◆ 侵 攻 ◆
何故だ、何故だ。
スレインは煙に包まれた聖殿を走りながら考えた。
何故、叛乱が起こる?
しかも、それを指導しているのはクリスヴィングだという。
彼はこの総本山で生まれ育ち、情報部門の責任者として自分を支えてくれた。
スレインにはその彼の叛乱を信じることが出来なかった。実際にその光景を目にしない限り、信じようとはしなかった。総本山で生まれ育った者達が叛乱を起こしたことを信じたくなかったのだ。
だが、聖殿を通り抜けてスレインが目にしたのはまさにそのような光景であった。
そこには2つの集団が出来ていた。大多数の集団が広場に一角にいる少数の集団を取り囲んでいる。
後者がクリスヴィング達だった。
集団の先頭に彼の姿が見える。彼等は銃を持った民兵達に囲まれていた。
その周囲にはクリスヴィング達が放ったであろうモンスターの死骸が散乱していた。異変に気付いた、民兵達に倒されたのだろう。
スレインは民兵を掻き分けて、その前に出て、叫んだ。
「クリスヴィング!!」
主の姿を認めたクリスヴィングは言葉だけは丁寧に反応した。
「ダークロード様。」
「何故、裏切った。」
スレインは単刀直入に聞いた。
「君はこの総本山で生まれ育った・・・・それなのに何故我々に刃を向けた?」
まだ、彼による叛乱を信じたくないという気持ちがスレインの声を僅かに震わせる。
「だからこそです。ロード様。」
クリスヴィングは答えた。
「・・・・我々は総本山のやり方をつぶさに見てきた。そして、分かったのです。このままのやり方では世界は不安定なままなのだ・・と。シオン様が起こした、この危機に際して、総本山は他の精霊使いと連絡を取ろうとしたでしょうか?」
「だからこそ、私は・・・」
「遅すぎたのです。300年前と何も変わっていません。総本山はたった一人の精霊使いがいいように世界を破壊することを止められなかった。」
世界がそんな、不安定なもので良いのでしょうか?
と、クリスヴィングは言った。
「・・・・だから、シオンに寝返ったのか?」
「そうです、彼が大いなる力を得れば、今よりももっと強固な世界が出来上がります。」
「違う!」
スレインは叫んだ。その声に僅かにクリスヴィングに動揺が走った。
「強固な世界を作れるからといって、今の世界を滅ぼしていい理由にはならない!」
それだけは、譲れないというように彼は続けた。
「確かに、精霊使いが過ちを起こし、そのせいで多くの人が犠牲になった。だが、我々はそのことから確実に学んでいる。」
それはある意味で正しかった。あの災害の後、ゆっくりとではあるが、精霊使い同士の協力は進んできている。
ロードが一堂に会して会議を開くということなど300年前では考えられないことだった。
「それに、私達精霊使いは世界の設計者ではない。我々の思いで勝手に今の世界を滅ぼしてよいというのは驕り以外のなにもでもない。それにたとえ、シオンが大いなる力を得ても、その後は?彼が死んでしまえば誰が世界のバランスを保つんだ?」
「シオン様の力を告ぐに相応しい方がその時には控えているでしょう。」
クリスヴィングは何かの束縛を振り払うかのように叫んだ。
「我々の考えは傲慢かもしれない。しかし、今の世界のシステムを変える力を持ちながら、欠陥をそのまま放置するのは怠慢です!!それに、貴方は、総本山が人狩りを行っていることが良いことだとお考えですか!?」
総本山による人狩り。
それは総本山が背負う原罪ともいえる行為だった。人間界にもごくまれに精霊使いとしての資質をもつ者が生まれる。そして、その中には時に総本山の精霊使いをも凌駕する力を持つ者もいる。
総本山はそういった人々を説得といった手段を使うなりして、この総本山に連れてきていた。彼等をそのままにしておいては、その力を悪しき方法に使われてしまうこともあるからだ。
だが、その行為には必ず犠牲がつき物だ。その犠牲者はまず、連れてこられた本人であり、そして、その家族なのだ。
この行為が最悪の形態で実施されたのは、シオンの叛乱直後だった。
シオンの力に対抗すべく、総本山は人間界から精霊使いの素質をもつ、人間を問答無用でかき集めたのだ。
それまでは、強力な精霊力を持つものだけが対象だったはずなのに、それが一気に広がったのだ。ただ単に精霊使いの素質があるというだけで多くの人が総本山に連れてこられた。
だが、これは結果から見れば失敗だった。そうして集められた人々は総本山に忠誠など抱くはずが無く、逆にシオンの陣営に走らせる結果に終わった。
総本山はこれに気付き、フェザリアンの科学の融合によって効率的に精霊力を高めるという方法に転換したため、現在ではもとの通り、精霊の素質を持ち、尚且つ強力な力を発現させているいる者が「説得」の対象になっている。
彼等の家族に対しても、影に日向に援助を行い、連れてこられた人がシオン派にならないような配慮も行われるようになった。
だが、それでも悲劇であることに変わりは無い。
「・・・それに貴方も総本山が行ってきたことの犠牲者でもある・・・・そうではないのですか?」
ラミィははっとした表情でスレインを見た。
シオンに対抗可能な精霊使いを作り上げるため、総本山は素質のあるものを選んで、それを徹底的に教育した。
だが、憑依の秘術を繰り返すシオンと対等になるにはかなりの無理を強いることを余儀なくさせれた。
人体実験。それに近いことさえも、教育の過程で行われた。
スレインはその体験者だった。
だが、彼の表情には一片の迷いも見られなかった。
「黙れ。私は総本山を裏切る気持ちも、シオンに組する気もない。奴のたくらみを必ず止めてみせる。」
と、スレインは答えた。それを聞くとクリスヴィングはため息をついた。
「ロード様ならもしかしたら・・・と思っていたのですが・・・」
スレインが右腕を挙げた。
それを見たピートが声を張り上げた。
「構え!!!」
民兵達が銃を構え、その狙いをクリスヴィング達に定めた。
もう、クリスヴィングは味方ではない。
スレインは押し殺した声で言った。
「クリスヴィング。武器を捨てろ。ここから君の指導者の所に行くことは出来ない。」
だが、クリスヴィングはこともなげに言った。
「そうでしょうか?」
彼がそう言った瞬間、彼等の体が光で包まれた。
「これは・・・!!」
「では、ごきげんよう。」
クリスヴィングが恭しく一礼すると、彼等の姿は跡形も無く消え去っていた。
叛乱者が居なくなった広場で憎々しげに誰かが叫んだ。
「あれは、テレポート!風の精霊使いの奥義じゃないか!!」
「風の精霊使いが混じっていたのか・・・!」
広場は騒然となった。
誰もが混乱し、クリスヴィング達にののしりの声を浴びせ、そして、これからの前途に絶望した。
「・・・やられましたね。これは。」
スレインの小声は冷静だったが、その内心では周りの人々と似たような感情が渦巻いていた。
あと一歩のところでシオンを取り逃がし。
尚且つ、信頼していた情報局の長に裏切られた。
しかも、彼は生粋の総本山生まれの使い人なのに。
その時、スレインの前にラミィが飛んできた。彼女は何も言わなかったが、その諌めるような瞳でスレインは自分がするべきことを思い出した。
いまは、怒ったり、ののしっている場合ではない。
「皆、あわてるな。」
幹部達も少なからず動揺していたが、スレインの一声で、現実に呼び戻された。
スレインは務めて冷静な声で指示を出した。
「ピート!」
「は・・・はい!」
「総本山の周辺で異状が無いか、各地の監視部隊と連絡を取ってくれ。」
「分かりました!」
「それから、エーンワースに艦隊を呼び戻せ。可及的速やかにだ。」
「はっ!!」
「他のものはこの場で待機だ。」
スレインはそこに立ったまま天井を見上げた。
シオンはこの後、どんな手段をとってくるだろう?
エーンワースの攻撃で壊滅状態になった艦隊には多数の精霊使いが乗り組んでいた。シオンの子飼い兵であり、それを失ったからには何か特別なアクションを起こすことを彼が狙っていると考えるのが普通である。
それが、具体的になんであるかは全く分からなかった。
総本山に情報が集まるのは早かった。
スヴァルツが各地の状況をまとめてロードの執務室に陣取っている首脳陣に報告する。
「各都市、集落ともシオン派によるテロ攻撃は受けていません。ただ、東の砦に避難したもののなかから2千人の行方不明者が出ています。」
彼はそこで言葉を区切り、自身の推測を述べた。
「おそらく、クリスヴィングの叛乱に協力した者達の家族でしょう。」
心配そうな表情で青い髪の女性が言った。
「艦隊はいつくのでしょうか?」
「あと、早くて5日・・・だな。」
「では、その間総本山は無防備に・・」
「おいおい、リュース。艦隊がいなければ我々の総本山が破滅するとでも言うのか?君は?」
幹部の一人であるイーレンがあきれたように言った。
「この総本山は山脈で囲まれているんだ。あれを突破できる奴らなどいはしない。シオン達が大挙攻め寄せても全滅するのが関の山だ。」
この言葉はスレインも含めて、闇の総本山の人々の意見を代弁していた。
この総本山に居る限り、少なくとも外界から大規模な攻撃を受けることなどありえない。急峻で険しい、山脈に囲まれた総本山はそれだけで、難攻不落の城壁を有しているのと同じだからだ。
「・・・しかし、相手はあのシオンです。何かよからぬ手を考えていなければいいんですが・・・」
異変が起こったのはその時だった。
突然、総本山がゆれだしたのだ。
「何だ!!」
周囲から悲鳴が上がり、その振動から身を守るために人々は手近な何かにつかまるか、地面に伏せるなりした。
振動はすぐに終わった。
揺れが収まると、民兵達は混乱を鎮めるために方々に散っているのが、部屋の窓から見て取れた。
「一体・・・何が・・・」
その疑問に答えが与えられるのにはそれから30分しか要しなかった。
その答えを聞いた時、総本山の首脳陣は愕然とした。その答えは総本山の常識にあまりに反していたからである。
シェルフェングリフ帝国東方の都市リンデンバークのさらに北に荒野がある。総本山から見ると北西に広がるその土地は、太陽の異変によって死の荒野へと変化していた。
もともと、肥沃な土地ではなく、小動物や植物を時折見ることができる程度だったが、今ではそれすらも死滅していた。
だが、そこには今、多くの人間が動いていた。しかも、彼等は皆武装していた。鎧の形式からシェルフェングリフ兵であることが分かる。
それは形式上はシェルフェングリフ帝国のジェームズ皇太子の軍だった。
ジェームズという名のこの皇太子の評価は以後の歴史の中で様々であるが、帝国東方の開拓に乗り出し、都市リンデンバークをあれほどの都市に発展させたことは評価に値することであった。
その開拓開始にさいして、ジェームズには協力者が現れた。土地に住む商人で巨万の富を持ち、尚且つ良質の私兵を有していた。その数は1万に及び、ジェームズは彼等の支援で夜盗や盗賊そして、モンスターの攻撃を防ぎつつ開拓を進めることが出来た。商人はその功績によりいくつかの独占的な利権を得、さらにその私兵は帝国軍として認定された。
今、この大地に居るのはその商人の私兵であった。新たに賞金目当ての傭兵や募集した兵士を加え、その数は全部で2万5千人に達している。
闇の総本山にとってはこれらの兵士はあまり関係の無い重要性の無い存在であるかもしれなかった。その商人がシオンの同志であることを除いては。
そこに突然光の玉が現れた。光は無遠慮に辺りを照らしていたが、徐々にその光を弱め、やがて、無くなった。
そこには、今まで居なかった2000人近い人間が立っていた。
「ここは、着いたのか・・・・」
彼等は黒衣に身を包んでいた、そして、その首飾りは彼等は精霊使いであることを示していた。
彼等からざわめきが広がった。
そして、辺りを見回し、そこが自分達が逃げてきた総本山ではないことを知った。
「流石ですな。これが風の精霊使いの奥義ですか。」
クリスヴィングはそう言うと、黒い眼鏡をかけた男に頭を下げた。
「ありがとう。クライブ殿。」
「2000人も移動させるのは面倒だったがな。まあ、お前達も良くやったよ。おかげでシオン様の魂が結界で閉じ込められるのを防いだのだからな。」
こういう生真面目なタイプはどうも苦手だ、と思いながら、クライブは言った。
「ともかく、脱出は成功した。シオン様のところへ報告だ。」
「わかった。」
クリスヴィングは部下達には所定の場所での待機を命じると、クライブの後についていった。
「こっちだ。」
「すぐ行く。」
そこでクリスヴィングが立ち止まり、後ろを見た。
「始まったな・・・・」
彼の目には普通の人間なら度肝を抜かれるような光景が写っていた。
総本山を囲うようにそそり立っていた山脈の一部が完全に消滅していたのだ。
クライブとクリスヴィングが向かった先にはあったのは明らかに即製で作られた高さ4メートルほどの石造りの塔だった。
階段を上り、最上階の部屋に入ると、そこには彼等の仲間の何人かがいた。
彼等の経歴は様々だ。
ある者は月の精霊使い。
ある者はシオンの思想に共鳴した人間。
ある者は地の精霊使い。
そして、シオンが股肱と頼むダークロード時代からの部下達。
2人を見ると、彼等は賞賛と感嘆の声を上げた。
そんな彼等の中を2人は歩き、そして、報告をするべき主に額づいた。
「シオン様、只今、戻りました。」
「クリスヴィング。参りました。」
「戻ったか・・・」
部屋の中央の椅子に座っていた青年が口元に笑みを浮かべつつ、二人を出迎えた。
シオンである。
彼はフェザーランドに向かう艦隊の壊滅後、結界が崩壊した隙をついて、なんとか憑依の秘術で逃げ延びることができたのだ。今の彼の肉体はホムンクルスのそれではなく、元の精霊使いの肉体である。彼の体から溢れ出ている闇の力がそのことを教えていた。
「2人ともよくやってくれた。おかげで、総本山の裏をかくことが出来た。」
「すでに、皆は?」
本来この場に居るべきものの多くが抜けていることをクライブが指摘した。
「ああ、すでに配置に着かせてある。」
シオンは続けた。
「地の精霊使いの努力により、総本山を囲う山脈の一部は消滅した。進撃ルートが開けたのだ。」
外に居る人間の軍隊が山脈を突破し、総本山に襲いかかる。
総本山はこれまでこのような攻撃を受けたことは無い。故にその備えが無いことも計算済みである。
彼の顔にはまぎれも無い喜びの色が見える。彼等はこの瞬間を待ち望みながら200年もの間戦い続けた。不幸にして命を落とした同志も多い。その労苦が無駄ではないことを証明する時がきたのだ。
あの闇の総本山を滅ぼす。
不安定な総本山のシステムを破壊し、シオンを精霊の王にいただく揺るぐことの無い強固な世界を作り上げるという目的のための大きな一歩なのだ。
シオンは自分に言い聞かせるように言った。
「総本山に総攻撃をかける。」
シオンはクリスヴィングに視線を合わせた。
クリスヴィングは何かの呪縛を断ち切るように大きな声で言った。
「私どももそれは覚悟してまいりました。同胞と相打つことは避けるに越したことはなりませんが、今の状況ではそうも言っていられません。」
「・・・そうか。」
シオンは頷いた。
「君達もここにきてすぐで悪いが、配置についてくれ。今は一人でも多くの精霊使いが必要なのだ。」
「はっ!」
2人が部屋を出ると、シオンは部下達を下がらせ、自分の身支度を整えた。
総本山への精霊魔法での攻撃には彼自身の力も必要だからだ。
「グローリアか?」
虚空に向かってシオンは呼びかけた。
すると、何も居なかったはずの空間から一人の少女が現れた。
どこか儚げな印象を与える少女だった。
「戦いに出るの?」
「そうだ、これは私にとっては大きな一歩なんだ。」
「私も・・・」
一緒に連れて行って。と彼女は言おうとした。シオンの力にもなれるはずだった。
だが、それはシオンの声に遮られた。
「戻れ、グローリア。君は力を使うな。ただでさえ、不安定なんだからな。」
「でも・・・」
「自分の体のことを考えろ!」
分かっていた。こういう声で何かを話し時のシオンは言うことを曲げない。グローリアにはそれが分かっていた。
そして、共に戦いに出れば逆に彼の気を散らせることになることも。
自分には存在というものが無い。もともとこの世界の住人ではないグローリアは言うなれば幽霊のような存在だった。だから何か力を使えばそれだけ、存在自体が不安定になってしまう。彼はシオンはそれを気にかけていた。
ややあって、グローリアは言った。
「ごめんなさい。」
「謝る必要は無い。・・・その来てくれたのはうれしいからな。」
シオンは少しだけ表情を崩した。
「戦いが・・・全てが終わったら君に実体を与える。そう時間はかからない。待っていてくれ。」
「・・うん。分かった。」
自分の愛する人が生死をかけるのを見て何も出来ないのは苦痛だった。それでも、グローリアはシオンの言うとおりにした。彼の邪魔をしてはいけないということは分かっていたし、彼が必ず約束を守ってくれるということを知っていたからだ。
「西の・・・総本山を覆っている山脈の西側が崩壊、割れ目から人間の軍隊が侵攻して来ます!!」
「なんだと!!」
スレインや、総本山の首脳達はその報告を聞いて愕然とした。
闇の総本山にとってそれは始めての外界から侵入だったからだ。今まで、総本山は山脈に守られ、それが破られるなど考えもしなかった。それが今、崩されたのだ。
ただ、侵入してくる人間の軍隊の正体は分かっていた。その軍隊からはとても強い精霊の力を発していた。シオン傘下の軍勢に間違いない。
ダークロードシオンは再び総本山に帰ってきたのだ。
皆が騒然とする中、スレインは言った。
「デスクラウドの用意を!!」
「ロード様!?」
まだ、シオン侵攻の衝撃を引きずっているイーレンは疑問の声を上げた。
「デスクラウドとは・・・・あの魔法は禁忌の魔法です!軽々しく使うことは・・・・」
彼の言うことは尤もだった。「デスクラウド」とは人間の魂を強制的に抜き取ってしまうという、闇の精霊魔法のなかでももっとも禍々しい威力を秘めた魔法だった。
人間界の魔法でも同名のものがあるが、精霊魔法のそれに比べれば威力においても規模において比較にならない。状況によってはデスクラウド一発でシェルフェングリフ帝国クラスの大国でも滅ぼせる。マジックシェルなどという小細工ではとても逃げ切れない。
それゆえ、その使用は特に制限されていた。
「シオンがそれを使おうとしてもか?」
スレインは言い返した。
「彼等にも多数の精霊使いが居る。彼等が先にデスクラウドを使ったらどうなる?」
もしも、相手がデスクラウドを使えば、この総本山に居る8万人はひとたまりもない。これに対抗するにはデスクラウドで対抗するしかない。精霊魔法に対するのは精霊魔法をおいて他にはない。
スレインとしてもなるべく、デスクラウドを使うのは避けたかったが、ともかく準備だけはしておくべきだと考えていた。
ロードの言うことは正しかった。シオンの軍勢から放たれていた闇の力が一段と禍々しさを増していくのを全員が感じ取った。
「シオンめ・・・・本当に精霊魔法を!」
スレインはデスクラウドの使用を命じた。
今度は反対するものは一人もいなかった。
「鐘を鳴らせ!!!」
ピートが叫び、総本山にデスクラウド準備を知らせる鐘の音が響き渡った。
その音に精霊使い達はあるものはその場で精神を集中させ、またあるものは円陣を組み始める。
だが、その顔には疲労の色が濃い。シオンの魂を封じ込めるために結界を作っていたためだ。
シオンに味方している闇の精霊使いよりも総本山にいる人数のほうが遥かに多いが、この状態では本調子の時に比べれば威力はかなり落ちてしまうだろう。
「急げ!」
8万の精霊使い達がそれぞれの準備を整えるにはかなりの時間がかかったが、どうにか、準備を整え、詠唱に入っていく。
スレインはデスクラウドを発動するため、手で印をきり、しかるべき言葉をつむいでいく。
その時、シオンの軍勢からすさまじい闇の力が総本山に向かってきていることが感じられた。
デスクラウドだ。
だが、その魔力の波動がここに到達する前にこちらも魔法を発動できるだろう。
スレインは最後の詠唱に入った。
神より授けられし大いなる力。
我等に宿りし闇の力よ。
我等に力を与え給え。
神はその力もて、輪廻の秩序を創り給えり。
我等は神の子なり。
その御業、再び用いん。
大いなる力もて、我等の敵に滅びを与えたまえ!!!!
力のこもった言葉と共に、総本山から発していた闇の力が一つに結合し、巨大な魔力の波動となって打ち出された。
やがて、その波動はシオンたちが生み出した同種のそれと真正面からぶつかり合った。
数万人規模で作り出された闇の力の衝突は周囲に強力な衝撃を発生させ、大地をえぐった。
正面からぶつかった闇の力はある一部は相殺されて虚無へと帰っていったが、それを免れたものはなお、命令を遂行しようと前へ前へと進んでいく。そうかと思えば、相手の波動を弱めようとしてその側面を狙ってくるものもあった。この魔法はある意味で洪水と似ている。魔法本来の力をスピードがさらに強め、威力を増大させる。
故に、その流れに側面から楔を打ち込みスピードを鈍らせればその威力を少しでも抑えることが出来る。
だが、シオン側のそういった小細工は通用しなかった。シオン側の魔法の力は疲労したとはいえまだ、余力を残していた総本山のそれを大きく下回っていた。
シオンの闇の魔法を飲み込み、総本山の魔法がシオンの軍隊の方向へと進んでいく。
だが、スレインはその勝利が必ずしも自分達の利益にならないということを悟っていた。
これが狙いだったんだな。シオン。
確かに我々の魔法は君達を痛打する。だが、決定打にはなり得ない。さっきの衝突で魔法の力をかなり消耗したのも大きいし、何より疲労困憊の状態で発動した魔法だ。おそらくシオン軍の損害は3割に届かないだろう。
だが、2回目の魔法を放つことは不可能だ。なぜなら、精霊魔法は一回使ってしまえば、周囲の精霊を消費するため、数ヶ月は使えないからだ。
闇の総本山は精霊の力という最大の武器が使えなくなる。そして、素手でシオンが連れてきた人間の大軍と渡り合うのだ。
「・・・・やられたな・・・」
スレインは心の中でそう呟いた。
総本山の放ったデスクラウドはシオンの軍勢に直撃した。
兵士達が魂を抜き取られ、次々と倒れ、まるでドミノのように戦列がなぎ払われた。
だが、それは総本山が期待したように、シオン軍の全滅には至らず、損失は1割程度だった。
死者2000名。
大きな損害であることに違いは無いが、シオンの総本山殲滅の意志を頓挫させるレベルのものではない。
総本山の魔法をシオン達は凌ぎ切った。これで、向こう数ヶ月は精霊魔法は使えまい。
侵攻態勢はまさに成ったのだ。
シオンは命じた。
「全軍に通達。前進せよ。」
それからほどなく、最前列の兵士が歩き始めた。シオン軍総勢2万3千が闇の総本山への侵攻を開始したのである。
(つづく)
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