26      God Save The Lord of Darkness 第3部
 
◆ 記憶の交わる場所で ◆
 
 
 
 スレイン達は総本山のほぼ中央を貫く道を案内された。どうやらこの街は碁盤目のように整備されているらしい。道の両脇には家が立ち並んでいる。建築様式はキシロニアや帝国のものとは若干違って見えたが、街としての機能はあまり変わらない。
精霊使いといえども人間には違いない。人間が暮らしていくには普通の暮らしというものを捨てられないのだろう。
 だが、この街には奇妙なことに人が全く見当たらない。どの家も扉や窓を硬く閉ざしいている。道を歩いているスレイン達の足音だけが響いていた。
「なんだか、淋しい街ですね・・・」
「仕方ありません。この街の住人は今は大半が東の砦にいます。まだ、ここも完全に安全というわけではありません。たまに、ジェームズ派の兵士が周辺を荒らしにくるのです。」
と、ため息混じりにイーレンは答えた。
 その時、横の通りから武装した精霊使いの一団が現れた。彼等がイーレンに向かって敬礼すると、イーレンもまた敬礼を返した。全く、人が居ないというわけではないらしい。
「これからどこに?」
「ダークロード様の館にご案内します。」
 アリンが言葉を継いだ。
「ダークロード様のお住まいです。今は代理のリュフィー様がいらっしゃいます。リュフィー様に聞けば、ロード様のことも含めていろいろ分かると思いますよ。」
 彼女の言うダークロードの館はそこから30分ほど歩いたところにあった。周りの家とは違って大きな作りの家で、ヴォルトゥーンの議長宅のようなイメージの建物だった。
「ここが、ダークロードの館・・・」
「こちらです。お進みください。」
 館の中に大きな部屋に通されたスレイン達の前に一人の女性が現れた。
 20歳になるかならないか位の若い女性で、銀色の長い髪を後ろでまとめている。童顔だが、端正な顔つきだった。
 他の精霊使いとは違い、白を基調に、美しい装飾が施された服に身を包んでいた。後ろには秘書なのか護衛なのか一人の青年が控え、彼女が高位の精霊使いであることを伺わせた。
 女性はスレインの前に来ると深々と頭を下げた。
「ダークロード様。ようこそ、お帰りくださいました。留守を預かっておりますリュフィーといいます。」
 どうやら、スレインがロードであった時の記憶を無くしていることを知っている様子だった。
 「ロード様」と、総本山に来てから呼ばれてもやはり、スレインには実感が湧いてこなかった。
 違和感が多すぎた。
 そんな様子のスレインの気を解すように リュフィーは机に紅茶を置いた。
「みなさん、お疲れでしょう?まずは座ってください。今はお茶の時間ですからね。」
 
 
「さて、どこからお話したほうがいいでしょうか?」
 柔和な笑みを交えながら言う、リュフィーにスレインが切り出した。
「変なことを言うかもしれませんが・・・僕はここの主、ダークロードだと聞きました。そして、何かの理由で命を落として、この体に憑依したと・・・一体ここで何があったのですか?」
 リュフィーは頷くと、逆に質問を返した。
「その前に、シオンという男をご存知ですか?」
「シオン・・!?」
 スレイン達の脳裏にあの恐るべき戦闘力を見せ付けた美しい青年の顔が浮かんだ。
「あの、フェザーランドや遺跡で襲ってきた男のこと?」
「ああ、何度も戦ってきた相手やが、あいつ一体何者なんや?」
 リュフィーはやはりという顔になった。
「彼は3代前のダークロードなのです。そして、この総本山を襲ったのは彼なのです。」
「ええ!?」
「私が知る限りのことをお話します。」と、前置きしてリュフィーは話し始めた。それはこの総本山の歴史と深く関わる、いや、ここ2世紀の総本山の歴史そのものといえることだった。
「この世界が精霊のバランスの上に成り立っていることはご存知でしょうが、彼・・・シオンはロードになってから次第に自分の力を強化し、全ての精霊に命令できるような・・・そう、精霊の王のような存在になり、世界をより安定させようとしたのです。彼は禁術とされる術を乱発して、自分の力を強めていきました。そして、ゆくゆくは他の総本山を征服しようと考えていたのです。」
 スレインはヒューイと弥生の顔を見たが、2人ともリュフィーが言ったことは知らないらしい。
「お二人が知らないのも無理はありません。彼の計画は結局、実行されませんでした。シオンに反対する精霊使いが彼をクーデターによって倒したのです。」
 アネットが言いかけた。
「ちょっと待ってよ、じゃあ、私達は200年前の亡霊と・・・・」
 亡霊と戦ったというのだろうか?
 弥生が何かに気付いたように言った。
「憑依の秘術・・・ですか?」
 リュフィーは頷いた。
「彼は私達が追いかけて、倒しても、倒しても別の体への憑依を繰り返して、私達の追跡を振り切りました。・・・それが約200年に渡って続いたのです。」
 リュフィーの顔に翳りが見えた。
 それは、シオンの戦いの苦悩がにじみ出ているかのようだった。
「憑依の秘術を使った人間・・・シオンの場合は闇と対の性質を持つ、光の精霊を麻痺させる波動を帯びてしまいます。そして、その波動は術を繰り返すたびにその強さをましていきます。つまり・・・」
 ヒューイが言った。
「ちょい、待ち!ほんらな、太陽の光が運ばれなくなっているのはシオンのせいだということなんか!」
「ええ。」
 リュフィーはスレインに視線を移した。
「それを止めようとしたのが、スレインさん・・・つまりロード様です。ロード様はこのことを他のロードにも話して、対策を協議しようとしたのです。しかし、その動きを察知したシオンに奇襲をかけられたのです。不意をつかれた私達は大きな犠牲を出しました。その時に、ロード様は命を落とされたのです。」
「そして、僕は憑依の秘術を使った・・・そういうことなんですね。」
「はい。」
 これまで分からなかったことが全てつながった。
 世界の危機。
 シオン
 自分の素性。
 ことの大きさにひるまざるを得なかった。この3つの要素がこうも深く関わっているとは想像も出来なかった。
 リュフィーはスレインが事情を飲み込めるのを待って再び説明を続けた。
「総本山が彼に奪われた後、私達はこの闇の大地にあるいくつかの拠点に移り、シオン・・・ジェームス派の軍と戦い、ようやく彼等を総本山から追い出すことに成功しました。ですが、彼等はまだこの大地の東の端を押さえています。」
 それが、スレイン達がここに来るときに目にした小競り合いの理由だった。
 ジェームズ派の軍は東に退いたとはいえ、度々総本山の周辺に襲撃をかけてくるのだ。
 悲しそうな声でリュフィーは言った。
「情けない話ですが、私達は次の手を打てずにいます。総本山が落ちた時に、代々のロードの記憶を保管している記憶のルビーを奪われました。そのため、シオンが何をしようとしているのか・・・それさえもわからないのですから。」
 今度はスレイン達がリュフィーの疑問に答えた。
「5万の魂を手に入れて、最強の力を手に入れること・・・それが、シオンの狙いなんです。」
「え?」
 スレインはシオンが魂の壷、アルティメータ、そして、闇の宝珠を手に入れ5万の魂を集めて、最強の力を得るための儀式を行おうとしていることを話した。詳細はビクトルが補足してくれた。
 話を聞き終わったリュフィーは始めに驚きの表情を浮かべていたが、すぐに納得したような表情になった。
 彼女のほかにもアリンやイーレン、そして、秘書と思しき青年も似たような表情を浮かべている。
「そうだったのですか。・・・彼はかつての目標を捨てていないということですね。ならば、彼がこの総本山を襲ったり理由が分かります。」
「どういうこと?」
 アネットが首をひねる。
「私達闇の精霊使いの務めは死んだ人の魂を輪廻の輪に返すことです。それが完全に機能しているのなら、5万の魂なんて集められません。でも、総本山がダメージを受けて、その機能が麻痺したとしたら・・・」
 シオンの計画に必要な5万の魂を集めるには総本山の襲撃は不可欠の前提だった。彼はさらに、大陸各地の闇の門を破壊して魂を集めることを容易にした上で戦争を起こした。
「あの、ビクトルさん。この儀式の詳細は分かりませんか?儀式を行う条件とか、具体的な儀式の流れというのは・・・」
 リュフィーの質問にビクトルは難しそうな表情で答えた。
「そうじゃのう。ワシが読んだ書物には儀式の概要や必要なモノ、魂を集める各種の方法については書かれておったが、儀式の条件や進め方についての記述は無かったのじゃ・・・」
「そうですか。そのことについてはもっと調べる必要がありますね・・・知らせてくださってありがとうございます。」
 リュフィーはスレイン達に礼を述べた。
「私達もなんとか、シオンの計画を阻止してみるわ。」
「ええ、お願いします。」
 ラミィは話が一区切りついたところでスレインに聞いた。
「スレインさん。どうしますか〜。今日はここに泊まって、もう少しお話を聞いてみますか〜?」
 スレインはラミィに頷いた。
 彼もまだここで聞いておきたいことがあった。
 リュフィーは言った。
「今日はここでお休みください。今お館の一室をご用意します。」
「ありがとう。」
 時計が鳴った。まだそれほど遅い時間ではない。スレイン達は総本山の街に出て、自由行動にすることにした。
 
 
 アネットとモニカは疲れていたらしく街には出ないで、そのまま部屋に向かった。ヒューイ、弥生、ビクトルそれにスレインは町の中を見て回ることにした。
 スレインは総本山の西側に向かって歩いていた。ラミィは自由行動ということで、総本山を飛び回っていて、彼は一人だ。
 道は相変わらず静かなもので、たまに武装兵に会う以外に人は見当たらない。
 暫く歩いていると町の反対側に行ったはずのヒューイが道を歩いていた。彼はこちらに気付いたのか手を挙げた。
「なんや、リーダーやないか。どうしたんや、こなんところで?」
「おいおい、反対側に行ったのはヒューイだろう?」
「まあ、そこはしゃべらんのが華やな。」
 スレインが「もしかして、迷ったのか?」と躊躇いがちに聞くと、「そうとも言うな。」と、ヒューイはあっさり認めた。
 彼はどうやら、この町の図書館に行きたがっているらしかった。おどけて見える彼だが、かなりの読書家だったりする。
「図書館ならさっき通りかかったよ。この道をまっすぐ歩いて3分くらい。右のほうに門が見えるはずだよ。」
「そうなんか。助かったでリーダー。」
 ただ、外観は綺麗だけど内部はかなり焼かれてしまったんだって。だからほんの一部の本しかないらしい。
「そっか・・・闇の総本山のことがいろいろ分かると思ったんやけどな・・・」
「ヒューイなら知っているんじゃないのか?」
「そりゃ、誤解や。ワイかて全部の総本山のことを知ってるわけやない。」
 ヒューイは道の通りに立つ家々を見渡した。
「もともと、地下に町なんか作るなんて聞いたことがないもんなあ・・・本当に驚いたで・・」
 そこで彼は急に神妙になった。
「ワイな、自分の風の谷のことしかわからへんから他の総本山を見てみたいんや。風の谷にもいろいろ問題があるからな。他の総本山はどうやってるのかが知りたかったんや。」
「風の里ってどんなところなの?」
「そうやな・・・地面の上にあるんやが、こんな街みたいな場所じゃなくてポーニアみたいなのどかなところや。この旅が終わったら案内するで。いつかのロード候補みたいな奴だけやのうて、可愛い女の子も一杯おるで。」
 この旅が終わったらか・・・・
「ああ、頼むよ。」
 スレインは笑ってそう答えた。
「そういや、リーダーは何処に行くんや?」
「僕はちょっと向こうにね・・・」とスレインは 西側を指差した。
「あの可愛い精霊使いに聞いてたことか?」
「え・・・ああ」
 ヒューイはリュフィーのことを言っていた。スレインは街に出る前に彼女にいくつかのことを聞いていた。
「と、いうことは。あんさんがロードだったころのことと関わりがあるものなんやろ?」
 スレインは頷いた。
「まあ、気を落とさんことや・・・って言ってもなかなか難しいやろうけど・・・」
「ありがとう。」
「ほな、なるべく早く帰るんやで。ワイは館に戻るさかい。」
「うん。そうするよ。」
 
 スレインの目的地はそこから歩いて、5分ほどのところにあった。街から抜け出た、家があまりない場所だ。
「ここか・・・・」
 そこには、崩れかけた小さな小屋があった。魔法が直撃したのか焼け焦げた跡が見て取れる。
「ここか、僕が死んだ場所は・・・」
 リュフィーに自分が死んだ場所を尋ね、教えられた場所がここだった。
 総本山に来て自分の素性ははっきりした。だが、それでも彼には実感が湧いてこなかった。言葉で説明されてもおいそれと実感できるものではなかった。それが彼には不安だった。だから、こうして、自分の記憶のあとを探している。
 スレインは焼け焦げたレンガに手を当てた。だが、レンガのひんやりした感触以外には何も感じない。
 ロードだったスレインはこの小屋の中で憑依の秘術の準備を追えた後に包囲していた敵の部隊に切り込み、戦死したという。
 小屋の中に入ると、朽ち果てた外観に相応しい内部の様子が彼を出迎えた。
 中にある家具等は黒ずんだ床の上に転がっていた。
 だが、それを見回しても彼は何も感じなった。家具の残骸を掻き分けてみても自分に覚えがあるものは何も見つからない。
奥にある部屋に進むと右側の壁が崩れ落ち、吹き抜けになっている。外には多くの石が立ち並んでいた。
 スレインの足は自然と何の証拠も見つからなかった小屋からその石の群れに向かっていた。
 近寄ってみると石には誰かの名前と年号、それから短い一言が掘り込まれていた。石はまだ加工されて新しいように見えた。
「これが・・・精霊使いの墓・・・」とスレインが呟いた時、後ろから突然声をかけられた。
「ダークロード様?」
 スレインが振り向くと、リュフィーの傍に控えていた秘書と思しき青年が立っていた。
「貴方は・・・」
「失礼しました。」
 青年は敬礼して答えた。
「申し送れました。自分はエーリック・ストゥーレ。リュフィー様の警護を任されています。」
 彼の手には花束が握られている。
「・・・ああ、この墓地はシオンの襲撃で死んだ者を埋葬した場所なんです。私も一人友人をなくしましてね・・・」
 エーリックは墓石の前に立ち、花を供えた。
「まだ、新しい墓石です。最近出来たばかりなのです。私もここに始めてきました。」
「そうですか。」
 スレインは尋ねた。
「どのくらい、の人が亡くなったんですか?」
「・・・・2000名程度と聞いております。」
「2000人・・・。」
「ロード様。我々精霊使いがシオンと戦うのは彼等の仇をとるため・・・それだけではたぶんいけないのです。シオンは私達精霊使いの問題でもある・・・そう思っています。」
 エーリックはそれからすこしだけ、墓石と向き合っていたが、すぐに踵を返した。
「・・・私はこれで失礼します。」
「ああ」
 エーリックは去り際にスレインを振り返った。何か言いたそうな表情だったが、彼は何も言わずにその場を立ち去った。
 
 一人だけになったスレインは墓石の上に手を置いた。
 ひんやりした感覚のその石は2000人の精霊使いの死を現している。
 精霊使いの死
 自分の失策が招き寄せたであろう死。
 だが、今のスレインにはそのことを自分の問題として捉えきれていない。どこかで、他人の目でその死を見つめてしまう。そんな部分があった。
 周りにある墓石の一つ一つがそんな彼に抗議しているように見えた。
 いや、墓石だけではない。これまで見てきたもの。破壊された図書館。ダークロードの館。壊れかけた小屋。静まり返った街。そのどれもが無言の抗議をしているようだった。
 スレインは目を閉じて何かに祈った。
 
 僕の記憶を戻してください。
 
 その日何があったのかを教えてください。
 
 その時、自分は何を感じ、そして見たのか。
 
 墓石はその願いをかなえたりはしなかった。手がかりも与えなかった。ただ、ロードを見上げるようにその場に存在するのみだった。
 スレインは手を墓石の上に置いたまま何度も同じ問いを繰り返した。
 
 どのくらい時間が過ぎただろう。墓石は相変わらず何の手がかりも与えてくれなかった。彼はその手を離し、問い続けることをやめた。
 記憶は戻らなかった。
 だが、それを嘆いているだけではいけない。
 こうしていても、どうにもならない。
 そう思ったからだ。
 確かに今の自分に闇の精霊力はない。そして、ロードとしての記憶も無い。それでも、自分が何か出来ることがあると信じてここまでやってきた。それを続けることが、ここに眠る人たちにとって最もいいことであるに違いない。それで十分ではないことは分かっているけれども。
 スレインは黙祷を奉げると、墓石に背を向けて、もと来た道を帰り始めた。
「あ、スレインさ〜ん」
 上のほうから声がした。ラミィだった。
「もう、お帰りですか?」
「ああ」
 仲間のとことへ帰ろう。皆には随分心配をかけてしまった。最近自分の記憶のことで頭が一杯で、彼等の気気遣いに感謝することも忘れていた。
「じゃあ、3人で帰りましょ〜。」
「3人?」
 ラミィが顔を向けている先に弥生が立っていた。
 
 どうやら、ラミィは弥生と一緒に総本山を巡っていたようだ。始めはビクトルもいたらしいが、今はいない。
 2人によると彼が余りにもしつこく精霊使いに質問するので、彼を宥めすかして帰らせたという。
 それを聞いたスレインは思わず吹き出した。
 ビクトルは探究心の塊だ。精霊使いは人間にとっては伝承の中の存在でしかなかった。そんな彼等の本拠地に来たとなればその探究心を抑えることが出来なかったのだろう。
 そんな会話を続けていた弥生だったが、暫くすると躊躇いがちに尋ねた。
「あの・・・スレインさん・・・記憶のほうは、どうでしたか?」
「・・・・やっぱり駄目だった。全然も戻らない。」
 スレインは墓石のほうに顔を向け、ここがシオンの襲撃で死んだ精霊使いの墓であることを話した。
 そして、何も感じられなかったことも。
「たぶん、自分のせいで何人も人が死んだのに・・・それも思い出せないだなんてね。」
「スレインさん・・・」
 心配そうな表情の二人にスレインは笑いかけた。
「でも・・・僕もきっとシオンの野望を止めるのに何かが出来るはずだから・・・それを続けるよ。今までと同じにね。」
「そうですね。私も今までどおりお手伝いいたしますわ。」
「ラミィもです〜。」
 そう答えた2人にスレインは向き直った。
「ありがとう。・・・そして、ごめん。2人には心配をかけてばかりだった。みんなにも・・」
「そうですね〜。ラミィもどうなることかと思いましたよ〜。」
 あっさり、ラミィに言われてしまったスレインを見て弥生は笑った。
「皆さんにも言ってくださいね。いままでどおり旅を続ける・・・って」
「ああ、分かってる。」
 スレインはもう一度墓地の方向を振り返ると、言った。
「帰ろうか。」
「ええ。」
 
 
 帰り際にスレインは何を見てきたのかと2人に尋ねた。弥生からは民家や道具屋だという答えが返ってきた。やはりヒューイと同じように他の総本山の様子に興味があったのだろう。
 ラミィは自分のほかにも闇の妖精がいないのかを探していたようだ。
 そんな会話を繰り返しながらダークロードの館まで戻ってきた時、弥生の顔に警戒の色が現れた。
 スレインはそれを見て怪訝そうな表情をしたが、彼女は真剣そのものだった。
「敵?」
 ここは、総本山とはいえ、敵が近くにいるのだからここに侵入者がいてもおかしくはない。
 スレインはいつでもリングから武器を呼び出せるようにしながら周辺に注意を向けた。
「私の他に月の力を使った者がいます。数は一人です・・・」
 闇の総本山に他の総本山の者がいるということは本来ありえない。
 シオンには月の精霊使いも協力者が多い。
 それがここに侵入してきたのかもしれない。
「場所は分かる?」
「この館の中にいるのは間違いありません・・・力を感じたのは一瞬でしたけど。」
「この中に・・・」
 何かの機密情報を持ち出すつもりだろうか?
「はっきりと、誰かへの殺意を感じました。」
「・・・それなら暗殺?」
 スレインと弥生の脳裏にこの館の主の顔が浮かんだ。
 最も強い闇の精霊力を持ち、
 この総本山を束ね、
 おそらく、シオンにとって最も目障りな存在。
 ダークロード代理 リュフィー
 2人は顔を見合わせた。
「行こう!」
 2人は走り出した。
「ラミィ、ヒューイさんに知らせてきます〜。」
「頼む。」
 リュフィーにはかなりの数の護衛がついているが、月の精霊使いならそれもすり抜けてしまうかもしれない。
 2人は急いで、扉を開け、中に駆け込んでいった。
「ああ、おかえりなさいませ。」
と、声をかけてくる執事風の男にスレインは勢い込んで尋ねた。
「リュフィーさんは!?」
「はあ、リュフィー様ならお部屋のほうでお休みですが・・・」
 それを聞くとスレインはリュフィーの部屋に続く階段を上り始めた。
 事情を良く飲み込めず、怪訝な顔をしている執事に弥生は言った。
「申し訳ありません。侵入者がいるかもしれないのです!」
「なんですと!?」
 スレインと弥生は2階に上がると、右端にあるリュフィーの部屋に走りよった。
「弥生さん、こっちでいいの!?」
「はい!間違いありませんわ!この部屋の中です!」
 部屋の前に居た護衛を押しのけ、強引に扉を開ける。
 部屋の中で腰掛けていたリュフィーはきょとんとした表情で2人のことを見ていた。驚いた目で2人を見ていたのはリュフィーの近くにに居た侍女も同様だった。
他の精霊使いと同じような服に身を包んだその侍女は甘いものが好きなリュフィーにチョコレートを持って来ていた。
 だが、スレインは見逃さなかった、その皿の裏に小さなナイフが隠されていたことを。
「リュフィーさん!逃げて!」
「ちっ!」
 侍女は強引に自分の計画を実行に移した。まだ距離があったが、ナイフを手に取り、それを流れるような動作でまだ、事態を把握しきれていない、リュフィーの胸元に走らせた。
「させるか!」
 スレインは瞬間的に魔法を理解するものだけが聞き取れる言葉を唱えた。
 冷気が集まり、それはやがて氷の刃に変化し、恐るべきスピードであつ方向に向かっていく。
 その先にあったのは侍女がナイフを持っている手だった。
「ううっ!」
 氷の刃に手を強打され、ナイフを落とす。
 だが、侍女はまだ、自分が失敗したとは思っていなかった。両手でリュフィーの首を絞めようとする。
 だが、そうしようとした瞬間、右肩に激痛が走り、そのまま倒れた。
 憤怒の表情で彼女が振り返ると、そこには弓を構える月の精霊使いの姿があった。
「リュフィーさん!大丈夫ですか!?」
 リュフィーは侍女が倒れた時にはすでにその身を躍らせ、十分な距離を取っていた。
 手にはリングから呼び出した槍が握られている。
「・・・・なんとか・・・ありがとうございます。」
 どうやら間に合ったようだ。
 スレインはそれを確認すると、倒れている侍女−いや、シオンの刺客−に目を移した。
 だが、刺客はスレインやリュフィーには目を向けていない。その怒りに満ちた視線は弥生に集中していた。
「こんなところにも来たのね。社の手先が・・・」
 その罵倒に弥生は答えず、ただ、弓の狙いを彼女に向けている。
「そうやって、私のような人間を何人殺してきたのかしら・・?」
「降伏、してください。出来れば殺したくありません。」
「冗談を言わないで。」
 そんなことをするくらなら、はじめから月の社から脱走なんてするわけないじゃない、と刺客はせせら笑った。
「貴方だって、もともと月の社にいたんじゃなくて、どこかから連れてこられたんでしょ?その貴方がどうして、私達を殺すの?」
 一言、一言が弥生の胸に突き刺さる。
 幼いときに月の社に連れてこられたのも事実。
 そして、今は逃げている仲間を手にかける任を帯びているのも事実。
 それらが、重く彼女にのしかかる。
 顔には表れなかったが、弥生が苦痛を感じていることがスレインには分かった。そして、それが一瞬の隙を生じさせた。
 弥生は気付かなかった。
 刺客が袖から新しいナイフを取り出していることを。
「危ない!」
 剣で弾く暇は無かった。スレインは弥生の前に出て、ナイフを体で受け止めた。弥生の心臓を狙って投げられたナイフが彼の右肩に命中した。
 だが、所詮はナイフ。それほどの打撃ではない。あっさりと防具に弾かれて頬に首筋に掠り傷を負っただけだった。
 しかし、その直後スレインは全身に寒気を感じ、力が抜けていくような感覚を覚えた。
 しゃべることも立っていることもできない。
 膝をついて彼は倒れこんだ。
「スレインさん!」
「ロード様!」
 弥生やリュフィーから悲鳴のような叫びが上がった。
 弥生は倒れこむスレインを支えると、すぐに彼の異変を察し、ファインの詠唱に入った。
 刺客はスレインが倒れるのを見て、満足そうに笑った。彼女は「スレイン」という名前に聞き覚えがあった。シオンに敗れながらも、憑依の秘術を使い、執拗にシオンを追跡している男と聞いている。
 残念ながらリュフィー暗殺には失敗したが、そのスレインを倒せたのなら決して自分の行為は無駄ではない。
 その考えは彼女の前にいる闇の精霊使いの護衛兵が魔道銃を自分に向けて発射しても消えなかった。
 その一瞬後、銃弾が彼女の体のいたる所を貫いた。
 
「我が魔力よ仲間を護る力となれ。」
 弥生の手に回復魔法の光が宿り、その光がスレインを包みこんだ。
 だが、彼の状態になんらの変化も無い。
 あのナイフには猛毒が仕組んであったのだろう。ファイン程度ではまったく効き目の無い強力な毒が。
 リュフィーは護衛兵に命じた。
「ロード様を寝室に運んでください!早く!」
 
 
(つづく)
更新日時:
2007/02/04 

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Last updated: 2012/7/8