18      内戦は終わった
 
 
 大使の執務室でスレインはアネット達やノエルに言った。
「ノエル大使にお話があります。・・・みんなにも。」
 大事な話がある。
 そう言って皆に集まってもらった。
 勿論昨日のことや自分の素性を話すためだ。ヒューイにも話したが彼はまだ、正体を知られるわけにはいかないと答えた。
「早起きとは感心だな。スレイン少尉。もう、身体は大丈夫なのかね?」
「ご心配をおかけしました。」
「話というのは?」
 ノエルの表情からその感情を読むことは出来ない。かつて、フェザリアンの計画を話したときには信じてくれたが、今回はどうだろう?あの時はそれなりに物証もあったが、今回は違う。
 それにアネット達はどう思うだろうか?
 そう思いながらもスレインは説明を始めた。
「帝国の内戦について今日、テオドラ様とジェームズ殿下の連名で布告が出るはずです。」
「なに・・・?」
「何を言っているの?スレイン。」
 ノエルやアネットの顔色が変わった。何も話を知らない人間にとっては晴天の霹靂だろう。
 昨日の夜に見たことをスレインは一気に話した。大規模な魔法によって帝都全体が深い眠りに落ち、その間にバーバラとクライブが皇帝宮殿に潜入したこと。その2人と戦ったこと。その後のジェームズとテオドラの秘密会談。
それからスレインは自分の予想を口にした。
「ここからは推測ですが、ジェームズ殿下はテオドラ様に帝国の内乱を終わらせることを提案したのではないでしょうか?カール王子の帝位継承の見返りに、政治的な主導権を得るそのような取引があったのではないかと・・・」
 事の真偽はひとまず置いてというようにノエルは言った。
「何故そう思う?」
「テオドラ派は押されていますが依然戦力を残しています。内戦の決着はそうそうつかないでしょう。そうなると隣国、例えばアグレシヴァルからの介入を2人とも恐れていたのではないでしょうか?」
「それで、手打ちを今行ったと言いたいのか?」
「そうです。」
「ちょっとスレイン・・・・」
 それまで話を聞いていたアネットが言った。
「それはいくらなんでもとっぴ過ぎない?今の話もとても信じられないわ。帝都の人間全部を眠らせるなんてどんな魔術師にもできることじゃないわよ。」
「・・・」
 もっともな反応だった。モニカやビクトルに顔を向けるが2人とも感想は同じだろう。
 何か答えようとした時、弥生が前に進み出た。
「いいえ、それが出来るのです。普通の人間には不可能ですが。」
「弥生さん、貴方まで・・・」
「精霊使いなら、それを可能にすることが出来ます。」
 精霊使いという単語に反応したのはビクトルだった。
「精霊使い?伝承の中に存在する。6つの精霊を操ると言う存在か?」
「はい。」
「ビクトル、知っているの?」
「本で読んだだけじゃがな。この世を構成する精霊を意のままに操る者。それが精霊使いじゃ。あくまで伝承の中だけの存在だと思っていたが。・・・・帝都全体を眠りに落せるとしたら−確か月の精霊使いは人の記憶、感情に影響を与えることが出来るとされているが」
「でも、それは伝承なんでしょ?そんなことがあるわけが・・・」
「バーバラ、あの宮廷魔術師と戦ったとき、特殊な術にかけられませんでしたか?」
 弥生の問いかけにアネットとモニカは思い出した。ローランドでの戦闘のことを。
「確かに、あの時は何がなんだか分からなかったわ。」
「うん、わけも分からずにスレインに剣を向けていた・・・」
「あれが月の精霊の力なのです。帝都全体を眠りに落したのも原理的には同じですわ。」
 弥生は告白した。
「バーバラは精霊使いなのです。−そしてこの私も。」
 それから、彼女はバーバラを追っている理由を語った。月の精霊使いの本拠地、月の社から逃げ出した脱走者バーバラを追っているのだと。
「じゃあ、スレインが言っていた昨夜の戦闘というのにも。」
「見ていますし、参加もしています。」
 それと、とでも言うようにスレインは手を挙げた。
「ついでに言うと、僕にも闇の精霊使い−魂を扱う精霊使いだけれども、その素質があるみたいなんだ。」
 真顔で言うスレインや弥生に皆どうしたらいいのか分からないという表情を作っている。唯一の例外はヒューイで落ち着いた表情のままだった。
「これが、昨日あったことなんだ。」
 確かに、スレインは死者と話せるという話を聞いたことはある。それをもとに結果を出したとも聞いている。バーバラにかけられた術のことも覚えている。それでも、はやり突飛に過ぎないかという感覚も捨てられない。皆の顔はそう言っている。
 スレインはノエルを見た。
 老大使は考え込むような表情だった。精霊使い云々の話はさておき、テオドラ派とジェームズ派はなんらかの接触を持っているとの情報を彼は得ていた。それを考えれば、スレインの予測はそれなりに首肯できる内容だった。
 ノエルが口を開こうとしたとき、扉が勢い良くあいた。
「失礼します!」
 入ってきたのは大使館員だ。情報を扱うことが多い、彼は普段ポーカーフェイスであることに勤めている。その彼がこの慌てよう。よほどの重大事であることは察しが着いた。
 ・・・・テオドラ様とジェームズ殿下の話し合いの結果が出たのか・・・
 老大使の顔色が変わった。二言三言、報告者と言葉を交わしてから、スレイン達に向き直った。
「少尉、先ほどの話で補足する点はあるかね?」
「いえ。」
「分かった。では、私は一旦失礼する。大事件がおきたのでね。」
 慌しく出て行こうとするノエルをアネットが呼び止めた。
「ノエル、どうしたの?」
「とにかく、大事件です。内戦が終わるかもしれません。この館から出ないようにお願いします。」
 ノエルは足早に部屋を後にした。
「何があったの?」
 誰も事態を把握しきれていなかった。アネットが窓から帝都の様子を見ると普段と違うことに気がついた。
「見て・・・」
 指差したほうを見ると帝国軍の兵士が市内のパトロールに当たっている。帝都でもどの都市でも非常事態が発生しなければおおっぴらに兵士が歩き回るわけではない。だが、現実に兵士たちはパトロールに当たっている。それも大人数で。
「随分兵士が多いわね。」
「要所、要所にいるなら帝都の治安を保つためかも知れんな。」
 その理由は何かが起ころうとしているからだ。
「本当に何かあるのかもしれないわね。」
 モニカの言葉にヒューイは同意した。
「重大な発表いうのは間違いないかもな。」
 アネットが心配そうな面持ちで外を見つめていた。
 スレインも行きかう兵士の姿を見た。
 そう、内戦が終わった場合、キシロニアの扱いはどうなるのか?それは全く不透明だった。
「スレイン、さっきの話本当なのよね?」
 アネットが尋ねた。
「バーバラやクライブみたいな精霊使いがそれに関わっているっていう話も、スレインや弥生さんが精霊使いっていう話も。」
 信じていいのかもしれないが、どうも、現実離れしている。そうアネットは言っていた。
「信じられないかもしれないけれど。本当なんだ、昨日あったことは。」
 まだ、そうそう信じられないよな・・・そう、思いながら答えていると、ヒューイが言った。
「せやな、信じられへんやろうな。実際に見なければ。」
「ヒューイ?」
 ヒューイは右手を上に上げると指をパチンと鳴らした。
 すると、窓が閉まっているはずなのに部屋に強い風が吹き荒れた。
「わ・・!!なによ・・これ!?」
 再びヒューイが指を鳴らすと風は嘘のように収まった。
「じいさん。風を操れるんはどんな、精霊使いやった?」
「・・・・風の精霊使いじゃ・・・・」
「せや、ワイの正体がそれや。」
「じゃあ、砦の戦いでいきなり突風がふいたのも・・」
 モニカが言いうと、アネットもビクトルもあの不自然な風のことを思い出し、そして、次第に精霊使いの話を受け入れていった。
「本当に・・・そうなのね。」
 砦の戦いでの不自然な風の理由をそれは説明していた。
 ヒューイ・・・どうして・・・?
 彼は手を振り、今は気にすることや無い。と言外に言っていた。
「リーダーまだ、話があるんやろ?」
「あ・・・ああ。」
 そうだ、まだ話さないと。
 バーバラが奪った皇帝の宝物のこと。それに太陽の異変と精霊の関わりを。
 
 一通り説明が終わるとアネットが正直に言った。
「スケールがでか過ぎるわね。その話。」
「僕も同感なんだけど。」
 と、思わず、本音が漏れた。
 スレインにとっても未だにそれはスケールが大きすぎる問題だった。
「ごめんね、三人とも疑っちゃって。」
「ええって。まあ、精霊使いが正体を明かすなんてあんまりないことやけどな。」
「まさか、正体がバレちゃうと処刑とかそんなことは無いよね?」
「それは、ありませんわ。今回のようなケースであれば。」
「そうなの・・・それならいいけれど。」
 アネットはソファに身体を預けながら言った。
「・・・ともかく、昨日言っていたグランフォード様にお願いして、彼等の狙いを探ることと、帝国や連邦の今後がはっきりしないことには動きようが無いってことね。」
「−そうだね。ちょっと休憩しようか。」
 スレインは窓越しに帝都を眺めた。
 兵士以外はいつもどおりだった。行きかう人々も馬車もいつもどおりだ。
 だが、人々は怯えるような足取りだ。何か始まることへの不安をそれは伝えていた。
 
 
 事態が確定したのは、その日の夜になってからのことだった。ぐったりした様子で、ノエルが帰ってきた。
「少尉、君の言ったことは正しかったようだな。」
 スレイン達がノエルに呼ばれたのは本国への連絡、善後策の協議が終わったあとだった。
 不安そうにアネットは尋ねた。
「ノエル、どうだったの?」
 帝都で起こった政治的な混乱の過程は概ね次のようなものだった。
 早朝からヴィンセント指揮下の兵が帝都の要所を固め、それから皇帝宮殿に全ての貴族が集められた。
 最初は定例の挨拶、あるいは内戦が再会されるについての訓辞かと思われた貴族たちは壇上にいるカール皇子と両脇に控えたジェームズとテオドラに仰天した。
 さらに、2人が行った布告は貴族たちの度肝を抜くものであった。
 即ち、ジェームズ・ウェリントンとそれに連なる貴族は、従来の態度を深く反省し、カール皇子に忠誠を誓うこととする。カール皇子はこれを受け入れ、ジェームズ達の忠誠拒否の罪を許し、帝国の統治を円滑にするためジェームズ・ウェリントンを宰相の地位に置く。その任期は10年間とする。
 これを主な条件に内戦は終結するという内容であった。併せて、先帝オーギュスト・ウェリントンの病死について、外部よりの介入の疑いがあり、その調査委員会を設けるとした。
 主だったテオドラ派の大貴族たちはこのことを知らされていたが、大多数の貴族は混乱するばかりだった。だが、不満があったとしても具体的な行動に出るものは少なかった。帝都はヴィンセントの部隊が展開していたからだ。
 午後には、この決定が一般国民に公表された。
「それで、連邦はどうなるの?」
 アネットが尋ねた。
「帝国との同盟関係は解消されてしまうの?」
「いいえ、同盟関係は維持されます。何の交換条件もなしでです。」
「よかった・・・」
「ええ、それは。」
 同盟継続のことは素直に喜べるが、本当にそうだろうか・・・・
 スレインは思った。多分、ノエル大使も同じ思いなのだろう。その顔には不安が刻まれている。
 まず、内乱が本当にこれで収まるのかどうかだ。テオドラ派、ジェームズ派にとっても今回の決定は青天の霹靂だった。内戦でそれぞれの派閥に加わった者たちは自分の利益例えば、恩賞目当てで加わったものも多い。それがいきなり試合終了となれば不満も一どころではなく出てくるだろう。
 もう一つはアグレシヴァルと帝国との関係だランドルフの素性に気付いたテオドラのことだ。おそらく、皇帝暗殺のバックにアグレシヴァルが関係しているのは把握しているだろう。となれば、皇帝のあだ討ちを理由に本格的な遠征軍を派遣するかもしれない。それとも、それで貴族たちの不満を解消しようというのか・・・
 モニカが背中を突いた。
「スレイン、貴方が知っていることを全部言ったほうがいいんじゃない?」
「・・・そうだね。」
 この帝国動乱に精霊使いが関わっているのは確実だ。
「大使・・・・」
 スレインは昼間、皆に語ったことを同じく大使にも伝えた。それを聞いたノエルは何ともいえない顔を浮かべた。
「君はいつも突飛の無い話を持ってくる。そして、それは同時に正確だった。今回もそうなのかね。」
「信じられないかもしれません。でもこれは本当の話なのです。」
「疑ってるわけではないんじゃ。十年前に我が連邦から盗まれた水の宝珠、クライブと名乗る精霊使いがそれに関わっている可能性・・・か。」
「帝国は何か盗まれたことは」
「何も言わんよ。当然のことだがな。」
 それを言えば帝国の威信に関わることだ。緘口令というより隠蔽が進められているのだろう。
「その連中の目的を知るために帝国の図書館に・・・だったな。」
 ノエルは言った。
「向こうのほうから、グランフォード殿のご子息から依頼があったよ。是非君に会いたいと言っている。ー出来れば明日にでもと。」
「ありがとうございます。早速、明日、グランフォード様の館に向かおうと思います。」
「うん、話は此方からも通しておく。十分注意して・・・な。」
「はい。」
 大使はワシはまだやることがあるのでな。と言ってその場を後にした。本国との協議、情報の収集。するべきことはまだある。キシロニアの外交官達にとって眠れぬ夜はまだ始まったばかりだった。
 
 
 グランフォードの館に向かったのは先方の希望通り次の日の午後だった。使いが来て、そのまま馬車で館に案内してくれた。
 馬車から見る帝都は未だに内戦終結の混乱の中にあった。
 民衆が特に関心を示していたのは皇帝の死に、暗殺の可能性があるということだった。
 ならば、犯人は誰か?
 そして、今後の政局はどうなるのか?テオドラ派は勢力を弱め、ジェームズ派が主流になるのか?
 だが、皇帝はカールでその後見役にヴィンセント将軍がついたというぞ。
 ともかく、色々な意見を言い合っている。
 その喧騒の中を馬車は進んだ。グランフォードの館は皇帝宮殿にかなり近い場所にあった。帝国の知の宝庫の管理人の地位は何時の時代でも普遍であった。
 館は意外に質素なつくりであったが、中に入るとその蔵書に驚かされた。まるで図書館なのではないかというくらい本棚とそれを埋める本。それは応接の間でも変わらなかった。
「グランフォード様がお見えです。」
 執事が告げると、スレイン達は立ち上がり、グランフォードを迎えた。
「おお、この前お会いして以来ですね。」
 そうだ、テオドラ后との会食を進めに来ていたのはこの人だ。確か、領主の息子だと名乗った人だ。
「お招きいただき、ありがとうございます。グランフォード様。」
 大使館で確認した情報だと、病身の父親に代わり、領主の仕事をしているのは彼だという。良く見ると、自分たちとそれほど離れた歳ではないようだ。
 グランフォードは育ちのよさを伝える微笑を浮かべると、横幅のある椅子に腰を下ろし、スレイン達も椅子を勧めた。
「では、早速本題に入りましょう。」
 領主の息子はスレインと弥生を見た。2人がいる以上、隠蔽は難しいと思っているのだろうか?
 彼は真実を語った。だが、当然その目には部外者には他言無用に願いたいという色も入っている。
「昨日、ジェームズ派の者達が奪取したもの。それは騎士達の十字架と呼ばれていたもので、我が帝国に伝わる数ある秘宝の一つです。」
 ・・・騎士の十字架・・・
 ヒューイのほうを見た。彼は首を振った。この大陸に伝わる三大宝珠に騎士の十字架などというものは存在しない。
 その反応は想定の内、とでもいうような表情でグランフォードは言った。
「貴方たちが探している大陸三大宝珠の中に闇の宝珠というものがありませんでしたか?」
「あ・・それや。それなら、三大宝珠の一つや。」
「ちょっとヒューイ・・・!」
「はは、構いませんよ。アネット殿。連邦の皆様には特にそちらのお2人はテオドラ様にとっては命の恩人ですから。」
 さらりと、2日前の夜のことをグランフォードは認めた。
「テオドラ様から、騎士の十字架が盗まれたと聞き、そして、この本を取り寄せました。我が領地の図書館からです。」
 机の上に古びた本が置かれた。かなり分厚い、古代の文字で書かれており、スレインには何が描いてあるのか分からなかった。
「・・・大陸三大宝珠」
 題名を読んだビクトルが本のページをめくった。
「ここが、目次じゃな・・・宝珠のいわれ、来歴が細かに書かれているようじゃが・・・」
「分かるの?ビクトル。」
「この程度を読めんのでは研究者は務まらん。」
 スレインはグランフォードの様子を伺った。知の管理人がもっていた古文書だ。貴重なものなのだろう。それを他国の一介の警備兵が見ても良いものなのか?
 確認する意味でスレインは言った。
「読んでもよろしいのですか?グランフォード様。」
「もちろんです。というよりも読んでいただきたいですね」
 グランフォードは「帝国の知の管理人」としては、情けないことですが・・と前置きした。
「現在、我々の館にはこれを読めるものがいなかったのですよ。ですが、私はここに書いてあることが知りたいのです。今すぐに。」
「では、読ませてもらうぞ。」
 ゴーサインが出たと受け取ったビクトルは嬉しそうに本をめくり始めた。
「ビクトル、メインは三つの宝珠が集まるとどうなるか?だからね。」
 アネットが釘をさした。ビクトルのことだからその探究心を爆発させるのはよくあることだ。今回の場合はなおさらだ。
「わかっとる」
 と、すこし恨めしそうな顔でビクトルは答えると、席を立ち、隣の机で解読にあたることにした。
 雑談は他でやれ、と言っているようだった。そう、僕は雑談しなくてはいけない、前にいる図書館の主に。
「何故、これを?」
「気になるからですよ。ジェームズ派が何故、そんな宝珠を集めているのかが。ただでさえ、こんなに政治的に不安定な時期なのに、彼等は帝国の宝を手元に置いておこうとしたのか?」
 これが、皇帝の証となる3つの宝物であるなら不思議はありませんが、この騎士の十字架はそれほどの重要性はありません政治的にはですがね。と、グランフォードは言った。
 確かに、帝位をめぐる争いという文脈で考えれば、盗むべきは皇帝の象徴とでもいうべき3つの宝物、即ち、剣と鏡と巨大な十字架だろう。当面の政治状況に影響は少ないが、知の管理人としては何をしようとしているのかが気になるのだという。
「貴方たちは何故、そのことを気にするのですか?」
 問い返されたスレインは過去のことを話した。
「あの者達が三大宝珠の一つ、時空の宝珠を奪ったことを目撃しているからです。そして、今回この騒動です。」
 人々を救うははずの時空融合計画を妨害した彼等は何を意図しているのだろう? シオンは既に倒したが、その残党たちは何を考えているのか?
「僕はそれが気になるのです。」
 
 ビクトルが古文書の内容を把握するにはいくらも時間はかからなかった。その間のグランフォードとの雑談では色々なことが話題に上った。グランフォードの方はスレインの来歴に興味があるようだったが、数ヶ月前からの記憶をなくしていると答えると、何ともいえないという表情を作ったのが印象的だった。
「三大宝珠を集めると、湖が干上がるそうじゃ。そこに何かがかくされているのじゃろう。」
 ページを広げると、そこに地図があった。湖の記号が記されている。付近の様子は正直どこなのか分からなかったがビクトルは言い切った。
「これはビエーネ湖じゃ。そこの水底に何かがあるのじゃろう。」
 彼が言うには、帝都も昔は小村で地図にある村が帝都なのだという。
「ビエーネ湖か・・・」
 帝都の近くにある帝国でも最大級の湖だ。ここからだと順調に行けば数日でつける。グランフォードも興味深そうな顔をして、ビクトルの話に耳を傾けていた。
「ビエーネ湖ですか・・・ところで皆さんはそこにいかれるのですか?」
「そのつもりです。」
「では、我々もそこに同行したいのですがよろしいですかな。」
 先刻の話で、グランフォード家が三大宝珠を集める目的に興味をもっていることは理解できていた。それに、この本を見せてもらったこともある。断ることも出来ない。
 そこに、どんな狙いがあるのか分からないにしても。
「わかりました。」
「その後ですが、是非、ここではなく、ビブリオストックの拙宅においでいただきたい。」
 ああ、我がビブリオストックと帝都はトランスゲートで連結されていますので、時間は比較的かからないと思いますよ。と、彼は付け加えた。
「失礼します。」
 グランフォード家の執事が入ってきて、何事かを耳打ちした。今は政治的な動乱の過程にあり、この家もそれに無関係を決め込むことは出来ないのだろう。彼は立ち上がった。
「皆さん、私はまた用件があるゆえ、お話はここまでです。共の者は人選を終えています。馬車もご用意しますので、報告をお待ちしています。」
 去り際に、グランフォードは言った。
「・・・スレイン少尉、私のことを随分と警戒されているようだ。・・・どなたも。」
 グランフォードは全員を見渡して言った。
「私は帝国貴族の子弟ですが、貴方方三人そう、スレイン少尉、ヒューイ殿そして弥生殿。と同じような組織に属しています。」
「え・・・」
「ああ、加えてクライブという賊のような者とは違う考えを持っています。それだけは付け加えさせていただきますよ。」
 その言葉を最後にグランフォードは部屋を後にしていった。
「ラミィ・・・あの人は・・・」
 ラミィはこれまで精霊使いである人のことは直に言い当ててきた。だが、彼女も今回はつかみきれなかったようだ。
「スレインさ〜ん、やっぱりあの人も精霊使いです〜。最後の最後にわざと、その気配をさせていました〜。」
「気配を消してたってこと?」
 ラミィは頷いた。
 彼が相当な技量の持ち主の精霊使いであることは間違いないようだ。
 
 事は一刻を争う。そうグランフォードは思っていたのかもしれない。その後のことはとてもスピーディーだった。
 共として、グランフォード家の家来、ハイモンドが付き、キシロニア大使館のほうで用意した馬車を使って、ビエーネ湖に向かうことになった。
 湖までの道は既に街道が整備されており、時間はそれほどかからないかもしれない。帝都に向かう人たちや逆に離れる人々を見ながら、馬車は黙々と進んでいた。
 しかし、見張りはいたほうがいい。そう思った。今の状態でなにも襲撃がないと考えるのは危険だった。
 
「スレインさん、お疲れ様です。」
 見張りをヒューイに交代して、馬車に戻ってみると、弥生が腰掛に身を預け、その隣でモニカが寝息を立てていた。
 音量に注意しながら弥生は言った。
「また、一つ手掛かりが見つかりそうですね。」
「そうだね。」
 スレインは短く答えた。
 彼は間違いなく自分の素性の一端を知っている。そして、クライブのことについても何らかの情報を持っている筈だ。個人として話していて不快感を感じる人ではなかったし、自分たちを罠にかける理由が見つからない。それでも不安は付きまとっていた。
 そして、分からないと言えばヒューイは何故、自分の正体を明かしたのだろう?あの後、ヒューイにも話してみたが、訳を言おうとしなかった。弥生も思い当たるところはないと言う。
 弥生は言った。
「まだ信用しきれていないのですね?グランフォードさんのことを。」
「うん、やっぱりちょっとね。悪い人ではないとは思うんだけど。」
「仕方ありませんわ、こんな情勢下ですもの。用心は必要ですわ。」
「わかっている。」
 彼の誘いが罠だった場合の覚悟はしている。
「弥生さんもあの人の心の内は分からなかったの?」
「はい完全には。ただ、嘘を言っている気配ではありませんでしたわ。」
 弥生が言うにはグランフォードは自分よりも高位の精霊使いであり、その為に心の内を完全には読めなかったということらしい。
「そうだったんだ・・・もしかして、あの人はすごく偉い人なのかな?精霊使いの世界だと。」
「そうですね・・・ロードとは言えませんが片腕は務まりそうなレベルとお見受けしましたわ。」
 よりによって、そんな人から目を付けられたということか・・・と、スレインは思った。
考えてみれば精霊使いは基本的にそれぞれの総本山から地上に出てくるのは希だ。そんな存在にこうも連続して会うというのははやり異常なことなのだ。
「やっぱり、僕の力が異質だからなのかな・・・」
「そうですね。」
 と、弥生はサラリと言った。
「私も、2人の魂を持つ方に会ったのは初めてですから。」
「はは、そうだよね。・・・でも、初めにあったのがヒューイや弥生さんで良かったよ。もし、シオンやクライブに最初に会っていたらどうなっていたか・・・」
 正直あまり想像したくなかった。最悪問答無用で殺されていたかもしれないし、彼等の仲間になっていたかもしれない。
「貴方が最初に意識を取り戻したのはキシロニアでしたよね?アネットさんに助けられて。」
「うん、その後、国境の警備隊に志願したんだ。」
 自然とその時の仲間のことを口にしていた。別の世界に旅立ったローザとクリス。
連邦の別の場所で軍務についているハインツ隊長、マリア副隊長、ウィルフレッド。
 みんな元気だろうか?
 思い出してみると随分と懐かしい気がした。そんなに時間が経っているわけではなかったのに。
 そんな感覚が顔に出たのかもしれない。弥生がクスリと笑いながら言った。
「楽しかったんですね。」
 何処か照れくさい感覚をスレインは覚え黙って頷いた。
「今の皆との旅もそうだけどね。」
 そこまで言ってからスレインはふと思った。あの夜に言えなかったことだ。
「ねえ、弥生さん。」
「はい?」
「バーバラは君にとってどういう人なの?顔見知りみたいだったけど。」
「え・・・」
 弥生の表情が固まった。予想外の質問だったのかもしれない。答えが返ってくるまで少し時間がかかった。
「そうですね、スレインさんの言うとおりです。―少し、長くなりますけど聞いてください。」
 弥生は脱走者との関わりを話し始めた。
「私が精霊使いとして社に入った時、シモーヌは・・ああ、バーバラは通り名で本当の彼女の名前はシモーヌです。精霊使いになって始めての任務で私と行動を共にしてくれたのが彼女と3人の仲間でした。」
 以前、口下手と言っていた弥生もその時の話しになると口が軽くなっていた。
「当時の私たちの隊の成績が悪くて、他の隊との競争で勝てなければ、解散されると言われていたのです。」
「それを防ぐために頑張ったんだ。」
「ええ、不謹慎ですが、楽しかったです。」
 気の会う方々でした。それに隊の規律も割合緩かったので、お社に来たての私もなじみやすかったのかもしれません。
 仕事とってもごみ拾いや、ベビーシッターもあったりして何でも屋のような活動だったのだという。
「その時に、まだ、お社のことが分からない私を皆、助けてくれました・・・シモーヌには特にお世話になりましたわ。」
 とすると、弥生にとってシモーヌは先輩ということになる。自分にしてみればマリア副隊長あるいはハインツ隊長のようなものだろうか。
「なんだか、僕がいた警備隊みたいだね」
「そうなんですか?」
「規律が緩いところは特にそうかも。」
 隊長とかも趣味で化学実験をやったりいろいろとね。結構好き勝手だったかも、とスレインは昔のことを思い起こした。
「ふふ、そうかもしれませんわ。」
 どこか楽しそうな様子で弥生さんは言った。
「私たちのリーダーは化学実験をしたりはしませんでしたが、上のほうからは隊長としての自覚が足りないと言われていたようですが、余り気にしない人で・・」
 そうか、弥生さんにとってのシモーヌは僕にとっての警備隊と似たような存在なのかもしれない。そのうちの1人が脱走して、行方を追っている。
 例えばマリア副隊長あるいはハインツ隊長が脱走者で捕らえなければならないとしたら?
「だから、シモーヌさんを捕まえるのを志願したの?」
「ええ、そうです。」
 自分が同じ立場でも追跡者の任を引き受けるだろうな・・・・。
 全くの別人であれば、問答無用で生死不問で脱走者を処置するかもしれない。それよりも自分が追跡して、説得したい。
 もしも、出来れば
「私は彼女を生きてお社に連れ帰りたいのです。説得できればと思っています。」
 しかし、これまでのシモーヌの戦闘を見る限り説得に応じる様子は無い。
「皆さんの前にシモーヌが現れたときは全力で戦います。手加減をして戦える相手ではありませんから」
「確かに・・・ね」
 シモーヌは強い。魔法の威力は自分やモニカと段違いだ。昨日の戦闘でなんとか戦えたのも奇襲できたからだ。あの魔法の一撃を食らえば生きている保障はない。
 弥生の手が硬く握られている。ビエーネ湖でシモーヌがいれば、戦うことになるのは確実だ。
 でも、もしも戦うのがもっと先たったら・・・・
「理由とかは分からないの?脱走の理由とか」
 それを聞いた弥生は露骨に顔をしかめた。
「それが分かれば苦労はしませんわ。」
 彼女の目は自分が握っている手を見つめている。だが、暫くすると彼女はいつもどおりの口調に戻っていた。
「・・・ごめんなさい、考えれば私もスレインさんに同じようなことを言っていますのもね。」
 謝る弥生にスレインは思ってみたことを言うことにした。それが良いアドバイスなのかはわからないけれども。
「本名とか出身とかから考えるのもいいんじゃないかな?もしかしたら、原因の一つなのかもしれないし」
「・・・本名ですか・・・シモーヌ・リードブルクと伺っていますわ。出身は確か、この帝国領内の村と聞いています。」
 そこまで言うと、弥生は考え込むような表情を見せた。
「−灯台下暗しかもしれませんし、少し考えて見ます。」
 
 結論から言えばスレインの心配は杞憂に終わった。何故なら、彼等がビエーネ湖に着いた時には全てが終わっていたからだ。湖は干上がり、神殿が姿を現していた。その中に安置されていたものは既に持ち去られた後だった。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
更新日時:
2012/12/02 

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Last updated: 2014/3/16