◆ 疑念 ◆
現在国境において、バーンシュタイン・傭兵国両軍の領土内への不法な侵入が相次いでいる。よって、予想しうる事態に対処するため、ローランディア全土に総動員令を発令するものである。
(ローランディア王国国王命令第199号)
我々は負けるにしても、勝つにしても、あまり時間が残れていないことを認識すべきだ。今や、大陸一の強大国となったローランディアは介入のチャンスをうかがっている。
我が軍はシュワルツハルズ村近郊で撃退されたが、一方でクレイン村を抜き、時空制御塔を占領した。今が潮時だ。これ以上時間をかけるわけにはいかなのだ。隣国の恐るべき介入は我が国に大きな破局をもたらすに違いない。
(バーンシュタイン外務大臣 オーラフ・フォン・ティベリウスの手記)
ふと、窓に視線を向けると雪が降っていることに気がついた。
今年初めての雪。いつもよりも早い雪。
すでに、家の屋根や道は白い化粧をし始めている。
報告で聞いてはいたが、本当に降り出すと不思議と雪が降ることを実感できていないことに気付かされた。
もっとも、彼の場合はそれは仕方のないことだった。彼は忙しかったし、その決断には一国の命運がかかっていたからだ。
「エリオット王・・・・」
窓に視線を向けている主君に外務大臣が言った。
「雪が本当に降ってまいりましたな・・・」
「そうですね。」
バーンシュタイン王エリオット外から視線を外相に戻した。
外相ティベリウスはローランディア情勢の報告を行っていた。
その内容は良い内容とも悪い内容とも言えないものだった。
ローランディアは兵を動員する準備を進めている。しかし、その標的が傭兵国なのか、バーンシュタインなのかははっきりしない。ということだった。
もしも、これがバーンシュタイン向けであったなら万事休すだ。
現在、戦闘は膠着している。
バーンシュタインの進撃は2方向から行われていたが、巨大鎧兵の出現でシュワルツハルズ村方面の進撃は阻止されている。
傭兵国とは当分の間決着はつきそうにない。その間、ローランディアは漁夫の利を狙える位置にいる。そして、今のローランディア王はそのような野心だけは十分な君主であった。
「・・・必要であれば国境の領土の割譲範囲を広げても構いません。彼等に介入だけは絶対に避けるように。」
「はい。・・・・しかし、ローランディアも直ぐには動けないようです。彼等の中でも意見が割れているようですから。それにこの雪です。動員が完了し、参戦してくるまでには時間がかかると思われます。」
ローランディアは介入する意思を見せつつあるものの、どちらに肩入れするかを決めかねていた。
バーンシュタインにはかつての戦争の恨みもあるが、君主国家同士。
一方、傭兵国には現状では好意的な中立の立場をとっているが、こちらは君主制への反発を正直に表現した国家である。
ローザリアの貴族の意見は割れていた。
ティベリウスはまだ領土割譲の話をローランディアにはしていなかった。彼としてはローランディアの介入が実効のあるものかは疑問だったし、ギリギリのとこでの最後の切り札にしておきたかったからだ。
「そうですね。確かにこの寒波はあり難い。・・・・しかし、楽観的に見すぎてもいけません。傭兵国とのパイプも維持してください。」
と、エリオットが釘を刺すと、承知しておりますとティベリウスは答えた。
外相との話し合いはそれで終わりだった。彼が出て行くと、エリオットは再び窓の外に視線を移した。
「速戦即決・・・・簡単なようで難しいな。」
この戦争が始まったときのエリオットの方針は手早く、傭兵国に大打撃を与えて、即講和する。というものだった。ローランディアの介入の前に方をつけたい。それが本音だ。
だが、傭兵国軍に最後の一押しをかけるつもりが、そううまくはいかないようだ。
しかし、王が絶望するのは早かった。むしろ期待してもいいくらいだ。
雪に道を阻まれていたオスカー率いる第2軍団がついに第1軍団の陣営に姿を現していたからだ。
そして、あの将軍も帰ってくるのだから。
「味方だ!!」
第1軍団の陣地は歓声に沸きかえっていた。先の戦いでは巨大な鎧兵に撃退されたが第2軍団との合流で総兵力は2万を超え、傭兵国主力軍の約2倍の戦力となる。
しかし、歓声の理由はそれだけではなかった。第2軍団の先頭にはオスカーと傷が癒えたジュリアの姿があった。
「ジュリア将軍だ!」
攻撃に失敗し、やや士気が落ち込んでいた第1軍団は援軍とジュリアの復帰に再び息を吹き返した。
ジュリアはオスカーと共に、即製の櫓の前に立ち、よく通る声で兵に語りかけた。
「皆、心配をかけた。再び、皆を指揮することになる。先の戦闘のことは聞いている。巨大な鎧兵は確かに、脅威ではある。しかし、この世の中に完全なものなど存在しない。我々はスタークベルクでクレインで無敵と信じられたきた鎧兵の大群を打ち破った!そのことを忘れてはならない!」
言葉で言うのは簡単かもしれない。が、その言葉を発したのはジュリアだ。彼女の持つカリスマが簡単な言葉も兵に希望を与える物に変えていった。
林立する長槍、剽悍な重装歩兵、魔術師の群れ。これだけの大軍ができあがり、しかもその指揮はグランシルで傭兵国軍を殲滅したジュリアがとる。
よもや負けはすまい。次の戦いは必ず勝てる。
ひときわ大きな歓声が湧き上がった。
「とうとう、復帰ですね。ジュリア将軍。」
「そうだな。」
ジュリアの言葉を聞いていたシャルローネが声をかけると務めて冷静な口調でカーマインは答えた。
「なんだか、そっけないですね。師団長。」
「そうかな?そういうわけではないのだがな」
素直に喜びを顔に出せば、かなりしまりのない顔になるだろう。しかし、それはカーマインの流儀には反していた。
「さあ、我等の将軍を迎えに行くか。」
「はい!」
シャルローネが歩き出したカーマインの顔を見ると、そこには微かな笑みが浮かんでいた。
素直になればいいのに
と、自分のことは棚に上げてシャルローネは思った。
2人が向かった先、第1軍団の総司令部には諸将が集まっていた。すぐに、ジュリアとリーブスが入ってきた。
拍手が自然と起こった。
「ジュリア将軍。お帰りなさいませ。」
ベックが諸将を代表して、頭を下げた。
「すまない。心配をかけた。」
「なに、我等が将軍が毒ごときで死なないことぐらい、皆承知しております。」
「はは、酷いいわれようだねジュリア。」
「からかうな。」
軽い笑いの空気が本営に広がった。
だが、笑ってばかりもいられない。巨大な鎧兵の出現でバーンシュタインは戦術、戦略の変更をしなければならなそうだったからだ。
ジュリアもそこことはすでに報告を受けていた。そして、そのための専門家も同行させていた。
「クリムス博士」
バーンシュタインの古代技術の専門家クリムス・フォン・オーベルヌだった。
老齢だが、かつては、魔法学院で元学院長マクスウェルのライバルとして知られ、そのまま学園にいれば学園長職にも手が届くと言われた人物であった。しかし、彼はバーンシュタイン王家に仕えることを選んだ。それはバーンシュタインにとっては幸運なことだった。彼の魔法技術の面での貢献はスバ抜けていた。古代の技術にも詳しく、齢60を超えた現在でも頭脳は衰えを見せず、鎧兵の弱点の解析にもその手腕を存分に発揮した。
これまでの鎧兵に対する勝利の半分近くは彼の功績と言えるかもしれない。
あの化け物と対峙するにはこれ以上はない人物であった。
「こういうときには、いなくてはならない人だから、来てもらったんだよ。」
とオスカーが言うと、老科学者は首を振る。
「実物を見ていない私がお役に立てますかどうか・・・」
「そんなことを言っても、相手の正体・・・大体見当はついているんでしょう?」
クリムスは持参してきた古文書を机の上に置き、あるページをめくった。
「鎧兵の化け物とはこれですかな?」
ページには挿絵があった。半人半馬の巨大な鉄の塊。
「これだ・・・」
と、一人の武官が口にすると皆一様に頷いた。
「博士、これはどのようなものなのですか?」
「おそらく、スピリチュアルアーマーと同じく、フェザリアンとグローシアンの戦争の時代に作られた兵器でしょう。古代の技術書にそのような兵器の記述があります。敵国の領内にはいくつかの遺跡があり、そこから発掘したのでしょう。通常この兵器は同一地点から多数発見されていますから、これについても、何機かが発掘された可能性があります。」
「あれが、複数いるのですか?」
「可能性はあります。」
ざわざわとした声が本営に起こる。無理もない。あのような化け物が束になればこちらもタダではすまない。
「博士、俺達はあの化け物を倒せるのか?」
カーマインは核心を尋ねた。
「先の戦いで俺達は師団規模の魔法攻撃を浴びせた。にもかかわらず奴は健在だ。」
あの強大な防御力はバーンシュタイン将兵の度肝を抜くには十分だった。
だが、クリムスの答えはカーマインたちから見ると楽観的なものだった。
「倒すことは可能だと思います。」
ジュリアが尋ねた。
「どうしてですか、博士。あの防御はそうそう突破できません。・・・もちろん、数個師団で魔法の集中攻撃を加えれば可能かもしれませんが現実的ではありません」
あの鎧兵だけに戦力を集中しては敵の通常部隊に手が回らなくなってしまう。
「・・・脚部です・・・」
「脚部?」
「確かに、強大な主砲に強靭な装甲その戦力は恐るべきものがあります。しかし、強大な防御力、攻撃力を誇る反面軽視されたものもあります。」
「機動性・・か?」
カーマインの言葉にクリムスは頷いた。
確かに、あの化け物の速度はかなり遅い。あれが馬と同じくらいの機動性を持っていたならカーマインの隊も離脱できなかっただろう。
「そうです。あの鎧兵の重量は相当なものです。あれを動かすには強力な脚が必要になりますが、あの鎧兵は重要な腹部の主砲、コックピット、機関室に装甲が集中していますが、脚部の防備は比較的薄いものです。」
「なるほど、脚を破壊できればあの鎧兵も木偶となるな。」
移動できなければあの強力な火力も射程距離外にいれば役に立たない。
「それと、もう一つ。あの鎧兵は遠距離の敵を攻撃することに主眼が置かれており、接近戦は苦手なはずです。・・・これらの弱点をうまく衝くことができれば撃破は可能と考えます。」
「・・・だが、それをするにはうまく敵の歩兵と鎧兵を切り離し、集中攻撃をかける必要があるな。」
「だが、あの鎧兵を無力化できればこの戦いは我々の勝ちだ。」
それから、会議は対鎧兵対策の具体案に話が移った。会議は長時間に及び、それが終わったころにはすでに夕方になっていた。
将軍達が持ち場に戻り、誰もいない場所に2人は残っていた。ジュリアとカーマインだ。
「ご心配をおかけしました。マイロード。・・・その私は・・・」とジュリアは言いながらカーマインを見た。
そこには、あまり表情が浮かんでいない。それがジュリアを不安にさせた。
「あの・・マイ・・・・」
ジュリアの声が途中で途切れた。彼女の顔の直ぐ近くにカーマインの顔があった。そして背中には彼の手の温かみが感じられた。彼女は抱きしめられていた。
「本当に良かった。」
「マイ・ロード・・・・これは・・・その・・・」
ジュリアはどうしたらいいのか分からない様子だったが、暫くしてようやく落ち着きを取り戻した。
「すみません・・・こうされるのに慣れていなくて・・・」
「いい。それを知っていたやったから」
カーマインは抱擁を解いた。
「本当に、良かった。・・・だが、気になるのは君を襲った犯人だな。」
公式にはジュリアは傭兵国の暗殺者に襲われたことになっている。それは、本当なのか、確かめなくてはならない。
「君は襲った奴の顔を覚えていないか?」
「不覚でした・・・覚えていないなんて」
半ば予想された答えだった。もし犯人を覚えているなら、シャドーナイトが動いているはずだ。だが、リビエラからの報告はない。
「・・・やっぱり、高熱の影響かな・・・」
ジュリアが生き延びることも予想してそのような効果のあるものを使っていたのかもしれない。
「一体、誰なんだろうな・・・そいつらは。傭兵国でもないとなるとローランディアかそれとも」
バーンシュタインの一部勢力・・・最後の候補は口に出すのは躊躇われた。誰も、祖国の仲間から命を狙われている可能性など考えたくはないことだ。
ともあれ、どちらにしても、カーマインは彼等を許す気はなかった。ジュリアは生死の淵をさ迷った。その代償は払わせるつもりだった。
粗末な部屋に音が響いた。
ドアが開き、その部屋の主が戻ってきた。
アリエータ・リュイス。
捕虜になってからの彼女の日常の中で労役は毎日6時間の労働だけだった。
だが、その質はある日を境に変質した。彼女のいる収容所がグランシル近郊からどこかに変わった日からだ。どこなのかは分からない。唐突に魔法兵だけを選んで、馬車でこの場所に収容されたのだ。
「ふう・・・」
アリエータはそのまま倒れるようにシーツに身を沈めた。
こんなに、疲労している理由を彼女は分かっていた。収容先が変わった後も待遇に変化はない。十分な量の食事が与えられている。休日もある。問題は労役の質の問題だった。約6時間、水晶板に自分の魔力を送り込むというものだった。送られる魔力は膨大なもので、それが連日続いたのでは彼女の疲労ももっともだった。
一緒にここに来た者たちも何人か姿を見かけない人がいる。
「いけない・・・今日も・・・」
アリエータは疲労を押して体を起こし、部屋の隅に移動して、そこで手を動かし印を切った。
古代魔法を理解するものなら、それが何を意味するのか理解したはずだ。彼女は労役の場所に石のかけらを置いていた。それはただの石ではない。彼女自身の魔力がこめられており、その場所で発せられる言葉を自分に伝える働きがある特殊な石だった。
この方法は魔力が非常に強いものにしか使えないが、古代最強のグローシアンであるアリエータは間違いなくその基準を満たしていた。
そして、この方法はどの国の諜報機関も知らない方法だ。つまり、妨害されなければ、察知される危険も少ないのである。
精神を集中すると、彼女の耳に水晶板のある部屋の音が聞こえてきた。
今は、もう夜だ。人の声は聞こえてこない。部屋の中のかがり火の音だけが聞こえてくる。
今日も・・・ダメなのかしら。
アリエータがこれを始めてから耳にしたのはくだらない事を言いながら時間を潰しているこの収容所の職員の声や時折、水晶の様子を見に来る衛兵くらいで肝心なことは分からない。
あの水晶が何であるのか?そして何に使う気なのか?それが分からないのだ。
彼女が諦めかけた時、突然、人間の声が聞こえた。
「装置の様子はどうだ?」
マクシミリアン。あの宰相の声だった。
「あのグローシアンや捕虜の魔法兵は良く働きました。かなりの数がもう使い物になりませんが、予定の7割の魔力の充填を完了しています。」
「そうか、ローガンの師団が確保している時空制御塔にこの水晶を据え付け、そしてあの儀式を行えば全てがうまくいく。」
「ですが、油断は禁物です。装置が予定通り働いてくれればいいのですが・・・」
「ところで、あのグローシアン、アリエータのほうはそろそろ限界か?」
「はい・・・あらかた魔力は使い切ったようですから。」
その言葉を聴いてアリエータは下を向く。
彼女はこのままいけば、自分の命が長く持たないことは分かっていた。あれだけの魔力を使えば、如何にグローシアといえどもただではすまない。
そして、自分と共に連れてこられた捕虜も。
でも、自分達が何のために犠牲になるのか?それだけは知りたい・・・
アリエータは疲労で途切れそうになる精神の集中を保ちながら、宰相の次の言葉を待った。
傭兵国軍はグスタフにより、なんとか防衛ラインを守りきったが、攻勢に出るだけの力はなかった。戦闘での損耗を独立戦争時に協力関係にあった海賊から補充している有様だった。
相手もすぐには攻勢には出ないだろう。しかし、新たな問題が持ち上がっていた。
「本当なのか?それは?」
外務大臣サイモンは疑いの目で、新たにもたらされた情報を見ている。この部屋に居るベルシクリウスもウェインにしてもあまりに荒唐無稽に過ぎると思われるような情報だった。
だが、この情報の確度はかなり高く、その計画書に押印された大臣シュナイダーの印も本物であることが確認された。
それでも、バーンシュタイン側が時空制御塔と言霊の面と呼ばれる古代遺物を用いて、我が国国民全員を洗脳しようとしている。という内容をおいそれと信じることはできない。
皆が、情報を持ち込んだ諜報局長の顔を見た。
局長は今の傭兵国では国の生き字引と言えるような存在だ。独立戦争前からウォルフガングに付き従い、彼が謀略を為す時は常に彼の姿があった。そして、独立後も諜報部を統括し傭兵国の闇の部分を扱っているの。
だが、その顔には珍しく躊躇いの色が見られた。
「私だって同じだよ。これはあまりに馬鹿げている。しかし・・・」
その視線は、ヘルガに向けられていた。そして、彼女に発言を促すように頷きかけると、ヘルガが口を開いた。
「話は確かに荒唐無稽だが、書かれてある原理自体に問題はない。」
その一言に一座はざわめいた。
当然だ。一国の人間全てを洗脳するなどと言う途方もないことが出来るのか?
ヘルガは机にある地図に一点を指差した。そこには、時空制御塔の印がある。今では、バーンシュタインに占領されており、敵の1個師団が配置されている。
「皆も、独立宣言をウォルフガング様が出した時に、時空制御塔の装置を使ったのは覚えているな?」
「・・・確か、あれは人の心に直接呼びかける装置だった・・・」
「そうだ、そして、奴等が使おうとしている言霊の面。これが曲者だ。」
「言霊の面」と言う言葉に、ウェインが反応した。かつて、親友だったマクシミリアンに頼まれて、ある遺跡にそれを探索しに行ったことがあったからだ。
ヘルガは説明を続けた。
「言霊の面は古代グローシアン時代に作られたものだ。言葉そのものに力を与え、それを実現させてしまうというものだ。まあ、どんな、願い事をかなえてしまう仮面と思ってくれればいい。」
もしも
「その言霊の面に傭兵国を降伏させることを願ったとしよう。それを時空制御塔の放送システムに組み込んだとすればどうなる?」
ベルシクリウスが躊躇いがちに言った。
「・・・・それを聞いた人間にそれを実行させられるということですか?」
「そうだ。」
しかしそんな・・と誰かが言おうとしたが、説明したヘルガは古代グローシアン研究の第一人者である。彼女の言葉はこれまで概ね事実を衝いてきた。今回のことも、事実である可能性はある。すくなくとも荒唐無稽として笑い飛ばしていいことではない。
ウェインは別の面から反論を試みた。
「しかし、言霊の面はバーンシュタインの西にある遺跡の中にずっと・・・・」
「・・・もうなくなっているのです。」
「え?」
情報局長だった。
「閣下がバーンシュタイン時代にあの遺跡に言霊の面を探しに行ったことは知っています。結局それを見つけることが出来なかったことも。しかし、今からちょうど1年前にバーンシュタイン軍があの遺跡から言霊の面を持ち去ったのです。」
「では、この計画はマックスいや、宰相のマクシミリアンが・・・」
「おそらく・・・この計画を王に進言したのか?また、王がこれを実行する気なのかは確証はありません。しかし、立案者は宰相・・・これは確実化と。」
ウェインはマクシミリアンが口癖にように言っていた、「平和な世の中を創りたい」という言葉を思い出した。
彼は戦争によって人が死んでいくことを恐れていた。それによって生まれる悲劇を恐れていた。
だから、彼はこんなことを考えたのかもし れない。人を誰も傷つけないで勝利する方法を。
サイモンがもう一度、資料を手に取った。
「・・・・確かに、戦闘意志を一定期間だけ麻痺させて、その間に全土占領を狙う・・・洗脳して、奴隷扱いにするのを狙っているわけではないようだが・・・実質は同じことですな。」
「そんなことをさせる訳には行かない・・・」
傭兵が自由を得るために、ウォルフガングが目指し、多くの犠牲のうえに出来上がったこの国を滅ぼすわけには行かない。 敗れればまた昔に逆戻りだ。
ウェインは強い意志をこめて言った。
マクシミリアンの考えは彼なりの優しさから出たものかもしれないけれど。それに従うことは出来ない。
「・・なんとしても、阻止しなければ。」
「しかし、問題はどうするかだな。」
ゼノスが問題点を指摘した。
「時空制御塔は古代の技術の結晶だ。あの壁には傷一つつけられない。そこに敵の1個師団が陣取っている。しかも俺達の正面にはジュリア軍。これをかいくぐって儀式を阻止するのは難しいぜ。」
「グスタフの主砲で時空制御塔の防壁を貫けないだろうか?」
「それは、無理でしょう。いくらグスタフの主砲でもあの防壁は貫けない。射撃テストの時もあの塔と同じ材質のものを標的にしたらしいが、確かそれを破砕できなかったはずだ。」
「そうでもないぞ」
「外相の話は半分は真実だ。だが、現在整備中のグスタフならば可能だ。こいつは保存状態が最良で、主砲は通常型に比べれば4倍から5倍の威力を発揮する。」
発掘された巨大鎧兵は全部で3体で、今のところ実戦に投入されているのは1台のみで、2体が修復の途中だった。その中の1台は特に保存状態が良く、よって古代に発揮したであろう能力をより高いレベルで再現できそうだった。
ヘルガは続けた。
「これを使用すれば、距離1000メートルで壁面を貫通できる。」
「おお!それでは・・・」
時空制御塔の防御を突破できるとなれば話はだいぶ違う。敵の部隊を一方的に砲撃すれば良い。
「しかし、良いのか?グスタフは我々の切り札。敵主力との決戦に使用すべきでは・・・」
「温存するのもいいが、この計画が成功してしまっては宝の持ち腐れだ。」
サイモンの言葉にヘルガが反論した。
確かに、ここで最強のグスタフを使うのはうまくないかもしれない。現在の戦場の均衡はグスタフに負うところが大きい。
しかし、マックスの計画が成功すれば、傭兵国は消滅してしまうだろう。
ウェインは言った。
「この計画が本当に実行されるかどうかはわからないが・・・放置しておくにはあまりに危険だ。時空制御塔を奪回しよう。作戦には現在艤装中のグスタフを3体全て投入する。」
ウェインは地図上に置かれている自軍の駒を動かし始めた。
「シュワルツハルズ村周辺の主力の3個師団のうち、1個師団を奪回作戦に向かわせる。・・・・おそらく俺の師団になるだろう。これが抜けた埋め合わせには本土防衛の師団を使う。さらにグスタフを1台増強する。」
「囮か・・・」
ヴェルシクリウスの言葉にウェインは頷いた。
敵の注意がシュワルツハルズ村周辺に注がれている間隙を衝いて、ウェインの師団がグスタフ3台とともに時空制御塔に殴りこむ。
「ここの守りについているのは1個師団だ3台のグスタフの集中砲火にはたとえ、時空制御塔を計算に入れても耐えられないだろう。」
「だろうな・・・」
グスタフの威力は先の戦闘で実証された。おそらく2台で1個師団に匹敵するだろう。そう考えれば1,5個師団の攻撃力を叩きつけることになる。
「・・・しかし、囮作戦が失敗すれば・・・」
「危険と言えば危険だ。相手はジュリア・ダグラス。陽動が失敗視する可能性だってある。グスタフも完全無欠じゃない。」
その通りだった。
先の戦いでも終盤で敵師団の魔法の一斉射撃を受け、グスタフは重大な損害を出している。また、護衛の兵がいなければ敵兵は近くに接近してグスタフの弱点を叩く。もしも、走行機能をやられれば簡単に撃破されてしまう。
でも、とウェインは言葉を継いだ。
「これ以外に洗脳を止める方法は俺には思いつかなかった。」
ウェインは皆を見回した。沈黙と困惑が部屋を支配していた。
誰も口を開かず、お互いの顔を見てる。
しかし、その顔にはやがて吹っ切れたような微笑が浮かんでいた。
ヴェルシクリウスが言った。
「執政委員長のお考えに同意します。」
「執政委員長。俺も同じ考えだ。やろう。」
ウェインは少し驚いた顔でその声の主を見た。ヴェルシクリウスとドッズだった。
2人に続いて、サイモンもヘルガも、ゼノスも口々に言った。
「それしか、方法はない。私も整備に全力を尽くそう。」
「面白れえじゃねえか。」
「同意します。」
「前の戦いでバーンシュタイン軍もダメージを受けている。十分な牽制になっているはずだ。やるなら早いほうがいい。」
「おう!このまま大人しく洗脳されてたまるかよ!」
ウェインは頷くと、大声で言った。
「よし、作戦開始は5日後とする!」
「おおー!」
「こうしちゃいられね!」
「・・・さて、今日から徹夜か・・・」
と、ウェイン声に応えて各自の持ち場へと散っていった。
だが、部屋には一人だけ残っている者がいた。
「執政委員長。ひとつ聞きたいことがある。」
「なんだ?」
ヴェルシクリウスだった。
「ウォルフガング様が貴方の父親を殺していることを知っていますね?」
「知っている。」
「復讐は考えなかったのですか?」
「いいや、傭兵国にはウォルフガングが必要だった。それを奪うようなことはしない。」
「そうか」
ベルシクリウスは頷くと壁際に掛けてあるウォルフガングの肖像画に目を向けた。
「俺は貴方が憎かった。」
もとはバーンシュタイン貴族であるにも関わらずウォルフガング様に重用され、傭兵国の政界の一角を占めた。そして、傭兵のための国を民衆にも開かれた国を作るなどという御託を並べる若造だと。
しかも、自分の父をウォルフガング様に殺されている。
「だが、俺には変われるだけの力量がないことが分かった。」
傭兵の国では戦闘での実績が物をいう。 ウェインは先の戦いで優れた戦士であることと戦術家であることを実証した。
「俺は戦局を見誤り、味方を窮地に追い込んだ。そして、何よりも俺は貴方を敵だと思っていた。・・・バーンシュタインという外敵には目もくれずにな。その段階で俺はあなたに負けていたんだ。」
「ヴェルシクリウス・・・」
「ウォルフガング様のことを聞いてのは、あの方をどう思っているかを知りたかったからだ。直接あなたの口から聞きたかった。・・・それだけだ。」
俺はこの戦いが終わったら、軍を辞めるだろうとヴェルシクリウスは言った。
しかし、彼はウェインの理想には同意できないと言うことははっきりと言った。
「俺は俺のやり方で傭兵の国を作り上げてみせる。」
こうして、彼と話すのは初めてだった。彼とは政治的には敵同士・・いや、これからもそうだろう。だから、あまりいい印象は持っていなかったが、彼の真摯な態度には好感が持てた。
ウェインは頷いた。
「わかった。」
ヴェルシクリウスは敬礼した。
「ウェイン閣下。我が師団は直ちに出陣、ジュリア軍への陽動を完遂します。」
「武運を祈ります。」
こうして、傭兵国軍は時空制御塔奪回にむけて動き出した。
だが、彼等が想定していた敵の時空制御塔を使った謀略は実際のそれとはだいぶ異なっていた。
それを知る人間は傭兵国にも、バーンシュタインにもいなかった。一人の例外を除いては。
「言霊の面か・・・」
マクシミリアンは懐にしまっていた面を取り出し、それをじっと凝視した。
この古代の遺産を始めて目にしたのは、彼が士官学校の最終試験として行われたスタークベルク東方遺跡の調査行をしている最中だった。
初めて、言霊の面を見た時の恐怖感と希望という2つの矛盾した想いを抱いたのがつい昨日のことのようだ。実際にはその時からもう5年の歳月が流れていた。
マクシミリアンは戦争を憎んでいた。生きるもの全てに不幸しかもたらさないこの厄介な怪物を誰かが止めなければならない。
そのために、彼は政治家になったはずだった。
だが、この5年間に2つの戦争があり、死者と憎しみと悲しみが生まれた。マクシミリアンの考えなど省みられることもなく歴史は進んだ。
そして、その戦いの中心に傭兵国がいる。
親友のウェインがいる国。
ウェイン、何故お前は戦火を広げるようなマネをした?
マクシミリアンは何度も親友に呼びかけ、その愚行を嘆いた。
だが、とマクシミリアンは口元に笑みを浮かべた。
君には感謝しないとな。この言霊の面の正しい使い方を考えるのに興味深い助言をしてくれたからね。
「言霊の面を使って、時空制御塔から皆に呼びかける。競争心を捨てよ。平和を望めと。・・・そうすれば、この世に永遠の平和が訪れる。皆を競争心から解放して理想の社会ができる。」
戦争のない世の中。
差別のない世の中。
野蛮な狂信によらない理性による永遠の秩序。
それを実現するためなら、祖国を裏切っても後悔はしない。裏切り者という汚名も怖くはない。
平和と理想の社会が実現した時、人々は知るだろう。彼等が行ったことは正しいことだった、と。マクシミリアンもクラッドをはじめ、その理想に力を貸している人々も想信じて疑っていなかった。
クラッドはそれまでの苦労を振り返るように言った。
「エリオット王に時空制御塔の攻略を決意させるのは骨でしたな。」
「全くだ。あの王は以外に戦略にも秀でているようだ。」
エリオットは初め、時空制御塔の攻略を認めなかった。彼は一挙に傭兵国の中枢を衝き、軍を撃破、しかる後に即講和という考えだった。もしも、そうしていれば、ウェインが鎧兵を投入する暇もなかったかもしれない。
しかし、彼はその考えとは逆に時空制御塔の攻略を認めたのは宰相の進言によるものだった。
「あの塔にある古代の知識を使って我々に反抗してくるかもしれない。・・・・我々が行おうしている方法を使って、戦局の一挙挽回を図っているという言葉が大きかったらしい。そのために何人かのシャドーナイトも買収したが・・・」
どちらにしろ、王はマクシミリアンの計画を知らない。シャドーナイトの上層部の何人かは洗脳されているのだから当然だ。秘密のうちに計画は着々と進みつつある。言霊の面はこの手の中にあり、時空制御塔も手に入れた。後は儀式を行うのみだ。
「しかし、念には念を入れなくては・・・・」
マクシミリアンは部屋の中央にある物に手を置いた。アリエータや捕虜達が日夜魔力を送っていた水晶だ。
「これが、予定通りの魔力を充填できれば、時空制御塔の周辺に強力な結果を張ることが出来る。そうなれば、バーンシュタイン軍も傭兵国軍も手出しはできない。」
時空制御塔は古代の技術で作られたものであり、その中核機能は生きているものの、防衛装置等の余計な機能は既に停止していた。だが、それらはしかるべき魔力を補充すれば十分に使用可能だ。
「古代の時と比べ物にならないだろうが、それでも、バーンシュタイン全軍を相手に戦えます。」
「本当なら以前のように天空に浮上させられればよかったのだが・・・そうなれば、いかなる妨害の心配もなくなるものを」
「儀式を完成させれば、いずれそれも可能になります。」
マクシミリアンは部下の言葉に頷き、暫し水晶が放つ光を眺めていたが、ふと思い出したように尋ねた。
「ところで、出発の準備は整っているか?」
「はい、既に直属の部隊が到着しております。」
「よし、あと3日待つ。それまでになるべく多くの魔力をこの水晶に注入せよ。」
分かりました。と応える部下にマクシミリアンは満足げに言った。
「行こう。新しい世界へ」
「御意。」
2人は身を翻すと部屋の外へと出て行った。
アリエータは精神の集中を解いた。
もう、2人の会話は聞こえてこない。
倒れてもいいくらい疲労が溜まっていたはずだが、彼女はそのままの姿勢で壁を目を向けていた。
その顔には疲労よりも絶望、恐怖そして、苦悩の表情が浮かんでいた。
「彼は・・・なんということを・・・・」
戦いは確かに嫌なものだけれども。
でも、
彼の企みは止めなくてはならない。絶対に。
アリエータは知っていた。
言霊の面の力で出来た理想の世界の残酷さを。
理想と引き換えに人が何を失うのかを。
彼女が生き、そして失敗に帰した世界はマクシミリアンが創ろうとしてる世界と全く同じ方法で作られ、運営されていたのだから。
(つづく)
|