◆ ロードの聖戦 ◆
外でひときわ大きな音が聞こえた。
「敵が来るぞ!!!」
総本山の最後の守りが破られた。侵入者達は今まで犠牲にたけり狂いながら乗り込んでくる。
精霊使いたちは有り合わせのものでバリケードを作り、魔導銃を撃つ。耳に響く音と煙が立ち上り、何人かの敵がくずおれた。だが、それは儚い生きている時間をただ数分延ばすだけの抵抗でしかなった。
圧倒的な人数による突撃でバリケードは破壊され、殺戮が始まった。
武器を持つものが一番最初に血祭りにあげられた。武器の無いものは隠れ場所を見つけるのに必死だった。あるものは家の収納に、あるのもはトランスゲートに向かう。
いけない・・・!そっちは・・・
スレインは言おうとしたが遅かった。この時の、トランスゲートは総本山内部に潜入してた敵のスパイによって機能を停止していた。多くの人はその前にトランスゲートで逃げ延びることができていたが、今残っているのは逃げ遅れた人々だった。
使えないトランスゲートの前に群がった人々に敵が雪崩れ込み、悲鳴と殺戮が続いた。時間はそれほどかからなかった。
侵入者達がその刃を他にも向ける。
「もう、終わりだ・・・」
そんなこと・・・!
と、言おうとしたスレインだったが、全ては手遅れであることをは子供でも分かる。どこにも逃げ隠れする場所はないのだから。
「うわああああ!!!」
槍に衝かれ、あるいは剣に斬られ、魔法で吹き飛ばされ鋭い悲鳴が上がる。
絶望した人々は敵の手にかかるよりはと護身用のナイフを自らに突き刺し、次々と命を捨てていく。
スレインの近くも彼らの血で染まっていった。
なんだよ・・・これ・・・と、思わず呻く。
これが・・・これが・・・総本山の最後なのか・・これが
見覚えのある人物が目に留まった。漆黒の衣は皆と同じだが、ところどころに意匠を凝らした紋章が刻まれている。
ダークロード。自分自身。
彼は虐殺に隠れあばら屋に逃げ込んでいく。
そう、ここで僕は・・・憑依の秘術を完成させた。
「シオンを倒す為に・・・グレイの体に憑依して」
沢山の犠牲を出したねえ。ほら、君をかばってまた一人死んだ。まだ若い奥さんのいる人だったのにね。
「それはお前がやったんだろ。」
心の中に響いてきた声にスレインが言うと、総本山の光景が薄らいでいく。
「そうだ。私にとってはそれが必要だったのでね。」
シオンがそこにいた。
「−僕はお前には負けない。」
「お前本当にそう思っているのか?」
君は力を取り戻した。それなのに君がやっていることは闇の力の強い場所から私の力を断ち切ろうとすることだけ。
それに比べて私は遠い本拠地から自分の力をこの闇の大地にまで送り込める−力の差があることは理解できるだろ?
シオンは続けた。自分が持つ圧倒的な力を信じている力強さをスレインは感じた。
「本当に君は私に勝てるのかね?」
「勝てる勝てないは問題じゃない−僕は彼らのためにも勝たなきゃいけない。」
さっきお前が見せた人々は皆、僕が君を倒す為に死んでいったんだ。
「ほう、その後自分が生きるためかね。」
「何を言っている。」
「隠すな。」
相手のペースに乗せられてはいけないことは分かっていた。それでも声のどこかに動揺が混ざりこんだ。
「君は期待しているんじゃないか?この戦いが終わった後に生き残れるんじゃないか・・・と?」
「違う!僕は・・・君を倒したら・・・」
言葉から強さが消え、弱さが前に出る。
いけない。これではいけない。
だが、どうしても言葉に力を持たせることができない。なぜならシオンの言葉は事実を衝いていたからだ。
それは、許されないことだと思ってはいたけれども。
「まあ、いい。聞いてみればいいじゃないか?彼らに」
後ろに気配を感じてスレインが振り向くとそこに、彼等が立っていた。
「皆・・・・」
誰が誰なのかはっきりと分かる。
ああ、君は勇敢だったキリエ。
壊れたトランスゲートを直して外に皆を逃がそうとしたエリクソン
モニカの父であるアレンもいる。彼が総本山の防衛の総指揮をとっていた。
かつての部下たちはスレインの周りを取り囲むと言った。
「貴方は何で生きてるのだ?」
「・・・・」
「我々は貴方が儀式を完了できるように頑張りました。」
私は槍で貫かれました。
弓矢で撃たれました。
斧で切り捨てられました。
魔法で火達磨になりました。
彼等は続けた
「それなのに、あなたは何で生きていこと思うんですか自分だけ。」
「誤解だ!僕はシオンを倒す為に・・・・」
「それに、我々の犠牲のことさえ最近まで忘れていた。」
逃げ道をふさぐような質問。
それにスレインは答えることが出来なかった。
誰かが言った。
「死ね。」
「やめてくれ・・・・」
亡霊たちの口から同じ言葉が何度も発せられた。
死ね、死ね、死ね、死ね
耳をふさいでもその呪詛が消えることは無かった。
自分を保つためにスレインは今までのことを思い出そうとした。今まで自分を支えてくれた人との記憶を。しかし、その作業は呪詛の声に何度も妨害された。
「ふん・・・」
シオンは呆れた様に鼻を鳴らすと、指で合図を送った。
呪詛の声が唐突にやんだ。スレインが顔を上げたとき、彼を囲んでいたのは、それまでの彼等ではなくなっていた。
「皆・・・・」
アネットが、モニカが、ヒューイが、ビクトルが、弥生が、一様に暗い視線を自分に送っていた。
そして、言った。
「ごめんね、スレイン。アタシは貴方よりグレイに生きていてほしいの・・・でも、グレイを犠牲にして生き延びようと考えるなら・・・」
「そん時は、ワイらはあんさんの敵に回るでリーダー。」
「お父さんを犠牲にするだけじゃまだ足りないの?」
「・・・・・最低です」
目を見開きアネット達を見る。その顔からは親近感は感じられない。その視線は蔑みの色を湛えていた。
「あああ・・・・」
意識しないうちに自然と絶望の呻きが漏れる。そして、何か熱いものが体を貫いた。
「うあああああ!!!」
「ほら、余所見をするな。敵は私なんだろ?」
武器をスレインに突き立てたシオンが微笑みを向けた。
「俺は、この程度の蔑みはずっと受けてきた300年間ずっとな・・・・だが、俺は自分の意思は曲げないぞ。」
そう、シオンは300年間、ずっとこれとは比べ物にならないくらいの蔑み、憎悪を一身に受けてきた。それでも、自己を譲ろうとしない。
僕には出来ない。
そんなことが出来る相手に僕は勝てるのだろうか?
いいや、そんなことはない。勝てないに決まっている。
・・・・勝てない・・・・勝てない・・・・
「いったいこれはどうしたことか!?」
「落ち着きたまえ、オハラー君。」
と、あくまでも冷静な姿勢を保ちながら、レーベンハウプトは答えた。
「どうやら、敵の亡者どもが補充されているようだ。倒しても倒しても湧き出てくるとは・・・」
「しかし、このままでは我々の防衛ラインが突破されてしまいます!」
ふうむ・・・・
確かにその言葉はそのとおりだった。これが続けば、確実にそうなるだろう。だが、幸いなことに今のところ防衛ラインは崩れる兆候は見られない。
「逃げる時はあの火薬を使おう。攻城用に備蓄していたものだが、こんなところで使い道があるとはな。」
「あれを何に・・・」
「後退する時には相手をビクつかせる必要がある。後退する時にあの火薬を爆発させる。そうすればこの防御施設そのものが吹き飛ぶだろう。」
「それで、退却する時間を稼ぐおつもりですか?」
「そうだ。そうでもしなければ、これだけの数の敵だ追撃を受けて壊滅させられてしまう。」
そこで、レーベンハウプトは言葉を切った。
「準備だけはしておいてくれ」
「了解しました。」
ここは、シオンのこの闇の大地における拠点を叩き潰す要になる場所だ。そこをつぶすのは避けたいところだが、そうしないことには総本山の兵力そのものが消滅する。
「やはり、ロード様は・・・」
レーベンハウプトは西の祠のほうを見た。一体何がロード様にあったのだろうか?
敵の攻撃をうけているのかもしれない。敵の拠点を包囲したとはいえ、少数精鋭ならば突破は可能である。それが西の祠を攻撃したとしたら。
「オハラ君、君は総本山を信じることはできないのかね。」
「いえ」
「ならば戦いたまえ。勝負はまだついていないぞ。」
レーゲンスドルフの推測は正確ではないにせよ当たっていた。
モンスターの波が再び押し寄せて来た。これでもう5回目だ。
西の祠はスレインが儀式を始めて、1時間ほど経ったところで、突然モンスターの襲撃を受けた。モンスターが自発的に西の祠を攻撃することはまずありえない。おそらく、シオンに組するモンスター使いがいるのだろう。
「立てえ!銃!!」
「射撃用意!!!」
祠は山の上に建てられており、階段が敷かれているが、今はそこはモンスターの通路と化していた。
号令が響く。
「撃てええ!!!」
総本山の戦士たちが一斉に魔導銃を放った。不気味な音を立ててスケルトンやプチドラゴンが倒れ、僅かに怯んだ様子を見せる。だが、彼等は気を取り直し、再び突撃に移る。
これまでの攻撃は全て、遠距離で撃退できていたが、もう遠距離攻撃だけでは防げなそうだ。
「総員着剣!!」
魔道銃が光を発して、その筒先から尖った刃が現れる。接近戦用の銃剣だ。
「かかれ!!!」
モンスターの波と人の波がぶつかり合った。その衝突は目に見えない2人のロードの戦いにも影響されていた。
スレインの力が急に弱まったことでシオンの闇の力に支配されていない場所は西の祠のみとなっていた。すでに、階段の中ほどはシオンの闇の力に支配されている。そこに飛び出せば、魂を抜くことなどシオンにとっては朝飯前であった。もちろん、スレインの力が及ぶ範囲であれば同じことを彼も出来るのだが、現状では彼の力は機能していない。この西の祠が本来持っている闇の力がシオンの力を防いでいるに過ぎない。だが、それも闇の宝珠で増幅されたシオンの力をいつまで抑えられるかは疑問であった。
それは、闇の精霊使いたちには分かりすぎるほど分かっていた。彼等は其の焦燥を目前の敵を倒すことで打ち消そうとしていた。
しかし、何も状況が見えない中で戦うものもいる。
「てやあああ!!!」
「これでも喰らえいいい!!!!」
「いくわよ!!」
「覚悟してください!!」
アネット達であった。
「総員!約10メートルほど下がれ!」
闇の精霊使いの誰かが言った。
「また、スレインの力が押され始めたのかしら・・・」
「そのようやな。」
浮き足立っている。精霊使いたちもそしてアネット達も。
「モニカちゃん!!」
「きゃ!?」
アネットのレイピアの一撃がモニカの背後に忍び寄っていたスペクターを捉え、恨み言ともに消滅させた。
「ごめんなさい・・・」
普段から冷静なモニカにも僅かながら不安や隙が出来ている。それは皆大差がなかった。
ヒューイは飄々とした態度で答えた。
「まあ、リーダーはこういう演出が好きやさかいな」
「演出って?」
「フェザーランドで時空融合計画をやったと時のことを」
「あの時はてっきりスレインが別の世界に行ってしまうかと思ったけど・・・」
「せやけど、行かなかったやろリーダーは?」
残った結果これや、多分、あのまま向こうにいったほうがリーダーにとっては良かったのかもしれへん。
「そうかもね」と、アネットは同意するしかなかった。
「せやけどリーダーは戻ってきた・・・あん時もワイ等がピンチの時にタイミング良く登場したやないか。」
「ピンチの時に主役登場。おいしい役どころじゃの。」
矢を番えながら弥生は言った。
「そういうキャラなのでしょうか?」
「まあ、そういうのを無意識のうちにやるわよねスレインって。」
「そないなら、無意識のうちにタイミングを狙うとるはずや。」
「じゃあ、もうちょっと派手に追い詰められましょうか?」
「ふふ、そうね。」
「あさ、もうちょいがんばるで!!」
浮き足立っていた仲間たちの空気が変わった。
矢を番えながら弥生は周囲に月の力を感じた。
まさか、これはシモーヌ・・・・
弥生は短く印を切り、月の巫女にしか分からない詠唱を唱えた。
彼女の月の力が祠の周辺に広がっていく。スレインの援けにはなるかもしれない。
それを確認すると、彼女は再び自分の戦いは始めた。彼女の弓矢がドラゴンに当たった。急所を貫いたのだろうそのドラゴンは崩れ落ち動かなくなった。
いつごろからか、自分のを呪詛する声は聞こえなくなっていた。自分の体を刺し貫いたシオンの姿も無い。
スレインは倒れていた。どうしようもない徒労感と絶望感が押し寄せてくる。
もう、いい。
死ぬことから逃げた人間に、今も逃げようとしてる人間にだれもついてくるはずがない。
期待の声、励ましの声すら疎ましかった。
それに値する人間ではないのだから。
「それでいいのかよ?」
いいに決まっているじゃないか。
「スレイン」
誰かが呼んだ。
ああ、もういい。ゆっくり休ませてくれ。
しかし、声は自分を呼び続けた。目を開けるぐらいならいいだろう・・・
スレインは目を開いた。
「良かった。目が覚めたのね?」
アネット?
体がうまく動かなかった。
「それにしても、貴方なんであんなところにいたの?アタシが見つけなかったら、モンスターにたべられちゃっかもしれないのに」
どこかで聞いた言葉だった。そして部屋に入ってくるマーシャルさん、そして。
そうか、これはアネットに初めて会った時の・・・。
それから風景は進んでいく。
約3ヶ月だけだけど、国境警備隊のある小隊に所属した時のこと。
帝都への旅、時空融合計画のことを知って、東に向かった。
そこで2人に出会った。
「ワイはヒューイ・ホスターいいますねん。」
「彼が許したから仕方なくよ」と、ムクレ顔のアネットに苦笑する。
「これからフェザーアイランドへ行くの?なら私も連れて行ってもらえないかしら?」
「もちろん!」と僕が答えるとモニカは照れた表情を必死に隠そうとしたことを覚えている。
時空融合計画、旅立ちの夜に新しい世界に行くべきなのかずいぶん悩んだけど、結局僕は彼らがいる世界に残った。
そして、キシロニアへの帰り道で
ビクトルとそして弥生に出会った。
皆とともにいる時間が楽しかった。そして幸せだった。
だから、これまで僕は戦ってきたのかもしれない。自分が元ロードだからという理由ではなく。
不謹慎だな。
仕方ないじゃないか・・・それが僕なんだから。
じゃあ、そいつらが死ぬのは構わないのか?
死ぬ、―どうして?
突然手の感触が変わった。ここは?と思い、スレインは辺りを見回した。
辺りは荒野だった。
戦いの音が聞こえた。それは自分たちとシオンたちとの戦い。
しかし、戦況は全くの不利だった。
既に僕は力尽きてたのか倒れている。
止めろ。
口がひとりでに動いた。
どこかで見た情景だった。デルフィニアで見た夢の続き。
アネットが
モニカが
弥生が
ヒューイが
ビクトルが
シオンやクライブやシモーヌの放つ両手剣や魔法や槍でズタズタにされていく。
止めてくれ!
止めさせろおお!!!!
目が大きく見開かれ、倒れていたはずの体が起き上がっていた。
実力に差があることは分かりきっている。それでも、全然構わなかった。
夢とは違うことがあったからだ。デルフィニアの夢ではみんな死んでしまった。でも、今ならまだ生きている。
援けられる可能性がある。
まだ、間に合うのか?
同じ言葉を繰り返すと、誰かが、いや半分は自分が答えた。
まだ、間に合う。
スレインは立ち上がった。
「まだ、間に合う!!」
「ほう」
シオンは突然スレインの闇の力が復活したことに驚いた。あの死に損ないが復活したことはある意味で驚きだった。向こうにいる月の精霊使いの妨害でスレインの心を直接揺さぶることは出来なくなった。だが、スレインはもう立ち上がれないと踏んでいた。いつも恵まれた環境にいたお坊ちゃま。シオンはスレインをそのように評価していたが、思ったより根性があるようだ。
だが、どうする?
圧倒的に状況はシオンが有利だった。シオンの力は何の妨害も受けずに闇の宝珠の力を借りて、死霊を生み出し続けている。スレインたちのいる西の祠には徐々にではあるが自分の力が浸透しつつある。
このまま、西の祠が持つ闇の力を取り込んでしまうのも悪くは無いな。とシオンは思った。
もっとも、この儀式が終われば当分闇の力は使えないか・・・・
考えが横道にそれる。それでも支障はなかったスレインの力は復活したとは言っても、何とか西の祠周辺を維持しているに過ぎない。
ここは、一揉につぶしておくか。
いろいろ邪魔された恨みもあるが、それ以上に短期間でこれだけの精霊力を持った人間を放置し置くわけにも行かない。
「これで、終わりだ仲間ともども朽ち果てるがいい。」
シオンはその闇の力を西の祠に向けた。
シオンの闇の力が来る。
気を取り直したスレインはもう一度、自分に繰り返す。
絶対に負けられない。
彼は一度防御の姿勢を取った、そして、シオンの力の波が押し寄せる。この西の祠が持つ闇の力とスレインのそれが合わさりシオンの力に抵抗する。
抵抗しながらスレインはシオンがどの程度の力をこちらに向けているのかを探る。
・・・・まだ、シオンは余力を残している・・・
しかし、それは此方も同じだ。なんとかその力で事態を好転させたいところだった。
ここは、踏ん張りどころだな。
スレインは自分の闇の力をわざと後退させた。するとシオンの力が押し出してくる。そこで一斉反撃に出る。シオンの突出した部分の闇の力を断ち切り、消滅させる。
同じことをしようとすると、さすがにシオンもそれに乗らなくなった。
スレインにとってもシオンが闇の力で死霊を呼び寄せているのをまるで阻止できないでいるだが、シオンもまた簡単に出来ると思えた西の祠の制圧を完了できないでいた。
そのままの状態が続いた時、シオンの方から動きがあった。
それまでかかっていたよりもさらに強い力が押し寄せてくる。
「くううっ!!!」
それを支えるように手を前に突き出す。両手を大きく開きその力を受け止められるように。
シオンの力を受け止めると、両手から悲鳴を上げるようにギリギリと痛んだ。それでも、構わなかった。
スレインの闇の力が及ぶ領域が縮小していく。それまでの余力全部を投入したシオンに押されていた。
それが僅かに押し返された。後ろを見るとエーリックが立ち上がっていた。おそらく、彼も自分と同じように何かの幻覚を見せられていたのだろう。それから立ち直ったのだ。
「申し訳ありません。ロード様復帰します。」
「ありがとう。」
エーリックが加わったことで少しだけ条件は好転したが、ここが突破されるのは時間の問題だろう。
でも、いいんだ。これで
スレインは微笑した。
ねえ、シオン。君は残っていた全部の力を僕のいる西の祠に向け、そして死霊の維持し続けなければならない。とても余裕が無いくらいに。
もしも、この闇の力をある部分で断ち切ればこのデリケートなシステムは壊れてしまうよね。
スレインは左手を横に払った。
これで終りにしよう。
闇の力の異変をシオンはすぐさま感じ取った。
「なんだこれは!?」
西の祠とは別のしかし、その付近に突如としてすさまじいまでの闇の力が発生した。
そして、それが波となって闇の宝珠のある北のとりでに向かって雪崩れ込んでくる。
馬鹿な、これほどの力を操れるとは・・・
残っている闇の力これを受け止めるしかない。
シオンはほんの少し残っていた力で北の砦を守ろうとした。そして、死霊を維持するために使っていた闇の力の一部もこの防御のために振り分けようとした。
だが、何事も一度行っていることを取りやめ、新たなことをするのは難しい。
それ以上にスレインの力の強さと、そしてスピードはシオンの想定を越えていた。
間に合わない・・・・!!
スレインが温存していた闇の力の波が北の砦に、正確には闇の宝珠にぶつかった。
あまりに強力な闇の力を受け、宝珠は鈍い音を上げて、安置されていた祭壇から転げ落ちた。
その瞬間、シオンの闇の力はその効力を一気に失うことになった。行き場をなくした闇の力がスレインのそれと交じり合いながら消滅していった。
「これは・・・!!」
その異変を最も早く察知したのは死霊の猛攻を防いでいたレーゲンスドルフの軍だった。
「閣下!死霊が消滅していきます。」
「・・・・シオンの闇の力も消滅していくな・・・」
と、レーゲンスドルフは応じた。
死霊が消滅した結果、今見えている敵は砦にこもっていた僅かな生身の人間の敵兵だった。彼らは突然死霊が消えた理由を理解できず、混乱の極みに達している。
「追撃しろ。奴らを逃がすな。」
「はっ!!」
命令は必要ないのかもしれない。既にいくつかの部隊はこれを好機とばかりに追撃を始めていた。ここで敵戦力を減少させれば、北の砦を落とすのもそれだけ近づくことになるだろう。
ふと空を見上げると雪のようなものが落ちてきた。
「これは・・・」
それは雪ではなく光の欠片だった。2人のロードの闇の力がぶつかり合った後遺症だ。ひどく幻想的な風景ではあったが、今は戦いは終わっていない。
彼は再び集中を敵軍に向けた。
光が降ってくる光景を見れない場所でも2人のロードの戦いの結末を知った。
「終わった・・・・ロード様が勝ったんだ・・・」
誰かが言った。
モンスターの襲撃は止んでいた。ロードの戦いの結果に恐れをなしたモンスター使いはモンスターを捨石に逃走した。追撃のするだけの余力は無く、精霊使いたちはその場に座り込んでいた。
「終わったの?」
座り込みながらモニカが言った。
「せやなあ・・・スレインが勝ったみたいや。」
「スレインさんは大丈夫でしょうか?」
「そうね、様子を見に行きましょう」
アネットの声に頷きあってスレインのいる部屋に向かうと、その扉は既に開いていた。
その中でスレインは倒れていた。
「スレインさん!!」
慌てて駆け寄ると、とても平和そうな寝息が聞こえてきた。
「・・・・寝とるのか?リーダー。」
「・・・そのようね。でも」
一抹の不安をモニカは弥生に目で訴えた。しかし、彼女の答えは不安を打ち消すものであった。
「大丈夫ですわ。スレインさんもそしてグレイさんも・・・2人とも無事です。」
歓声が上がった。
これがスレインの仲間たちのカーテンコールであった。
徒労感が男を椅子にすわ座り込ませた。体重を椅子に預け深くため息をつく。
「しくじったか・・・・」
シオンは気だるげに机においてある水に手を伸ばし、口に運ぶ。
部屋にはクライブとシモーヌが控えていた。どちらも、2人のロードの戦いの結果を知っていた。
「シオン様・・・・闇の総本山は・・・」
「健在だ。」
断定するような口調でシオンは言った。
「しかし、闇の宝珠は確保しなくてはならない。」
「はい、既に現地の隊は宝珠を持って、このジェームズ城に向かいつつあります。」
そうか、とシオンは頷き、指示を出した。
「総本山の北の土地を放棄する。」
「しかし、総本山を抑えるには不可欠の土地です。」
「これだけの闇の力がぶつかったのだ。当分間・・儀式の完了までは総本山側も大きな動きは起こせまい。」
自分が儀式を完了するまでの時間は稼げたはずだ。
ならば―
シオンは机の上にある地図の一つの矢印に目を落とした。
「このグランフォード軍の北上に対処するのが先決だ。儀式が終わるまではこの本拠地を維持しなくてはならん。」
グランフォードはアグレシヴァルとの戦いが一段落したのを機に余剰戦力を結集し、ジェームズ派の本拠への侵攻を行いつつあった。
「現在のグランフォードの動きは?」
「はい、彼らはわが軍をビブリオストック周辺から駆逐しつつあります。キシロニアから食糧援助も受けており、士気も高く、かなりの攻撃力を持っております。兵力は約5万6千と推定されます。どのような対処を?」
「今は攻めさせておけ。」
「は?」
「奴は、グランフォードは軍事面は素人同然だ。補給戦が延びきることの恐ろしさを知らんのだ。―関所周辺まで、場合によってはそこは突破させてもかまわん。決着はそこでつけるのだ。」
「承知いたしました。直ちに総本山の部隊を移動させます。撤回完了後は地の力を使い、山脈を復活させ、総本山からの攻撃を抑止したいと考えます。」
クライブの進言にシオンは頷き、承認を与えた。指示を受けて、クライブとシモーヌは部屋を出て、関係部署への連絡に回った。
一人残された部屋でシオンは敗北の記憶を呼び起こす。
まさか、あれほどの力を短期間で復活させるとは・・・・さすが死んでもダークロードということか・・・
「追い詰められているの?シオン。」
突然響いてきた声に、シオンは微笑しながら答えた。
「そんなに、頼りなさそうかな私は?」
シオンの傍に佇む少女の心配そうな表情は変わらなかった。
「すごく、辛そうだもの。」
「儀式は力をだいぶ使うからな。だが、心配はいらない。私は負けることはないと思っている」
そう、まだ終わったわけではない。魂はすでに4万を集め終えた。後1万を集めることは不可能ではない。5万の魂が集まれば、かつて自分が目指した圧倒的な力が手に入るはずだ。
シオンは少女に手を伸ばした。
「グロリア。私は昔ロードと呼ばれていたころ、全てを凌駕する力でこの世を安定させたいと思っていた。それがもう手の届くところまで来てるんだ。私はそれを―」
「シオン・・・?」
グロリアがシオンの様子を伺うと彼は眠りについていた。力を使いすぎてしまったのだろう。
「おやすみなさい。」
グロリアはこうして、シオンと話せる時間がいつまでも続けばいいと思っていた。それを犯す者が現れつつある、シオンを信じながらもそのことに不安を感じられずにはおれなかった。
幸せとは何かの力が加わればガラスのように壊れてしまう繊細なものであるのだから。
グロリアは今、幸福であった。
眠っているのかな僕は・・・と、スレインは思った。
とても、気持ちが良かった。シオンに勝つことも出来た。皆、無事だということも分かっていた。そして、ふと気づいた。あれほどまでに自分を追い詰めていたはずの悪夢が襲ってこない。
とても、幸せな時間だった。
でも、それも終わりのようだ。目を開くと、光が差しているのが分かった。でも、その光は閉じられる。誰かがカーテンを閉めている。
弥生さん・・・
彼女はカーテンを閉め終えると、ベットの横にある椅子に座る。多分、僕の様子を見てくれていたのだろう。
普通に「おはよう」と言えばよかったのかもしれないが、スレインは思わず目を閉じた。
「大丈夫のようですね。」
と、弥生はスレインの顔を見ながら言った。彼女の手が額をなでた。
「・・・・私は貴方のことが好きです。」
突然の台詞にスレインはどう反応したらいいのか分からなかった。勤めて平静を装いながら、寝たふりを続ける。
弥生は続けた。
「私は、貴方がシオンを倒した後に・・・貴方にどんなことが起こるのか・・・知っている積りです。グレイさんにその体を返し、自分の魂を冥界に送る・・・・―でも、それを受け入れようとは思っていません・・・」
弥生の手がスレインの手に触れた。きゅっと手をつかみ、彼女は続ける。
「貴方が消えないですむ方法・・・きっと見つけて見せます。」
もっともと、彼女の表情に諦めにも似たものが浮かぶ。
「もしも、その方法が見つかったとしても、私は貴方の傍にいることはできません。私は月の精霊使いなのですから。―でも、貴方がこのまま消えてしまうのは耐えられません。見つけてみせます。絶対に・・・」
絶対にと彼女は繰り返した。
そうか、君は本当に、全部知っていたんだね・・・
僕は生き残れる方法などあるのだろうか?もしも、あったとしても多くの部下を死なせた自分がそんな方法を使ってもいいのだろうか?
そんな疑問がスレインの頭の中を巡った。
それでも、弥生の気持ちは嬉しかった。
僕はきっと―
きっとじゃない。僕は弥生さんのことが好きだ。
そうでなければ、彼女をこんなにも独り占めしようとも思わないだろう。
こんなに守りたいとは思わないだろう。
幸せになって欲しいとも思わないだろう。
弥生はふと時計を見た。
看病の交代の時間だった。彼女は立ち上がりドアノブに手を伸ばした。
「おはよう・・・」
スレインは起き上がり、弥生を見た。
「スレインさん・・・大丈夫ですか!?体の具合はどこか痛いところはありませんか?」
子ども扱いされているようで苦笑しながら大丈夫だと答えると、弥生は本当に安心したようなしぐさを見せた。
「今、皆さんを呼んできますね」
「ああ」
「あの、・・・そのさっき私は何か言っていませんでしたか?」
「いいや、何か言っていたの?」
「いえ、すみません。へんなことを聞いて。」
弥生は軽くお辞儀すると、部屋から出て行こうとした。
「弥生さん」
−君のことが好き。
と、言う言葉をスレインは寸前で飲み込んだ。
僕はもうこれ以上、彼女に触れるべきではないのだろう。
弥生は月の精霊使いで自分は闇の精霊使い。そして、もともとは死んでいる人間。
シオンを倒せば、僕はこの体をグレイに返す。もしも、それを生き延びる手段があったとしても、彼女とともにいることは出来ない。
そのことを彼女は良く分かっている。その決意を聞いてしまった。
これ以上彼女に手を触れてはいけない。
それでも、このくらいの言葉を許されていると思う。
「ありがとう。」
初めは、どう反応しようか迷っている風だったが、すぐに弥生は軽い笑みをスレインに向けた。
「どういたしまして。」
パタン。という音を残して弥生は外に出ていた。
「いいのかよ、あれで。」
「聞いていたのか、グレイ」
「1人だけで盛りやがりやがって。そんなに好きなら押し倒せよ。」
無茶苦茶な事を言うもう一人の自分にスレインは苦笑した。
「君がアネットにそれをできたら見習うことにするよ。」
「なっ・・そんなことできるわけないだろう!」
「じゃあ、僕も同じだよ。」
グレイは不貞腐れたように「けっ・・・口の減らない野郎だ。」と言うと、そっぽを向いてしまったが、ややあって注文を付けた。
「どっちにしても、後味の悪い形にはするなよ。」
「・・・・そうだね。」
複数の人間の足音が聞こえてきた。
「―どうやら、俺は退散したほうがよさそうだな。」
意識の中に沈んでいこうとするグレイをスレインは呼び止めた。
「ありがとう、君なんだろう?シオンの攻撃で弱まっていた僕を引き上げてくれたのは」
「アネットを守るためには必要だったからな。じゃあな、他に言いたいこともあるが後にするぜ。」
それだけ言うと、グレイは意識のそこに沈んでいった。
「スレイン!ようやくおきたのね!」
「心配させおって!」
「リーダ、ほんまに無事なんやな!」
「全く冷や冷やしたわよ。」
入ってくるなり、いっぺんに自分の感想を言いながらアネット達が入ってきた。スレインはそれに少しの安堵感と満たされた気分で「ごめん、心配かけて。」と答えるのであった。
(おわり)
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