28      God Save The Lord of Darkness 第5部
  
◆ 記憶の在処 ◆
 
 
 
 
 先ほどから2人にはなんとも気まずい沈黙が下りていた。自分の素性を隠そうとしたグレイと、それ知ってしまったアネットの間にである。
 何か言わなくちゃならんよな・・・
 と、グレイは思っていたが何も思い浮かばない。彼がそうしているうちに先に口火を切ったのはアネットだった。
「どういうことか説明してくれない?グレイ」
「どういうことかと・・・言われてもな」
「何で、私をさっきまで騙していたの?それにいままで何で名乗らなかったのよ?」
 スレインと出会ってから既に半年近く、名乗る機会ならいくらでもあったじゃないと、アネットは言った。
 もう、誤魔化しきれない。
 ならばと、グレイは思った。今の自分の境遇を知らせよう。そして、はっきりと言うしかない。自分が彼女とは全く違う世界にいることを。
「すまねえ。」
 小さくグレイは言った。
「騙すつもりはなかったんだ・・・だた、お前にだけは知られたくなかったんだ。―俺の今の境遇を」
 そこで、言葉を区切り一気に言った。
「俺は、暗殺者なんだ。この大陸じゃあ結構、名が通ってるくらいのレベルのな。」
「暗殺者・・・?」
 その言葉にアネットが繭を顰めた。
 軽蔑されただろうか、予想はしてたけど、堪えるな。
「依頼を受けて、人の命を奪う。それが、俺の仕事だ。俺の手は―血だらけなんだよ」
 そう、両親が死に、暗殺者になってから俺は何人もの人を殺めた。勿論、筋のない依頼は受けおわなったし、筋が通っていればどんなに小額な報酬でも仕事をした。
それでも、殺人の事実は消えない。
「そんな、もしかして、お父さんと、お母さんの仇を取ろうとしているの?」
 グレイは一瞬驚いた、軽蔑の言葉が返ってくると思っていたのに返ってきたのは、自分が暗殺者になった理由を半分だけ言い当ててきたのだから。
 もう半分の理由はアネットの泣き顔を見たから。それが最後の一押しだったのだ。しかし、それを言うつもりはなかった。そんなことを言えば、アネットは責任を感じてしまう。アネットはそういう奴だから。
「そうだ。」
 と、グレイは答えた。
「何人も殺した。その中には老人もいれば、青年、少年、あるいは女もいる。そういうことをした後でも今はぐっすりと眠れる。」
 だから
「・・・・俺のことなんか忘れていいんだ。このままの状態なら、俺は魂は消えていくしな。」
「ねえ、グレイ。私の手を見て。」
 アネットに目を合わせると、彼女は手を差し出していた。そして、指に填められた指輪―リングウェポンを見せた。
「アタシだって、この武器で多くの人を手にかけてきた。血に汚れているって言うのならアタシだって同じだよ?」
「違う!お前は汚れてなんかいない!!お前はみんなを守るために戦ってきたじゃないか!」
「同じだよ。」
 殺した人の中には女の人だっていたよ?
「お母さんと、同じように医者を目指しているアタシが。」
「アネット・・・」
「だから、世界が違うとか・・・もういなくなるんていないでよ。アンタは敵討ちのために・・・仕方なくやったんでしょ?皆を守ろうとして武器を取ったアタシを同じよ。」
だから
「アンタは人殺しなんかじゃない。」
「アネット・・・」
 彼女らしい力強い言葉で言い切った。
 アネットがそう言ってくれるのは正直嬉しかった。誰からも理解されない・・軽蔑されるべきことだと自分でも思っていたから。
「ありがとな・・・。そう言ってくれるとは思っていなかったぜ。お前と一緒だったのは10年前だ。もう、忘れられていると思っていたからな。」
「なっー勝手に決めないでよ!」
 アネットは突然、激高した。
「アタシ、アンタのこと一応待っていたのよ!?」
「え・・・」
 さらに意外な言葉が続いた。
「スレインが・・・彼が来た時。アタシはアンタが返ってきた思ったんだ。だから、記憶がないのが残念だった。でも、いつかは、記憶を取り戻してくれるんじゃないかな・・・って思っていたの。」
 アネットはそこで口ごもった。心なしか頬も赤い。心なしか、涙ぐんでいるようにも見えた。
「・・・それで、何だよ・・・・」
「アタシはアンタのことが好きなの!!」
「お前・・・そんな・・・俺を元気付かせるために言っているなら・・・」
「そんな、ことでアタシがこんなこと言うわけないでしょ。」
 その、言葉を聞いてグレイは本当に返す言葉を失った。
 何処かで微かに望み、それは夢に過ぎないと自分に言い聞かせ、それでも、何処か諦められなかったこと。
 ―そんな言葉をアイツから言われるなんてな
 それでも、言うことは変わらない。
 但し、自分の正直な気持ちは伝えるべきだろう。今にもなきそうな目で自分を見ている幼馴染のために。
「アネット・・・俺もお前のことが好きだ。・・・でもな、俺は暗殺者なんだ。やっぱり、お前達の戦いとは違うんだ。」
「分かっているわよ。アンタが頑固なのは・・・でも、アタシだって頑固なのは同じよ。だからこれだけは覚えておいて」
 アンタがアタシから離れていても、アタシは待っている。
「今までと同じようにね。・・・まあ、一層のこと探しに出かけるのもいいかもね。」
「へっ、昔っから言ったら聞かないのは相変わらずだな。」
 その次を言おうとした時、突然、体が重くなった。力が抜けていく。
 恐らく、スレインが戻ろうとしているのだろう。アネットとの再会はここまでのようだ。
「どういしたの?グレイ!?・・・しっかり!」
 アネットの悲しそうな顔が見えた。
 おい、そんな顔するなよ・・・おれはそんな顔をして欲しくないからあの男を・・・倒そうとしているのに・・・・
 宿敵の顔が浮かんだ。アイツは今でのアネットをキシロニアを狙っているに違いない。
 こんな、身体でなければ直ぐにでも奴を血祭りにあげてやるのに・・・・
 それを最後にグレイの意識は深い場所へと墜ちていった。
 
 
「グレイ!」
 くず折れたグレイをアネットが揺さぶった。心臓の鼓動は正常だし、脈も同じだ。命に別状があるわけじゃない。
 ・・・そういうことなら考えられる原因は・・・
 グレイが突然起き上がった。
 そう、でも今は彼じゃない。
「スレイン・・・だよね?」
「ああ」
 怯えた様な声が返ってきた。頭を抱え、まだ脚がふらついていた。
 アネットは彼の肩に手をかけ、ベットの上に座らせた。
「すまない。・・・・・グレイのことも・・・・黙っていたことも・・・ね」
「いいのよ。どうせ、アイツのことだから口止めされていたんでしょ。」
 と、言ったきり、アネットも無言になってしまった。
 どうしたらいいか、分からなかった。スレインにどう接すればいいのか。
「アネット、もう夜も遅い。今日はもう休んでくれ。・・・・休んでないんだろ?」
「え・・・そうね。・・・わかったわ。また、明日はなしましょう。」
「ああ。」
 どこか頼りない声でスレインは言った。
 放っておいてはいけない気がした。しかし、今は何も言うべき言葉をもてない自分ではここにいても意味がない。
 アネットは力なく、ドアノブに手をかけ、外へと出て行った。
 既に暗くなって久しい屋敷内ではあったが、廊下に灯されている蝋燭と、外からの光でかろうじて歩くことができた。
 どうすればいいのかな?
 アタシはグレイのことが好き。
 スレインはその身体を借りて、日々を送っている。
 スレインはアタシにとっても、皆にとってもいいリーダーだと思うし、彼のことは嫌いなわけでもない。
 わかんないよ・・・
 自分の考えが整理が付かないうちにアネットは向かい側から来る人物に気がついた。
「弥生さん・・・」
「アネットさん・・・・」
 どちらも、突然だったことと、会った相手に二重に困惑を覚えているようだった。
 アタシ、弥生さんに嫉妬していたのかな?かな・・・じゃないよね。していたんだよね嫉妬。
 彼女がスレインと話しているのを見ていると、心は穏やかにはならなかった。旅の経験を豊富に持ち、その弓と治癒魔法に何度も助けられた。個人としては別に嫌いなわけではない。それでも、グレイの体の彼と談笑しているのを見て平静ではいられなかった。
 今日は彼女を激しく攻め立てた。その理由の一つがこれであることは間違いない。
でも、言いすぎだったよね・・・謝らなきゃ。
「ごめんなさい。」
 アネットの謝罪が沈黙を破った。
「・・・・いえ、いいんです。アネットさん。貴方の意見は正しいです。・・・敵を思いやて仲間を危険にさらしたのですから。」
 敵―。そういう風に言うことは弥生にとっては辛いことだろう。昼間の刺客は月の巫女だと言うのだから、弥生にとっては仲間なのだから。
「今度は、このようなことはしませんから。」
「・・・辛い決意ね・・・」
「いえ、気遣っていただいて、ありがとうございます。」
 多分、弥生はそれを実行するだろう。それだけの冷徹さと意志の強さを彼女は持ち合わせていた。
 アネットは思った。その彼女はどう思ってているのだろうか?スレインとグレイのことを?
「ねえ、話は違うんだけど・・・弥生さんは知っていたの?グレイとスレインのことを。」
 一瞬ひるんだ表情を弥生は作った。
 ああ、やっぱり知っていたのね。
「やっぱり、シュワルツハーゼの宿で?」
「はい、すみません。」
「いいのよ。口止めされていたんでしょ?グレイに」
「はい、自分の正体をくれぐれもアネットさんには知らせるな・・・と」
「ふう、さっき。その秘密を暴いてきたわよ。」
「グレイさんは本当はアネットさんに会いたかったのでしょうね。時折ですけどそんあ淋しげな表情をされる時もありましたから・・」
「そうなんだ・・・」
 そんな話を聞くと、自然と顔がほころんだ。
 さっき、グレイに告白したせいかもしれない。いま、スレインと弥生が話していても心は平静であるに違いない。
 でも、とアネットは思い返し、暗い顔になる。グレイのことを考えるとどうしても避けられない問題があった。
「ねえ、弥生さん・・・グレイはどうなるのかな?」
 
 
 これまで、意識的に避けてきた質問が来る。
 スレインとの会話の中でもその話題が出るのを巧みに避けてきた。多分、彼自身も。
「グレイさんは消えることはありませんわ。スレインさんはそのことを望んでいませんし、2人の魂が共存できるようにしています。2つの魂はとても安定しています。」
「違う、その先よ・・・これからのことよ」
 もしも、シオンに勝てたら。世界に太陽の光を取り戻せたら。
「・・・同じです。スレインさんはきっと、グレイさんに身体を・・・」
 そこで、弥生の声は途切れる。
「お返しになるでしょうから。」
 アネットもその意味するところをおぼろげながら感じ取ったようだ。それは、スレインの魂が消えることを意味する。
「そんな・・・それじゃあスレインは・・・」
 消えてしまう。
 そんなアネットの言葉が重く響いた。
「こればかりは、仕方のないことですわ。精霊の掟・・・なのですから。」
 そう、この世で生を終えた者の魂は輪廻の輪の中に戻っていくべきなのだ。
 残酷なことを言っていると・・・と弥生自身も思った。
「弥生さんは―それでいいの?」
「え?」
「好きなんでしょ!?スレインのことが」
 衝撃、と弥生には呼べるものだった。
 好き?スレインさんのことが?
 そんなことを彼女はいままで、自覚したことは無かったからだ。
「グレイが消えないのはアタシは嬉しいけれど・・・2人とも助かる道はないの!?」
「2人とも助かる道・・・・」
 弥生は心を激しく動揺させられた前半ではなく、後半の問いに答えた。
「分かりません・・・でも、もしあるならば・・・」
 あって欲しい。そう願っていた。
「・・・ごめんさない。また、アタシ・・・誰にも分からないわよね・・・夢みたいこと」
でも
「諦めたらいけないと思うの。」
 それは、アネットが自分自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。
 弥生は、彼女に明日のころを話しておくべきだと思った。どの道、明日には知ることになるし、彼女はこのことを知っておく権利があったら。
 弥生は話した。全てのことを。
 それを聞いたアネットはどうすることも出来ないことを悔やみ、顔を俯かせた。
 そう、今言えるのはこの言葉だけ。
「上手く行くといいわね・・・本当に」
「はい」
「最後に言っておくわ・・・スレインのところに行ってあげて。」
「・・・・・・」
 弥生は答えなかったが、アネットはそれを聞くでもなく、彼女の横を通り過ぎていった。
 私はどうして、彼に死んで欲しくないと思っているのでしょうか
 仲間だからでしょうか
 彼に月の力を使ったのはどうしてでしょうか
 初めは、償いの積もりだった。シュワルツハーゼで彼の治療に失敗してから彼の魂は記憶は不安定なものに変わってしまったから。
「弥生さん〜」
 ラミィが顔を覗き込ませていた。闇の妖精はアネットと弥生が話している間は別の所で時間を潰していたようだ。
 ああそうだ、ともかく今は彼の所に行かないと。グレイの記憶が目覚めたと言うことは、スレインにも幾ばくかのダメージを負っているかもしれない。
「すみません、参りましょう。」
 スレインの部屋に入ると、彼の姿は消えていた。ベットは乱れたままで、まだ暖かい。
 2人は頷くと手分けしてスレインを探すことにした。その後、何度か2人は行き会ったがスレインを見つけることは出来なかった。屋敷の外なのかもしれない。
 これだけ探してもいないなんて・・・・
 まさか―
 
 
 
 精霊使いの墓。
 そこは館からそれほど遠くにあるものではない。しかし、人が賑わう場所ではない。夜ならばなおさらだ。夜の暗い闇と冷たい風がその淋しさを一層引き立てていた。
それを僅かに紛らわせるのは洞窟の各所にちりばめられた光る石がまるで星のように見えることだ。
 その光景の下に彼はひっそりと佇んでいた。
 ・・・どう、声をかけたらいいのでしょう・・・
 迷った後に弥生が選んだ言葉はあまりに平凡すぎるものだった。
「そんな格好でいると、風邪をひきますよ。」
「あ・・・弥生さん」
 スレインは言われて、自分の服に手を当てた。確かにパジャマだった。そんなスレインの様子見て弥生は僅かに微笑んだ。
 そう、彼に月の力を始めて、使ったときもこんな顔だった。
 それから、力を使うたびに彼は話をしてくれた。キシロニアで目覚めた時のこと、それから旅に出るまでの間、自警団のある小隊で仲間と共にいたときのこと。
旅に出てからの色々なことを。
「無事だったんだね。よかった。」
 弥生が言う前に彼はこうも言った。
 いいんだ、こうして僕は生きているし、君には色々助けてもらったからね。
「・・・・なんだか、スレインさんはずるいですね。私の言うことを何時も先回りして。」
「そうかな・・・―うん、そうだったかも。ごめん。」
 彼は
「君の月の力で救われたのは確かだよ。―本当に、今までありがとう。」
 スレインの表情はどこか淋しげだった。
 注意深く、彼を見る。何か、激しい不安を必死に抑えているのだろうか。自分の身体を手で包み込むような姿勢。目は私を見てどことなく安心しているようだったが、不安に覚えているようにも見えた。
 そして、彼の言葉はまるで、自分の最期を予期しているようにも思えた。
「そんな、最後みたいに言わないでください。・・・・弱気になってらっしゃるのですか?」
 ―まさか、彼は・・・
「まあ、そんなところかな・・・僕が一人で抱えるには少し大きいような気がしているんだ・・・」
 君は知っているんじゃないかな?と前置きしてスレインは言った。
「―僕にも分かるんだ。ここが危険にさらされている事が、そして、それを避けるためには僕の力がロードとしての闇の力が必要だっていうことを―」
「スレインさん・・・・何故・・・」
「・・・もしも、これから僕がいうことが当たっているなら頷いて・・」
 スレインは言った。
「シオンたちの攻撃が近い」
「そのためには、僕が精霊使いの資質に目覚める必要がある。」
「でも、その時間がない。そこで、闇と月の精霊の力で僕の昔の記憶を―この場合精霊使いの力を蘇らせる。もちろん一時的なものだろうけどね。」
 そして
「その力でシオンと戦う。」
 弥生はその全ての言葉に頷いた。
 こんなことを彼が知っている理由は一つ。
「―昔の記憶が戻ったのですか?ロードとしての」
「うん。―と言っても全部じゃなくて、この総本山が陥落するときの記憶だけだけどね。」
 随分器用な記憶の復活だよね。スレインは笑う。
「そこで、僕は死んだ。―死んだのは僕だけじゃない・・・モニカのお父さんもみんながシオンを倒すためにここで倒れていったんだ。」
 スレインはここに来るのを躊躇っていた。それでも、ここのまま進まないわけにはいかない。彼はここに来た。待っていたのは辛い宿命だった。
「かなり危険な儀式になるんだろ?・・・多分成功率は3割いけば御の字じゃないかな・・・」
「それは、否定できません。」
「そう、やっぱり・・・ね。」
 そう言うと、スレインは洞窟の天井を眺めた。
「3割の生存率か・・・でも、それから先に待っているのは・・・・・・僕はこれからどうなるのかな?」
 やっぱりこのまま、消えてしまうのかな?そう言っているように見えた。
 スレインさん、予想しているのですね?シオンを倒して世界を救った後のことを・・
「スレインさん明日はどうなさいます?―シオンと戦いますか?」
「それは、もちろんだよ・・・」
 そうするしかないじゃないか。とスレインは言う。だから、どこか投げやりな様子もある。それは、責めるべきではないのかもしれない。
「スレインさん―もしも、貴方が望むのなら。ここから逃げ出しませんか?」
「え?」
「私でよければお供しますよ?」
 スレインも驚いていたが、弥生も自分自身の言葉に驚いていた。精霊使いとして決して許されない発言だったが、自然と心の抵抗もなく口に出していた。
「冗談だよね。」
「いええ、私は本気ですわ。」
 半分は本気だった。
「私は貴方に消えて欲しくはないですから。」
 スレインの反応を見た。唐突で、突飛な発言に彼は戸惑っていた。暫くの沈黙の後、彼は答えた。
「そ・・・そんなこと、出来るわけないだろ!」
 怯えと怒りの中間のような表情で墓の周辺を見回し手を広げる。
「ここには、彼等の血がしみ込んでいる!皆、僕に願いを賭けて・・・・ここで!死んでいったんだ!・・・・だから僕は戦う!」
「・・・・戦うんですね。」
「弥生さん・・・僕は・・!?」
「それならば、私は全力を挙げてスレインさんを御守りします―貴方の魂を消させたりなんかしません。」
 スレインと話してみて分かった事がある。
 彼は温和で誰にでもやさしく接するけれども、不意に強気に出るところがあること。
 案外悪戯好きで、何度も自分を驚かそうとしたこと。
 それから
 ―彼は以外に朝寝坊で、
 ―彼は時折、ぼーっとする所があって、
 彼を消してしまいたくない。
 それは、ただ、単に直ぐに起こる儀式の成功だけじゃない。
 その後もシオンに勝って、太陽が光を取り戻した後も、彼には生きていて欲しい。
「消させないの?僕の魂を?」
「ええ。」
「本気で言っているのそれ?今度のことだって3割なんでしょう。」
「私の言葉では信じられませんか・・・?」
「・・・・・・」
 弥生はスレインの言葉を待った。
 沈黙は長く感じられた。実際長かったのだろう。
 そして、彼は答えてくれた。
「いや、信じられるよ。」
 それから・・・さとスレインは言った。
「弥生さん―君って結構大胆だったんだね。」
「え・・・あ?」
 そう、言われて弥生は思い出した、自分が彼を手で抱きしめていたことに。自分のしていたことのへの羞恥から慌てて手を離した。
「すみません!・・・その私ったら・・・」
 頬の辺りが熱い。多分、私の顔は真赤になっている。
「いいよ」
 スレインは弥生と同じような表情で答えた。
「ありがとう、・・・そのちょっと自暴自棄になっていたみたいだ。」
 心なしか、彼の顔に笑顔や陽気さが戻っている気がした。
「ごめん、心配かけて。」
 そう、私が彼に死んで欲しくないのは
生きていて欲しいから。
 そして出来ることなら、生きている貴方の傍にいたい―いつかその命を終えるときまで。
 そのを可能にする方法。それを必ず見つけ出す―
 そこまで、思ってから弥生は気がついた。その感情を人は恋と名づけていることに。
 そして、同時にこの感情を直接口に出せない、とも思った。羞恥によって彼女の感情は精霊使いとしての常識に回帰していた。もしも、何かの奇跡が起きて彼とグレイが2人とも助かっても、自分はその傍にいることはできないのだから。
 
 
 
(つづく)
 
 
更新日時:
2010/06/13 

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Last updated: 2012/7/8