19      古書は掟を記録した
 
 
 
 各地の農村は明るいニュースを伝えた。小規模ではあるが収穫が昨年よりも増加したのだ。それは、キシロニアのように地味の良い場所では久方ぶりの豊作を報じることになった。
 確かにいいニュースではある。だが、喜んでばかりもいられぬ。
 執務室の窓から見える賑わいにバーンズ議長は複雑な表情を向けていた。彼の周りにキシロニアの首脳たちがいる。
 国務長官 ウォーマック
 連邦軍総司令 ロナルド
 情報局局長 レミントン
 補佐官や財務長官も勢ぞろいしていた。彼等の議題は帝国内乱の終結についてだった。ウォーマックがノエル大使からの報告を基に内乱の終結経過について話していた。
「・・・内乱後の枠組みですが、ジェームズ殿下の影響力が強い形で帝国が行動していくということになりましょう。内戦の事実上の勝者なわけですから。」
「内政面ではテオドラ派の重鎮が残るも、実務の担当はほぼジェームズ派・・・軍事面でもそうだな。」
 帝国三将軍筆頭のウェリントンは戦死した。現在は三将軍筆頭にはジェームズ派に味方していたフリードリヒが就任し、さらにジェームズ派の若手将校だったオルフェウスが昇格して、三将軍の末席にその名を連ねた。
「オルフェウス大将は19歳か若いな。」
「内乱での戦功は著しいものがあります。それが評価されたのでしょう。」
 軍事力の三分の二をジェームズ派は手に入れた形だ。テオドラ派で残ったのは僅かにヴィンセント将軍のみ。だが、彼は帝都にある唯一の軍事力、近衛師団長もかねることになり、その点ではテオドラ派は意地を通したといえよう。
キシロニアにとっての問題はこの政権がどう動くかだ。
「我々との同盟が更新されるのは良いことだが、アグレシヴァルに対してはどうか?」
 皇帝の死去について帝国は調査員会を発足させるといった。帝国は皇帝暗殺の背後にアグレシヴァルがいるという疑いをつよめているようだ。未確認情報ではアグレシヴァル寄りとされた何人かの貴族が粛清されたというものもある。
 レミントンが答えた。
「皇帝暗殺を理由に、仇討ちとしてアグレシヴァルに対する全面攻勢をかける可能性があります。貴族たちの恩賞的な意味合いでも。」
 帝国の内乱は明確な決着を見ないまま終結した。両派に加わった貴族たちは勝利後の恩賞を目当てに加わったものもいる。その人々にとり、内戦終結は唐突過ぎた。その闘争心を外に向けさせるというわけだ。
「実際、両派の軍隊ですがジェームズ派はシュワルツハーゼにテオドラ派は帝都周辺に陣取ったままです。その進路が北に向く可能性は否定できません。」
「ふうむ・・・」
 とりあえず、我々にとって最悪の結果にはならなそうだ。と、議長は思った。帝国と王国が目先の食料危機解決の為に連邦を分割占領などということはなさそうだ。
情報部は帝国と王国に和平の兆し有との情報を得ており、それは可能性の無い話でもなかったのだ。
「わが国との前線の状況は?」
 ロナルドが幾分明るい声色で答えた。最前線の責任者の声が明るかったことで他のメンバーも少し安心したようだ。
「平穏といっていいかと思います。以前のような小部隊の農村への襲撃はなくなりました。向こうも兵力の損耗を恐れているのでしょう。」
 アグレシヴァル軍の総兵力は5万。編成は1万5千人で編成される師団が3個、残りの5000人は首都や諸都市の防衛部隊だ。
前回の戦いでキシロニアは1個師団を半壊状態に追い込んだ。主戦力の3分の一が半身不随で帝国の攻勢が予測されるとなれば、戦力損失を恐れるのは自然なことだ。
「むろん、警戒は厳重を期しています。」
「・・・・それにしても、不思議な感じだな。」
 バーンズ議長は唐突に言った。
「あの若者・・・・スレインが事態の展開に関わる情報をもたらすとはね。」
 考えてみれば、フェザリアン移住計画、内乱の終結の全てに彼は関わっていた。
「全く、アネットお嬢様は大変な人物を助けたのかもしれませんな。」
 と、レミントン局長が言った。
「一度、帝国内乱終結の舞台裏を彼に聞いてみたいものです。それから、精霊使いという存在についても」
「そうだな私も聞きたいところだ。」
 と議長は苦笑すると、スレインを部下としていたロナルド司令も同じようなそぶりを見せた。
「・・・ところで彼等はどうしているか」
「はい、ビエーネ湖から帰還し、現在はビブリオストックに向かっているとかと。」
 ビブリオストックは帝都から4日程度の行程にあるあるが彼等はきっとそんなに時間はかからないだろう。
 
 
 
 スレイン達が費やした時間で多かったのはビブリオストックへの旅ではなく、帝都での事務処理だった。ノエル大使への報告もあったし、湖底で採取したモノを解析する必要もあった。それとは別にビクトルは帝都とキシロニア首都を結ぶトランスゲートの開通作業に追われた。それは通常のものより大型で一度に大人数をそして物資を送れるようになっている。これからは戦闘覚悟で帝都に食料を送る必要もなくなるだろう。現在のところ帝都に仮住まい状態の補給部隊の本国への帰還に貢献している。
 それらが終わり、ビブリオストックに達したのはビエーネ湖に向かってから、5日目のことだった。トランスゲートを使っただけあって、旅自体は一瞬で終了した。
「ここが、ビブリオストック・・・」
 目の前に帝国の知識の保存庫の異名をとる街が現れた。
「へ〜川の真ん中にあるのねこの街。」
「帝都に比べるとちょっと華やかさには欠けるんかな」
 と、以前ここに来たことがあるというヒューイが言った。
 帝国を流れる大河ルビリアの中洲に形成されたこの都市は帝都ほどではないが整った家屋が建ち並び、時折、歴史ある寺院や大規模な商店が彩りを添えていた。
 ヒューイが指差した。
「なんと言っても特徴はアレやけど。」
 街の中心に天空に伸びる塔がある。
 ビブリオストックの象徴、帝国図書館。
「おお、あれが知識の泉か・・・」
 ビクトルが感極まった顔で言った。
 図書館には執着していたもんな、とスレインは思ったがすぐに思い直した。
 いや、ここに来るのを心待ちにしていたのは僕のほうだ。
「みなさん、こちらにです。」
 ハミルトンが先を促した。道の大分先に屋敷が見えた。この街を治めるグランフォード家の屋敷だった。
 その若君は僕の素性を知っている。
 
 
 帝国図書館やリンデンバークが作られたのは帝国の歴史よりも古く、その時点では独立した国家の首都だった。現在の帝国中央部を勢力圏としたが、次第に衰え帝国の庇護を受け、統合されていった。
 しかし、かつての繁栄の時代に魔法研究の先端を走っていたこの街の知識、学術の高さは健在であった。それ故に帝国はこの街を自国のエリートを教育する場として活用した。それだけではなく、帝国の人口、生産能力、その他の情報をその図書館に収めた。
 これだけの重要性を帯びた都市は帝国広しと言えどもここくらいだ。先の内戦ではジェームズ・テオドラ両派はこの街を戦闘に巻き込まないとする協定を結んだほどだ。
「これは皆様、ご苦労様です。」
 その領主の代理は略式服でスレイン達の前に現れていた。ハミルトンに案内されたのは領主の館にある応接間だ。作りは華美ではなかったが、静かな美しさをたたえた内装、家具が並んでいる。当然のことながら本棚は一杯だった。
 グランフォードと目が合った。
 緊張していた。それを知ってか知らずか領主代行は部屋に居るものに手を振った。人払いの合図だ。
 家来達が頭を下げ退出していく。彼等がドアを閉める音が聞こえなくなった頃にグランフォードはスレイン達に席を勧めた。
 誰だろう?
 座りながらグランフォードの後ろにいる2人の男を見た。
 一人は年老いた男で白髭を蓄え、まるでドワーフのような体型をしている。もう1人はこれとは対照的に細身でまだ若かった。
「スレインさ〜ん。あの2人も精霊使いみたいです〜」
 ラミィは小声で言った。
 本当に、この人は精霊使いなんだとスレインは実感した。小さく妖精に頷くと視線を元に戻した。不安はなるべく顔に出さないように注意しながらスレインは湖であったことを報告することにした。
「では、報告を聞かせてください。」
「はい、ビエーネ湖は三大宝珠の効果により水が干上がり、湖底が露出した状態でした。」
 スレインはその時の状態を思い出しながら続ける。湖底には神殿があり、そこに何者かが入った形跡があった。太古に敷設されたらしいガーディアンが何者かに倒されていたからだ。
 しかし、急いで神殿の中を調べたけれども、クライブやシモーヌの姿は無かった。
「神殿内部には祭壇があり、そこになんらかの液体が保管されていました。侵入者はそれを持ち去ったものと思われます。」
「液体ですか?」
 スレインはビクトルを見た。
 実際にあの残留物を解析したのも彼なのだから説明は自分よりも上手い筈だ。
「詳細はビクトル博士から。」
 「うむ」と、大きく頷いてビクトルは言った。
「残されたものじゃが、これは成分Cを主成分とするアルティメータという液体じゃ。」
「アルティメータ・・・ですか?」
 グランフォードもその単語には聞き覚えがないらしい。
「それを何に使うと?」
「そればかりは、図書館に入れてもらわんと分からぬことじゃ。それに、精霊使いについても関連があるのじゃろう?」
 精霊使いという単語にスレインは身を硬くした。
「核心を突いてきましたなビクトル博士。」
 グランフォードはスレイン、そしてヒューイと弥生を見た。その様子から、精霊使いの説明はし終えてあるあと見て取ったのか単刀直入に答えを返した。
「私は地の精霊使いなのですよ。」
 当家は隠していたつもりですが、多分貴方方はご存知でしょう、グランフォード家の息子は10年前に失踪、しかし、当主つまり私の父が病床に付いた後に突然、戻ってきた・・・と。
「・・・・・」
 一応、グランフォードのことは帝都に居る間に調べていた。大使館に居た情報部員から話を聞いていたからだ。
「連邦の情報活動がタダ漏れですね〜」
 とラミィは正直そのものの反応だ。
「ついでに言えば君のこともね。闇の妖精君。」
「あう〜、やっぱり見えているんですね〜。私のことを認識してくれるのはなんだか照れちゃいます〜気付かれないのが普通でしたから感激もひとしおです〜」
 弥生が警戒をといていない様子で尋ねた。
「では、何故ここにいらっしゃるのでしょう?精霊使いになったものは人間世界に戻ることはないはずですが?」
「この世界の危機に対応するには、一部のものに正体を明かしても精霊使いの力を行使することが必要だ・・・地の総本山はそのように考えたのです。」
「地のロードのご決断でしたか・・・私たちもそれぞれ使命がありましたが、今はスレインさんたちと行動を共にしています。」
「グランフォード卿」と言うと、彼は手を振り、「グランフォードで良いです」と言った。
「グランフォードさん、ご存知でしょうが、僕には他の精霊の力を麻痺させる波動を出しています。その原因を突き止められれば世界の異変に何か手立てがあるのかもしれない。そう思っています。その時、シオンたちに出会いました。」
 正直ここからは何の根拠もありません。
「彼等がしようとしていることとも異変と関連がありそうな気がするんです。バーバラやクライブも精霊使いでしたし、シオンと名乗った男も闇の精霊使いなのは間違いない。そして、彼は僕のことを知っていた。」
「成る程・・それには図書館で精霊使いとアルティメータの関連を調べることが必須ということですな。そして、」
 グランフォードはスレインを見た。
「僕の来歴もです。」
 とうとう、本題だ・・・連邦に来てからずっと知ろうと思っていたこと。
 それをこの人は知っている。
 地の精霊使いは言った。
「貴方は、闇の精霊使いです。それもダークロードの地位にあったお方だ。」
「ダークロード・・・?」
 ロードという言葉には聞き覚えがあった。精霊使いたちを束ねる長
「精霊使いの王。」
 スレインはもう一度繰り返した。
 弥生が冗談交じりに言っていたことではある。でも、そんな馬鹿な、いくらなんでも出来すぎだ。
「冗談ですか?グランフォード様。僕には確かに闇の精霊使いとしての力はあるのだと思います。」
 それは、今までの体験からも納得できる。だが、ロードとなれば話は別だ。
「疑うわけではありませんが、この方は本当にロードなのでしょうか?」
 弥生からも疑問が飛んだ。
「嘘ではありません。」
 グランフォードではなく、後ろにいた細身の男が答えた。
「ああ、私は現在はグランフォード様のお手伝いをしている闇の精霊使いの見習い、デュナといいます。」
 それから、デュナはスレインを見つめると、まるで家来が王に報告するような態度で話し始めた。
「ロード様。現在、この大陸には闇の精霊使いにとっても異変が起こっています。我々は死者の魂を輪廻の輪に戻すことが使命です。それを補助するために世界中の各所に魂の集まる場所を作っています。もちろんこの大陸にも例外ではありません。」
 デュナは大陸の地図を広げた。そこかしらに印が振られている。それが魂があつまる場所なのだという。
「内戦が始まると、ジェームズ派は不可解な動きを繰り返しました。彼等は戦略上何の意味も無い場所に軍を派遣していました。それが、我々闇の祠だったのです。」
「なら、彼等はそれを破壊して回っていると?」
「そうです。」
 10以上あった祠はいまでは2,3を残すのみですと、デュナは言った。
「その環境でもロード様は魂を大量に輪廻の輪の中にもどしています。ローランド洞窟で。」
「・・・・・」
「ロード様は現在、闇の精霊使いとして完全に覚醒されていません。にもかかわらずそれが可能だったということは、その力が絶大であることを示しています。」
「そして、私も見習いですが、精霊使いの端くれ。貴方がロード様の魂の持ち主であることは誰よりも強く確信できます。」
「う〜ん、」
 と、ヒューイは唸ったが、納得したような様子も見せながら言った。
「なるほどな、確かに妖精をつれて折るんは珍しいわな。」
「僕がロード・・・・」
 道理は通っているのかもしれない。だが、一つ疑問がわく。
 弥生が尋ねた。
「何故、ダークロードである方がここに?」
 精霊使いの王ならば、勝手に外界を歩き回るというのはどう考えてもおかしい。
 それについて、デュナやグランフォードは申し訳なさそうに言った。
「実は、我々も闇の総本山とコンタクトを取ろうとしたのですが、それができないのですこの半年間。」
 デュナは修行中にいきなり、総本山とのコンタクトが取れなくなり、途方に暮れていたところをグランフォードに拾われたのだという。
「すみません、私も知っているのはここまでです、何分、見習いだったもので上層部のことまではとても・・・」
「・・・せやったら、これ以上は闇の総本山までいかなアカンってことやな。」
「この大陸にも総本山に続く、トランスゲートがありましたが、そのうち一つは何者かによって破壊されてしまいました。残っているのはアグレシヴァル王国の首都にあるトランスゲートのみです。」
「なっ・・・!」
 アグレシヴァルといえば、正真正銘の敵国だ。その首都に飛び込むというのは正直なところほぼ不可能な話だった。
 だが、グランフォードは言った。
「もしかしたら、それもいけるかもしれませんよ。」
「グランフォードさん・・・それはどういうことですか?」
「内々のことですが、帝国はアグレシヴァル王国への攻勢作戦を決定しました。既に、キシロニアへの通知は一両日中に行うでしょう。」
 ことの重大性にスレインは二の句が告げなくなった。
「全面戦争ですか・・・」
 連邦の数倍の兵力が衝突する。これまでの戦闘が児戯に見えるくらいのもの戦闘になるだろう。それもお互いに自分の生存の為に戦うのだ。帝国の内戦のように一定の秩序は期待できない。
 闇の総本山に行くには敵の本拠まで行かねばならないが、それを考えると気が重くなる。
 ともかく、アグレシヴァル王都にあるトランスゲートの確保については私にまかせてください。とグランフォードは言った。
「僕等も、その方法については最優先で考えます。」
「とりあえず、今は図書館で調べさせてもらいたい。」
 ビクトルが痺れを切らしたように言った。
「あの連中の目的を知るには図書館を使うしかあるまい。」
 図書館の主が承知したのは言うまでも無い。
 
 資料探しは直に始まった。ビクトルとスレインが資料探しをし、他のメンバーは他の階層にいる。アネットなどは連邦議長から内密の話がグランフォードにあるようで、図書館の別室にいるようだ。
 帝国図書館は全部で20階の階層からなっていた。このうち、10階までは一般に公開されている。だが、さまざまな理由から特に重要性の高いものは最上階に上げられ、そこで保管されている。
 精霊使いについての資料があるのは最上階ではなく18階だった。各階層に通じるエレベータがあり、その扉が開くと廊下が続く、その両側には明らかにガーディアンと分かる置物が並んでいる。外敵が侵入すれば、一斉に起動するのだろう。
 その先に扉があった。係官の持つ鍵で開錠すると、観音開きの扉が開いた。魔法の光で明るく照らされているその部屋は無数の本棚と本でスレイン達を出迎えた。
「リーダー、ともかく精霊使いとアルティメータの関わりがあるものが最優先じゃ。」
「分かった。」
 精霊使いについての文献があるのは右から数えて7列目から19列目まであるという。膨大な数の本の量だった。
 スレインがここにいるのもそのためだった。ビクトル1人では多すぎるのだ。といっても、数を多くしてはかえって老科学者の仕事を妨げる。それなら、リーダーがという話になったわけだ。もっとも、それはスレインの希望でもあった。精霊使いのことがわかることがあるかもしれないからだ。
「ラミィもお手伝いしますよ〜」
 と妖精は言った。彼女も総本山についての知識は白紙同然だったから、そのことに興味があるのだという。
「じゃあ、そっちの棚を・・・」
 と言いかけたスレインは別の疑問を口にした。
「ラミィは僕がダーク・ロードだっていうのは信じられる?」
「う〜そうですね〜。精霊の力が強いのは確かなのです〜。でも、隣にいる人がダークロードっていうのはなかなか実感がわかないです〜。」
「実感・・・・ね」
 それは僕も同じことだ。いきなり、自分は精霊使いの王と言われてもとどうしても思ってしまう。
「う〜ん、ラミィが生まれたときはもう大分前のことなので覚えてないのですが〜私には精霊さんが見えました〜人間もみえました〜。時折、迷っている魂とお話すのが私の役目なんです〜。誰が教えてくれたわけでもないのですが〜」
「そうか、ラミィはずっと1人だったものな。」
「ラミィ、迷っている魂とお話することだけが私にできることだったんです〜。それが私の役割だったんです〜」
「ラミィが闇の精霊使いだって教えてくれたのはだれだったの?」
「旅をしていた闇の精霊使いさんです」
 ラミィによると、その人から初めて自分の役割を聞かされたらしい。その時のことを話すラミィはどこか嬉しげだった。生きている人間のなかでは最初にしゃべった人でもあったからだ。
「だから〜スレインさんも、無意識のうちに迷える魂を輪廻にもどしているのと同じ気がするのです〜」
「同じこと・・・?」
「今までどおり、迷っている魂を見つけたら、その願いを叶えたほうがいいということです〜。継続は力なのです〜。」
「・・・・はは、これは」
 随分心配させてしまったみたいだ。どの道、ここで何かを調べられても実感を得るためには総本山に行かなくてはならない。
「ごめん、今は探さないとな。」
 と、スレインは資料探しの作業に戻っていった。
 
「と思っては見たものの・・・」
 字が読めない。
 本棚の上を見るためにかけられた梯子、その上でスレインは苦闘していた。所蔵された書籍は古代文字で書かれたものが多く、スレインが読めるものは限られる。自分の読めそうなものを選ぼうとしたが、それさえも大きな手間だった。
 何度目かに手に取った大きな本にスレインは目を留めた。
「なんだろう・・・これ」
 表題が読める「ドラゴンと騎士」と書いてあった。帝国高家の紋章が見え、かなり高価な本であることが分かる。ページをめくると美しい絵が描いてあった。
 なんだこれ・・・?絵はとても綺麗だけれども・・・そうか、貴族の子弟が使っていたのかな?
 絵本だった。
 アルティメータのことは書いてありそうにない。棚に戻そうかとも思ったが、文字は分かる。読めるものがあるかも分からないのだから、読んでみる価値はあるかもしれない。
 童話の中にはそれぞれの社会の歴史や善悪、価値が込められている。唐突にハインツ隊長の言葉が蘇った。
「普通の話・・・・かな、これは。」
 ページ数が少ない分、直に読み終わった。内容は単純だった。お姫様が魔王に攫われ、それをドラゴンを従えた騎士が取り戻しに行くという筋書きだった。精霊使いは騎士に魔王との戦いを指南する役柄だった。
 本棚に目を戻すと似たような本がいくつもあった。数冊に目をとおしたが、精霊使いが関わる童話ということで統一されていた。そのように分類されているのだろう。
 スレインの手は自然とそれらの本に触れていた。
 童話は全部で20くらいはあったろうか。
 それを抱えると、梯子をから下りて、椅子に腰掛けてそれを読みふけった。
「ふう・・・」
 一通り読み終えると、スレインはその両極端さに驚いていた。精霊使いたちはあるときには正義の側にあるときは悪の側にいた。比率は半々ぐらいだった。
「やっぱり、力を自分のためだけに使う人も多かったのかな・・・」
 最後に読んだ童話を棚に戻すと、スレインは腰掛にもたれた。
 世界を覆う異常気象の原因となっている他の精霊を麻痺させる波動。それを出しているのは精霊使いしか考えられない。それは複数の人かもしれないし、1人だけなのかもしれない。
 何故、そんな波動を出しているのだろう?故意にしているならなんのために?
 自分のためだろうか?そうだとすれば、酷い話だ。そのせいでローランドは滅び、異常な飢饉がアグレシヴァルを戦争に駆り立てている。
「まあ、どっちにしても今は調べなきゃな・・・」
 手を伸ばし大きくあくびする。その時棚の本に手があたった。強くあててしまったので、本の雪崩が起こるかと思ったが、そうはならなかった。
 あ・・・
 あたった本の隣に自分にも読める文字の本がある「伝承・精霊使い」と帯に記されている。
 スレインはラミィを読んでから、その本に手を伸ばした。相当な厚さがあるがそのことは気にならなかった。何かがここに書いてあるかもしれないという期待があった。
 目次がある。最初に目に入ったのは、「総本山の形成」という項目だった。読んでみると、最初、普通の人間と共生していて精霊使いは正しい方向にも、悪い方向にも力を行使した。
 悪用されたときの惨状に恐怖した人々からの排斥、あるいは精霊使いたちの意思、その二つが重なり精霊使いだけのグループを形成するようになった。それが総本山の起源であると、この本は書いていた。
 もっともその後にそれ以外の説も取り上げられている。この本が書かれた時点での精霊使いに関する記録を網羅したものなので、そう描くのも頷ける。だが、その説明にスレインはどこか納得していた。
 精霊使いを悪用している実例が近くにいるから実感がもてるのかもしれない。
 総本山は人の目に付かないところに作られた。と、本は続ける。では、総本山とはどんな所なのだろうか?
 目的は世界の精霊のバランスを保つことだ。その構成員は当然、精霊使いである。人口は推定値だが20万〜100万程度としている。ちょっとした小国家だ。通常、両親が精霊使いである場合その子供は100%精霊使いとなる。基本的にはそこで自己完結する組織であるはずだ。だが、例外はあるとこの本は書いている。
「例外的に普通の人間を両親とする者でも精霊使いの資質を持つものが現れる。・・・それが一定以上の力であれば、総本山に召還される・・・」
 召還される人にとってはいい話でもないよな・・・。いつかヒューイが自分のために精霊の力を使おうとした者のことは話した。
 その理由がこれなのか?
 いきなり、連れて行かれて不満を覚えるものはいるだろう。彼等が自分の為に精霊の力を使いたがる・・・ということにはなりはしないか?
 基本的には人間の集まりである以上、何も問題が無いとは思えない、それら総本山内の秩序と世界の精霊を安定させる責務。その先頭に立つのが、ロードなのだ。
 自分はそのダークロードなんだ。実感は沸かないけれども、重い責任がのしかかってくるように感じられた。
 ロードは夫々の属性にある秘術を行うことができる。その数行下に、アルティメータの文字をスレインは見た。
「スレインさ〜ん、これですよ〜。」
「うん・・・」
 読み進めると、その秘術とは自分の精霊の力を飛躍的に高めるためのものでアルティメータそして、5万に及ぶ人間の魂が必要であると記してあった。
「5万人の人間の魂・・・?」
 物騒な記述に顔が歪む。まさか、こんどの内戦もそれが目当てなんじゃ・・・
「なんだか、関係ありそうです〜」
「うん、これから考えるとこの術は闇の精霊使いの協力が必要みたいだね。」
「う〜ん、闇の人がいても一箇所に5万も魂をとどめておくのは難しいかもしれませんけど〜でも、闇の精霊使いの協力はどう考えても必要そうです〜」
「ああ、奴等にはシオンがいた。」
 彼は死んだが、仲間にもう1人闇の精霊使いがいれば同じことだ。
「ビクトルに話そう。」
 スレインは立ち上がると、彼がいるであろう本棚を探した。彼は大量の本を床に下ろし、それと格闘していた。
「ビクトル!」
「おお、リーダーか・・・何か分かったかね?」
 スレインは自分の感想と併せて、その本をビクトルに渡した。
「ふむ・・・筋は通っているな。この概説書にそんなことまで書いてあるとは・・・」
 ビクトルは本棚に詰まれた本を取り出した。
「このタイプの儀式であればこの本に何か書いてあるかも知れぬ。よくたってくれたの。ワシももう一度調べてみよう。」
 ビクトルが読もうとしている本は古文書で書かれているものでスレインに読むことは出来ない。
「ここは、ワシに任せい。」
「うん、分かった。」
「ああ、それからこの概説書だが近くに写本はあるかもしれぬ。」
「写本?」
「ああ、このタイプのものはいくつか写本はあるものだ。」
 それなりにこちらのことに気を使ってくれたのだろう。元の場所に戻るとビクトルの言葉どおり写本が残されていた。
 この図書館の中であれば持ち出ししても構わない。そういわれていたのでスレインはそれを持って部屋の外に出ることにした。
 正直資料探しで結構疲れていた。
「もう夕方だったのか・・・」
 窓から鮮やかさを欠く夕焼けが目に入った。
「ヒューイさんと、弥生さんです〜。」
「お、リーダー。本探しは終わったんかいな?」
 ヒューイと弥生だった。自分たちの様子を見に来たようだ。
「うん、いまビクトルが詳しく調べているよ。」
「なんか、分かったんか?」
 まだ推測だけれどもと、前置きしてスレインは分かったことを話した。
「なんてことや・・・こんなことのために・・・」
 とヒューイが呻いた。
 もともと、ヒューイはこの戦争に関わっている精霊の力に憤りを覚えていた。ここに書いていることの為に戦争を起こしたとなれば、数段悪質だ。
「精霊の力を悪用するなんて」
 弥生も同意見であるようだが、それに友人が加担していることを考えているのか、悲しみに近い複雑な表情だった。
「まだ、この推測が正しいかも分からないけれどもね。」
 と、スレインは言った。
 これ以上は古代語が読めない自分ではどうにもできない。
 それよりも、スレインには聞きたいことがあった。今、目の前に居る2人は現役の精霊使いなのだ。
 
 階段で下の階に下りるとそこは会議にも使える大きな部屋があった。閲覧室だ。
 そこで、スレインは精霊使いの本の写本を広げていた。現役の精霊使いはこれを見てどう思うだろうか?感想は「コレは本当」と言うのもあれば、「いや、コレはない。」というものまで様々だったが、総じて総本山の実情を意外に正確に描いているというのが2人の評価だった。
「驚いたわ・・・結構正確に書いてあるわ・・不正確な面もあるけど。」
 なんで、そう意外がるのかと思ったが疑問は弥生が答えてくれた。
「精霊使いは自分たちの存在を伝える書物を組織的に抹消しようとした時期があったのです。」
 だから、総本山の事情について意外に正確に書いてあるこの本は驚きだったのだという。現在では、書物の抹消は行われていない。既に、精霊使いは伝説上の存在になっており、その意味で精霊使いの工作は成功したといえるからだ。
 スレインは尋ねた。
「ロードは精霊使いの王様なんだよね?どうやって選ばれるの?」
「そうですね。私の月のお社では、一定の精霊力を持つ者がロード候補になり、試験を受けます。試験の題目はいろいろあるみたいです、1年間人間界に降りて精霊の力を磨くというものや、戦乱や飢饉で人々の心がすさんでいる場所に放り込まれて、どれだけ人心を沈められるかという乱暴なものからいろいろですわ。」
「せやな、ワイのところも同じや・・・というよりかどの総本山も同じやと思うで。」
「血筋とかじゃなくて実力主義なんだ。」
「せや、帝国の皇帝のようにその血筋でないとなれないというもんやない。」
「精霊の力が強ければ誰でもっていうこと?」
「そういうことや。」
 精霊使いは各々の能力を高めて、この世界のバランスを保つのが勤めだ。それに答えるために日々の修行が彼等の日常だった。その実力が評価されて、ロードになるというのはその人にとってとても名誉なことだし嬉しいことなのだとヒューイは言った。
「まあ、リーダーもそれを経験した後にロードになったちゅうことや。」
「・・・・そうなんだ。」
「リーダー、総本山に行けば全て分かるんや。その時まで待つんや。」
「うん、分かっている。ラミィにもそう言われたよ。」
 それでも、はやる気持ちを抑えることは無理だった。ヒューイも弥生もそれは分かっていた。誰だって不安定な環境からは抜け出した。
「何か知りたいことがあれば聞いてみてください。私のする範囲であればお答えしますわ。」
「ありがとう。」
 そういわれてスレインはもう一つの疑問を口にしようとした。2人は人間界から精霊使いに召還された人たちなのか?聞いてはいけないのかもしれないが、どこかに聞きたい気持ちがあった。だが、それを言う前に図書館に警報が鳴り響いた。伝声管を伝って「最上階付近で侵入者がおり、火災が発生したという情報を狂ったようにアナウンスしていた。
「なんや、これは・・・・しかも爺さんのいるところやないか!?」
 侵入者というところでも気にかかる。こんなことをする理由と能力があるのはスレインが知っているものの中では一つしかない。
「シオンの残党たちかな・・・ビクトルが危ない・・・行こう、みんな!」
「はい。」
「弥生さんはアネットやモニカを読んで来て。ラミィも一緒についていって。」
 きっと2人はこの近くの階層に居るはずだ。本当にクライブかシモーヌあたりが来ているのなら5人でまとめて当たらないと勝ち目は無い。
「なるべく早くね。」
「わかりました。」
「わかりました〜。」
 彼女たちが来る間は廊下に配置してあったガーディアン達と連携すれば時間稼ぎは出来る。
「ヒューイ急ごう。」
「わった!」
 ヒューイとスレインは走り出し、階段を駆け上っていった。
 
 
 
(つづく)
 
更新日時:
2013/02/10 

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Last updated: 2014/3/16