15      The Snow War 第7部
◆ 伝言 ◆
 
 
 スタークベルクと王都をつなぐ街道筋にその館はあった。屋敷にはここに街を作ろうとした酔狂な人間が住んでいたが、相次ぐ戦乱はその男の夢を砕いた。
 彼のいなくなった館に新しい主人が来たのはそれから1年後のことだった。
 その時、館は朽ち果てていたが3階建てで地下室もあり広さだけはあった。出来れば200人以上を収容したいという新しい主人の目的には丁度良い。
 それにこの館は街道から離れており、森の奥に進まなければその姿を見ることも出来ない。それは、できれば人に知られずに屋敷を使いたいという主人の願いも満たしていたのであった。
 
「なるほどね。こんなところに連れてくるなんて。」
 リビエラは感心したように言った。
 ジュリアを襲った毒の成分を調べていた彼女が辿りついたのは以外にも王都とスタークベルクの街道にある館だった。
 ここは正規には古代技術の遺産を置く場所になっているはずだった。それは部分的には正しい。地上は全くその通りで今はもうあまり研究対象ではなくなっている古代の遺跡や書物が置いてある。
 しかし、屋敷の地下と庭園はその表の顔とは似ても似つかないものだった。
 庭園ではジュリアを襲った暗殺者が持っていた毒の材料が栽培されていた。高い技術を使っているのかところどころに魔法装置が隠されていた。
 ジュリア暗殺に関しては実は彼女に毒刃を突きつけたのはその場で死んでいた傭兵国のスパイではなく、第3者だった。そして、彼もマクシミリアンと繋がっていた。すでにその下手人は捕らえてある。
 そして、この屋敷の地下ではあり得ない光景が広がっていた。
「作業の手を休めるな!」
「・・・すみません。すみません。」
 疲労した様子の魔導士が槍を構えた男に無理やり作業をさせられていた。そして、その服は傭兵国の兵士の服装であった。
「捕虜をこんなところに連れてくるなんてどういうつもりかしら?」
 リビエラは今、地下室の一室にいる。
 捕虜達は40人ほどが部屋におり、監視に30人の兵士がついていた。
 リビエラはインビジブルを使っていた。自らを透明にするこの魔法のお陰で彼女は部屋の隅々を監視することができた。
「う・・・ああ・・・」
 作業していた捕虜の一人が倒れた。口から血を流している。魔力の使いすぎだ。監視兵が近寄り、起こそうとした。
「ダメだなこいつは。」
「おい、代わりを連れて来い!」
「はっ!」
 倒れた捕虜は別の兵士がどこかに運び、代わりの者が連れてこられた。
「立派な捕虜虐待ね。」
 リビエラは嫌悪の目をむけながら観察を続けた。中でも目を引くのは部屋の中央にある巨大な水晶だ。それからは凄まじい魔力が感じられる。あれに捕虜達は魔力を送り込んでいる。一体何に使うのか?
 そして、リビエラを最も戸惑わせていたのはこの館の所有者だった。
 マクシミリアン・シュナイダー。
 王国の復興に尽力し、また先の戦争では軍事の才も示した名宰相。エリオット王も最高の栄誉をもってその功績に報いている。
 彼が知らないということはありえない。ここにいる監視兵達はマクシミリアンが集めた義勇軍。私兵と言っても良い彼子飼いの兵士だったからだ。
 ジュリア暗殺と捕虜虐待。その糸が宰相に繋がっているというのは予想外の展開だった。
「作業の進捗具合は?」
 ドアが開き神経質そうな声が聞こえてきた。緊張した声で兵士が応対している。幹部なのだろう。
「クラッド様。ご苦労様です。」
 ・・・・マクシミリアンの秘書ね・・・・
「はっ!予定より2割ほど進んでいます。」
「現在の作業速度を維持しろ。余り時間が残されていないからな。時空制御塔がいつまでも保持されているとは限らんからな。」
 時空制御塔?・・・・一体何をする気なの・・・
 喋るなら早く喋って。
 リビエラのインビジブルのタイムリミットは刻一刻と迫っていた。
 その時、彼女の手が何かに触れた。その瞬間けたたましい音が地下一杯に響いた。
 しまった!トラップ!?
 リビエラはすばやく走り出した。彼等の目的は分からなかったがともかくこの場を逃れなければ。
「間者だ!間者がいるぞ!」
「見つけ出して殺せ!!」
 警報を聞いて戦士たちが集まってくる。
 まだ、インビジブルは有効なはずだ。
「・・・っ!・・」
 だが、インビジブルの効果は薄れだしていた。次第にリビエラの体の輪郭が浮かび上がってくる。
「いたぞ!そこだ!」
 注意深い一人が気がつくとそこに、矢を撃ちかける。
「くうっ!」
 寸前でその矢をかわすが、今度は槍使いや剣士たちがやって来た。
 そころには、リビエラのインビジブルは完全にその効果を失っていた。
「いたぞ!生かして返すな!」
 廊下には侵入者を捕らえるべく十数名の兵士が集まっていた。
 結界の張られたこの地下室では攻撃魔法は使えない。素手で応戦するより他に手はなかった。魔法の杖で剣を弾き、不用意にも隙を見せた相手に一撃を見舞う。
 だが、もともと魔法専門の彼女が接近戦専門の兵と戦うのでは分が悪い。
「でやああ!!」
 剣士の攻撃を杖で受け止めるがジリジリと追い詰められる。その隙に両脇からも敵が迫ってくる。
 その攻撃がリビエラを貫こうとした刹那、彼女は何かを床に落した。
 
 
「ふう・・・」
 アリエータは医務室から出て、自分の独房に向かっていた。医務室ではもう少し、自分から魔力を得られるようにするための薬をうたれた。
 余り気持ちのいいものではないが、それがなければもう自分は生きていなかったかもしれない。
 ともかく、ここを出なくては。
 ここを出て、あの宰相のしようとしていることを誰かに伝えなければ。
 そんなことを考えていることが顔に出たのかもしれない。両隣にいる監視兵の視線が鋭い。
 ここでは独房からどこかに行く時にはか必ず2人が監視役で付いてくる。
 アリエータが騒ぎに巻き込まれたのは自分の独房が見えてきたその時だった。
 周囲に突然、兵士の怒号が飛び交った武装した兵士がどこかに向かって掛けていく。
 しかし、2人の監視兵はこんな時でも自分の任務を心得ているらしく、アリエータの傍を離れず、寧ろ彼女がこの混乱に乗じることを警戒していた。
 ・・そんな、元気はないけれど・・・・
 と、アリエータは思った。
 でも、ここに誰かが侵入したなら。
 そして、その人があの宰相の企みを知ったなら。
 彼の野望を止めてくれるかもしれない。
 捕まらないで。
 アリエータは心の中で祈った。
 まだ、周囲は騒がしい、侵入者はまだ頑張っているのだろう。
 その時、あたりを閃光が覆った。
「ぐお!」
「うああ!!」
 兵士の苦痛の声が聞こえてくる。アリエータ自身も顔を手で覆う。
 魔法の光。何かのマジックアイテムだろう。とても目を開けていられないほどの光だった。
 それがどの位続いてだろうか。光が収まり、ようやく目が開けるようになると周囲には再び騒がしさが戻ってきた。
「ああ!いない!」
「くそっ!・・・」
「ええい!探せ!まだ近くにいるはずだ!!」
 警備隊長が部下に命じた。
「ここの秘密を知るものを生かして返すわけにはいかん!」
 そんなことを言っているところを見ると、どうやら今のところは逃げたようだ。
 少しホッとしたような表情を浮かべると何かで体をつつかれる。
「歩け。」
 監視兵の持つ槍だった。無機質な声で兵士はそう言った。
 
 侵入者を捕らえるべく、屋敷の屋外、そして捕虜を収容している牢屋も兵士が向かい、片端からあたりを調べて回っている。
どこかに隠れている可能性も否定できない。
 魔力を搾り取られた捕虜のいる牢屋にも踏み込み、あたりをくまなく探索した。
 それはアリエータの部屋も例外ではなかった。彼女が入る直前に兵士が何人か中の様子を探っていた。
「いたか・・・」
「いや、いないな・・・・」
「・・・・終わったのでしょうか・・・」
 弱弱しい声でアリエータは言った。彼女はもう、疲労のため立っているのもままならない。とまでは行かないが辛いのは事実だった。
「よけなことはしゃべるな。」
 探索していた兵士が2人、部屋から出てきた。侵入者はここにはいなかった。
「部屋に戻れ。」
 アリエータを見張っていた男は頷くと彼女を部屋の中に入れ、鍵を閉める。
 ここに来てからもう2週間以上が過ぎた。 その間、ずっとあの水晶に魔力を送り続けたアリエータの体力は限界に達していた。
 ベットまで歩こう。
 そう思った時だった。アリエータはふと自分の独房に違和感を感じた。何かの気配を感じる。
 ふらりと体がよろめいた。
「とりあえず、歩かなきゃ・・・」
 アリエータはベットに腰を下ろした。
 そして、改めて周囲を見回した。
 違和感を特に感じる部分に目を凝らす。
その様子を窓から見ていた兵士はとうとうあの女も精神がおかしくなってきたのか?と思った。
 部屋の片隅で、違和感を特に感じる場所で何かが動いた。次第に何かの輪郭がつかめてきた。
 そう、人だ。おそらく、ここに侵入してきた人だろう。
 あの人はどんなことを知っているのだろう?
 マクシミリアンの野望を掴んでいるのだろうか?
 しかし、それらのことを言葉で言うのは危険すぎた。外にいる監視兵はドアの窓からこちらをいつもうかがっているのだから。
 
 
 この部屋に来たのは偶然だった。閃光弾を使って追っ手をひりませた隙にマジックアイテムを使ってインビジブルの効果を発現させ、ここに走りこんだのだ。
 だが、ここは独房だったらしく、扉は閉められてしまった。そして、捕虜が独りいる。
 彼女は見覚えがあった。
「こんな、ところでこの娘に・・・アリエータに会うなんてね・・」
 2年ぶりの再会だった。
 初めて会ったのは、ある村で彼女がゲーヴァスに操られ、村人を襲っていたのを止めた時だ。
 その後の経過は複雑だった。
 リビエラのリーダーだったウェインが王国を裏切り傭兵国に加わると、彼女は王国に残り、傭兵国と戦った。
 アリエータはその後、ウェインに助けられそのまま仲間になったという。
 その後、何度か戦場で顔を合わせていた。
「・・・・見えているのかしら私のこと・・・」
 アリエータは真剣な目でこちらを見ている。
 やっぱり見えている。
 インビジブルの効果が薄いのかもしれない。良く見ると自分の手の輪郭が浮かんでいた。
 やがて、彼女がこちらに近づいてきた。
 何をする気かしら・・・
 彼女は倒れこむようにリビエラの手を掴んだ。すると突然、どこからか声が聞こえてきた。
 何・・これ?
 空耳ではない。良く注意してみればアリエータが魔力を使っていることが分かった。
 そうか、言葉を使わないで魔力を使って私に何かを言おうとしているのね・・・
 流石はグローシアンの生き残りといったところか。
 リビエラは心を静かにして魔力を高める。
「貴方はここを探りに来たの?」
「そうよ。」
「よかった・・・・」
 アリエータの声はどこか嬉しそうだった。
 彼女はともかく立ったままでは兵に疑われるから、座って話しましょうといった。
 
 アリエータはベットに横たわり、リビエラはその傍にある椅子に腰を下ろした。
 リビエラのインビジブルはアリエータの魔力の充填で強化されていた。微かに見えていた輪郭も分からない。
 リビエラにはアリエータの姿ははっきり見えていたが、アリエータには相手が誰であるか分からなかった。いささか不平等ではあったが、2人は手を合わせて、言葉を使わない会話を交わし始めた。
「私は・・・貴方が誰かは分かりません。」
 恐らく、相手はスパイ。自分の身分は明かさないだろう。そして、自分の話を聞いてくれるだろうか?そう思いながらアリエータは言った。
「でも、バーンシュタインの人でも、傭兵国の人でもいい・・・私の話を聴いてください。そして・・・あの宰相をマクシミリアンを止めてください。」
「マクシミリアンの野望?どういうこと?」
「彼は・・・時空制御塔を復活させるつもりなんです。そのために、あの水晶を・・・」
「貴方達が魔力を送り込んでいるあの水晶?」
 リビエラの頭にあの強力な魔力を秘めた水晶が浮かんだ。
「はい、時空制御塔を復活させるには膨大な魔力が必要ですから・・・・」
「でも、あれだけの魔力じゃ復活は無理なんじゃない?」
「時空制御塔を完全復活させる必要はないんです。最低でもシールドを張ることが出来ればいい・・・・彼は時空制御塔である儀式を行おうとしています。それが完了するまで、敵に邪魔されるのを防ごうとしているんです。」
「・・・儀式・・・」
 そこでアリエータはマクシミリアンがしようとしていることを話した。
 言霊の面を使い、人間を操って、平和な世界を作ろうとしていることを。
 だが、リビエラにとってそれは半信半疑で聞くしかなった。そんな途方もないことが可能とも思えないし、あまりにも無理の多い話しに見えた。
「・・・・そんな途方もないことを?」
 リビエラの感想はなんとなくアリエータには伝わっていた。姿は見えなくても、心に伝わる声の様子から。
「信じられないのも無理はないかもしれませんね・・・でも、これは本当の事なんです。でも、彼がバーンシュタイン王都の遺跡に軍を向けたのは確かです・・・そして、そこに言霊の面があった・・・」
「・・あなたは、どこからその情報を?」
 アリエータは自分のベットにある石を指差す。それは彼女が盗聴に使っていた道具だ。
 リビエラはそれが何かを直ぐに察した。
「・・・・大したものね・・・私の組織はこれがどうしても欲しくて研究中のものなのに・・・さすが最期のグローシアンだということはあるわね。」
「・・・・・ご存知なんですか?私が大昔のグローシアンの生き残りだって。」
「まあね。」
 グローシアンの生き残り。
 その言葉を聴いて、アリエータは昔のことを思い出した。グローシアン達の最後の日々を。
「あの・・・・ここには、あと数時間で私の食事を届けに人が入ってきます。その時なら抜け出れるかもしれません。・・・そのよければ、私の昔話を聞いてもらえませんか?」
 リビエラは「構わないわ。」と答えた。
 アリエータは自分の記憶を遡り、あの日をイメージした。まだ、鮮明に覚えている。ヴェンツエルとともにゲヴァースの精神を封印した日のことを。
 
 全てが光に包まれた自分の体が宙に浮かび、何かが自分に入り込んでくるような感覚。
 それが、どのくらい続いただろう。
 10分、15分
 違和感が次第に消えていく。
 先刻まであれほど動かしずらかった手や足が動くようになる。
「終了。・・・作業成功です!」
 作業をしている者がそう大声で言った。
 光は収まっていた。
 目を見開くと、そこには作業開始前と変わらない実験室の姿があった。あたりは難解な機械と魔方陣で埋め尽くされていた。
 後ろにいる作業チームが歓声を上げて、こちらに走ってきた。
「よくやってくれました!」
「成功です!!」
 その声で、ようやく分かった。成功したんだ。
 アリエータは寝かされていた寝具から起き上がった。
 体に違和感はない。普通に動ける。
 よかった、成功なんだ。本当に
 そして、隣の寝具からはもう一人の男がいる。
「おつかれさまです陛下!」
 アリエータとともにこの実験に参加したグローシアンの王ヴェンツェルだった。
「成功か・・・これでもう人々がゲーヴァスに苦しめられることもあるまい・・・」
「はい!奴は完全に封じることができました。復活の可能性は限りなくゼロに近いと思われます。」
「だが・・これからが大変だ。ここまでの戦いで我等も多くの犠牲を出した。人々の暮らしを安定させねばならない。まだ道は険しいな」
 齢70を超える老国王だったが、彼は即位してからゲーヴァスの脅威から民を守り、そして、この日最終的な勝利を獲得した。
 2人の最強のグローシアンすなわち彼自身とアリエータの中にゲーヴァスの精神を封じることで、その完全な封印に成功したのだ。
 もっとも、ヴェンツェルの言うとおり、課題は山積している。
 しかし、今日の勝利は喜ぶべきことだ。
「ともかく、この報せを国民に。まだまだ我々に課題は多いが。今日は勝利を祝おう。もうゲーヴァスにおびえる必要はないのだから。」
 歓声が部屋を包み込んだ。
 ヴェンツェルは私に向き直ると優しそうな笑みを浮かべてその労をねぎらった。
「アリエータ。君も良くがんばってくれた。」
「は。はい!陛下」
 緊張しながら私は答えた。
 民を守るためなら、たとえ、わが身が滅びても構わない。という老王の言葉に答え、私は封印に参加したのだ。
 少しからだがよろめく、ヴェンツェルはあまりこたえていないようだが、自分はかなり消耗していた。
 研究員が駆け寄り、支えてくれた。
「あちらで、お休みを・・・それから診察を」
「・・・はい・・・」
 消耗していたが、勝ったという満足感が勝っていた。精一杯の笑顔を浮かべた。
「でも、陛下を先に」
「いや、私も行くが君が先にしなさい。」
「2人とも同時に診ますよ。」
 と、医者が応えると周囲から笑いがこぼれた。
 だが、部屋を出ようとした刹那、私の顔は凍りついた。
 老王は笑顔が突然変わった。笑顔でもそれはあの好々爺としたものではなかった。口を吊り上げ、目には鋭い剣のようなものがある視線を周囲に投げかける。邪悪な笑顔だった。まるであの悪魔のようなゲーヴァスであるかのような。
 
 しかし、それから暫くは何もなかった。
 老王は相変わらず、民のために働き続けたし、ゲーヴァスがいなくなって、平和がやってきた。
 しかし、今度はフェザリアンとの関係が危うくなり始めた。共通の敵の消滅は今まで無視できていた相手の欠点を次第に我慢し難いものへと変えてしまった。
そんな時ヴェンツェルは一つの方策を示した。
 即ち、言霊の面を作り出し、フェザリアンとの共存を模索し、完全な復興を達成することであった。その計画の名をエデンという。
 
「ねえ、本当にいいのかな。」
 私は親友のメイに尋ねた。
「何が?」
「今回のエデン計画のことよ。確かに魔力の効率は上がるけど・・・だからって人の心に干渉するなんて・・・」
「グローシアンの魔力を高めて偉大な技術をつくる。きっと差別や貧困はなくなるわ。グローシアンとフェザリアンの軋轢だって・・きっと。」
「でも・・・」
 私はその方法に疑問を感じずにはいられなかった。言霊の面の機能を時空制御塔と結合させて、人々に種族の違いを超えた世界を作り上げるという理想を心に宿らせる。
 そうなれば、今ある問題は解決できる。不フェザリアンとの関係も、2つの種族が一致団結して再建に当たれば理想の社会ができるだろう。
 フェザリアンの意見は分かれているようだったが次第に賛成の方向に向かっているという。
 でも、本当にいいのかしら?
 人の心にまで入り込んで・・・そんなことをしても・・・
「気にしすぎよ。これからの復興には必要なことだわ・・・ゲーヴァスとの戦いが長かったから・・・」
「そうね・・・」
「ほら、そんな顔しない。」
 私はそう言ってくれるメイに笑顔を向けた。
 あの儀式を終えたときのヴェンツェルの邪悪な笑みのこともあったけれど。私もまだ、親友の言うことを信じていた。
 心配のし過ぎかもしれないと、自分を納得させた。
 時空制御塔で儀式が行われ、エデン計画が始動したのはそれからすぐのことだった。
 でも、それは私の想像とは違う世界だった。
 確かにグローシアンとフェザリアンの間に軋轢はなくなっていた。適材適所に人材が配置された。グローシアンは魔法技術、フェザリアンは科学技術。それぞれの得意分野を結合させ、驚異的な復興を成し遂げた。
 ゲーヴァスとの戦いであれほど荒れ果てていた街や自然はほぼ一年で復興を終えていた。
 でも・・・人々からは意志と感情が消えていた。各種族が調和した社会をつくるために。その目的に奉仕する歯車に変わっていた。
 言霊の面は人々の日々の生活に介入してきた。
 各種族は得意分野で所定の成果を出さねばならない。
 毎朝7時までに起きること。夜10時までに寝ること。
 果ては、理想的な子供を作るためには遺伝情報などで最も適切な男女を選別し、結婚させる必要がある。
 人々は僅かにかつてのことも覚えていた。ゲーヴァスとの戦いで苦しかったが、自分が歯車でなかった時代のことも。
 しかし、言霊の面に逆らえば、恐ろしい罰が下された。
 「理想を理解しない。寧ろそれを転覆しようとする社会の敵。」という理由で多くの人が捕らえられ、処刑されるか、強制労働を強いられた。
 酷い時には都市一つが消し飛ばされることもあった。
 まだ、言霊の面が不完全な部分もあったのかその呼びかけに全ての人々が完全には共鳴しない部分もあった。だから、その犠牲者の数は日に日に増えていった。
 その度に私はヴェンツェルに抗議した。でも、彼はあの笑みを浮かべて。それをことごとく無視した。
 そして、私は気がついた。
 ゲーヴァスの魂を受け入れたことで老王は変わってしまったことに。
 私も時折、破壊願望が膨れ上がり、むやみに魔法を使ってしまうことがあった。私も変わりつつあった。
 言霊の面で造れるはずだった理想の世界の歪みはもう誰にも止められなかった。
 そして、メイにもその日がやってきた。
「ねえ、アリエータ。私おかしいと思った・・・ただ、所定の成績にならなかった。それだけの理由で何人も処分されるなんて。」
「メイ!」
 私は慌てて親友の口を塞ごうとした。
 そのようにあからさま批判を思考しただけでも処罰の対象になるからだ。ましてや、それを口に出していうことは許すべからざる犯罪とされていた。
 メイはでも、私の手をどかして、笑うだけだった。
「いいの、これで終わるから。」
 次の日、彼女はもういなかった。その日のうちに、処分されたのだった。
 私もメイと同じようなことを考えて、ヴェンツェルに何度も抗議した。でも私は殺されなかった。
 私はゲーヴァスの魂を宿していたから。
でも、そういう人間がいるのをヴェンツェルは許せなかった。
 彼は私を装置の中で冬眠させるようにと命じた。
 でも、それは私にとってもそれは救いだった。私もヴェンツェルのようになってしまう。そんな恐怖もあったから。
 その後、言霊の面が作り上げた「理想の世界」はヴェンツェルの暴走で跡形もなく消し飛んでしまった。
「これが、私が知っているグローシアン世界の終末です・・・・」
「・・・・・」
 リビエラからの答えはない。
「・・・・ごめんなさい。こんなことを突然言われても信じられないですよね・・・でも、本当の事なんです。この話も、マクシミリアンの企みも・・・私はあの言霊の面を使われるのを黙ってみていられないんです。」
 だって、もう2度と大切な人の心が狂わされていく様を見たくはない。絶対に絶対に。
 たとえ、ウェインとの誓いを破ることになっても・・・
「だから、ここで聞いたことを調べてください。マクシミリアンの陰謀を止めてください。お願いします。」
 今度は答えがあった。
「・・・貴方の言葉をそのまま信じることはできないけれど・・・調べることだけは約束するわ。」
「ありがとう・・・・」
 
 ・・・・これは随分とスケールの大きな話ね。とリビエラは思った。
 しかし、思ったほど荒唐無稽とも言い切れなかった。
 マクシミリアンが王都の西の遺跡を調査したことは知っていた。その収集物のいくつかに不透明な部分があることは事実だ。
そして、目の前にいる少女がゲーヴァスの魂を宿していたグローシアンの生き残りであることも。
 疲労したアリエータの妄想なのかもしれないが、彼女はまだ魔力を自在に操れるほどに自分を保っている。そして、彼女には嘘をつく必要などない。
 ともかくこの情報を持ち帰ろう。それも急いで。
 ジュリアの暗殺未遂だけでも、大変な事態だ。それを調べる過程で彼女のいうことが本当かどうか、検証できるだろう。
 マクシミリアンが本当に何かを企んでいるならば予定を繰り上げるかもしれないのだから。
 だが、リビエラはその前に気になったことを聞いておくことにした。
「貴方は、どうするつもり」
「私は彼の企みを少しでも遅らせます。」
 その顔は真剣だった。おそらく、この伝言を必死の思いで伝えたもの死ぬことを前提にしているのだろう。
「あなた、死ぬんじゃないわよ。国には待っている人がいるんでしょ。」
「でも、私は・・・」
 顔を俯かせるアリエータの背中をリビエラは叩いた。
「まだ、余力を残しているわ。隙をつければ・・・逃げ切れるかもしれない。それを待つのよ。大切なのは諦めないことよ。」
死を覚悟して何かを為そうとするならいい。しかし、死ぬことを前提に行動するのは間違いだとリビエラは信じていた。
かつて、姉の無二のパートナーだった男も死ぬことを前提に行動していたわけではない。
「・・・・・・・」
「たとえ、貴方が命を捨てて世界を守っても、残された人は悲しいの。それだけは忘れないでね。」
「・・・・そうですね。」
と、アリエータは答えた。
通じたかしら・・・・と、リビエラは思ったがこれ以上魔力を使って話すのは彼女の負担になる。彼女は会話をそこで打ち切った。
 
その2時間後、看守がアリエータに食事を運んできた時にインビジブルで透明のまま、リビエラは脱出した。
屋敷内の兵士は侵入者が外に逃げたとみて、屋外に出ているらしく数は少なかった。
そこを通り抜けることはリビエラにとって造作もないことだった。
 
 
(つづく)
 
更新日時:
2008/06/29 

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Last updated: 2012/7/8