12      帝都への途は開かれた
 
 
 
 
 それは、いつもの決まりきった行事のように始まった。
 洞窟に築かれた壮麗な地下都市が燃えていた。
 黒衣の人々が男女を問わず地を朱に染め上げて倒れていた。
 ここは戦場だった。
 そして、彼が現れる。
 顔を強張らせ、自分の武器を構えた。
 今日はあの方法を試そう。
 スレインは魔法を唱えながら走り出した。そして、ファイアーボールの魔法を相手にたたきつけた。
 彼は武器でそれを防いだ。そこに隙が生まれる。
「やあああ!!!」
 大剣が唸り、彼を傷つけ、体勢を崩す。
 いける!
 希望が生まれた。何度も、何度も大剣を振り下ろした。相手が体勢を立て直す前に致命傷を与えなくてはならない。
 でも、彼と眼があった瞬間に恐怖の方が先に出た。その眼はとても澄んでいた。
 反撃が来た。彼の表情は変わらない。
 受け止めたはずの自分の大剣の方が粉々に砕けてしまった。
「さようなら、ダークロード陛下。」
 無表情に彼は告げて、スレインは何かが体を貫いたのを感じた。
 血が口から溢れる。そして、彼の名前を呼んだ。
「シオン・・・お前は一体何者なんだ?」
 
 眼が開くのをはっきり感じる。
 今はもう慣れっこになっている徒労感を感じながら彼は起き上がった。
 朝方であるせいか少し冷えた。そして、ヴォルトゥーンで受けた傷が疼いた。
「起きたのね?」
 とアネットが言った。
「交代の時間かな・・・」
 眠そうな顔でアネットは頷いた。
 スレイン達は馬車の群れの中にいた。どの荷車にも貴重品となった食料を満載している。
 彼等は南を目指して進んでいた。
 いつものメンバーが起き上がり、馬車と共に進んでいく。敵の襲撃もモンスターの襲撃も無く平穏な前進だった。
 それが、何時間か続いた後、先頭を行く指揮官が言った。
「止まれ!」
 場所は対アグレシヴァル軍用に設けられた防衛線-通称マーシャルライン−であった。
 ここを守備していたのは昨日まではキシロニアの主力と呼べる部隊だったが、今は第二線部隊が守備についている。
 地面に腰を下ろし、スレインはその主力部隊が行った先を眺めた。霧が晴れておらずそれはかなわない。それが、なんとも頼りなく感じられた。
「しっかし、疲れましたなあ〜こんなに歩かされるとは思わなかったわ。」
「アンタの鍛え方が足らないんじゃない?弥生さんやモニカちゃんだって」
 という、仲間の会話が聞こえる。
 前なら、その会話に自然に入っていけただろう。でも、今は無理だ。あの夢のことが頭から離れなかった。
 ・・・・こんな状態で戦えるだろうか・・・
 リーダーとして口にしてはいけない言葉をスレインは飲み込んだ。
 それを皆に気取られないようにすることだけで精一杯だった。
「ハインツはんやっけ?リーダーの昔の上官は?」
 唐突にヒューイに話しかけられスレインは少し慌てた。
「ああ、ロナルド司令と一緒にいるはずだよ。」
 そうだ、別のことを考えよう。戦局の事を。無理に明るい声を出してスレインは答えた。
「きっと、敵を撃破してくれるさ。」
「そうね!ロナルドさんは歴戦の戦士だし・・・」
 主力部隊が出て行ったのはアグレシヴァル軍を会戦で撃破するためだった。その後にスレイン達のいる輸送部隊が帝国に入るというのが筋書きだった。
 主力部隊が勝たねば、どうにもならないのだ。
 きっと、ハインツ隊長なら・・・とスレインは思った。彼が始めて出会った仲間達を率いた彼の判断は確かだった。
 同時に彼らと過ごした日々がやけに懐かしく感じられた。
 
 ハインツは参謀として主力部隊の司令部にいた。
「おい、気象参謀。お前の言った通りになったな。神にでも祈ったのか?」
 とロナルドが言った。
「推理の結果です。」
 ハインツはこの地域の気象を調べ上げ、霧が出やすい日にちを予測していた。
この人はやはり拾いものだったな。とロナルドは思った。一介の小隊長にしておくにはもったいない才能だ。
 地理にも気象にも精通し、各種データから結論を導き、それはいるも的中する。
 別の参謀が言った。
「これで、敵陣に肉薄できそうですな。」
「ああ、奴らは会戦形式の戦いに慣れている。少しでもこちら側に有利な環境を作りたい。」
 そうなのだ、キシロニア兵は防御陣地に篭り、敵を撃退する戦いに慣れてきた。だが、今回の戦いはそれとは異なる。
 平原で大軍同士がぶつかり合う会戦だ。
訓練は積んでいるが、果たして実戦で通用するかは分からない。
 キシロニア軍は前進しながら隊列を整えている。動作はやはりアグレシヴァルに比べれば鈍いのかもしれない。
「敵の陣地が見えました。」
 物見が報告に来た。
 ロナルドはビクトルが発明したという「望遠鏡」で陣地を眺めた。まだ、防壁も十分に作られていないようだ。敵は新しい陣地を作ったばかりだった。こちらが攻撃に出ることは予想していなかったのだろう。
「はやり急造陣地のようだな・・・」
 そうなれば、敵は陣地で防御という話にもなるまい。こちらの会戦に応じるしかなくなるはずだ。それも準備不足の状態で。
霧が晴れ始めた。
 すると、アグレシヴァルの陣地が混乱していることが見て取れた。
「敵軍、戦闘態勢を取りつつあり、こちらに気付いたようです。」
 してやった・・・という感情を誰も抑えられなかった。
 彼らが預かる兵は1万2千。これはキシロニア全軍の6割に当たる本当の主力部隊だ。それを掛金にする今回の作戦がいまのところはうまくいこうとしている。
「全員、緊張しながら前進を継続せよ。」
 
 
 
「キシロニア軍、大挙来襲」
 この報告にキシロニア侵攻の先鋒を務めるアグレシヴァル第4師団は混乱した。
 戦闘配置につけ、隊列を組め。
 さまざまな号令が飛び交い兵士が慌しく動いた。
「敵の兵力は?」
「はっ!1万は超えているかと・・・」
「敵の主力部隊ですな。」
「第4師団の全力がいないことが悔やまれるな。」
 長く白い髭を蓄えた、一見仙人にも見えるステンボック中将は言った。
 第4師団1万5千人の全力がこの場所にいるわけではなかった。現在の兵力は1万1千程度だった。残りの4千は本国への交代、休息、あるいは連邦への略奪行動のため、この場にいなかった。
「キシロニア軍さらに接近します。」
 彼は戦場が見渡しやすい場所で彼我の状態を確認する。敵は左翼、中央、右翼に隊列を分けて前進している。こちらもそれと同じに隊列を組みつつある。
「本来であれば、敵の出撃を喜ぶべきところだが・・・」
 その通りだった。防衛陣地に篭り防戦を続ける敵を引きずり出し決戦を挑むのは、第4師団の望みでもあったが、彼等はこちらの不意をついて突進してきた。向こう側は準備万端だが、こちらは戦闘準備中だ。
「閣下、ご安心を。我等は農民兵どもとは違います。」
 彼の部下は慌てていなかった。こちらは会戦形式の戦いに慣れている−それがその自信の源だった。
「我々の錬度に疑いはないが・・・」
 ステンボックは尋ねた。
「本国への援軍要請は?」
「はっ!すでに国境線沿いに待機する第2師団に要請を出しております。」
「ならば、我々は味方の援軍を期待しながら戦い続けられるな。-よし、諸君。やってやろう。」
 歴戦の将である彼の言葉が混乱していた軍に落ち着きを取り戻していった。
 ステンボックには負けられない理由があった。彼はゲルハルトの影響が比較的少ない将官であり、なおかつ国王への忠誠心が強かった。だから、ゲルハルトの能力は認めながらも、そのやり方には不満もあった。自然と反ゲルハルト派の人々のリーダーに祭り上げられていた。
 彼がこの一戦に勝利できれば反ゲルハルト派のひいては国王の発言権も大きくなるはずだ。
 ゲルハルトを失脚させる必要は無い。彼は有能だからだ。しかし、彼が独裁権力を握るのは間違いだ。アグレシヴァルは国王陛下とその臣民の国家であるべきだ。
 
 
「全軍構え!!」
 アグレシヴァル軍の最前列にそのような声が響いた。
 まだ、陣形は整えきっていなかったし、装備も十分とはいえなかったが、敵がここまで近くにきているのではやむをえない。
 だが、混乱状態から短時間でここまでの体勢を整えることが出来たのは日ごろの訓練の成果なのだろう。おそらくキシロニア軍にこのような芸当はできまい。
「皆、背を低くして敵を待て!」
 と、若者が言った。
 美しい銀髪と、紋章の刻印された鎧が彼の階級を示していた。
 だが、彼はその貴族階級に胡坐をかいているだけの人物ではなった。小隊長として5人を指揮し、連邦への侵入作戦では戦果を挙げていた。それに最近では敵首都への襲撃を成功させていた。
 実績もある貴族のボンボンであった。
 名前はクライストといった。
 彼の部下は歴戦の戦士のエアハルト、新入り戦士のドッズとエイルと魔導兵のミリアムとヒーラーのウルリカだ。
 既に半年以上行動をともにしている。
「了解、隊長。今回も生き残ろうぜ。」
「もちろんだ。」
 と、クライストは答えたその態度は実績に裏打ちされた自信を備え、安心感を部下に与えていた。
 平民として軍歴が長いエアハルトも彼の才能は評価していた。気になるところといえば彼が余りにも貴族的なロマンチズムを持っているというところだろうか。
 クライストは貴族的な一騎打ちを好むきらいがあった。正々堂々の戦いで敵を倒すことを破ることを至上とするまっとうすぎる人であった。
「進め!」
 アグレシヴァル軍は前進を開始し、そしてキシロニア兵と向き合った。
 戦いが始まったのだ。
 槍の突きあい、剣の斬りあい、弓の射掛けあい。
 双方の武器が狂ったように飛び交った。
「ていっ!!」
 クライストの槍がドットを狙っていた棍棒を弾く。
「そこだ!!」
 ドットがその棍棒の持ち主に剣の突きを食らわせる。
「ぐうっ!!!」
 手ごたえ有だ。相手は僅かに下がる。
今度はこっちか!
 今度はエイルを狙っていた剣を弾いた。
 彼は戦闘開始後から積極的に敵に切りかかることはせず、危険と見た部下の援護に徹していた。
 今のところ深手を負ったものはいない。軽い傷であれば、ウルリカがすぐに直してくれた。
「隊長、この連中けっこう硬いですぜ。」
 戦いながらのエアハルトの言葉にクライストは頷いた。
 そう、キシロニア兵の防御力が前に戦ったときよりも上がっている。新しい鎧でも開発したのかもしれない。
「だが、これならどうだ!」
 狙いすましていた一撃が正面の剣士を貫いた。それを見てエイルも発奮して再び敵に向かう。
 今のところ自分の隊は大丈夫だ。
 だが、反撃はうまくいっていないようだ。すぐに、押し返せるかと思われたがキシロニア軍は以外に粘っている。いや、一部の所ではこちらが押されている。
 はやり準備不足と、キシロニアの装備の改善が影響しているのだろう。
「こいつらも無策でこれに望んだわけでもないか・・・」
 一時戦線後退の旗信号が揚がる。
 クライストは5人呼びかけ、部隊を戦いつつ後ろに引かせる。それは他の部隊も同じだ。だが、一つの隊が信号を見誤り敵の中に取り残され、一瞬で全滅した。
思わず眼を背けるが、戦いはまだ続いている。
 後ろから増援が現れる。援護を得たことで、戦線が安定していった。
「味方だぞ!!」
 叫びながらクライストは剣を振るい、指揮を執る。
 そうだ、いつもどおりやればいい。
「なんのことはない、連邦は鎧がただ硬いだけではないか!剣の扱いは相変わらず駄目な連中だ!」
 それを聞いた部下の中には戦闘中にもかかわらずにやりと笑うものもいた。コレなら負けないとクライストは思った。
 彼は全体の戦況と味方の指示にも気を配った。それが出来なければ、いくら精強でも部隊は全滅するしかなくなるからだ。
 
 
 戦況はキシロニア軍の攻勢をアグレシヴァル軍が受け止める形で推移していた。
準備不足と、キシロニアが投入した新型の鎧は会戦形式での戦いに自信を持っていたアグレシヴァルを仰天させた。
 だが、彼らも時間の経過と共に、連邦の新兵器に慣れつつあった。
 攻勢は一部で押され始めた。
 ロナルドは言った。
「はやり、一挙突入とはいかんか。中央部の状態はどうか?」
「左翼、右翼は互角ですが、中央は押されております。戦線突破とはいきませんが。」
 ロナルドはアグレシヴァルの訓練度の高さに舌を巻くことになった。不意を狙ったのに、新型の鎧を持たせたのに、さらに兵力数でも優位にあるのに彼等は屈しないのだ。
「そろそろ、「剣部隊」を投入すべきです」
 ハインツが進言した。
「もちろん、前衛のみですが。」
 剣部隊はキシロニア軍にとりこの戦闘の切り札と呼べる部隊だった。
現在キシロニアは左翼、中央、右翼に分かれて敵に対抗している。このうち右翼側には山や崖があり、戦場を迂回できない。
 だが、左側は平原で戦場を迂回できる。つまり戦っている敵の側面を衝ける。二方向からの攻撃を受ければさしものアグレシヴァル軍も崩れるだろう。
 敵の側面を衝くためにキシロニアは精鋭2000を選び「剣部隊」として待機させていたのだった。
 ロナルドが左翼で指揮を執っているのはこの部隊の投入のタイミングを見極めるためであった。
 ロナルドは決断した。
「「剣部隊」、前衛隊のみ前進」
 命令を受けて剣部隊が動き出した。左側に回りこんだ彼等はアグレシヴァル軍右翼の側面を衝いた。
「おおお!」
 味方からどよめきが上がった。
 剣部隊は頑強この上なく思えた、アグレシヴァルの右翼を見る間に切り崩していった。
「敵にはもう、部隊は残っていないだろうか・・・」
 ロナルドが前衛のみに攻撃を命じたのはアグレシヴァルも剣部隊と同じように側面攻撃隊がいることを心配してのことだった。
 敵が部隊を全て前線に投入していれば心配も無用なのだが・・・
 だが、それはあまりに虫のいい願いだったようだ。
 アグレシヴァルの陣営から新たな部隊が現れ、剣部隊に向かっていった。
「前衛に後退命令を出します。」
「む、予定どおりに行動だな。ローランドの部隊は?」
「ラインダース准将より、あと30分で準備完了との報告です。」
「ならば、その時間は稼がねばならん・・・我々も前に出るぞ。敵部隊の突撃を抑えるのだ!」
 ロナルドたちは残りの兵を引き連れると前線に出た。既に指揮を執っている段階は過ぎたと判断したのだ。
 前線に出ると後退してくる「剣部隊」前衛とそれを追ってくるアグレシヴァル軍が見えた。
「奴らも側面攻撃部隊を作っていたのでしょうな。我々よりも数は劣るようですが・・」
「そのようだな。判断は我々と変わらんか・・行くぞ」
 ロナルドは「剣部隊」後衛に前進を命じた。前衛がそれを避けるように移動すると、アグレシヴァルの突進の矢面に後衛が立つ。もちろん前衛は体制を立て直して戦列に加わる。
「ファイアーボール!!」
 ハインツが魔法を唱えていた。
 もともと、推理や戦術を考えるのが得意な男なので、本来であれば不得手なのかもしれないが、今は時が時だ。
 それに対して、ロナルドは少し違っていた。
 彼は危なそうな味方を助けてまわっている。彼の剣の一撃を受けたアグレシヴァル兵がドウと倒れた。
「おお!ロナルドの親方!」
 戦いながら声をかけてくる部隊長や兵士がいた。歴戦の戦士として長く国境警備隊にいたロナルドを知っているものは多かった。そして、彼の戦闘技術も。
「おう!ようやく総指揮から解放された!ようやく前線だ!」
 と、ロナルドは応じると叫ぶ。
「お前ら、ここが正念場だ!アグレシヴァルの盗人どもに眼にモノ見せてやろう!そうだろ?」
 オオウ!!
 戦いながら兵士たちが雄叫びで答えた。
「よし、グラント!その意気だ」
 ロナルドは部隊に所属している歴戦の兵士や元同僚の名前を呼び奮闘を促した。
 「剣部隊」はそれに励まされ、奮戦した。アグレシヴァルの追撃を抑えきったのだ。
本来なら正面の敵を撃破し、敵の側面を衝かなくてはならないのだがそれは無理な相談であった。しかし、キシロニア軍はそれで構わなかった。
 正面のアグレシヴァル軍が異変に気付いた。
「空から何か降ってくるぞ!」
「あれは何だ?魔法か?」
 キシロニア軍の最後の切り札が上空から降り注いだからだ。
 
「メテオだと!?」
 ステンボックは上空から現れた流星の正体を見破った。天空から隕石を呼び寄せる最強の攻撃魔法だ。それがアグレシヴァルの側面攻撃部隊「狼部隊」に直撃した。
すさまじい閃光と土煙が湧き上がった。
 キシロニア軍の「剣部隊」が動いたとき、ステンボックは「狼部隊」を出撃させた。キシロニアと同じように側面攻撃のための部隊だった。数は1600であったが、錬度は連邦の「剣部隊」を完全に凌いでおり撃破可能だと思っていた。
 だが、キシロニアの剣部隊は狼部隊を受け止め、メテオを打ち込んできた。
 土煙が晴れたとき、「狼部隊」は壊滅していた。いや、消滅と言ったほうがいいだろう。生き残ったのは一握りの歩兵だけだった。
 呆然としながら副官のオハラが呻いた。
「我等ですら・・・メテオの開発など完了できていないのに何故連邦が・・・」
 「狼部隊」を一挙に撃破するにはメテオを使える者が300人以上は必要だ。どこから、そんな凄腕の兵を連れてきたのか?
 彼らはキシロニアがローランド軍の生き残りを、ラインダースの部隊を取り込んだことを知らなかった。大国ローランドはメテオの開発に成功していたのだ。
「閣下!敵が我が軍右翼部隊の側面を・・・」
「むう・・・・」
 「剣部隊」は「狼部隊」を片付けると、そのままアグレシヴァルの右翼部隊の側面を衝いた。忽ち右翼部隊は総崩れになった。それまで優勢であった中央も動揺する。
「本国からの援軍はどうした?」
 第4師団の最後の希望を打ち砕く報告が届いた。
「本国より伝令!バルトカッツェが帝国軍の襲撃により占領され、王国軍主力はこれへの対処のため、援軍は出せない!とのことです!」
「何だと!」
「全て、敵の手の内か。」
 ステンボックは全てを悟った。
 帝国軍が本国部隊を釘付けにしている間に連邦が我々を撃破する。タイミングの取り方は至難だが、なんらかの方法でこれを可能にしたのだろう。−おそらく、情報部から連絡のあったビクトルとかいう科学者が新技術を使っただろう。
 アグレシヴァルの老将軍の前に包囲されつつある味方がある。
 最早、これまでか・・・
「諸君、退却だ。左翼部隊を殿とし、順次撤退せよ。」
「は・・・はい!」
「さて、オハラ。ここにいる総予備はどれくらいか?」
「200人であります。」
「ならば、我等も前に出よう。」
 ステンボックは剣を抜くと、それをキシロニアの「剣部隊」に向けた。
「あれを何とかしなくては撤退も覚束ない。」
「お供します!」
 アグレシヴァルに残った最後の予備兵力が移動を開始した。
 
 
「敵、アグレシヴァル軍。撤退する模様です!」
「勝ったか!」
 という、どよめきが全軍に起こった。
「このまま敵を完全に包囲しましょう!」
 と、副官はロナルドに進言した。
「それは、冒険的過ぎます。」
 ハインツは進言した。
 我々が戦闘技術の面で劣っていることは分かっているはずだ。
「むしろ、脱出の口を空けておき、敵の敗走を誘うほうが上策かと・・・」
 完全包囲の状態にすれば、敵は死に物狂いで反撃してくる。だが、脱出口を空けておけば、敵は「逃げる」という希望を持つ、それは往々にして敗走になるケースが多い。
ロナルドはしばし迷っていたが、結局は安全策に落ち着いた。
「完全包囲はよそう。−あたらしいお客さんも来たようだしな。」
 ロナルド達は「剣部隊」と行動を共にしていた。いわば、敵を包囲しようとする部隊の先端にいる。そこにアグレシヴァルの最後の予備兵力が向かってくる。
「数は200に満たない程度か・・・」
 ハインツは遠眼で推測した。部隊の退却を援護するつもりなのだ。
「奴らをなぎ払うぞ。」
 と、ロナルドは命じた。
 ほぼ確実に勝てる。と、ハインツは判断した。
 新しい敵は負傷したままの兵士も多いし、寄せ集めなのかスピードもない。
 だが、彼の心配は別のところにあった。
 −アグレシヴァルが会戦に敗れたときにすることは何だ?
 それは敵指揮官を暗殺し、敵の行動を混乱させることだ。戦時と平時を問わず、あの国は暗殺を多用する。
 十年近く前にあった議長の死も暗殺なのではないかとハインツは思っていた。
 −敵が暗殺者を送り込むとして、彼はどのように目標に近づくだろうか?
 意外にも指揮中枢の防備は厚い。敗走している軍隊にもぐりこむのとはわけが違う。
 ハインツは辺りを見回す。
 暗殺者らしい影は無い、だが、姿を見せながら暗殺者が来るとは限らない。
 彼は魔法兵に命じて作らせた結界を見た。−魔法固定化の技術を応用したもので、魔法である一定の範囲を包み込み、そこに相手が入ってくれば、それを味方が知ることができる。というものだった−異常は無かった。
 もしも、敵がインビジブルストーンを持っているような凄腕ならば・・・あれならば自分の姿を隠すことが出来る。
 いや、そのようなものでなければ、いままで敵の将軍を仕留められまい。
 ハインツは魔法を唱え始めた。
「第4中隊、突撃します。」
「よし、そのまま行け」
 ロナルドは新たに現れた敵軍の対処や戦局全体の把握に必死だ。自分の身を案じている暇はないのだ。
 その時、結界の一部にかすかな違和感が生じた。
 暗殺者ー
 瞬間、ハインツはそれまで唱えていたファイアーボールを放った。
 そのことだけを注意していたハインツには見えた。ロナルドを刺殺しようとする暗殺者の姿が。
 轟音と共に暗殺者の声が聞こえた。
「ぐうっ!!」
 何も無いところにファイアーボールを打ち込んだのを見て怪訝に思った者が殆どだったが、暗殺者の存在に皆が気付いた。
「おのれ・・・」
 異常なほどの細身と長い髪、エルフのような長い耳。これほど特徴的な暗殺者はそうそういるものではない。
「奴は・・・ランドルフか!」
 この大陸で最も危険な暗殺者。そうハインツは判断している。それだけではない−多分奴は自分にとっての仇だ。
「ロナルド司令、兵を何人か借ります!奴を生かしておいては後々に禍根を残します!」
「おい・・深追いは・・・」
 というロナルドの忠告を殆ど無視してハインツは兵と共にランドルフを追った。
 日ごろの冷静さが吹っ飛んでいる。
「総司令!今は、指揮を・・・ハインツのことです。きっと生きても戻ってくるでしょう。」
「うむ、・・・そうだな。」
 ロナルドは視線を戦場に戻した。
 彼が目撃したのはキシロニア連邦が始めて手にした会戦での勝利だった。
 アグレシヴァル軍の最後の予備隊は壊滅した。最早彼らは総崩れになっていたのだ。
軍旗が倒れ、多くの兵が逃げ惑い、そして倒れた。
 ロナルドは叫んだ。
「全軍、突撃。この戦いの勝利は我々のものだ!!」
 
 
 平原の戦い−と呼ばれるようになるこの会戦の勝敗は決まった。
 アグレシヴァルは5千の兵を殺されるか捕虜になるかで失い、その他に多くの怪我人を出した。司令官ステンボックも部隊指揮中に戦死した。
 そして、彼らが撤退したことで本隊と離れてキシロニア農村への略奪を行っていた部隊は退路を失った。
 彼等は逃げてしまった本隊に合流する前に連邦軍に血祭りにあげられることになった。
 最終的にアグレシヴァル軍が失った兵は7千に及び、これは第4師団1万5千の半数にあたり、同師団は事実上壊滅していた。
 障害物は取り除かれた。輸送部隊は南下を再開した。
 しかし、一方でキシロニアも3千の死者を出しており、楽な戦いではなった。そして、この中にはハインツの名前も含まれていた。暗殺者を追った彼は帰ってこなかったのだ。
 
 
(つづく)
 
更新日時:
2012/03/04 

PAST INDEX FUTURE

戻る


Last updated: 2014/3/16