29      God Save The Lord of Darkness 第6部
 
◆ 攻防始まる ◆
 
 
 
 その日は朝早くに目が覚めた。
 人工的な朝が総本山に訪れるその直前。そんな時間だった。普段なら寝ているはずなのにとスレインは思った。
 しかし、今日は別だ。シオンが何かを始める。
 そんな気分がしていた。もう服は着ている。何かあればすぐに動けるようになっていた。緊張している。
 そこに、ラミィがやってきた。バスケットの中で目覚めた彼女はいつもどおりの口調で言った。
「スレインさ〜ん。おはようございます〜。」
「おはよう。」
「あれ〜なんだか、今日は早いですね〜。」
「まあ、たまたまね。」
 と、スレインは極力冷静な声で答えた。いつものとおりにしていれば、今日も何も無いかもしれない。どこかでそう思っていた。平和そのもののラミィの声を聞いて余計そう思ったのかもしれない。
「ロード様!」
 切迫した声がドアの外から聞こえた。
「どうかしたの?」
「シオンに動きが現れました。」
 来たか・・・・
 スレインは立ち上がった。
「行こう。」
 
 
 広間には既に仲間が集まっていた。リュフィーも居る。
「おお、リーダー。早いでんな。」
「ああ、一番に早起きしたつもりだったんだけどね。」
 スレインは笑いながら答えた。それにつられて皆から笑いが漏れた。だが、それが収まるとリュフィーは深刻な事態を告げた。
「シオンの軍勢が立てこもる砦の闇の力が急に強まりました。今なお上がっています。闇の宝珠を使って死者の大群を呼び寄せるつもりなのでしょう。」
 予想したとおりの事態の進展であった。
 スレインは尋ねた。
「儀式の用意はできているの?」
「はい、ロード様。」
 仲間達の視線がスレインに集まった。
 暗殺者の刃から命を取り留めた次の日にリュフィーはスレインに行う儀式のことを皆に聞かせた。
 ヒューイは何も言わなかった。精霊使いとしての常識が非難の声を上げるのを手控えさせていた。事前に事情を知っていたアネットも弥生も同じように静かだった。
 モニカとビクトルはいつもと異なり、儀式の危険性を訴え、別の方法はないのかと言った。
 しかし、結論はスレインの一言で決まっていた。
「他に方法があるなら、より危険のないほうがいいだろうね。でも、今は時間が無い。総本山を救えるなら構わないよ。」
 半分は正直で半分は強がりだった。
 
「じゃあ、儀式をお願いします。」
「わかりました。」
 リュフィーは弥生に目配せすると、彼女も立ち上がった。儀式はこの2人の共同作業だ。弥生がスレインの深層にあるロード時代の記憶、それも闇の精霊使いの技術に関する記憶を呼び覚ます。リュフィーは弥生の作業に協力しつつ、呼び覚まされた記憶をスレインの魂の中に宿る闇の精霊使いとしての力を呼び起こす。
「場所は2回にある広間です。」
 リュフィーは2階の会談の上にある部屋のドアを指差し、歩き出した。案外近いところだ。もともとこの館は総本山の中でも闇の力の強い場所に建てられている。どこでも問題はないのかもしれない。
「リーダー」
 ヒューイがスレインを呼び止めた。
「儀式に負けそうになった時は、ワイは自分が誰だったのかを思い出すようにしていたんや。そして、それから思うんや、ワイは何をしたいのかってな。」
 それは、精霊使いの先輩としてのアドバイスなのだろう。
「スレイン、頑張るのよ。いつもみたいにヘタレていたら承知しないわよ。」
「ちゃんと、帰ってきてねスレイン。」
「必ず帰るのじゃぞ。」
 アネットたちの声がスレインを少しだけ前に進ませた。
「・・・みんな、ありがとう。きっと、帰ってくるよ。」
 きっと、大丈夫。
 そう何度も繰り返しながら、スレインは儀式を行う部屋に入っていった。
 部屋には中央に魔方陣のようなものが描かれていた。その中央に椅子がある。
 スレインがその椅子に腰を下ろすと、そこからひんやりとしたのもが感じられた。死刑台かなこれはと物騒なことを考えたスレインの肩に暖かな手が触れた。
「弥生さん?」
「最初は辛いと思います。−大丈夫です。きっと上手くいきますから。」
 簡単な励ましの言葉だったが、スレインの心はなんとなく落ち着いた。だが、彼は2日前のことを思い出し、頬が少し赤くなった気がして視線を彼女からそらせた。
「ああ、頼むよ。」
「はい。」
 そう、恐れることはないんだ。
 −そして、儀式は始まった。
 
 
 
 始まりは唐突だった。
 時空制御等でバーバラと戦ったときの光景が思い浮かんだ。
 なんで、こんな時のことが・・・・
 と、スレインが思うまもなく、順番も秩序もなく過去のことが再現される。
 シオンとの戦い。
 図書館での出来事
 アネットに初めて会ったときのこと。
 ただ思い出すだけではない、其のとき感じた苦痛や、悲しみが一気に押し寄せてくる。
 記憶の詮索、そして再現は頭の中をかき乱した。そして、さらに深い部分へと進んでいく。
 総本山でダークロードとして戦い、命を落としたときの記憶。
 うああああああ!!!
 そこで、スレインは絶叫した。其のとき感じた絶望、苦痛が彼を痛めつけた。
 記憶の奔流の中で自分が誰であるのかも忘れそうになるのを、スレインは必死に封じる。彼は自分の体を丸めて、包み込むように手を回す。そして、呟く。
 自分はスレイン。そして、自分の仲間たちのことを。アネット、弥生、モニカ、ヒューイ、ビクトル。
 そうきっと、この儀式が終わって目を開けば傍に居てくれる筈だ。
 そして、苦痛に立ち向かう。
 そう、闇の精霊を操る術、どこに行けば・・・分かるのか?
 だが、その意思を押しつぶそうとするかのような苦痛と記憶の波が続いた。
 スレインはそれに−耐え続けた。
 そして
 次第に痛みは和らぎ、そして頭の中に新しい記憶が流れ込んでくる。それは、闇の精霊の操りかただった。
 基本となるのは静止
 その応用である、破壊、創世。
 
 
 ああ、そうだったのか−
 
 
 精霊はこうやって操るのか・・・
 
 
「終わりましたよ、ダークロード様。」
 リュフィーの声だった。儀式は終わったのだ。
 まだ、重い瞼を開けると、そこにはリュフィーと安心した表情の弥生がいた。
「立てますか?」
 スレインはよろめきながら立ち上がる。
手を動かしてみる。違和感もないし、リングウェポンも自由に出すことが出来た。体には何の異常もない。そして、自分の中に宿る闇の力を感じた。
 そして、もう一人の自分の無事であるようだ。
 グレイ、大丈夫か?
 その問いに彼はしばらく時間をおいて答えた。
 −うええええ・・・・気持ち悪りい・・・なんだよ、さっきのが儀式か・・・
 ともかく俺は寝たい・・・・任せたぞ・・・俺が起きるときにアネットになにかあったら・・・承知しないぞ・・・
 と、言うと不貞寝してしまった。かなり堪えたようだ。
「成功した・・・・みたいだね」
「ええ」
 本当に嬉しそうな表情で弥生が応じた。
「はやく、皆さんの所へいきましょう?」
「そうだね、結構心配をかけてしまったからね。」
 部屋のドアが開いた。儀式の終わりを知ったのか、アネット達だった。
「お、やったなリーダー!精霊の力を感じるでえ!」と、ヒューイはスレインの肩を叩き
「スレイン!良かったわね!」と、アネットはスレインに抱きついてきた。
「本当に大丈夫?」とおずおずとモニカは尋ねてくる。
「うむ、大丈夫そうじゃのう」と、珍しく笑顔を浮かべてビクトルが歩いてきた。
「ごめん・・・その心配をかけて。でも、大丈夫だよ。僕も、そして、もう一人もね。」
「うん!よかった。よかった。」
「いて!何するんだよ。」
「心配させた罰よ。さあ、後はシオンを倒すだけね!」
 そう、本番はこれからだ。
 体はまだふらつくが、本調子になるのに時間はかからないだろう。
「おお、そうやった。いつもどおり奴を倒しにいくか!」
「そうね、あの人いつも出てくる度に負けてるものね。」
 これから始める戦いの緊張を微塵も感じさせない笑いがスレインたちを包み込んだ。
 彼らはこれから西にある祠に向かう。
闇の力の歪みが比較的少なく、シオンのの力を断ち切るには最適の場所であった。
 
 
 
「ほほう、なかなか剣呑な空気だな。」
 と、闇の総本山を守る任務を帯びた、通称 闇の騎士団の指揮官 レーゲンスドルフは言った。
「数は大体どのくらいになるだろうか?」
「だいたい、多くても1万くらいかと・・・闇の力を使いづらいのは向こうも同じですから。」
 と、副官が問いに答える。
 彼らがいるのは総本山の周りを取り囲んでいる山脈の北西部。さらにその西にはジェームズ派の本拠地がある。かつて、総本山にシオンたちが攻撃を仕掛けてきたの名残で山脈は一部が沈降していた。そこは、幅100メートルほどの道になっていた。それが、本拠地との連絡線になっていた。そして、その出口を守るようにシオンたちの砦が作られていた。
 その砦をレーゲンスドルフは包囲していた。包囲している彼らも、大掛かりな防御施設を設けており、砦が砦を包囲しているようにも見えた。
「ここからの眺めは壮観だろうな。」
「はい。しかし、その程度の数であれば、我々の防御を突破できないでしょう。」
 そのつもりだった。こちらの兵力は9000人。それが堅固な防御陣地に構えている。たとえ、1万でも突破はできないだろう。しかし、損害はなるべく避けたいところだった。
「なに、我等のロード様が何とかしてくださるさ。」
「そうでしょうか?総本山をむざむざ・・・」
 という、副官にレーゲンスドルフは「滅多なことを言うものではない」と嗜めた。気持ちは分からないでもないにしても。
「まあ、夕食の時間には全てがはっきりしているだろう。」
 総本山の戦士たちは緊張した面持ちでシオンの砦に目を向けていた。
 
 
 
 
「本当に、便利ねトランスゲートって。」
 と、アネットは観想を口にすると、ビクトルは得意げに胸を張る。
「そうじゃろう、そうじゃろう。」
 彼は総本山の機能不全に陥っていたトランスゲートを復活させて見せたのだ。そのお陰でスレインたち、そしてスレインの補佐を命じられたエーリックは西の祠まで瞬時に移動することができたのだ。
「おお、ロード様、エーリック殿。」
「ご苦労様です。」
 と、スレインは答えた。相手はこの西の祠を守っている守備隊の隊長だった。こことて敵の攻撃から完全に安心とは言い切れない。
 そのためにアネット達もここに来ていたのだ。
「あたし達はどうすればいいの?」
「そうですね・・・あなた方は待機していてください。もしも、守りが破られそうになったときの火消しをお願いしたいのです。・・・それから回復魔法を使える方もおいでのようだ。負傷者の手当ても。」
 隊長の判断は恐らく妥当だ。戦い方の違う集団だと、逆に混乱を招くかもしれない。
「分かったわ。」
 アネットたちは請合うと、隊長が指定した位置についていく。
「じゃあ、あなたも頑張るのよスレイン。・・・グレイも貴方も無事でね。」
「昨日も聞いた。・・・ありがとう。」
 そう言うと、アネットはふと微笑を浮かべてその場を後にした。
「ロード様。こちらです。」
「わかった。」
 そう、始まりはこれからだ。
 スレインの戦いが始まろうとしていた。
 
 スレインが案内されたのはとても小さな部屋だった。石造りだが家具は何も無い。違っていたのはそこに漂う濃密な闇の力とそれを象徴するように浮かんでいる黒い水晶。
「ここなら、闇の力を使いやすそうだね。」
 と、言いながら、スレインは水晶に手をかざし、目を閉じた。
「ええ・・・では、私はロード様の補佐に。」
「頼む。」
 エーリックの役目はまだ、慣れていないスレインが闇の力を使うのを補佐すること。そして、この西の祠をシオンの闇の力から守ることだった。
 ここで、スレインが力を使えば、シオンはそれを潰しにかかるかもしれない。その時に彼の闇の力で対抗するのだ。
 スレインは上ずっていた息を整える。
 シオンも万能ではない。闇の宝珠に自分の闇の力を送り、死者の軍団を作り上げなおかつ、スレインたちに対応する。それも、遠いジェームズの城から。
そして今はまだ力を使うときではない。使うのはシオンが死者の軍団を呼び寄せ、総攻撃を開始してからだ。死者の軍団を維持するには闇の力を使い続けなければならない。そのときを狙う。
 シオンの動向を知らせる、伝令が入ってきたのはその時であった。
「始まりました。死者の軍団が進撃を始めました。」
 スレインは自分の力を高め始めた。もう、抑える必要は無い。
「始めるよ。」
「承知。」
 エーリックが準備を完全に整えるのを確認してスレインはついに闇の力を解き放った。
 
 スレインが送り込んだ闇の力は祠の闇の力と共鳴しつつ、ひとつの巨大な波を形作る。その大波がシオンの力に接触した。
思ったとおりだね・・・
 シオンの反撃は無かった。スレインの闇の力に対処するだけの力を捻出できないのだろう。シオンの闇の力を面白いように分断していく。この時はスレインたちが描いているシナリオどおりに進んでいた。
 
 
「ふん、動いたな・・・」
「シオン様?」
 もう一人のプレイヤーは自分の儀式に邪魔が入ったことを感じ取った。それも死者の大群を作り出すために闇の大地に送り込んでいる自分の力を分断されかかっている。
 まあ、いいだろう。確かに闇の力だけなら、このまま負けてしまうかもしれない。しかし、自分にはまた違った強みがある。
「敵だ。バーバラ、お前の力で妨害してみてくれ。」
「は・・はい・・・しかし。」
「私の記憶の一部を使え。敵は奴・・・死にぞこないのダークロードだ。」
「承知いたしました。」
 なあ、スレイン。
 お前はすっかり忘れているのだろう?闇の総本山であったことを。
 そして、それが無いことを気に病んでいる。
 ならば、思い出させてやろう。
 だが、その前に。
 
 
 
 このままならいける。
 普段は慎重なスレインもそう思い始めていた。はじめは罠かと思ったが、シオンの闇の力をほぼ断ち切りうる地点にまで食い込んだ。
 いける。いける。と何度も心の中で繰り返し、闇の力をさらに高めた。
 彼の周囲で異変が起こったのはそんなときだった。
「う・・・うあ・・・うああああああああ!!!」
 突然、エーリックが絶叫した。
「なっ・・!エーリックさん!?」
「ロ・・・ロード様!!今、闇の力の集中を途切らせては!!」
 しまった!
 と、思ったときには間に合わなかった。
闇の流れを断ち切る寸前まで行っていたスレインの闇の力。その集中が途絶えた瞬間にシオンは反撃に出た。
 これだけ悪条件が重なってどこからそんな力が出るのか不思議なくらいだった。次第に押し返され始めた。
 エーリックは闇の力を使えなくなっているようで、スレインはいくばくかの力を彼が果たしていた役割に回さねばならなかった。
「く・・くう・・・」
 シオンの力にますます押し戻されていくのを感じる。
 なんで、エーリックさんが・・・
 敵の攻撃なのか・・・・
 答えは頭の中にやってきた。
「知りたいの?」
 どこかで聞いたことのある声だった。
 声は続けた。
「あなたと同じよ。昔の罪を思い出したのね。」
 罪?
 何のこと?
「ふふ、彼に比べればあなたのほうがもっと重罪人なのに・・・何のことですって?」
 目に見える風景が変わっていた。
 これは・・・・
 不安そうな人々の群れ。
 彼らは洞窟の中で震えていた。
 洞窟にはいかなる技術によるものか光があふれ、地上と変わらないように見える。
 ・・・これは、闇の総本山・・・・
 それも、スレインが先ほどまで居たそこではなかった。
 外から聞こえてくる恐ろしげな音から逃げるように、多くの人が口をつぐんでいる。
誰かがささやいた。
「もう、駄目だ・・・トランスゲートも・・・」
「馬鹿!うそをいつくな!!」
 ささやいた男を誰かが殴った。
 ・・・シオンに滅ぼされる直前の・・・・
 総本山だった。
 
 
 
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
更新日時:
2010/09/03 

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Last updated: 2012/7/8