司祭は問うた。
「神と証人の前で。汝、グレイ・ギルバートはこの女アネット・バーンズを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、健やかなる時も健やかならざる時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛することを誓いますか?」
グレイは「はい」と答えた。
アネットにも司祭は同じような質問をした。
アネットは「はい」と答えた。
結婚の誓いを済ませ、アネットとグレイは夫婦になった。賛美歌と拍手が二人を包み込んだ。
荘厳なあるいは礼儀正しい式はここまでであった。立食形式のパーティーが始まった。多くの人々がそこにはいた。
其の中にはアネットやグレイの知り合いだけではなく大陸の著名人もいた。宴を盛り上げるために、吟遊詩人や芸人もいる。
しかし、其の中に一人だけ、どれにも当てはまらない人物がいた。
「あ、すみません。」
また、人にぶつかってしまった。会場の中は広くなかなか、探している人を見つけられなかった。
スレインさんや皆さんはどこに・・・
弥生は普段の巫女服ではなく、洋服屋のレンタルで借りた青いドレスを着ている。この手の服を着ことはない弥生だったが、知り合いのいない会場で目立たないためにはやむを得ない。彼女は身元チェックの警備員には月の精霊力を使い、アネットの知り合いだと信じさせていた。
「あれは・・・」
グレイとアネットの座る席が見えた。そこに近づくと式の時とは違ってリラックスしている様子の2人が見えた。
声をかけよう・・・と思ったとき弥生の動きは止まってしまった。2人のいる席に、スレインが近づいて行ったから。
「流石、連邦議長の娘と元連邦議長の息子の結婚式は違うね。・・・・キミも一応、御曹司なんだな。」
と、スレインは言った。
シェルフェングリフ帝国のヴィンセント、オルフェウス両将軍。
キシロニア連邦議長。
そして、国の高官が何人も集まっている。メンバーだけ見ると大陸の錚錚たる面々だ。
「あんまり昔のことを言うなよ」
と、グレイはスレインが持ってきたワインを受けながら答える。
メンバーを見ると堅苦しいと思われる会場だったが、その空気は明るく、のびのびとしたものであった。
シオンを打倒した英雄の結婚というイベントはキシロニア各地の芸達者達を刺激したようだ。多くの者がこのパーティーに入り込んでいる。彼等は場を盛り上げるべく様々な芸を披露した。本人たちが居るにも関わらず、シオンを破った英雄たちに扮して登場するものもいる始末だ。これが帝国であれば、軽蔑されるべき風景かもしれないが、キシロニアではむしろ望むところだった。
会の主役たる2人もまんざらではないようだった。
「ああ、あれ本当にグレイに似ているわね。」
「それを言ったらアネットはああなのか?」
見ると、詩人と思しき人物が気障な台詞を吐きながら、グレイが始めてアネットに告白した場面を再現していた。
「う〜ん、アネットはおしとやか・・・とは言い難いものが・・・あるよな」
「なによう、そりゃあ、お母さんはそうだったけど・・・」
「まあ、グレイのあの発音は目を見張るものがあるけどね。」
「・・・・・」
グレイがグラスのワインを飲み干す。あんまり強くないのに無理するなよ。と、スレインは水を置く。
「それにしても、よく決心したな。汚れた自分じゃアネットを幸せに出来ないって言ってたのに。」
「アネットの追っかけに負けたのさ。」
「ふ〜ん。その割にはプロポーズしたのはアンタの方からよね?」
「・・・・俺の過去を、アネットは知っている。被害者の家族のことも全て・・・な」
グレイは今、キシロニアの情報局の職員として働いている。過去の暗殺者としての能力を活用する場面はおそらくこれから何度もあるだろう。危険と隣りあわせなのも変わらない。
「それでも、アネットは待っていてくれた・・だから、今度は俺が」
少しまじめな表情になったもう一人の自分を見て表情が緩んだ。この人ももう少し幸せになっていいはずだから。
「お〜グレイはんも言うようになったもんやな。」
「あ、ヒューイ。」
「まあ、グレイはん。あんまり気張らんことやで。おそらく・・・やけどアネットはんはあんさんが、おはようとかおやすみとか言ってくれるだけでも結構幸せなんやろう。」
「ヒューイ、勝手に人の心を読まないでよ!それに恥ずかしい台詞は禁止なんだからね。」
「流石、人生の先輩。図星だったか・・・」
「ただ単に幸せな人の考え方かも」
と、モニカはあくまで冷静に言った。
「それなら、モニカだって同じじゃないか。今度婚約したんだろ?オルフェウスと?」
「うん・・・・」
「オルフェウスはんは先行投資型やったな」
そこで、ヒューイはヴィンセントとオルフェウスを見比べ始めた。
「何故そこで俺を見る?」
何故見られているかは分かっているのか、僅かに頬が赤い。上司と部下好みは似るのなのかと思うと、笑いが漏れてしまう。
「おめでとう!今度はアタシがお祝いしに行くね!」
「あ・・・あのありがとう・・・」
「おめでとう、モニカちゃん。」
と、みんなでモニカを祝福する。
そんなことをしていると、いきなり誰かがぶつかってきた。
「アネットお嬢様〜どうして、そんな奴なんかと〜」
よく、議長宅の前でアネットを待ち構えていた青年のようだ。何度か絡まれたのを覚えている。この人も実は打楽器の才があり、先刻までは音楽でこの場を盛り上げていたのだが。どうやら、幸せそうなグレイとアネットを見て一線を越えてしまったのだろう。相当飲んでいるようだ。
「まあ、まあ、まあ、」
なだめすかし椅子に座らると、後ろから声がかかる。しかし、そうしたところで収まるものではなかった。結局彼を引き戻したのは
「コラ!こんなところでクダを巻いているんじゃないの!」
彼とコンビを組んでいる相方であった。茶髪を短くまとめている女性だった。
「本当に、ごめんなさい。」
と、彼女は相方の耳を掴むと、自分たちの仕事に戻っていった。
視線がアネットの元に集まっていった。
「何で、あたしを見るのよ。」その一言がそれまでこらえていた何かを突き崩し、皆が笑った。
うん、こんなこともあったよな。皆で旅をしている時にも。今もあの時と同じ気持ちだ。要は楽しいのだった。
皆で共に食べ、飲み、たわいのないことをいつまでも語り合う。
「自分の時間を進めろ・・・・か」
とスレインはいつしかつぶやいていた。
そうなのかもしれない。自分には心配してくれる仲間がいる。自分には居場所がある。彼女の弥生のことを考えると、どうしても寂しさが先に来てしまう。
「前に・・・」
しかし、本当に前に進んでしまっていいのだろうか。そう思うことの繰り返しだった。
そんなことを考えたのはその一瞬だった。今日は良いことがあった日なのだから、楽しもう。スレインはそう考えた。
アネットさんとグレイさん。
そして、スレイン、ヒューイ、モニカ。誰からも笑顔がこぼれている。とても幸せそうだった。
「これでは、とても中には・・・」
入れませんね。
仕方ないが、それでもいいですよね。私は皆の笑顔を守ったのですから。
だから、いいですよね。
思わず口に手を当てる。手の甲に何かを感じた目が熱くなっていた。
「あの・・・どうかされたんですか。」
「いえ、昔の知り合いで・・・良かったと思っていただけですわ。」
「なるほど、確かにグレイ君の来歴は実に奇妙なものですからね。」
「そうですね。」
このままでは、目立ってしまう。
スレインを見ただけで足が震えてしまう。ここに長居はできない。
「あ、すみません、私はこれで失礼を」
弥生は適当な言い訳を作ると、会場から姿を消した。
楽しいことは直ぐに終わってしまう。とはこういうことか、とスレインは思った。
時間はあっという間に過ぎていた。パーティーは終わっていた。皆帰り支度をしている。皆今日は、バーンズ議長の家で一晩を過ごし、そして明日にはそれぞれの場所へと帰っていくだろう。
気落ちしてちゃ、いけないよな。と言い聞かせるとスレインは会場を出ようとした。呼び止められたのは出口近くに行ったときのことだった。
「どうしたの?」
「あの・・・昨日聞かれたことで思い出したことがあったんですけど。」
「昨日?」
「私が、この街に来て迷っている時に案内してくれた人がいたんです。その人はこの辺りでは見慣れない服装をしていて・・・スレインさんの言っている人とそっくりの服だったんです。名前は聞けなかったんですけど・・・」
「本当・・・なの」
ミシェールは頷いた。
弥生に会いに行ったところで向こうは自分のことを覚えていないかもしれない。それ以前に本当にその人が彼女だとは限らないし、今は何処にいるかは分からない。
「スレインさん!何処へ!?」
「悪い!皆に遅れるかもしれないと言ってくれ!」
逡巡したのは心の中だけで体のほうは勝手に動いていた。式場に残っている人に彼女の特徴を告げて、居場所を聞いた。
まだ、どこかにいるかもしれない。
会えるかもしれない。
見つけられないかもしれない。
それも、あまり気にならなかった。今までがそうだった。失敗の回数はいまさら一つ増えたところでなんということはない。
「・・・・東洋風のブロンドの女性ねえ・・・」
「そうなんです、レミントンさん。」
問いかけられたレミントンはあまりに抽象的な質問に困惑していたが、あることに思い当たった。
「君の言う服装とは違うが、パーティーの最中に君たちのいや、君の事を見て涙を浮かべていた女性がいた・・・」
「どんな人だったんですか?」
「ああ・・・」
レミントンの話を聞くと、ますます彼女に近い人に思えてくる。
彼女はこの式場に来ていたのかもしれない。レミントンは彼女は途中で席をはずしたということも教えてくれた。
「ありがとう!」
スレインは式場の外に出た。
もしも、彼女が来ていたのなら。そして記憶を残しているのなら。あの場所かもしれないと思った。
スレインには思い当たる場所があった。その道すがらの店の何軒から、彼女の証言を得る。
どこか心が弾んでいた。会えないかもしれないけれど、こうして彼女を探していることが楽しかったのだ。
多分何かの病気なのだろう。
彼女に会ったときに何を話すかは、あまり気にならなかった。昨日とは違って、彼女に言うべきことは明確にイメージできた。
その場所から見えるキシロニアの街は雪で白く染め上げられていた。
宴は終わったのだろう。会場からはもう灯は消えている。
「貴方も、もうお帰りなのでしょうね。スレインさん」
と弥生は言った。
自分のことを覚えていない彼に会うことで諦めようと思っていた。でも、スレインの姿を見た瞬間に私は式場から逃げ出していた。声をかけることすら出来なかった。
「自分からここに来たいと申し出たのに、不甲斐ないことですね・・・我ながら」
でも、彼はあの会を楽しんでいた。アグレシヴァルの方でも活躍していることを風の便りで耳にした。そこでも、新しい仲間と出会ったようだ。
彼は新しい居場所で頑張っているように見えた。
「―もう、私が出る幕ではありませんよね。」
自分にいい聞かせるように弥生は言った。そう、もうスレインさんのことは終わったのだ。
―お社に帰ろう。精霊使いとしての使命がそこで待っているはずだ。この地上で生きていくには辛いことが多すぎる。
「さようなら、皆さん」
そして、黍を返した時、彼女はそこで動きを止めた。声をかけることさえ出来なかった相手がそこにいた。
口の中で小さくその名を呟いた。
「弥生さん」
と、彼女の名前を呼ぶ。
2年前を変わらない姿の弥生が立っている。服は冒険の時と変わらない巫女の服だ。
僕のことを覚えているだろうか?彼女の反応を待った。
「・・・スレインさん?・・・・どうして、私の名前を」
―僕のことを覚えている。
そして、彼女は明らかに動揺している。無理もないだろう。僕に記憶があるはずがないのだから。
「覚えているから・・・さ。」
君と共にシオンと戦った時の記憶を。そして、告白した時のことも覚えている。だってここがその場所だったのだから。
「どうして・・・こんな・・・・」
同じ台詞を弥生は繰り返した。しばらくすると、彼女は悲しそうな目をスレインに向けた。
「弥生さん。訳を聞かせてくれるよね?」
どんな理由で、記憶が改変されたのか、なんとなく察しはつく。それでも、それを彼女の口から言ってもらいたかった。
弥生は頷いた。彼女も隠し立てするつもりはなかった。
「シオンとの戦いの後、この大陸の月の性霊力が異常を見せたのです。・・・覚えて否かもしれませんが、たとえば、誰かが、周りにいる人全てが敵に見えたことはありませんでしたか?」
「うん。」
そう、分かっていた。シオンを倒してからちょうど数ヵ月後、突然、気持ちがむかむかしたり、周りの人が自分の命を狙っていると思い込むことが何度もあった。リングウェポンを使おうとしたのも一度や二度ではない。
「お社は全ての精霊使いの力を使って、儀式を行いました。月の精霊を制御しようとしたのです。―儀式は成功しました。」
そして
「その時の後遺症で、月の精霊使いに関する記憶が消えたということ?」
「はい・・・いいえ、お社は意図的にそうしたのかもしれません。精霊使いの記憶を人々から消すために。」
「・・・・」
「御免なさい。私は貴方を騙していました。−本当に御免なさい。」
御免なさい。と彼女は同じ言葉を繰り返す。罪悪感で一杯なのだろう。
「弥生さん、そのままでいいから聞いて。」
まだ
「僕は君の事が好きだ。2年前と変わりなく・・・ね」
「如何してですか?私は貴方を騙したんですよ!」
貴方が待っていてくれるというのを聞いて私は信じるフリをした!
お社が記憶を消しにかかるのを承知でそれを言わなかったんですよ!
「じゃあ、僕を好きだといったのも嘘だった?」
「それは・・・・・・」
「それなら、今は?」
「今・・・」
「白状するよ。僕もこの2年間、時折、君の存在を疑った。それに、君の事を忘れないと前に進めない・・・そんな考えを持ったりもした。」
地上の誰もが君を忘れても、僕は君を覚えている。と言ったくせに。本当にそうなった時に僕は君を信じき切れなかった。
「貴方は悪くなんかありません!それは・・・月の精霊使いが儀式をしたからで・・・」
「だったら、おあいこだろ?」
「おあいこ・・・」
心のどこかで信じていたかった。
弥生の存在と、彼女のことが好きだという気持ちを。2年間はそのせめぎあいだった。それは不毛な時間だったのだろう。でもそれが「君のために後の百年を無駄にしても構わない」ということだったのかもしれない。
「弥生さんのことが好きだ。」
「私は・・・・」
本当に、言っていいのだろうか。自分の気持ちを、彼のことを騙していた自分が。
「私は・・・」
スレインさんのことを今は・・・
いいえ、今でも。
弥生はスレインと同じ言葉を口にした。
2人の影がある一点で交差した。
「また、雪ですね。」
再び、雪が降り始めていた。式のときに降らなかっただけ運が良かったのだろう。日は暮れかけ、夜の帳が下りつつある。
「うん。今日も寒くなりそうだ。」
「はい」
街に帰る途中で色々なことを話した。冒険をしていたころのことと、それからの2年間のこと。そして、何故、スレインは月の精霊使いの儀式から逃れることができたのか?ということも。
月の儀式で感情が落ち着いてきた時に、闇の精霊使いから渡された宝石がいきなり割れたのをスレインは思い出した。もしかしたら、それが記憶を守っていたのかもしれない。闇の精霊使いは「2人のためのおまじない」と言ってそれを渡した。機会があったら聞いてみようか―いや、聞いても意味はないだろう。闇の精霊使いも、月の精霊使いが僕と共に戦ったことを忘れているのだから。
街に入ると、家々からは明かりが漏れていた。アネットとグレイの式はある種の祭りであった。その空気を夜まで持ち越そうというのか、酒場には多くの人が繰り出している。
そろそろ、聞かないといけないよな。
スレインは尋ねた。
「もう、行ってしまうのかい?」
「はい・・・」
と、弥生は俯いたが、何かを決した表情で続けた。
「でも、もう少しだけあと、1ヶ月待っていただけないでしょうか?」
「一月?なんで?」
「ミシェールがお社を出たのは、精霊使いが過剰になったからです。・・・・だから私も精霊使いである必要はないのです。」
実は、その申請はお社にも届けてある。ミシェールを地上に送り届ける。それが最後の任務かもしれなかった。
過剰になった、精霊使いは一部が地上に戻り始めている。他の大陸でも行方不明であった人たちがフラっと戻ってくる事例があることをスレインは知らない。
「そんなに、簡単にできるの?」
「簡単ではありませんでしたけど、ロード様にも認めていただきました。―判断は私自身に委ねられています。地上に行き、貴方に会って・・・それでも、地上が良いなら地上に戻るがよい・・・と」
過剰人員の整理。もともと総本山に住んでいる精霊使いと地上から連れてこられた精霊使い。両者の間に溝がないというのは幻想だろう。今回のことは厄介払いということも言えるのかもしれない。
「そっか・・・僕が記憶を残しているなんて想定外だったんだろうな。」
じゃあこういうことを言っても問題ないね。
スレインは弥生に向き直ると言った。
「ねえ、弥生さん。」
今度、僕はリンデンバームに行く積りなんだ。グランフォードからオファーが着ているんだ。宮廷魔術師にならないか・・って。
だから・・・その・・・
「一緒に暮らさないか?ビブリオストックで」
弥生は暫く顔を赤くして固まってしまった。でも、こういう時の答えはもう決まりきっている。微笑みながら彼女は答えた。
「はい・・・喜んで。」
スレインが何かを言おうとした時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「スレインー!」
「アネットだ・・・」
彼女だけではなく、モニカやヒューイ達の声も聞こえる。戻ってこないことに心配して探しに来てくれたのだろう。
「どうしましょう?私のことは何と・・・説明したら・・・」
「まあ、何とかなるだろう。アネットもグレイも悪いようにはしないと思うな。」
う〜ん、やっぱり冒険の時じゃなくて、精霊使いの時代の知り合いってことにしたほうがいいかなあ・・・
それでは、スレインさんのロード時代の記憶がまだ十分に戻っていないのですから不自然ですわ。
それじゃあ、キシロニアから冒険に出る前の3ヶ月の間のどこかでたまたま会ったっていうことでいいかな?
では、私がキシロニア来た理由を考えないといけませんね。
2人の考えがまとまらないうちにアネットは二人を見つけていた。
「あ、スレイン!こんなところにいたのね。みんな、スレインがいたわよ!」
全然帰ってこなかったから心配してたのよみんな・・と言おうとしたアネットの視線が弥生を捉えた。
「あ・・あの・・」
「あ!?もしかして貴方がスレインの彼女?」
「は・・はい?」
「えーと、名前は弥生さんよね?」
「何故、私の名前を・・」
「そりゃあ、スレインがずっと、貴方のことを聞きまわっていたし、自分の部屋を弥生さんの絵で一杯にしてみたり、いろいろあったからね。」
弥生がチラリと見るとスレインは視線をそらし、「うん・・・確かあったなあ・・・」と言った。
「でも、本当にいたんだ・・弥生さんって・・・」
「おお、こんなところにおったんかリーダー。」
「スレインがいたの?」
ヒューイやモニカそれにビクトルが集まってきた。
アネットは皆に振り返ると得意そうな顔で言った。
「ふふ、みんな。紹介するわね。」
「あ!?」
アネットは弥生を皆の前に連れ出した。
「この人がスレインの彼女の弥生さんです!」
「え?本当にいたの?空想上の人だと思っていたのに・・」
「ふうむ・・・聞いたとおりの外見じゃな・・・」
「―リーダー、ほんまにこんなむっちゃそそる人をモノにしとったとは・・・かなわんわ。」
と、三者三様の反応が返ってきた。
「あの・・・皆さん、始めまして。橘弥生と申します。」
3人は夫々、自分の名を名乗った。
「う〜ん」
と、アネットは急に唸ってしまった。
「あ・・あの?」
弥生が心配そうに尋ねると、アネットは釈然としない様子で言った。
「なんだか、弥生さんとは始めて会った気がしないのよね・・・なんだか、スレインが言っていたことが、本当のことのように思えてきたわ。」
「・・・多分、気のせいではないでしょうか」
どこか悲しげな表情で、弥生は答えた。
確かに自分のことをほとんど覚えていないのは悲しいけれでも、皆その欠片だけは持ち合わせている。そして、新しい思い出はこれから作ってゆけるはずだから。
「んー、あ、そうだ!ねえねえ、2人は何処で出会ったの。」
アネットの問いかけからスレインと弥生の過去の再構成が始まった。2人は自分たちの出会いを相談しながら語り始めた。
元月の精霊使いは約束を守った。二人は程なく式を挙げた。参集したのはスレインの旅の仲間とグランフォード以下数人でひっそりとではあるが、和やかなものだった。
2人の出会いはこのように記憶された。
シオンに倒されたダークロード・スレインはグレイの体に憑依した。彼はロードとしての記憶を無くし、キシロニアの義勇兵となった。そして、パトロール中に負傷し、一族の裏切り者を探していた弥生に助けられた。
恩返しということもありスレインは弥生に協力し、彼女は裏切り者を連れ戻すことに成功し、それがきっかけで彼女と付き合うようになった。そして、丁度、スレインが帝都に旅立つ時に弥生は再開を約束して、一旦、東の国に帰っていった。
スレインの記憶の混乱は精霊使いとして覚醒した時の影響だろうということで片付けられた。恋人との約束を忘れるとはなんと罰当たりなとアネットやグレイはからかった。
スレインと弥生は全く気にしなかったが、苦笑を抑えることは出来なかったようだ。
(おわり)
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