傭兵諸君。
我々傭兵は戦いの時は勇敢に、雄雄しくそして、献身的に戦ってきた。
それは我々を含め全ての傭兵がその血と命を持って証明してきたことだ。
しかし、戦いが終わるや、のけ者にされ蔑まれ、生きるすべさえも奪われる。
このこともまた、多くの傭兵の命と涙によって証明されている。
彼らはそうなるべくして、命をうしなったのだろうか?
否
彼らには幸せに生きる権利があった。意志があった。
しかし、それは奪われたのだ。
貴族や、国王の手によって。
我々は彼らのためにはたらいたのに。
国王や貴族にとって奴等の秩序の中に傭兵という名の身分は不要なのだ。
彼らはただ、戦いのときのみ、われらを使い、そして戦いが終われば、それを捨てる。
それだけが、奴等にとっての傭兵の意味なのだ。
もう、たくさんだ。
もう我々は奴等の秩序におとなしく従うことは出来ない。
戦おう。戦ってこの秩序を打ち壊そう。
傭兵だけではなく、国王と貴族に虐げられてきた全ての人々が安住できる場所を作るために。
我等には力がある。長年の努力によって、古代の魔法の技術を解き明かし、自らの力とした。これに傭兵の勇猛が合わさるとき、国王とその取り巻きどもの軍に劣ることなど有得ない。
もう国王の旗を掲げるのはやめよう。奴等の旗でわなく、我々の旗を掲げよう。
この旗の立つ場所こそ、我等の家であり、故郷である。
私はここに傭兵王国の建国を宣言する。
(傭兵国建国演説より抜粋)
「てやあああ!!!!」
裂ぱくの気合の声とともに繰り出された一撃が鎧兵を捉えた。胴体を貫かれた。その鎧兵は2歩3歩とゆっくり動いたがそれきり動かなくなり、地面に倒れた。
鎧兵を倒したのは女性だった。
その凛々しい顔には疲労の色が濃い。
彼女の周囲には鎧兵が群がっていた。
「さすが、インペリアルナイト・・・ジュリア・ダグラスだな・・・しかし、もう体力もあるまい・・・もう降伏したらどうだ!」
「・・・・降伏などしない。」
ジュリアは間髪いれずに拒否を伝えた。
右足に鈍い痛みが走った。彼女の周りには何人かの部下がいたはずだが、もう一人もいない。皆やられてしまった。
「では、死んでいただこう。」
その声を合図に群がっていた鎧兵が一斉にジュリアに襲い掛かった。
彼女の剣が疾り、鎧兵の何体かが倒れ、その波を押しとどめた。
だが、それは一瞬だった、次々と近づいてくる鎧兵は斧の攻撃をジュリアに浴びせ、その余裕と体力を奪っていった。
「くっ・・・」
これで最期だろうか?
もう、ジュリアは体力的に限界だった。剣を上げるごとに疲労が増していく。
彼女の中に諦めの感情が生まれ、それが敵に隙を作った。
鎧兵の一体が彼女に体当たりをかけた。
「うっ・・あ!!」
体勢を崩してジュリアは倒れた。
「もらった!!」
彼女の目に斧を振り上げる鎧兵の姿が映し出された。
もう、かわしきれない・・・・・
マイ・ロード・・・・
彼女の頭の中にグローランサーと呼ばれる青年の顔が浮かんだ。
彼女が愛する無二の存在が。
・・・もう、私は貴方にお会いすることはできません・・・
ジュリアは目を閉じた。そして、衝撃がくるはすだった。
だが、それは来なかった。その代わりに聞こえてきたのは何か金属的なものが砕ける音だった。
目を開けると、彼女の前には赤い上衣を着た男が立っていた。
自分に止めを刺そうとした鎧兵は横にあった崖に吹き飛ばされ大破していた。
男の横顔が僅かに見えた。
漆黒の髪。金色の瞳。その瞳にはあるものだけに許された強い意志が感じられた。
そんな男はジュリアには一人しか思い浮かばなかった。
「マイ・ロード・・・?」
自分は夢を見ているのだろうか?
いいや、夢に違いない。
彼はここにいるはずがないのだから。
「無事か!?ジュリア!」
青年はジュリアに振り返り呼びかけた。
その声は紛れも無くジュリアが愛する人の声だった。
伝説の英雄カーマイン・ホルスマイヤーその人である。
「何故・・・?」
「説明は後だ!」
カーマインは振り向きざまに鎧兵の一体を切り捨て、負傷している彼女を抱きかかえて走り出した。
「逃がすな!!」
手負いのインペリアルナイトを仕留めるのはこと時とばかりに、2人を追跡した。
しかし、カーマインは巧みに追跡をかわしていった。
「マイ・ロード・・・・何故、ここに・・・ローランディアは傭兵国と和議を・・・」
そうなのだ。
カーマインの祖国ローランディアは傭兵国との間に和議を成立させていた。
彼らは少々の賠償金を取られたが、その代償に傭兵に占拠されていた領土を返還された。その結果、傭兵国はバーンシュタイン一国に戦力を集中できるようになった。バーンシュタインにしてみれば同盟に近い間柄であったローランディアのこの行為は裏切り以外の何物でもなかった。
バーンシュタインは抗議したが、ローランディアは国王のバーンシュタイン嫌いを反映してそれを無視していた。
だから、ローランディアの高官であるカーマインがこの場に居るなど本来はありえない。
ひとつの可能性を考慮に入れなければ。
国を捨てて・・・・
「君を見捨てることなんて俺にはできない。」
「では、貴方は国を捨てたのですか?」
カーマインは何か言おうとしたが、それは前後から現れた鎧兵の叫び声でかき消された。
小道を走る2人を挟みこむ形で現れた鎧兵はじりじりと距離をつめていった。
今度こそ逃げ道はなさそうだった。
「くっ・・・」
「ジュリア魔法は使えるか?」
「え、・・・はい使えます。」
カーマインは剣を構え、ジュリアをかばうように前に進み出る。
「上等だ。」
「しかし、マイロード・・・このままでは」
「ここの地形をよく見ろ。」
カーマインに言われて、ジュリアは辺りを見回す。ほとんど一直線の細い小道。それにそって近づいてくる鎧兵。
彼女はカーマインが考えていることを即座に理解した。
「頼む。おれが時間を稼ぐ。」
「ちょこまかと逃げ回りおって!これで最後だ!!」
鎧兵は一斉に2人に襲い掛かった。
その波をカーマインが一人で受け止める。
斧が勢いよく振り下ろされ、鎧や盾を強打する。それにも負けずにカーマインは流れるような剣さばきで一体づつ鎧兵を葬っていく。
だが、鎧兵の数はあまりに多かった。攻撃を受けるたびにカーマインの顔が痛みで歪み彼を傷つけていった。
鎧兵は勝利を確信した。
抵抗は明らかに弱まっている。あと少しだ。
しかし、彼らは見落としてた。カーマインの後ろに居たジュリアがある魔法を発動させたことに。
そして、衝撃が走った。
2人の右側から迫っていた鎧兵がいきなり吹き飛んだ。青白い閃光が彼らの胴体を突き破り、その衝撃で無造作に転がっていく。結果、右側に居たほとんどの鎧兵が戦闘能力を失った。
「サンダーか!!?」
鎧兵の一人が叫んだ。
サンダーなどの雷の魔法に鎧兵はひどく打たれ弱い。その弱点をつかれたのだ。それにこの魔法は直線上の標的に効果を表す。彼は今にして回避の余裕の無い一本道で2人を囲んでいたことを呪った。
だが、まだ少なくとも左側の隊は健在だ。 数の多さで包み込んでしまおう。と、彼は考えたがそれは前から突き崩された。目の前のカーマインがその左手を自分に翳していた。そして、その手からジュリアのものと同じ閃光が走った。
2発のサンダーがその効果を発揮し終えたとき、2人の右側にいた鎧兵はほぼ全滅。左側にいたものも半数が戦闘不能だった。残った鎧兵は度肝を抜かれて後退した。
周囲に敵が居なくなることを確認すると、カーマインはまだ、ふらふらしているジュリアを近くの木に横たえて、魔法で傷を回復させた。
「立てるか?」
心配そうに尋ねるカーマインの手をジュリアは掴んだ。
「・・・マイロード、貴方は国を捨てたのですか?」
「・・・そうだ。」
「まだ、間に合います。どうかローランディアに!このままでは貴方は命も・・・ルイセやサンドラ様も・・・・!」
私のことなんか構わないでよかったのに・・・
「ジュリア」
思いつめた表情の彼女にカーマインは言った。
「俺に君を見捨てることなんてできない。君は絶対に失いたくない人だからな。」
「しかし・・!」
「俺は君を犠牲にしてまで生きていたくはない・・・ともに生きてともに死にたい。それだけだ。」
「マイ・ロード・・・」
ジュリアは唇をかんだ。
守ろうとした、愛しい人に取り返しの付かない決断をさせてしまったことが堪らなく辛かった。しかし、彼がここに来てくれたことを喜ぶ気持ちもあった。
そんな気持ちのぶつかり合いが彼女の顔に表れていた。
「すみません・・・」
謝罪の言葉。
カーマインはジュリアをいたわるように言った。
「いいんだ。俺は君のロードなんだろ?忠実な家来をすぐに見捨てる王様にロクな人間がいたためしはないからな。」
彼は手を差し出した。
「行こう、ここはまだ危険だ。」
ジュリアは差し出された彼の手を握った。
傭兵国とバーンシュタインの戦争は最終局面を迎えていた。
バーンシュタイン軍はバイロン指揮下の師団が他愛なく撃破され、戦備が整わないうちに傭兵国の大攻勢を受けた。
立ち上がりの遅れからバーンシュタイン側は傭兵国に翻弄され、各戦線で後退に後退を重ねていた。
傭兵国軍は対ローランディア戦部隊おも投入し、王都占領の構えを見せていた。これに対しバーンシュタインはオスカー・リーブズ率いる第1軍団を以ってその侵攻を防ごうとした。
両者はバーンシュタイン王都から数キロはなれた平原で会敵した。戦争の雌雄を決する文字通りの決戦であった。
戦いは、当初、バーンシュタイン軍が有利に戦局をすすめた。伝統の中軍、左軍、右軍の三段構えの陣形にオスカーの指揮よろしきを得て、鎧兵の猛攻を抑え、逆に押し返しつつあった。
だが、戦況はオスカーとその幕僚が傭兵国奇襲部隊の襲撃で負傷するや逆転した。指揮系統が麻痺したバーンシュタイン軍は中軍が中央を突破され、左軍は完全に撃破された。
このとき、バーンシュタイン軍の完全崩壊を救ったのがジュリア指揮下の第3師団だった。彼女は手元にあったこの師団だけを率いて戦場に駆けつけたのだ。そして、見事、勝ち誇るウォルフガングの側面に痛撃を与えて、第1軍団の撤退を助けたのである。
だが、そうであるがゆえに傭兵国の第3師団への追撃は激烈を極めた。その退却中に味方を守るために殿を務めていたジュリアが行方不明になった。
誰もが、彼女は死んだと思った。
だが、彼女は生きていた。光の救世主とともに陣営に姿を現したとき、歓声が沸き起こった。
「マイ・ロード・・・・・・本当にすいません。」
天幕の中でベットに寝かされたジュリアはカーマインに言った。
「口説いぞ、君が無事でよかった。本当は俺が国王を説得できればよかったんだが・・」
「いいえ、貴方が来てくれただけで私は十分です。」
「そうか。」
少しだけ頬を赤らめているジュリアにカーマインは笑顔をむけた。
その時、天幕の向こうに酷くあわてた様子の人影が見えた。
「将軍!国王陛下からの伝令です!」
「なに」
ジュリアはベットから起き上がると、天幕を開き、兵士が差し出してきた書簡を受け取った。
書簡には確かに、バーンシュタイン王家の紋章が刻まれていた。
封を切り、なかの紙に目を通したとき、ジュリアは短く叫んだ。
「そんな、馬鹿な!!」
彼女の手から書状が落ちた。
カーマインがそれを拾うと、そこには「バーンシュタイン王国は傭兵国との間に和平協定を取り結んだ。よって第3軍団は8月22日午前11時を以って一切の戦闘行為を停止せよ。」とあった。
協定の条項を見るとそこには傭兵国の独立承認、村以南の領土割譲。賠償金の支払といった文言が並んでいた。
バーンシュタインの全面的な敗北といってよかった。
「無念であります。」
伝令を持ってきた兵士は泣き崩れた。
彼に向かってジュリアは淡々と言葉をかけた。
「任務、ご苦労だった。すこし休みなさい。」
「しかし・・・・」
「やすみなさい。」
「はっ・・・」
ジュリアは彼を下がらせると、天幕の中に入りうわごとの様に呟いた。
「バーンシュタインが・・・負けた・・・?」
彼女を支えていた何かが崩れだした。彼女はそれを必死になって否定した。
私は
私は
語気を強めて彼女は叫んだ。
「私は認めない!認めない!!」
バーンシュタインが負けたなど!
痛ましい叫びをあげるジュリアにカーマインは静かに話しかけた。
「ジュリア・・・」
「マイ・ロード!貴方もそう思うでしょう!!」
「ジュリア!!」
カーマインは、押しとどめるように、彼女を抱きしめた。
「放してください!!」
ジュリアはなおも言った。
「私は部下たちに勝利のために死ねといってきた!」
多くの兵士が命を落とした。
それなにの
私は彼らに・・・
「勝利を告げることも出来ないのか!!!」
カーマインは彼女を離そうとはしなかった。黙って、彼女の言葉に耳を傾けた。
彼女の言葉は確かに彼に向けられていたが、同時に死んでいった部下たちに対する言葉であることを彼は知っていた。
ジュリアは消え入りそうな声で言った。
「皆の犠牲は・・・無駄だったのか・・・・」
「ジュリア・・・君がもし、戦闘を継続すれば・・・」
ジュリアは押し黙った。彼女の冷静な部分はそれが何を意味するかを理解していた。
「分かっています。」
そんなことをすれば死ななくてもよい人々が死ぬ。
確かに戦い続ければ勝てるかもしれない。だが、その被害はおそらくバーンシュタインにとって耐え難いレベルに達することは目に見えていた。
「皆の犠牲は無駄じゃない。」
ジュリアが顔を上げるとカーマインの笑顔があった。それは、ヴェンツェルとの戦いのときに彼女が勝利を確信できたそれと同じものだった。
「ジュリアと第2軍団の兵士は生き残った。それに君はウォルフガングに一矢を報いた。」
「・・・・しかし・・・」
「勝敗は決まった。もう覆せない。」
確かにそれは事実だった。
「問題はこれからだ。犠牲が無駄になるかどうかはこれから決まるんだ。」
「これから・・?」
「バーンシュタインは滅びていない。でも、衰弱しているのはたしかだ。死んだ人はもう帰ってこないけれど、彼らが守ろうとした国を立て直すことは、やりようによっては出来ることだ。違うか?」
「・・・・・・」
「今君がしなければならないのは兵の動揺を抑えることだ。」
バーンシュタイン敗北の報せを聞いて兵士たちは動揺するだろう。特に傭兵国に割譲された地域の出身兵は。
そうした、混乱を抑えることこそジュリアがしなければならない事だった。
「そう・・・でしたね・・・」
ゆっくりと頷いたジュリアから手を離したカーマインは彼女の額にそっと口付けした。
「出来ることから始めよう。・・・それで俺たちはゲヴェルに勝てたのだからな。」
「ええ。」
ジュリアは天幕の外にいた伝令を呼んだ。
「閣下。お呼びでしょうか?」
「うむ、各級の指揮官を至急集めてもらいたい。」
「はっ!承知しました。」
伝令が出て行いった。まず、全部隊に休戦が成立したことを知らせなくてはならない。
そうしなければ、折角出来上がった条約が無効になってしまうかもしれない。
することは多そうだった。
その後
傭兵国戦争における敗北の結果、バーンシュタイン王国は多くのものを失った。
戦死者、領土、誇り、富。
これらの喪失は王国にとってあまりにも大きなものであった。
そして、外には強大国として登場した傭兵国とあまり損害を受けずに戦争を乗り切ったローランディアの2国と向き合わねばならなかった。
だが、王国は復興に向かって歩みだした。その先頭に立ったのはインペリアルナイトジュリア・ダグラスだった。
彼女はエリオット国王に進言して、北部の鉱山開発に乗り出した。まだ、開拓されていなかったこれらの鉱山の開拓は大きな富を王国にもたらした。
それは、あたかも死につつある病人への輸血のようなものだった。新しい血を得たバーンシュタインはそれを使って、復興を遂げた。
もちろん復興は彼女一人の功績ではないが、その活動が与えた蘇生感が復興の大きな弾みになったのは確かである。
後年、彼女と夫のカーマイン公爵には王国の守護者を意味する「パトリ」の称号が与えられた。
(「バーンシュタイン小史」より抜粋)
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