目が覚めた。
ラミィも弥生もヒューイも心配そうな表情で自分を見ている。
体が動く。そうか、彼はグレイと呼ばれた人はいないんだ。
「・・・・気が付いたようやな。」
ヒューイはどう説明しようか迷っているようだった。
「うん、覚えているよ。さっきのことは。」
「そっか・・・まあ、気を落さんことや。」
申し訳なさそうな声で弥生が言った。
「すみません。まさか、こんな事になるなんて・・・」
「いえ、いいんです。」
そういいながらも、スレインは頭を抱えた。
グレイという人物は暗殺を生業とし、キシロニア議長の暗殺の仕事を引き受けた。だが、それを実行する前にランドルフに殺された。
だが、それなら自分は何なんだ?
弥生は自分が知りえたことを話した。
「貴方の体には二つの記憶があるように思えます。二重人格ではなく、全く別の人間の記憶が2つあるという意味です。」
ラミィも補足した。
「それに、あのグレイという人が前面に出てきたときは、精霊使いの素質もなくなっていたようなのです〜」
「それ・・どういうことですか?」
救いを求めるように弥生を見た。しかし、彼女は目を伏せた。
「申し訳ありませんが・・・私の力ではここまでですわ・・・」
そんな・・・・
不安が押し寄せてきた。分からないという不安と、何を調べても無駄かもしれないという諦めにも似た感情だ。
元気付けるようにもう一度、ヒューイは言った。
「まあ、気を落とさんことや。」
だが、その言葉はあまり響いてこない。実際の処方箋は分からないのだ。不安だけが募っていった。
「みんな、ありがとう。今日は遅いからもう休もう。」
と言うのが精一杯だった。
その様子を見たヒューイは今日はもう区切りをつけるしかないと思った。
「・・・せやな、今日は休もう。」
「・・・・では、おやすみなさい。本当に申し訳ありませんでした。」
ヒューイと弥生は部屋の外に出て行った。
「スレインさ〜ん。ファイトです〜」
ラミィはしきりにそういうと。やがて眠気に負けたのかよたよたと眠りに付いた。
「やれやれ。」
と、スレインは彼女をいつもベットにしているバスケットの中に入れた。
そして、自分自身も床に入った。
考えるのはキシロニアで再会できるだろう懐かしい人たちのことだけだ。
そうでも、しなければ不安で押しつぶされそうだった。
その日、スレインは夢を見た。それからずっと見続けることになる夢だった。
キシロニアに到着するのは早かった。
ミシェールの家で目覚め、それから彼女とモニカの別れが住んでから、それから数分で連邦に帰っていた。
「帰ってきたんだ・・・・」
見慣れた風景にアネットが言った。
旅立った頃とそこはなんら変わっていなかった。
「ここが連邦・・・」
始めてみる連邦にモニカが辺りを見回す。
トランスゲートが設置されていたのは連邦の議長邸宅の広場の隅だった。市場が辺りを埋め、遠くに新市街地が見えた。そして北側の崖には議長の邸宅と連邦議事堂が見える。
「やっぱり、小国といっても首都は立派なものね。」
「そうよ。華やかさとかなら帝都に負けるかもしれないけれど、スケールなら負けてないわよ。」
と、アネットが得意そうに言った。
「せやな、でっかい町やな。人もにぎわっとる。」
「それよりも、ワシの研究室は何処にあるんじゃ?」
「すいません、それはもうちょっとしたから案内します。」
さえぎるように声が聞こえた。
「おお!お嬢様、それにスレイン殿か!」
近くにいた警備兵だ。彼は一礼すると言った。
「議長がお待ちです。ご案内しましょう。」
そうだ、まずは報告に行こう。それにこの国がおかれている状況も気になった。
ポーニア村で聞いた話ではテオドラ派とジェームズ派の争いは次第に後者が勢力を盛り返しつつあるということだった。そうなれば、連邦にとっても難しい事態を迎える。
「お父さんは、議長宅に?」
「いえ、新市街地に出来た。施設を視察しておいでです。」
「施設?何かな?」
「ああ、あれじゃないの?」
ええと、なんだったけ?たしか・・・
「新型魔法の開発とか、それを利用した機材の開発のための施設だったような・・・」
それに反応したのはビクトルだった。
「何!?それは早く行かなくては!」
「ああ、ビクトル!報告が先だよ。」
スレイン達は老人を宥めながら議長のいる場所に案内されていった。
新市街に完成した魔法技術を研究所。議長はその落成式に出席していた。すでに式典は終わり、議長は施設の一室で休憩していた。
「入りたまえ。」
ドアをノックすると聞きなれた声が聞こえた。アネットがドアを開けた。
「お父さん!帰ったよ。」
「おお!アネットか。」
議長は娘の肩を叩いて、出迎えた。
「全く、私の親心を無視するとはしょうのない娘だ。」
「それを言うならお父さんだって新天地に行かなかったくせに。」
議長は親心を無視したことをそれほど怒っていないようだ。残ることを選択したことをどこか喜んでいるのかもしれない。
「ともかく、よくやった。多くの人が新天地で生きていけることになった。礼を言うよ。」
「お父さん、それをいうなら・・・」
「ああ、もちろん分かっているさ。」
議長がスレインに向き直ると、頭を下げた。
「娘の護衛ばかりか、多くの命を救ってくれた。感謝している。」
「議長・・・そんな。」
「謙遜はいかんぞ、スレイン。お前はそれだけのことを為したのだ。」
「いえ、皆が助かってよかったです。僕はこの国に命を救われたんですから。・・・良かったです。」
それに、とスレインは付け加え、旅で知り合った仲間を紹介した。
ヒューイ、モニカ、弥生が自己紹介をする。もちろん精霊使い云々は言わないが。
ビクトルだけは議長と顔見知りだった。
「ビクトル博士。お久しぶりですな。移住の時にはお世話になりました。」
ビクトルは連邦の移民を移送する際に連邦にトランスゲートを設置しており、その時に議長の知遇を得ていたのだった。
「皆の助けが会ったからうまくいったと思っています。」
「そうか。その通りだな。だが、褒美は受け取ってもらうぞ。」
議長は秘書官を呼び寄せ、何事かを指示した。
「あの、議長。何かを認めていただけるな。お願いしたいことがあります。」
「なんだ?」
「旅で知り合った皆をこの国に住まわせてください。」
「ほう?」
バーンズ議長はヒューイや弥生、それにモニカを見る。
「せやな、この国に住まわせてもらえるんなら、ありがたいこったで。」
「永住までは分かりませんが・・・お願いいたします。」
「私も、お願いします。」
「ワシは研究施設さえあれば何処でも良い。さっさと施設を見せてくれんかのう?」
4人の言葉を聴くと、議長は頷いた。
「うむ、それくらいはたやすいことだ。そもそも我々の移民を助けてくれた恩人の方々だ。住みたいというなら此方からお願いするところだ。」
「あ・・・ありがとうございます。」
スレインは多分聞き届けてくれるだろうとは思っていたが、即決で許してくれるとは思わなかった。
議長はそのまま続けた
「君の新しい任務のことなのだが・・・・」
「はい。」
「お父さん、スレインも任務から帰ったばかりなのよ?急すぎない?」
「ああ、何かすぐにという特定の任務ではないのだよ。」
「?」
どういうことだろう?次の言葉を待っていると議長は言った。
「スレイン。今、この世界は滅びに向かって進んでいる。出来ればこれを食い止めたい。フェザリアンの移住の情報を掴んだ君ならばあるいは・・・・それをつかめるのではないか?」
「え?」
無茶なことをというのは分かっているんだと議長は言う。
「突拍子な任務だが、引き受けてくれないだろうか。」
自分の記憶のことも分からないのに、そんなことが出来るだろうか?と、スレインは思う。しかし、今回の移住先を探すという任務も手掛かりも無いうえに大雑把なものだった。それでも、自分の記憶のことも多少は知ることができた。結果は良くはなかったけれど。
もしかしたら。とスレインは期待した。
記憶の手掛かりが見つかるのも早いのかもしれない。
「もちろん、君の記憶のことが分かりそうであれば、そちらに専念してもらって構わない。どうだね?」
その可能性に縋っているだけかもしれないけれども、スレインは頷いた。
「わかりました。」
「さすが、リーダーや。ワイらも協力するで。」
アネットも進み出た。
「アタシも協力するわ。いいでしょ?お父さん。」
「構わんよ。」
と、議長は答えた。
「じゃあ、これからも宜しくねスレイン。」
「うん。宜しく。」
議長の信頼は嬉しかった。それだけにあの暗殺者の話が気になった。あの人格が再び現れれば・・・・
その懸念を知らない議長は力強い笑みを浮かべた。期待にこたえようとするスレインを頼もしく思っているようだった。
「そうか、では用意しておいて正解だったな。」
実は、首都に新たに警備施設を作ったのだが、そこを拠点にしてはどうだね?と、議長は言った。
「しかし、その種の施設を管理するのは、一応士官がいないと。」
ドアが開き秘書官が戻ってきた。
「議長、お持ちしました。」
何か小さな箱を持っていた。
議長はそれを受け取ると、スレインにそれを手渡した。
「士官ならここにいる。−スレイン、君を連邦軍少尉見習いに任命し、独立第1129小隊の指揮を任せる。この部隊はどの中隊にも属さない議長直属の独立部隊である。」
「え?」
余りのことに目の前が真っ白になった。
そんな、スレインをからかう様に議長は言った。
「隊員はもちろん、後ろにいる5人だ。」
こうして連邦に最も若い小隊長が誕生した。
「なんや、秘密基地みたいやなあ・・・」
と、ヒューイが感想を述べた。
「そうですね。なんだか秘密の隠れ場所みたいでワクワクしますね。」
モニカがコクリと頷き、賛意を示す。
実際はそのとおりだった。首都の新市街の奥にある古いアパートを買い上げて、それは作られていた。居住用の部屋。だが、そのレンガの厚さは通常の3倍に補強され、魔法の攻撃にもある程度耐えられるように作られていた。新市街に敵の一群が入り込んできたときの防衛の拠点として作られたのだという。新築の魔法研究施設はこの施設から近くにあり、ビクトルはそこに通うことになった。「及第点はあげられる」というのがこの老研究者の評価であった。
これが議長の言っていた「施設」だった。今日からはここが拠点になるのだ。
「じゃあ、ここで解散しよう。みんな、好きな部屋を使うことにしよう。」
個室の数は20くらいあり、多少の好みは反映できた。
スレインは1階の出口に近い部屋を選んだ。
その隣の部屋に
「じゃあ、アタシはここね〜」
と、アネットが入り、その隣は
「ワイはここや。」
とヒューイが選んだ。
「私はここにするわ。」
「それでは、私はここにしますわ。」
モニカ、弥生の順で1階の部屋が埋まっていった。
「じゃあ、一旦解散しよう。何かあるときは連絡入れるから。」
と、スレインは自分が選んだ部屋に入っていった。各部屋には鈴があり、スレインが皆を集めたいとき、あるいは仲間が何かを伝えたいときには鈴が鳴るようになっている。
部屋を空けると1人が生活するには十分な広さの部屋があった。本棚や家具はもともとあったものを再利用したようだが、手入れも行き度々いているようだ。
「立派なお部屋ですね〜」
と、ラミィが感想を言った。
「ああ、そうだね。もといた小隊の部屋はこんなに広くなかったな・・・」
ここに残ったハインツ隊長、マリア副長、ウィルフレッドはどうしているだろう?
「ともかく、今はこれを読まないとな・・・」
スレインは手に持っていた資料を机の上においた。いかに軍律が緩いことで名高いキシロニア軍とはいえ、小隊長になるとそれなりに覚えないといけないことがあった。
ともかく、やれることからやらないとな。
スレインは「連邦軍指揮官心得」と書かれた本を開いた。
それから、1週間は実質的には休暇に近かった。小隊の任務は万一敵が入り込んだときの緊急対処など限定されていた。パトロール任務からも外れており、仕事はあまりなかった。時空融合計画という事業を終えた後の議長なりの配慮なのかもしれない。
その間にキシロニアがどうなっているのかはだんだん分かってきた。同盟成立後、帝国は派遣軍を編成し、キシロニアの防衛に協力していた。その貢献は以外にも高く、侵入してくるアグレシヴァル兵の掃討に連邦軍とともに向かったのは一度や二度ではない。さらに、帝国とアグレシヴァルの国境にはヴィンセント将軍の部隊が展開し、圧力をかけていた。テオドラ派は懸念されたように属国としてではなく連邦を同盟者として扱っていた。
だが、不吉な情勢変化があった。ジェームズ派の反撃は帝国中央部を席巻し、街道の町シュワルツハーゼにまで軍を進めたという知らせだった。内戦は連邦の同盟相手が不利になりつつあった。
しかし、悪いニュースばかりではなかった。時空融合塔の守護部隊がキシロニア来ることが決まったのだ。きっと、心強い味方になってくれるだろう。
「スレインさ〜ん、最近少し痩せましたね〜」
「そうかな?」
そうかもしれない。いや、その通りだ。休暇でそれなりにダレているが、どことなく体は疲れている。
ラミィもそれを察しているのかいつになく心配そうな顔だった。
「うん、分かっているよ。」
あれから記憶のことやグレイのことは意識的に考えないようにしていた。弥生やヒューイと話していてもその話題には触れないようにしていた。記憶のことについて新しい情報はない。
考えてもすぐにどうにかできる話ではない−そう割り切れるなら話は簡単なんだけどな・・・
その時、鈴が来客を知らせた。
誰だろう?アネットかな?
ドアを開けると、全く違う相手がいた。
「ウィルじゃないか!それにマリア副長も?」
「スレイン!帰ってきていたんだな。」
「おかえりなさい。」
「あ・・はい。」
頷くスレインの肩をウィルフレッドは力強く叩いた。
「むこうじゃ、活躍したらしいな。小隊長に出世するとは思わなかったぜ。」
「本当ねえ・・・でも、ヴィルフレッドも今では伍長だから出世してるわね。」
「そう、お前にしたみたいに新人たちを鍛えているんだ。」
ここ一週間で一番リラックスした状態でスレインは笑った。
「いや、ただ一緒に騒いだだけだろ?」
「おまえ〜この口が言うか〜」
「スレイン?どうかしたの〜」
と、2人の馬鹿騒ぎが隣も聞こえるレベルになると、自然とアネットや他のメンバーも部屋に入ってきた。
スレインはアネット達にウィルフレッドとマリアを紹介し、逆にアネット達も名乗った。
それが終わると、いきなりウィルが耳元で言った。
「おい、スレイン・・・誰が好みだ?」
「なっ!?」
気さくで、強気なアネットお嬢様。クーデレのロリ娘、黒髪お姉さん。こんなに美人がそろってれば、聞きたくもなるさ。
「誰って言われても・・・・」
いままでそういう目で彼女たちを眺めていなかったスレインだったが、言われてみればそうなのかもしれない。
ー駄目だ。
顔が赤くなる寸前でスレインは考えるのを止めることにした。
その時、今度は来客を告げるのとはまったく別のけたたましい鈴の音が聞こえた。
そして、町中から爆音。
「敵!?」
そんな、馬鹿な。ここは首都で防備も固い場所のはずなのに・・・・!
だが、事実は事実だった。この日、ヴォルトゥーンは敵の襲撃を受けた。
「皆行こう!」
今は、時間を失って街の人が被害を受けるほうが怖い。
「俺たちも行くぞ」
と、ウィルとマリアも言った。
町に出てみると、住民たちが逃げ惑っていた。マンションの上から見た様子では広場で爆発が起こっていた。そして、その下手人たちがこちらの方向に進んでくるのも見えた。
「ラミィ。頼む。」
「はいです〜」
と、ラミィは空に舞うと、辺りの様子をリサーチしてくれた。
「街の大通りを、6人くらいの集団が周囲に攻撃をかけながらこっちにきます〜」
「他に攻撃している人はいる?」
「いないです〜それに攻撃といってもでたらめな方角に魔法を撃っています〜」
・・・・派手な攻撃を見せ付けて、敵の首都を攻撃してるというパフォーマンス?それとも囮か?でも、ともかくあの連中をなんとかしなくては。
「魔法攻撃の用意を!敵が来る!」
モニカと、ヒューイ、それに弥生もそれに応じた。スレイン自身も魔法を唱える。
もうじき、魔法の射程に敵が来る。それでスピードを鈍らせるんだ。首都をパニックに陥れることが敵の目的なら足止めを何よりも嫌うはずだ。
「来ます〜」
ラミィが教えてくれた。
「いまだ!!はあっ!!」
ファイアーボールの魔法を放つ。それを合図に他の3人も続く。
「えい!!」
「ワイの力見いっ!!!」
「我が魔力よ、敵を滅ぼす力となれ!」
氷の刃が、小さな火の玉が、風の刃が敵がいる場所に殺到していった。
爆音、何かが砕ける音がした命中だ。
敵のスピードが遅くなるのが分かった。
接近戦だ。
「皆!行くよ!!」
駆け足で敵の駆け寄ると、横から弥生の放った弓矢が飛んでいく。弥生の重い一撃が敵の誰かに命中した。その敵は一撃を支えきれずに倒れる。防具の一部が砕けていた。
近くに来ると、敵の装備も分かってくる。重装歩兵だ。だが、歩くスピードはかなりのものだった。かなりの技量なのは聞くまでも無かった。
兵装に違いも見える。先頭を進んでいる兵は紋章、その他の装備も充実していていたおそらく隊長格だろう。何かを仲間達に指示し、仲間達もそれに瞬時に反応している。
−まだ、遠距離で攻撃を続けてほうが良かったかな・・・・
後悔にも似た感情が沸き起こるのを無視してスレインは剣の一撃を見舞った。
「なっ!?」
それはなんと盾で簡単に弾かれてしまった。お返しが来る。
「うあ!!」
盾で殴りつけられたスレインは2メートル以上後方に吹き飛ばされてしまった。
休むまもなく、攻撃が来た。槍だ。辛うじて剣でそれを防ぐ。火花が散った。
駄目だ、パワーが違いすぎる・・・!
手が痺れていた。それでも何度か剣を振り下ろした。だが、相手に手傷を負わすことはできたが、致命傷には程遠い。
敵の反撃が来る。
「スレイン!」
アネットが振り返ったが、彼女自身も目前の敵との戦闘に忙殺されていた。
ヒューイもヴィルフレッドも同じだ。
僅かにモニカが投げナイフで援護してくれたが、全て弾き返されている。
「死ね」
隊長の男は冷たい声で言うと、槍が一閃した。避けられないことは直に分かった。
良く見ると敵の兜はなくなっていた。自分の反撃でそうなったのだろう。髪の毛の色は夢でいつも顔をあわせる彼と同じだ。そして、自分を見る目も同じだ。何処までも冷たく、軽蔑すべきモノを見るような目。
体のどこかが貫かれる感触を覚え、意識が急に遠くなった。
−そんな、こんなところで・・・
今まで、頑張ってきてそれなりのことは出来たはずだ・・・
それなのに、相手の男はまるで雑兵を相手にしたような表情だった。
死にたくない・・・こんなところで・・・・
それを、最後にスレインの意識は暗い闇に沈んでいった。
どのくらい経ったのだろうか?
体全体に暖かさを感じた。そして、声が聞こえた。
リーダー、スレインさん、スレイン
皆、僕のことを呼んでいる。
「ううっ・・・」
痛みが走るが、それは自分がまだ生きていることを教えていた。
「気が付いたようやな!」
ホッとした表情でヒューイが言う。
「皆・・・敵は?それに、皆は無事なの?」
「心配しないで、アタシ達は無事よ。敵は取り逃がしちゃったけどね。」
アネットは傷の手当てをしながら言った。スレイン体を包帯で巻く。気が付けば上半身が裸になっていた。そして深い傷の跡も見えた。
「弥生さんやマリア隊長がいなかったらどうなっていたことか。-ともかく、油断は禁物よ。戦いは続くんだから。」
「・・・・うん。」
槍を振り下ろされたときの感覚が蘇り、スレインは思わず自分の体を抱きしめた。
「ともかく、命に別状がなくて何よりですわ。」
安心させるように弥生が言った。
「街の人たちも死者は出ていません。怪我人は出てしまいましたが・・・」
スレインが倒れてから直に敵兵は何らかの手段で撤退した。彼らの体はまるで幻であるかのように消えうせていた。新型の魔法なのかもしれない。彼らが囮でどこか別の施設が襲撃されたということでもなかった。
「・・・ともかく、任務は達成ですわ。」
励まされていることに気付いて、スレインは謝るように言った。
「そうか・・・じゃあ、ちょっと落ち着かないとね・・・」
声が震えるのを抑えてスレインは立ち上がった。夕日が見えた。襲撃あったのは3時くらいだから、意識を失っていたのはそれほど長くない。街の通りには警備隊も出ていたが、普段と変わらない賑わいが見えた。人間の数が少なくなっているのはやむをえないところだが。
「それでは、スレインの無事も確認できたところだし、私たちはこれで失礼するわね。」
傍にいたマリア隊長がウィルに言った。
「あ・・はい!今度はあんまり無茶すんなよ。」
「ごめん、心配かけて。」
とスレインが答えると、ウィルは「気にするな」と軽い調子で語りかけると、マリアとともに兵舎のある方向に歩いていった。
「僕達も帰ろう。」
スレインは無理やり思考をこれからのことに向けた。そうしないと気圧されそうになる自分がいた。
「十分に休養して、こういうことがこれからもあるかもしれないから。」
「そうね、それにしても、首都も襲撃を受けるなんて・・・」
と、モニカが言うとヒューイが応じた。
「そろそろ、強気に出ないといけんのかな?賭けにはなるやろうけど。」
「意外とまともなことを言うのね。」
多分、そうだろう。アグレシヴァルの略奪、一撃離脱はキシロニアにボディブローのようなダメージを与えている。
これをどうにかするとなれば、キシロニアの主防御ラインの前面にいる敵をどうにかしないといけない。
同じ事を考えている男がいた。
もっとも、彼の場合その手段をとる理由に他国との外交上の配慮が介入してくることに釈然としなかった。
帝国軍の副官が滔々と述べていた。
「・・・・で、ありますから。連邦政府におかれては、宜しく帝都への道を開き、兵糧物資の速やかな補給を・・・との皇帝陛下のお言葉でございます。」
シュワルツハーゼの陥落は避けられない。帝国への食糧供給は別のルートを使わねばならない。帝国と連邦はシュワルツハーゼ側の他に山脈を隔てた西側でも領土を接していた。だが、その土地は土壌の劣化が進み、現在は放置されている。キシロニアの最前線はその北側で、そこはアグレシヴァル軍が我が物顔でのさばっている。
要はそれを追い払い、食糧供給ルートを確保しろと言っているのだ。
これは、賭けだな。
マーシャルの辞任により、最年少の連邦軍総司令官となったロナルドは思った。現在の連邦の総兵力は2万、攻撃に出せるのはかなり無理をして1万5千だ。アグレシヴァル側が問題の地域で活動させているのは1万5千。そして、王国首都には主力3万以上が控えている。
敵の主力が来援に来なければ、戦力は互角だ。しかし、もし敗れればそれは連邦がその最良の戦力を失うことを意味する。
そうなれば、この戦争そのものも・・・
「帝国の事情はわかりました。しかし、長期間ここを確保するのは彼我の戦力差からして現実的とは申せません。供給は一度に大量の半年分の物資をお渡しするという形になりますが。」
「それでもかまいません。」
「ですが、それも敵主力が動かず、勝利を収めた場合のことでしかありません。」
「それについては、ご心配なく。」
それまで黙っていた男が手を挙げた。
帝国軍キシロニア派遣軍総司令官ケネス・レイモン准将だった。
先刻までは黙っていた。それには彼の身分の問題があったからだろう。と、ロナルドは推測した。
貴族主義を取るテオドラ派にあって、智謀の将とされながらも平民階級の出身であることを理由に准将に留まっている男。副官は貴族階級であって、階級は大佐だが、時にケネスよりも偉そうに振舞っている。
そのケネスが何か言おうとしている、ロナルドはかれの提案を待った。
以外にも防衛ラインにアグレシヴァルの攻撃があれば、帝国軍は積極的に援護に出動してくれた。彼等は貴重な同盟者であって、その要求を無碍には出来ない。ならば、より良い作戦で賭けに臨みたかった。
10日後にキシロニア連邦軍は攻勢作戦を開始した。
|