18      The Snow War 第10部
 
 
◆ 傭兵達の突撃 ◆
 
 
 アーネストの第3軍は進撃を続けていた。マクシミリアンの威嚇も彼等のそれを止めることはできなかった。全員が騎乗していた。なしうる限りすばやく、時空制御塔に到達せねばらないためだ。その発想は敵である傭兵国と同じだった。
彼等は普段であれば数日かかる道のりを、1日で踏破しようとしていた。
 アーネストは全軍の先頭集団からこの強行軍を指揮していた。
「閣下!時空制御塔です。」
「見えてきたか。」
 アーネストの目にかすかに舞う雪の中にそびえる時空制御塔が見えてきた。
 もう、ここまで来たか・・・
 あと、数時間もあれば到達できる。
 しかし、アーネストは別のことを考えないわけにはいかなかった。マクシミリアンの放送だ。彼は威嚇のつもりであれを流したのだろう。それなのに、まだなんの妨害も受けていない。
 何も無ければ良い、という願望はあるが、それが現実になると思えるほどアーネストは楽観主義者ではなかった。
 それを裏付ける直感を彼が抱いたのはその直後だった。
「・・・!?なんだこれは・・・」
 魔術師としての素養もあるアーネストは魔力の異常な波動を感じていた。それは弱くなるどころかさらに強くなっていく。
 危険だ。
 彼は咄嗟に手を横に広げる。
「全軍と止まれ!」
 彼の合図でそれまで急進軍を続けていたバーンシュタインン軍は停止した。
「閣下!アーネスト閣下!魔法兵団より報告!」
「どうした。」
「はっ!先刻より感じられる魔法の波動は時空制御塔の方向より感じられる。とのことです。」
「時空制御塔だと!?」
 アーネストは時空制御塔を睨む。はやり、あの塔の戦闘力を復活させたというのは本当だったのだろうか。
 あの塔の戦闘力の力は計り知れない。時間は惜しいが、このまま進むのは自殺行為だ。
 カーマイン達の任務成功を待ってから進むべきかもしれない。
「一時全軍を下がらせ、様子を見る。それから魔法兵団は結界魔法の準備を・・・」
「はっ!」
 彼の指示に従い、第3軍が後退を始めだした時、時空制御塔から一条の閃光がほとばしった。閃光が地面に激突した瞬間、膨大な量の光と熱そして衝撃が発生した。
光はやがて巨大な火球へと変化し、大地を抉り、衝撃波は周囲のものを飲み込んでいった。
「・・!」
「何事だこれは!?」
着弾地点は第3軍から大分遠い場所だったが、その火球と振動ははっきりと感じられた。誰もが呆然とした表情でそれを見つめている。
 だが、彼等が味わったのはそれだけではなかった。
「うわああ!き・・・木が」
「あわてるな!結界魔法で防げ!魔力を高めよ!!」
 衝撃波とともに根元から空中に放り上げられた木が落下してくるが、それをあやういところで結界魔法が防ぐ。
 幸い、爆心から遠いいため、木もそれほど多くは落ちてこなかった。衝撃もごく弱いものでしかなく、第3軍の被害は軽微だった。
 しかし、アーネストは爆心地の方向を見て、言葉を失った。
「これは・・・・なんという威力だ・・・・」
 それは大地が燃えているといしか言いようの無い光景だった。一面の大地が熱を放ち、巨大なバーンシュタインの王都がそっくりそのまま中に入るくらいのクレーターが穿たれている。
 もしも、あの爆心にいたら、彼の軍は消滅していただろう。
 これが、マクシミリアンの切り札であった。
 
 
「・・・・発射成功、すさまじい威力です」
 かすれた声で監視員がローガンに報告した。
 時空制御塔の低階層からでも、砲撃の効果は良く確認できた。しばし、誰も声を発することが出来なかった。撃たれたほうも驚いたが、撃ったほうも驚いていたのだ。
 連絡員からのテレポートによる伝令の話によれば、アーネスト軍は停止したとのことだった。
 マクシミリアンの計画は最終段階を迎えていた。彼は今、塔の最上階で儀式を行っていた。
 その間、絶対に妨害を排除しなくてはならない。その指揮を取るのはローガンだ。彼は塔の低層階にある監視塔で、指揮を執っていた。
 その直ぐ横にはあの地獄を作り出した古代兵器が見えていた。外見は異常なまでに大砲を巨大化すればああもなろうかというもので、口径は1メートル近くあり、砲身も50メートルを超えていた。
 この砲を動かすために、その基部には巨大な設備が設けられ、この砲の旋回が出来るようになっていた。
 それを見ながらローガンが感じたのは、敵の進撃が止まったという安堵感ではなく、これほどの威力をあの砲が備えていたのか、という思いだった。
 このような破壊を目にしたのは歴戦のローガンでもなかった。どう考えても、やりすぎだ。蟻を殺すのにメテオを使うようなものだ。
 声だけは冷静にローガンは言った。
「成功だな。」
 古代兵器の名は「ミカエル。」
 天使の名前を冠した、魔導砲の一種である。フェザリアンとグローシアンがまだ、協力体制にあったころ、時空制御塔の防衛用に装備された兵器だった。
 基本原理はグスタフのそれと変わらない。魔力を注入し、それを硬質化して超高速で打ち出すものだ。
 グスタフのものはその動力炉から生み出される膨大な魔力を取り込む。ミカエルも時空制御塔の戦闘用動力炉から魔力を供給している。しかし、そのエネルギー変換効率はグスタフよりも遥かに優れていた。さらに大気中のグローシュを吸収し、威力を向上する機能も付加されていた。
 もともと、都市ひとつを消滅させるだけの威力を期待されて作られた兵器であり、グスタフのものとは比べ物にならない威力と射程を有していた。
 この兵器は、時空制御塔に4基が設置されており、四方の敵に対処できた。もっとも現在の動力炉の力ではどれか一基しか使用できない。アーネスト軍への射撃は東側に設置されたもので行われたが、動力炉からの回路を着替えれば、北側、西川、南側に切替可能だった。
 この兵器を利用できるのも、そして、あらゆる攻撃に対処できる結界を作れたのも、考えうる限りの方法でかき集めた魔力が詰まった水晶板のお陰だった。これを起動用エネルギーとして、機能を停止していた12個の戦闘用動力炉のうち2基を復活させることができたのだ。本来なら動力炉は3基動かせるはずだったが、水晶板をアリエータの妨害で一つを失ったため、この数になった。
 もしも、計画通りなら結界もより強力なものになったに違いない。
 ともかく、バーンシュタインもこれで進撃を諦めるだろう。マクシミリアン様の計画を妨害するものはいなくなった。傭兵国がいるが彼等はジュリア軍との戦闘に謀殺されてこちらには来ないだろう。
 だが、そう考えた矢先、別の報告がその見方を根底から覆した。
「ぱ・・・パトロール隊より報告!傭兵国軍がこちらに向かってきます!」
「なんだと!?兵力は?」
「兵力は約1個師団!しかし、例の鎧兵の化け物が3体加わっております。指揮官はウェイン・クルーズです!あと1時間程度で我々を攻撃範囲に・・・」
 指揮官達はざわついた。
 アーネストを撃退したミカエルはその魔力を充填するのに7時間はかかる。もし、12個ある戦闘用動力炉のうち3つが計画通り起動していたとしても、6時間はかかる。完全にふところに潜り込まれてしまったのだ。攻撃に来るのはバーンシュタイン軍のみという先入観が裏目に出たのだ。
 ウェインの攻撃を止めるには間に合わない。
「奴等はあの巨大な鎧兵を持っているのか・・・・どうすれば・・・・」
 ざわつく幹部達をローガンは一喝した。
「さわぐな!敵は1個師団に過ぎない!こちらには、全ての魔法攻撃を封じられる結界に1個師団半の兵力が待機しているのだ!落ち着け!」
 歴戦の老将軍の言葉に、幹部達は落ち着きを取り戻していった。ともかく、結界内で迎撃陣形をとらせることにした。
「マクシミリアン様の儀式の完了まであと僅か!それまでなんとしても奴等を支えるのだ!」
「はっ!」
 マクシミリアンは儀式に集中しているため、報告は重要なものでなければ必要ないと言っていたが、これは重要な報告だろう。
 伝令が最上階のマクシミリアンのもとに走った。
 マクシミリアンが漏らしたのは。
「そうか、頼むぞとローガンに伝えてくれ」
 という言葉だった。しかし、彼は思っていた。
 ウェイン・・・君も私の考えを理解してくれなかったのか・・?
 マクシミリアンは首を振り、再び精神を集中して詠唱を再開する。
「人々よ競争心を捨てよ・・・争う心を捨てよ。言霊の面を我が言葉に力を与えよ・・・」
 外から魔力の気配が感じられた。おそらく、味方の魔法兵が攻撃魔法の詠唱に入ったのだろう。しかし、それに気をとられたのは一瞬のことだった。一刻も早く、この儀式を完成しなければならなかった。
 
 
 
 戦闘が始まったのはそれから40分ほどたってからのことだ。ギリギリで陣形を組み終わったマクシミリアン軍が長距離魔法を撃ち始めた。目標は先頭を進む化け物だ。
 「時空制御塔の戦い」と呼ばれる戦闘の始まりである。
「相変わらずというか、流石というか・・・」
 ウェインの感想に、ヘルガの声が答えた。
「まあ、装甲の勝利だな。」
 傭兵国軍の先頭を進むグスタフ型鎧兵にはシュワルツハルズ戦の戦訓から装甲が追加されていた。また、敵は3体均一に魔法攻撃を加えているため、1体ごとの攻撃量は低かった。
 これでは、グスタフを撃破するのは不可能だ。影響といえば振動が激しいことくらいだ。
 当然、後に続いている歩兵達に影響は無い。彼等は馬を降り、徒歩で移動を開始していた。
 ウェインは時空制御塔に視線を向けた。結界の範囲は500メートル程度なのかそのエリア内にマクシミリアン軍が布陣して、魔法を放っている。距離は1キロ程度だ。まだ、魔導砲で時空制御塔の壁面を破壊できないかもしれない。
 しかし、彼等の魔法攻撃も距離が近づけばこちらの装甲を突破するかもしれない。また、歩兵部隊が接近戦を仕掛けてくるかもしれない。
 時空制御塔を制圧するにはなるべく戦力を残さなければならない。
 ウェインは命じた。
「ゼノス!これから魔導砲を撃つ。隊列をその場で待機させてくれ。」
「わかった。」
 元気のいい返事が返ってきた。
「ヘルガさん。魔導砲は大丈夫ですか?」
「ああ、万全だ。」
「アマリ無理をスルナヨ。」
 セレブが釘を刺すとウェインは苦笑して言った。
「ああ、わかっているよ。」
 グスタフだけが前進し、歩兵部隊は待機する。両者の間隔が100メートルほど離れると、ウェインは命じた。
「撃て!」
 彼の号令と同時に、3体のグスタフは火蓋をきった。
 腹部に装備されていた魔導砲が一斉に火を噴いた。凄まじい閃光を撒き散らしつつ打ち上げられた魔導弾はその針路上にあるものをなぎ払いながら時空制御塔に突き進んだ。
 結界もそれを止めることは出来なかった。結界を無視して、それは時空制御塔の壁面に直撃した。
 この世の終わりではないかと思えるほどの光と轟音が同時に発生した。
 それが収まってくると、貫通は出来なかったものの、壁面に亀裂が入っていた。
 本来なら貫通可能な筈だが、はやり、結界のせいで威力が落ちているらしい。だが、それは結界が魔導砲を結界表面で弾けるほど強力でないことも教えていた。
 もしも、アリエータが水晶板を破壊していなかったならさっきの攻撃は結界表面で弾かれていたかもしれない。
「・・・想定の範囲内だな、距離700メートルで3体が同時攻撃を加えれば、時空制御塔の壁面を突破できる。」
 ヘルガの声にウェインは頷いた。
「よし、行こう!」
 傭兵国軍はグスタフを先頭に前進を再開した。
 時空制御塔までの距離、この時950メートル。
 
 
「やられたな・・・」
 ローガンとその参謀達は目の前に惨状に言葉を失っていた。
 結界のエリア内ならグスタフの攻撃も凌げるはずだった。一万人規模で放たれる魔法からも安全なはずだった。だが、現実にあの化け物の攻撃は結界を貫き、さらに時空制御塔の壁面に亀裂さえ作ってしまった。結界のエリア内に布陣していた迎撃部隊も1000人近い犠牲が出ている。
 熱によって魔導弾が通った跡は黒く変色し、そこに味方兵士が倒れていた。
「敵軍、前進してきます!」
 ローガンは指令を発した。
 あの化け物にこれ以上近寄られれば壁面さえ破壊されかねない。
 それを防ぐためには早くあれを破壊しなければ。
「全軍を結界の外に出せ。このままでは、結界の中で全滅するだけだ。」
 部下の一人が抗弁した。
「しかし、外に出ても、正面からではあの化け物には勝てません。」
 そのもっともな意見に、ローガンはいつもどおりの冷静な口調で答えた。
「敵の狙いは、この時空制御塔だ、ゆえにこのまま直進してこよう。中央には結界のエリア内に魔法兵部隊を数隊残す。そしてエリア外に出た隊は中央を突破されたように見せかけて左右両翼に分散、逆進しつつ敵の背後から攻撃をかける。」
 ローガンの説明に参謀達は怪訝そうな顔をした。
 背後に回りこむのはいい。だが、どうやって、あの化け物を破壊するのだ?あれは背後に回ったところで、直ぐに破壊できるような代物ではない。
 だが、一人がローガンの意図に気がついた。
「まさか、ミカエルを使用するのですか?」
 ローガンは気まずそうに答えた。
「そうだ。」
「しかし、あれは、まだ魔力の充填が・・・」
「途中でも構わん。何もさっきのような威力を期待しているわけではない。あの化け物を破壊できればそれでいいのだ。・・・・できるのだろう?」
「は・・・はっ!」
 参謀達の中に混じっていた技師が慌てて答える。
 魔力充填中のミカエルをその途上で強引に発射させるのだから、それりに無理な操作が必要だった。威力は先刻の攻撃に比べれば豆粒のようなものだろうが、あの化け物を破壊するぐらいの威力はあるはずだ。
 しかし、問題があった。
「現在の魔力量では、あの鎧兵を撃破するだけの攻撃を行えるのは3回が限度です。」
「構わん。当てやすいような状況を作り出す。」
 ローガンの指示が各部隊に飛んだ。混乱しながらも彼等は指示を忠実に実行した。まず、結界を一時的に停止し、その間に結界の外に移動した。再び発動した結界を背に彼等は正面から突撃を開始。その攻撃が失敗したように見せかけつつ、ジリジリと左右に分散していった。
 
 
 相変わらず、正面からの魔法攻撃は継続していた。不気味な振動と音が響いた。
だが、その攻撃は魔導砲の発射以後は明らかに衰えていた。反撃してきたマクシミリアンの歩兵部隊も、グスタフの武装と、後続部隊の支援で撃退し、その中央を突破しつつある。
 このまま、いけるかな?
 ウェインが自問していると、ゼノスの声が戦局の変化を伝えてきた。
「おい、中央を突破された連中が左右に回りこんできたぞ。」
 しかし、ゼノスは付け加えた。
「お前の読みどおりにな。」
「ああ」
 ウェインは答えながら周囲を確認した。
 敵部隊は左右共にほぼ同数らしい。中央の突破が簡単だったのは、やりさそいだったようだ。
「奴等の処理は俺に任せろ!お前は時空制御塔を!」
「ええ!お願いします!」
「おう!」
 ゼノスとハンスはそれぞれ、1000人つづの兵士を率いて両側面の敵に対応した。
 しかし、それぞれの隊の正面の敵は恐らく1500人を超えていた。2倍近い敵を相手にしている計算だった。
 両者の距離はみるみる近づき、互いの顔が見えるほどになっていた。
 ハンスやゼノスが命じる。
「構えろ!!」
「構えて!!」
 ハンスは自分の後ろから絶叫がするのを聞いた。ゼノスの隊は既に、敵と接触したのだろう。
 自分のところも、もうすぐだった。
 負けるもんか、負けるもんか。
「かかれ!!」
 ハンスの号令で部隊は敵に向かって突撃した。剣や斧、それを盾が防ぐ音、又は、防ぎきれずにあがる悲鳴、絶叫。そして、魔法が周囲の支配者になった。
「こいつめ!!」
 ハンスの投げた礫が、重戦士の額を一撃で貫く。彼は身の軽さを生かし、指揮しつつ、狙えるものを狙い打った。
「ぐあああ!!」
 しかし、倒れていくのは傭兵達のほうが多かった。2倍近い敵に正面から挑めば、当然の結果かもしれない。
 だが、戦いはこれからだ。ハンスが後ろに目をやると、そこには後方に控えていた予備隊の姿が見えた。彼等はハンスたちを一挙に突破しようと考えていた敵の側面を衝いた。
「いまだ、押し返せ!」
 ハンスの部隊は劣勢の混乱を建て直し、再び敵に挑んだ。今度は逆にマクシミリアン側のほうが浮き足立った。ゼノスの受け持つ隊でもほぼ同様なことが起こった。
 さらに、グスタフからの援護射撃も加わった。彼等は時空制御塔に進みながらも、自らの武器の中でも小型のものを選んで、見方を援護した。このため、マクシミリアン軍は戦線を突破するどころか、完全に防御する側に回ってしまった。
 これでは、マクシミリアン側はグスタフたちを攻撃することはできない。そして、正面に残っていた魔法兵部隊の攻撃は全く、グスタフに損害を与えなかった。
 
 ウェインは両側面のハンスとゼノスの戦況を俯瞰して、味方が互角に戦えていることを見て取った。グスタフへの攻撃は無視してもいいくらいだ。
「全機、魔導砲発射隊形へ!一斉射撃だ。」
 距離は既に700メートル。計算上では3体の一斉射撃で時空制御塔の壁面を破壊できる距離だ。
 このまま、いければ・・・!
「魔導砲へ魔力注入開始。」
 ヘルガが機械の操作を始めた。グスタフの主砲が再び光を放ち始める。巨大な魔力が蓄積され、砲に装填されていく。
「内圧限界へ!いつでもいけるぞウェイン!」
「よし・・砲撃用意・・」
 ウェインが時空制御塔を睨んだ時、その付け根から凄まじいい閃光が走った。
「!!!!」
 あまりの眩しさにウェインは目を閉じた。それでも、光が飛び込んでくる。何も考えられなくなったウェインの耳に、どこからか爆音が聞こえた。
 暫くして、光が収まってくるとウェインは鈍い痛みが走るのをこらえながら目を開き、光の正体を探ろうとした。そして、言葉を失った。
「そんな・・・」
 右側を進んでいた「ヴァレンシュタイン」が真赤な炎を上げていた。機体の中央にぽっかり空洞が出来ていた。何かに貫通されたのだ。当然、魔導砲は全壊。全身に亀裂が入っていた。
 セレブもヘルガも呆然とした表情を浮かべていた。
 その時、「ヴァレンシュタイン」の頭部から何かが打ち上げられた。それは、一定の高度に達すると破裂し、青白い光球を生み出した。
 信号弾だ。
 意味の分かるものに、その光は告げていた。
「我、走行コントロール不能。コントロール不能ニツキ我ヲ避ケヨ。」
 見ると、コントロールを失った「ヴァレンシュタイン」がウェインのグスタフのコースに割り込んできた。
「くっ!」
 ウェインのグスタフが大きく右に曲がった。しかし、方向転換するときはスピードが落ちる。その瞬間を狙っていたのか、正面の魔法兵隊の攻撃が集中した。
 ウェインはさらに、回避コースを指示しようとしたが、両側面では敵味方入り乱れての戦闘となっている。これでは、コースを大きく変えると味方を踏み潰してしまう。結果として、グスタフは前に進むより道はなくなってしまった。
 
 
「甘いな、魔導砲はお前達だけのものではないのだぞ。」
 ローガンは時空制御塔の基部に設置されているミカエルの管制室から外の様子を見遣った。撃破された鎧兵はコントロールを失い迷走している。中央のそれもこちらの反撃に四苦八苦しているようだった。
「・・・・無茶な、やり方でしたが、あの化け物は撃破可能なようですね。それに射撃も正確だった。」
 味方の歩兵部隊が両側面に回り込み敵と交戦している。そのお陰で、敵の巨大鎧兵のコースは限定されたものになっていた。この条件ならば当たらないわけがない。
「第2射準備整いました。」
「うむ、目標は右の鎧兵にしたまえ。」
 ローガンが目標を告げたとき、先に撃破した巨大な鎧兵が横転し、ガラス細工が砕け散るような音とともに爆破して、粉みじんに消し飛んだ。
 その光景は傭兵国軍兵士に衝撃を与えた。
「グスタフが・・・・」
 誰の顔にも動揺が走る。
 これでいい、ローガンは思った。報告では、あの巨大鎧兵は傭兵国の開祖、ウォルフガングの置き土産の兵器であり、そして実際に戦場での勝利をもたらした、まさに国の象徴だ。それが一瞬で叩き潰される様を見せ付けられれば、その士気は低下する。
 ミカエルの砲身が右に旋回し、ローガンは静かに命じた。
「発射。」
 
 
「うあ!」
 ウェイン達に再び閃光が襲い掛かった。今度は左だ。
 目が開けられるようになった時、左側を進んでいた「ハンニバル」は消滅していた。大小の部品があたりに散乱している。当たり所が悪かったのか、命中と同時に粉々になったようだ。
 2体のグスタフが破壊されたことで、傭兵国軍の動揺はさらに深まった。
 それを見透かしたローガンはその混乱の弱点に的確に攻撃を集中させていく。数もまだ、傭兵国軍に対して優勢だったため、マクシミリアン軍は次第に戦線を押し返し始めた。
「師匠!このままじゃ・・・」
 ハンスたちの声が戦況の悪化を伝えた。「アレハ、時空制御塔ノ古代兵器ミカエル・・・あの基部ニある砲台ダ。」
 セレブの言うように時空制御塔の基部にある筒状の物体がこちらを睨んでいた。
 ヘルガはそれに見覚えがあった。かつて、時空制御塔を調査した時、彼女もその場にいたからだ。
「・・・・なるほど、無茶をするな。」
 あの大砲が本調子なら、あの一撃で傭兵国軍は消し飛んでいたはずだ。だが、そうでないところを見ると、充填途中で砲撃を始めたのだろう。
「ダガ、2体ヲ失ってハ、アノ結界を貫通シテ、塔に被害ヲ与えルコトは出来ない・・・」
「そうでもないぞ。」
 ヘルガは続けた。
「結界の表面にまで接近し、そこから撃てばあるいはいけるかもしれない。普通の砲撃じゃない。出力200パーセントの砲撃で・・・一回目の攻撃でできた亀裂もある。」
 好都合にも亀裂があるのは、射撃を行っているミカエルの下の部分だ。あそこを破壊すれば、うまくすると、ミカエルを射撃不能にできるかもしれない。
 しかし、
「ソンナ無茶をスレバ・・・」
「ええ、魔導砲は一発でだめになるわ。砲身がもたないもの。」
 でも
「結界を破って中にダメージを与えられるとすればこれしかないわ。」
「ドウスルノダ、ウェイン?」
 ウェインは決断した。
「何もしないよりは、マシですよね。」
「分かった・・・少し苦痛かもしれないが、我慢してくれ。」
 ヘルガは頷いて、魔導砲の機械の調整を始めた。発射準備を完了したままの魔導砲に再び魔力が注入されていく。魔力の充填状況を示すメーターは既に振り切れようとしていた。魔力量は砲身の許容量を遥かに越えている。
 グスタフの動力炉から不気味な音も聞こえ出した。
「うっ・・・」
 ウェインは体全体から鈍い苦痛を覚えた。200%の出力での魔導砲発射はあまりにも無茶な操作であるが故のものだった。こればかりは、機構改造でもパイロットに苦痛を与えずには済まなかった。
 結界が影響を与えているエリアは時空制御塔から半径500メートル。あと、200メートルほどだ。
 
「中央の巨大鎧兵が前進してきます。」
「第3射用意!急げ!!」
「しかし、砲身の温度が上昇しています。攻撃は今しばらくお待ちになったほうが・・・」
「駄目だ、一刻も早くあの鎧兵を片付けなくてはならない。」
 ローガンの声はあくまでも冷静だった。
 奴は魔導砲の発射準備を完了したまま進んでくる。おそらく、結界の至近距離まで肉薄して零距離射撃を試みるはずだ。時空制御塔の防壁を貫いてしまうかもしれない。
 それが、もしも、ミカエルに当たれば、どうにもならない。
「だから、猶予はならない!準備を急げ!!」
「はっ!」
 ローガンの指示で、ミカエルは3回目の射撃準備を急速に完成しつつあった。大童で魔力を砲に注入する。
 その間にも鎧兵は近づいてくる。あと、600メートル
 士官からの報告が入った。
「射撃準備完了!」
 ミカエルの巨大な砲身が狙いを定める。
「発射。」
 ローガンの冷静な声が響いた。
 ・・あの鎧兵にウェインは乗っているだろうか?ローガンは命じながら思った。
今、攻撃を仕掛けている部隊の指揮は彼が執っていると言う。自分の教え子であり、反逆者。傭兵国独立戦争では直接対決したことある。
 士官学校を志望した理由はインペリアルナイトになること。だが、彼はその夢を捨て、傭兵国の大義に共感し、それに加わった。そして、今はマクシミリアンの計画を阻止しようとしている。
 もしも、お前はこの戦いに勝ったら何をするつもりなのだウェイン・・・
 
 
 時空制御塔の基部から凄まじい光がおこり、一段と輝きを増した。
「来るぞ!!」
 そして、閃光。
 ミカエルが魔導弾を吐き出した。それは、目にも留まらぬ速さでグスタフの居る場所へと突進していく。
「今だ。」
 だが、ここでそのグスタフが急に体を傾けた。
 セレブの声を聞いてウェインは咄嗟にグスタフの体を傾けた。彼の手がすばやく動き、何かのボタンを押す。そして、両者はそこで接触した。
 だが、その後に来たのは爆発ではなかった。
「なに!?」
 冷静なローガンでさえ、目を疑った。
 打ち出した魔導弾は爆発する代わりに、僅かに軌道をそらされ、あさっての方向に飛んでいってしまった。
「弾かれました!!」
 ようやく我に返った見張り員が絶叫した。
 あの鎧兵は巨体を傾け、さらにある一点にシールドの力を集中することで弾道を逸らしたのだろう。
 南の森林地帯に轟音が轟いた。弾かれた魔導弾が爆発したのだ。そして、ローガンが目の前の鎧兵に視線を移した時、その魔導砲は禍々しい光をこちらに向けていた。
「退避!!この砲台から離れろ!!」
 巨大な鎧兵はその時、時空制御塔から500メートルの位置に到達していた。結界表面と「グランツェンシュトルム」の巨体が接触する。結界の力が進もうとする「グランツェンシュトルム」を阻んだが、ウェインはそれにかまわず絶叫した。
「今だ!撃てええ!!!」
 その声とほとんど同時に魔導砲から青白い閃光が打ち出された。結界がそれを阻むかに見えたが、それも一瞬のことだった。魔導弾はそれを食い破り、時空制御塔の亀裂の入った壁面に直撃した。
 凄まじい爆発が起こった。
 轟音が轟き、閃光が四方八方に飛び散った。戦場から音が一瞬消えた。誰もが目前の戦いを忘れ、爆発の結果を見ようとしていた。
 煙が晴れると、誰もが目を疑った。建造されていたら外界の攻撃に一度も屈したことがなかった時空制御塔の壁面に巨大な穴が穿たれていた。突入するには十分すぎる広さだった。成果はそれだけではなかった。その巨大な穴はミカエルの土台をそっくり破壊した形になっていた。ミカエルはそのまま、音を立てて地面に崩れ落ちた。
「やったぞ!!!」
 傭兵国軍から歓声が上がった。
 これに反して、マクシミリアン軍は浮き足立った。ハンスやゼノスはこの瞬間を見逃さなかった。
「今だ!押し返せ!!」
「反撃だ!!」
 傭兵国軍は一斉に反撃にかかった。まず、ゼノス隊が敵を突破し、そのままハンス隊の攻撃に押されていた敵部隊に側面から襲い掛かった。
 マクシミリアン軍はこれを撃退するにはあまりに戦意と勇気を欠いていた。結界を突破され、ミカエルを破壊されたことで茫然自失の状態だった。
 後退、後退ついには全軍壊走状態に陥った。士官は「退くな」と叱咤するが、もはやどうにもならなかった。
 
 
「大丈夫ですか!?」
 ウェインの叫びに疲れたような声でセレブとヘルガが答えた。
「なんとかな・・・お前も大丈夫ソウダナ」
「私も同じだよ。」
 その3人の目にも魔導砲の攻撃の成果が魔法投影装置によって映し出されていた。
「よし、やった・・・」
 どうやら賭けは成功したようだった。
「後ろの味方も勝利しつつあるようだ。」
 後方の映像には、はっきりと敵を撃破しつつある味方の姿があった。
 だが、全てがうまく言っているわけではなかった。
「シカシ、結界は健在ダナ」
 セレブの言うとおりだった。時空制御塔を守る結界は健在だった。
 砲撃により結界が一時的に破られ、「グランツェンシュトルム」とその直衛にあたっていた50人ほどの歩兵部隊が結界のエリア内に侵入できていた。
 しかし、結界は修復されていた。外の味方がいくら勝利を得てもこれでは、時空制御塔に突入することは出来ない。
「・・・しかし、敵ももう戦力は残っていないはずだ・・・なんとか動力炉を破壊して・・・」
 その見込みは突然、襲い掛かってきた振動で突き崩された。
「魔法の攻撃ダナ。」
「くそっ!まだ敵が!」
 結界のエリア内に居た残存兵力が突撃してくるのが見えた。魔法兵は思いつく限りの魔法を放ち、歩兵が喚声を上げながらこちらに向かってくる。数は100人程度だ。
 振動と共にモニターで示される被害箇所が急速に増えていった。
「くそ・・・っ。あれだけ無茶な砲撃のあとでは・・・・」
 ヘルガは被害の大きさに頭を抱えていた。
 今のグスタフは満身創痍といってよかった。
 右腕は結界に接触した時の衝撃で歪みが生じ操作不能となり、魔導砲は砲身に亀裂が入り、使用不能。シールドは発生不能、各部の装甲にも亀裂さらには完全に剥離した箇所もあり、防御力は極端に低下していた。さらに走行システムにも異常をきたす有様だった。
 このため、ソウルフォースやメテオといった魔法は十分な脅威となる。装甲が剥離した箇所を狙い打たれればダメージは避けられない。
 この状態では100人の敵兵は危険すぎる相手だった。グスタフの護衛部隊も2倍の敵に射すくめられている。
 結界が修復したため、外の味方も結界の外で見守るしか手がない。
「グスタフを守れ!」
 護衛部隊が必死に応戦するが2倍の相手に苦戦を強いられた。その間にも魔法がグスタフを痛めつけた。
「くそ・・・!」
 左腕に装備している武器で敵を撃とうとしたが、狙いがつけられない。損害が武器の系統にまで及んでいた。それでもなんとか狙いを保ち、閃光を放つが、狙いはやはり不正確で数人を倒すのみに留まった。
 だめなのか・・・・・!
 という、諦めが心の中に侵入してきた。
しかし、マクシミリアンの野望は止めねばならない。
 ならば・・・このグスタフごと体当たりを・・・
「ヘルガさん・・・」
 と、ウェインが言おうとした時だった。
 機械音が周囲の異変を知らせた。
「これは・・・」
「ウェイン、・・・・結界が消えた。」
「え?」
 ウェインは耳を疑ったが、モニターの表示は結界の消失を伝えていた。
 それを裏付けるかのように、通信機からゼノスの声が聞こえてきた。
「おい!ウェイン結界が消えた!今から加勢にいくぜ!」
「ゼノス!」
 結界の突然の消失と結界外の傭兵国軍の侵入はマクシミリアン残存軍の命運を決した。僅か100人程度の彼等に1000人以上の部隊を擁する傭兵国軍に叶うはずもなかった。彼等は死にたくなければ降伏するか、逃げ去る以外に道はなかった。
 ・・・・だが、何故、結界が・・・・
 ヘルガは思った。さっきのグスタフの攻撃で動力炉、又は伝達回路を切断・・・そんなにうまく行くものだろうか?
 一方、「グランツェンシュトルム」はとうとうその歩みを停止した。走行システムが完全に故障してしまったからだ。
 セレブが言った。
「ドウヤラ、これはモウ駄目ラシイナ。」
「ああ、コックピットを開けてくれ・・・」
「分かった、開けるぞ。」
 機械室から出てきたヘルガが直接手でコックピットを開けると、中からぐったりした様子のウェインが転がり落ちてきた。いかに、改良を重ねたとはいえ、先刻の無茶な砲撃でウェインはかなり消耗していた。
 その彼を優しい光が包み込んだ。ヒーリングの魔法だ。彼は立ち上がり、軽く頭を振った。
 まだ、戦えるみたいだな。
「ありがとう、セレブ。少し楽になったよ。」
「マダ、戦エルカ?」
「大丈夫だ。俺はあいつを止めなくちゃならないんだ。」
 ウェインは外に出るハッチに手をかけた。
「存分に戦ってこい。若者よ。私は君達が帰ってくるまでにコイツをよみがえらせて見せるよ。」
「お願いします。」
 頷いて、ハッチを開ける。雪のため、冷たくなっている風を肌で感じられた。
 ウェインはハッチから飛び降りた。セレブもそれに続く。
 辺りを見回すと、マクシミリアンの兵士の姿は無く、味方ばかりだった。その中にはゲージー少尉の姿も見えた。どうやら、ミカエルの攻撃で爆発する前に脱出できたようだ。
「師匠!大丈夫?」
「ハンス!無事だったのか」
「当然だよ!今はゼノスさんが指揮を取って敗走している敵を追撃しているよ。」
 後は時空制御塔だけだ。
 ウェインは頷いた。
「じゃあ、俺達は早いところマックスを止めないとな。」
「うん!」
 ウェインたちは走り出した。
「ウェイン閣下に続け!!」
 傭兵国軍は魔導砲で穿たれた穴から、時空制御塔の内部に突進を開始した。
 
 
 
(つづく)
更新日時:
2008/11/25 

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Last updated: 2012/7/8