終わったんだな。
そう思えるようになったのは、時空融合塔が消えてから時間が少し経ってからだった。
「行っちまったな。」
と、守護部隊の1人が言った。
それを聞くと、虚脱感と達成感が同時に感じられた。その場に座り込みスレインは仲間達と顔を見合わせたが、なかなか次の行動に移れなかった。
最初に行動に移れたのは守護部隊の誰かだった。
「皆の遺体を埋めよう。」
この襲撃で守護部隊には死者が出ていた。まずは、それから始めなくてはならない。
「僕らも手伝おう」
と、スレインは仲間達に言った。
幸いなことにここでの死者の数はそれほど多いわけではなかった。ほとんどがシオンの攻撃を受け、魂を抜き取られた人たちだった。
遺体を埋める作業を続けながら、スレインは闇の精霊を操る恐ろしさを感じていた。
精霊使いになるのだとすれば、この力を自制しながら使えるだろうか?
この人たちは悪用された闇の精霊の力の被害者なんだ。
作業が終わった。時間にすれば1時間くらいが過ぎていた。
シオンが自爆した穴が視界に入った。
これからおそらく辛いであろう記憶が残っている世界で生きていかなくてはいけない。
でも、時空融合計画の成功やアネット達を助けられたことは誇っていいことだ。
そして、僕は歩きはじめなくてはならない。
「皆これからどうする?」
ややあって最初に答えたのはアネットだった。
「アタシは一度連邦に還らなくてはいけないわね。このことをお父さんに伝えないといけないし。」
「うん、僕もキシロニアの人間だから国に帰らないといけない。」
スレインはそこで言葉を区切ると言った。もしもこの世界に残ることになるのなら前から考えていたことだった。
「−みんなも連邦に来ないか?」
皆の反応を見ると唐突な提案に戸惑っているようにも見えたが、アネットがいち早く賛成してくれた。
「そうね!アパートくらいなら用意できるわ。皆も一緒に連邦に行きましょうよ。」
ヒューイ達とは短い間ではあったけれども気心も知ることができたし、戦闘でも記憶のことでも力になってくれるはずだ。
皆の顔を見回すと悪くない反応のようだった。
「せやな、行く当ても無いし。当分はあんさん達に付き合うことにするわ。」
「では、私も。−貴方方と行動しているとあのバーバラに突き当たることが多いいかもしれませんしね。」
と、ヒューイと弥生は答えてくれた。
モニカはどうしようか迷っているようだ。
「私は・・・・」
ポーニア村にあったモニカの家はディメトロドンの襲撃で受けたダメージに耐え切れなかった。とうとう倒壊したとの連絡が入っていた。
モニカはスレインたちを見回した。
「本当にいいの?私、フェザリアンなのに?生意気かもしれないのに」
生意気なのかもしれないが、それを不快に思ったことは無かった。むしろ彼女の知恵に助けられたところも大きい。
それに、身寄りはリナシスだけだ。彼のところに身を寄せるという選択肢は将来はいいのかもしれないけれど、今は駄目だ。
「可愛い女の子の頼みだったら引き受けるわよね、スレインは。」
「全ての男に共通することだよ。-もちろん喜んで。」
「・・・ありがとう。」
まだ、躊躇いがちではあったがモニカは答えた。
「でも、このことは村の皆に言わないといけないわ。ポーニア村に寄っていってもらってもいいかしら?」
「大丈夫だよ。ミシェールにも会いたいだろうし。」
「うん」
モニカは頷いた。それはいつに無く、人間の少女に近い笑顔に見えた。
「世話になったな、時鉱石の英雄たち。」
守護部隊の兵士が声をかけてきた。
「君達がいなければ、あの施設のダメージも戦友の死も・・・さらに大きなものになっていただろう。礼を言う。」
「いえ、貴方方がこの世界に残ることを覚悟でここに来なければ守りきれなかったでしょう。」
「そうですわ。皆さんが来てくれたお陰で私達も助かったのです。」
「うん、それは良かった。我等の行動も無駄ではなかったわけだ。」
スレインは、守護部隊の戦士に尋ねた。
「皆さんはこれからはどうするつもりなんですか?」
「ふむ、生き残った仲間とともにここで生活するつもりだ。」
スレインは守護部隊の人々を見回した。このままここに残ることも短期的には可能だが、長期的には無理のある選択だ。この島の地味もまた急速に衰えつつある。
「ねえ、アネット。みんなを連邦に連れて行けないだろうか?」
キシロニアは今回の移住で4万の国民そしてそれを護衛する兵士を失った。だから作物を作れる土地にも、そして食料にも余裕がある。守護部隊の数は1000人足らずだ。この程度の数なら移民として面倒を見れるのではないだろうか?それに、彼等は皆、歴戦の戦士だ。キシロニアは良い戦士を必要としている。
「連邦に?」
アネットもスレインの提案の意味を感じ取っていた。
「・・・いいかもしれないわね。それ。」
「アネットお嬢様!」
ノエルだ。戦闘が終わってからアネットの様子を見に来たのだろう。彼は同胞の移住を見届け、この地に残る決断をしたのだ。
丁度いい。
スレインはアネットと共にノエルに相談を持ちかけた。
初め、ノエルはその突然の提案におどろいていた様子だったが、それ自体には賛成してくれた。もともと、本国からはフェザリアンの技術を知るものなど、キシロニアの役に立ちそうな人物をスカウトせよ。との訓令もある。守護部隊の人々もまた軍事技術者であることには変わりない。
「ルドルフ大尉であったか?」
「はい。」
「我々、キシロニア連邦は貴官らを受け入れる用意がある。」
「はっ・・・まずは、我等の総指揮官ラインダース閣下とご相談を・・・」
具体的な条件交渉はノエルとラインダースが行うことになる。話がまとまるのは暫く先のことだろう。
「うまくいくといいけど・・・」
と、スレインは彼らを見やった。
「うまくいくわよ。きっと。」
と、陽気にアネットは言った。
そうかもしれない、キシロニアは食料が比較的豊富なのだから、守護部隊にとっては悪くない話のはずだ。
だが、再び戦いの中に身をおくことに彼等は同意するだろうか?それも祖国ではない国のために。
それをクリア出来てもキシロニアの社会に溶け込めるのかは未知数だ。
「まあ、そうだね。」
心配事が無いわけではないが、ここで自分たちがすることはなさそうだった。
「じゃあ、行こう」
スレインたちはこうして歩き始めた。
トランスゲートを使った旅はそれまでの苦労がまるで嘘のような気分になる。
一月近くかかったポーニア村に着くのに半日もかからないなんて・・・
「くくく・・・どうじゃ、トランスゲートの能力は?」
「なんとも、凄いとしかいいようがないです。」
と、素直な感想を口にすると、ビクトルは満足そうに微笑んだ。ビクトルも連邦に来ないかと誘われたのだ。彼はまずは研究室を見るのが先とばかりに、スレインたちに同行していたのだ。
「しっかし・・・一ヶ月ぶりやなここに来るのは」
「良かった、内戦の被害を受けているわけじゃなさそうね。」
と、モニカは周りを見て言った。
村は平穏を取り戻していた。
「モニカちゃん、もどったのかね。」
「マーサおばさん。」
モニカの帰還に気づいた村人たちが集まってきた。
「おじいさんはどうしたんだい?」
「祖父は、向こうの世界に行きました。・・この村から来た人も一緒に。」
「そうか、そうか・・・」
「あの、ミシェールは元気ですか?」
「おお、そうだったね。会いたかったろ?今、屋敷のほうにいるよ。」
「ありがとうございます。」
と、モニカは頭を下げ、オルフェウスの屋敷に走っていった。
「あ、待ってよモニカちゃん。」
と、アネットもそして皆も後についていった。
ミシェールの屋敷も他の家と同じく、ディメトロドンの襲撃を受けたときのダメージは見受けられない。
ドアをノックすると、執事が出迎えた。
「これは、皆様!」
「おひさしぶりです・・・あのミシェールは・・・」
「はあ・・・」
申し上げにくいのですが、と執事は答える。
「オルフェウス様、それにヴィンセント様とお話中でして・・・」
執事の後ろから声がかかる。
「もう、終わったからいいよ。」
オルフェウスだった。そして、彼の後ろからもう1人の男が現れる。
誰だったっけ?あの4つの剣、黒い髪、眼光の鋭さ。確か・・・帝国軍の
答えは後ろから聞こえてきた。
「オルフェウス。・・・それにヴィンセント将軍?」
「ほう、俺の名前を知っているとは。」
男が言った。ヴィンセント将軍、それもただの将軍ではない帝国三将軍のうちの1人だ。
「ヴィンセント様は有名人ですから」
と、オルフェウスは言った。
「では、これで俺は失礼する。お前の話はありがたいが、私は先帝陛下の願いを無碍にすることはできない。」
「また、お話しする機会があることを願っています。将軍」
「・・・そうか。死ぬなよ。」
ヴィンセントはスレイン達にかるく会釈すると、村の外に歩いていった。
「今の人もカッコよかったわね〜」
「うん、それに強い人なんだろうね。」
ものすごく強い人なのだろう。剣の腕前だけでもなく心までも。そう思わせる立ち振る舞いだった。
「久しぶりだね。無事で何よりだった。ミシェールも会いたがっているとよ。」
オルフェウスは後ろに振り向き、妹を呼んだ。
「はい、お兄様・・・ああ!?モニカちゃん!?」
「ミシェール」
奥から、光の膜に包まれたミシェールが出てきていた。おそらく、ヴィンセント、オルフェウスと話すために防護装置をつけたのだろう。
ミシェールは笑顔でモニカや自分たちを迎え入れた。
「皆さんも、ご無事だったのですね。」
でも、とミシェールの表情は沈み、モニカに視線を向ける。
「でも、モニカちゃんのお家が・・・」
「いいのよ。それでなんだけど、私、今度、キシロニアでお世話になることになったの。」
「え?キシロニアの?」
「ええ、それを伝えにここに戻ってきたの。」
「そうだったの・・・じゃあ、今日は家に泊まっていって。できれば、旅先のことを聞かせてほしいな。」
ミシェールはちらりと兄の顔を見た。彼にしても賛成しない理由は無い。
「私からもお願いします。是非、泊まっていってください。」
モニカがいない。そのことに気づいたのは夕食が終わって暫く経ってからのことだった。初めに気が付いたのはラミィだ。
「どうしたのでしょうか〜?」
外はまだ明るい。もしかして、外に出かけたのだろうか。
−いや、多分。
スレインは心当たりの場所があった。
「ちょっと、外に出てくるよ」
「うん、あんまり遠くに言っちゃ駄目だよ。」
「分かってるよ。」
と、アネットに言い残すとドアを開けた。
外はまだ明るかった。北に向かうと何棟かの家があり、その裏に回ると、壊れたモニカの家が見えた。
フェザリアンの少女はそこに立っていた。
「スレインさ〜ん。ラミィはいないほうがいいですか〜?」
と、ラミィが言った。最近は他人に聞かせたくないような話だと察すると彼女は席をはずすようになっていた。
スレインは頷いた。するとラミィは羽をパタパタさせると、違う方角に飛んでいった。
「モニカここにいたのか・・・」
スレインに気づいたモニカはあまり表情を変えなかったが、はやり、寂しさに似たものが感じられた。
「スレイン−」
「ここにいてもいいかな?」
と尋ねると、彼女はゆっくりと頷いた。
「昼間にいたヴィンセント将軍はオルフェウスの先輩にあたる人なの」
唐突にモニカは言った。
「士官学校時代からのオルフェウスの尊敬する人なの−そう手紙に書いてあった。」
「でも、あの将軍は・・・」
アネットが教えてくれたところでは、ヴィンセントはテオドラ派に属している。つまり2人は敵同士なのだ。
「うん・・・分かっているわ。」
「モニカはオルフェウスさんやこの村の人が好きなんだね。」
「え・・・・」
「違うの?」
「・・・・違わないわ。」
と、モニカはどこか悔しそうな表情だった。感情を露にするのはあまりよくないことと祖父から教えられていたのだろうか。
音が聞こえた。その方角を見ると、僅かに残っていたモニカの家の残骸が崩れ落ちていた。レンガの欠片が足元に転がってきた。
「フェザリアンの私でもこれは結構応えたわ。」
モニカは破片を拾い上げた。
「ずっと・・・ミシェールやオルフェウスも一緒になってこの村で暮らしていたから・・・ここの人も優しかった。−ずっとここに居たかった。」
どう答えるべきなのかスレインは迷ったが、言った。
「また、ここに帰ってこれるようになるといいな。」
必ずそうなると確信を持って言うことはできなかった。本当はそう言い切りたかったが、フェザリアンの少女はそれを気休めだと思うだろう。
「私はここに戻ってくるわ。きっと」
口調はいつもどおりだった。でも、それは切実な願いなのだ。
「そういえば、まだお礼を言っていなかったわね」
モニカは急に照れくさそうに顔を伏せて言った。
「リナシスに言い返してくれて・・・・その、ありがとう。」
スレインは少し嬉しくなった。こういう表情を見せてくれるのは仲間として信頼してくれているからなのだろう。
モニカの頭を手で撫でようとしたが、彼女は手を払うようにする。
「また・・・子ども扱いしないでって言ったよね?」
でも、その表情は決して拒絶だけのものではなかった。
「ごめん。」
スレインは素直に謝った。
「じゃあ、僕は帰るよ。あんまり遅くまでいると皆心配するよ。」
「わかったわ。」
もう少し、モニカには1人でいる時間が必要だ。スレインはモニカから離れていった。
館に戻ろうとすると、オルフェウスが歩いてきた。
「モニカ殿は向こうに?」
「ええ。」
「そうですか・・・そういえば、モニカ殿のキシロニア行きはスレイン殿が勧められたそうですね。モニカ殿も内心喜んでいるようです。」
「いえ・・本当はこの村にいたかったのだと思いますよ。」
スレインはオルフェウスが持っているものに気が付いた。
「これは、村の皆が寄付したものなのです。我々としてもモニカ殿は仲間ですし、モンスターの襲撃もあの家に逃げたから生き残れた−そう思っているんです。」
「じゃあ、村の皆で?きっと喜ぶとだろうな。素直にはそう言わないでしょうけど。」
「はは、そうですね。」
と、オルフェウスは笑った。
「では、私はこれをモニカ殿に。」
「わかりました。」
スレインは会釈をすると、歩き出した。振り返るとオルフェウスがモニカに話しかけているのが見えた。
「モニカちゃん、よかったです〜。」
ラミィが帰ってきた。オルフェウスとモニカの様子を見て、話の内容は察しがついているのだろう。
「ああ。」
きっと、モニカはここに戻ってこれる。そう思える光景だった。
そこで、スレインは空を見上げた。夜の帳が下りつつある空に月が見えた。自然に、表情が強張った。
ラミィが言いにくそうにいていた。
「うん、分かっているよ。」
今日は弥生さんが儀式をできる日だ。
怖くないといえばやはり嘘になる。今日で自分の記憶が戻るかもしれないのだから。
スレインはそれを振り払うように言った。
「弥生さんに頼むよ。記憶を呼び起こす儀式をしてくれって。」
館に戻ったスレインはアネット達と談笑しながら時間を潰した。カードゲームをしたりもしたが、はやりどこか楽しみきれないものがあった。その途中で弥生に儀式を頼んだ。
彼女は静かに頷いた。それを聞きつけたヒューイも立ち会うと言ってくれた。
「では、此方にお座りください。」
スレインの部屋に弥生とヒューイが集まっていた。
弥生の言葉に従いスレインは椅子に腰掛けた。彼女はスレインの前に立つと静かに空中に不思議な印を切った。
始まるんだ−
スレインは月の巫女を見上げた。
「それでは、貴方の中にある記憶を呼び覚まします。気を楽にしてください。」
優しい光があふれ出した。
きっとうまくいく。それだけを信じて目を閉じた。ふと、体が宙に浮かぶような感覚を覚えた。周囲を見回すとそこには誰もいない白い空間が広がっていた。
やがて、そこに一つの情景が浮かび上がる。
シオン−
フェザーアイランドで倒したはずの男がそこにいた。そして、気づくと自分は彼に踏みつけられていた。
反撃しよう−
だが、手が動かない。体中に痛みが感じられた。
「さよならだ、スレイン。いや、−ダークロード陛下」
止めろー
武器がスレインの体を貫いた。
うあああああ
悲鳴をスレインは上げた。
次の瞬間には痛みは突然に無くなった。だが、恐怖は消えなかった。
・・・今のは・・・・僕は・・・
そう、思っていると、次の情景が現れていた。それはあの、悪魔のような暗殺者だ。
下を見ると深い谷なっており、手でかろうじて崖にしがみついている状態だ。
「ランドルフ。」
そして、自分を見下ろすようにランドルフがいる。
スレインは呻いた。だが、次の瞬間強烈な違和感を覚えた。
「俺の精霊石を返しやがれ!!」
誰だ?僕の口を誰かが勝手に動かしている。誰だ?
ランドルフはその精霊石を見ながら言った。
「インビジブルストーンですか・・・中々、便利なものを持っていますねえ。しかし、貴方ではこれを使いこなせないでしょう。これは私が有効活用させてもらいましょうか。」
そして、自分、いや誰かに語りかけた。
「さあ、死になさない!!」
思い切り、足で手を踏みつけた。
痛い・・・
二度三度それは続き、ついに手を離した。体が谷の底に落ちていくのをはっきりと感じた。
そして、再び情景が移った。
どこかの館の中で自分が年老いた将軍と話している。内容はキシロニア連邦議長の暗殺−。
自分はそれに応じると答えた。
僕じゃない、僕はそんなことをするなんていっていない。
誰なんだ?
体が乗っ取られる−
そこで視界が真っ白になった。
暫くすると目が開けるようになった。
心配そうな表情の弥生、そしてヒューイが見える。
そして、自分が立ち上がる。
「これは・・・体が動く・・・」
違う、これは僕じゃない。
「やったぜ!グレイ様復活だぜ!」
グレイ?聞き覚えの無い名前だった。
「おい、リーダー。自分が何を言っているか・・・」
グレイは怒鳴った。
「うるせえな!!さっきからゴチャゴチャと・・・静かにしてねえとお前ら死ぬぞ?ところで、ここは何処だ?」
「ここは、ポーニア村ですが・・・」
「そうか・・・なら、急がねえと・・・」
武器に手をかけている。
いけない。
2人に武器を向けてはいけないー!
「くうっ!?」
グレイは呻いた。
「なんだ・・こりゃ・・・体が動かない・・・またか・・畜生・・・俺は・・・アネット・・・・」
膝を突き、グレイは倒れた。
そして、スレインの意識も暗転した。
(つづく)
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