22      総本山の蒼い月 第2部
 
◆ フェザーランド沖海戦 ◆
 
 
 その日、スレインは朝早く目が覚めた。
「今日は早いんですね〜。」
 いつもの彼はよく寝坊をする。それをラミィに指摘され、彼は苦笑した。
「まあね。今日ばかりはね・・・」
 仕方ない。今日はあのシオンとの対決の日なのだから。
 10日前に出航したエーンワース艦隊は今日の夕刻にシオン艦隊と接触する。
 この、戦いでのスレインの役目は大きかった。
 シオンを首尾よくしとめたら闇の結界にその魂を封じこめ、憑依の秘術を妨害せねばならない。そのための結界はこの総本山に集められた選抜された闇の精霊使いによって作られる。
 スレインの精霊力は普通の精霊使いでいえば、1万人分に相当する。結界を作るうえでもかなりの部分を彼が担当することになるし、結界全体の調整も彼の肩にかかってくる。
 スレインの働きいかんで結界の完成度は大きく左右される。
「・・・今日も始まりましたね。」
 時計を見ると午前5時。
 あと、1時間もすればこの町は光に照らされる。
 総本山は地下にあるが昼は光が降り注ぐ。
 300年前、友好の印にと光の精霊使いが光の精霊をこの洞窟を形成する岩石にしみこませた結果だった。
 しみこんだ光の精霊は一定の時間が来ると岩を光らせるのだ。
「そうだな・・・」
 スレインは同意した。それはこれから大仕事を始めるとるという割にはいつもと代わりの無い光景だった。
「行こうか。」
「は〜い。」
 スレインとラミィは館を出た。外にはピート・アレンが部下数名と共に彼を待っていた。
 ロードを護る親衛隊である。
 もしも、この総本山を上から透視できるとしたら、この総本山が全体としてみると正三角形であることが分かるだろう。だが、この三角形は良く見てみると台形の部分と三角形の2つの区画から成り立っている。
 台形に見える部分は面積のうえでいうと、全体の9割を占めている。ここが精霊使い達が住んでいる居住区である。
 そして、三角形の部分が聖殿と呼ばれている区画である。面積から言うと1割にも満たない部分だが、精霊使いにとっては重要な場所であった。
 そもそも総本山とは各々の精霊力が強く宿っている場所に建設される。つまりここは闇の精霊力が強い場所だったから総本山が建設されたのだ。
 聖殿とはそのなかでも特に精霊力が強い場所のことなのだ。
 従って、そこでは、自分の力を限界以上に活用できることを示している。だから、修行の場としても、重要な儀式の場としても使われるのである。
 今回のシオンの魂を封じるための結界を作る儀式もそこで行われるのだ。
 ダークロードの館はその聖殿のすぐ近くにある。館を出て5分ほど歩くと聖殿の入り口が見えてきた。
 入り口にある門は壮大なもので高さは5メートルほどもあり、当然幅も広い。
 扉の表面には見事な装飾が施されていた。
 スレインが来た時には何人かの精霊使いが聖殿の中に入ろうとしていた。
 その巨大な入り口の門をくぐると、そこはもう聖殿である。
 その中はまるで、洞窟の中の教会とでも呼べるような場所だ。上を見上げると荘厳な天井画が目に入ってくる。神がその代理人として精霊使いを創造する場面から始まり、総本山を作り、初代のロードが即位する場面までがそこに描かれている。
「本当にここは、いつ来ても緊張しますね〜。」
 と、ラミィは彼女らいし正直な気持ちをいつもの口調で言うと、緊張していたスレインの気持ちが解れていった。
「そうだな。」
 微笑みながらスレインは答えた。
その様子を見てラミィはすこしむくれたような顔でスレインを見た。
 彼はすくめて、傍を歩いていたピートに話しかけた。
「エーンワースはどうしているかな?」
「現在、シオン艦隊に接近しつつあります。あと、14時間後には接触し、戦闘を開始するでしょう。」
 スレインはそれを聞くと、南のほうを見やった。
「たのんだぞ、エーンワース。」
 小さくそう呟くと、スレインは自分の座るべき席へと急いだ。
 エーンワース達は攻撃と同時に連絡を取るように指示してある。その連絡が入った時こそが勝負の時なのだ。
 
 
 闇の総本山がシオンに対して放った攻撃の刃は、フェザーランド付近の海上を西に進みつつあった。
 エーンワースの指揮する艦隊である。
 旗艦である戦列艦「ヨツンハイム」を先頭に8隻の戦列艦が単縦陣でそれに続いた。
 シオン艦隊に潜入していたエーリックからの報告でシオン艦隊は現在位置から南方12マイルの位置にあることが分かっていた。
 総本山が結界の用意を開始してから既に13時間が経過していた。
 太陽は西の海に没しつつあり、このまま進めば戦闘は夜間に始まることになる。
 一般的に当時の海戦は白昼に行うのが常道だった。しかし、エーンワースは夜戦を決意しており、何の躊躇も無く艦隊を前進させていた。
 シオン艦隊との接触は近い。エーンワースは甲板に出て、南の海を見つめていた。
すでに、あたりは、夜の帳に覆われつつある。
 彼が後ろを振り返ると順風どころか、船の進行方向とは逆の風が吹いているはずなのに、大きく膨らんだ帆が見えた。
 かつて、ナダ卿という名の偉大な科学者がいた。彼は魔法と科学を融合させ、多くの発明を世に送り出し、現在の人間界の技術的基盤を作り上げた。
 だが、彼の研究には不明な点も多い。いくつかの研究が何者かにより抹消された形跡があるのだ。人間界ではそれを誰が行ったのかについて明確な答えを知るものはいなかった。フェザリアン、隣国のシェルフェングリフ帝国など様々な説が唱えられたが、どの説も説得力を欠いていた。
 だが、精霊使いにとってそれは謎ではなった。ナダ卿の発明を葬ったのは自分達であったからだ。
 そして、闇の葬ったはずの発明の成果を躊躇いがちに利用した。
 エーンワースの後ろにある不可思議な帆もそんな技術の一つだった。
 船の周囲の風をコントロールして、帆に風を送る。そのため、船は風向きに左右されずに一定の速度で航行できるのだ。
 そのシステムに障害が起こった場合は、もともとの帆船としての機能を果たせるように出来ている。また、かなり狭い範囲ではあっても海流をある程度コントルールすることが出来る機能も装備されていた。
 帆の最上部に設けられていた見張り台から報告が届いた。
「提督!右前方10マイルにシオン艦隊らしき艦影が・・・!」
 エーンワースと彼の参謀達は反射的に自分の手に持っている望遠鏡で右側の海域を眺めた。
 かすかだが、闇に包まれつつある海にいくつもの光が見える。おそらく船尾の灯だろう。
 光の数からかなりの規模の船団であることが分かる。太陽の異変により、海も荒れやすくなった現在、これだけの船団はシオンのもの以外には考えられない。
「戦術情報官!確認できるか!?」
 エーンワースは尚も確認を求めた。
 この期に及んで違う船団を攻撃したのではどうにもならない。
 大規模な船団であるというだけで、シオン艦隊と断定はできない。
 答えはすぐに返ってきた。
「シオンの魂を確認しました!間違いありません。奴です!!」
 続いて、さらに詳細な報告がマスト上の見張り員と戦術情報官から続けられた。
「敵艦隊位置は右前方10マイル。針路真東フェザーランドに向かっています。速度8ノット。」
「敵戦力、戦闘用ガレー船40隻。輸送船80隻。郵送船団を中央に置き、その周囲をガレー船が円陣を組んで護衛しています。」
「提督!!」
 報告を聞いた参謀達はエーンワースの顔を見た。
 闇の精霊使いはさ迷う魂を見つけ、それを正しい輪廻の輪に導くことが務めである。だから彼等は遠くにある魂を性格に把握するという技能が要求された。鍛えられたものならば、10キロ先にある魂が誰のものかを見分けることが出来る。
 戦術情報官とはまさに、その技能が最も優れたものが選ばれる。
 彼が遠い距離にある船団の中にシオンのそれを発見できたのはそういう理由によっていた。
 そして、自らも優れた精霊使いであるエーンワースも船団の中にシオンの魂をはっきと感じていた。
 彼は命令を下した。
「全艦戦闘用意!総員戦闘配置!右180度一斉回頭!」
「はっ!」
 遠くの魂を見分けられるということは、海上で正確な船の位置を掴めるということである。海の上で生きた人間の魂が密集しているのならそれは艦船以外には考えられない。総本山の艦隊は言うなれば、レーダーを持っているのと同じことだった。
それが、彼等に夜戦を決意させていた大きな理由だった。
 エーンワースの命令を受けて、艦隊は大きく舵を切った。それまで西に向けていた船首を今度は東に向けシオン艦隊と併走の状態を作り出す。
 夜のことなので、シオン艦隊は全くと言って良いほど総本山の艦隊に気付かなかった。
「総本山に連絡。これよりシオン艦隊に対し攻撃を開始すると伝えよ。」
 総本山への連絡をエーンワースが命じている間にも艦隊は巧みにシオン艦隊に接近していった。やがて、周囲の海域に闇の精霊力による結界が張られたことをエーンワースたちは感じ取った。
「距離2000メートル。魔導砲の射程に入りました。」
 魔導砲とは要は魔法を使った大砲である。魔力を球体の中に閉じこめ、それを敵に向かって打ち出す。これもナダ卿の発明品であった。この武器は未だに人間界ではどの国も開発に成功していない。 
 エーンワースはまだ、砲撃を命じなかった。夜間に最大射程で砲撃しても命中は難しい。もう少し、距離を詰める必要があった。
 両艦隊の距離は次第に狭まっていった。始めは1900メートルだったが、それが1600メートルになり、1400メートルになり、ついには900メートルを切った。
 エーンワースの命令があったのはその時だった。
「砲撃はじめ。」
 彼の命令は全艦隊に伝えられ、それに答えて各艦の舷側にずらりと並べられた魔導砲が火を噴いた。
 その閃光はシオン艦隊のいる海面に突き刺さり、巨大な水柱を発生させ、海戦の始まりを告げた。
 
 
 攻撃を受けたシオン艦隊は右往左往の大混乱に陥った。
「戦闘用意!!配置につけ!!」
 命令は響くがその実行は難しい。輸送船はもちろんそれを護衛すべきガレー船にまで補給物資が積まれており、その物資の山を潜り抜けてから兵士達は配置につかねばならない。
 まだ、攻撃が命中していないのが救いだったが、夜襲されたという事実と、敵の位置が良く分からないという不安。
様々な要因が混乱を広げていた。
 これが、シオンが周囲に喧騒に目を覚まし時の彼の艦隊の状況だった。
「何事だ?」
 シオンは衛兵に尋ねた。
「夜襲です。何者かに攻撃を・・・」
 彼が答えを言い終わる前に、窓から見える光景がそれをとぎらせた。
 シオンの乗る旗艦「ロキ」のすぐ後ろを航行していた戦闘用ガレー船「タオリヴェ」が魔導砲の攻撃で一瞬にして、艦首を粉々に破壊されたのだ。
 恐ろしい破壊音と共に破片がロキの窓に当たる。
「そのようだな。」
 シオンはその光景を確認するとこともなげに言った。
 彼は精神を集中させ、誰が攻撃をしているのかを知ろうとした。
 右側の海上に人の魂の塊があることが分かる。だが、かなりかすかな反応だった。
 何かが闇の精霊力を妨害しているのかもしれない。そうでなければ、かれほどの精霊の使い手に、敵の正体が分からないはずが無い。
 しかし、その正体は大方見当がつく。
「闇の結界か・・・」
 彼は炎上しつつあるタオリヴェを見ながら口を歪める。
 こんな芸当ができるのは闇の総本山をおいて他には無い。
 彼等に違いない。
 私を倒すために彼等は来た。
「かかったな・・・」
 シオンの自信たっぷりの表情に衛兵は思わず圧倒された。状況は不利なのになにか策があるのだろうか?
 シオンの態度とは裏腹に戦況は彼等にとって不利なままだった。
 砲撃で陣形を乱していたシオン艦隊に命中するものが続出したのだ。
 「タオリヴェ」に続いて艦隊右側の外周に居た「オリハ」が数発の命中弾を受け、船体は右に傾き急速に沈んでいった。
 命中はそれだけではない。この他にも5隻が被弾し、うち3隻は沈み、2隻もいくらも保ちそうにない。
 戦闘不能にならなくても帆や櫂を破壊される艦も続出している。
 彼等は初めて目にする魔導砲の威力に度肝を抜かれていた。しかも闇夜であるため敵の位置が正確にはわからなかった。右の方向が光っているからそこに敵がいるのはつかめるもののあてずっぽうに魔法を撃っても水柱を上げるばかりだ。
 もともと、シオンの艦隊は雑多な寄せ集めの艦隊だった。
 戦闘艦の半分は半ば海賊で占められており、輸送船にいたっては老朽船であろうがなんであろうがお構いなしにかき集めたものだった。
 実際、信頼が置けるシオンの崇拝者の操る船は全体の3分の1にも満たない。
 そんな艦隊にとってエーンワースの砲撃は破滅的な影響をもたらした。
 まず、海賊達の船がこのままでは、報酬を受け取る前に死んでしまうと考え、勝手に戦場を離れ始めたのだ。
 シオン艦隊の惨状を見ながら、参謀のレーベンハウプトは冷静に報告した。
「敵艦隊の陣形が乱れます。混乱状態です。」
「ここまでは計算どおりだな。」
 エーンワースは冷静だった。
 確かにここまでは一方的な戦いだった。敵の戦闘艦の25パーセントに甚大な被害を与え、こちらの損害はゼロだ。
 もっとも、双方の技術の差を考えれば、当然ともいえる結果だった。
 しかし、エーンワースの目標は敵の撃破ではなく、シオンの討伐だった。
「シオンの旗艦は?」
「現在、艦隊の最後尾の集団の中に居ます。速度を上げています。どうやら、大きな集団のかなに逃げ込もうとしているようです。」
 その時、別の報告が入った。
「敵船団に動きがあります。ガレー船15隻がこちらに回頭。接近してきます。」
 ガレー船が帆をたたみ、櫂を操ってこちらに向かってくる。
「提督、シオンは逃げにかかっているようですね。」
「そうのようだな。」
 彼奴め、ガレー船に足止めさせるつもりだな。シオンにしてみれば、この場を逃れられれば再挙も可能と考えているはずだ。
 エーンワースは指令を発した。
「全艦最大加速!戦闘用のガレー船をすり抜けて、シオンの旗艦を圧迫する。逃げ散る敵には目もくれるな!!」
 総本山の艦隊は針路を変え、シオンの艦隊に突撃していった。
 これを迎え撃ったのは先の報告にあった15隻のガレー船だけだった。
 おそらく、精霊使いが乗った船なのだろう。こちらの位置を正確に掴んで迎撃してくる。
 総本山の艦隊はそれらの船に舷側砲火を浴びせつつ、シオンの旗艦に迫っていく。
 ガレー船からもファイアーボールやウインドカッターの魔法が打ち出されたが、総本山の艦隊は自艦の持つ、魔導砲に一定距離で撃たれても耐えられるようにシールドや魔法に耐性を持たせた木の装甲で護られていたため、それは全くの無駄に終わった。
 どの魔法も有効な打撃を与えることなく弾かれていった。
 それに反して、総本山艦隊の放つ魔導砲はたとえ一発の命中でもガレー船の戦闘能力を大幅に奪い、運が悪ければ沈没だ。
 あっという間に迎撃出てきた15隻の半数以上が炎上した。
 もう、シオンの旗艦はもう、手の届く所にある。
「シオンの旗艦に命中!!速度落ちます!!」
 シオンの旗艦に命中した魔導砲弾がその帆の支柱と櫂を破壊したのだ。
 エーンワースは頷いた。
「戦列艦「ヨハネス」に命令。シオンの旗艦に接舷。シオンを討てと伝えよ。」
 命令は直ちに伝達され、「ヨハネス」は速度を上げて、シオンの旗艦に全速で突進した。
「残りの艦は「ヨハネス」を援護せよ!」
 エーンワースは確信した。これで最後の仕上げだ、と。
 
 
 
 戦列艦「ヨハネス」がシオン旗艦への突入命令を受けたのはこの船にある少女が乗っていたからだ。
 リュフィーである。
 彼女の役目はその総本山第2の闇の力を利用して、なるべくシオンに近い場所で彼が使うであろう憑依の秘術を妨害することだった。
 リュフィーはその瞬間のために、息を殺して船橋に立っていた。
「シオンの旗艦に向けて突撃開始。」
 ホイットワース艦長の声が響き、船が向きを変えるのが分かった。
 集中しなければ・・・
 シオンの旗艦「ロキ」の姿はどんどん大きくなっていった。
 追いつくのは時間の問題だ。
 だが、その時、リュフィー達の予想を裏切る光景が目に飛び込んできた。
「艦長!シオンの旗艦が反転!本艦に向かってきます!!」
「なに!!」
 本来なら我々から逃げようとするのが普通なのに・・・破れかぶれの突撃だろうか?
 だが、シオンに限ってそんなことがあるだろうか?
 尊敬に値する執念深さで総本山の追跡をかわし、世界を破滅へと導いている男が・・・
 色々な疑問が頭を巡ったが、納得のいく答えを得ることはできなかった。ホイットワースは命令を下した。
「総員白兵戦用意。」
 あと、数分もかからずにシオンの船と激突するだろう。
 乗り込んでいた陸軍の精鋭がリングウェポンを呼び出し、魔導師やヒーラーは彼等にアタックやプロテクトといった補助魔法をかけて来るべき白兵戦を待った。
「敵艦の左舷に接舷する。陸軍部隊は・・・」
 と、具体的な指示をホイットワースが与えようとしたとき、彼の眼前にいきなり矢が出現した。
「!!」
 ホイットワースが反応する暇も無くそれは彼の右肩に吸い込まれ、激痛が走った。
それと同時に彼の周りからも悲鳴があがる。
 痛みを堪えて目を開けるとホイットワースの周囲に居た人々には少数の例外を除いて皆、矢が突き刺さっていた。
「大丈夫ですか?」
 リュフィーはその攻撃をなんとかかわして、傷ついた人々の治癒に当たっていた。
「転移の翼ですね。」
 リュフィーが痛ましげに言った。
 転移の矢は自分が放った矢を障害物に関係なく任意の場所に転移させれる恐るべき精霊石だ。この戦列艦に張り巡らされた防御をものともせずに中の人間に命中したのだろう。
「艦内の状況を確認しろ!!」
 ホイットワースの命令を受けて、部下達は各部署の状況を確認しだした。
 だが、それが終わらないうちに「ヨハネス」は「ロキ」と接舷し、衝撃が艦を揺り動かした。
「やられたか・・・」
 白兵戦を目にして弓の攻撃を受けたのは痛い。
「私も出ます。」
 リュフィーが身を乗り出した。手には既にリングウェポンの槍が握られている。
「我々もお供します。」
 ホイットワースは近くに居た数人を従えた。
 彼女の護衛である。
 憑依の秘術の妨害はなるべく、シオンの近くで行う必要があった。なんとしてもそれまで彼女は生き残らなくてはならない。
 甲板に出てみるよそこではすでに白兵戦が繰り広げられていた。
「かかれ!!!」
 双方の指揮官達が絶叫し、魔導銃や剣が相打っている。
 「ロキ」の甲板から剣槍兵が次から次へと姿を現し、「ヨハネス」の甲板に飛び移った。
 だが、「ヨハネス」の白兵戦部隊は事前の転移の矢の攻撃のダメージからうまく立ち直ったようだった。
 始めこそ、勢いに乗ったシオン側が有利に見えたが次第に総本山の銃剣による槍衾がシオンの兵士達を圧倒しだしたのだ。
「押し返せ!!!」
 白兵戦の指揮官が叫び、彼等は反撃に出た。
 甲板に切り込んできたシオン軍を蹴散らし、逆に「ロキ」に乗り移った。
 メインマスト周辺、船尾楼、櫂の部屋。重要な拠点が総本山の兵によって占拠されていく。
 そうしているうちについに待ちに待った報告が届いた。
「いたぞ!!シオンだ!!!」
 手が空いていた兵達が一斉にその声に反応する。
 リュフィーも声があがった方向に駆け出していく。
 声がしたのは「ロキ」の船首だった。
 彼女とその護衛兵もロキに飛び移り、艦首へと急いだ。
 しかし、甲板を走っていたリュフィーは違和感を感じた。確かに、始めは艦首の方に強い闇の力を感じたのだが、どうしても、それがシオンのではないのではないかと思い始めたのだ。
 そして、一つの可能性に辿り着く。
 罠。
 皆!止まって・・・
 彼女の口はそう動こうとしたがそれよりまえに、後ろのほうから歓声が上がった。
「敵だ!!!!」
 総本山の兵士の絶叫が聞こえた。
 追い詰められたシオンの兵士達の最後の反撃だった。
 艦尾の一室に隠れていた、彼等は偽のシオンに気をとられていた、リュフィーたちの背後を衝いたのだ。
 そして、リュフィーはその中にシオンの魂を感じた。
 彼の目標はおそらく自分だ。総本山第2の力を持つ自分を道連れにするつもりなのだろう。
「リュフィー様!お下がりを!!」
 護衛兵の一人がそういうと彼女を庇うように前に出た。
 銃の発射音と、剣が何かを切り裂く音が短く連続して響いた。
 反撃に出たシオンの兵士は少数だった。背後から攻撃をかけたといってもそれは絶望的な反撃であることに変わりなかった。
 シオンの兵士は又一人、又一人と倒れていったが、だた、一人が目標に辿り着いた。
「リュフィー様!!」
 その青年は驚くほど俊敏で身軽だった。
 加えて、かなり頑丈だった。
 その時、既に何発もの魔導銃を受けていた。
 だが、それをもろともせずに彼はリュフィーの護衛が戦闘にかかりきりなっている隙を利用して、彼等をすり抜けリュフィーの前に姿を現した。
 彼はその武器をリュフィーにめがけて打ちつける。
 彼女ももちろんそれに応じ、武器と武器がぶつかり合って幾度か、火花が散った。
 そして、2人は暫し、距離をとる。
「あなたがシオンですね。」
 リュフィーは槍を構えながらそう言った。
「その通りだ。」
 シオンは血を流しながらも不敵に笑った。
 ひどく傷ついているが、彼の姿は戦士としての威厳を保っていた。そして、その目には強い信念を持つものだけに赦された凛々しい光が宿っていた。
「そういうお前は・・・」
「リュフィー・ホルスト。」
「・・・貴様が今のロードのブレーンという訳か・・・・貴様のおかげでだいぶ私の計画は妨害されたよ。」
 武器を構え、距離を取りながらシオンは言った。
「ともかく、この戦いは俺の負けだ。だれか精霊力の強い者を道連れにと思ったが・・・ちょうどいい。死ね!!」
「そう簡単に敗れはしません!!」
 リュフィーとシオンは正面からぶつかり合った。
 シオンの攻撃は迅速だった。
 リュフィーは必死にその攻撃を防ぎつつ、反撃の機会を伺ったが、シオンは全く隙を作らなかった。
 互いに無数の掠り傷を作りながら2人は対峙を続けた。
「ふん、なかなかの腕だな。私の部下にほしいくらいだ。」
 シオンのは余裕の表情でそう告げる。
 武器の扱いではシオンのほうが勝るようだった。攻撃の数はシオンのほうが多い。
彼女は魔法を詠唱し始めた。どちらかといえば、魔法のほうが得意だったからだ。
 だが、シオンの攻撃はそんな考えを危機に陥れる。
「さあ、死んでくれ!!!」
 シオンがリュフィーの隙を衝いて一気に勝負をかけてきた。
 その武器を上段に構え、振り下ろす。
「くうっ!」
 リュフィーはそれを槍で食い止める。だが、シオンは力を入れて、それを蹴破ろうとする。
「くくくく・・・死ね」
 悪魔のような顔をしたシオンの顔がリュフィーには見えた。
 ・・・・もう、ダメ・・・・
 諦めが生まれる。
 だが、その時、シオンはその動きを止めた。呆然としてような表情をしていたが、彼はやがて怒りの表情で後ろを見た。
 後ろには剣を深々とシオンに刺している男の姿があった。不思議なことに彼はシオン軍の兵士の格好をしていた。
 リュフィーは足でシオンを蹴り、距離を取った。
「おのれえ!!!」
 シオンは背後から自分を指した男を壁に打ち付け、リュフィーに視線を戻した。
 そして、その瞬間にリュフィーの魔法が炸裂した。
「ソウルフォース!!!」
 強力な魔力の刃がシオンの体に突き刺さった。
「うあああ!!!」
 その衝撃で彼は壁に叩きつけられた。
「リュフィー様!」
 敵の攻撃を凌ぎぎった衛兵達が近くに駆け寄ってきた。彼等の銃口はソウルフォールを受け瀕死のシオンに向けられていた。
「お怪我は?」
 と、ヒーラーが尋ねるとリュフィーは首を振り、さっき、自分を救ってくれた男を指差した。
「それよりも、あの人の手当てを・・・」
 彼女にはその正体がなんとなく分かっていた。おそらく、彼はこの船に潜入していたという工作員なのだろう。
 ヒーラーもそれを察していた、頷くと彼の元に駆け寄り、治癒魔法を唱えた。
 リュフィーは立ち上がると、壁に寄りかかった状態のシオンに視線を向けた。
「あなたも・・・ここまでです。」
「ふん・・・」
 シオンの表情はあくまで冷静で不敵な笑みをたたえていた。
「これで勝ったと・・・思っているのか?」
「憑依の秘術を使っても無駄ですよ。貴方はもう逃げられない。」
 それでもシオンは笑っている。自らの勝利を確信しているかのように。その様子にリュフィーは不安を覚えたが、それをすぐにかき消した。
「面白い、やってみろ。」
 シオンはそれだけ言うと、憑依の秘術を発動させた。
 彼の周囲に闇の精霊が集まり、彼の魂を他の入れ物に移そうとする。
「闇の精霊よ!我が声を聞け!!!」
 それを弾き返そうとするかのようにリュフィーは闇の力を使う。
 彼女の指の動きに合わせて、その闇の力が古のロードのそれとぶつかった。
 暫くの間は均衡した状態が続いたが、先に苦痛の声をあげたのはリュフィーのほうだった。僅かではあるが、シオンの方が彼女の力を上回っていたのだ。
 だが、リュフィーの阻止が失敗しても周囲には闇の結界が張り巡らされている。そして、それは当初海戦の区域全体に広がっていたが、それは急速に収縮を始めた。
 結界は強度を強めつつ、ある一点に集中していく。
 シオンの旗艦の周辺へと。
 結界はリュフィーの妨害を突破しつつあったシオンの魂を見事に拘束した。
 リュフィーの妨害を突破しようとするのに術の力の大半を消耗していたのが大きかった。
「やった!!」
 誰かが叫ぶと、大きなざわめきが艦隊全体に広がっていった。
 リュフィーもため息をつきながら、力の集中を解いて、上のほうを見上げた。
 彼女の目には青白いシオンの魂が金色に輝く結界の中に閉じ込められている様子が映し出されていた。
「・・・・終わったのね・・・・」
 それは、200年間に渡ったシオンの脅威がようやく終わったことを意味していた。
 周りの男達の中から嗚咽の声が起こる。
 リュフィーもまた目頭に熱いものを感じていた。
 やっと、終わった。
 その感情を彼等は正直に表現していた。
だが、その幸福な瞬間はあまりに儚く、脆いものだった。
 変化はその一瞬後にやってきた。
「・・・おい!!あれを・・!!!」
 誰かが声を上げて空を指差す。全員の視線がそこに集中した。
 そこにはシオンの魂を封じてこめた結界があった。
 だが、それはどうしたわけか、その金色の幕に亀裂が走っていた。結界の力自体も薄らいでいる。
「一体が何が・・・!!」
「まずい・・このままじゃあ・・・」
 結界が壊されてしまう!
 リュフィーはすばやく、精霊魔法の詠唱準備にかかったが、もう遅かった。
 結界は音も無く崩れ去り、中にあったシオンの魂はいずこかへと飛び去ってしまった。
「・・・・・そんな・・・」
 あまりに一瞬のことにその場にいた精霊使い達は脱力したようにその場に座り込んでしまった。
 リュフィーもシオンの魂が消えた空を見つめながら呆然とした表情を浮かべている。
 何故?どうして?
 そんな言葉が彼女の頭をいや、全員の頭を駆け巡った。
 あまりに不自然な結界の崩壊。
 そして、千載一遇の機会を逃し、シオン討伐に失敗したという事実。
 それまでとは別種の涙が流れ出た。
 その時、彼等の乗る船は大きく揺れた。まだ、残っていたシオン艦隊の反撃だった。
 まだ、ショックから立ち直ったわけではなかったがリュフィーは叫んだ。
「まだ、戦いは終わっていません!!みなさん!配置について下さい!!」
 
 
 
 何故、結界が崩壊したのか?この疑問に答えるべき闇の総本山では未曾有の混乱状態が現出していた。
 異変が起こったのは、シオンの魂を結界に封じ込めた時だった。とつぜん、聖殿に煙が立ち込め、何事かと精霊使いがざわめいた瞬間、モンスターの牙が彼等に襲いかかった。
 煙の中から聞こえてくる、悲鳴、モンスターの唸り声。結界の維持どころではなかった。
 その状態をスレインはどうすることも出来なかった。
「くそっ!・・・あと一歩のところで!」
 スレインは辺りを見回しながら歯噛みした。だが、くやんでもどうにもならなかった。
今はなんとかこの聖殿を出て、状況を把握するのが先だった。
「スレインさ〜ん。ラミィ、そとを見てきましょうか?」
「いいや、君は私から離れないこと。今は相手を見失うほうが危険だ。」
 スレインはラミィを止めると、モンスターに注意しながら出口を目指す。
 煙に巻かれているとはいえ、何度も通った道である。彼は正確に出口へと進んでいく。
 彼は焦っていた。
 聖殿に煙をまいたり、モンスターを放したりするのは、外部のものである可能性は低かった。総本山は民兵が守備につき、とても、モンスターを運べる環境ではない。
 そうなれば、結論は一つしかない。
 裏切り。
 それが事実出ないことをスレインは願っていた。
「スレイン!!」
 前のほうから声がして、煙の中からピートが現れた。
「ピートか!これは一体・・・」
「スレイン、落ち着いて聞いてくれ。」
 ピートは呼吸を整えるとスレインを見た。その行動は彼自身にも落ち着きを求めているかのようだった。
「叛乱だ。これは情報相のクリスヴィングの叛乱だ。」
「何・・・」
 スレインの目は大きく見開かれた。
 ピートは続けた。
「奴はシオンの協力者だったんだ。この煙もモンスターも奴の仕業だ。」
 それは総本山の有史以来2番目の叛乱だった。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
 
更新日時:
2006/11/06 

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Last updated: 2012/7/8