7      ポーニア村の聖夜 中
 
 
 
 
 この子にこれを見せるのはまだ早い。と、あの老人はそう言っていた。
 父の失踪でモニカの環境はだいぶ変わった。悪い方向に。母親は死に、おいは父を憎悪して辛く当たる。
 祖父のモニカを大切に思う気持ちは本当だが、彼自身も力不足を感じているように見えた。
 モニカはフェザリアンの血のせいか、物事を比較的合理的に考える。だからこそ、余計、心に傷を負っている。
 そんな感じがした。
 エーンワースは外を見た。
 朝から降り続いていた雪はようやく止み、太陽がかすかに顔を出す。しかし、空の様子からまた、降雪があるだろうことは想像できる。気温も低く、暖炉のあるこの家にいても寒さが感じられた。
「どうぞ。」
 店のおかみがシチューをテーブルの上に置いた。
「ありがとう」
 アレンとの話が終わった後、エーンワースはピケットの父が経営する宿屋に落ち着いた。息子を助けてくれた礼として宿代は無料にしてくれた。夜は道中の疲れが溜まっていたのか良く眠れた。
 テーブルの上にあるシチューが美味しそうな煙を立てていた。大きな肉が入っていて食べてみると少し硬い。
「おかみさん。この肉は何の肉ですか?」
「ああ、貴方が倒した熊の肉だよ。一番美味しいところを使ってあるから沢山食べてね。」
 なるほど、あれだけ巨大な熊だ冬には貴重な蛋白源になるだろう。
「ありがとう」
 シチューを食べ終わると、妖精が話しかけてきた。
「エーンワースさん・・・」
 やはり、浮かない顔をしているのが分かるらしい。
「どう、伝えたものかなあ・・・」
 モニカの様子はあまりいいとは言えないようだ。リナシスとの会話が蘇る。この現実を親友にどう伝えたものだろう?
 これを聞かされたとき、彼は何と言うだろう?
 実の娘の今を聞いて、彼は何を思うだろうか?
 自分の運命を呪うだろうか?
「・・・・時間はあります。暫く様子を見てはどうでしょう?」
 
 ルミィの言葉に、エーンワースは頷き、思い直した。
 まだ、一日だけだ。暫く見ればまた、別のことを伝えられるかもしれない。まあ、この雪がある程度無くなるまで、歩けるようになるまではこの村に留まらなくてはならない。
 気長にやるか・・・・さて、今日は・・・
 と、彼が立ち上がろうとしたとき、扉が荒々しく開かれ、慌てた様子の村人が入ってきた。彼は店の主人を見つけると「どうしたのか?」と言う店主に用件を切り出した。
 すると、主人は慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「お客様の中に、医者の心得のある方はいますか!?」
 エーンワースとは別の机から手が上がった。初老の老人で眼鏡をかけていた。
「ワシは、医者だ。帝都で病院を開いているぞ。」
 それを聞くと、店主は良かったと胸をなでおろした。
「実は村に急患が出たんです。どうやら、雪の寒さで体調を崩したようで・・・」
「案内してくれ。行こう。」
「それじゃあ、俺が」
 と、変事を伝えに来た村人が言う。
 医者は頷くと、彼と共に急患がいる家に急いだ。
 それを不安そうな顔で見送る店主にエーンワースは尋ねた。
「誰が、急患なんだ?」
「ああ、実はアレンさんらしいんだ・・・」
「え・・・・」
 
 
 アレンの家には何人かの人が立っていた。玄関から入ると、村の女性の何人かが心配そうにアレンの寝室を見ていた。
「すみません。」
 エーンワースが家に入り、寝室で見たのはベットに横になっているアレンの姿だった。顔色は遠くから見ても良くないと分かるほどだった。
 彼の傍には先ほど名乗り出た医者とその助手がおり、難しい顔で診察をしていた。その結果はあまり良いものではないのだろう。
 心配そうな表情でモニカがその直ぐ傍の椅子に腰掛けていた。その隣には中年の女性が立っていた。
「モニカちゃん。そんな顔をしないで。ね?」
「ありがとう、マーサおばさん。」
 しかし、その表情は昼間始めてみた時のようなフェザリアン特有の冷静さは感じられない。寧ろ弱弱しいそうな印象を与えていた。
 当然かもしれない。彼女の身内は事実上、ベットに寝ている老人しかいないのだから。
 やがて、医師はモニカとマーサに向き直った。表情は難しいままだった。
 病状を伝えるべき身内は一人と聞かされていたのだろう。彼はアレンの病状について話し始めた。
「アレンさんを助けるには薬が、エリキシル剤が必要だが、その材料がここにはない。」
「エリキシル剤・・・・というと、如何なる難病にも効果があるとされる薬のこと?確か、」
「ああ、よく知っているな。」
「結論から言えば、ワシの持ち合わせでは一つ材料が足りない。それが、ロザリアの実だ。」
 ロザリアの実。
 その単語を聞いて村人たちは顔を見合わせた。
 その理由はエーンワースも分かっている。
 ロザリアの実はこの村の北にある森中の湖周辺に自生している。だが、あそこに行くには危険が大きすぎる。
 何故ならば。
「なら、私がそれを取ってくるわ。それなら村の北にある森に自生しているはずだから。」
「君は区別できるのかね?」
「はい。」
 グリューンは村人を見返すと、彼は頷いた。
「モニカちゃん!あんたなんて事を!北の森なんて危険すぎるよ!!」
「そうじゃ!あの森には太古の怪物どもがうろついている!とても生きてかえれないぞ!」
 エーンワースは思い出す。
 彼はここに来る前に、この国の地形は頭に入れていた。その中に、ポーニア村の北の森の記述もあった。
 そこは、昔からそのままに残っている原生林で住んでいるのは神の時代のころからの異形の生物達だという。
 普通の森でも十分すぎるほど危険だが、この森は普通の森とは比べ物にならないくらいの危険度だろう。
 しかし、モニカは聞かない。
「でも、このままじゃおじいさんが!!それをこのまま見ているだけなんて!・・・・他に、他に方法があるの?マーサおばさん!」
 モニカの必死の問いかけにマーサは言葉を詰まらせた。
「・・・それは・・・・」
 他の村人達も同じだった。その時、一人の若者が前に進み出た。
「ならば、僕も一緒に行きます。」
「オルフェウスさん!」
「私もこれでも軍人です。もし、アレンさんを助ける方法がないなら。私が行きます。」
「・・・・オルフェウスさん・・・しかし・・・」
 確かに、オルフェウスの武勇を知らないものはこの村にいなかった。彼ならやれるかもしれない。と思うものも多い。だが、同時にあの森の怪物達の手ごわさも身にしみていた。いままで、森の中に入ろうとして多くのものが犠牲になっていた。
「私もついていっていいだろうか?」
 と、エーンワースは手を挙げた。
「エーンワースさん!」
 と、ルミィは驚いたように言うが、エーンワースは小声で言う。
「・・・今の、モニカにあの老人は必要だ。それに彼の父親でもあるんだぞ。」
「あなたは・・・」
 一方、エーンワースの挙手を見た村人の方からは、歓声が上がっていた。
「おお、あなたも行ってくれるなら心強い。」
「あのデカイ熊を倒したんだ。」
「是非おねがいしたい。アレンさんには・・・我々も世話になっておる。」
 エーンワースはオルフェウスに視線を向けた。
「・・あなたは、ローランドで正規兵をなさっていたと聞いています。お願いします。」
「わかりました。」
 モニカはそのやり取りを呆然とした様子で聞いていた。
「・・・みんな・・・ありがとう。」
「何言っているのよ。みんなこの村の仲間でしょ?こういうときはお互い様よ。」
 マーサがモニカの肩を叩いた。
「そうとなれば、急ぎましょう。」
 オルフェウスの言葉に皆が頷いた。
 
 
 太古の森と呼ばれる森はポーニア村のすぐ北に広がっていた。
 その有様は、他の森とは根本的に異なっていた。まず、森の中だけは環境が一年中変わらない。そして、植物は他の森と異なり、シダ植物などの裸子植物、そして被子植物が混在していた。植物が異なっているのと同様にそこに住む、動物達もまた、大陸の他の地域とは違っていた。
 この大陸では陸上動物として、大雑把に言って人間、フェザリアン、モンスター、その他の草食動物、肉食動物に分かれる。しかし、この森にはモンスター、人間、フェザリアンは生息していない。存在するのは全く違う生物だ。
 その中でもひときわ目を引くのが、原始ドラゴン族と呼ばれる種族だった。ドラゴンがかつて翼を持たなかったころ、地上で生活をしていた。翼も無く、炎を吐かない。食性も肉食と草食に分かれる。
 このうち、肉食性のものは現在のドラゴンに近い。彼等は鋭い、牙、爪、そして強力な筋力を持つ。これらの武器で彼等は餌となる草食性の原始ドラゴン族を襲うのだ。
 これに対して、草食性のものは草を食べ、肉食動物から身を守るためにいくつかの術を持っていた。あるものはその巨体で相手を威圧したり、俊足を生かし相手から逃げ去ったり、体中を鎧のような硬い骨で覆うなどその方法はそれぞれの種類により様々であった。
 彼等は太古の昔にその姿を消したはずであったが、何故かこの森にだけは依然として、その姿を止めていた。
 これまで、多くのものがその謎に引かれてその調査に乗り出したが、謎の解明にはいたっていない。
 この森は、外界とは隔離された一つの異世界であった。
「・・・・本当に外の世界とは違うな。」
 と、エーンワースは感想を漏らした。
 外は雪だというのに、この空間だけは雪の支配が及んでおらず、まるで秋であるかのような錯覚を覚えた。実際、気温は高めであった。
 その感想にオルフェウスは微笑しながら答えた。
「ええ、いつ入っても、そう思いますよ。」
「中には詳しいのか?」
「村で疫病がはやった時に今、作ろうとしているエリキシル剤が必要になって、その時に僕は森の中に入ったんです。モニカ殿と一緒に。」
「そうだったのか・・・」
 モニカが森の周囲を確認しながら言った。
「ロザリアの実があるのは、ここから2時間くらい進んだところよ。」
「・・・ところで、前のときは森の生物に襲われたのか?」
「ええ、でも勝てない相手ではないわ。」
「そうか、ならいいんだけどな。」
「一番いいのはそういうのに会わないことね。」
 手っ取り早く材料を手に入れたい三人にとって戦闘は時間ロスでしかないので、極力さけたいところだった。
 だが、3人の思うようには進まなかった。何の変哲も無い周囲の景色に変化が忍び寄っていた。
 オルフェウスが足を止める。モニカもその変化に気付いたのか、手にリングウェポンを具現化させた。オルフェウスもそして、エーンワースも既に、その武器を手に持っていた。
 さて、何が出てくるかな・・・
「何匹くらいでしょうか・・・私は8匹程度と見ましたが・・」
「10匹以上はいるだろうな。」
 草むらが動き、今まで聞いたことの無い高い声が反響した。
 そして、それは姿を現した。
「・・・・原始ドラゴン族・・・」
 現れたものは他の動物で言えば七面鳥に似た外見を持っていた。一応、前脚には爪もついているが攻撃力は低そうだ。時折見せる口の中の歯もドラゴンのように鋭いものではなかった。
 モニカがそれを見て言った。
「ふう、心配ないみたいね。」
「ああ」
「彼等は草食性なのか?」
「ええ、食事の邪魔をしなければ、攻撃はされないわ。彼等は走るのが速いの。それで肉食性の動物から身を守るのよ。」
 一匹が此方に気付くと、何体かが草むらから顔を出し、異質な人間達を見つめていた。
「・・・・名前はレスステス・・・そんな名前だったか。」
「ええ。」
 名前を知っていたことにモニカは少し驚いたような表情を見せた。
「行きましょう。」
 警戒しているのか口を開けて威嚇してくるレスステスを無視して、3人は再び進み始じめた。
 幸い、それから原始ドランゴン族に遭遇することも無く、目印が見えてきた。
「あの、湖があれば、もうすぐです。」
 森林の隙間から水の色が見える。
かなり、広い湖なのだろう。その色は奥まで続いている。
「・・・・・・・・ロザリアの実はこの湖の北側に生えているの。」
 と、モニカが言った。
 ・・・・?
 心なしか、モニカの声は震えているように聞こえた。そして、いつの間にかオルフェウスの後ろに隠れていた。
 彼女は森に入る前、幾度かモンスターとの戦闘を演じた。オルフェウスが強いのは果たして虚名でないことは分かっていたが、彼女も冷静さを崩さず、投げナイフで応戦していた。その敏捷性は目をみはるものがあった。そんな彼女が何故。
 エーンワースの疑問に答えたのはオルフェウスだった。
「彼女は水が苦手なのです・・・でも、湖の傍を歩くのが近道なんですが・・・」
 オルフェウスは後ろにいるモニカに言った。
「森の中を行きましょう。」
 しかし、それにモニカはやせ我慢と分かる毅然さでそれに答えた。
「いいの、オルフェウス。このまま・・・」
 そうか・・・
 と、エーンワースは思い出した。
 アレンの一家が何故、ローランドを離れたのかを。その事情はアレンから昔聞いたことがあったからだ。
 
 
 湖の傍を足早に駆け抜けると、低い丘があり、そこにロザリアの実の密生地が広がっていた。ここまで来るとモニカはもう冷静さを取り戻していた。
「必要なモノはここに入れるから・・・私が取り終えるまで1時間はかかるわ。その間は周囲の見張りをお願い。」
 モニカがロザリアの実の採集に、そして、オルフェウスとエーンワースが周囲の警戒にあたった。
「・・・おかしいですね。何もいないなんて。」
 それまで、辺りを警戒していたルミィが言った。
「何か、理由でもあるのでしょうか?」
「さてな・・・だが、一つ気になることがある。」
「湖で見た大きな骨ですか?」
 エーンワースは頷いた。
 湖を歩いた時、その浜辺に大きな骨がいくつも散らばっていた。それも一体ではなく、十数体近い骨の数だ。
「湖で何かあるのでしょうか?」
「分からない。・・・でも、なんにしてもこんな物騒なところからは早めに出るべきだな。」
「・・・でも、時間はかからなそうですよ?」
 ルミィが目をやると、モニカは専門家も顔負けのスピードで採取作業を手際よく行っていた。あれなら一時間もかからないかもしれない。
「にしても、すごいものだ。・・・流石は、不敗の将軍の娘といったところか・・・」
「ええ、彼女は昔からああでしたから。」
 エーンワースの独り言に答えたのはオルフェウスだった。彼は続けた。
「フェザリアン・・・というよりは、父親の影響かもしれませんね。薬草には詳しい方でしたから。」
「君達はだいぶ長い付き合いなんだな。」
「そうですね。モニカ殿がポーニアに来て以来ずっとですから。」
「僕の妹は・・・その特殊な病気で・・・それを助けてもらってからの付き合いで。」
「そうか・・・そうしているとまるで君が彼女のお兄さんのようだな。」
「はは、まあ、そんな感じですかね。まあ、フェザリアンと言うだけ会って、極度に冷静ですけど。」
「なるほど、まあ、あの調子ならすぐに終わりそうだね。」
 作業が終わったのは、それから40分ほどした後だった。モニカがこちらを見返し、
ロザリアの実の採集が終わった、という合図を送った。
 採集した実は持ってきた背負い式の籠の中に入れ、それをモニカが背負った。
「急ぎましょう。」
 帰りのルートは行きとほとんど同じだ。
 湖が近づくと、モニカはまた拒否反応を示した。
 だが、気丈にも震えながらも湖の道を歩き出した。
 そんなモニカの手をオルフェウスが握った。
「オルフェウス・・」
「モニカ殿目を閉じても大丈夫ですよ。」
「でも・・・」
「まあ、早くついたほうがいいのだろう?」
 と、エーンワースは言った。
「うん・・・」
 オルフェウスが差し出していた手を恥ずかしそうな表情でモニカは握った。彼女が目を閉じるとオルフェウスは歩き始めた。はじめはゆっくり目の歩調で、彼女が慣れてくると次第にスピードを上げていった。
 ルミィは人の悪そうな笑みを浮かべるエーンワースにたしなめるように言った。
「なんだか、人の悪そうな笑顔ですよ。」
「いや、なに。」
 2人の様子を見ていると「未来の恋人」 などというアレンが聞いたら卒倒しそうな語句も浮かばなくは無い。それを言ったときの親友の反応が楽しみに思えたのだ。
「・・・・・」
 少し、批判じみた視線を送ってくるルミィにエーンワースは言った。
「それに、ああして歩くのは意味の無いことでもないんだよ。・・・・・どうやら、何かが来るらしいからね。」
 言われたルミィもはじめは分からなかったが、そのうち、湖のほうから何かの気配は感じられた。
 敵意を持つ何か。
 それも、かなりの巨体だ。
 オルフェウスが目配せして、歩調を速めた。彼もこの気配に気付いていたのだ。
 エーンワースは走りながら魔法の詠唱に入った。彼の周りにいくつかの小さな光の球体が出来上がり、それが湖に飛び散っていった。
 魔法結晶化のごく小型のものだ。敵にダメージを与えることはできないが、何かが当たれば術者に敵が近づいていることを教えてくれる。
「オルフェウス・・・」
 突然の歩調の増加に驚いたのか、モニカが言った。
「何かあったの・・・?」
「モニカ殿、敵が来ます。」
 オルフェウスは答えながら、前を見た。
 もう少しで、湖に近い道から抜けられる。そこでなら、モニカも本調子が出せるだろう。
「来たか・・・・!」
 湖に沈んでいった光の球体がはじけるのをエーンワースは感じた。
 近い・・・こっちに向かって来る。
 狙いはモニカとオルフェウスか・・・誰かは知らんが痛いところをついてくるな。
 モニカのことを庇いながらオルフェウスが戦うのは難しい。こちらに注意を向けさせるか。
「アイスバレット!」
 エーンワースの右手から氷の刃が放たれた。しぶきを上げて、湖の中に沈んでいく。
 そして、それから暫く間をあけて、水底からうめき声が聞こえてきた。
 手ごたえありだ。
 そして、気配の進行方向が変わる。
 狙いをそらすことには成功したか。今度課題になるのは私が生き残るかどうかかな。
 ルミィが警告を発した。
「エーンワースさん!来ます!」
 水しぶきを上げてそれは現れた。
 大きな口がエーンワースに迫った。
「うおっ!!」
 生物は水から浮かび上がる初めの一撃で相手をしとめようとしていたらしかったが、食い殺される寸前にエーンワースはそれを避けていた。
 もしも、ルミィの警告が無ければ、危なかったかもしれない。
「ありがとう、助かったよ。」
「どういたしまして・・・来ますよ。」
 態勢を建て直し、相手を凝視した。
 やはり全体的にドラゴンに似た生き物だった。頭の部分だけで人間の大人2人分くらいだろう。
「ドラゴンか・・・!?こいつは?」
 しかし、ドラゴンとは違う特徴もある。そもそもドラゴンは水の中には住んでいないが、この生き物は水の中が主な生活圏のようだ。水のかきのある前脚、後ろ足がそれを表している。4本の脚はほぼ同じ大きさで、四つんばいになって移動してる。ワニとトカゲを合わせれば、このような感じなのだろうか。
 しかし、そのサイズは特大と言っていい。前尻尾を含めて、10メートルはあるだろう。
そして、目を引くのは巨大な牙だ。あれにくいくかれれば一発で即死だ。
「怪物というに相応しいな・・・」
 エーンワースはなんとかこれを突破して、モニカとオルフェウスと合流しようとしたが、前に進むのはほぼ不可能だろう。相手には隙はない。攻撃を回避するのが精一杯だった。
 しかし、そこで援軍が現れた。
「行くわよ!!」
「魔力よ!!」
 一旦、安全圏まで逃げたモニカとオルフェウスだった。
 モニカは水の恐怖を感じない場所から投げナイフを投射し、オルフェウスは魔法を放ってから突撃に移った。
 投げナイフの多くは怪物の硬い皮膚に跳ね返されたが、いくつかは、食い込み、小さなダメージを怪物に与えていた。そこを狙ってオルフェウスが攻撃に出た。
「てやあああ!!!」
 尻尾が飛び跳ね、オルフェウスを叩き落そうとするが、それを避け、彼はその刃を怪物の身体により正確にはモニカが作った傷口に突きつけた。
 これには、怪物も2人のほうに頭を向けざるを得なかった。
 チャンスだ。
 怪物の視線が僅かにそれた瞬間を狙って、エーンワースは駆け出した。
 リングウェポンを助走棒代わりにして、怪物の頭に飛び乗り、そのまま走り出した。
「いけえええ!!!」
 頭、背中、そして、すべるように尻尾を駆け下りる。
「マーシャルさん!!」
「心配をかけたすまなかった。」
 脱出の成功で気が緩んだ瞬間、オルフェウスに危険が迫っていた。
「うわああ!?」
 怪物の尻尾の攻撃に捕らえられたのだ。強打されたオルフェウスは近くにあった木に叩きつけられた。
「オルフェウス!」
 モニカは前に進み出てナイフを投げつけた。それもオルフェウスが作った傷口の周辺を狙ってだ。
 怪物を恐ろしい声を上げ、今度はその巨大な鎌首をモニカに向けた。
 丸い獣の目がモニカを睨むが、彼女は尚も、攻撃をやめなかった。
「モニカ殿!下がって!水に近すぎる!!」
 水に近づきすぎていた。オルフェウスが警告した時にはもう間に合わなかった。
無意識のうち感じる水への恐怖が彼女の攻撃から正確さを奪っていった。
 無傷の場所に、貫通力の弱い投げナイフを当てても弾かれるだけだ。
「エーンワースさん!モニカちゃんが!」
「分かってる!!」
 エーンワースはしかし、動かない。ひたすら、何かを待っていた。ルミィは何か言おうとしたが、彼が全身から凄まじい量の魔力を放たれているのを見ると、再びもモニカへ視線を移した。
「下がって!!」
 オルフェウスは絶叫したが、モニカは動かない。正確には動けなかった。水への恐怖そして、怪物への恐怖がない交ぜになって、足がすくんでいるのだ。
 それを見透かしたかのように、怪物はモニカに向かって突進してきた。
「モニカ殿!!」
 オルフェウスは駆け出した。そして、怪物がモニカを丸飲みにする数ミリ秒前に、彼女の前に立ちはだかった。
 そして、両手を広げ、何かの印を切る。
 グギアアア!?
 怪物は面食らった。突然前の前に見えない障壁が出来ていて、突進を止められたからだ。見れば、ちっぽけな人間が両手を広げて立っている。おそらく、魔力の力で障壁を作ったのだろう。
 だが、怪物にっとってそれは時間の問題でしかなった。障壁の強度は次第次第に小さくなっていたからだ。
 このまま押せば、直ぐに突破できる。
「くううう!!」
 オルフェウスは自分の魔力を全てを使って発生させた障壁が次第次第に押されていることに、焦りを覚えた。
 正直、もっと持ちこたえるものと考えていた。
「モニカ殿!早く・・・!」
「オルフェウス・・・・」
「良かった・・・・早く逃げてください!そうしたら私も。」
 その時、何かが割れる音がした。
 !!!
 オルフェウスの作った障壁が破られた瞬間だった。
 逃げようとするが、もう間に合わない。
怪物は大口を開けて、2人を飲み込もうとしていた。
 もう・・・駄目なのか・・・!
「我が魔力よ!その力にて、敵の血を我に捧げよ!!」
 声と共に、凄まじい魔力の波動が通り過ぎていった。
 そして、絶叫。
 怪物の頭部に槍が刺さっている。かなり、深い傷を負わせたようだ。
 今だ!
 今なら、ガードされることも反撃されることもない。
 オルフェウスは怪物に向かっていく。
 そして、自分の剣に魔力を込め、渾身の力で振り下ろした。
 これには流石の怪物も耐え切れるものではなかった。怪物は大量の血を流しながら、もといた湖へと逃げ出していった。
「やった・・・のか・・・」
 逃げ出していった怪物を呆然とした様子で見ていたオルフェウスだったが、直ぐに、その場に倒れているモニカに駆け寄った。
「モニカ殿しっかり!」
 身体を何度か揺さぶるが、完全に気を失っているようだ。水への恐怖、怪物への恐怖。そして、それを撃退したという安堵感が彼女を深い眠りにつかせていた。
 
 2人の様子を見ながらエーンワースもその場に座り込んだ。
「はは、どうやら、間に合ったようだね。」
 魔力を自分のリングウェポンに充填し、怪物の隙を見て、それを投げやりのように投げつける。威力は絶大だが、狙いをつけるのが難しく、また魔力の充填にも時間がかかる。
 しかし、モニカとオルフェウスに気が向いていた怪物は此方の動きには気付かなかった。おかげで、エーンワースは万全の状態で攻撃できたのだ。
「マーシャルさん。ありがとうとざいました。」
「ああ、君達も無事で何よりだ。」
 頭を下げるオルフェウスの背中にはフェザリアンの少女がいた。気を失った彼女をおぶって帰るつもりなのだろう。
 彼女が背負ってきた籠は地面においてある。
「うん、それでは、籠のほうは私が持つよ。なんにしもて、こんなところからはさっさと逃げ出したほうがいい。」
「ええ」
 と、応じるオルフェウスから、一拍間を置いて、質問が飛び出た。
「マーシャルさん・・・一つ聞いてもいいですか?」
「何だね?」
「あなたは、もしかして、モニカ殿の父上のことを知っているのですか?」
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
更新日時:
2009/04/27 

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Last updated: 2012/7/8