◆ 闇の総本山 ◆
スレイン達がデルフィニアのトランスゲートからこの闇の土地に来てからもう十時間が経過していた。
旅をしていれば何時間も続けて歩くことは珍しいことではない。
ただ、今までとは違っていた。
スレイン達は自分たち以外の命あるものに出会っていなかったのだ。
人間、モンスター、小動物そのどれもスレイン達の前には現れなかった。
あるのは不毛の台地と遠くに見える険しい山脈。そして、破壊された冥界の門だけだった。
それは魂を司る闇の精霊使いの土地としては妥当なのかもしれないが、本当にここに人が住んでいるのか?という疑問投げかけずにはいられない光景だった。
「本当に、ここに人が住んでいるのかしら?」
と、モニカが呟くとアネットが相槌をうった。
「そうよねえ・・一人も・・何も動いてるものがないもの・・・」
それは確かに最もな意見だったが、風の精霊使いは別の意見を持っているようだった。
「いいや、どうやら、ここでいいようやな。」
ヒューイが北の方角を指差した。
その先には切り立った山が見えた。
「北の方角から強い精霊力を感じる。それも一人やのうて大勢の精霊力や。精霊使いが集まっとるんやな。」
「あの山がそうなの?」
アネットが不安げな表情でその山を見た。木が一つもない岩山。建物も見えない。
本当に人がいるのだろうか?
「いいや、この感じ方は多分地下やな。」
「じゃあ、総本山って地下にあるの?」
「そういうことや。」
と、ヒューイは答えたが、彼としても地下に総本山があるというのは驚きだった。
アネットは弥生にも尋ねた。
「弥生さんもそう感じるの?」
「ええ、同じですわ。」
ただ、と弥生は言葉を継いだ。
「突然、感じ出したのです。本当ならもっと早く闇の総本山の存在に気付いていた筈なのに。」
「地下にあったからじゃない?」
いいえ、と弥生は首を振った。
精霊の波動を感じるのに地下も地上もない。
それに総本山とは精霊使いの中心地なのだ。人数も当然20万を超えているだろう。その人数が放つ精霊力の波動は強大なものだ。本当ならトランスゲートを降りた時点で気付くはずなのだ。
「たぶん、精霊のバランスが安定してないのかもしれへん。総本山ちゅうところは精霊のバランスが安定しているはずなんやが・・・」
ヒューイの言葉にスレインの前を飛んでいたラミィも納得すところがあるのか、しきりに頷いている。
「そうですね〜。私も変に思っていたんですよ〜。」
闇の総本山のある土地に来ていたからなのか、最初はとても落ち着いたような気がしたのに、それが突然消えて、反対にソワソワするように感じたり。
とにかく、変な感じだったです〜。とラミィが身振りで説明する。
「そっか・・・」
その言葉にスレインは複雑そうな表情を浮かべた。
安定しているものが不安定になる。それには恐るべき破壊作用が伴ったはずだ。それがどんなものであるかは分からないにしても。
それに自分がどう関わっていたのだろうか?
と、スレインは思ったが、そこで考えるのを止めた。
・・・・今、考えても仕方ないか・・・・
アネットは言った。
「ふうん・・・で、どのくらいかかるの?」
「まだ、だいぶありそうやな。」
「え〜。」
スレインは仲間を振り返った、皆疲れているようだ。無理も無いここに着てから歩き通しだった。
彼は前にある岩陰を指差した。
「あの、岩陰で、少し休もう。」
「そうね、結構歩いたものね。」
「そうじゃな。老人にはきついて・・・」
と、ビクトルは答えたが、彼は何かの気配を感じ、最近発明したばかりの「望遠鏡」に目をあてながら、注意を促した。
「ビクトル?」
「誰か来るぞ。」
スレインがビクトル言う方向に視線を向け、目を細めた。
はじめは、何も見えなかったが、輸送用の動物に引かれた馬車がこちらのほうに向かってきているのが見えた。
荷車の上には人影がいくつか見え隠れしている。
スレインが聞いた。
「あれは、闇の精霊使い?」
「ええ、そのようですわ。」
アネットが言った。
「あ、何人か出てきたわよ。」
馬車もこちらに気付いたのか、歩みを止め、何人かが馬車を降り、スレイン達に近づいてくる。
そして、顔が見えるくらいまでの距離に達すると彼らは止まった。
スレインは前に進み出た。
彼らは一様に黒衣と、顔を隠すように垂れ下がった布がついた黒い帽子をかぶっていた。
スレインが見た悪夢に登場するシオンに殺されていった人達と同じ服装だった。
「僕は・・・・」
と、スレインが言いかけたとき、彼等の手から光が走った。それはやがて、武器の形をかたどった。
リングウェポンだ。
そのほとんどが、魔導銃で占められている。
彼等のリーダー格と思われる男が言った。
「あなた方は何処から来たのか?見たところリングマスター。それに風と月の精霊使いとは・・・・」
男の視線は鋭い。その目に込められていたのは紛れも無い敵意。少なくとも友好的な感情ではない。
スレインは慎重に言葉を選びながら言った。
「僕たちは、デルフィニアのトランスゲートから来ました。地の精霊使いグランフォードさんに教えられたのです。僕がダークロードの魂を持っていると。それを確かめにここに来ました。」
男は信じられないというような顔つきでスレインを見返した。目から敵意は消えていない。
「そんな話が信じられるか。」
だいたい、ロード様はお亡くなりになった。そして、闇の総本山も・・・
男はヒューイと弥生を指差し叫んだ。
「大方、そこの2人の精霊使いに操られた人間だろう。また、総本山を攻めるつもりかもしれないが、そうはいかない。そんな小細工が見破れぬイーレンだと思ったか!!」
「そんな!誤解です!」
「そうや!ワイらは・・・!」
ヒューイと弥生は慌てて反論したが、それは周りの精霊使いが銃を構える音で掻き消された。
その狙いはもちろんスレイン達である。
イーレンと名乗った男も魔導銃を構えた。おそらく彼の発砲と同時に一斉射撃が始まるだろう。
スレイン達はリングウェポンに手を当てる。
戦うしかないのだろうか?
スレインは迷った。
だが、その迷いは後ろの馬車から響いてきた声で一時的に停止した。
「やめなさい!!」
馬車の中から声の主らしい女性がスレインに駆け寄った。
「アリン。君は何を・・・・」
「イーレン!もっと注意深く、あの方を見て!」
「え・・・」
馬車から出てきた女性。アリンに言われたイーレンはスレインを見つめる。そして、その表情に驚愕の色が浮かんだ。
・・・どうしたんだろう?
スレインが怪訝な顔つきをすると、イーレンは叫んだ。
「撃つな!銃を収めろ!!」
いきなりそう言われた他の精霊使い達は戸惑いながらも銃を下ろした。
すると、イーレンはいきなりスレインの前に額づき、アリンもそれに習った。
2人の行動を奇異に思った精霊使い達も暫くしてイーレンと同じように驚きの表情を浮かべた後、膝を折ってスレインに額づいた。
「申し訳ありません!ダークロード様!ロード様への非礼、ご容赦を!!!」
「え・・・・」
余りの対応の変わりようにスレイン達は呆気に取られた。
「ロード様の魂を見抜けない不明から、畏れ多くもロード様に対し銃を向けました!いかなる処罰も覚悟しております!!」
イーレンは目を閉じて必死に懇願するかのような口調だった。
相手の余りの恐縮ぶりにスレインは慌てて言った。
「ああ・・・あの顔を上げてください。イーレンさん。敵でないことが分かってもらえれば十分なんですから・・・」
顔を上げたイーレンはしかし、スレインの言葉に再び頭を下げる。
「はっ!・・・寛大なるお言葉ありがとうございます。」
スレインに何度か促されて、イーレン達はようやく立ち上がった。
ともかく誤解は解けたようだ。
「どうやら、誤解は解けたみたいね。」
アネットがほっと息をついた。他の仲間も胸をなでおろした。
同士討ちなど冗談ではない。
アリンがアネットたちにも声をかけた。
「皆さんも、すいませんでした。敵と間違ってしまって・・・」
「敵」という言葉にモニカが反応した。
「貴方達には敵がいるの?」
「ええ、彼らには色々と妨害を受けてきました。・・・・最近まで、総本山も彼らに抑えられていたのですから。」
暗そうな表情のアリンを見て、スレインは総本山を襲った運命を思った。
もしも、自分がシオンに殺される夢が本当のものなら、総本山はかなりのダメージを受けているのかもしれない。
イーレン達が自分たちのことを敵だと思ったのは、総本山壊滅と、その後の苦しい戦いで神経をすり減らせていた結果かもしれない。
「ダークロード様!是非とも総本山にお戻りください。我々も総本山に帰還する途中だったのです。」
スレインは頷いた。
「ああ、頼むよ。」
「はっ!ロード様がお戻りになれば、我等は100万の味方を得たようです。」
嬉しそうに、イーレンは言うと、周りの精霊使いも笑顔で喜び合っている。
それを見て、スレインは彼等がロードの帰りを待ち望んでいることを感じ取った。
だが、今の自分が来たことを彼らは喜ぶだろうか?記憶と、闇の精霊使いとしての技能を無くしたロードの帰還を。
スレインはもしかしたら、彼等の期待を裏切るかもしれない事実を言うことにした。
「イーレンさん。と、言ったよね。」
「はい・・・」
何故、そういうのだろう?という顔でイーレンはスレインを見返した。
ああ、彼は僕と・・・ロードだった時の僕と知り合いなんだろうな。
「僕は、ロード様と呼ばれてもなんだか実感がわかないんだ・・・・」
「はあ・・・・」
怪訝そうな表情のイーレンにスレインは言った。
「ロードだった時の記憶を無くしているんだ。僕は。」
「え・・?」
これが、スレイン達と闇の精霊使いとの始めての接触だった。
スレイン達は自分達が乗ったことで少し手狭になった馬車の中でイーレンにこれまでの自分達の旅のことを説明していた。
仲間の紹介から始まって、フェザリアンの時空融合計画。アグレシヴァルとの戦い。大陸の三大宝珠を巡る戦い。
その一つ一つのことにイーレンは何も言わずに耳を傾けた。
そして、話が一段落したところで、彼は口を開いた。
「なるほど・・・確かにその体の本来の持ち主の魂は消えていませんね。」
「ええ。」
と、スレインは答えて、イーレンの次の言葉を待った。
「・・・恐らく、ロード様が憑依の秘術を使った時の後遺症でしょう。」
憑依の秘術という言葉を聞くのはスレインは初めてだったが、ヒューイは心辺りがあるらしかった。
「それは、闇の精霊使いにとって禁忌の術やないか?」
「そうです。」
憑依の秘術について余り知らないスレインに説明するようにイーレンは言った。
「憑依の秘術とは自分の肉体を捨て、その魂を他人の体に憑依させる術です。」
アネットが聞いた。
「憑依された人はどうなるの?」
「その人の魂は消滅してしまいます。その魂は2度と元には戻りません。完全な消滅です。」
「・・・消滅・・・」
しかし、実際にスレインの体には2つの魂が共存している。
その部分の答えをイーレンは語りだした。
「ダークロード様は憑依なさる時にその体の魂を消さないようにしたのでしょう。記憶が消えてしまったのはその後遺症でしょうね。」
スレインは、シュワルツハーゼや帝都でのことを思い出した。
自分の中にいる暗殺者 グレイ・ギルバート
精霊を見ることが出来る自分。
イーレンの説明はその事柄の理由を語っていた。
それまで、黙っていた弥生がイーレンに別のことを尋ねた。
「スレインさんが帯びている他の精霊を麻痺させる波動もその秘術の影響なのですか?」
「そうです。」
イーレンは頷いた。
「そして、それが憑依の秘術が禁忌とされている理由なのです。この術は使用すれば使用者の精霊力を高めることができます。しかし、余りに自然の摂理に逆らっているため、周囲の精霊を麻痺させてしまうのです。」
そして、その波動は対になる精霊にもっとも強く作用します。我々、闇の精霊使いならば光の精霊を最も強く麻痺させてしまうということになります。
スレインが次の質問をしようとしたとき、輸送用動物を操っていた御者がいきなり、馬車を止めた。
「どうした?」
「イーレン様前方で、小競り合いです。」
前から何かが破裂する音や、弓矢が飛ぶ声が聞こえてくる。
スレインが窓から顔を出すと、魔法の閃光やその中で戦っている兵士のシルエットも見ることが出来た。
モニカが言った。
「あれは・・・ジェームズ兵?」
「何故、こんなところに・・・」
イーレンは前の状況を見やりながら、この先どうしようかと考えた。折角帰ってきたダークロード様を危険にさらすわけにはいかない。ルートを変更すべきだろうかと思ったが、その必要はなさそうだった。
ビクトルは望遠鏡に目を当てながら、その状況を確認しイーレンに言った。
「どうやら、お前さん達と同じ服を着ている連中が勝ったようじゃな。ジェームス派がお前さん達の敵なのかね?」
イーレンは頷いた。
「ともかく、詳しい話は総本山に着いてからにしましょう。これから先もああいうことがないとも限りませんから。」
「そうですね・・・・」
スレイン達を乗せた馬車は用心深く残りのルートを進み、1時間ほど経ったころイーレンが前方の山を指差した。
「ダークロード様。あれが入り口です。」
その方向に小さくて見づらいが、洞窟のようなものが見えた。
「あれが・・・」
馬車はその洞窟のすぐ近くで止まり、スレイン達はその洞窟の中へと案内された。
中は真っ暗だったが歩いていくうちに前のほうから光が漏れてきた。
そして、その光源に着いた時、スレイン達の目は驚きで見開かれた。
「凄い・・・」
そこは暗い洞窟の底の筈だった。しかし、その場所は外界の太陽と変わらない優しい光に溢れていた。
そして、その光に照らされた空間に質素だけれども堅実な作りをした家々が立ち並んでいた。
アネットは感心した様子で辺りを見回した。
「うわあ・・・洞窟の中にこんな街を作るなんて。広さもデルフィニアくらいはありそうじゃない。」
「そうね。スペースはそのくらいね。」
そう答えたモニカも声は冷静だが、この地下都市を興味深そうに観察していた。
ビクトルは洞窟を照らしている光の正体が気になっているらしく、しきりに上を眺めている。
ヒューイや弥生のような精霊使いにとっても他の総本山を訪れることはまず無いので、この光景は驚きだった。
「・・・ワイの所とはえいら違いやなあ。ワイのところはこんなに街っぽくないで・・・」
「お社は水の上に建っているのですが、地下都市だなんて・・・驚きですわ。」
と、自分たちの総本山と比較しながら感想を漏らす。
スレインも感嘆の面持ちで闇の精霊使いの街を見つめていた。
そんな、スレイン達の反応を見てアリンは軽い笑いを浮かべて言った。
「ようこそ、闇の総本山へ。」
(つづく)
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