16      The Snow War 第8部
 
 
降雪
 
 
 何故、ここは酒場の地下にあるのだろう?とリビエラは思った。
 彼女の周りの机では作業をしているものが数人見える。その人たちの手から手へ紙が運ばれていく。それは、リビエラにとって見慣れた光景だった。
 どんな人間でもシャドーナイトの活動拠点が酒場の地下にあるとは思うまい。しかも、ここの場所に常にあるわけではない。この本部は1年も同じ場所に留まることはない。
 王都にある酒場に移ったのは9ヶ月前。次の移動先は決まっているのかもしれない。
「リビエラ様。マスターがお待ちです。こちらへ。」
「分かったわ。」
 拠点に戻ったリビエラをシャドーナイトが出迎え、マスターの部屋に案内した。リビエラは傭兵国戦争、北方資源開発の援助の功績が認められ、現在ではナイトマスター次席の地位にあった。
「マスター、マリウス卿です。」
「入りなさい。」
 部屋の中に入るとそこにはナイトマスターとリビエラと同じく次席の地位にあり、今回のマクシミリアンの調査に協力していたピアノの姿もあった。
 ナイトマスターは三国戦争終結の混乱の中で就任した女性だった。その名をカサンドラ・メルクリウスといった。年齢は30を僅かに過ぎたくらいだろう。もしも、しかるべき服装をしていたなら、大貴族の夫人に見えただろう。気品のある容貌の彼女だったが、魔力・諜報の達人である。
 一方、ピアノは齢24くらいの男で、眼鏡をかけ、旅の魔術師のような格好をしている。もちろんピアノとはただの通称で、本名は別にあるがそれを彼女は知らない。だが、腕は確かだった。魔力も強力でテレポートすら習得していた。
 カサンドラが口を開いた。
「お疲れ様でした。マリウス卿。・・・心配しないで。すでに掃除は済んでいますよ。そちらの首尾はどうでした?貴方の予感はあたっていました?」
 掃除が済んでいるとは、盗聴魔法、その他、局員自身が何かの呪術に掛けられていないかをきちんとチェックしたことを意味する。
 今回はことがことだけにいつもよりも厳格だった。何しろ今相手をしているのは、この国の宰相なのだから。
 リビエラは答えた。
「予想通りでした。宰相が西の遺跡から発掘された古代遺物の保存していた屋敷にジュリア将軍を襲った毒草が栽培されておりました。あの種類のタイプの毒草は他の場所では栽培されていません。」
「その毒草も古代の技術で作られたものだ物ね。」と、ピアノが口を継いだ。
「こちらが、毒草製造に関する資料です。屋敷の責任者から押収しました。」
 リビエラが資料を差し出すとカサンドラはそれをめくり、内容を確認する。
 そして、ふっとため息をついた。
「ジュリア将軍については完全に黒のようですね。」
 カサンドラが目配せすると、ピアノもリビエラも頷いた。
 宰相は毒を精製し、暗殺者を雇い、ジュリアが傭兵国の刺客に襲われた時に同時に彼女を襲った。マクシミリアンの手の者は、同時に襲い掛かった傭兵国の暗殺者が倒された一瞬の隙をついて、ジュリアにその毒刀を見舞うことが出来たのだ。
 すでにそれに関わった複数の証人を得ている。
「マスター。それとは別のことですが・・・」
 リビエラは言おうか言うまいか迷った話題を出すことにした。確証はないが、話は繋がるような気がしたからだ。
 彼女は屋敷の地下で傭兵国の捕虜達が強制労働を強いられていること。そして、アリエータから話されたことをそのまま伝えた。
 荒唐無稽な話と笑われるだろうか?とリビエラは思ったが、2人はその情報を笑いはしなかった。
「たしかにスケールの大きい話ではありますが・・・・彼の屋敷に潜入したさいに、見つけた彼のメモを見ると、言霊の面を使い、世界を平和にするということが書かれていました。」
 その言葉にリビエラは驚いた。
「本当なのですか?」
「ええ、宰相の屋敷に潜入した時に、そんな内容のメモがあったのです。初めは彼の空想・・・願望に過ぎないと思っていましたが・・・」
 今、時空制御塔はマクシミリアンに忠誠を誓っているローガンの師団がいる。本気でこれを行うならば、可能なのは今だ。
 ピアノが言った。
「カサンドラ様。陛下にこのことをお伝えするべきかと・・・なにより、一刻も早くマクシミリアンを拘束することです。」
「将軍のこととちがって、こちらは未確認な部分があります。」
 そこで、言葉を区切ってからカサンドラは決断した。
「ですが、この件は重大なことです。陛下にお伝えしましょう。・・・・そうですね、貴方達も来て下さい。それから、マクシミリアンの屋敷に張り付いているナイトに彼が逃亡しようとしたら直ちに捕らえるように言ってください。」
「・・・はっ・・はい!」
 それは、マクシミリアンの真の計画に対してバーンシュタイン王国が反応した瞬間だった。
 
 
 ローランディアのラージン砦からスタークベルクへ向かう街道と、クレイン村から王都へ至る街道。その結節点に傭兵国が砦を築いたのは1年前のことだった。この戦争の開戦に備え、物資の補給基地としての役割を期待されていた。
 だが、そこはクレイン村方面から侵攻する敵の進撃を食い止めるための最前線となっていた。もともと戦闘を目的としたものではないため、応急の防御施設が増設されつつあった。
 だが、いま人の目を引くのは城塞ではない。二人の巨人であった。
 右に動け。2歩進んで左に曲がる。
 と、クルトは思念した。振動が下から伝わり、それが実行されたことを確認する。
「上出来だよ。クルト師団長。」
 ヘルガの声が聞こえてきた。
「ありがとうございます。この巨体がこうも機敏に反応するとは驚きです・・・」
「私が整備したグスタフだ。マニュアルどおりにすれば必ず動くよ。」
「あの、ヘルガ博士・・・できれば、師団長というのはやめてもらえませんか?私はもう師団長では・・・」
「そうか、・・・すまなかった。」
 クルトはガルアオス会戦で敗れた後、負傷のため、師団長を辞任していた。しかし、類希な戦闘能力を買われて、このグスタフのパイロットの一人になっていた。
 再びグスタフが動き出すと、城塞にいる兵士は歓声を上げた。その様子をウェインやヘルガ、そして、傭兵国軍の首脳達が砦の塔から眺めていた。
「順調そうですね。」
 ヘルガの後ろ側からウェインが声をかけた。その言葉にヘルガは頷いた。雪が収まったが、かなりの量が積もっている。にも関わらず、グスタフは支障なく動いている。
「グスタフが一度に3体あるのは凄いものですね。」
 2体にはパイロットが乗り込み、その巨体で地面を震わせながらその堂々たる様を見せ付けていた。
 そして、もう1体が城塞の櫓に寄り添うように佇んでいる。
「これだけ、アイツらを集めたからにはバーンシュタインも好き勝手はできないな。」
 後ろにいたゼノスが言った。
「1体でもあれだけの頑強さを見せたんだからな。」
「全く・・・」
 巨人達は時空制御塔攻略のためにこの基地に集められていた。
 もっとも、そのことはここにいる兵士やパイロットは知らない。機密保持のため土壇場になるまで時空制御塔への攻撃は兵には知らせないことにしていた。彼等はスタークベルク方面から侵攻してくるバーンシュタイン軍と決戦を挑むであろう事を信じていた。
 グスタフの威容はここにいる兵に絶大な安心感を与えていた。
 ただ1体でバーンシュタインを撃退したのだ。それが3体も揃っている。よもや敗れはしまい。
 ゼノスがその考えに釘を刺した。
「しかし、油断はできないな。相手は古代技術の結晶なんだからな。」
「それは、わかっています。」
「そう、気にすることはない。あの塔の機能を回復するには相当の魔力が必要だ。それを供給できる国はこの大陸にはないよ。使えるのは放送施設やエレベーターくらいだろうな。・・・・可能性があるとすればシールドくらいだな。」
「シールドですか?では、グスタフの攻撃は?」
「通用するさ。ただ、かなり近距離で攻撃をしなければ効果はない。もっとも、シールドを復活するだけでもかなりの魔力が要る。それを用意できる国なんてありはしない。」
 あくまで、可能性の話だとヘルガは言った。ウェインも神経質すぎたのかと自分を納得させた。彼女の言うとおり魔力を集めるのは容易ではないからだ。
「それを聞いてホッとしました。古代遺跡の機能が回復するなんて心臓に悪いですよ。」
「全くだ。」
「そうなれば、オイラ達は有利に事を進められるね。なんたって師匠の近衛部隊だもんな。」
 と、ハンスは言った。
「そうだな。」
 3人の巨人に隠れているが、歓声を上げている兵士たちも傭兵国の精鋭中の精鋭だった。ウェインの元で今回の戦役を生き延びてきた第7師団の兵士であった。
 開戦以来多くの師団が壊滅したが、この部隊のみは戦闘経験をつみながらも、損害が軽く、消耗していなかった。
 これに対して、時空制御塔を占領しているのはバーンシュタイン軍の一部であり、主力ではない。一般的な強さの師団だ。
「そうなると、心配なのはジュリアの動きだな。」
 ゼノスが別の話題を振り向けた。
「あの軍勢をうまく陽動できればいいんだが・・・」
「そのための手は尽くしている。」
 その通りだった。
 傭兵国軍はジュリア軍誘致にあらゆる手段を試していた。
 夜襲奇襲の類の攻撃を盛んにしかけ、グスタフによる威嚇も行い、さらに大兵力が集結中であるかのように偽装した。
 そして、ここにいる兵士たちにも自分達の任務は北上してジュリア軍と決戦することにあると信じさせていた。実際には彼等は途中まで偽装コースを取ってシュワルツハルズ方面に向かうと見せかけ、機を見て、南下し時空制御塔を一挙に攻略する予定になっていた。
 いまのところ、ジュリア軍が時空制御塔に援軍を差し向けた形跡はない。
 いままのままの状態が続けばよいとウェインは祈らずにはいられなかった。作戦が発起されるその日まで。
 ウェインとしてはなんとしても、冬の到来前にバーンシュタイン軍をクレイン村まで押し返し、冬の自然休戦期間中に和議を成立させるつもりだった。そのためにも、この作戦は成功してもらわねば困るのだ。
「きっと、成功させなくちゃならないんだ。」
「おい、ウェイン。そう力むなよ。まあ、始まる前に心配しても仕方ないぞ。」
「ああ・・・すみません。ゼノスさん。」
「だから、お前はもっと偉そうにする癖を・・・」
 どっしとした音が響いた。
 2体のグスタフがその動きを止め、パイロットはようやくその拘束から解放された。
実験終了の合図だった。
 その様子を見ていると、後ろのドアをノックする音が聞こえてきた。
「閣下、ここにいらっしゃいましたか。」
 情報部長だった。
「どうした?」
「サイモン外相が尋ねてきています。今、お部屋のほうに。」
「分かった。ともかく、行きましょう。」
「じゃあ、ここはオイラ達に・・」
「ああ、任せたよ。」
 鎧兵の実験と同じようにローランディアとの交渉がうまくっていってくれるといいな、と都合の良すぎることを思いながらウェインは櫓を後にした。
 
 
 
 夜の帳と冬の寒さが王都を包み人々は家の中で自分の体を暖めながら深い眠りについていた。その日の朝から降っていた雪は王都を白く染め上げ、そして止んでいた。
 そんな時に城の一室、エリオット王の寝室を訪ねる3人の姿があった。
「火急の用件があります。陛下を・・・私はカサンドラ・メルクリウス。」
 そして、リビエラ・マリウス、ピアノであった。
 衛兵は普段なら絶対に取り次がない用件ではあったが、相手が相手だ。王にそれを取り次いだ。
 それから、しばらくして重々しく扉が開いた。中に入るとそこには、エリオットの姿があった。服装を整える時間はなかったのかもしれないが、急に起こされても、眠気を引きずってはいなかった。
「カサンドラさん、それにリビエラさん・・・ピアノさんまで・・・どうしたのですか?あなた方が来ると言うことはよほどの事態が起こったのでしょうか?」
 後ろの扉が閉まり、部屋の会話を誰にも聞かれなくなってからカサンドラは言った。
「謀叛です。」
 その一言にエリオットの顔が強張った。今は傭兵国との決戦中なのだ。そんな時に謀叛など冗談ではない。
「誰が、首謀者なのですか?こんな時期に・・・」
「宰相マクシミリアンです。」
「そんな、馬鹿な・・・彼は宰相ですよ?それに戦いをあれほど嫌っていた彼が・・・」
「それが、理由です。彼はかの世を戦いのない世界にしようとしています。」
「どういう意味ですか?」
 問われたカサンドラは時空制御塔と言霊の面を使うことで人間の思考をコントロールし戦いのない世界を作る。という、常識では考えられないことを言った。
 だが、リビエラやピアノが集めた証言や証拠が示されるにつれて、エリオットの顔も変わっていった。
「そんな・・・これが事実だとすれば・・・」
 と、エリオットは呟いた。そして、思い出したように言った。
「彼はマクシミリアンは私に進言しました・・・言霊の面と時空制御塔を使って傭兵国を洗脳し、彼等を全面降伏に追い込む・・と。」
 驚きの顔でカサンドラ達は王を見た。
 そんなことは、彼等にとっても初耳であったからだ。そうであれば、アリエータの話の信憑性も一挙に増す。
「それは、何時のことなのですか?」
「昨日です。許可は与えませんでしたが・・・」
「陛下、ことは一刻を争います。マクシミリアンに時間を与えては危険です。」
 エリオットは3人に頷きかけると、大声で衛兵を呼んだ。
「陛下、お呼びでございますか。」
「マクリミリアンを連れてきてください。」
「宰相閣下をですか?」
「そうです。それも急いで。」
「は・・!はい!」
 間に合うだろうか?とリビエラは思った。あの抜け目のない宰相のこともう、逃亡しているのではないだろうか?それは、エリオットも同じ思いだった。
 だが、彼等の焦燥を打ち消すような報せが直ぐにもたらされた。
 マクシミリアンは自分の館におり、出頭の命令も素直に応じているというのだ。
 
 
 宰相は普段と変わらない様子でエリオットの謁見に応じていた。場所は黄昏の間と呼ばれる王と腹心が会議を持つ場所だった。部屋には円卓があり、その端と端に王と宰相は座っていた。
 違うのは、3人のシャドーナイトが王の傍に控えていることだった。
「陛下、早朝から謁見とは・・・何かありましたか?それに、シャドーナイトの皆さんもご一緒とは。」
 エリオットが単刀直入に言った。
「宰相。貴方に2つの疑いがかけられています。」
 意外そうな表情でマクシミリアンは答えた。
「2つですか?」
「一つ目はジュリア将軍の暗殺です。」
「私がですか。」
「毒の成分を調べました。傭兵国にも、ローランディアにもその原料はありません。あるのは、バーンシュタイン。貴方の別荘の庭にありました。そして、下手人が口を割っているのですよ。」
「そうですか、2つ目は何でしょうか?」
「貴方は私に時空制御塔を使って、傭兵国を降伏に追い込むことを進めましたね?」
「はい・・」
「しかし、貴方は実際には言霊の面を使って、人間全てを洗脳して、理想の国を作ろうとしている。・・・違いますか?」
 マクシミリアンは何かを言おうとしたがそれをやめ、黙ってエリオットを見た。
 そのエリオットの前にはジュリア暗殺のために造られた毒草のサンプル。部下に送りつけた命令文書、そして報告文章。そのいくつかには宰相印も捺印してある。
「何か言うことは無いのですか?」
「言っても、無駄のようです。よくここまで、調べ上げたものですね。」
 マクシミリアンは取り繕うことを諦めたようだった。
「陛下。私はこの国に最終的な幸福をもたらそうとしています。戦いのない世界は誰にとっても望みであるはず・・・それこそ、国益に叶うと言うものです。陛下はそれをお認めにならないのですか?」
「私はそれを認めることはできません。戦いがなくなるとはいえ、人々の思考をコントロールするなど正気の沙汰ではありません。」
「・・・・陛下。」
 暫くしてマクシミリアンは言った。
「何故、陛下はこの戦いをご裁可になったのですか?すでに、この戦いで数万の死傷者が出ています。3年前の三国戦争から数ええればどのくらいの人が死んでいったか・・・貴方は、指導者としてそれをとめることができなかった。」
「私には、戦うための理由があった。それだけです。戦うことで守れた命もあると思います。貴方はゲヴェルにも戦わずに奴隷なることを選択せよと?」
「そうです。」
 こともなげに、マクシミリアンは答えた。
「誇りがなんだというのです。そんなものに拘るから戦いが起きるのですよ?」
「マクシミリアン・・・」
「だから、私は時空制御塔を使い、人の心を正しき場所に導こうとしているのです。」
「私はバーンシュタイン王です。民にそのような奴隷の平和を押し付ける気はありません。」
「奴隷の平和?・・・ただ目先のことしか考えられない人間には丁度いいではありませんか。この方法でしか、争いは止められません。」
 2人は暫し沈黙した。
 エリオットはもう、この臣下の理想を言葉で捨てさせることは無理だと悟った。そして、マクシミリアンのほうは、主君を言葉で正しい道に導くことは無理だと悟ったようだった。
「これ以上の論議は無駄のようですね・・・」
 とエリオットは言った。
「マクシミリアン。貴方を王国に対する脅威として拘束・・・」
 拘束しますとエリオットは言おうとした。
だが、その時リビエラはマクシミリアンのある動作に気がついていた。
「陛下、お下がりください!」
「うあ!」
 リビエラは咄嗟にエリオットを床に伏せさせた。ピアノもカサンドラもそれに習う。
 その直後、マクシミリアンがいた場所を中心に轟音と炎が部屋を覆った。
「・・陛下ご無事ですか?」
「ええ、助かりました。」
 轟音が収まり、リビエラが話しかけるとエリオットはそれに答えた。
 王の無事を確認して、リビエラがマクシミリアンがいた場所を見ると、机が派手に砕かれ、床も破壊されていた。
「・・・・こ・・・これは・・・自爆・・・」
 マクシミリアンは影も形もなくなっていた。
「陛下、ご無事ですか!」
 騒ぎを聞きつけた兵が部屋の中に入ってきて、エリオットを助け起こした。
「私は大丈夫ですが・・・マクシミリアンは・・・」
「自爆ですか・・・・」
 カサンドラが一人でその場所に向かい暫く辺りを見回すと何かを指につまんだ。
「一杯食わされました。あのマクシミリアンは泥人形です。泥の人形に魔力を送り、本物であるかのように仕立てた・・・本物は別にいます。」
「偽物・・・本物は?」
 まだ、マクシミリアンの謀叛を知っているのは王都の一部の人間しかいない。その他のところではマクシミリアンはまだ宰相として振舞える。
「それでは、今頃は時空制御塔に・・・」
 エリオットは衛兵に命じた。
「王都警備隊、それに前線にいる部隊にも伝えてください!マクシミリアンを見つけ次第、捕縛するようにと!彼は謀叛を考えている・・・と言ってください。」
「は・・・はいっ!」
 屋敷も・・・か。そういえば、アリエータはどうしたろうか?とリビエラは思った。
 あの屋敷にいるとすれば、解放されるだろうか?
 ピアノが前に進み出た。
「では、前線の部隊には私が。」
「確か、貴方はテレポートが使えたはず・・・わかりました。頼みます。」
 敵のことを思い出している場合じゃなかったわね。と、リビエラは思い直し、言った。
「私も行くわ。」
 
 
 バーンシュタインの各機構はマクシミリアン捕縛に乗り出した。
 彼の王都にある屋敷、そして捕虜が閉じ込められていた屋敷を初めとする別荘。その全てに、シャドーナイト又は警備隊が乗り込んでいった。
 しかし、そのいずれもがマクシミリアン捕縛に失敗した。リビエラが忍び込んだ屋敷に残された瀕死の捕虜達が唯一の成果だろう。
 一足遅かったのだ。
 そうなることを良く分かっていた人間の一人、マクシミリアンの腹心クラッドは王都の慌てぶりを伝える報告を聞いて快心の笑みを浮かべていた。
 いまごろ、王都の連中は地団太踏んでいるだろうな。
「うむ、ご苦労だった。」
 と、報告に来た部下を下がらせると雪で白くなった街道の遠くに目を向ける。そこにはまだ、小さいが天にむかってそびえている建造物が見えた。
 時空制御塔だ。
 後、少しだな。これでマクシミリアン様に合流できれば全て解決だ。
 クラッドは紙一重の差であの屋敷を放棄したのだ。捕虜達は置き去りにしていた。彼等から搾り取った魔力が詰まった水晶板と、衛兵達、そしてまだ、魔力を取れそうな捕虜一人を連れて。
「あの捕虜の・・・アリエータの様子は?」
「はあ、大人しくしておりますが・・・」
「全く恐ろしい女だ。・・・あれだけ魔力を取ったと言うのに、まだ、普通に戦えるだけの力を残しているのだからな・・・」
 と、クラッドはアリエータを見た。彼女はクラッドから見て10メートルほど後ろを歩いている。腕には魔力封じの鎖が巻かれ、その両脇には屈強な剣士がいる。万が一にも逃亡はできまい。何か魔力で細工しようとしてもそれを見逃すことはない。
 だが、それにしても、何故、マクシミリアン様はアリエータだけは連れてくるようにと命じたのだろうか?昔の友人へのせめてもの誼のつもりなのだろうか?
 
 まだ、歩けるのね。私・・・
 道は既に雪が積もり、良い状態ではない。腕に巻かれた鎖が魔力を抑えこみ、あの屋敷での魔力と体力の酷使の後だったが、アリエータはまだ歩いていた。
 前を見ると時空制御塔が見える。
 ・・・ダメ・・・もう時間がない・・・どうにかしてチャンスを造らないと・・・
 あの、水晶版をあの塔に持ち込ませてはいけない。時空制御塔を完全に覚醒されれば、もう彼の計画を妨げることは出来ない。
 彼女は水晶にある細工を施していた。だが、それを発動するには長い詠唱が必要だ。既に、施してある細工を発動すのに魔力は不要だ。問題はそれを両脇の監視が見逃してくれるかだった。
 そんなことを考えていたせいなのか、アリエータは何かに躓き、倒れこんだ。
「あう!」
「立て。」
 両脇の剣士がすかさず、彼女を小突く。
 アリエータが立ち上がろうとしたとき、隊列のどこかから悲鳴が上がった。
「モンスターです!」
「慌てるな!落ち着いて、迎え撃て!」
 剣戟の響き、魔法の詠唱音がそれに続く。
 両脇の監視はそちらのほうに視線をずらした。
 今だ・・・
 アリエータは詠唱を始めた。立ち上がる時、脚が少し震えていた。
 怖いのね・・・私は・・・
 でも、ここで、しっかりしないと・・・!
 アリエータは勇気を振り絞り、ある命令を下した。
 それと同時に、周囲に轟音が轟き、閃光が乱れ飛んだ。
「きゃ!」
 その衝撃をアリエータもまともに食らい、地面に叩きつけられた。
 痛みを堪えながら目を開けると、アリエータは自分の狙いが成功したことを知った。
 水晶板を積んでいた馬車は粉みじんに消し飛んでいた。そこには、まるで火山の噴火のような巨大な光の柱があるだけだった。水晶板が砕け、その内に溜め込まれていた魔力が噴出したのだ。
よかった・・・・
 アリエータは魔力をあの水晶に魔力を送り込む時に、水晶の中に糸のようなものを張り巡らせた。それは彼女が念じれば、水晶全体を崩壊させる。
 彼女はそれを今行ったのだ。
 あの水晶一つだけではない。おそらく、別の水晶があるに違いない。でも、それを一つでも減らしておくことは決して無駄ではないはずだった。
 それが出来たのなら、死んでもいい。
 そう思っていた。
 カラン
 何かの音が聞こえた。
 自分の腕を拘束していた魔力封じの鎖が取れていた。魔法が使える。
 でも、体力的に限界で、ここから傭兵国軍のところまで行くのはほぼ不可能だろう。
「戻ってきてくれよ。約束だぞ。」
 唐突にここにいない人間の言葉が脳裏をよぎった。
そして
「死ぬんじゃないわよ。国では待ってくれている人がいるんでしょ?」
 という、もう一人の言葉も。
 アリエータは一人、笑顔を作った。
 ウェイン、私は貴方との約束は守るから。
 彼女は行動を開始した。
 
 水晶に溜め込まれた魔力は大方、上空に巻き上げられ、大気中で飛散したが、その中には再び地上に舞い戻ってくる魔力の塊もあった。
 それらが地面に落ち、爆発する。
 クラッドは混乱する隊を駆け回り、兵に冷静さを呼びかけ、指示を与えていた。
「各隊集まれ!防御魔法を唱えて魔力を防げ!」
 部隊がそれに反応し、落下してくる魔力の塊を防御する。
「凌げ!もう、少し時間が経てばあの塊が空から降ってくることはなくなるぞ!」
 部隊は統制を取り戻しつつあった。
 だが、クラッドの腸は煮えくり返っていた。
 なんということだ。なんということだ!
 時空制御塔を復活させるのに必要な水晶を破壊されるとは・・・。全部で用意した水晶は3つ。そのうちの一つが破壊されたのだとんでもない損失だった。これでは、時空制御塔を完全に復活させることはできない。
 一体、誰がこんなことをしたのか?犯人は誓ってこの世から消し去ってやる。楽には殺さん。
 犯人は誰だ?
 モンスターの攻撃だろうか?いや、あの馬車は外からの魔法攻撃に耐えられるように防御されていた。
 中から誰かが破壊したのか?そんな、馬鹿なことはない。ここにいる兵士は皆、マクシミリアン子飼いの兵士。宰相の理想に共鳴している同志だ。
 だが、彼はこの集団の中で一人だけいる異分子に気がついた。
 兵士が一人報告に来た。
 ようやく空から降ってくる魔力の塊はなくなっていた。
「クラッド様!捕虜がいません!逃げられました!!」
「・・・・そうか、あの女、アリエータか。」
 おそらく、何らかの細工を施したのだろう。だから、あんな女など捨て置くべきだと主張したのに・・・
「現在捜索しておりますが・・・」
「当たり前だ!」
 クラッドは怒鳴った。
「全力を挙げて捜索しろ!おそらく、水晶を破壊したのはあの女だ!見つけ次第殺せ!!証拠に、女の首を持てこい!!」
 しかし、ヒステリックではあったが、クラッドは冷静だった。時空制御塔に運び込むべき機材を輸送している者とその護衛は先行させることにしたのだ。
 結果としてアリエータ追跡に割いた人数は20名程度だった。魔力が切れかけ、体力的にも限界がきている女一人には十分な人数だろう。
 彼等は四方に散った。
 だが、彼等はアリエータを見つけることが出来なかった。遠くには行っていないはずなのに。
 余裕で彼女を駆り立てるはずだったのに彼等のほうに焦りが生じた。何しろ、彼等にとってここは敵地であるからだ。時間はかけられない。
 
 そろそろ・・・かしら。
 アリエータがそれまでとは違う動きを見せたのはクラッド達が四方に動き出してから30分は経ったころだった。
 魔力がほとんど残っていない彼女に戦闘は無理だった。ならば守りに徹すればよい。そして一番の防御とは敵に見つからないことであった。インビジブルの魔法で身を隠し、追跡者達が遠くに行くのを待っていたのだ。
 先を急ぐ彼等のことだ、ここをしらみつぶしに探した後は先行する隊に追いつこうとするに違いない。
 彼女は元の場所にそのまま留まっていたのだった。
 インビジブルの効果が切れた。
 もともと少ない魔力は底を尽きかけていた。それでも、アリエータは構わなかった。テレポートを一回使えるだけの魔力は残っていたのだから。
 しかし、今の自分の状態では目的地には行けない。それでも近くに行くことは出来る。
 敵のそこまでは追跡してこないだろう、とアリエータは踏んでいた。これはその賭けなのだ。
さあ、行こう。
「テレポート。」
 アリエータは傭兵国の領地に向かって自らを跳躍させた。跳躍は一瞬で終わった。周囲には雪に覆われた木々が取り巻き、遠くに見慣れた要塞が見えていた。
「思ったより近くまで来れたみたいね・・」
 と、自分を励ましながらアリエータは脚を進める。そのたびに靴が雪の中に沈んでいく。
 体力的にギリギリなのは承知だった。脚が鉛のように重い。それでも、アリエータは歩いた。
 この先の林を抜け、それから見えてくる街道を左に行く、そこからまた距離が必要になる。
 休んで、体力を回復させるのも一つの方法だったが、時空制御塔のことをウェインに知らせるには、悠長にはしていられないと思った。それに、彼との約束を一刻も早く果たしたかった。
 モンスターに注意しながら林を抜ける。そして、そこから下って、街道に出た。
 このままこの道をまっすぐ行けば・・・。傭兵国軍の陣地にたどり着く。
 だが、彼女はその歩みを止めた。
 そこに敵が立っていたからだった。
「見つけたぞ。アリエータ・リュイス。」
「クラッドさん・・・・」
 現れたのはクラッド一人だけだった。
 しかし、今のアリエータに逃げ切る力など残っていない。それをクラッドは見透かしていた。
「私もテレポートの魔法を使えるんだよ。方々探したが、見つからない。となれば、君がテレポートを使ったとしか思えなかった。それも、魔力の消耗が激しい君のことだ・・・テレポートの範囲には限界がある・・・・」
 アリエータは後ずさり、魔法詠唱の姿勢をとった。すかさず、クラッドも彼の武器である投げナイフの投擲体制に入った。
「あの水晶は我等の努力の結晶。それをああも簡単に破壊されるとは・・・」
「時空制御塔を完全復活させるのにあれは使わせません。それに、貴方達は何故こんな恐ろしいことを・・・」
「それは言うだけ時間の無駄でしょう。」
 クラッド達にとり、あの水晶はこれまでの努力と執念の結晶だった。
 ローランディアがバーンシュタインがランザックが何か思いついたように起こす戦争で親を失った戦争孤児、それがクラッドの出自だった。他の同志にもこうした経歴の持ち主は多い。
 彼等はだからこそ、マクシミリアンの主張に賛同した。その実現に向けていかなる努力も惜しまなかった。人道的に首肯できない行為にも手を染めた。
 それだけの価値がマクシミリアンの理想にはあったからだ。
「貴方には報いを受けてもらいます。」
 風を切って、ナイフが飛んでくる。数は2本アリエータはそれを寸前でかわす。そして、距離を取って僅かに残った魔力を振り絞り魔法の詠唱を始める。
「アースクエイク!!!」
 魔法は次の攻撃が来る前に発動された。詠唱時間が短いために、威力も低いものだったが、振動はすさまじかった。
 アリエータはその瞬間を狙って走り出した。
 この振動の中ならナイフを投げても当たるまい。もともと勝つのは無理なのだから、逃げ切る方法に掛けるしかなかった。
 ナイフが風を切る気配がしたが、それは見当はずれの方向に向かっていった。
 このまま、逃げ切れば・・・
 しかし、その考えは右肩からくる激痛で突き崩された。
「あうっ!」
 アリエータは雪の地面に倒れこんだ。そして、自分の体に突き刺さっている一本のナイフを見た。
「危ないところだった。この距離で外すとは・・」
 倒れているアリエータに近づきながらクラッドはナイフを握りなおす。
「楽には殺さん。長く、苦しむように工夫する。・・・自分の罪を懺悔しながら死にたまえ。」
「罪を犯しているのは貴方達です・・・・」
 苦しい声でアリエータは言った。
 もう、目を開けているのがやっとだった。
「自分達の過ちに・・・気付いて・・下さい・・・」
 だが、それに答えることなく、クラッドは持っていたナイフを振り上げた。
「ウェイン・・・」
 アリエータは弱弱しく呟いた。
 ごめんさない。ウェイン・・・・
 私は貴方のことを・・・・
 彼女の意識はそこで途絶えた。
 片隅で、何かの騒音が聞こえてきたがそれが何なのかを知ることは出来なかった。
 
 
「あれは、一体何なのだろう?」
 地上から天に向かって伸びる細い光。自然現象でないのだけは確かだ。強力な魔力の波動を感じる。
 城塞の一室からウェインはその光景を見ていた。光が現れたのは外相サイモンの報告を聞いている途中だった。外相と情報部長はウェインと向き合うように座っていた。
 そして、その隣には爆発についての意見を聞くために呼び出したヘルガの姿があった。グスタフの訓練データを集計中だったが、爆発には興味を持っていたらしく、すぐに部屋に現れた。
「強力な魔力の塊。としか、言えない。だが、あんなに強力な魔力は始めて見たよ。未曾有の事態だな。」
「未曾有というと?」
「グローシアンの王国崩壊以降、あの規模の魔力の塊は現れていない。どこのだれが、作ったのか知らないが恐ろしいまでのエネルギー量だ。」
 ヘルガはそこで情報部長に視線を移した。
「私にはあれを誰が作ったのかはわからないが、貴方は知っているのでは?」
「それについての情報は無い。推測は出来るが・・・・・」
 サイモンは報告を再開した。
 スタークベルク会戦後の傭兵国の方針はローランディアを味方につけ、戦闘でバーンシュタインに出血を強いて講和に持ち込む考えだったが、先刻の説明を聞いても、ローランディアは乗り気ではないようだった。
「やはり、進展していませんか・・・?」
「はい・・・」
 駐ローランディア大使マーティンはローザリアの宮廷の中でも比較的傭兵国に協力的でかつ王の信任も篤いゴードン卿にも協力を依頼して、交渉を行った。
 しかし
「マーティンの報告では、「貴君は何もローランディアに期待してはならない。」との答えを受け取ったと・・・そればかりかコーネリウス王は全土に動員令を発令しました。」
 ローランディアは兵力を用いるかもしれない。問題はそれをどこに対して使うかだ。もし、傭兵国に向かってそれを使うのであれば、それは傭兵国の消滅を意味する。
戦争による被害をあまり受けていない大軍を擁するローランディアに背後から攻め込まれては、お手上げである。
「それだけは、何としても避けたいところだな。そのためにも、戦場で目立った戦果を上げないとな・・」
 交渉では何かの材料がなければ、進展させるのは難しい。せめて、今回の作戦で時空制御塔を占拠できればその材料になるかもしれない。
 サイモンが明るい面を指摘する。
「閣下、幸いにも季節は厳冬期、悪くても時間は稼げるかと。」
 事実だった。この当時の戦争では冬は休戦期間中と相場が決まっていた。そして、動員をはじめたというローランディアもこの雪ではその作業を思うように進められない。
「その間に何とか戦線を押し戻して、講和に持ち込みたい。・・・・そのためなら命をかけても惜しくは無い。」
 死ぬことはないとは言え、グスタフの操縦ではかなりの体力を使うことは自明のことだ。それを何度も繰り返せば、結果として死ぬこともあるかもしれない。
「そうですか、私も同じ気持ちです。閣下。私はこれからバーンシュタイン王都に向かうつもりです。彼等と直接交渉しようと思います。」
 外相の申し出にウェインは驚いた。今は戦時下だ。そんな時に敵国の首都に行くなど危険すぎる。
「大丈夫です。すでに、情報部長とも相談して、良いルートを確保しあります。つかまる心配も無いでしょう」
「しかし、それでは・・・・」
 サイモンは首を振った。
「それは、ウェイン閣下もご同様です。ウォルフガング様もおそらくそのようになさるでしょう。ですので、私もそれに習います。」
 ウォルフガングと自分のことを出されると、ウェインは苦笑した。
「わかった。その代わり、俺はこの戦線を押し返す。それでいいか?」
「はい。ありがとうございます。」
「出発は?」
「明日、出発いたします。」
「十分、気おつけてな。」
「はい。」
 ウェインが何かを言おうとした時、彼はその動きを止めた。
「この音色は・・・」
 どこかともなく、オカリナの音が聞こえてきた。
 ウェインは耳をすませた。
 とても、懐かしい曲だ。
 楽しい思い出が詰まった、大切な記憶の証。
 でも、もうこの曲を知る人は自分のほかにはいないはずだった。
「閣下!」
 無意識のうちにウェインは音のする方向に走り出していた。部屋を出て、廊下を走る。
 ハンスとすれ違った。
「師匠、話は終わったのかい?こっちは丁度いま・・・」
「ハンス、ちょっとごめん!」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ師匠!」
 驚いているハンスがどんどん小さくなっていく。
 やがて、彼は砦の門番があっけに取られるのを尻目に砦の正門から走り出し、森の中へと入っていった。
 走りながらウェインは自分に問いかける。
 この先に何があることを期待しているのかと
 彼が望むものはとても、現実的なものではない。
 あの曲を自分に教えてくれた人。
 守ろうとした人。
 幸せにしようとした人
 しかし、現実には彼女を幸せにするどころか、護る事さえできなかった。
 アリエータはもういない。
 彼女がこの先にいること、彼の望みはそれだった。
 彼は何度も足を止めようとした。
 けれども、自然に足が前に出てしまう。
 この曲を奏でる人が誰であるのかを突き止めるまで。
 やがて、森の中にある小さな道でウェインは足を止めた。
 そこには、5人くらいの傭兵国の兵士がいた。
「ウェイン閣下・・・」
 その光景を見てウェインは思った。これは幻だと。それは、傭兵国の兵士に向けられた感想ではなく、彼等に連れられた青い髪の少女に向けられていた。
 だって、彼女はもういない。
 彼女は死んだのだ。
 それなのに
 青い髪の少女はかなり衰弱しているらしく、台車のようなものに載せられていた。それでも、自分のことを見つけると、微笑み言った。
「ウェイン。」
 ウェインが覚えているのと寸分たがわぬ口調で。
 アリエータ・リュイス。その人以外にありえない口調で。
 彼女は立ち上がり、ウェインのほうに歩き始める。しかし、足取りは弱弱しい。
「アリエータ!」
 ウェインはアリエータに駆け寄り抱きとめる。寒気のため冷たくはなっていたが、しっかりとした暖かさが彼女の存在が現実のものであることを教えてくれた。
「嘘じゃないよな・・・アリエータ。」
 少し震えているウェインの声にアリエータは何度も頷いた。そして、途切れ途切れの声で言った。
「約束は、守りましたよ。時間は少しかかちゃいましたけど。」
「そうだね。約束どおりだ。」
 かつて、流した涙とは違う種類の涙がウェインの目から流れていた。
「閣下。」
「ゲージー少尉。」
 アリエータが説明した。
「追手に捕まりそうになったところを、少尉に助けられたんです・・・それに・・・」
 少尉の後ろにいる銀色の狼が不機嫌そうに言った。
「久シイナ。」
「セレブ!?」
「時空制御塔がドコカノ国の軍隊に制圧されたヨウダナ。ありえーたのコトハ任せると言ったのに世話の焼ける奴だ。」
「済まない。セレブ。」
 素直にウェインが応じると、一同から明るい笑いが起こった。
「ウェイン・・・」
「どうした?痛いのか?」
「ちがう・・・私は貴方に伝えなくては・・・あの時空制御塔にいるのは・・・」
 その時、アリエータの体から力が抜けた。
「アリエータ!」
 ウェインは叫んだ。悪い予感が頭を走ったが、幸いにもそれは外れていた。
「寝ているようだ。」
 セレブが冷静そのものの声で言った。
 アリエータは心地よさそうに眠っていた。
ほっとした表情でウェインはアリエータを抱きかかえ、乱れた前髪を整えた。
「ごめんよ、アリエータ・・・」
 と、ウェインはそっと語りかけた。
「ありえーたガ何を見テキタかは、私から説明する。」
 と、言うセレブにウェインは頷いた。
 そこで彼は冷たさを感じた。
 空を見上げると再び雪が降り出していた。当分止みそうにない。
 それでも、彼女から伝わる暖かさは変わらない。これからの傭兵国のことを考えると不安が尽きないウェインだったが、今はそれが嬉しかった。
 
 
(つづく)
 
更新日時:
2008/09/29 

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Last updated: 2012/7/8