13      The Snow War 第5部
 
 
◆ 傭兵達の故郷のために ◆
 
 
 
 傭兵国軍の防御陣地を突破したバーンシュタイン軍はその場で進撃を停止していた。戦闘での死傷者があったこと、火炎が収まらず、混乱していたことなど、様々な要因があったが、勝利時に徹底追撃を加えることは常識ではないか?
 そんな疑惑を持つものがいた。
「・・・くっ!今がチャンスだというのに!」
 と、一人の士官が声を上げた。
 カーマインは師団指揮官の天幕の中で部下の悔しそうな声を黙って聞いていた。
 マクシミリアンは深追いすれば、無用の出血を招く恐れがあるとして、これ以上の追撃を認めなかった。
 彼は北から来るオスカー率いる第2軍団の到着を待って進撃するという主張だった。
 だが、ここで、傭兵国軍主力を殲滅すれば、この戦いは勝ったも同じなのに。という思いは捨てきれない。
「・・・現在の指令は戦闘の傷を癒すことだ。マクシミリアンの言うとおり、リーブス卿が来てくれれば圧倒的だ。」
 と、カーマインは部下をたしなめた。
 信頼を寄せているカーマインの言葉だけにその部下は黙り込んでしまったが、カーマインも考えは同じだった。
 彼の師団は休息、負傷者の収容にあたっていた。だが、それほど大きな被害を受けているわけでもないので、それはすぐに終わってしまっている。
 ふと、カーマインは何かを感じ取った。
 ・・・・あの人か・・・・
 彼は周りにいる部下達を見回し、会議の締めくくりの言葉を発した。
「ともかく、勝利したと言っても戦いはまだ続く。士気が下がらないように気を配ってくれ。」
「はっ!」
 部下達は一斉に敬礼してこれに答え、天幕から出て行った。
 一人になったところで、カーマインは言った。
「もう、出てきたらどうだ?」
 後ろに人影が現れた。
「あら、気付いたのね。ほんの少しだけ気配を出しただけで見抜くなんて流石ね。」
「シャドーナイトの君にそう言われるとは、光栄だな。」
 苦笑しながらカーマインは後ろを向くと、そこには黒い衣装に身を包んだ女性がいた。
 かつてシャドーナイトととして、ウェインと戦い、敗れたリビエラであった。
 彼女は含みのある笑みを浮かべると言った。
「どういたいしまして。・・・今日は報告に来たわ。あなたから依頼されていた件についてね。」
「・・・・どうだった?」
 カーマインは珍しく、緊張した様子で想言った。当然だった。「ジュリアが冒されている毒の正体を知りたい」それが彼がリビエラに託した依頼だった。
 ジュリアが受けた毒の正体は当初分からなかった。死んでしまうことはないだろうが、何日も目を覚まさないという症状が続いている。
 リビエラとの付き合いはそれなりに長い。前からゼノスから聞いて名前だけは知っていたし、バーンシュタインに来てからは彼女の情報には何かと世話になっていた。逆に彼女の諜報活動に便利な情報も伝えてもいたが。
 そして、何より彼女は毒の扱いに長けていた。
「将軍の毒の特定だけれども。なんとか分かったわ。」
「本当か!?」
「さっき、スタークベルクにその成分表を届けてきたわ。それを報告しようと思ってきたんだけど」
「そうか・・・よかった。」
「いいのよ。王国随一の将軍にして光の救世主に存分に戦ってもらおう為には必要なことだもの。」
「本当に、ありがとう。」
 この人にしては珍しく、深々と頭を下げるカーマインに微笑を向け、リビエラは机に一枚の紙を置いた。
「これが、毒の成分表よ。」
「・・・・これは、やっぱり傭兵国のスパイ達か・・・奴等が良く使う毒だ。」
 確かにその紙にある毒の成分は傭兵国が好んで使う毒のそれだ。そして、この毒彼等にしか造れない。古代の技術の幾ばくかを習得した傭兵達は早速暗殺の世界にもその成果を持ち込んだのだ。既存の毒薬よりも遥かに強力な毒性を持っている。
 しかし、カーマインはそこで違和感を覚えた。傭兵国の毒は高熱を発した後に死亡するというものだ。ならば、何故、ジュリアは眠ったままなのか?そんな症状が出るようなタイプの毒ではなかったはずだ。
 その疑問に答えたのはリビエラだった。
「これは傭兵国のものじゃないわ。・・・それに似せようと作られた複製品。」
「複製・・?」
「貴方に頼まれなくてもこの件は私も調べるつもりだったのよ。この件・・・ジュリア将軍襲撃には不可解なところが多いのよ。この毒の成分を調べているうちに面白いものを見つけちゃってね。」
「・・・・・・・君はジュリアを襲ったのは傭兵国ではないと・・・・そう言いたいのか?」
 リビエラは黙って頷いた。
 
 
 
 これから急遽反転して反撃に出る。というウェインにハンスが反対の口火を切った。
「でも、師匠。俺達に逃げてきたばっかじゃないか?どうやって戦うつもりなんだい?」
「だからだよ。」
 と、ウェインは答えた。
「敵は俺達の陣地を完全に突破した。大勝利だ。そこに油断が生まれる。それに陣地にあった防御施設は彼等自身が破壊しているから外敵から身を守るのは難しい。」
 確かに、傭兵国軍は余力を持って撤退した。まさか、バーンシュタイン軍も勝利を得たこの日にこちらが逆襲に出るとは予想していない。この段階で奇襲をかければ、成功するかもしれない。
「ウェイン。お前の言うことは分かるだが・・」
 ゼノスは自分達の陣地を指差した。
「皆、敗北で自信をなくしているんだ。成功させるには士気が低すぎるんじゃないのか?」
 兵士の士気は戦闘の基本だ。それが低ければ、いかに戦術が優れていても勝利できない。
 しかし、その時、陣地の中からどよめきが上がった。
 何事かと、ゼノスたちが振り向くと、そこには鉄の巨大な像があった。
 半身半馬の巨大な鎧兵。そして、腹部には巨大な大砲。紛れもないグスタフ型鎧兵がそこにはあった。
 その姿をゼノスやヴェルシクリウスは唖然とした表情で見つめていた。
 何故ここにこれがある?
 ウェインの声がした。
「来たか・・・。」
「ウェイン、知っていたのか?」
「ああ、退却をする時に命令を出しておいたんだ。運搬中のグスタフをこっちに回すようにってね。」
「全く、無茶をさせてくれるな。」
 と、ウェインたちの所にヘルガが顔を出した。
「試作機を歩行させて、ここまで連れてこいとは・・・無茶をさせてくれる。」
 ヘルガは昨日の段階でグスタフを陣地まで運んでくるように指示を出していた。ここにグスタフが着ていたのは本来はテストを兼ねたものであった。また、その運搬方法も牛や動物を使っての移動の予定だったが、急遽、鎧兵自身に歩かせるというやり方をとった。修復で自動歩行機能の回復にも成功していたからだ。戦闘は無理だが歩くだけなら、動物に引かせるよりも遥かに早く移動できる。それに、デモンストレーションの効果としてもグスタフ自身が歩いているほうがインパクトは強かった。
 傭兵達が歓呼の声を上げた。
「グスタフだ!!」
「あれが、ウォルフガング様が言っておられた・・!」
「万歳!!!」
 誰かが言った言葉が全軍に伝わっていった。待望の兵器の完成は傭兵達に希望の火を灯したのだ。
「・・・・士気はこれで回復した・・・・そういうことなのか?ウェイン」
 と、ベルシクリウスが言うと、ウェインは頷いた。
「これから敵に夜襲をかける。あのグスタフも使って。」
 反対するものは今度はなかった。
 それを確認すると、ウェインは改めて指示を出した。
「ベルシクリウス、ドッズは指揮下の部隊を再編してくれ。俺も、自分の部隊を立て直す。それが終わり次第、攻撃に移る。」
「ウェイン・・・だが、俺は・・・」
 まだ、躊躇いを見せるヴェルシクリウスとドッズにウェインは強い口調で言った。
「今は、余計なことは考えないでくれ。2人とも。俺達の仕事は傭兵の故郷を守ることだろ?」
「傭兵の故郷・・・・」
 その言葉をヴェルシクリウスは繰り返す。
 それは、傭兵の国がこの地に出来た時の理由。
 それを脅かす敵と戦っていた。
 お互いの政敵を制するために戦っていたわけじゃない。
「今は敵と戦おう。」
 生粋の傭兵でもない人間にそんなことを言われるとはな・・・
 ベルシクリウスは思っていた。
 俺はウェインを超えて、生粋の傭兵として、この傭兵の国を治めたい。ウェインのような半分バーンシュタイン貴族などという人間に傭兵の国を治めさせてはならない・・・と
 だが、ウェインの言葉は正しい。ヴェルシクリウスはウェインに姿勢を正して、敬礼した。
「分かりました。傭兵達の故郷のために!」
 
 傭兵国軍の反撃準備は急速に進んでいった。
 ベルシクリウスとドッズは自分の師団の再編にかかり、ウェインの師団も準備を整えつつある。
 だが、それを指揮しているのはウェインではなかった。彼には別の仕事があったからだ。
「ねえ、師匠本当に乗るのかい。」
 ハンスの問いにウェインは頷いた。その近くに巨大なグスタフがいる。彼がこれを操るのだ。パイロットとしての適性を持っているのは軍の中を探してもウェインくらいしかいなかった。
 きっと古代人達は普通の人間でもこの兵器を動かせるように作ったのだろうが、現代の技術ではパイロットに異常な負担をかける。それに耐えられるものは英雄と呼ばれるような屈強な人物しかいない。
「でも、大丈夫なの?こんなのに師匠が乗って!」
 ハンスは尚も食い下がった。
 彼は知っていた。この兵器の実験で多くの人が精神を病んでいったことを。いくら、改良したと言っても安心できるものではない。
「師匠は、傭兵国のトップなんだろ?そう簡単に命を危険にさらさなくても・・・」
「ハンス。危険に身をさらすことならいつもやってたろ?俺は。・・・・これ以外、この国を救う方法がないなら。」
 ハンスはゼノスのほうを見たが、彼は首を横に振る。ウェインを止めるすべはないと見ているのだろう。
 ウェインのほうはヘルガ博士と打ち合わせに入ってしまっている。
「ハンス。アイツの言うとおりにさせてやろう。」
「ゼノスさん。」
「アイツの言うことも、理屈には合ってる。ここで勝たなければ俺達に未来はない。そのためにはグスタフが必要だからな。」
 ウェインは搭乗の準備を終え、コックピットに入るために階段を上り始めた。
 でも、これだけは言っとかなきゃな。と、ゼノスは階段によりかかり大声で言った。
「おい、ウェイン。命を粗末にするんじゃないぞ。・・・アリエータもそんなことは望んじゃいないんだからな。」
 最後のほうは僅かに口調を変えたゼノスにウェインはしっかりとした口調で答えた。
「分かってる。」
 そう言うとウェインはコックピットの中に入っていった。
「ハンス。俺たちも自分の仕事を始めようぜ。」
「そうだね。」
 まだ、煮え切らない様子だったがハンスは頷いた。ウェインの強い意思というなら、それは覆せないだろう。彼はそういう人間なのだから。
 ハンスはもう一度グスタフに振り返るとゼノスの後についていった。
「・・・行ったか。」
 2人が持ち場に向かうのを見届けると、ウェインも自分の仕事をすることにした。
今することは操縦や武器の扱いのおさらいだ。グスタフは途中まで自動制御で進み、戦闘中のときのみ自分の操縦が必要になる。
 コックピットは概ねたまごのような楕円形で照明により緑色に照らされている。その中心にウェインは椅子も、台も使わずに宙に浮かんでいた。古代技術の賜物だが最初に体験したときには気持ち悪さも覚えた。今は嫌悪を表すほどのものでもないが、はやり不思議な感じがする。
 そして、彼の目の届くところにこの鎧兵を動かすのに必要な情報が映し出される。
 それは、周囲の映像であったり、この機体の状態であったり、敵味方の位置を地図上に示したものがあったりと様々であった。
 通信機も装備されており、同じものを持つ人間と交信もできるようになっていた。
今のところ、各師団の指揮官クラスにこの通信機が渡されている。
 ウェインはふと気になっていたことを思い出した。
「ヘルガさん。この機体に固有の名前ってあるの?」
 通信機を通じて、ヘルガが答えた。
 彼女はグスタフの後部にある動力室にいた。戦闘中に動力に異常が出た場合に備えて待機している。エンジニアは必要だし、試作機をいきなり実戦に投入するのはかなり無茶なことでもあるからだ。
 彼女のほかにも数人のスタッフがそこにつめていた。
「名前?これのか・・・まあ、仮称のようなものはあるが」
 グスタフはこの1体だけではなく、他に5台が存在している、それぞれには混同を避けるために固有の名前がつけられていた。
「ハンニバル」
 と、ヘルガは答えた。
 古代の戦いで傭兵を率いて戦い、多くの勝利を収めた将軍の名前だった。
「・・・・そっか、傭兵らしいネーミングだな・・・」
 感想を漏らすと、ドッズの師団から連絡が入ってきた。「出撃準備完了」の報告だ。他の師団からは少し前に準備完了の連絡を受けている。全師団の用意が整ったことになる。
 ウェインは顔を引き締めた。
 これは賭けなのだ。
 グスタフまでも投入したこの戦いに敗れれば未来はない。俺達は勝つ。ハンスやゼノス、傭兵達が生きていく場所、そしてアリエータと共に過ごした場所を守るために。そう何度も心の中で繰り返した。
 そして、彼は命じた。
「全軍出撃。」
 夜の帳がおりつつある平原を傭兵国軍は粛々と進み始めた。
 
 
 
 バーンシュタイン軍は追撃をやめ、かつて傭兵国軍の本陣だった場所に陣を構えた。
 今そこから、無数の煙が上がっていた。
夕餉の支度だ。普段はあまり目にしない肉料理が振舞われた。勝利の報償だ。陣地のそこかしこで、勝利をたたえる声が上がった。
 カーマインはそんな陣地の様子を見るのでもなく、ただ焚き火の前にいた。
 昼間のシャドーナイトの言葉を反芻する。
ジュリアを殺そうとしたのは傭兵国ではない。
 その言葉が何度も頭の中で繰り返された。
「師団長」
「ああ、すまない。シャルローネ。」
「早馬が知らせてくれました。ジュリア将軍は助かったみたいです。」
「・・・そうか、」
 と、カーマインは大きく息を吐いてた。
「よかった。本当に。」
「あまり、驚かないんですね。」
「なに、風の知らせさ。」
 カーマインはふと、シャルローネを見た。
 彼女には話していいのかもしれない。
 だが、すぐに考え直した。今は戦闘中だ、余計なことに気を使ってほしくはない。
まあ、それは自分にも当てはまることなのかもしれないが。
 傭兵国でないとすれば、ローランディアだろうか?それともバーンシュタインの貴族だろうか?だが、ジュリアを殺して利益を得るような貴族がいるだろうか?
 様々な可能性が頭の中に生まれるが、いずれの考えも証拠をもっていない現状では想像でしかない。
 だが、それでもジュリアが蘇れば、犯人を覚えているかもしれない。 
 その時、夜が突然明るくなった。辺りが、まるで昼間のように照らし出される。
「これは・・・!」
 敵の攻撃か?だが、光は直ぐに消えてしまった。だが、呆然としている最中に第2の変化が起こった。
 不気味な音をたてながら、流星のようなものがこちらに向かってきたのだ。
 その正体を掴みあぐねて、シャルローネは言った。
「あれは・・・流れ星・・・」
 いや、違う、流れ星はあんな音をしたりはしない。この陣地を狙って落ちてきたりはしない。
「伏せろ!!!」
 カーマインが叫び、シャルローネや周りのすばやい兵士は地面に身を伏せた。
その、数秒後に轟音が陣地を揺るがせた。
「な、何事だ!!事故か!?」
「突然爆発したぞ!」
 周囲から混乱した音声が響く。立ち上がったカーマインが見たのは激しく炎上している自軍の陣地だった。
 爆発が起こったのは、陣地の南側だった。一見しただけで、多くの死傷者が出たことが分かる。
「申し上げます!!陣地の左手で爆発!死傷者多数!!」
 想像を裏付ける報告が届き、再び、夜空にあの流星が現れバーンシュタインの陣地に爆発を起こす。
 カーマインはすぐに自分のすべきことを思い出す。
 これは敵の攻撃だ。
 すぐに隊を立て直さなくては。
 唐突に兵士の鬨の声が上がった。
「師団長!左右両翼より敵軍です。」
「そんな・・!」
「・・・・」
 カーマインは唇をかんだ。
 完全に裏をかかれたか・・・。
 勝利したと思い、夕餉の最中だった軍が態勢をととのえるのは容易ではない。
 こちらにとっては最悪のタイミング。敵にとっては絶好のチャンス。
 だが、なんとか反撃しなければならない。
「隊を纏めろ!戦闘態勢を整えるんだ!!」
「あれを見ろ!!」
 誰かが大声を上げた。
 その方角に視線を向けた時、カーマインも一瞬その動きを止めた。
 あの、流星を打ち出したものがそこにはいた。
 巨大な半身半馬の像。
 腹部には巨大な大砲のようなものが見え、しかも、それは歩いてこちらに向かってくる。
 それが、バーンシュタイン軍が始めて目にしたグスタフ型鎧兵の姿だった。
 
 
 本当に、体の一部だな。
 ウェインが頭の中で右の足を動かしたいと思えば、グスタフは右の足を動かした。敵を攻撃したいと思った時も同様だ。適切な武器が選択され、それを打ち込む。心配していた体への影響も少なそうだ。
 今のところ全てが順調だ。
 グスタフの第一撃はまずまずの成功といえた。連続3回の射撃によって、バーンシュタイン軍の陣地は混乱状態に陥っていた。
3回の連続射撃を行うと、30分は射撃ができないが、その圧倒的な火力は傭兵国軍を奮い立たせた。
 通信機から、各師団からの連絡が入った。
「俺達の隊はいつでもいけるぞ。」
「私も同じだ。」
「俺もだ。」
 ウェインはそれにかすかに頷くと、何事かをグスタフに命じた。
 グスタフの頭部から何かが打ち出され、上空で破裂した。
 すさまじい、光が降り注ぎ、夜だというのに周囲をまるで昼間のように照らしていた。
 それが、合図だった。
「全軍突撃!!!」
「朝の借りを返してやれ!!かかれ!!!」
「続け!!!」
 照明の光の下に右往左往するバーンシュタイン軍が浮かび上がる。
 ドッズが、ベルシクリウスが、そしてゼノス達が叫び、左右両面からバーンシュタイン軍に襲いかかった。
 歩兵は混乱して、魔法詠唱どころではない魔法兵の中に飛び込み、弓兵は間断なく弓矢の雨を降らせた。
 バーンシュタイン兵には隊列を組む暇もなかった。各人が自分自身でバラバラに応戦するより他になく、組織的に動く傭兵国軍の前に次々と倒れていった。
 グスタフのコックピットの中からモニターの映像で戦況は良く分かっていた。いや、ここだからこそ、情報は集まりやすい。
 前線で戦う者に彼等がしならない情報を伝えていく。
「ヴェルシクリウス。左の部隊が立ち直りかけている!」
「ゼノス、中央100メートル先に魔法の詠唱を終えつつある部隊がいる目印に何か撃つぞ!」
 目印になるように小型照明弾を打ち出し、位置を知らせる。
 だが、この一方的な戦いの中でも次第にバーンシュタイン側は秩序だってこちらに反撃してくるようになってきた。
 彼等も戦闘で鍛えられた一級の戦士だった。
 そして、いくつかの部隊は巨大なしたがって最も目立つグスタフに攻撃を掛けてくる。
「化け物め!!!」
 魔法兵達が一斉にメテオやサンダーを放った。だが、天空から飛来する隕石も雷もグスタフの装甲を突破することは出来ず、ただ、その表面に小さな傷を残す程度だった。
「すごい防御力だな・・・」
 あらためて、ウェインもその凄まじさに感嘆する。100人近い魔法兵の攻撃だったが、影響といえば少し振動したくらいで、兵装、動力にも影響はない。魔法兵は尚も魔法を放つがその度に全て弾き返された。
「反撃を・・・」
 モニターを見ると腕や背中にある小型の武器のいくつかが発射可能であることが示されている。腹部の主砲はあと、20分は待たねば使えない。
 ウェインが思考するとそれに反応して、グスタフは武器を放つ。
 両腕から放たれた何条もの光線がバーンシュタイン兵を切り裂き、背中から打ち上げられたロケットが降り注ぐ。
 その攻撃でグスタフに群がりつつあったバーンシュタイン兵はほとんど壊滅してしまった。残りのものは流石に、自分達だけでは抵抗できないと考えたのか、一目散に逃げ出した。
 ウェインが再び戦場全体に目を向けた時、もはや、バーンシュタイン軍の劣勢は疑問のないものになっていた。
 味方の攻撃を支えきれずにジリジリと後退している。
 よし、いけるぞ。
 ウェインの賭けは成功したようだった。
 だが、彼はここで、もうすこし慎重であっても良かったか知れない。
 一つの敵の師団が態勢を整えつつあったからだ。
 警報が鳴り、ウェインはその師団の動きに気付いた時、彼等は既に動き始めていた。そのコース上にはゼノスの師団があった。
 
 
 
 
 バーンシュタイン軍には撤退命令が下された。
 夜討ちを受け、さらに、あのような鎧兵の化け物までもが現れたのでは、どうにもならない。
 退却か・・・・
 カーマインは振り返ると、そこには、彼の師団の兵士が隊列を整えていた。
「ただ、逃げ出すんじゃかっこがつかないしな。」
 事態はそれほど楽観的ではない。むしろ、退却が本格的な敗走に繋がりかねない情勢だった。
 退却とは上手に行わねばそれは全軍壊滅に繋がりかねない危険な行為なのだ。
 それを防ぐために殿が必要になる。敵の攻撃に余りさらされず、戦闘準備を整えられたカーマインの師団にしかできないことだった。
 幸い敵の攻撃方面が僅かにそれていたので、隊列を整えることが出来た。さらに、夜間であるため、敵の位置が分からないという不利も敵が打ち上げる照明弾のお陰で大体の見当は付く。
 照明弾は傭兵にとっては奇襲の助けになったが、こちらの反撃の助けにもなるのだ。
 弓兵部隊を指揮しているシャルローネが声を張り上げた。
「目標は、右側の敵部隊!!放てー!!!」
 弓兵が一斉に矢を弦を離し、矢じりが勢い良く打ち出される。その直ぐ後ろにいる魔導兵の集団からは何種類もの魔法を放たれていた。
「シャルローネ。弓兵は何度か弓を射たら引き上げるんだぞ。」
「はいっ!」
 シャルローネは敬礼した。
 カーマインの師団での弓兵指揮も長い彼女は彼の意図を理解していた。
 彼は歩兵のみの一撃離脱で敵を混乱させる気なのだ。それを行うには足の遅い弓兵や魔法兵は足手まといになってしまう。
 カーマインは歩兵の先頭に立って、命じた。
「これより、敵に反撃をかける!!!」
「おおう!!!」
 剣や槍を振り上げて、彼等は気勢を上げた。
「放てー!!!」
 シャルローネ達の弓が再び傭兵達に降り注ぎ、彼等に混乱が生まれる。
「突撃!!!」
 カーマインを先頭にバーンシュタイン兵は駆け出した。目標は敵の後方にいる魔法兵や弓兵だ。前にいる友軍に気を取られているので一気に距離を詰められた。
 ようやく、弓が飛んでくるが狙いは余り正確ではなく、むなしく地面に突き刺さるものが多かった。
 気付いたか・・・だが、反応が遅い!
 カーマインたちは弓兵達の集団に切り込んだ。
「うおおお!!」
 自分の前にいた弓兵を斬り、盾を使って隣にいた弓兵を気絶させる。カーマインは部下にむやみに戦闘しないように命じていた。この作戦は要はスピードなのだから。
「時間をかけるな!手早く動くぞ!!」
 歴戦の兵士達はカーマインの期待に見事にこたえた。
 遠くに見える鎧兵の化け物から再び照明弾が打ち上げられ、自分達を照らそうとする。
 ぐずぐずしていては敵のいい的になってしまう。
 弓兵の隊列一つを荒ごなしにすると、次の魔法兵の隊列になだれ込む。
 魔法兵や弓兵は闇雲に魔法や矢を放ったが、それは敵にはあまり損害を与えず、無駄に味方打ちするだけの結果になった。
反撃を受けたゼノス隊は混乱状態に陥った。バーンシュタインの逆襲に対応しようと歩兵隊の一部を後方に回そうとするが、そのため、追撃の手も緩み、バーンシュタインに息継ぎの時間を与えてしまう。
 その様子をはっきりとつかむことはカーマインには出来なかったが、手ごたえは感じていた。
 そして、あの化け物が目に入ってきた。
 
 奇襲の衝撃から立ち直り、退却に移っていくバーンシュタイン軍の様子はグスタフのモニターにも映し出されていた。
 まずい・・このまま逃しては・・・
 敵を全滅するような成果はもともと期待していなかったが、今後のことを考えればもうすこしダメージを与えておきたい。
 ウェインは主砲の状態を示すモニターを見た。
 エネルギー充填は完了している。
 反撃に出た敵兵がこちらに向かってきているらしい。今のうちに撃たなくては。
「発射!」
 轟音と、煙と共に、エネルギー弾が打ち出された。それは放物線を描きつつ、地上に落下し、光と破壊を周囲にばら撒いた。
 その時ゼノスの警告が響いた。
「ウェイン!バーンシュタイン兵がそちらに向かっている!!気を付けろ!!!」
「わかってますよ。」
 ウェインがその方角に注意を向けた時、そのバーンシュタイン兵達は眼前に迫っていた。
 
 くそ、間に合わなかったか。
 と、カーマインは歯噛みした。
 出来れば発射前にあれを潰したかったのだが・・・あの砲撃でまた大きな被害が出たに違いない。
「あの砲を狙え!!!」
 自らも魔法を唱えながらカーマインは命じた。
 魔法を使えるものが詠唱を始める。
 装甲部分にはこの人数の魔法攻撃ではダメージは与えられないだろう。だが、あの砲口ならば効くかもしれないと考えたのだ。しかも、あの化け物はあの砲を撃つかもしれない。何としても止めなくては。
 グスタフの両腕から光線が走り、何人かがそれをまともに受けて即死する。
「狙いを絞れ!バラバラに撃ってはシールドを崩せないぞ!!」
 次第に大きくなる化け物の威容にかまわずカーマインは命じる。相変わらず、巨大鎧兵は光線を放っていたが、まだ、近づけそうだ。
 そして、もう、化け物の頭を見上げるような位置に達した時、カーマインは魔法を発動した。それを合図にそれまで走りながら詠唱していた戦士たちが一斉に魔法を放った。
 ソウルフォースが、ファイアーボールが、サンダーストームが砲口に向かっていく。
 その結果を見ずに、カーマインの部隊は離脱にかかった。
「構うな!走り抜けろ!!!」
 グスタフの前をやり過ごし、ヴェルシクリウスやドッズの隊の後衛を狙って進んでいく。
 ふと空を見上げると何条もの火線が見えた。それを目で追うと、その進む先にはあの巨大な鎧兵があった。
 轟音。
 盛大な爆発音が聞こえてきた。炎と煙、そして、閃光があの巨大な鎧兵を完全に包み込んでいた。
 友軍が放ったメテオの魔法だ。爆発の規模から見ておそらく一個師団に配属された全ての魔導兵の魔法が集中したのだろう。
前に視線を移せば、退却しつつある味方が見える。敗走ではなく、ある程度秩序だって後退している。
 うん、俺達の突撃も役に立ったわけか。
「くそっ!あいつ、まだ生きてるぞ」
 誰かの悔しそうな叫びが聞こえた。
 炎と煙の中からあの化け物が再び姿を現した。流石に、元のように元気に働くこともないだろうが、生きていることもまた事実だった。あれだけの魔法を集中されたのにまだ動けるというのは驚嘆すべきことだ。
 今なら止めをさせるだろうか?
 と、カーマインは一瞬考えたが、直ぐにその危険な考えは捨てていた。
 今から反転して攻撃したのでは、こちらは疑いなく全滅してしまう。
 目の前に、ドッズの部隊の後衛が見えてきた。はやり、弓兵と、魔導兵を主体にしている。
 さて、もう一仕事か。
 
 
 グスタフが閃光に包まれたとき、傭兵国軍の動きが止まった。
「やられたのか・・・」
 そんな思いが駆け巡ったが、その思いは、再び姿を現したグスタフの勇姿によって吹き飛ばされていた。
 その空気を彼等の指揮官達は見逃さなかった。
「見ろ!我々のグスタフは健在だ!!進め!!!」
 カーマインの反撃を受け、混乱しながらも追撃に移る。バーンシュタイン兵もある程度秩序だって後退して行ったが、大きな損害を強要することができた。
 カーマインの部隊も引き揚げにかかっている。
 一人の傭兵が昨日まで自分の陣地であった丘に足を踏み入れた。又一人、又一人それに続いて傭兵達が丘に上がる。
そこには、バーンシュタイン兵はいない。
勝ったのだ。
「やったぞ!!!」
 誰かが叫ぶと、それが全軍に伝播していった。
「勝った!!!俺達は勝ったんだ!!!」
 手にした剣や弓、それに杖が空に突き出される。勝利を手にした彼等を未だ威容を保ったグスタフが後ろから見つめていた。
 
 
 バーンシュタイン軍が完全に退却したことが確認された。彼等は占領した陣地を捨て、昨日までの陣地に逆戻りしていた。
 ウェインには通信機を通じて、あるいは映像を通じて、自分達が勝利したことが伝えられた。
「ウェインやったな!」
「ああ」
 ゼノスの声に答える。
 ウェインは賭けに勝ったのだ。
 だが、グスタフの損傷はかなりの程度に達していた。
 敵の殿の魔法攻撃で主砲は使用不能。その後の魔法の集中攻撃により、右腕の兵装が破壊され、胸部、腹部、頭部の装甲に亀裂が走っていた。
 また、脚部にも損傷を蒙り、行動速度がかなり落ちていた。
「だいぶやられたな。」
「・・・確かにな・・・」
 後ろからヘルガの声が聞こえてきた。
「なんとか、動けるが、本格的な戦闘はきついな。」
「・・・この武器も完全じゃないってことか。」
 ウェインも、この兵器だけで戦争に勝てるなどとは思っていない。だが、これがあればこそ、バーンシュタイン軍に勝利できたのは間違いない。
「ともかく、おめでとう。・・・まあ、これで欠陥も分かったわけだ。次のグスタフはもっと良いものを作れるさ。」
「お願いします。」
 通信機からゼノスの声が聞こえた。
「おい、ウェイン。体のほうは大丈夫なのか?」
 ウェインはそう言われて初めて自分の体のことを気にした。
 手は動く、足も動くし、とくに寒気も感じない。
「・・・・大丈夫だ。ハンスにもそう言っておいてくれ。」
「わかった。」
 ヘルガの声が割り込んできた。
「ウェイン。声だけで答えるよりも外にで出たほうがいいんじゃないか?」
 グスタフの外には傭兵達が集まっていた。勝利の興奮はみな冷めていない。
「ドアを開けてください。」
 外のドアが開く音がした。ウェインはしっかりとした足取りでコックピットを降りて、外に出た。大歓声が彼を出迎えた。
 傭兵達はウェインを見つけると、一斉に彼のほうに視線を向けて、剣や斧を天に向かって振り上げた。
「万歳!!」
「傭兵国に栄を!!」
 勝利の言葉を叫び、勝利した喜びを表した。中には泣いているものもいる。
 ウェインはその光景に圧倒されて暫しただ立ったまま全軍を見渡していたが、自分のするべきことを思い出した。
 ウェインは大声で言った。
「みんな、良くやってくれた。俺達は勝った。俺達はこれまで、後退を重ねてきた。でも、これまでの敗北はきっと取り返せる。俺達には貴族の兵士に負けない力があることを示したんだ。俺達は負けない!独立戦争と同じように!!」
 その宣言に全軍からさらに歓声が上がった。
 その中には、傷を負いながらも剣を振り上げるゼノスやハンスそれにパトリックの姿もあり、それがウェインを安心させた。
この戦闘による死者は双方とも1000を超え、2000人に迫るほどだった。ほぼ同等の損害を両軍は受けていたが、バーンシュタイン側のほうが被害が大きかった。
 傭兵国軍は開戦以来押され気味であった戦場で初めて、王国軍に一矢を報いたのだった。
 
 
 
 
(つづく)
 
更新日時:
2008/03/02 

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Last updated: 2012/7/8