16      その夜、帝都は沈黙した。
 
 
 
 
 大使館に戻った時は夕食になんとか間に合う時間だった。旅を始めた頃に比べると日が長くなっていた。
「あれ・・この歌は?」
 庭の西側から聞き覚えのある歌が聞こえてくる。
「モニカさんです〜」
「そうだね。」
 見てみると、庭の西でモニカが歌を歌っている。周りにいるのは子供たちだった。
「歌ってよ」という声が聞こえた。おそらく子供に頼まれてモニカが歌っていたのだろう。
 普段のクールなモニカを考えるとギャップを感じずにはいられなかった。
「あ、スレイン。」
 近づいていくと、モニカは照れくさそうにしながら言った。
「帰ったの?」
「うん、モニカは歌を?なんだか幼稚園の先生みたいだったよ。」
「そんなことないわよ。」
「ねえ〜もう一回〜」
「・・・ええ、分かったから、これでおしまいよ?」
「うん。」
 幼稚園の先生になったモニカ、ちょっと想像した。
 それが少し顔に出てしまったようだ。モニカの怖い視線をわざとらしい口笛で避けた。そんなことをしていると、襟の部分から紙が落ちてきた。
 何だろう?
 
 グレイの旦那
 
 その文字を見たとき瞬間動くことを忘れた。
「スレインさん」
 と、心配そうな顔でラミィが言った。
 手紙はこう言っていた。
 
 探しましたよ、今はキシロニアの大使館にいらっしゃるんですね。
 今夜、旦那の部屋に伺います。
 失踪していた間のことを教えてください。
 
 トニー
 
 このトニーという人物をスレインは知らない。だが、グレイは知っている。暗殺業をする上での協力者なのかもしれない。
「−今夜か・・・・待ってみよう。」
 と、ボソリとスレインは言った。
「どうかしたの?スレイン?」
 事情が分からないモニカが尋ねた。
「いや、なんでもないよ。」
「?」
 疑問ののここるモニカだったが、「もう一度、歌ってよ」という子供たちの声で後ろに引き戻された。
 まだ、心配そうなラミィが言った。
「スレインさ〜ん。大丈夫なんですか?」
「完全に大丈夫とは言えないけど、グレイのことを知るチャンスなんだ。」
 そう、それが自分から僕のところに来るという。これを使わないことはない。
「チャンスなんだ。」
 スレインはそう繰り返した。
 余りに真剣そうなスレインの表情を見てラミィは言った。
「それなら〜ます、ご飯にしましょう〜」
「え?」
「呼んでいますよ〜」
 アネットが「ご飯だよ」と呼んでいた。どうやら気付かなかったようだ。
 力・・・入れすぎだったかな?
 スレインは肩の力を抜くと、苦笑した。
「そうだね。」
 
 
 夕食はスレインが好きなチーズを使った料理だった。それを済ませると、自室に向かった。普段ならヒューイあたりとチェスの勝負かアネットやモニカとトランプでもするところだが、適当な理由を作ってその場を去った。
 部屋に入り、ドアを閉めた。
 季節的に湿気が多い季節だったが、今日は晴れていた。雨戸を開けると風が入ってきた。
 ・・・いつ来るかな・・・?
 答えが返ってくるわけでもない。スレインはその辺りにおいてある本を読んだり、椅子に座ったりしながら時間が過ぎるのを待つしかなかった。
 それを続けているうちにも焦りは募った。
 早く、早く、早く。
「失礼します。」
 どのくらい経っていただろう?ドアの音にドキリとしながら、立ち上がる。
 空けてみると、大使館員がいる。年は自分よりも4つは上だろう。にこやかそうな表情の男だった。
「すみません、お部屋の中で取り替えないといけないものがありまして・・・」
「はあ・・・」
 と、スレインは彼を中に入れる。
 すると、相手はいきなり向き直り言った。
「グレイの旦那。お久しぶりです。」
 この人がトニー?
 目の前にいる人間はどう見ても大使館の人間に見えた。それがなんで暗殺者の手引きを?
「ああ、これですか?変装に決まっているじゃないですか。これくらいできなきゃ旦那の協力役なんてつとまりません!」
「トニーなのか?」
「ええ、そうですとも!どうしたんです?私の顔をお忘れで?」
 ・・・ああ、そうかトニーにとっては顔見知りだもんなグレイは。
「ああ、すまないトニー・・・その僕はここ数ヶ月の記憶が無くなっているんだ・・・」
「え?・・・」
 スレインはかいつまんでこれまでのことを話すことにした。
 
「なるほど・・・・」
 暗い表情でトニーは言った。
 彼にしてみれば、グレイと話せば有益なことがあったのかもしれない。
「ごめん、折角来てもらったのに・・・」
「止めてくださいよ・・・!にしても、本当にグレイの旦那のキャラじゃないですね・・」
「そうなの?」
「ええ、そうです。旦那はそんな丁寧な言葉遣いじゃなかったですからね。」
 トニーは頷いた。会話からグレイが記憶をなくしたことを理解したのだろう。人格も含めて変わってしまっているようなのだから。
「わかりました。私が知る限りのことをお教えしましょう。」
 何処から教えましょうか?とトニーは尋ねた。とにかく最初から・・・としか答えられなかった。
 そういわれたトニーはまずとでもいうように自己紹介からはじめた。
「私の名前はトニー。暗殺者のサポートのようなことをしています。」
 ターゲットの情報、暗殺依頼、手傷を負ったときの医療の手配・・・まあ、雑用係のようなもんです。旦那とはかなり長い付き合いになります。何しろ、旦那が駆け出しのころからの付き合いですから。
 話はグレイが暗殺者を始めたときに遡った。キシロニアから出てきた暗殺者志望の少年、それがその時のグレイだった。
「まだ、本当に子供でしたが、資質はあったんでしょうね。旦那はそれからメキメキと実力をつけ、暗殺業界じゃ名前を知らない者はいないまでに頭角を現された。」
 成功率はほぼ100%といったところだったのだろうか?
 トニーの口ぶりはまるで自分のことを話す時のように饒舌だ。彼の資質があったおことを喜び、その活躍を自分のことのように思っている。それだけ2人には強い信頼関係があったのだろう。
「旦那は他の方と違ったのは依頼の正当性を問題にするところですね。正当性がないと旦那が判断した依頼はどんなイイ話でも受けようとしませんでした。」
 親分気質な筋を曲げない人なのかもしれないなグレイは・・・それならば。
「なら・・・連邦議長の暗殺の件は?」
 グレイの標的がアネットの父親というのは何とも居心地の悪い話だった。彼は恩人でもあるし、信頼できる人だった。一番最初に確認しておきたいことだった。
「それは、他の暗殺者に依頼が回らないようにするためと聞いてますよ。」
「回らないようにする・・・?」
 何のために?
 トニーはそれについては分からないと言った。これまで、ここまでサービスする人もいなかったんですけどね。議長に世話になったことがあるのかもしれないと私は考えておりましたが、まあ想像です。
「キシロニアの出身だから?」
「まあ、それに始めて会った時、身に着けていたのはかなりいい服でした。帝国じゃあそうでもないが連邦じゃかなりレベルの高い服だった。親の知り合いが議長って言う可能性もあるのかもしれませんねえ。」
 弥生の儀式を受けたとき、彼が最後に呟いたのはアネットの名前だった。彼女には確認していないが、グレイとアネットは知り合いだったんじゃないか?・・・・だから、彼女の父、議長を助けようとしたんじゃないだろうか? 
 戻れば議長は友人をなくし、その人に僕が、つまりグレイの顔が似ていると言っている。
 トニーは話を戻します。と言って続けた。
「そうんなわけで、旦那は暗殺者のホープになった。ですが、半年前に突然姿を消された。ーそれも、皇帝暗殺の下手人としてランドルフの野郎に殺されたーということで。」
 昼間に帝都の警備隊長に言われた言葉が蘇った。自分のいるキシロニアは帝国と同盟関係に入っている。その国の皇帝を殺した下手人は自分かもしれない。ドキリと胸が締め付けられた。
「皇帝は病死じゃなかったの?」
「表向きは、病死ですが、本当は暗殺です。」
「なら、皇帝を殺したのは・・・」
 僕?
 しかし、トニーは首を振った。
「これは確信をもっていえますが、本当はランドルフが皇帝暗殺の下手人で旦那は罪を着せられた・・・ということで間違いないでしょうね。」
「何故、そう思うの?」
「旦那には皇帝暗殺を引き受ける理由がありません。それに、そんな依頼を引き受けたなんて話は私は聞いたことはないかった。」
 1人では皇帝の暗殺なんて難しいですからね。とトニーは言った。確かに、この2人の関係から見て何の相談もないとは考えづらい。
「これに対してランドルフはアグレシヴァルと結びついることは周知の事実。あの国は皇帝を殺して帝国を混乱させればかなりの利益を受けます。それに奴にはそれだけの実力があります。」
 厳重な警備をかいくぐって皇帝を暗殺できる暗殺者はこの大陸でグレイの旦那かランドルフ以外にはいませんからね。
「我々の業界では既に広まってるはなしですよ。皇帝暗殺の犯人はランドルフだと。それに、帝国も・・・テオドラ様もそれに気付いたようなフシもありますからねえ。」
 トニーの話によると、内戦が始まってからテオドラもランドルフに暗殺を依頼したこともあるらしいが、その時に監視する人間もつけていたらしい。その時にアグレシヴァルとの関わりに気付いたのだろう。
「じゃあ、帝国は・・・」
「旦那が帝国につかまることはありませんよ。まあ、公式には旦那は死んだことになっていますからね。」
「よかったです〜」
 と、ラミィがスレインの気持ちを代弁した。
「全く・・・帝都で警備隊に言われたときはなんのことかと思ったよ。」
「記憶がなけりゃ、もっともですね。ああ、私がメッセージカードを入れたのはあのときなんですよ。」
 と、トニーはどこか得意げに言った。
「ところで、トニーどうやって大使館に?」
「それは、聞かないのがお約束ですよ旦那。」
「そうか・・・まあ、そうだよね。」
 と、スレインは苦笑した。そんな自分を見てトニーはお手上げのポーズを取りながら言った。
「なんだか、本当に暗殺業を始めた頃に逆戻りした感じだ・・・早いとこ元の旦那に戻ってくださいよ。」
「早く元の旦那に・・・か」
 まあ、直にってワケにはいかないだろう。
「では、今夜はこれで失礼します。また、いずれ連絡を入れます。」
 次の言葉を継げないうちに、トニーは手を上げ、部屋から出て行った。
 1人残されたスレインは暫くたったままだたが、唐突にベッドに腰掛そして寝転んだ。
「少しだけ、謎が見えてきましたね〜」
「うん・・・・少なくともグレイのはね・・・。」
 でも、今の僕は何なんだ?スレイン・ヴィルダーの履歴は?少なくともグレイは精霊使いなどとは関わりは無いはずだ。
「後は、僕自身のことだけか・・・」
「それもきっと分かりますよ〜。」
「だと、良いな・・」
 スレインは立ち上がった。すると鈍い頭痛が走り、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
 手を頭にやり、軽く頭を振る。
 何なのだろう・・・この感覚・・・・
「どうかしたんですか〜?」
「いや、少し疲れたみたいだ・・・もう、寝るよ。」
 疲れているのは確かだった。目を開けているのが辛い。
 今まで気になっていたことが分かったという安心感もある。あらたな疑問も生まれたけれど。
「おやすみ・・・」
 スレインは灯を消すと、そのままの格好でベッドの上に寝転がり、眠りに落ちていった。
 
 「ん・・・・」
 外の日差しでスレインは目を覚ました。
 起き上がり、何度か頭を振る。
 ようやく意識がはっきりしてくる。おぼろげに昨夜の会話を思い出された。
 洗面台で水を出し、それを顔にかける。もう1人の自分、いやこの身体の本来の持ち主はグレイ。そして、彼は皇帝暗殺の容疑をかけられていたこと。
「それを考えると、テオドラ様に会うっていうのも拙いのかな・・・」
 トニーはその嫌疑はもうかけられないと言っているが・・・果たしてどうだろう。
 自分がテオドラに会うことで帝国と連邦の関係を悪化させてしまったりはしないか?やはり、今日は辞退したほうがいい・・
 そんなことを考えながらスレインは身支度を整えた。
 廊下に出るとアネットが前を歩いていた。
「あ、スレイン。おはよう」
「おはよう。」
 と、普通に返したがどこか動揺してしまう。グレイとアネットの関係が気になってしまうからだ。
 そんなことを知ってか知らずかアネットは言った。
「スレイン、実は朝ごはんのときに聞いてほしいことがあるんだ。-その、宝珠のことなの。」
 
 
 軽めの朝食を皆でとった後、アネットは皆に話があると言った。
「実は時空の宝珠のことについて調べていたの。」
「時空の宝珠?シオンに奪われたあの宝珠の?」
 頷くとアネットは実は私の家にもこれと似たようなモノがあったと続けた。
「水の宝珠と呼ばれていたの。でも、それは何者かがそれを持ち去ったの。」
「水、時空・・・そして闇の宝珠はこの大陸の三大宝珠と呼ばれとる」と、ヒューイが言った。
「すると、彼等はその三つを集めようとしている・・・」
 だが、その先に何があるのだろう。
 考えて分かる問題ではないが、大陸に伝わる宝珠の秘密が分かりそうな場所は一つしかない。帝都でも、連邦でもなく、大陸の英知を全て保管している場所。
「それを知るなら、ビブリオストックにある帝国図書館に行かないと・・・」
「ああ!、リーダー!なんで言うてしまうんや」
 ワイもあの図書館に行こうとして門前払いを食らってしもうたという経緯があるんや。とヒューイは言い立てた。どうやら、その中に入ろうとしたらしい。
「そこで、ビブリオスットの領主様にお願いしてみようと思うの。図書館に入らせてください・・・って。もしかしたら、宝珠の秘密を知っているかもしれないし。」
「領主・・・・あ」
 昨日、自分たちを出迎えた貴族の名前が蘇った。
「グランフォード・・・・」
「そう、彼に聞けばもしかしたら、相手の狙いが分かるかもしれないわ!」
「実は、大使館の方でグランフォード様の館に行く用事があるの。明日のテオドラ様の晩餐会が終わったら、同行してもいいんじゃないかしら?」
「リーダー、どないする。」
「でも、仮に図書館の中に入れるとしてもビブリオステイクはジェームズ派の包囲下にあるはずだ・・・」
「くくくく、スレイン。ワシの発明品を忘れてもらってはこまるぞ・・・」
 目に異様な探究心の光を浮かべたビクトルが言った。
「トランスゲートは既にビブリオステイクに設置済みじゃ・・・・包囲下だろうと関係ないわ!くくく、行くぞ若者たちよ!突撃じゃ!!」
 どうやら、図書館の研究所に興味があるらしい。それはともかく、トランスゲートが通じているなら往復は簡単だ。もっとも、それが破壊されなければという前提条件つきだが。
「行こう。まあ、領主様の息子がその秘密を知っているなら必要ないかもしれないけどね。」
 と、ビクトルの怖い顔を無視したままスレインは頷いた。
 
 宝珠のことでまた再び、動きがあった。
そして、自分の記憶にも動きがあった。
変化を恐れる気持ちはあるけれど、希望も感じられるように今はなっていた。スレインは話が終わると立ち上がった。
「ノエル大使のところに行ってくる。」
 食堂を出たところでスレインの足は急に止まった。
 止まろうと思ったわけではない。
 動かないのだ。
 そのうち眩暈が来る。
 なんだこれ・・・・
「スレインさ〜ん?」
 というラミィの声が聞こえた。
 そして、意識は暗転した。
 スレインの周りに仲間達が集まった。突然のことに皆気が動転していた。
 誰かが言った。
「医者を!医者を呼ぶんや!アネットはんはとりあえず、リーダーの応急処置を・・・!」
 それきり、みんなの声が聞こえなくなった。
 
 スレインが目を覚ましたのは、しばらく時間が経ってからだった。窓から入ってくる日差しがそれを教えている。その色は赤い。
「ああ、気がついたのね?スレイン。」
 傍らにアネットがいる。看病してくれていたのだろう。机に水桶と塗れたタオルがあった。
 初めて、アネットと会ったときもこんなだったな。
「アネット・・・・また、君に助けられたみただね。」
「ええ、全く世話を焼かせる人ね貴方は。」
 皆と交代で貴方を看病していたの。とアネットは続けた。どうやら、明日の晩餐に来ていく服選びも自分抜きで行われたようだ。
「医者はなんて?」
「お手上げだって。ただ、今の状態はいたって普通のはずよ・・・なにせ、ただ、眠っていただけなんだから・・・原因は分からないわ。」
 アタシが看ても結果は同じだった。
「まあ、身体がだるいくらいだからね。」
 今のところ、スレインの状態は悪いわけではなかった。
「大丈夫そうね。−でも、明日の晩餐は休んだほうが良いわ。大使にお願いして、帝国のほうには連絡を入れておいたから。」
 多分その辺りの手続きは彼女がしてくれたのだろう。
「そっかありがとう。迷惑かけちゃったね。」
 そういわれると、アネットはどこか嬉しそうだった。
「当然でしょ。貴方は仲間だし、それに実績のあるリーダーなのよ。」
 アネットの正直な感想なのだとしたら、すこしこそばゆい気もした。実績と言うほどのことはできていない気がしていたから。
「じゃあ、アタシは出て行くね。」
「ねえ、アネット・・・」
 何?と振り向くアネットにスレインは尋ねた。
「グレイ・・・って知っている?」
「え?」
 言われたアネットの動きが暫し止まった。
「も・・・もしかして、記憶が戻ったの?グレイ!?」
 アネットの身体が自分のほうに飛び込んできた。直近くにアネットの顔が見える。探していたものを見つけたとでも言うように不安や寂しさの中に突然、希望を見つけたときのような表情だった。
「グ・・・・グレイ?」
「そうよね!?記憶戻ったのよね?」
 違う、本当はそうではないけれど、違う。
「いや・・・僕はスレインだよ。」
 そういわれたアネットは力なくスレインから離れていく。さっきまでの表情が変わっていくのを見るとどうしても罪悪感を感じてしまう。
「・・・・ごめんなさい。変なこと言っちゃって。貴方はスレインですものね。わかってる」
 わかってる、と繰り返すアネットにどう答えていいものか直には分からなかった。
「いや・・・いいよ。僕に似ているんだ。そのグレイっていう人は。」
「うん・・・」
「どういう人だったの?」
 胸に不快感が来た。グレイがそうしているのかもしれない。自分の過去を詮索していることを怒っているのだろうか・・・でも、僕はそれが知りたい。
 不快感を押し殺して、アネットの答えを待った。
「仲の良い友達だったの・・・・それだけよ。本当に、でも10年前に・・・母さんが死んですぐにどこかに姿を消してしまった・・・その子の両親も亡くなっていたのに・・・当時の連邦議長だった。」
 そうか・・・・そうだったのか。
 スレインの推論は当たっていたようだ。
「だから、貴方を見つけたときに、グレイのことを連想してしまったの・・・でも、貴方はスレイン。考えてみれば性格が全然違うものね。どっちかっていうとグレイはやんちゃ系の子だったし。」
 グレイは失踪した後、暗殺者として名を成し、ランドルフに殺されかかった。その時に彼の身体には誰かの記憶が入り込んだ。それが僕ースレイン・ヴィルダー
 思い出を語るときのアネットは心なしか嬉しそうだった。グレイとの思い出は彼女にとって笑って思い出すべき記憶なんだろう。だから、こそグレイのことを気にかけている。
 見つかるといいね。とは、言えなかった。どう考えても白々しすぎる。
「ごめん、話し込んじゃって・・・もう出るつもりだったのに。」
「皆に宜しく。それに、明日、いけなくて御免。」
「いいのよ、それにテオドラ様の前に行くのに貴方のマナーじゃ疑問だしね。」
「む〜、それは言わない約束だろう。」
「ごめんなさい、冗談よ。お休み。」
 アネットは微笑み部屋を出て行った。
 これ以上、グレイとアネットの過去を詮索することを拒むかのように胸の不快感は続いたままだった。
「ふう・・・・」
 スレインは息を大きく吐いてから、枕に自分の頭を沈ませた。
「スレインさ〜ん。大丈夫ですか〜?うなされていましたよ。寝ている間」
 黙って会話を聞いていたラミィが心配そうに顔をのぞかせた。
「ああ、ちょっと疲れちゃったみたいだ。・・・病人なんだから・・・・少し休むよ。」
 目を無理に閉じるけれども不快感は収まらなかった。運良く眠りにつけたとしてもそれは2時間くらいで不快感に目を覚ます。
 それとの格闘が終わった時にはもう当たりはすっかり暗くなっていた。
 
 夜、再びスレインは目を覚ました。
 
 なんなんだよこれは・・・・
 ともかく苦しかった。昼間よりもさらに、病状は悪化していた。
 誰か・・・
 手が動かない。まるで自分の身体が自分のものでなくなるような感覚だ。
 何か考えなきゃ・・・
 また、彼が現れるのだろうか?
 スレインが思い出していたのは、弥生に記憶を探ってもらったときのことだ。あの時、もう1人の自分が目覚めた。今も同じではないだろうか?
 そんなことろ考えていなければ、気を失ってしまいそうだった。すると、光が肌にささるよう感覚の後にすっと身体が軽くなった。同時にあれほど全身を蝕んでいた、不快感が収まっていった。
 なんだろう・・・?
 指が動く、目も動く。
 目をゆっくり開けるとそこに人がいた。手を翳していたので直にはわからなかったが、あんな服を着ているのはこの帝都に1人だけだろう。
 弥生さん・・・?
 彼女は安心したように立ち上がると、何かに気がついたように辺りを見回し、慌てた様子で部屋に出て行った。
 身体が・・・・動く。
 起き上がってみると、妙に頭がすっきりしていた。寝坊勝ちな僕にしては眠くも無かった。
 ラミィはすぐ傍で眠っていた。彼女は何か知っているだろうか?弥生さんがこの部屋に来た理由を。
「ラミィ?ラミィ?」
 悪いとは思ったけれど、妖精に呼びかける。だが、おかしい、全く反応しない。
 どういうことだ?
 息はしているので死んでいるわけではない。
 どうして・・・・
 その時、スレインは自分の周りの精霊の動きがおかしいことに気付く。何かの力が異様に高まっているような気がした。
 弥生の精神治療を受けたときと同じ感覚だから月の力が高まっているのかもしれない。
 スレインは窓を開け、月を見た。
「なんだよ・・・これ」
 目の錯覚なのかもしれないが帝都の空が月に占領されたのかというくらい、月が大きくそして白く輝いていた。
 ヒューイならなにか知っているかもしれない。
「ヒューイ!ヒューイ!」
 スレインはヒューイの部屋に入り、肩をゆする。だが、彼もまた反応は無かった。
「まさか、この館にいる全員が・・・」
 スレインの予想は当たっていた。大使館の男性職員もノエル大使もまったく同様だった。窓から外を見ると門番は全員眠っている。
 女性人の部屋に入るのは躊躇われたが、結果は想像できた。おそらく深い眠りの中にいる。
「弥生さん・・・」
 彼女は何かを知っている。何処に行ったのだろう?それに妙に慌てた様子だった。この異変に気がついたのだろうか・・
 その時だった。
 頭に何かのイメージが浮かんだ。
 精霊石のイメージだった。それも、強い光を放つ、自分が今もっているものよりも遥かに強力なものなのだろう。
「っ・・・!!」
 胸に感じた時と同じ痛みが走った。
 多分この精霊石はグレイにとって因縁が深いものなのだろう。
 だからと言ってこの気配の先に弥生かあるいはこの事態を説明してくれる何かがあるかは分からない。
「分かったよ。」
 スレインは初めてもう1人の自分に呼びかけた。
「君が気になっている場所に行く。だから、今はー静かにしていてくれ!!」
 不思議なことに、胸の痛みは治まっていった。だが、イメージはより鮮明になる。それが何処にあるのかもハッキリと分かる。
 スレインは駆け出した。
 窓から抜け出し、壁をよじ登り、帝都の大通りに出た。
 異様に光っている月が夜道を照らしていた。歩いているのは自分しかいない。夜間警戒の兵士が眠りこけている。
「まさか・・・帝都の人間全部が眠っているのか・・・」
 館どころじゃなかったっていうのか・・・
 道をもう1人の自分の直感にしたがって走っていると、それがどんな場所なのかなんとなく想像がついてきた。
「よりによって・・・こんなところか」
 ええい!どうにでもなれ!いつもらしくない粗雑な考えに身をゆだねると、彼は角を曲がった。
 その先には皇帝の宮殿が聳え立っていた。だが、異常もある。つり橋が下がっているのだ。普段なら夜はつり橋を上げているはずなのに。さらにおかしなことに門も開かれ、衛兵が倒れている。
 何かが城内で起こっているのは間違いなかった。
 
 
 
 
(つづく)
更新日時:
2012/09/05 

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Last updated: 2014/3/16