17      The Snow War 第9部
 
 
◆ それぞれの出撃 ◆
 
 
 再び降り出した雪は大地の白い絨毯をより一層厚いものにしていった。戦闘は当分ないかもしれない。もっとも敵陣の監視に怠りは無いが、そんな感想を抱いてしまいそうな状態だった。
 バーンシュタイン軍の陣地はそういった意味では平穏だった。ただ一箇所を除いては。
「本当なのか?リビエラ。」
 オスカーが指揮官用の天幕でつい先刻から訪れていたシャドーナイトに尋ねた。彼にしては珍しく驚きを含んだ声だった。
 天幕の中には彼のほかにジュリア、カーマイン、アーネスト、そして、シャドーナイトのリビエラとピアノがいた。
 彼等は天幕の中でシャドーナイトの驚くべき報告を聞いたばかりだった。
 リビエラは冷静な声で答える。
「本当よ。」
 彼女達からもたらされた情報は衝撃的なものだった。
 誰も、自国の宰相が自国の将軍の謀殺を企て、あまつさえ、古代の技術を用いて自分の理想の世界を作り上げるなどおいそれとは信じられない。
 誰もが言葉を失った。
 しかし、この天幕の中に居る者はどこかしらでマクシミリアンの行動に疑問を感じていた。
 何故、戦争になる直前、平和を愛する彼が非戦論ではなく、開戦論を唱えたのか?
 何故、戦略上余り意味の無い時空制御塔の占領に固執したのか?
 リビエラの話を信じれば説明がつく。
 カーマインは呟いた。
「しかし、繋がらないこともないな。」
 マクシミリアンの計画は時空制御塔の確保が大前提だった。
 主戦論を唱えたのは、バーンシュタイン軍の戦力がある程度回復してきた今なら傭兵国軍を撃破し、時空制御塔を制圧できる可能性があったから。
 そして、彼の計算どおり、バーンシュタイン軍は侵攻してきた傭兵国軍主力部隊に壊滅的な損害を与え、逆に攻勢に出た。さらに、彼は時空制御塔の占領を主張し、自分の忠実な部下であるローガンの師団にこれを占領させた。
 後は、彼の理想を完成させるために、言霊の面と共に時空制御塔に行くことが残されているだけだ。
 アーネストが呻くように言った。
「それでは、我等は奴の手の内にいたということか?」
「宰相にとっては良い、利用材料だった・・・そういうことだろうね。」
「では、まさか、この戦争の引き金になった国境での小競り合いは・・・」
 ジュリアの疑問にリビエラは首を振った。
「そのことについてはまだ調査中よ。」
「なんにせよ、我々はシュナイダーの企みを阻止しなくては・・・人類の洗脳など許してはならない。」
「そうだな。」
 アーネストが申し出た。
「奴の部隊は恐らく一個師団3千程度だろう。私の軍で攻撃して制圧しよう。」
 彼の率いる第三軍団は6000の兵力を抱えた部隊だ。普通に考えれば負けは無い戦力だ。
 ジュリアは頷いた。
「・・・そうだな、アーネストが抜けるのはこちらとしては痛いところだが、短期間ならば問題は無いな。」
「短期間、おそらく1週間以上かかれば、その時はシュナイダーの陰謀が成功したのと同じだ。時間はかけられない。」
 時空制御塔への軍の派遣は難しい問題だった。何故ならそれは、傭兵国軍との戦闘正面が手薄になってしまうからだ。
 しかし、リビエラは別の問題点を指摘した。
「待って、マクシミリアンは時空制御塔の周辺に結界を張ろうとしているわ。」
「結界?」
「・・・南のほうで起こった大規模な魔力の爆発はご存知よね?」
「ああ、ものすごい魔力だった。」
 クラッドの隊で起こった魔力の大規模な爆発。それはすぐにシャドーナイトの知るところとなった。
 それが、何のために集められた魔力だったのかはリビエラにとっては自明のことだった。
「シュナイダーはあの魔力の塊を使って時空制御塔の機能を回復しようとしているの。・・・・塔を昔から守ってきた結界を復活させるつもりよ」
 ピアノが補足した。
「魔力も弓や剣といった武器にも耐性がある魔法結界。バリアと呼んでも差し支えありません。・・・結界の強度は先日の爆発事故により、想定よりは弱くなっているでしょう。しかし、最低でもバーンシュタイン全軍を投入しなければ結界を突破することはできないと思われます。」
「とても、無理だな。」
 ジュリアは苦笑した。
 アーネストの第三軍離脱だけでも痛手なのに、全軍を動員するなど無理な話だった。だいだい集結までに多くの日数を費やしてしまう。
 今ある、手持ちの兵力で対処するしかない。
 ジュリアは尋ねた。
「リビエラ、結界は完成しているのか?」
「まだよ、シュナイダーの部下達はまだ、時空制御塔に集まりきっていないもの。」
 それを聞いて、ジュリアは確かめるように言った。
「それなら、今、時空制御塔に潜入して、その結界の発動装置を破壊することもできるわけだな。」
 リビエラはピアノのほうを見た。ピアノは頷いた。
「私はテレポートが使えます。これを使えば今すぐにでも時空制御塔に行けます。・・・但し、私だけではシールドの発生装置を破壊する自信はありません。手を貸してくれる方がいると助かります。」
 テレポートは自分のほかにも何人かの人間を任意の場所に送ることができる。しかし、あくまで何人かだ。どんなに多くても10人を超えることは無い。
 それだけの、人数でシールドの発生装置を破壊できるかは分からない。
 しかし
 アーネストが言った。
「それしか方法は無いだろう。シュナイダーにシールドがあるのなら我々に勝ち目は無い。それに賭けよう。」
 オスカーも頷いた。
「そうだね。」
 ジュリアは決断した。
「すこし、無鉄砲ではあるが、その方法で行こう。」
 問題は誰が時空制御塔に潜入するかだった。それに話題を移す前に一人が手を上げた。
「俺が時空制御塔に行こう。以前にあそこには行ったことがある。・・・戦う目的でな」
 カーマインだった。
「私の留守中は次席指揮官のマードックに師団の指揮権を委譲する。」
「分かった。」
 ジュリアは一瞬心配そうな視線を向けたが、直ぐにそれは消していた。
 時空制御塔でヴェンツェルを破り、ローランディアに時空制御塔があった時にはその調査の指揮を取ったこともある。その点では適任といえた。
 3年前の戦争の後、時空制御塔はローランディア領内にあり、その調査は主として魔法学院が行った。故にその内部を知っている者はバーンシュタインでは限りなく少なかった。シャドーナイトが如何に優秀でも、不案内な要塞で任務を果たすのは難しい。
 それに続いて手が上がる。
 リビエラとクリムスだった。
「もしも、許可をくれるなら私も行くわ。」
「ワシも行くぞい。」
「クリムス博士。」
 バーンシュタインで最も古代の技術に詳しい技術者は笑っていた。
「古代の魔法装置の知識があるのはワシぐらいじゃろう?」
 二人にジュリアは頷きかけた。
「お願いします。」
 志願者はこれで4人、もう少し多いほうがいい。
「そうだな、適当な人材をあと2,3人見繕っておくか。」と、カーマインが言う。
「まあ、チームリーダーは彼にお任せじゃろうな。」と、博士が言うと、オスカーは微苦笑した。
「まるで、昔のようだね。カーマイン。」
「そうだな。3年前のヴェンツェルの時と似てるな。・・・・違うのは、待っているのは同じ人間だということかな?しかし、彼がやろうとしていることはヴェンツェルと大差ない。」
 だから、
「彼は・・・マクシミリアンは本当の馬鹿者だ。・・・だから、止めなければならない。」と、カーマインは言った。
 皆がそれに頷いた。
「では、準備にかかってくれ。事は一刻を争う。」
 ジュリアの声でその場に居た者たちは自分達の仕事をするために部屋から離れていった。
 
 司令部の部屋に誰も居なくなってからどの位たったのか、ジュリアがその部屋に戻ってきた。
 彼女は必要なことはもう済ませていた。「アーネストの準備はまだ暫くかかる・・・か」
 独り言を言うと、ジュリアは椅子に腰を下ろした。
 すると、さっきまでは感じていなかった疲労感が体中から感じられた。
「これは、何の皮肉なんだろうな。あれから、まだ3年しか経っていないのに。」
 ヴェンツェルとの最終決戦。あれで、全てが終わったと思っていた。あの、妙に元気なティピという名前のホムンクルスは「これで、戦いはもう起きないんだよね」と言っていた。
 しかし、現実にはその平和は1年しか続かなかった。今度の敵は「戦いの絶滅」を訴え、自分たちはそれを阻止しようとしている。
 そして、
「私は、マイ・ロードに・・・」
「俺がどうかしたのか?」
「うあ!」
 突然の後ろからの声にジュリアは慌てて振り返った。
「いつからそこに・・・」
 後ろにはカーマインが立っていた。準備はもう終わっているのだろう。前に冒険した時とほとんど同じ服装をしている。彼は珍しく不意を衝かれたジュリアにいたずらっぽく笑って見せた。
「さっきからだ。準備が出来たからその報告にと思っていたんだが・・・そんなに驚かなくてもいいだろう?」
「ええ・・・そうですね。」
「何か気になるのことでもあるのか。」
 ジュリアは諦めたようにため息をついた。 この人には隠し事はできない。
「最近、思うんです。あの戦いは・・・ヴェンツェルとの戦いは何だったのか・・・と」
 あの戦いに勝利して私達は多くの犠牲と引き換えに多くのものを得たはずでした。
 世界はきっと良くなると・・・そう信じていました。
 しかし、そうにはならなかった。
 あの戦いに必要とされ、その終結と共に不要とされた傭兵達の憤激がウォルフガングの挙兵を引き起こした。
 そして、今回の戦争とマクシミリアンの陰謀。
「今度の戦いでも私達がしてきたことは、マクシミリアンの計画を利することだけだった・・・・」
 ジュリアはそこで言葉を区切りカーマインを見つめた。
 そして、言葉に出さずに思う。
 その結果、彼に祖国と家族を捨てさせてしまった。そして、危険な仕事を彼に押し付け、自分は比較的安全な場所に居る。
それが、とても辛くジュリアには感じられた。
 もしも、彼は私と出会わなかったなら、彼が私を選ばなければ、今よりも幸福に生きられたのではないか?
 そんな想いを知ってか知らずか、カーマインは答えた。
「ジュリア、確かにあの戦いがもとで、今の混乱と悲劇が生まれたのかもしれない。それでも、人間が奴隷として生きる今よりも、例え愚かでも自分の未来を自分で決めている今のほうがいと俺は思う。」
「そのために、傭兵国の独立運動が始まり、貴方が祖国や家族を捨てることになったとしてもですか?」
「そうだ。」
 カーマインの声は少し硬くなっていた。
 彼は視線を自分の指にはめられたリングに落し、精霊石をなでた。
「俺はもう行かないと・・・」
「お気をつけて。マイ・ロード」
「ああ」
 カーマインは部屋を出ようと、席を立ったが何か思い直したかのようにジュリアに向き直った。
「俺は君に会えて、良かったと思っている。」
「え?」
「顔に書いてあるぞ。もしも、自分に合わなかったら貴方の未来はより幸福だったかもしれない・・と」
 自分の心を見透かされて、困惑している様子のジュリアをカーマインはそっと抱きしめる。
「マイ・ロード・・・」
「君が居なければ、俺はリシャール王のようになっていたかもしれない。大事な人はそのままでいてほしい。だから、俺は戦えた。今だってそれは変わらない。」
「しかし・・・」
「母さんやルイセがいないのは、確かに辛いことだけど・・・・でも2人は生きている。生きていれば、どこかで会って昔話をするときもある。・・・俺はそう信じている。」
「私は果報者ですね。あなたのような人に巡りあえて・・・」
「必ず戻ってきてください。」
「ああ、必ず。」
 そうだ、とでも言うように、カーマインはいたずらっぽく言った。
「俺に悪いと思っているなら一つやってもらいたいことがある。」
 
 それから、全ての準備が整うまでに数時間かかった。カーマインはクリムス博士、リビエラ、ピアノ、シャルローネと共にテレポートが生み出す光の中へと消えていった。
 アーネストの第3軍の出撃準備が整い、彼等は時空制御塔への南下を開始した。
 しかし、彼等は知らなかった。もう一つの集団もまた時空制御塔を目指していることを。
 
 
 医者は命に別状はないと言った。
 しかし、疲労していることは一目見るだけでも分かる。呼吸をしているが、それはとても細く、体の暖かみはとてもささやかな物だ。
「アリエータ・・・」
 それでも、彼女の表情には安心した様子が感じられた。
何度か彼女の名前を呼びながら、ウェインはその髪を撫でていた。
 すると、彼女の目がうっすらと開かれた。
「・・・・ウェイン、来てくれたの?」
 弱弱しいながらもはっきりとした口調だった。起きようとする彼女をウェインは制止した。
「無理するな。まだ、君の体は回復しきっていないんだ。」
 魔力の異常な放出、脱出時の傷と疲れ、それを考えれば当然だった。いや、こうして話せていることが奇跡とさえ言えるかもしれない。
 もしも、セレブが彼女を助け出し、ゲージーの偵察隊に発見されなかったなら、彼女は死んでいただろう。
「でも、私は・・・貴方に言わなければならないことが・・・」
「時空制御塔の・・・マックスのことか?」
「知って・・・いるの?」
「ああ、君がセレブに言ったんだろ?セレブが全部俺達に話してくれたよ。・・・だから、いいんだ。」
 それを聞くと、彼女はほっとしたように、枕に自分の頭を沈めた。
「そう、ですか・・・よかった」
 マックスが戦争の無い理想の世界にするために、人々を洗脳しようとしている。
 彼女が命を賭けて伝えようとしたことは、傭兵国の首脳を驚愕させた。
 ウェインはまだ、それをどこかで否定したがっていた。
 あの誰よりも平和を願っていた、人々の幸せを願っていた彼がそんな企てを行うなんて。
 だが、彼はこの計画のために多くの人を犠牲にした。その中には傭兵国の捕虜達も入っている。そして、その計画を実行に移している。
 そんなウェインの気持ちを察したのか、アリエータは労わる様にウェインの手を握り、彼のほうに顔を向けた。
「マクシミリアンさんとはお友達だったのですよね・・・・」
「ああ・・・だからこそ、俺はマックスに聞かなくちゃいけない。何故、そんなことをするのか・・・と」
 マックスは絶望してしまったのかもしれない。
 平和という理想を実現すためには人間はあまりに愚かしく、傲慢で、意地っ張りだ。それを正して平和を実現するには、人の心のありようを無視して真理を強制しなくてはならない。
 それは確実な方法かもしれない。だが、人が自由にものを考えられなくなった世界で、人形と変わらなくなった世界は、平和には違いないが、人間が生きている世界とはいえない。その平和にどんな価値があるだろうか?
「時空制御塔に行くの?」
「うん。」と、ウェインは頷いた。
「俺は、マックスを止めなくちゃいけないんだ。」
 たとえ、マクシミリアンの命を奪う結果になっても、逃げてはいけない。
「マックスのことを知らせてくれてありがとう。戦いの前に、君と話せて嬉しかった。」
 嬉しかったという部分にアリエータははにかんだ笑いを見せる。しかし、その顔は思いつめた表情に変わっていった。
「私にはもう、出来ることはないの?」
 答えは彼女にも分かっていた。
 マクシミリアンの野望を阻止するチャンスは今しか無い。だが、もう彼女に戦うだけの力は残されていない。
 最強のグローシアンである自分は何も出来ない。
 愛する人が最も危険なそして、もっとも辛い戦場に向かおうとしているのに。
 相手は太古の昔に悲惨な結果をもたらしたのと同じ方法に頼って理想を実現しようとしている。
「私は、あんな仮面の世界なんか・・・絶対に認めたくない・・・でも、もう何もできないのね・・・」
 理想を求めて建設された社会が実は牢獄のような世界だった。
 アリエータはその世界で過ごした時の事を鮮明に覚えていた。
 親友のことも。
 ゲーヴァスへの恐れも。
 人形となった人々のことも。
「アリエータ。」
 と、ウェインは彼女に呼びかけた。
「悪いとは思ったけれど、セレブから聞いたよ。昔の言霊の面に支配された世界がどんなところだったのかを」
「そう・・・ですか。」
 どうして、俺は気付こうとしなかったのだろうか?彼女の心に大きな傷があることに。
 それに耐えて、彼女は何百年も生きてきた。傷ついていないはずがない。
 彼女が笑ってくれたとき、その目に浮かぶかすかな淋しさがその表れだったのかもしれない。
 そして、セレブにも言われたが、自分がその苦痛を完全に消し去ることはできないだろう。
 けれど、俺に出来ないことが無いわけじゃない。
「アリエータ。信じてくれないか?俺を」
「え?」
「俺はマックスの野望を止めて見せる。・・・それとも俺じゃ不安かな?」
「そんなこと、ありません。貴方はいつだって・・・だだ、あの世界が来るのを止めたいのに・・・貴方が親友と戦うのに、・・・」
 慌てて首を横に振りながらアリエータは言った。
「私はそれが、口惜しいの・・・」
「アリエータ・・・それは、少し違う。君は、俺達に勝機をくれたんだ。」
 ウェインは言った。
「君があの水晶を破壊してくれたから、マックスのことを知らせてくれたから・・・俺達は奴の野望を止めるチャンスをもらったんだ。そのことに誰にも文句は言わせない。今の、そして過去の誰からも。」
 俺はきっと君を昔の悪夢から解放してみせる・・・だから、そんな顔をしないで。
 ウェインはアリエータの頬に手を当てた。
「俺が勝って帰ってきた時には、今までどおり一緒に暮らそう。まだ、俺達は始まったばかり・・・そうだよな?」
 小さい声で彼女は答えた。
 さっきまでの重苦しい顔ではなく、すこし表情は明るくなっていた。
「ええ。信じるわ。」
 ウェインはアリエータの前に指を差し出した。
「約束するよ、アリエータ。勝って戻ってくるって・・・」
 アリエータは精一杯の笑みを浮かべて自分の指をウェインのそれに重ねた。
 ウェインなら大丈夫。彼なら必ず帰ってきてくれる。
 私が何も出来ないのは辛いけれども。
「ありがとう、ウェイン。」
 ウェインは破顔した。
 
 部屋から出てきたウェインをハンスとゼノスそしてパトリックスが迎えた。
「待たせてしまって済まない。」
「構わんさ。こういうことは必要だからな。」
 ゼノスが言った。
「全部隊の準備完了だ。いつでも行ける。」
 マクシミリアンの真の目的が知らされてからも、傭兵国軍の目標は変わっていなかった。時空制御塔の占拠。目的は唯一つである。
 シールドがあることは予想されたが、それもグスタフの主砲近距離射撃をもってすれば、貫通可能と見積もられた。
 すでに、事前の作戦通りに傭兵国軍は動いていた。
「そうか。」
 窓からは中庭に整列する第7師団の兵士達の姿が見えた。
「行こう。」と、ウェインが言おうとした時、異変が起こった。突然、頭の中に誰かの言葉が響いてきたからだ。
「・・・!」
 これは、時空制御塔の放送設備の・・・!
 そして、声が響き始めた。
「私は、マクシミリアン・シュナイダーである。」
「奴は・・・直接!」
「マックス・・・」
 声は続いていた。
「私は全ての大陸に住む人に訴えかけたい。戦争。古代より行われていたこの愚行により多くの人が死に、憎しみと悲しみが残されました。しかし、愚行と分かっていながら、バーンシュタインも、ローランディアも、傭兵国も、ランザックもこの愚行を止めることができない。いや、我々一人ひとりが現実と余りにも妥協したために、この愚行を止められないでいるのです。そこで私はある計画を実行に移すことにしました。」
 同時に、時空制御塔の映像と言霊の面が脳裏に浮かぶ。
 声はこれを用いて、彼等が何を行おうとしているかを言明する。
 その目的は戦争をこの世から無くすこと。
 そのために人の心から、他人と争おうとする気持ちと、不安を取り除く。
 それによって戦争が無い世界を気付くことが出来る。と訴えた。
「私は、この2つの装置を用いて、貴方達の心に介入します。時には、幸せになりたいという感情すら。戦争の原因になるのですから。この計画が実行された場合、みなさんは戦争のない世界に生きることができます。確かに、心を勝手に操作されることに不快感を持つ人もいるでしょう。しかし、たとえ、心の幾ばくかを欠損するとしても、個人の心の自由を犠牲にしても、戦場の悲惨を取り除かねばならないのです。計画は現在最終段階に入りつつあります。」
 そこで、声は少し間を置いた。
「もしも、我々の計画に対し、妨害を考えている勢力が居るのであれば、それは無駄だということをはっきりとお伝えします。我々は時空制御塔の能力を完全に回復させました。いかなる攻撃もこれを突破することはできません。そして、攻撃をしようとしているなら、その部隊に居る兵士諸君に訴えたい。貴方達は時の権力者から、戦争の重責を強要された。もう、その重荷を下ろすべきだと。」
 ・・・・最後に脅しも忘れずに・・・・か
 これは、マクシミリアンの宣戦布告だ。
 声が何もなくなったころ、ざわざわした声が砦の中に広がっていった。
「ねえ、師匠みんなが・・・」
 整列している兵士が互いの顔を見合わせている。
「急ごう」
 と、ウェインは言うと。中庭に下りていった。すると、ザワザワしていた兵士達もウェインに向かって敬礼を行う。
 この辺りは開戦以来、ウェイン直卒の部隊だった。ということもあるのかもしれない。
 ウェインはその様子を見て取ると、中庭に設けられている演説台に上がった。
 やはり、兵士の顔にはそこはかとない不安が感じられた。いきなりさっきの放送を聞かされれば、不安にもなるだろう。
 彼等とは違う理由だったが、ウェイン自身も全く動揺していないわけではない。
・・・落ち着け・・・・
 ウェインはそう、自分に言い聞かせた。
 そして、いろいろなことを思い出した。
 
 士官学校時代のこと。
 
 傭兵国の独立戦争に加わった日のこと。
 
 独立を勝ち取った日のこと。
 
 ウェインは口を開いた。
「おはよう、みんな。」
 ウェインの声が雪が積もっている中庭に響いた。全員が執政委員長の顔を注視していた。
「まず、最初に皆に言わなくてはならないことがある。」
 ウェインは言った。
「俺達は、最初、バーンシュタインの計画は俺達を時空制御塔と言霊の面を使って洗脳して、降伏に追い込むこと・・・そう思っていた。だから、第7師団の進軍方向はジュリア軍のいる方面ではなく、時空制御塔の方面だ。皆にこれを隠していたことを謝らなくてはならない。・・・・しかし、敵のほうは事情が違ったようだ。」
 ウェインは兵士達を見回した。
「・・・・さっきの皆の頭の中に響いた声あれは事実だ。」
 ざわついた声が広がっていく。
「敵の目的はさっき聞いた通りだ。彼は古代の技術を手にして、言っていたことを実行に移す。おそらく、マクシミリアンはバーンシュタインの統制からはもう外れているのだろう。彼は俺達に平和を与えるといった。皆は傭兵として多くの戦場で多くの悲劇を目にしてきた。平和を願う気持ちがあっても決して不思議ではないだろう。」 
 正直な気持ちだった。
 でも、とウェインは加える。
「マクシミリアンは、その代償として心の自由を要求している。時には幸せになろうとすることさえ、戦争の原因となる。彼の結論に従えば、心を何かでコントロールしない限り、戦争はなくならないということになる。」
 そこで、ウェインは一旦言葉を切った。
「思い出して欲しい。この国がまだ出来る前のことを。まだ俺達に故郷が無かった時代のことを。」
 覚えている。
 士官学校でのいわれの無い差別。
 軍に入ってからの平民に対しての露骨な差別。
 いや、俺はマシだ。この場に居る傭兵は金で雇われた者として、時として正規軍の弾除けとして使われたことさえある。
「多くの自由が奪われた状態で、地獄のような生活の中でも傭兵は心の中で自分達の故郷を作ることを夢見て、それを願っていた。心の中にバーンシュタインは口を出さなかった。本当に小さなささやかな自由だ。でも、それがあったからこそ、ウォルフガング様がこの国の建国を決意した時、俺達はそこに集まり、戦った。独立という誰もが諦めかけていた奇跡が起こったんだ。」
 だれもが、不可能だと思っていたことを実現して俺達は故郷を得た。
「心の自由、願う自由。その小さな火があったからこそ、俺達は故郷を作ることが出来たんだ。マクシミリアンはその小さな火を差し出すことを要求している。代わりに平和を与える・・・と。だが、そこに住む人間は最早人間ではない。心の自由を奪われた・・・人形だ。」
 それを阻止するために俺達は行くんだ。
「敵は、時空制御塔に居座り、その太古の科学力で我々を待ち構えている。そして、俺達に向かって平和を願わない愚か者と言うだろう。だが、俺達だってそう無力なわけじゃない。」
 グスタフが完成し、そのうち3台がこの作戦に加わる。バーンシュタインに独立戦争を仕掛けた時に比べれば、俺達は遥かに敵に対して有利なんだ。
 独立戦争に勝てた俺達が、今の敵に勝てない道理はない。
「だから、俺達は心の自由を放棄しろという要求を拒否できるはずだ。人形などにはならい。心の中まで虐げられはしない。俺達は人でいたい。自由でいたい!そして、俺達は人形になる代償に平和を得るのではなく、自分達の意志と自由で平和を手にしてみせる。」
 ウェインは声を張り上げた。
「行こう、時空制御塔に!そして、勝とう!独立を手にした2年前を同じように!!」
 ウェインが言い終えると、沈黙が中庭を覆った。それを破ったのは誰かがした拍手だった。それはやがて、その数は10になり、やがて100になる。そして、雷鳴のような拍手が中庭を覆った。
 兵士達はこぶしを振り上げ、自分達の心に入り込んでいた動揺や恐怖を振り払った。
「ウェイン閣下万歳!!!」
「傭兵国万歳!!自由万歳!!」
「自由か、しからずんば死を!!!」
 ウェインが言った。
「前衛部隊は出陣の準備を!!各部隊も支持があり次第出撃せよ!!」
 士官からこまごまとした指示が各隊に出され、師団は出撃を始めた。
 演台から降りてきたウェインにゼノスが茶化すように言った。
「おい、お前も結構言うもんだな。驚いたぜ。やっぱり才能あるんじゃないか?」
「やめてくれよ。思いつきのままに言ったんだから。」
「まあ、いいじゃない。あれで、皆気合が入った、と思うよ。」
「そうだな、俺も行くか。」
 ウェインは中庭に置かれているグスタフに目を向けた。
「師匠」
 ハンスに呼び止められ、振り向くと、彼だけではなく、ゼノスやパトリックにもどことなく不安の色があった。
 グスタフに搭乗しても、かつてのように、正気を失うということは無くなった。それでも体力の消耗は尋常なものではなかった。
 そのことを気遣ってくれるのだろう。
「心配はいらないよ。あれはまた改良が進んでいるみたいだから。大丈夫だ。」
 明るい声で言うウェインにゼノスが答えた。
「ああ、信じるぜ。」
「ゼノスさん。指揮を頼みます。・・・それからハンスはゼノスの補佐を・・」
「わかった。」
「わかったよ、師匠。」
 ウェインは「行ってくる」とでも言うように頷くと、グスタフに向かって歩き始めた。
 ゼノス達はそれを見送ると、指揮下の兵士に指示を出し始めた。
 今回の出撃には兵士全員を騎乗させることにした。グスタフも馬程度のスピードはかろうじて出すことができる。すばやい動きでより早く、決戦場に行くことができる。それに、敵が来ることを予期していないなら、奇襲効果も期待できるからだ。
 因みにこの当時、馬はあまり戦場では使われなかった。何故なら、馬という生物が魔法に全く耐性が無かったからだ。つまり、戦場で騎兵が突撃しても、魔法の遠距離攻撃ですぐに馬がやられてしまうのだ。
途中で奇襲を受けた場合のリスクはあるかもしれないが、ウェインたちはより早く、戦場に到達できるものに賭けたのだ。
 
「来たな、ウェイン。」
 グスタフには、すでにヘルガがいた。彼女も数名の部下と共に、このグスタフの後部にある機関の調整室にいて、戦闘に参加するつもりだった。戦闘時の万が一の損傷には自分で無ければ対処できないというのがその理由だ。出撃に際しての最終調整はすでに終わっていた。
 今回の出撃に加わるのは全部で3体。その一つ一つに固有の名前がつけられている。ウェインの乗る新型魔導砲搭載のグスタフはウォルフガングの傭兵団の名前を冠した「グランツェンシュトルム」、その他の2体は「ヴァレンシュタイン」と「ハンニバル」いずれも傭兵団の団長として高名だった人物の名前を冠していた。
 ウェインは言った。
「ヘルガさん。もう乗れますよね。」
「ああ、大丈夫だ。他の機体には先ほどからパイロットが乗っている。」
 「ヴァレンシュタイン」には、クルト元師団長。そして「ハンニバル」にはゲージー少尉が乗り込んでいた。
 ウェインはハッチを開け、見慣れたグスタフのコックピット内に入った。訓練の度に入った場所で何がどこにあるかも知り尽くしているはずだったが、見慣れないものが一つだけあった。
「ウェイン、ヨロシクたのむ」
 セレブだった。
 彼は言うなれば、副操縦士だった。
 グスタフは一人のりが基本だったが、この「グランツェンシュトルム」には他のグスタフよりも遥かに強力な大出力の魔導砲があるので、パイロットの負担を減らすために副操縦士席が設けられていた。
「ああ」
 ウェインは軽く会釈して、さらに上のほうにある部屋−操縦室−へと続いている階段に手をかけた。
「おい、これを持っていけ。」
「ああ、そうだった。すみません。」
 彼女から機械を受け取る。外と連絡がとれる通信機だ。それから操縦席に上がった。
 見慣れた席も心なしか緊張してしまう。
 スクリーンを起動すると、外の様子が映し出された。機体の状態をチェックすると異常は見当たらなかった。
 いつでも、動かせる。
 ヘルガの声が聞えた。
「ウェイン、「ヴァレンシュタイン」「ハンニバル」ともに準備完了だ。」
 通信機を通じてハンスの報告が続いた。
「第7師団、主力部隊移動開始だよ。」
 ウェインは大きく頷き、宣言した。
「起動する。」
「グランツェンシュトルム」が静かにその巨体を動かし始めた。「ヴァレンシュタイン」「ハンニバル」もそれに続いた。
 騎乗した主力部隊と前衛部隊。その後ろにグスタフがそして、その後に後衛部隊が続いた。
 隊列は雪の中を時空制御塔を目指して、急速に砦から離れつつあった。
 ウェインが後ろを振り返る。後方監視装置から送られる映像を拡大するとそこに、砦の一番大きな窓から自分達を見送っているアリエータの姿があった。
 無理をして、そこから見ていてくれるのだろう。
 ・・・返事をするにはどうしたらいいだろうか?あそこにいたままでは、病状が悪くなってしまうかもしれない。
 そんなことを考えていると、「グランツェンシュトルム」の発光装置が瞬いて、砦に何か信号を送っていることに気がついた。
 セレブの仕業だろうか?
「セレブ、何を・・・・」
「砦には守備兵も残っている。かれらにアイサツしても何の不思議もナイダロウ」
 そうに切り返されると、ウェインは黙ってしまった。セレブにもアリエータが出撃を見送っているのが分かっているようだ。
 因みに彼は二種類の信号を送っていた。一つは砦の守備兵に必勝を誓うもの。もう一つはアリエータへの個人宛だ。信号の仕方は傭兵国の方法ではなく、昔のグローシアンの方法だった。これならアリエータ以外には分からないだろう。文面は当然「病人は病室で寝るように。俺は必ず帰ってくる。」であった。
 しかし、ヘルガの目は誤魔化せなかったようだ。彼女は全てを知ってか必死に笑いを堪えている。だが、ついにふきだした。
 暫くしてウェインが照れるように笑った。
 笑いはついに、セレブにまで伝染し、通信機からゼノスが「おいおい、どうしたんだ?」と呼びかけるまで止まらなかった。
 
 
「これで、よろしかったのですか?」
 前を歩くマクシミリアンにローガンは尋ねた。彼は、先刻の放送のことを言っていた。あれでは、敵に自分の存在を教えるだけではないか?
 ここは、時空制御塔。もう儀式さえすんでしまえば、この計画は成功なのに。
「昔、自軍の士気を高めるために、退路になる橋を焼き捨てた将軍がいましたね?それと同じです。」
 ローガンの師団にも雰囲気でこの場に居る兵士も居る。其の兵士にもこれからあるかもしれない妨害を退けるには死に物狂いで戦ってもらわねばらない。退路への期待を持たせてはいけない。
 マクシミリアンも勝たねばならなかった。
 アリエータと水晶の護送中におそらく、モンスターに襲われて死んだクラッドを初め、多くの同志が命を落した。それを無駄にするわけにはいかない。
「・・・・・・」
 ローガンは黙り込んだ。
「それに、ここを目指している、アーネスト軍への警告でもあったのだが・・・」
「彼は進軍を続けています。如何なさいますか?」
 マクシミリアンは答えた。
「あと、5キロ近づいたら、あれを使いましょう。」
 マクシミリアンは歩みを止め、前にあるドアを開いた。
 そこには、巨大な砲身を持つ太古の砲台が設置されていた。古代人の大砲だ。
 これが、この計画を邪魔するものを打ち砕くだろう。そして、その先に、平和な世界が待っている。
 強制的に平和な世界を作ろうとする者と、それを阻止しようとする2つの矢。その3つが一つに交わる瞬間が刻一刻と近づいていた。
 
 
(つづく)
 
 
更新日時:
2008/10/26 

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Last updated: 2012/7/8