太陽が光を弱めたことで引き起こされた大災害はそれを引き起こしたシオンの死をもってようやく止んだ。
その間に破滅した国家や集団の数は計り知れない。人や動物、植物さえもいなくなった大陸さえ存在していた。
だが、太陽は元に戻った。生き残った者たちは生き抜くために、新たな畑を街を作り出した。
荒れ果てた世界は再生の道を歩みだした。
シオンを倒し、太陽を元の姿に戻したスレインが闇の総本山に行こうとしていたのはそんな時だった。
「じゃあ、行ってくる。」
という、いつもと変わらないような口調でスレインは仲間に告げて、トランスゲートの中に足を踏み入れた。
仲間は思い思いの台詞を選んで彼を送り出した。
ペンダントが反応し、装置が作動した。
ゲートはいつもどおり、スレインを目的地に、闇の総本山に送り届けた。
「来ちゃたですね。スレインさん。」
スレインが上を見ると、そこには小さな闇の妖精がいた。
「そうだな。ラミィ。」
なにかを堪えているような表情でラミィは言った。
「ラミィ・・・スレインさんのことが好きです。」
「私もだ。」
2人が最初に出会ったのは、シュワツルハーゼ。それから2人はいつも一緒だった。彼女の言葉やしぐさとそして優しさが、冒険で疲れがちだった自分の心を癒してくれた。
いつのまにか、彼女のことを好きなっていた。
そして、ラミィもその思いに答えてくれた。
だからこそ、彼女はここにいた。スレインの最後の時を見守るために。
「行こう。」
「あ、はいです。」
総本山に着くと、スレインのもとに闇の精霊使いが集まってきた。
「ロード様だ!みんなロード様のお帰りだぞ!!」
スレインたちは彼らにもみくちゃにされた。
「ロード様おかえりなさい!」
「とうとうこの日が来たのですね!」
「お見事でした!!」
皆、スレインのことを祝福した。当然だシオンの死は彼らにとっても200年続いた脅威が消滅したことを意味していた。だれもが、喜び、礼儀正しかった。その人の波を通り抜け、スレインは闇の神殿の中に入った。
「ダークロード様。お疲れ様でした。」
闇の総本山を預かっていたリュフィーがスレインを出迎えた。
「シオンの魂が冥界に向かったことを確認しました。これで、太陽も元に戻ります。」
「ああ、君には苦労をかけたな。」
「いえ。」
「これを・・・」
スレインはリュフィーに2つのものを手渡した。
シオンが集めた5万の魂が詰まった「魂の壺」と歴代のダークロードの記憶を保管した「記憶のルビー」だ。どちらも、シオンに奪われたものである。
リュフィーはそれを受け取ると、責任を持ってあるべき場所に返しておきます。と言った。
スレインは安心し表情を見せた。
これで終わったんだ。私がするべきことは。
あと一つのことを除いては。
「リュフィー・・・私の魂を頼む。」
「はい。承知しています。」
リュフィーが答えるとスレインはラミィを見た。2人の視線が重なり合った。
「すまない。君に辛い思いをさせて・・・」
ラミィは首を振った。
「いいんです。ラミィも覚悟はしてました・・・いつかこういう時が来ることを・・・」
スレインは一度シオンによって倒されていた。しかし、シオンを倒すために憑依の秘術という禁術を使ってグレイの肉体を借りてシオンを倒したのだ。
それが終わった今、借りた肉体はグレイに返さなくてはならない。
それは当然のことだ。グレイの魂を消滅させてスレインが生きていいというのは道理に反している。彼が冥界に行くことこそ精霊使いが守るべき輪廻の秩序を守ることでもあった。
「ラミィだって闇の妖精です・・・だから泣いたりなんか・・・」
それは嘘だ。
その証拠にそれまでずっとスレインを見守ってきたラミィの穏やかな言葉にいつもはない揺れが混じっている。
そして、彼女の目からは大粒の涙がこぼれ、地面の上に闇の精霊使いにしか見えないシミを作っていた。
スレインはラミィを手のひらにのせた。彼はこの妖精が涙を流さなくなるまでそうし続けるつもりだった。
やがて、彼女の涙は止まった。
「・・・・ごめんなさい・・・・」
ラミィは言った。
「ちゃんと・・・ちゃんと、泣かないでスレインさんを見送るつもりだったです・・・・」
スレインは首を振る。
君じゃない
「悪いのは君じゃない。私自身だ。」
せっかく好きになってくれたのに、君の側に居られない。
ラミィはそんなスレインの気持ちを察した。
「・・・そうだったとしても、ラミィはスレインさんと一緒に入れて幸せでした。・・・もう泣かないです。」
と、気丈にラミィは言った。
リュフィーがおずおずと進み出た。
「・・・申し訳ありませんが、分離を始めさせていただきます。」
「ええ。お願いします。」
「スレインさん」
ラミィが声をかけてきた。その顔には無理に作った笑顔が浮かんでいる。
「冥界まで・・・一緒について行ってあげますよ。」
「ありがとう。」
そして、ごめんなさい。
リュフィーが手で紋章を描き、しかるべき手順を完成させた。
スレインはそれまで動かしていたグレイの体が自分のものでなくなるのを感じた。
動かそうとしても体は反応しない。その代わりに宙にういたような感覚を覚えた。
下のほうを見下ろすと、グレイが自分の体を取り戻す様子が見えた。
今、彼は魂だけの存在になったのだ。
良かった。
と、スレインは思った。それからほどなくして彼の意識が遠のいていった。
これが・・・死ぬということなのかな?
となりにラミィの気配がする。
何も心配することはない。
スレインは目を閉じた。
それから、どのくらいったのだろう?
スレインは何かふわふわ感触を感じた。
死んでもなお、人は何かを感じるのだろうか?それともこれが冥界に入ったということなんだろうか?
だが、それはどう考えてもベットの毛布の感触だった。
スレインは閉じていた目を開けた。
見覚えのある場所だった。
闇の総本山の宿屋の一室。
鏡を見ると、そこにはいつもどおりの顔が映っている。
どう考えてもここは冥界ではなさそうだった。
・・・だが、私は死んだはず・・・しかし・・・
「ホムンクルスです。」
部屋のドアを開けてリュフィーが入ってきた。
「リュフィーこれは一体・・・」
「ダークロード様の仲間のビクトル博士とヒューイさんがこれを運んできたのですよ。あなたが、冥界の入る直前にです。」
「・・・それで、直前に私の魂をこのホムンクルの体に移したのか・・・」
「ええ。」
スレインは自分の手を見つめた。
自分の体。もう、他人からの借り物ではない。
なにより、それを作ってくれた仲間の心遣いが嬉しかった。
だが、本当に良いのだろうか?
スレインにはロード時代の記憶は無い。だが、シオンの奇襲の情景だけは鮮明に覚えていた。
あの奇襲で多くの人が命を落とした。それも自分の判断のせいで。
「本当にいいのだろうか・・・」
彼は誰に問いかけるでもなく自分の思いを口にした。
そして、リュフィーにも同じ事を尋ねた。
尋ねられた彼女は暫く黙っていたが、逆に質問をしてきた。
「ルドルフ陛下。」
「?」
スレインは理解しかねるという顔をした。その名前には本当に心当たりがなかったからだ。
口元にどこか淋しそうな微笑を浮かべてリュフィーは続けた。
「スレインさん」
彼女が彼のことをそう呼ぶのは初めてだった。
「やはり、あなたは、もうダークロードではありません。」
「え?」
「ルドルフという名前はダークロードの名前なのですよ。自分の名前を思い出せない人が同一人物であるはずがないでしょう?」
「リュフィーさん・・・」
リュフィーは軽く微笑んだ。
「シオンを倒したことで、貴方は、もう十分すぎるほど過去に対する義務を果たしたのです。」
「・・・・・・すまない・・・・」
スレインは頭を下げた。
だが、その時彼は何か足りないことに気がついた。
ラミィの姿が見えない。
スレインは部屋や窓から見える風景に目を泳がせた。
どこにもいない。
「ラミィは・・・」
何処?と聞きそうになったとき、彼はあることに思い至った。
「リュフィー・・・・」
スレインは、そのことを直接は聞けなかった。
「このホムンクルスの体で、闇の妖精を見ることはできますか?」
婉曲な質問だった。
「いいえ、その体には、ロード様がグレイの体を使っていたときに得ていた闇の力は受け継がれません・・・・残念ですが・・・」
「・・・・・そうですか。」
スレインはリュフィーが答を最後まで聞けなかった。
ラミィはもういない。
たとえ、実際には存在するのだとしても。
どんなに愛しくても
姿も見えず、話せないのでは、彼女がいないのと変わらない。
こころに大きな穴があいたような気持ちだった。
「スレインさん。・・・これからどうするおつもりですか?」
「・・・・とりあえずは、みんなのところに帰ろうと思う。みんながくれた命だから粗末にはできないからね・・・・正直言って立ち直るには時間がかかるだろうけど・・・」
たぶん、この心の穴は埋まることは無いだろう。でも、それでも生きていくべきだ。
それがラミィにとっても一番いいことであるはずだから。
「すこし、一人になりたいんだけど・・・」
「その必要はないですよ?スレインさん。」
「え?」
リュフィーの言葉にスレインは当惑した。
そして、彼女の後ろから誰かが現れた。
おそらく少女なのだろうが、彼女はいきなり、ベットの上のスレインに抱きついた。
少女は何かを言っているようだったが、泣きじゃくっていてよく声が聞こえなかった。
だが、スレインには覚えのある感覚だった。
どこか、人を和ませる声。
ピンク色の髪。
そして、突然、人に抱きつかれたなら驚くだけのはずなのに、どこか安心感を覚えている自分自身。
「ラミィ・・・?」
スレインの声に少女は微かに反応し、声を出来るだけ整えながら答えた。
「はい、ですう!!」
少女はスレインが知るラミィとは違っていた。彼が知っているラミィは妖精でとても小さな存在だったが、目の前の少女は人間と変わらない大きさだった。
だが、少女は疑いなくラミィだった。
「すまない、心配かけて・・・」
「いいんですよ〜。スレインさんは帰ってきてくれたじゃないですか。」
スレインはラミィの髪の毛を撫でながら言った。
「ああ、帰ってきた。・・・だが、その身体は・・・」
「にんげんに・・・なりました。」
「リュフィーさん・・・」
「・・・どうやらお役に立ったようですね。」
「どうして、こんなことが・・・原理的には絶対不可能なはずなのに・・・」
と、問うスレインにリュフィーは具体的な方法は申し上げられませんが・・と前置きして話し始めた。
シオンが地上に逃げた後、彼は禁術を乱発して、自分の精霊力を高めた。
闇の総本山もこれに対抗しようとしたが、そのためには、どうしてもシオンと同じ方法−禁術とは言わないまでも、それにきわめて近い方法−を使わざるを得なかった。
しかし、太陽に負担をかけるのは望ましくなかった。その回答をはフェザリアンの科学力と精霊使い達の力の融合だった。
それは、総本山に著しい利益を与えた。死者の魂を集める冥界の門もこの方法で建造されたものの一つであるが、その結果、精霊使い達は効率的に魂を輪廻の輪に導くことが可能になった。だから、シオンの精霊力を押さえ込むのに十分な数の精霊使いをシオンが精霊力を悪用した時に備えて待機させることができたのだ。
だが、それらの技術を実用化するにあたって少なからず失敗があった。そして、その中に周囲の妖精を人間に変えてしまうという椿事を引きこした事例がったのだ。
「彼女の姿はその時の失敗の成果なのです。」
説明を終えた、リュフィーにスレインは深く、頭を下げた。
「ありがとう。リュフィーさん。」
やめてくださいよ。とリュフィーは笑った。
「貴方は我々総本山の恩人なのです。だからこの程度のことだったらバチはあたりませんよ。」
そう言うと、彼女は手をスレインに差し出した。
「ありがとう。」
スレインは再びそう言ってからリュフィーと握手を交わした。
「さあ、行って下さい。」
スレインはゆっくりと頷いた。
身体の調子は良好だった。ベットから起き上がるとスレインとラミィは外のほうへと歩いていった。
キシロニアに繋がっているトランスゲートに向かう2人を見ながらリュフィーは呟いた。
「ダークロード・ルドルフ4世・ホルスト」
精霊使いはダークロードになった時には、それまでの本名を捨て、ロードとしての名前を名乗る。
貴方の本当の名前、ロードになる前の名前はスレイン・ヴィルダーでしたね。
「貴方は、元の名前にもどったんですね。」
いえ、違うわね。
と、リュフィーは自分の考えを打ち消した。
彼は新しい肉体と絆があるのだ。ルドルフでもなければ、古き日のスレインではない。
新しい存在として生まれ変わったのだから。
キシロニア行きのトランスゲートの上に乗るとスレインはラミィを見た。
彼女は笑っていた。
それはいつも、自分が癒されてきた表情。
そして、彼はラミィが本当に自分のことを心配してくれたことを知っていた、
そろそろ言ってもいいのだろうか?
まだ早いか?
スレインは頭を横に振った。
・・・・いいや、言おう。私は自分の気持ちを伝えるべきだ。
「なあ、ラミィ。」
「はい、なんですか〜。」
「私がどんな人間か知っているよね?」
「スレインさんですか〜。そうですね〜。ちょっと強気で、気難し屋さんだけど熱血な善人な人ですかね〜。」
「その通り。」
スレインは笑った。
「そういう人間はね。本当はこういことを言うのは苦手なんだけれど・・・聞いてくれるか?」
「何をですか〜?」
「好きだラミィ。」
いろいろな言葉が浮かんだが、これでいい。
これが自分の正直な気持ちなのだから。
「だから、ずっと私と一緒にいてくれないだろうか?」
暫しの沈黙。
それをラミィの声が破る。
「・・・先に言われてしまいました〜。」
頬を赤らめて、照れたようにラミィは言った。
「ラミィも・・・スレインさんと一緒に暮らしたです。」
ラミィはスレインに抱きついた。
「人間がこんなことをする理由が分かったような気がします・・・・」
彼女の唇がスレインのそれと重なった。
(おわり)
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