平和維持軍。
この組織ほどこの大陸で批判され、また論評されるものはかつて無かっただろう。それは、ある意味では当然のことだ。ごく少人数から出発したこの組織は20年間の平和をもたらし、スクリーパーを葬り、一方では多くの悪事にも手を染めた。
ここでは、彼等の光とそして、影に注目したいと思う。
はじまり
平和維持軍が歴史に登場したのはスクリーパーとの最終決戦を遡ること20年前のことである。
大陸諸国を放浪していたセルディス、ヴァネッサは死にかけていた男アイザックを助ける。それが全ての始まりだった。
この3人は等しく戦いを憎んでいた。セルディスとヴァネッサはかつて孤児院で暮らしていたが、戦争のために、その孤児院は焼かれ、2人だけしか生き残らなかった。アイザックは妻が戦いに巻き込まれて死んでいた。
悲惨な経験は彼等をして戦いの無い世の中を作るには如何にすべきかを考えさせた。おりしも食糧難からグランゲイルとネイラーンの間に戦争が勃発し、それは大陸全土に広がる戦乱に発展しつつあった。
その彼等の前に古代の遺跡とポトラド人科学者ペルナギが現れる。
遺跡は古代の対大型スクリーパー用の大砲「アドモニッシャー」である。その威力は一国の軍事力、あるいは都市を完全に破壊しうる強力な武器だった。
遺跡の保存状態は良好で動力と修理の目処がつけば、その機能を完全に回復することができる状態だった。
この兵器を使えば、戦争をしている軍隊を問答無用で停戦させることが出来るのではないか?
動力の問題はアイザックがその故郷、龍玉の里から奪った龍玉により解決し、修理についてはペルナギがこれを受け持った。
このようにアドモニッシャーを起動させる目処はついた。
だが、セルディスとヴァネッサはこの論理に納得できなかった。2人は力によって強制された平和を真の平和とはみなさなかった。このアドモニッシャーに対する一種の不信感はやがて2人の息子にも受け継がれることになる。
この2人は一時、アイザックと袂を分かつが、グランゲイル軍のヌナーン虐殺の現場に立会い、戦いによって多くの人が死のうとしており、それも目前に迫っていることを認識させられた。
2人はこうして、アドモニッシャーの論理を受け入れ、アイザックたちの下に戻ったのである。
アドモニッシャーの修理に必要な資金はグランゲイル王都の商人がこれを用立て、工事に従事するものも比較的速やかに集めることができた。これにより、アドモニッシャーの修復は順調に進み、復活は目前に迫っていた。
この時、セルディスはヴァネッサとの間には息子クライアスをもうけている。彼にとりこの時期が個人的には最も幸福なときであったかもしれない。
しかし、このアドモニッシャーの修復工事は大規模なものであり、グランゲイルともう一つの大国シリルティアの目を引いたに違いない。
しかし、前者はこれをあまり重視しなった。おそらくネイラーンとの戦争、来るべきシリルティアとの決戦準備に忙しく、自国の領内での出来事ではあるものの情報が不足していたのだろう。これは後に致命的な損失に繋がった。
一方後者は、アドモニッシャーへの襲撃を試みた。シリルティア軍はこの後に起こるアドモニッシャー最初の砲撃時に攻撃の警告を受けると軍を退避させており、おそらくこの前後の段階でアドモニッシャーがかなりの威力を持つ兵器であることを掴んでいたと思われる。
シリルティア軍の襲撃はセルディスらの迎撃により失敗した。しかし、セルディスはこの戦いで最愛の妻ヴァネッサを失った。死因は産褥熱といわれている。
この間、戦争は拡大の兆しを見せる。ネイラーン軍をほぼ殲滅したグランゲイル軍はさらにシリルティアへの侵攻を企図し、軍を西進させた。これを迎え撃つべくシリルティア軍も動いた。
アドモニッシャー初砲撃
アドモニッシャーの修復作業は終了し、この兵器は再びその力を復活させた。
迫り来る全面戦争を阻止すべく、セルディス達は動き出した。まず、両軍に使者を送り、その進軍を中止を申し入れる。それでも、進撃をやめない場合はアドモニッシャーによる砲撃を行う。それが彼等のプランであった。
こうして、使者が2国の陣営に送られた。シリルティア軍に向かった使者は無事に帰還したものの、グランゲイル軍を訪れた使者は首を刎ねられた。
その翌日、セルディスたちはアドモニッシャーを始動させた。シリルティア軍は後退を開始していたが、グランゲイル軍はなおも進撃を続け、その陣中にはセルディスが差し向けた使者の首がさらされていた。
セルディスたちはここにおいて砲撃を決意した。
この時、セルディスは威嚇射撃をするつもりだったが、アイザックはグランゲイル軍を殲滅すべきだと主張した。
セルディスはそれに従った。
こうして、アドモニッシャー最初の砲撃はグランゲイル軍に向けて放たれた。
轟音とともに広がった火球は周囲を砕き、なぎ払い、爆発の結果かなりの規模のクレーターおも生じさせた。ここにグランゲイル主力軍は全滅したのである。
これが、砲撃までの顛末であるが、ここまでで、目を引くのは、アイザックの冷徹さとセルディスの理想主義的な意見の対立だろう。後者はアドモニッシャーを使った平和維持にも当初は消極的であり、そのような方法でもたらされた平和は真の平和ではないとした。また、アドモニッシャー砲撃時にも威嚇射撃を提案している。さらに、後年になると維持軍の通常戦力の縮小も考えるようになっていた。
これに対し、前者はアドモニッシャーによる平和に何の疑問も持たなかった。グランゲイル軍への砲撃も躊躇せず、実行を促した。
当時、アドモニッシャーにはスクリーパーとの決戦時には使用可能であったリミッター解除機能は装備されていない、ないしは発見、再生されていなかった。さらに、移動機能も回復していなかったと思われる。故に一発の砲撃の後再攻撃を行うにはかなり時間がかかり、なおかつ移動も出来ない。よってグランゲイル側が再発射前にこちらに押し寄せてくれば、折角のアドモニッシャーも使い道が無い。直下の敵を焼き払うことは出来ないからだ。
また、実際に敵軍。それも最強の戦力を持ちかつ好戦的なグランゲイル軍を無力化することでその後の交渉を有利にまとめようとしたとも考えられなくも無い。
そして、歴史はアイザックの考えが正しかったことを立証した。
この砲撃後の交渉においてグランゲイルは軍が壊滅したため、完全に占領したネイラーンの一部を独立した勢力として尊重するといった譲歩を示した。また、国土を特に荒らされることもなかったシリルティアも特に難しい主張はしなかった。
勢力範囲は一連の交渉によって決定し、以後、戦争を行うことは平和維持軍がこれを取り締まる。との宣言を出した。
これが「20年の平和」と「平和維持軍」のはじまりであった。
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