12      The Snow War 第4部
 
 
◆シュワルツハルズ防衛戦◆
 
 
 
 バーンシュタイン軍が傭兵国領内に侵攻を開始したのはスタークベルク解放から6週間後のことだった。バーンシュタイン軍はスタークベルクからシュワルツハルズに向け、主力1万7千の兵力で南下を、一方王都からクレイン村に向けても兵力5千をもって侵攻を開始したのだ。
 クレイン村は占領され、シュワルツハルズ村にも危機が訪れようとしていた。
 これに対して、傭兵国軍はクレイ村からの街道とシュワルツハルズ村からの街道の結節点にある砦を強化し、クレイン村方面からの襲撃に備えると共にシュワルツハルズ村近郊に主力を集中した。
 すなわち、バーンシュタイン侵攻軍の残存兵力と、国境守備隊を併せて再編された3個師団に若干の部隊を加えた1万1千の兵力を村から10キロ離れた地点に布陣させた。
 指揮官はウェイン・クルーズ。
 彼はひたすら陣地を強化し、こちらから野戦に打って出ないことに決めていた。
 会戦に打って出ても、今までの鎧兵の密集突撃という戦法はアルガオス会戦時の雷系魔法の一斉発動を受けることを考えれば愚策というほか無い。勝利のためには新しい工夫が求められていた。ガルアオスの二の舞になるかもしれない。今一度あのような打撃を受ければ傭兵国は2度と立ち上がれない。
 悲壮な決意のはずだった。つい、1週間前までは。
 
「だから、今こそ、攻勢に出るべきなのです。」
 と、ヴェルシクリウスが口火を切ると、他にも多くの将官からそれに賛同する声が漏れた。傭兵国本陣に設けられた作戦室には攻勢による勝利を信じるものたちの熱気が取り巻いていた。悲観的なものもいるにはいたが、大半はその空気に呑まれているようだった。
「我々はすでに幾度かの勝利を得ております。士気も回復しております。」
 1週間前、傭兵国軍の士気は払底しきっていた。「やはり傭兵が貴族に勝つことはできないのか?」そんな声さえささやかれる始末だった。
 そこで、ウェインは防戦をメインとしながらも、バーンシュタインのパトロール隊に積極的に挑んだ。
 野戦と違い、近距離の遭遇戦で戦えば鎧兵はバーンシュタイン兵を圧倒できる。
 小競り合いの勝者は傭兵国だった。
 この戦果は敗戦で失っていた自信を傭兵国兵に取り戻させていた。
 また、一連の戦闘でのヴェルシクリウスの活躍は顕著であり、彼は2日前にも敵の一個師団を敗走させていたのだ。ために、将兵からの人気も支持もあったのだ。ついには、全傭兵集会において、全軍の半分の指揮を取りうる副指令の地位を付与されるに至った。
 副指令に選ばれたという高揚感、そして、自分がゲルハルト議長の意思を継いでいるという使命感が彼に熱い思いを与えていた。
「でも、攻勢ってのは極端すぎだな。」
 脇から声が上がると。ドッズが「臆病者め」と怒鳴りつけた。
 自信をつけすぎたか・・・・と、ウェインは心の中で思った。
 そんな、最高指導者の様子を見たヴェルシクリウスは別の理由も口にした。
「閣下。我々はオスカー・リーブスが来る前に攻勢に出る必要があります。奴の軍団が加われば、その戦力は我々の約2倍です。戦力が拮抗している今なら五分の勝負が出来ます。」
 口調は丁寧だが、最後のほうは反論を許さないような雰囲気を持たせながらヴェルシクリウスが意見を言い終えた。
 ・・・攻勢か・・・
 ウェインは暫し沈黙した。
 ベルシクリウスの言うことは分かる。パトロール隊への攻撃での戦果での高揚感は彼もまた共有していた。だから、同じように攻勢という選択肢も魅力的を感じる自分がいる。
 しかし、ウェインの答えは否であった。
「いや、ここで会戦にでるのは得策ではない。陣地の備えをいっそう固める。」
 この答えに、ヴェルシクリウス達から異論が噴出した。中には「臆病者め」と感情的に叫ぶ者もいる。
 ウェインはそれを聞きながら決断の理由を話し始めた。
「今の状態のまま会戦に望めば我々は負ける。鎧兵だけで勝てる時代は終わった。それはスタークベルクで皆も知っていると思う。・・・俺達は敵に都合の良いグランドで戦ってはならないんだ。」
 この反論に攻勢を主張する者たちの何人かは顔を見合わせた。確かにあの無残な鎧兵の敗北はそうそう忘れられるものではなかった。
 だが、守るだけでは戦いには勝てない。勝利を得るには攻勢に出ることも必要ではないか。
「そのためには・・・バーンシュタインを破るにはあの雷をものともせず、敵の戦列を突破できる鎧兵が必要になる。」
「そんなものが・・・」
「グスタフ型鎧兵なら可能だろう?」
「あれは、計画中止となっていたんじゃ・・・」
 グスタフ型鎧兵。
 2年前の独立戦争でウォルフガングが最後の切り札として開発、正確には復元しようとした古代兵器である。複数の遺跡からほぼ無傷の状態で発見されたものであった。
 基本的には鎧兵を巨大にしたようなもので、全長30メートル、全高20メートル、自重2800トンの巨体を誇る。あらゆる属性の魔法に態勢を持つ特殊金属で守られ、現代のいかなる武器、魔法をもってしても破壊は不可能とされている。武装も強力で、中でも腹部に装備されている魔導砲は十分にエネルギーを蓄積した状態で放てば、大陸一といわれるバーンシュタイン王都の城壁ごと、のいくつかのブロックを破壊できるという強力なものだった。
 だが、この兵器にはいくつかの欠陥があった。それをドッズが指摘した。
「・・・しかし、グスタフが完成できたとしても、役に立つのか?なにしろ、パイロットは正気を失い、満足な走行も出来ない代物と聞いたぞ・・・」
 ウェインはその問題は解決されていると言った。
 2つの欠点は古代からあったものではない。現在の技術では完全な復元が難しい部分があったために生じた欠点だった。そもそも100パーセントの能力を発揮させることは出来ない。せいぜい古代の5割の能力が発揮できれば上出来だ。
 復元には古代技術の解析が不可欠となる。その点で傭兵国は幸運だった。
「時空制御塔を手に入れたお陰で古代技術の謎も解明されてきている。・・・当然あのグスタフに使われた技術も」
「では、グスタフは想定どおりの戦力を発揮できると?」
 その声にウェインは頷いた。
「現在、その試作機2機が完成している。」
「おお、それではウォルフガング様の遺産が完成したということか!」
「俺達はこのグスタフの準備が整い次第攻勢に出ます。」
 と、ウェインは言った。
 彼はこれで戦局を挽回し、講和に持ち込みたい考えだった。外相のサイモンにはこのことは話している。サイモンは既にその準備を始めている。もっとも、この場でそれを言うことはないが。
 グスタフ完成と聞いて、場の雰囲気は僅かながら変化したが、早期攻勢を主張するベルシクリウスは自説を譲らなかった。
 この日の会議の結論は、より一層、敵前衛部隊への小規模な襲撃を続ける。という、妥協的な案で終わった。
 
 会議を終えたウェインは自室に戻ると椅子に腰掛け大きく息をついた。すでに、外は暗く、部屋には灯りが持ち込まれていた。
 俄か作りの部屋なので、あまり家具は置いていない。机に椅子が数脚そして、本棚があるだけだった。
「お疲れだったなウェイン。」
 ウェインと向かい合うように椅子に腰掛けたゼノスが言った。彼の隣に座っているハンスも同じような言葉でウェインを労った。
「ヴェルシクリウスさんはだいぶ血圧をあげていたようだけど・・」
「ああ・・なんとか抑えることが出来たよ・・」
「さすが、師匠だね。」
「ウォルフガングならこういうことは無いのかもしれなけどな」
 ウォルフガングのカリスマ性は絶対だった。彼こそが、傭兵達を纏め上げ、独立を勝ち取ったのだから無理も無い。もしも、彼がいれば、さっきの会議はどうなっただろう?もっと、簡単に纏まったのではないだろうか?
「ウェイン。そう、深刻になるな。」
 ゼノスはそんなウェインの様子を察して言った。
「あせるのは分かるが、今は落ち着け。ウォルフガングだって、奴等を纏めきれないことはあったんだからな。・・・それに、今は出来ることを確実にだろ?」
「・・・そうですね。」
 と、ウェインは応じた。
 ともかく、今は自分に出来ることをやるしかない。たとえ不安があったとしても、そう思い切ることも指導者にとっては必要な資質なのかもしれない。
「私だ。入ってもいいのか?」
 ドアの向こう側から聞こえてくる声の主にウェインは答えた。
「ヘルガ先生。どうぞ」
「入らせてもらう。」
 長身の白衣に身を包んだ女性が入ってきた。白衣には鎧兵のマークが刺繍されており、彼女が傭兵国兵器開発部の人間であることを示している。
 彼女はウェインに一礼すると机に冊子を置いた。その表紙には「新型鎧兵グスタフに関する第5次報告書」とあった。
 彼女こそ、グスタフ復元の総責任者ヘルガ・シェスター博士だった。
「試作機の、運用マニュアル、操縦マニュアルだ。後はテストをするのみだ。」
「実戦も大丈夫なのですか?」
「ああ。」
 と、ヘルガは自信に裏付けられた答えを口にする。
 ウェインは彼女の能力を疑っていなかった。いや、疑えるわけもなかった。
 彼女はもともと魔法学院の教授だったが、兄が傭兵という家庭環境であったため、ウォルフガングの建国を聞き、この国に参加した。という経歴の持ち主だった。
 鎧兵の実用化にも中心的な役割を果たし、戦後の時空制御塔の調査でも彼女の働きは顕著だった。何しろ一度、偶然とはいえ時空制御塔の空中浮遊能力を回復させ、空を移動して、西に着陸させるなどということもしている。
「だが、問題がある。パイロットのことだが・・」
「やはり、限られてくると」
「そうだ、ウェイン。貴方とほかは数人・・・だな」
 欠陥を改良したとはいえ、パイロットへの負担は大きく、これになるためには、強靭な肉体が必要だった。
「もしもの時は、俺もパイロットとして、乗り組みます。」
「指揮官自身がそれに乗り込むのはあまり関心しねえがな。」
 ゼノスが横から口を挟んだ。
「でも、あれが動けなければ。勝利はできない。・・・そうなれば、傭兵国に代表がいてもいなくても同じです。」
「でもさあ・・師匠。本当に大丈夫なの?」
 ハンスが心配そうにウェインを見遣る。
 パイロットが正気を失う。たとえ、改良されたとは言ってもどこか不安があった。
 これに、ヘルガは彼女らしい口調で答えた。
「体に負担はかかる・・・が正気を失ったりすことは無いよ。」
「大丈夫、信用してますから。」
と、ウェインは答えた。
 そんなウェインを見て、ヘルガは懐かしそうな顔になって言った。
「・・・ウォルフガングも同じような事を言っていたよ。奴等の故郷を作るためならなんでもする。彼はそう言って、グスタフに乗ろうとしていた。使わざるを得ない状況になったら乗っていただろうな。」
 やはり、兄弟だな、お前は
「兄弟ですか・・・」
 兄も傭兵達の居場所を作ることに命を賭けていた。たとえグスタフの中で人間にあらざるものとして死を迎えるのだとしても。
そして、自分のそう考えていた。この戦いに負ければ傭兵達に明日は無い。バーンシュタインにとってこれは旧領を回復するための戦いだ。彼等は傭兵国の存続は認めまい。勝利する以外に生き残る道はない。少なくとも話し合いに持ちめるだけの材料がなければ。
 そのために、命を奉げてもかまわない。
 自分には傭兵を守る義務がある。守るべき理想がある。
 そして、アリエータと共に過ごした思い出の場所を守るために。
 ウェインは僅かに目を閉じようとした。すると、強烈な眠気がおそそってきた。それに抗しようと顔を振るが、なかなか収まらなかった。
 そんな様子を見て、ゼノスは言った。
「おい、ウェイン。そろそろ休めよ。まだ、倒れられちゃ大変なんだぞ。」
「しかし・・・」
「睡眠は必要な行為だ。私も研究を完成させるためにそうしてきた。」
「それは、ないですが・・・」
「ダメだよ、師匠。休める時に休めないと」
「・・・・・分かった」
 こうまで言われると、ウェインも素直にその言葉に応じた。確かに最近満足に寝ていなかった。
 3人は部屋の灯りを消してから外に出て行った。外と同じ暗さと、久しぶりに感じる安らぎに包まれながらウェインは眠りの世界に落ちてゆく。
 ふと、カーマインの姿が浮かんだ。彼がバーンシュタインの軍団長になっていることは知っていた。ジュリア将軍の為に、祖国を捨てたのだという。だとすれば、彼女がこちらのスパイの毒刃によって重病に倒れた今、グローランサーも又、自分と同じような決意を固めているかもしれない。
 しかし、そのことに考えが及んだのは、一瞬のことでウェインは久々の十分な眠りの時間に入っていった。
 
 
 翌日、一つの小さな戦いが両軍に激しい反応を引き起こした。
 
 
 傭兵国軍の陣容は大きく前衛と後衛の2つに別れており、それぞれ1,5個師団の戦力を保有していた。ヴェルシクリウスは前衛司令官となっていた。
 彼は会議の内容を直ちに実行に移した。即ち、敵のパトロール隊に積極的に攻撃を仕掛けるというこことだ。もちろん彼の意図には、あわよくば敵の陣地に取り付きたいと拡大解釈が追加されている。
「向かった部隊が敵の迎撃を受けている?」
「はい」
 ヴェルシクリウスに問われた副官は報告を続けた。
「敵の兵力は500以上。さらに、連隊規模の敵が後方に控えているとのことです。」
「まずいな。」
 と、ヴェルシクリウスは言った。
 今日の早朝、彼はバーンシュタイン軍と自軍のほぼ中間にある丘陵地帯に軍を送り込んだ。
 その丘をバーンシュタインが占拠しつつあるという報告を受けたからだ。さらに、それによると敵の数は僅か100人程度ということだった。それならば、撃破は簡単だ。オスカー率いる第2軍の到達前の神速なる攻勢が勝利をもたらすと信じていた彼にとり、これは絶好の獲物だった。
 小さな勝利を積み重ねれば、いつかはウェインも重い腰をあげるだろうから。
 ただ、今の報告では予想外の兵力がいたことを示している。ヴェルシクリウスは決断した。
 直ちに出撃する。俺の指揮下の1個師団を動かして、味方を収容する。」
「はっ!」
 そして、ヴェルシクリウスは直卒師団以外の部隊を指揮しているドッズにも指示を出す。
「ドッズ。お前の軍はこの陣地に残り、ここを守備せよ。この陣地を空にすることは出来ないからな。」
「わかった。」
 と、ドッズは素直に頷いた。
 荒くれ者として有名な人物だが、ヴェルシクリウスとはウマが合い、忠実にその指示を実行する。
「では、出撃だ。」と、ヴェルシクリウスが号令すると、「おう!」という声が部下達からあがっていた。
 彼等は部隊を整え、戦場に急行した。
 これが、後にシュワルツハルゼの戦いと呼ばれる大規模な戦闘になるとは傭兵国の陣営では誰も予想していなかった。
 
 
 戦いが行われている丘は陣地に近く、到達するには20分とかからなかった。
「持ちこたえているようだな。」
 みれば、バーンシュタイン兵に押されながらも味方は頑強に戦い続けているようだった。うまくすれば、敵に大打撃を与えるチャンスだ。
「味方を半包囲しようとしている敵の右側面を叩くぞ。鎧兵を前に出せ!」
 と、指令を発した。今なら戦闘に忙しく、例の雷の魔法を撃たれることも無い。撃たれる前に打撃を与えるべきだ。
「突撃!!」
 号令とともに、戒めを解かれた鎧兵の群れが突進していく。
 ヴェルシクリウスの考えは当たっていた。
あまりに近接しているため、バーンシュタイン側は魔法詠唱のいとまが無かった。
 こうなれば、バーンシュタイン兵など鎧兵の敵ではない。
 剣や斧がそれを推しとどめようとするが、その強固な鎧はその全てを弾き返し、逆に生身の人間に致命的な傷を与える。
「うああああっ!」
 悲鳴を上げて、一人の兵士が倒れる。
 倒れるのは一人ではない。そこかしらに見受けられる。あっという間に形勢は逆転した。
「た・・・退避!!!!」
 バーンシュタイン軍は鎧兵の攻撃に耐え切れるわけもなく、その右側の戦列は崩壊し始めていた。そこに、傭兵国軍が切り込んでいった。
「味方だ!味方が来てくれたぞ!」
 これに勇を得て、包囲されつつあった味方部隊も息を吹き返した。彼等は退路をふさぐ、バーンシュタイン兵に最後の力を振り絞って攻撃を仕掛けたのだ。
 これが、最後の一押しとなった。包囲しつつあった部隊は両面からの攻撃に耐え切れず、バーンシュタイン軍は撤退を始めたのだ。
 これを認めたヴェルシクリウスは叫んだ。
「チャンスだ!味方の部隊を収容しろ!!」
「はっ!」
「ヴェルシクリウス様!敵は浮き足立っています。追撃して一挙に叩き潰しましょう!!」
「いや・・・それは待て。」
 ベルシクリウスは少し考えるような姿勢をとった。そして、出した答えは追撃を主張してきた者には不評なものだった。
「追撃はしない。味方を収容したら引き上げる。」
「しかし、500人程度の敵などひとひねりでは・・・」
「そうでもないぞ、ここは敵の陣地からも近い。増援を受けられうのはこちらと同じことだ。」
 そして、腹心の部下には別の命令を出す。
「味方部隊を収容したら引き上げる。敵を全滅させようなどという気は起こすなよ。」
 それから程なく、敵の戦列を突破して、包囲されていた味方を収容したという報告が入った。
「後退の準備を・・・」
 と、ヴェルシクリウスは言いかけたが、別の報告がそれを遮った。
 
 
 あの時、俺は彼女を止めるべきだったのだろうか?
 それは、ここ最近、カーマインの頭を駆け巡っている疑問だった。何か考え事をすると自然にそのことを考えてしまう。
「エリオット陛下にご報告してくる」
 と、ジュリアは言った。エリオットから戦況についての報告を聞きたいとの書簡が届いたからだ。主君に命じられればそれに従うのが騎士の務め。彼女の答えは当然だった。
 しかし、その書簡がもしも偽物だと分かっていたなら、そうにはならなかっただろう。
彼女は報告に向かうと途中、暗殺者の襲撃を受けた。いつもの彼女なら難なくこれを倒せただろうが、病み上がりの体では無理な相談だった。命は取り留めたものの、暗殺者から受けた毒のために未だに眠りから覚めないでいる。
 もしも、あの時、彼女を止めていいたら、こんなことにはならなかっただろう。
 自分が愛する人が倒れているのに何も出来ない無力感。カーマインはそれをいやというほど味わっていた。だからこそ、そんなことを考えずにはいられない。
 止めよう。
 カーマインは首を振った。
 もしも、何もないのなら、彼女の傍にいるのもいいだろう。しかし、今は違う。彼女と共に育て、共に戦ってきた部下を放り出すわけにはいかなかった。
 彼女もきっと、生と死の淵で戦っているに違いない。そして、きっと彼女は勝利する。 それなら、俺は俺の戦場で戦いそして、勝つ。
 報告が届いた。
「敵増援部隊は包囲を突破、敵部隊を収容しつつあります。魔法兵部隊はすでに準備を終えております。」
 言われたとおりの光景がカーマインの視界にある。味方を収容するのに大童の傭兵国軍。鎧兵もほぼ一箇所に密集している。
 チャンスだった。
 彼が後ろを振り返ると、草むらに身を潜める彼の師団の姿があった。
 雷系の魔法詠唱を完了し、待機状態の魔導兵、そして剣士や弓兵、ヒーラー達。この他にも左右両翼に重戦士とヒーラーを配している。彼等は100人ばかりの味方が守る岡の裏側に待機していた。小競り合いの勝利で浮かれている敵を一網打尽にするために。
 だが、敵も馬鹿ではないらしい。囮である300人の守備隊を殲滅することではなく、味方部隊の収容を優先しているらしく、見れば撤退の準備もしているように見えた。 完全な包囲は出来ないかもしれない。
「だとしても、少し無用心だな。」
カーマインは命じた。
「よし、攻撃開始だ。奴等に鎧兵などただの木偶の坊だということを教えてやれ!!」
「はっ!」
 威勢の良い返事を聞きながらカーマインは思った。
 さて、これで俺の任務は果たせるだろうが、マクシミリアンの狙いは成功するかな?
 実のことを言えば彼の軍もまた囮といえた。
 病身のジュリアに変わり、全軍の指揮を執っていたのはマクシミリアンだった。今日彼は傭兵国軍の防衛ラインを切断するつもりなのだ。
 カーマインの命令を受けたバーンシュタイン軍はすばやく行動した。まず中央の魔法兵部隊が前進し、詠唱を終えていた雷系の魔法を放ったのだ。
 目標は当然、密集していた鎧兵達。
 スタークベルクの平原で煌いた雷はここでも同様の威力を見せ付けた。
 それが消えた後に残ったのは地面に倒れ伏していたりヨロヨロと歩けるだけの幸運な鎧兵だけだった。
 一瞬にして鎧兵は壊滅してしまったのだ。
「続け!!!」
 カーマインは先頭に立つと、敵陣めがけて駆け下りていった。同時に両翼でも攻撃が始まり混乱する敵を切り伏せていった。
 傭兵国軍はバーンシュタインの罠にはまったのだ。
 
 
 
 あっという間に半包囲されていくヴェルシクリウス軍の姿はウェインのいる高台でも確認できた。
 なんてことだ・・・・・
 ウェインは呆然としていた。
兵力が劣る傭兵国軍にとり消耗は避けねばならない。だが、現実には1個師団が壊滅しようとしている。
 だが、まだ救いはある。
 ヴェルシクリウスは完全には包囲されていない。まだ、脱出の可能性はある。
「師匠早く助けないと!」
「おう、ドッズに命令を・・・!」
 ウェインはゼノスとハンスの進言に直ぐには答えを与えなかった。
 ことはそれほど単純ではない。
 救助に兵力を割くのはこの陣地の守りを低下させてしまう。ことを急ぐ必要はあるが、それを考えないわけにはいかない。
いや、しかし・・・
 ヴェルシクリウスの隊を助けるにはやはりドッズの部隊を出す必要はある。
 このまま、何もしなければ、彼等は全滅してしまう。
 賭けるしかない。
「ドッズの隊を出そう。」
 だが、その命令は必要なかったかもしれない。ドッズの部隊は既に出撃していたからだ。
「ドッズ様の師団が出ました!ヴェルシクリウス様の救助に向かっています。」
「全軍でか?」
「はっ!前衛陣地には誰も残っておりません!!」
「ゼノスさん。後衛部隊を全部前に出します。」
「全部か?」
「ええ、前からの敵の襲撃に備えなくては。」
「前からの?」
 怪訝そうに聞くゼノスにウェインは答えた。
「陣地の守りが手薄なこのときを狙って敵の全軍が出てきたら大変なことになります。」
 少なくとも、あのマックスならそれくらいのことは考えるだろう。
 ウェインの予感は不幸にも的中していた。
 半包囲されているヴェルシクリウスの師団と、それを助けに向かったドッズの部隊。陣地の守備力が低下した瞬間をバーンシュタイン軍は待ち望んでいた。
「よし、出陣だ!敵の陣地を突破するぞ!!」
 マクシミリアンは号令した。
 バーンシュタイン軍3個師団が陣地から一挙に出撃した。目標は敵本陣である。
 
 
「バーンシュタイン軍押し寄せてきます。その数、3個師団!!」
「くそっ!これが狙いかよ」
 と、ゼノスは毒付いた。
 ヴェルシクリウスとドッズの隊は未だに陣地には戻れなかった。ドッズの援護でなんとかカーマイン軍から逃れられたものの3個師団のバーンシュタイン主力に遮られていたのだ。
 だが、彼等は前進を続けている。こちらが持ちこたえていれば陣地に彼等を収容できるかもしれない。
「ともかく防戦に徹しましょう!!」
 ウェインの直卒する後衛部隊は前衛陣地の守備についた。陣地は堅固であったが、守る兵力が通常の約半分では苦しい。
 だが、ここは守らねばならない。ここを通せば自分達には後がないのだ。
 ウェインは戦列の先頭に立って言った。
「敵は攻め上がってくる。そこを叩けは恐れるに足りない!!」
 丘の上にある傭兵国軍の陣地をめがけてバーンシュタイン軍が喚声を上げながら突っ込んでくる。
「放て!」
 待機した弓兵が一斉に矢は放った。それに続いて、魔導兵も次々と魔法を発動した。
 丘を登ろうとしている何人かの歩兵が運悪くそれを食らい、倒れていく。
 これに対して、バーンシュタイン側も弓兵と魔法で反撃を始めた。弓矢と魔法の応酬が陣地をはさんで行われた。傭兵国側は地の利で有利だったが数に圧倒されていた。少しづつではあるが、ファイアーボール、メテオ、各種魔法が彼等を痛めつけた。
 この間に歩兵部隊同士の激突が始まった。
「でやああ!!」
 ウェインの巨大な鎌が重戦士を葬り。横から切りかかろうとする剣士をなぎ払う。
 その合間にもウェインは指示を飛ばしていた。
 右が押されれば、そこに予備を投入し、敵が弱いと見れば反撃する。
 周りを見ると、鎧兵と歩兵がぶつかるだけあって、こちらが有利に戦いを進めているようだった。バーンシュタイン軍の密集突撃を何度も弾き返している。
 そこに、新たな報告が舞い込んだ。
「ヴェルシクリウスの隊が戻ってきました!!」
「戻ってきたか!!」
 ゼノスがホッとしたような声で言うと、ハンスが小さいからだの何処から出るのかという大声と、すばしっこさで、全軍にこのニュースを伝えていった。
 ・・・だが、被害は酷いようだな・・・
 と、ウェインはヴェルシクリウスの隊を見やった。
 この陣地に戻ることだけを考え、回復魔法の詠唱の間も惜しんでの退却だ。損耗は必然だった。誰もが傷を負い、兵力は3分の2に減っている。
 それでも、彼等の帰還は傭兵を奮い立たせた。傭兵国軍は一歩一歩ではあるが、敵を押し返し始めたのだ。
 だが、ここで敵はゲームのやり方を変えた。攻撃を中止し、後退すると見せかけて、追撃に出た隊を袋叩きにしたのだ。だが、傭兵国側も馬鹿ではなく、これに応じなくなっていく。
 そして、時折、バーンシュタインが攻勢に出れば、彼等が使ったのと同じ方法で反撃した。
 何時果てるともなく、消耗戦が続いた。
 だが、やはり多勢に無勢であった。もともと兵力で劣る上に朝方の戦闘でヴェルシクリウス隊が大損害を出していたことが響いてきたのだ。士気の高揚も時間の経過と疲労の蓄積で次第にそぎ落とされた。これに反して、バーンシュタイン側は波状攻撃で常に新鮮な兵力で攻め立ててくる。3個師団を押しとどめるには力不足だった。
 バーンシュタイン王家の旗がしだい次第に陣地に近づき、やがて、櫓が又一つ、又一つ焼け落ちていった。
 
「ハーヴィック連隊長戦死!!」
「予備隊を回せ!それから、逃げてきた奴等を再編して、後方の守りを固めろ!絶対突破させるな!!」
 次々と届く戦況不利の報告に声をからして、ウェインは指示を出した。
 ・・・突破させるな・・・か
 俺達は完全に裏をかかれた。陣地の外での戦いに注意をむけさせ、陣地が手薄になったところで隠しだまの部隊が突撃してくる。
 三線に作られた防衛網はうち2つを突破され、最後の陣地にバーンスシュタイン兵の攻撃が始まっていた。
 気付けばウェインの周りには倒れた櫓や柵の残骸そして、つい昨日まで生きていたに違いない兵士の遺体が転がっている。
生き残りの兵士達にも疲労の様子が見える。あのゼノスやハンスにしても動きが鈍り始めていた。
 そういう俺も、人のことは言えないか・・・
ウェインも無傷ではない。いたるところに傷があり、鎧にもひびが入っている。
「伝令!敵軍はすでに一部の区画を突破しつつあり。」
「閣下!ご指示を!!」
 報告に訪れる伝令、指令を求める指揮官達の顔は救いを求めているのような顔だった。
 状況は絶望的だった。
 このままでは・・・負けるのか?
 ウェインは自問した。
 傭兵の国は、傭兵達が自らの生活する場所をもとめて作ったこの国はなくなってしまうのか?
 違う、違う。
 何か方法があるはずだ。
 まずは、落ち着け、落ち着け。
 ウェインはそう自分に言い聞かせ、部下に尋ねた。
「どこまで敵は来てる?第三防衛線はどのくらい押されている?」
「敵の戦闘部隊が最後の防衛ラインの中核に迫っています。しかし、他の場所ではまだ突破されていません。」
「まだ持つか・・」
「今のところは。」
「・・・そうか、撤退しよう。」
 ウェインは命じた。
「全員この陣地を捨て、シュワルツハルズ村に退却する。」
「しかし・・・逃げるんですか!?ここは絶対防衛ラインのはず・・・」
 反対する兵士の前に敵兵が躍り出る。ウェインはその剣を受け止め、付き返した。
 傭兵国の戦列はもう崩壊寸前だった。
「このままでは全滅するだけだ。我々は生き残らなければならない。」
 
 
 どうやら、勝ったな。
 マクシミリアンは友人が指揮しているに違いない、敵軍が崩壊しつつあるのを眺めながら思った。
 伝令の報告が、その思いを裏付けた。
「第4師団から連絡、我突破に成功しつつあり!」
「第3師団より連絡、敵軍の包囲に成功しつつあり。」
 本陣は突破寸前、朝方にこちらの誘いに乗った敵軍も包囲した。もう勝負はついた。それは、傭兵国が風前の灯であることを知らせている。
「よろしいのですか?」
 辺りから、部外者がいなくなったところで、小声で部下のグラットが耳打ちする。
「これでは、我々の計画が・・・」
「とはいっても、あれだけの損害を受けていたんだ。こうしないわけにも行かないだろ?」
「は・・・」
「かまわないさ。そのための準備もしてあるからな。」
 とはいえ、もうしばらく、傭兵国にはウェインにはがんばってもらいたかったけど・・・
 これが彼の限界なのかな?
 グラットの後ろに人影が立ち、何事かを彼に伝え、手紙を手渡した。それを終えると、人影は自分が幻だったと主張すかのように、その場から姿を消していた。
 その正体を知る、マクシミリアンは言った。
「連絡者か・・・何を伝えてきた?」
「良い知らせです。」
 グラットは、手紙を差し出した。それを見たとき、マクシミリアンの顔に笑みが浮かんだ。
 傭兵国の陣地はその後少し持ちこたえたがやがて、バーンシュタインの軍旗が翻った。突破に成功したのだ。
 
「後退!!後退!!」
 傭兵国軍の指揮官達の声が飛び交い、部隊は次第次第に陣地から離れつつあった。
 離れつつあるといっても、壊走ではなく、秩序だった退却だった。追撃してくるのものには反撃し、後ろへと下がっていく。しかし、圧倒的多数の敵に追われているのだ。ジリジリと兵力は削がれていった。
 勝ち誇ったバーンシュタインは猛追撃の態勢に入った。
 彼等の後続部隊すらももう無人の傭兵国軍陣地に次々と足を踏み入れていた。
 今だな。
 ウェインが目配せすると、魔法兵達が一斉にファイアーボールの魔法を放った。
バーンシュタイン軍はこれを無視して、追撃を強行しようとしたが、そのファイアーボールが命中するやそれどころではなくなった。
 それは兵士には当たらなかったが、油が沢山詰まっている小屋には命中したからだ。猛烈な炎が各所から上がり、それはさらに周到にも外に集められていた枯れ草にも引火しバーンシュタインン兵に襲いかかる。
 彼等の足が完全に止まった。
「今だ!逃げるぞ!!」
 傭兵国軍は一挙に走り出した。
 それは傭兵国軍に撤退の十分な時間を与えたのだった。
 
 
 
 心配していた追撃軍はやってこなかった。傭兵国軍は脱出に成功しつつあった。だが、それはささやかな慰めでしかなった。
 疲れきり、地面や石に身を横たえながら、兵士達は顔を見合わせる。
「もう、勝てないのか俺達は・・・」
 スタークベルクで破れ、シュワルツハルズさえも守りきれそうに無い。
 時はあたかも夕暮れ時。
 太陽が西に落ちていく光景。
 それが、この国の自分たちが始めて掴んだ故郷がなくなることを象徴しているように見えた。
 そして、その原因は自分達にある。一時の勝利に必要以上に相手を軽んじすぎていた。そんな思いが彼等の胸にこみ上げてきていた。
 だが、彼なら、自分達の最高指揮官は違う考えがあるのかもしれない。多くの傭兵達はそう思いたかった。それが唯一の希望であるように思えたからだ。
 そのウェインは休止している部隊のほぼ中間にあって敗残兵の収容、そして被害についての報告を受けていた。
 死傷者は約3000人、うち死者は1000人を超えていた。完全な敗北である。
「まあ、敵の追撃が無かったのは良かったな。」
 周りの様子を気にしてかゼノスは少し明るそうな口調で言った。ハンスも相槌を打つ。
「そうだね。思ったより大人数で脱出できたみたいだしさ・・・」
「そうだな。」と、ウェインは答え、視線をかつて自分達の陣地であった場所に目を向けていた。
 ハンスが何か言おうとしたが、彼とは又別の人物が声をかけてきた。
「ウェイン閣下。」
「ベルシクリウス・・・それにドッズ」
 2人はかなりの深手を負っており、立っているのも難しい様子だった。彼等は倒れるようにウェインの前に来ると地面に片膝をついた。
「ウェインいや、ウェイン閣下。・・・俺は間違っていた・・・・戦果に目がくらみ・・・こんな結果に・・・」
 彼は許せなかった。ウェインの主張は傭兵のための国という概念そのものを崩しかねない。それをバーンシュタイン上がりの男が唱えるのが我慢ならなかった。
 だが、そのウェインから発言力を奪うために行った戦闘が傭兵国の絶対防衛線を崩壊させてしまったのだ。
 嗚咽交じりの声でベルシクリウスは言った。
「頼む、俺に死を命じてくれ・・・俺は」
 ここにいる資格はない
 しかし、ウェインの答えは否だった。彼は首を振り、ベルシクリウスの肩の上に手を置いた。
「その必要なないですよ。」
「だが・・・」
 ウェインはもう一度首を振り言った。
「それなら、代わりに今まで通り、貴方の師団をまとめて下さい。」
 そして
「これから、俺達は我々の陣地を奪回します。」
 ベルシクリウスだけではなかった。ゼノスもハンスも驚きの表情で自分達の指揮官を見つめていた。
 
(つづく)
更新日時:
2008/01/01 

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Last updated: 2012/7/8