディアンという援軍もおるしな。」
 2人は連動して魔法を放った。ファイアーボール、ブリザードが狭い廊下を荒れ狂うと異形は次々と倒れていった。魔法属性は気にしていなかったが、どうやら魔法であればなんでも有効ということらしい。五分五分だったガーディアン達と異形の戦いは一挙にガーディアン優位に変わった。やがて、ガーディアンが3体がかりで異形1体を袋叩きにしていく形勢になった。いくら異形が強力でもこれでは勝負にならなかった。
 今だ。
 スレインとヒューイは書庫に足を踏み入れた。勿論、異形たちを駆逐したガーディアンも中に入ってくる。それはまだ、侵入者が書庫にいることを教えていた。
 入ってみると、本棚のところどころに傷があり、床にガーディアンの残骸が転がっていた。
 金属音が聞こえてくる。閲覧スペースのほうからだ。
 間に合っていてくれ。
 と考えたのも一瞬、閲覧スペースに向かうと、戦闘はまだ続いていた。
 侵入者は数体のガーディアンと戦っていた。そして、ビクトルはその傍で傷を負っていた。
「ビクトル!無事!?」
 侵入者のことはひとまず置いておいて、ビクトルに駆け寄り、助け起こす。
「おお!おぬしたちは!」
 血は出ている、でもかすり傷みたいだ。スレインはほっとした。どうやら、間に合ったようだ。
「爺さん、無理すんなや。」
 と、ヒューイが回復魔法を唱えると「年寄り扱いするな」とビクトルは悪態をついた。
どうやら、無事らしい。
 その時、ガーディアンが吹き飛んだ。スレインと、ヒューイは立ち上がり、剣の切っ先を侵入者に向けた。だが、その瞬間スレインの動きは止まった。
「お前は・・・・」
「また会ったな。スレイン・ヴィルダー。」
 言葉が出なかった。だって、この人はもう死んでいるはずだから。
「フェザーアイランド以来か・・・」
 侵入者の名をスレインは呼んだ。
「シオン・・・」
「あんさん、死んどった筈じゃなかったんかい。」
 ヒューイはこの状況にも動じないという声で応じた。それを聞いてスレインも気圧され気味だった心を奮い立たせる。
 そうだ、気後れしてはいけない。
「何が目的でここを襲った?」
「あの程度で私を葬ったと思っては困るな。」
 シオンはこともなげな様子で答えた。
「私は、いずれ、貴様たちの王になる。あんなところで死ぬわけにはいかないのだよ。ここに来た目的は寧ろ、そこの科学者の方が知っているのではないかな?」
「どういうことだ!」
「それは君たちで調べたまえ。命があればの話だがね。」
 シオンが武器を構えた。
 ・・・あれだけのガーディアンを相手にしたのに
 傷が全く無い。どう考えてもかつて戦ったときとは別人のように強い筈だ。
 無言のままシオンは突っ込んできた。槍が自分のほうに伸びてくる。
 スレインはそれを大剣で弾く。
 重い。
 防いだだけなのに手に痺れが来た。次の一撃が来る。
「せいやっ!!」
 ヒューイが助けに入ってくれた。彼のガターがシオンを捕らえた。だが、シオンは全く表情を変えなかった。ヒューイの攻撃はシオンに届かなかった。あの障壁に阻まれたのだ。
「なっ!」
「危ない!!」
 スレインは助けに入ろうととした。シオンの槍の一撃を弾く、だが、次の瞬間、2人を振り払うかのように槍を振り回された。
「うああ!!」
 自分の体が浮かぶのを感じた。スレインもヒューイも吹き飛ばされ、本棚に激突した。本が上から落ちてくる。
「障壁もありか・・・反則やで」
 全くだ。相手は全然表情を変えていない。
「フェザーランドの時のようには行かんぞ。」
 あの障壁を破るには過重な負担をかけてその魔力切れを誘うしかないが、相手はあのときよりも実力を上げている。当然、フェザーランドの時よりも多く攻撃をする必要があるが、ここにいる3人だけでは無理だ。
 ここは、ビクトルを連れて逃げるのを優先すべきかな・・・。
 外から援軍がくるまでは。
 スレインは魔法を小声で唱え始めた。
「こないなら、こちらから行くぞ。」
 シオンは槍を構えて突っ込んできた。
 狙いは自分だ。
 正直あの一撃をまともに食らえばどうにもならない。それならば・・・
 今は逃げの一手しかない。
「そりゃあ!」
 敵の一撃が来る瞬間スレインはファイアーボールを放った。それはシオンに当たることは無かった。だが、障壁に弾かれたのではなかった。弾かれる直前に拡散したのだ。光がシオンの視界を奪った。
「っ!!」
 僅かに切っ先がそれた槍をかわす。かわし際に剣を突き出すが、それは相変わらず障壁に阻まれていた。
 シオンの視界は直には回復しなかった。槍を振り回し、自分たちの接近を防ごうとしている。
 スレインはそれに取り合わずにシオンの後ろに回りこんだ。
「リーダーナイスや!」
 ヒューイが駆け寄ってきた。
「今のうちにビクトルを連れて廊下に出よう。」
 正直魔力も尽きかけている。
 シオンの視界が回復する前に廊下に出なくては。
「ビクトル、急いで!」
「だめじゃ!」
 だが、その方法に当のビクトルが反対した。彼は後ろに広がる本棚に手をつけた。
「これを見捨てていくことは出来ん!」
「爺さん!命あってのものだねや!今はあきらめ!」
「馬鹿モン!これがなければ奴の狙いが分からんのじゃぞ!!」
 ビクトルの言葉は多分正しい。
 スレインは迷った。
 シオンの狙いが分からなければ意味が無い。
 でも・・・・
 死守しても時間稼ぎ以外のことができるだろうか?弥生さんやアネット達が来てくれれば活路が開けるかもしれない。だが、それなら彼女たちの近くに行くのが一番のはずだ。
「今は、命が大事だ!ここを離れよう。」
 その決断は少しばかり遅かった。
 スレインの肩に激痛が走り、後ろに飛ばされる。
「くうっ!!」
 右肩を見ると、そこに巨大な氷が刺さっていた。
 これだと動くのは無理かな・・・
「リーダー!このお!!」
 ヒューイが煙の晴れた先から現れたシオンに向かう。ヒューイ自身も勝てるとは思っていない。時間稼ぎが出来ればいいと思っていた。だが、それは甘い見通しだった。
「うあああ!!」
シオンの槍の一撃がヒューイを捕らえ、本棚にたたきつけた。
「ヒューイ!!」
「くそ・・・」
起き上がろうとしている。生きていることに少しの安堵を覚える。おそらくシオンの視界は完全にはもどっていなかったのだろう。
 もっとも今は違うだろうが。
 シオンが前に立っている。
「手間をかけさせてくれたな・・・ダークロード・・・」
「・・・・・」
 黙って相手の言葉を待つ。
 この男は他にも色々知っているはずだ。僕がこんな状態じゃもう勝ったと思っているはずだ。
 今の状態では回復魔法で傷を治すことも出来ない。死ぬ前までにこの人が知っていることを聞き出そう。
 このまま、死ぬのはまだ消化不良すぎる。
 それに言っておきたいこともある。
「内戦はお前たちがけしかけたのか?魂を集めるために。」
「ほう、良く調べたな。」
 と、シオンは問いかけに答えた。もう、勝利は疑いないと踏んでいるようだ。事もなげに。
「ふざけるな!!貴方は精霊使いなんだろ!?」
 世界の均衡保つための精霊使いそれがなんでこんなことをする?個人的な事情はあるかもしれない。だが、そのために戦争を消しけるのはあまりにも非道だ。
「内戦で何人死んだと思っている!」
 どちらかといえば穏やかな人柄であるスレイン見せる憤怒の表情にシオンは驚いたような顔をした。だが、声はいままでどおり余裕たっぷりだった。
「ふん、貴様。本当に記憶をなくしているようだな。・・・・ふふふふもう、半年近くたつか総本山を襲撃したたのは・・・」
 総本山を襲撃?なら、今の総本山はこいつ等の制圧下に?
「総本山を襲って・・・何をする積りなの・・・ダークロードになりたいとかそういうことなの?」
 本当に何も覚えていないんだなという嘲りに似た表情でシオンは答えた。
「そんな地位など最早、興味はない。私は作りたいのだよ。新しい世界をその為には邪魔なんだよ。貴様がたちがな」
「勝手な・・・・!!」
 でも、怒ってみても体を動かすことも今はできない。シオンがやりの穂先を撫で、笑顔でこちらを見た。
 時間稼ぎもここまで・・・・・か。
 出来れば、アネットや弥生さんが助けに来てくれるまで話に付き合ってくれればよかったのに。
「そのために死に給え。」
 槍を構える。
 もう駄目だ。
 スレインは目を閉じた。
 だが、苦痛はやってこなかった。代わりにビクトルの問いかけが聞こえてきた。
「その為にワシに魂の壺を造らせたのかね?お主が作る世界とやらにはそこに多くの魂を閉じ込める必要がある・・・というわけか?」
 傷で動けないビクトルは震える手で銃口をシオンに向けている。あれでは当たるかどうかも疑問だった。
「自分が作ったものの意味が知りたいということかねビクトル博士。・・・まあ、君の言うとおりだよ。」
 シオンは振り返らなかった。
 そのままスレインに止めを刺すつもりだった。
 だが、その計算は爆音で吹き飛ばされた。すさまじい光と煙が同時に巻き起こった。
「ぐうう!!」
 シオンの苦悶の声思わず顔を上げると、シオンがよろめいているのが分かった。シールドもかなり弱まっているのが分かった。
「そのために、ワシにあんなツボを作らせたのか!?」
 ビクトルの銃口から煙が出ている。その銃身には亀裂が走っていた。おそらく、フェザーランドで弥生がやったように自分の全てのMPを込めて一撃を放ったのだろう。
「この・・・・老いぼれめ!!!」
 思わぬ反撃には逆上したシオンはその矛先をビクトルに向ける。
「ビクトル!!」
 だが、シオンの攻撃はビクトルには届かなかった。
 何故ならば。
「見えた!!!」
「な・・・・・っ!!!!」
 矢が鋭い光と共にシオンの体に吸い込まれていった。既に弱まっていたシールドにそれを防ぐ手段は無かった。
「うぐあああ!!!」
 矢がシオンを貫き、それに呼応するようにレイピアの鋭い一撃が来る。
「てやあああ!!」
「アネット!!」
 続いて、モニカの投げナイフが飛んでいく。
 間に合ったのか・・・
「みなさん、ご無事でしたか!?」
「弥生さん・・・」
 シオンのシールドを破ったのは彼女だったのだろう。回復魔法で自分やヒューイ、それにビクトルも癒していく。
「よかったです〜。」
 と、半泣き顔のラミィが言う。おそらく、ラミィと弥生が協力してここまで皆を誘導してくれただろう。ぎりぎりで間に合ったわけだ。
「この・・・!」
 アネットとモニカの攻撃をシオンは弾く。だが、全てを弾ききれる訳でもない。いくつかの傷を体に刻まれている。反撃は思うように出来ていない。
「ヒューイ、ビクトル行こう!!!」
 戦列にスレイン達が戻った瞬間に勝敗は決まった。ビクトル、弥生の矢と銃が唸り、モニカのナイフが空気を切る。それと連動するかのようにアネットがスレインがヒューイが攻撃を加えた。
 幾度目かの攻撃のあと、スレインの重い一撃が決まった。
 シオンの鮮血が飛び散り、彼はゆっくりと後ずさり、そして倒れた。
 自爆は無い。
 用心しながら彼に近づく。
 ?なんだろう、奇妙な感覚だ。まるで、死霊に会うときのような感覚。
 それを敏感に察知したのはラミィだった。
「あ・・あれ!!」
「ほう、私が見えるか?まあ、ダークロードなんだから当然か」
 シオンの体から何かが浮き上がっているのが見えた。青白い光球。その中にシオンの意志を感じる。
「・・・・」
 本能的に理解できた。あれはシオンの魂なのだ。
「どうやら、完全には覚醒しておらぬか・・・まあ、また会うこともあるだろう。」
 今度は叩き潰してやる。
 最後に捨て台詞を残してシオンの魂は消えた。
「これは・・・」
 自爆を警戒しながら、弥生がシオンの体−抜け殻といったほうがいいのかもしれない−に手を触れた。
「弥生?」
「この体には記憶が感じられません・・・一体何者なのでしょうか?」
 生身の人間であれば例え、死んでもその思念は感じ取れるはずだった。
 それ以前に。
「この男はフェザーランドの戦いで死んだはずよ・・・それなのに」
 という、アネットの素朴な疑問ももっともだった。
 スレインはビクトルを見て尋ねた。戦闘中の会話から何かを知っているはずだ。
「ビクトル・・・この人は?」
「ホムンクルスじゃ。」
 ビクトルの答えは簡素だった。魔導を使った人工生命体。それがその体の正体だった。
「ただの人工物なんじゃ。それは、だから記憶が感じられないのも頷ける話じゃ。」
 それは半分の正解なのだろう。ホムンクルスはあくまで入れ物に過ぎない。
 そこに、自分の魂を宿していたのか・・・それなら、この人はまだ死んでいない。きっと別の体に自分の魂を宿して自らの目的を達成しようとするだろう。
「シオンと知り合いみたいだけど・・。」
「うむ・・・・ワシは1年前奴にあるものの製作を依頼されたのだ。-それが魂の壺、簡単に言えば人が死んで肉体を離れた魂を集め、留めておくための壺じゃ。」
「それは・・・」
「そんな〜、そんなモノを作ったら輪廻の輪の法則が崩れてしまうじゃないですか〜」
 普段は驚きとには無縁なラミィですら声を上げた。
 それなら話がつながる。
「・・・・5万の魂を集めるには必須の道具ってことだよね。」
「そうだ。」
 ビクトルの顔には悔しさが滲んでいた。それはこの自信満々な老科学者が見せる初めての表情だった。
「そして、この戦争・・・魂を集めるには好都合・・・」
「どういうことなの?5万の魂ってどういうこと?」
 話が理解できない様子のアネットが尋ねた。もう推測ではなかった。何しろ、本人が自白したのだから。
 スレインは調べたことをシオンが言ったことを皆に話した。
 
「そんな・・・じゃあ、自分の精霊の力をあげるためだけにそんなことを?」
「信じられないわ・・・酷すぎる。」
 アネットとモニカは感想をストレートに表現する。
 ヒューイは無言だった。しかし、その顔にはいつもの彼とは違う真剣な怒りが浮かんでいた。
 弥生のほうに視線を移した。その表情は悲しそうだった。彼女にすれば悪い予感が当たってしまった形だった。月の精霊使いが人の心を操れる。高級幹部を操れれば軍全体をコントロールすることも出来るはずだ。
 もっとも、全てがシオンたちの計略だとも思えないけれども。
 モニカがそれを代弁した。
「でも、全てをコントロールできているとは言えないわ。現に、内戦は終わっているし、アグレシヴァルとの戦争だってジェームズ派とは直接の関係はないわ。」
「・・・・それでも、ジェームズ派になんらかの影響を与えているのは間違いありませんわ。現に彼等は闇の祠を破壊したのですから。」
「確かに・・・そうね。」
「・・・どっちにしても、大きな戦争が起こるわ。帝国とアグレシヴァルのまた、多くの人が死ぬのね・・・」
 重苦しい沈黙が下りた。
 科学者は自分の発明品がもたらした惨禍を
 精霊使いは自分たちの仲間がしでかした陰謀を
 人間とフェザリアンはこれからおこる戦火の拡大を
 それぞれの現実を感じ取り、何も言えなくなってしまった。
 スレインは目を上げた。そこに本が見えた。そして、そこに書いてあったことを思い出す。
 それでも前に進め。
 年老いた精霊使いが旅の騎士にかけた言葉。
 そうだ、僕は知らなくてはならない。
 シオンたちが精霊の力を高めて何をするのか?何故、ダークロードが記憶をなくしてここにいるのか?そして、
「行かなくちゃ、闇の総本山まで。そこにいけば、きっと見つけられるはずだ。シオンの陰謀を砕く何かが。」
 もう、大きな戦争が起きるのはどうにもできない。そもそも、闇の総本山に行くには戦争をくぐりぬかなくてはならない。せめて、そんな状況を利用して非道なことをするのだけは止めさせなくては。
「だから、行かなくちゃ。」
 仲間を見回した。
「・・・・せやな、闇の精霊使いのことは闇の損本山に聞くのが一番早いやろしな。」
「私もそう思いますわ。」
「そうね、どの道その陰謀を防ぐには総本山に行くしかなさそうね。」
「ごめん、アネット。国が大変な時期にこんなことになっちゃって。」
「いいのよ。」
 と、アネットは苦笑した。
「貴方を最初に助けたのは私だから最後まで付き合うわ。」
 グランフォード家の警備兵が到達したのはすぐ後だった。
 
 火事というよりも侵入事件のあった翌日、グランフォードに事の顛末を話した。5万の魂を集め、自分たちの精霊の力を高めること。最も、力を高めて何をするつもりなのかは分からない。
 その話を聞いたグランフォードは難しそうな顔をしていた。
「つまり、ジェームズ殿下の配下にそのようなことを目論む集団がいるということですか?」
「ええ。この図書館を襲撃したのもそれを察知されるのを防ぐためだと思います。」
「確かに話の筋は通っておりますな。」
 グランフォードは頷きながらバーバラのことを思い出す。自分の知りえる情報と照らし合わせてもスレイン達の言うことは正しい。
 ジェームズ殿下はテオドラは現在帝都におり、見方した貴族に周りを固められている。その中にバーバラはいない。彼女はジェームズの直轄領地であるリンデンバーク周辺の統治にあたっているはずだった。それ以外の情報は見えない。内戦期も表に出るのではなく裏方に徹していた。帝国中央部の貴族の切り崩しや、軍事情報のスパイに関わっているとされている。
 現在内戦後の和解のための妥協で内戦中にあった双方の違法行為には目を瞑るというのが暗黙の了解だ。バーバラが行ったことも闇の中に葬られるだろう。
 そして、精霊使いの陰謀−、実体を把握するのはかなり難しいだろうが−。やるしかない。
「我々も彼等に関する情報を集めることにします。何か情報はあれば直にお伝えしましょう。」
「直接って・・・」
 どうやる積りなんだろう?と、スレインが思った。
「あ・・・」
 彼の後ろにラミィと同じ妖精が見えた。地の妖精だろう。容姿は調っていたが髪は短く纏められていて、ラミィとは違って精悍そうな顔つきの少女だった。
 そうか、連絡には妖精を使うってことか・・・あれなら精霊使い以外の人間では察知することは難しいし、伝書鳩や書簡と違って正確な情報を知ることができる。
「・・・理解されたようですね。」
 グランフォードは微笑しながら言った。
「これからは、お互い周辺に気お付けましょう。・・・・無事に総本山につけることをお祈りしています。」
「はい。」
「グランフォード様。」
 執事が耳元で新しい来訪者の名を告げた。それは、スレイン達にとっても聞いたことがある名前だった。
「リードブルク将軍が見えていると?」
 
 スレイン達が待合室のほうに行くと、オルフェウスがそこにいた。
「モニカ殿それに皆さん。」
「オルフェウス」
 モニカが言った。
 スレインにとっては帝都王宮でのあの一件以来だ。
「お久しぶりです。リードブルク将軍。」
「ーよして下さいよ。」
 と、オルフェウスは前にあったときと同じ表情で言った。自分の階級や立場が変わってもスレイン達への遇し方は前を変わっていなかった。
 多分そういう性格なんだろう。
「リードブルク将軍、領主様がお待ちです。」
 執事が告げると、オルフェウスはスレイン達に軽く会釈して言った。
「そうだ、スレイン殿、今日は我が家にいらっしゃいませんか?」
「いいのですか?」
「はい、ミシェールも喜ぶと思いますし。私も今はそれなりに暇ですから。」
 ボルトゥーンにはトランスゲートがあるからそれなりに早く帰れる。まだ、日にちは余裕がある。モニカもポーニアを出てから随分たっている。ここで一回帰ってみるのいいのかもしれない。
「では、よろこんで。」
 
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
更新日時:
2013/05/06 

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Last updated: 2014/3/16