8      ポーニア村の聖夜 下
 
 
 止んだり、降ったりを繰り返していた雪は午後に入ると次第に強くなっていった。風は強くなかったのでその点は幸いだが、外を歩くものにとっては辛いものだ。
「オルフェウスさんたち無事だろうか?」
 と、村人の一人が言った。
 周りにいるのは2人の村人で、この3人はモニカたちが来るのを村の入り口で待っていた。暗くなったときのことを考えて、火をおこしていた。
「大丈夫じゃろ?」
 と、答えたのは一人の初老の男性だった。彼は火に当たりながら言った。
「お前さんがたは、最近村に来たから知らないかもしれないがな・・・あの2人、モニカとオルフェウスは3年位前に同じようにロベリカの草が必要になったときに、あの森に入って帰ってきたんじゃよ。」
「3年前って・・・そんきゃモニカは10歳にもなってないんじゃあ・・」
「ああ・・・それでも、村で一人だけのリングマスターだからと言ってな・・・ともかく、お陰で村は助かった。」
 あれからかなと、村人は続ける。
「モニカや我々にあった壁が本当になくなったのは。フェザリアンと人間はやはり考え方も違う。ワシ等はアレンじいさんの知識には敬意を表したが、本当に受けれていたかどうか・・・」
「そうそう、あの時。帰ってきたときのモニカの顔を見たら俺達とおんなじ人間なんだって、始めて思ったな。だって、大粒の涙をこぼしていたものな・・・怖かったなんだろうな。・・・それは、アレンさんもおなじだったな。あの、普段はほとんど表情を動かさないご老体がだ。」
「そんなことがあったんですか・・・」
「そう、だから心配はいらんよ。」
 その老人の言葉通りだった。
「あい、あれは・・・?あいつ等だ。戻ってきたみたいだぞ。」
 彼等は村に歩いてくるモニカ達3人を見つけることが出来た。
 
 モニカ達は村の明かりと村人の声を頼りに漸く、村に帰りついた。
「おお、帰ってきたか!」
「みんな、無事かい?」
 オルフェウスが答えた。
「・・・帰りました。ご心配をおかけしました。・・・私も、モニカ殿も、マーシャルさんも皆無事です。」
「そうか、良かった。良かった。それで、ロザリアの実は?」
「見つかりました。」
「そうか、では、早くアレンさんのところへ」
 モニカが尋ねた。
「あの、おじいさんは?具合は?」
「ああ、まだ、頑張っている・・・大丈夫だよ」
「そうですか・・・」
 そうは言っても不安は消せない。そんな様子のモニカの背をオルフェウスが押した。
「行きましょう。」
「ええ」
 モニカは頷いた。
 モニカの家に行って見ると、まだ何人かの村人残り、看病の手伝いをしていた。そして、グリューンが待ちかねたかのように、ロザリアの実を手にすると早速、薬の調合にかかった。
 それから、数時間。
「よし、出来たぞ。」
 薬が完成すると、グリューンはアレンにそれを飲ませる。
 すると、それまで息遣いの苦しそうだった、アレンの呼吸が急に穏やかなものになっていった。
「おお・・・呼吸が・・・」
 周りで見ている人たちからホッとした空気が流れた。
 これで、もう大丈夫そうだ。
 グリューンは深くため息をつき、そして立ち上がった。
「これで、大丈夫じゃろう。まあ、一晩、眠れば、明日には歩けるようになるだろう。」
 ・・・・間に合ったか・・・・
 と、エーンワースはホッと息をついた。
モニカの最後の肉親が死ぬなどというクリスマスは御免だった。なんとか、うまくいったようだ。
 モニカが前に進み出て、グリューンに言った。
「ありがとうございます。・・・そのお金のほうは・・・」
「いらんよ。」
「しかし、そういうわけにはいきません。」
 生真面目に言うモニカにグリューンは少し考える仕草を見せた。
「なら、残ったロザリアの実をくれないだろうか?これは帝都でもなかなか入手できない薬草なのだ・・・・残りの分量なら十分診療代になると思うが?」
「・・・すみません。そういうことなら・・・」
「では、商談成立だな。私はこれで失礼するよ。」
 助手に声をかけると、グリューンは部屋を出て行った。その彼に村人達は口々に礼を言った。
 医者がいなくなると、村人達も三々五々、 自分達の家に帰ることにした。
「さあ、ワシ等も帰るか。」
「ありがとうございました。オルフェウス。それにマーサおばさん。みんなも・・・」
「気にしないでください。」
 最後にモニカは異邦人にも礼を述べた。
「貴方も、ありがとうございました。」
「いや、役に立てたなら何よりだ。」
 モニカに言われて、エーンワースも笑顔で答えた。
 そして、彼も村人と同じように宿泊先の宿へと戻ることにした。
 ともかく、今日は働きすぎたようだから。
 
 外に出てみると、雪が再び降り始めていた。あの時間で帰ってこれたのは本当に運がよかったのだろう。
「良かったですね。」
 と、ルミィが声をかけてきた。
「そうだな・・・あとは、見届けるだけだ。そうすれば、役目は果たせたってことだよな。」
 モニカは回復しているし、アレンの熱もひいている。それに、あの家はフェザリアンの技術がどこかに埋め込まれているらしく、室内は暖炉もないのにかなり暖かかった。
「心配はないよ・・さあ、戻ろ・・・」
 と、言おうとした時、彼の目にオルフェウスの姿が映った。
「エーンワースさん!オルフェウスさんが!」
 オルフェウスが苦しそうな表情で膝をついていた。枯れた木に手をついている。
「オルフェウス!」
 慌てて彼の傍に駆け寄る。息遣いは荒く、手で胸を押さえ、そして激しく咳き込み始めた。
「ゴホゴホ!!」
「大丈夫か?」
 背中をさすりながら、エーンワースが尋ねると、オルフェウスは無理をしていると分かる表情で言った。
「すみません・・ゴホ!・・・・僕を家まで連れて行ってくれませんか・・?」
 ただの咳にしては様子がおかしい。一向に収まらない。オルフェウスが自分の口を押さえていた手を見るとそこには、血がついている。
「分かった。君の家は確か・・・村の入り口の近くだったな?」
「はい・・・その通りを・・・」
 オルフェウスの指示に従いながら、彼の家を探し当てる。時間はさほどかからなかったのは幸いだった。
「町の・・・で入り口近くの道具屋の・・向かいです・・」
「わかった。道具屋の向かいだな?」
 ドアを叩くと、メイドが出迎えた。
「はい、どちら様ですか・・・・!オルフェウス様!!」
「ああ・・・メルファさん・・・少し、病気をこじらせたみたいで・・・あの、この方は・・マーシャルさん・・・とってもお世話になった人なんだ・・」
「そうでしたか・・・ともかく、ベッドへ!」
 彼女は家の中にいた執事にも声をかけると、急いで、ベッドの準備にかかった。
 オルフェウスの上着を脱がせ、ベッドにその身を横たえ、そして、奥の部屋から現れたメイドが何かの薬をオルフェウスに与えた。
「ありがとう」
 オルフェウスは礼を言うと、コップの水を飲み、その錠剤を口の中に流し込んだ。
「ゴホ!ゴホ!」
 まだ、咳が続いたが、オルフェウスは漸く、その身を横たえた。
「・・・・その薬、君の病には効果があるのですか?」
「ええ、モニカ殿のおじいさんを治した医者・・・グリューンさんから、処方されたものですから。」
「なるほど。それで彼はこの村にいたのか・・・モニカにとっては幸運だったな。」
「ええ、本当に。」
 エーンワースは部屋にある椅子に腰掛けた。だが、オルフェウスの咳は収まらない。
「ああ・・そんな・・・も一度先生を・・・」
 メイドが絶望的な声を上げた。
「エーンワースさん。・・・この人の病気は・」
 妖精の言葉にエーンワースは答えなかった。そして、メイドが部屋の外に出て行く瞬間を見計らい、自分のポケットにあった白い錠剤を取り出し、それをオルフェウスに飲ませた。
 
 すると、彼の咳が次第に収まり始めた。
呼吸は正しいリズムを取り戻し、その表情から苦痛の色も薄らいでいった。
 もどってきたメイドや執事が狂喜したのは言うまでもない。
「・・・・ありがとうございます。」
「いや、役に立ったなら良かった。」
 おそらく、オルフェウスは肺を病んでいるのだろう。この身体でよく軍務が勤まるものだと思う。
 この病気はこの国の医療水準では完治はできまい。それどころか、死ぬのを多少遅らせる程度だろう。
 例外があるとすれば、彼に与えた薬だろう。この総本山が作り出した特殊な薬を長期間服用すれば完治は不可能ではない。
 だが、今回持ってきたのは非常用の4個のみ。これでは気休めにしかならないだろう。
「今は、話せるか?」
「ええ、咳も収まりましたから。」
「オルフェウス。病身の君に聞くのはなんなんだが・・・」
 と、前置きして、エーンワースは言った。
「君は何故、モニカを助けるのだね?・・・・君だけじゃない、この村の人たちも。フェザリアンは人間社会では煙たがられることが多い筈だが・・・」
「何故なのか・・・ですか・・・。」
「その病。今日のような雪の日に外で長時間動くのは危険だ。・・・・命をすり減らせることになるぞ。」
「分かっています・・・でも、そのままにしておけなかったんです。モニカ殿にとって、アレンさんは最後の肉親なのですから。」
 恐らく、自分がいなくてもオルフェウスはモニカの護衛に付いたに違いない。それだけの意志の強さを持つ青年だ。そうでなければ、地方豪族の子息とはいえ病身の身で帝国の若獅子と呼ばれるまでになるとは考えられない。
「それに、モニカ殿は妹と同じ目をしていました。」
「妹?」
「向こうの部屋にいるんです。ミシェールと言います。私とは違いますが重い病気で外に出ることが出来ないんです。・・・・私も妹もモニカ殿と同じように親が・・・母上が突然失踪してしまったのです。」
「モニカの父親が失踪したのと同じように・・・か」
「ええ、モニカとミシェール2人の目を忘れられません。多分私も同じ目をしていたでしょうから。」
 私には分かる。
 オルフェウスの母親が何故いなくなったのか。
 注意してみるとこの家からは微かに精霊の力が感じられる。それは、恐らくミシェールから発せられていたものだろう。
 2人の母は何かの精霊使いとして覚醒し、そして、どこかの総本山に連れて行かれた・・・
 オルフェウスは言った。
「私は、モニカ殿にもう2度とあんな目をして欲しくはなかったのです。」
「君とって、モニカはもう一人の妹のような存在なんだな。」
「まあ、そんな感じです。」
 ・・・だから、あれほど真剣に私を問いただせたのか。と、エーンワースは思い出す。あの森でオルフェウスにモニカの父の居場所をしっているのではないかと質問された時を。
 一層、ばらしてしまおうか?
 彼の質問にそのまま正直に答えられれば、それでいいような気もした。
 だか、それは精霊使いには許されない行為だった。エーンワースはそれに忠実に行動した。用意された答えをそこで答えたのだ。
 ローランドで上司だった。
 彼から剣をもらい、それを残された家族に渡すためにここに来たのだ。と
 初めは半信半疑だったオルフェウスもピートの剣を見せると、納得したようだった。
 昔、彼がピートからその剣の話を聞いていたからだった。
「・・・・モニカ殿は、良い村に来た。そして、良い人々めぐり合えたんだな。」
 と、エーンワースは感想を口にする。
 オルフェウスだけではない。この村の人々もモニカ達を得体の知れない異邦人として扱っているのではなく、村の一員として扱っている。そのことが、強く感じられた。
「そう、彼女が思ってくれればいいのですが・・・」
 答えは外からやってきた。
 廊下のほうから声が聞こえ、それから程なくしてドアが開いた。
「オルフェウス!」
「モニカ殿・・・?何故こんな所に、アレンさんは?」
「おじい様なら、意識を取り戻したわ。」
それより
「大丈夫なの?・・・村の人から貴方が倒れたと聞いて、それで・・・」
 普段は冷静な彼女も今の表情は年相応の少女の顔だった。
「ええ、大丈夫です。」
 オルフェウスはモニカを安心させるように笑顔を作った。実際、気分はここ数ヶ月の間で一番良かった。
「本当に、本当?」
 モニカはオルフェウスの顔を覗き込む。そこには、血色の良い彼の顔が浮かんでいる。それを見ると彼女の顔に初めて、安堵の色が浮かんだ。
「良かった、私、手遅れになるんじゃないかって・・・それで・・・私のためにあの、森まで付いてきてくれて・・・そのまま死んじゃうんじゃないかって・・・」
 微かだが、モニカの瞳は潤んでいるようだった。それを察したのか、オルフェウスの手がモニカの頭を撫でていた。
「いいんですよ、モニカ殿・・・私は大丈夫だから。」
「オルフェウス。」
 モニカの顔が微かに赤らんだ。そして、ポケットからロベリカの実を取り出した。
「これ・・・貴方の発作を抑えるには役に立つと思うから・・・」
「ありがとう。」
 なんとも微笑ましい光景だな。と、エーンワースは微笑を浮かべた。
 そして、この場にはあまり自分が必要でないことに気付く。
「オルフェウス、モニカ。私はこれで失礼するよ。」
 ああ、そうだ。肝心なことを言うのを忘れていたよ。この村に来た本当の目的はこれだったのにね。
「ああ、モニカ。君がロベリカの実を運んでいたあの籠の中にオーレの卵が入っていたと思うよ?」
「オーレの卵って・・・?」
「あの高級食材で有名なオーレの卵ですか?」
「そう。それを明日、行商に持っていくといい。・・それでクリスマスをやり直したまえ。メリークリスマス。」
「メリークリスマス。」
 こうして、ポーニア村の忙しいクリスマスが終わった。
 
 
 
 それから、3日後雪は漸く収まり、久々の太陽が大地を照らした。
 そろそろ潮時だな。
 エーンワースはそう判断していた。
「お世話になりました。」
 と、宿代を払いながらピケットの両親に言った。
「いえ、わしらの息子だけじゃなく、アレンさんまで助けていただいて・・・本当にありがとうございました。また、お立ち寄りください。」
 両親の傍らにいたピケットも言った。
「ありがとう、またね。」
もう、熊に襲われた恐怖を引きずってはいないようだ。傷も完全にいえていた。
「ああ、今度はあまり無茶をするなよ?」
 と、身体をかがめて、ピケットの頭を撫でた。
「うん!」
 エーンワースは立ち上がり、もう一度、3人に会釈をすると宿を後にした。
 外に出ると久々の太陽が余計に眩しく感じられた。まるで、世界が太陽の光の減少で危機にあることが嘘であるかのような天気だった。
「帰るには丁度いいタイミングですね。」
 ルミィの言葉に頷いた。
 2人は本来の目的を達していた。
 人間で、総本山に召還された人々、その家族の生活面での様々な支援。それは闇の総本山に住む精霊使いとして当然の責務であると意識されるようになったのはいつのことだったろう。
「アレンさんは回復されました。」
「うん、私が入れておいたオーレの卵もそれなりに助けになったようだしな。」
 モニカが翌日、オーレの卵を行商人に持っていくと、それは10000エルムに化けていた。回復したとはいえ、仕事は無理なアレンとモニカがこの冬を乗り切るには十分な金額だろう。
 最も、そのうちのいくらかはモニカが村長に預けてしまった。そこは、フェザリアンらしい潔癖さなのだろう。
「これなら、当分心配はいらないだろう。」
「そうですね。村の人たちのいい人ばかりですからね。」
「そうだな。」
 と、エーンワースは応じた。
 モニカとアレンはこの村に居場所を得ている。きっと大丈夫だ。
 ゆっくりと村の様子を見ながら門に向かって歩いていく。すると、そこに見知った顔の青年が立っていた。
「もう、ご出発ですか?」
「ああ、これを逃すと出れなくなりそうだからね。」
「そうですか。」
 オルフェウスがここに来たのは挨拶だけではなった。何故なら、その手には、アレンの剣が握られていたからだ。
「この剣、確かにお預かりします。・・・いつかモニカ殿に渡せる日が来るまで。」
「ありがとう。オルフェウス。」
 アレンさんには渡せなかったが、オルフェウスに任せておけば大丈夫だろう。
 その表情からは彼の生真面目さから来る決の強さが感じられた。おそらく彼は命が続く限りこの約束を守ってくれるだろう。
「君はこれからどうするのだ?」
「私はこのまま、帝都に戻り、軍務にもどります。」
「そうか」
 彼の病気は重い。彼の戦闘能力、指揮能力に疑問の余地はない、きっとその才能を発揮するに違いない。だが、果たして体が軍に耐えられだろうか?
 もっとも、それを知っていても彼はそれをやめることはないだろう。帝国貴族としてその剣で皇帝と民を守ることは当然の責務であり、リードブルク家の当主なのだから。
「・・・・死ぬなよ。」
「ええ、そのつもりです。」
 エーンワースは微笑を浮かべてローランド式の敬礼を放った。それに、オルフェウスも帝国式の敬礼で答えた。それが、2人の別れの挨拶だった。
「モニカによろしく。」
 と、付け加えて、エーンワースはポーニア村を後にした。
「なあ、来年はどんなものをモニカに送ればいいだろう?」
「さあ、私には・・」
 そういいながら、エーンワースが思っていた。
 今のところ、オルフェウス用の薬と言うのがよさそうだ。そのほうが、モニカは喜ぶだろう。
 しかし、友人にはなんと説明したらよいものか。「娘に彼氏ができました。」などと言ったら・・・
「まあ、あんまり人の悪いことを考えなくてもいいか。」
「何か、おっしゃいましたか?」
「いいや、たいしたことじゃないよ。」
 まあ、時が来れば言えばいいだろう。それにモニカの感情はどちらかといえば憧れの要素が強いようにも見える。誰か他の人を好きになるかもしれない。
「先を急ごう。デルフィニアはまだ遠いからな。」
 雪が残る街道を一人の精霊使いと、一人の妖精は早歩きしながら西へ向かっていった。
 
 
(おわり)
更新日時:
2010/10/22 

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Last updated: 2012/7/8