◆ 港町を越えて ◆
その日の太陽はいつもよりもさらに弱弱しく光っていた。
肌寒い風がスレインたちの間を通り抜けていく。アグレシヴァルだってこんなに酷くはないだろうと思える不毛の大地だ。
そこでスレインたちはシオンに対峙していた。
シオンの唇がゆっくりと動いた。
「やあ、スレイン・・・会いたかったぞ。」
シオンの手から光が走り、それは武器へと変化した。
彼の両隣には配下のクライブとバーバラがいて、それぞれの武器を構えている。
「シオン・・・」
スレインたちもリングから武器を呼び出し、その切っ先をシオンに向けた。
「私を追ってきたことを後悔させてやる・・・お前では私に勝てない。」
スレインは言い返した。
「ビエーネ湖では、俺達は勝ったぞ。」
アネットも加わった。
「フェザーランドでも自爆してたじゃない。」
シオンは嘲笑した。
「ふん、愚か者め。ホムンクルスに勝てたくらいで調子に乗るなよ。」
その瞬間、シオンの姿がフッと掻き消えた。
「なっ!?」
スレインは何が起きたのか分からなかった。そして、次の瞬間にシオンが自分の目の前に居た。
シオンは笑っているようにスレインには見えた。
驚愕。
そして、激痛がやってきた。
「うあ!!」
右腕と左足に深い傷が出来ていた。
傷からは赤い血が流れ、地面にシミを作っていた。
「・・・うう・・・」
激痛の余りスレインは倒れこんだ。いまのところ命に別状はないが、戦うことはできそうにない。
「だから、言ったろ?いままでどおりには行かないと・・・・まあ、後悔しても遅いか・・・」
シオンの嘲りの言葉がスレインの耳に響く。
「さて、次は誰を倒そうかな?」
シオンは動けないスレインを無視して、血がついた武器をアネット達に向けた。
その顔には、余裕の表情さえ浮かんでいる。
・・・止めろ・・・!!
スレインは呻いたが、今の彼にはどうすることも出来なかった。
それから、ほんの数分で彼にとってかけがえのないあらゆる物が崩れ落ちた。
シオンたちはアネット達に襲いかかった。
アネットやヒューイの剣やモニカの投げナイフ、弥生の弓、ビクトルの魔導銃の攻撃がシオンに注がれる。
だが、シオンはびくともしない。
逆に、シオンたちの攻撃は確実に彼女たちを追い詰めた。
後ろ回り込んだクライブの攻撃でまず、弥生が倒れた。
次にビクトルが倒れる。
バーバラの魔法が完成した。
その魔法は、アネットを酷く傷つけ、モニカの命を奪った。
残ったヒューイもアネットも酷い怪我を負っていた。2人はしばらく善戦したものの所詮は儚い抵抗でしかなかった。
クライブの一撃がヒューイを打ち倒し、最後まで残ったアネットにシオンとクライブの攻撃が集中した。
彼女にはそれに耐え切るだけの力は残っていなかった。
「スレイン・・・・逃げて・・・」
それが最後の言葉だった。アネットは力尽き、倒れた。
そして、シオンは闇の波動で辺りを飛んでいたラミィをも消し去ってしまった。
・・・嘘だ・・・
目の前の惨状をスレインは信じることが出来なかった、シオンが彼の髪を掴み、顔を覗き込む。
「ふっ・・・私を倒せると思っていたのか?お前では無理だ。勝てない。私には勝てないんだよ。」
私の味方にならないなら、何かも奪ってやろう。
誇りも
絆も
友も
命も
何もかもだ。
スレインは絶叫した。
目の前が真っ暗になった。
僕も・・死んだのか・・・・ごめん・・・みんな・・・
だが、次の瞬間シオンや倒れた仲間たちの姿は嘘のように掻き消え、彼の目には違った光景が映し出されていた。
何かが光っているものがいくつも見える。
よく見てみると、それは窓から見えている夜空の星で、自分はベットの上にいることが分かった。
汗が頬を伝っていた。
スレインは理解した。
シオンに仲間が倒されていく光景。あれは夢だったのだと。
荒い息をつきながらスレインは起き上がった。
夢・・・か
だが、シオンに突き刺された腕に手をやると斬られたような感覚がまだ残っていた。
だが、あれが夢なのは確かだ。
ラミィは机の上のバスケットで心地よさそうな寝息をたてていたし、ヒューイやビクトルもベットの上で眠りについている。
「ふう・・・・」
スレインはあれが夢であったことに感謝しながら、立ち上がった。
彼は部屋の外に出て、廊下を歩き、テラスに出た。
綺麗な星空が彼を迎えてくれた。
ここは、港町デルフィニア。
南のほうであるためか、夜空はキシロニアよりも綺麗だった。雲があまりない藍色の夜空に様々な形を成した星たちが浮かんでいる。
太陽の異常が始まってからあまり晴れることが少ないこの大陸では珍しい風景だった。
夜の冷たい風が通り過ぎた。
今までだって、悪夢は見てきた。
どこか、知らない場所で、シオンが黒衣をまとって人々を次々と惨殺して、やがて、自分もその刃にかかり、死ぬ。
しかし、今見たのは全く新しい種類のものだった。今の仲間が殺されていく夢など。
「・・・全く・・・・」
弱気になってはいけない。その筈なのにな・・・
スレインは視線を下に落とす。
シオンに殺される夢を見続けていた時に抱えていた不安−もしかしたら、今の旅はシオンに殺されることがその終点なのではないか?−が首をもたげていた。
だが、スレインは軽く首を振った。
「いけないな。こんなことを考えていては。」
その時、仲間の姿が彼の目に止まった。
どうやら先にテラスに来ていたらしい。
「弥生さん?」
彼女は目を閉じて、何かを詠唱しているようだったが、それをやめて、意外そうな表情でスレインに視線を向けた。
「スレインさん?お休みだったのでは?」
「うん・・・ちょっとね。」
スレインは曖昧な言葉で理由をごまかすと、君こそそどうしたの?と聞き返した。
「月と話していたのです。今日みたいに晴れる日も珍しいですから。」
「・・・・そうか、弥生さんは月の精霊使いだものね。」
「ええ」
満月の夜は月の精霊を活発にする。従って人の精神が不安定になりやすい時期でもある。まして、世界の情勢は災害と戦争の危機の中にあるのだからよけいに不安定になりやすい。
それを取り除くのが月の精霊使いである彼女の仕事だった。彼女達は月の精霊を制御することで人々の心の安定を保つ。
その仕事のことをさして、「月と話す」と呼ぶことをスレインは最近知った。
「どうにか鎮めましたが、やはり、この街の人達も心がだいぶ不安定になっていたようですね。」
「お疲れ様。」
スレインが労うと、弥生は軽く頭を下げた。
「いいえ、これも私の使命ですから。」
そこで、弥生は言葉を切ると、別の話題を口にした。
「月の妖精にバーバラ・・・いえ、シモーヌのことも聞いてみたのですが、彼女のことは何も分からないようですわ・・・」
シモーヌの名を口にすると弥生は淋しそうな表情を浮かべる。
「シモーヌは自分の精霊力を極力抑えているようです。妖精たちも彼女の居場所は・・・」
「そう・・・」
と、答えながらスレインは控えめに聞いた。
「辛くなかった?ビエーネ湖の時は彼女と戦って・・・」
「それは仕方のないことですわ。シモーヌに私の言葉は届いていませんでしたし、皆さんを危険にさらすわけにはいきません。」
シモーヌは弥生にとって恩人とも言える人だった。まだ、弥生が月の社に入ったばかりで、何をするべきなのか途方にくれていた時に相談に乗ってくれたり、励ましてくれたのがシモーヌだった。
心細い思いをしていた弥生にとってそれは、何にも勝る助けだった。
しかし、シモーヌは社から脱走した。それは紛れも無い反逆行為だ。弥生がこの大陸に来たのは彼女を月の社に連れ戻すためだ。そして、それが叶わない時は彼女を殺さなければならない。
それでも、彼女はここにいた。
「強いんだね。弥生さんは。」
「そうですか?私には貴方のほうがよっぼど強そうに見えますけれど?」
「僕が?」
意外そうな顔をするスレインを見て弥生はクスリと笑う。
「自分が誰なのかも分からない。そんな不安を抑えながら、リーダーとして頑張っていらっしゃるじゃないですか。」
「ああ、それは・・・」
自分は何者なのか?それはシオンに殺されるあの悪夢と共にスレインをずっと苦しめ続けた疑問だった。
自分の中にいるもう一人の青年グレイ。
そして、本来自分が持つべき記憶の喪失。
その不安に何度押しつぶされそうになったか分からない。
でも
「僕には皆がいてくれたからね。僕が何者なのか分からなくても受け入れて、信じてくれた。」
そして、共に大陸を旅して、戦ってくれた。
それがどれだけ嬉しかっただろう。
「それに君も助けてくれたしね。」
スレインの言葉に今度は弥生が意外そうな顔をした。
「私がですか?」
「僕が不安になった時はいつも、月の力で心を落ち着けてくれたじゃないか。
「でも、あれは私がシュワルツハーゼで精神治療に失敗したから・・・そのせいで貴方は悪夢を見続けるようになったのかもしれないのですよ?」
そうかもしれない。
弥生に始めて会った時、スレインは本来の記憶を探るために彼女の精神治療を受けた。
だが、治療は失敗した。
スレインの中に2つの魂があることは分かったものの、結局、彼自身の記憶の手がかりは見つからなかった。
自分の存在について真剣に考えるようになったのはその時からだ。そしてあの悪夢を見るようになったのも。
「たとえそうだとしても、僕は自分の記憶と向き合わなければいけなかったんだ。だから君が気にすることは無いんだ。それに君は月の力だけじゃなくて僕の話も聞いてくれた。自分ひとりで抱え込んでいたことを聞いてくれおかげで、気持ちが楽になったんだよ僕は。」
「そんな・・・」
照れたような表情の弥生にスレインは言った。
「少なくても、もう僕が誰なのかは分かったからね。あとは、闇の総本山に行けば全てが分かるはずだ。」
スレインは闇の精霊使いの長、ダークロードで、何者かに命を奪われた。と、教えてくれたのはビブリオスットクの領主、グランフォードだった。自身も地の精霊使いである彼は自分の素性を知っていたのだ。
その殺された自分の魂が何故グレイに憑依したのか?
本来自分が持つ記憶は?
そして、自分が帯びている他の精霊力を麻痺させる波動の秘密。
その答えが闇の総本山にあるはずだ。この街には闇の総本山に通じるトランスゲートがあるという。彼がグランフォードからもったペンダントがそれに反応するだろう。
すべての疑問の答えが手に届くところまできている。
スレインは宣言した。
「弥生さん。明日、総本山に行こうと思う。」
「・・・スレインさん・・・」
弥生は言いにくそうに視線を下に落としていたが、言った。
「こんなことを言うのはいけないことかもしれませんが・・・総本山に行くのは貴方にとって辛いことかもしれませんよ?」
「・・・・」
スレインは僅かに顔を強張らせた。
「それは分かっているよ。」
全ての疑問を知ろうとする気持ち。
そして、全ての疑問を知るのを出来るだけ先送りにしようとする気持ち。
2つの矛盾した気持ちがスレインの中に同居している。
本当の記憶を知りたい。だが、記憶を知ることは、おそらく自分にとって辛いことになるだろう。耐え難い苦痛や現実が待っているかもしれない。
「でも、もう、決めたんだ。ここで止まっていたらどうにもならないからね。」
もう、迷っていたり、不安に思ったりしている時間は無い。
「・・・私に出来ることがあったら遠慮なく言ってください。たいしたことは出来ませんが、出来るだけのことは致しますから。きっと皆さんも力になってくれますわ。」
弥生はスレインを元気付けるような口調と表情だった。
自分の記憶が背負うべき重荷を最終的に解決するのは自分だ。
それでも、弥生の言葉がスレインには嬉しかった。
もしかしたら、総本山へ行くことへの不安があんな夢になって現れたのかもしれない。
でも、僕は一人じゃない。
それに少なくとも、僕はここまで進んでくることはできたのだから。
「ありがとう。」
弥生は微笑んでそれに答えた。
「もう、遅い時間になったみたいだ。そろそろ休もう。」
「ええ、おやすみなさい。スレインさん。」
「おやすみ。」
部屋に戻るとスレインはベットに寝そべった。初めは闇の総本山のことを考えていたが、気持ちが落ち着いたのか、程なく、深い眠りに落ちていった。
そして、翌朝。
「おはよう〜」
珍しく皆より早く起きていたスレインにアネットが笑いながら声をかけた。
「あら、貴方が早起きするなんて珍しいわね。」
「せやなあ。この前、議長はんに呼ばれてた時も、寝てたもんなあ。」
「・・・・そんなことは・・・」
と、スレインは答えようとしたが、これまでのことを思い出して、次の言葉が出せなくなってしまった。
彼が困ったように黙ると、自然と皆から笑いがこぼれ出た。いつの間にかスレインもその笑いの輪の中に加わっていた。
最初はどこかぎこちなさもあった仲間だったが、今はこうして自然に笑い合えるようになっていた。それはアネットたちだけでなく、スレイン自身にも言えることだったけれども。
スレインたちは宿を出ると、この街の代名詞ともいえる灯台に向かった。
立派なつくりの門からその中に入ると、そこにはひどく古びたトランスゲートが人々から忘れられたように隅のほうで淋しく佇んでいた。
近くにいた兵士の話だと、もう何年かそのままだが、何処につながっているか誰も知らないゲートらしい。
「む、ペンダントが・・・」
ビクトルがグランフォードから渡されたペンダントを指差した。
発光している。このゲートに反応しているのだろう。
「このゲートに間違いないみたいね。」
と、モニカが言った。
このゲートを通れば、そこには闇の精霊使いの土地が広がっている。
僕の疑問の答えもそこにある。
スレインは一歩前に進み出た。
「よし、行こう。」
その言葉に皆が頷き返した。
全員がトランスゲートの上に乗ると、そのスイッチを入れる。
スレイン達の視界が光で埋まった。
しかし、それも一瞬のことで、すぐに彼等の視界には別の光景が出現し、転移が終わったことを知らせた。
曇った空。
草の少ない荒野。
人間も動物もモンスターさえも見当たらない。
「ここが、闇の総本山?」
アネットが呟いた。
「淋しい土地ね・・・・」
彼女の言葉に全員が賛成した。
「少し、離れたところにあるかもしれへん。」
ワイの風の里も外界からの入り口と里まではちょっとした距離があるんやから。と、 ヒューイが言った。
幸い、人が歩く道のようなものがどこかに向かって伸びていた。おそらく総本山に続いているのだろう。
スレイン達はその道の上を歩き出した。
(つづく)
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