◆ 錯綜 ◆
ブロンソン村。
かつて、傭兵達が独立を求めて決起した時、彼等が重要な拠点とした村である。
その村にウェインは本営を置いた。空き家があいていたのでそこが臨時の総司令部だ。大きな机が運び込まれ、その上に大陸の地図が広げられている。そこに、傭兵国軍とバーンシュタイン軍の戦況が黒い石と白い石によって表された。
つい、2週間前までは白い石はバーンシュタインの首都付近にまで迫っていたが、現在は元の国境線にまで後退していた。その数を著しく減少させながら。
その場にいた者たちはそれを暗い表情で見つめていた。彼等は勝利を疑わなかった戦いに敗れ、動揺していた。
その場を束ねるべきウェインもまた、暗澹たる表情にならざるを得なかった。
「完敗だな・・・」
ウェインは窓から見える自軍の様子を眺めた。
すでに、彼はゲルハルトの遺言を受け取り、それを受けて傭兵国の執政委員長となった。平時であれば、その就任式が執り行われる筈だが、そういったことが今後出来るのかは甚だ不透明だった。
彼の視界を埋めるのはスタークベルク会戦の後、命からがら退却してきた傷だらけの兵士達だった。
その衣服は薄汚れ、
疲労でぐったりとしているもの、
死んだように眠っているもの、
傷にうめき声を上げて横になっているもの、
彼等に取り付くように回復魔法を使えるもの。
その光景がウェインの言葉の正しさを実証していた。
「残存戦力は?」
ウェインの問いにハンスは彼らしくないつかれた口調で答えた。
「12000・・・・くらいなか・・・」
普段気の強いドッズも力なく呟くしかなかった。
「3分の2がやられたのか」
先のバーンシュタイン侵攻に傭兵国は33000人を動員した。そのうちの3分の2があの会戦とその後の追撃で失われた。主力兵器の鎧兵も最精鋭のものが失われた。
まさに悪夢である。
「バーンシュタイン軍の動きは?」
「スタークベルク入城後は動きがありません。」
「せめてもの、救いだな。」
「そうともいえない。」
ウェインは言った。
「気候はいつまでもこのままじゃないだろう。気候が好転すれば、奴らは攻勢にでるだろう。もともとの領土を取り戻すために。」
両国の戦力バランスは大きくバーンシュタインに傾いている。攻勢にでる可能性は十分にある。
「・・・・となると、奴らの目的地はここか・・・」
「防戦か、攻められっぱなしというのは気に食わないな。」
ウェインは指示を出した。
「侵攻部隊の残存兵力と国境守備隊を併せて3個師団を再編して国境の守りにつかせよう。」
国境、特にこの村周辺の防衛陣地を強化してバーンシュタインの反攻に備える。
それが、ウェインの出した結論だった。
ヴェルシクリウス達は不承不承ながらその指示に従った。彼等にも理解できていたのだ。突破されてしまえばせっかく作り上げた自分達の故郷が無くなってしまう事を。
集まりは、それから30分ほどして終わった。
参集していた諸将はすでに自分の部隊へと戻り、部下の掌握と再編の作業に入っていた。
部屋に残っていたのはウェインとゼノスの2人だけだった。
「ウェイン。」
「何ですか、ゼノスさん。」
ゼノスの呼びかけにウェインは振り返った。
ゼノスは傭兵国のトップが一般隊長にさん付けはないだろう?と苦笑していた。
「皆忙しそうだ。」
「そうですね。」
「俺も、この部屋の外に出ようと思う。・・・ここはお前一人になる。そして、俺は、当分この部屋に人を入れる気は無い。」
「ゼノスさん?」
「お前が、一人でこの部屋に居る間は何もしても誰にも分からない。」
ウェインは押し黙った。
「俺は・・・」
ウェインが言葉を言い終える前にゼノスは部屋から出て行った。
「悲しめる時に悲しんでやれ。誰にも邪魔はさせないからな。」と、去り際に言い残し、ゼノスはドアを閉めた。
部屋に居るのはウェインだけになった。彼は何をしたら良いか分からないとでも言うようにドアの方向を見つめていたが、やがて、彼の視線は部屋の隅にある机に向かっていた。
その上には資料が山積みになっている。その中からウェインは一枚の紙を取り出した。
この戦いで死んだ戦死者の氏名のリストだった。
彼が持っている紙にはアリエータ・リュイスという名前の魔法兵がどのような最期を遂げたのかが記されていた。
第3師団第4魔法兵中隊所属 アリエータ・リュイス。
スタークベルク会戦後の退却で彼女は味方部隊の最後尾で追撃してくるバーン巣シュタイン軍を妨害した。
彼女の魔法のお陰で味方は逃げるための時間稼ぎができました。しかし、彼女は詠唱のため逃げるのが遅れました。・・・そして、敵に取り囲まれ、その囲いから彼女は2度と出てきませんでした。
アリエータと同じ隊にいた生き残りの兵士の証言である。
行かせなければ良かった。
たとえ、断ることで自分の地位や命が危うくなっても、せめて、自分の所に置いておくべきだった。
それなのに・・・俺は・・・・
彼女を行かせてしまった。
後悔しても、後悔しても、彼女は戻ってこない。
もう取り返しがつかない。
もう、どうにもならない。
だが、そう心の中で繰り返しても、大きな喪失感は去ってはくれなかった。
悲しみは去ってくれなかった。
紙上に小さなシミが出来た。
ウェインが目に手を当てると、目から何か熱いものが流れ落ちていることを知った。
「大事な人を亡くしたのは俺だけじゃないのに・・・な」
ウェインは呟いた。
確かにその姿が戦いに望む指揮官のあるべき姿ではない。しかし、今はここには誰も居ない。仲間も、敵も、部下も、
そうか・・・泣いてもいいんだ。
彼は床に座り込み、手を床につけて、嗚咽した。
悲しみ、悔しさ、後悔。
自分の身に封印していたものをウェインは言葉で、涙で表現した。
この後、彼にはこういうことは赦されない。
彼に残された大切な人々にアリエータと同じ運命をたどらせないためにも。
きっと、彼女もそう望んでいるに違いない。
都市スタークベルクはすでに解放された。
この都市を守るために郊外に作られた砦は激しく損傷しており、あのまま包囲が続けば陥落していただろう。
だが、傭兵国軍主力の壊滅と共に包囲軍は撤退した。包囲が始まってから2週間後のことだった。
バーンシュタイン軍は市民や守備兵の喝采を浴びならがこの町に入ってきた。それからさらに3日が過ぎていた。
人々はようやく、戦時下の息苦しさを感じながらも普段の生活を取り戻しつつあった。
その様子はジュリアのいる領主の館の最上部からも良く分かる。まだ少ないが店が開き始め、そこに人が集まっているのがわかる。彼女はそれを何も言わずに眺めていた。
「ここにいたのか。」
後ろから声を掛けられたジュリアは振り返り、苦笑した。
「マイ・ロード。」
カーマインはジュリアの隣に来ると、彼女と同じように町を見下ろした。
「まったく、無茶したな。今回は。まあ、今に始まったことじゃないか。・・・まだ、痛むのか?」
心配そうにカーマインはジュリアが怪我をしたところを見つめていた。もう傷はふさがっていたが。
「ばれましたか。」
「あたりまえだ。」
「マイ・ロードこそ、あの戦いの中で手傷を負われたのでは?」
「俺を誰だと思ってる?」
「・・・そうですね。でも、」
ジュリアはカーマインの腕に出来ていた傷に手を触れた。
「あなたでも、手傷は負われているのですね。」
「これは、ウェインにつけられた。」
「え?」
ウェインという名前はジュリアも聞いていた。バーンシュタインを裏切り傭兵国に身を投じた若い騎士。部下であるシャルローネは昔彼の仲間だった。
「奴め、見ない間に強くなった。」
「マイ・ロードも彼に会ったことが?」
カーマインは頷いた。
彼がローランディアの騎士であったころ、堰決壊の犯人として追われていたウェインを保護したことがあった。
「あいつが傭兵国に寝返るなんて考えもしなかったよ。」
インペリアルナイトになるのが夢だ。と言っていたんだけどな。
まったく
「分からないものですね。」
と、ジュリアは答え、町の様子に視線を戻した。何かを考え込むような表情で。
「・・・何か気になることがあるのか・・・?」
「はい。」
「シュナイダーのことか?」
「マイ・ロード。貴方も・・・」
「奴は2年前は何が何でも戦争に反対していた。・・・それが今度は真っ先に戦争に訴えることを主張した。」
そして、マクシミリアンはこの街に来ている。軍事顧問としてだ。
カーマインとジュリアの脳裏に先刻の会議の様子がよぎった。マクシミリアンは傭兵国本土への侵攻ではなく、時空制御等の確保をしきりに迫っていた。その執着はやや異常と呼べるほどに。
「まあ、何を考えているかはしならいが・・・エリオット王も信頼されているし、何より名宰相として復興に携わってきた彼のことだ。気にすることもないのかもしれませんが・・・」
「そうだな。」
カーマインは頷いた。
ジュリアも俺も考えすぎなのかもしれない。
別にマクシミリアンに対して何か含むところがあるわけでもない。
「それはさておいて・・・」
カーマインは声色を変えて、ジュリアに向き直った。彼女が「何か?」という顔をしていたが、彼は彼女のの頭に手を当て髪の毛をくしゃくしゃにした。
「マイ・ロード何を・・・」
「マクシミリアンの心配よりも、お前は会議には十分耐えられる状態かもしれないが、出歩くには問題ありだぞ。あまり無理するなよ。」
「私はもう・・・」
ジュリアは抗弁しようとしたがカーマインは彼女の肩に手を置いて、中に入るドアのほうに体を向けさせた。
「大丈夫なものか、エリオット王から呼ばれているんだろう?今のうちに休むんだ。」
「しかし、マイ・ロード。」
「これは、命令だぞ。」
「・・・・・・・わかりました。」
根負けしたようにジュリアは苦笑すると、下に下りる階段のほうに歩いていった。
カーマインは彼女の後ろについていこうとした時、下の廊下を歩く1人の老将軍が目に入った。それが誰であるかは、すぐに見当がついた、マクシミリアンの腹心、ローガンだ。
何をしているのだろうか?と疑問も湧いたがカーマインはそのまま、ジュリアを部屋に連れて行った。
・・・ここは・・・
眩しい。
健康的な太陽の光が、その少女の目を覚ました。
少女はひどく戸惑った様子であたりを見回した。
そこは、ごく普通の部屋だった。その中で彼女はベットの上にいる。
「生きているの・・・・私?」
彼女の記憶では、自分はひどく禍々しい光の中に居た。魔法攻撃が炸裂するたびに発せられる光、林立する剣や槍が放つ不気味な光。
ときおり聞こえてくる断末魔の悲鳴。
やがて彼女は剣と槍に取り囲まれ、それが一斉に自分に向かってくる。
そこで、彼女の記憶は途切れていた。
私は、彼との約束を守れなかった。生きて帰ってくるという約束を。
彼女はそう思いながら意識を失った。だが、現実に自分は生きている。
周囲の様子はどう見ても天国や地獄には見えない。
剣で斬られた部分を撫でると、鈍い痛みが走ったが、傷は無くなっている。誰かが治療してくれたのだろうか?
突然、部屋のドアが開いた。
ビクリとしながら彼女がドアを見るとそこに老齢の武人が立っていた。そして、彼は彼女の名前を呼ぶ。
「気がついたようだな。アリエータ・リュイス。」
アリエータは恐る恐る武人に尋ねた。
「あの、ここは・・・?」
傭兵国の領内ではないだろう。あの状況で自分が傭兵国に戻っているわけはない。
「バーンシュタイン王国、都市スタークベルク。君は捕虜ということになる。」
その言葉にアリエータは顔を強張らせた。指を見るとリングウェポンは外されている。服も防具は外され、質素な布の服になっていた。
「捕虜に武装する権利は無い。だが、心配することはない。我々は捕虜の扱いには寛容な軍隊だからな。」
確かに、バーンシュタイン軍は今から数世紀前に結ばれた、「陸戦の法規慣例に関する条約」。通称グランシル陸戦協定の規定にある「捕虜は粗略に扱ってはならず、いわれの無い不名誉な暴力から保護されなければならない。」という条項を忠実に守っており、そのことは他国からも賞賛されていた。
「もう、歩けそうかね?」
「はい・・・」
「そうか、それでは来てもらおう。マクシミリアン様が是非君に会いたいとおっしゃっているのだ。」
「マクシミリアン・・・」
バーンシュタインの宰相に若くして就任し、その手腕を発揮している有能な政治家。としかアリエータは知らない。
「そう、硬くなることは無い。」
マクシミリアン様はウェインの親友なんだよ。
「ウェインの・・・」
彼の名前を聞いた瞬間アリエータははっとする。
彼はどうなったのだろう?
あの敗戦の中無事に本国に辿り着けただろうか?
「彼は・・・どうなったのですか?」
「生きているよ。」
ローガンは答えた。
「どうやら、ブロンソン村に辿り着いたようだ。」
その、答えにアリエータは胸をなでおろした。
だが、別の不安が湧き上がった。
ウェインにとってアリエータはかけがえの無い存在だ。そして、それはバーンシュタインにとって自分は人質としての価値を持つ。ということだった。
そのことを意識しているのかは分からないがローガンは続けた。
「まあ、ついでながらに言えば、私も彼とは知り合いだ。士官学校で彼を教えていたのは私だからな。・・・ローガンといえば彼もわかるだろう。」
ウェインはバーンシュタインにいたころのことをアリエータに何度か話したことはあったが、あまり突っ込んだ話はしないようにしていたし、アリエータも詳しく聞こうとはしなかった。
彼にとってそれは決して楽しいことではない。かつての仲間や恩師は敵になったのだから。
話せる時期になったら話てくれればいい。そう思っていた。
それにしても、マクシミリアンが一体、何の用だろう?
アリエータはローガンに導かれて部屋の外に出た。
見事な花や芝生のある庭がそこにはあった。右側に大きな屋敷があり、自分が居た部屋は離れの小屋のようなものだったのだろう。
その庭には彼女が知っている人間の顔が幾人かあった。傭兵国の高級指揮官達だった。
「傭兵国の捕虜は大部分がこの町の郊外にある施設に収容させているが・・・彼等のような将校は多少の例外もある。」
と、ローガンは説明した。
「何故、私がその例外の中に入ったのですか?」
少なくともアリエータは傭兵国軍の重要な機密を握っているわけではないし、将校でもない。
「それは、マクシミリアン様たってのご希望だったからだ。」
マクシミリアンの居る所はその屋敷の中にあった。右に見えた大きな屋敷の隣に2周りほど小さな屋敷があった。そこの一室に彼は居た。
部屋の前に来て、ローガンはドアにノックした。
「入れ。」
「失礼します。」
ローガンはドアを開け、中にアリエータを案内した。
部屋には沢山の本棚がありそこにはぎっしりと本が並べられていた。だが、それだけでは足りずに床にも本が置かれている。
部屋の西側に机があり、そこで分厚い本に目を通している青年がいた。
青年は本に注いでいた視線をアリエータに向けた。
「ああ、来たか。まあ、ここにかけてくれ。」
と、彼の机の前にある椅子を示す。
・・・この人が・・・
彼こそが、バーンシュタイン王国宰相マクシミリアン・シュナイダーであった。
その服にはバーンシュタインの宰相にしか許されない紋章が刻まれている。
アリエータは戸惑いながらも椅子に腰掛けた。
「まあ、楽にしてくれ。君とは全く縁が無いわけでもない。」
「ウェインですか?」
マクシミリアンがローガンのほうを見遣ると老将軍は頷いた。
「ああ、聞いていたのか。その通り、私とウェインは親友だった。君をここに呼んだのは・・ああ、彼の向こうでの様子を知りたかったからだ。」
ああ、政治的なことは話さなくてもかまわないよ。日常の本当に普通な彼ことを話してくれればいい。
「・・・そうなのですか?」
アリエータは政治的な事柄を除いて傭兵国でのウェインの様子を伝えることにした。
マクシミリアンはそれに耳を傾け、時には相槌を、時には意外そうな顔をしたりしていた。
話は30分くらいは続いた。
「・・・・そうか、ありがとう。向こうに行ってもウェインはあまり変わっていないようだ。」
と、マクシミリアンは言った。
「もう、いいのですか?」
「ああ、申し訳ないが。元の部屋に戻ってくれ。一応君は捕虜だからね。」
アリエータは席を立った。
「君は、古代のグローシアンだそうだね。」
「ええ。」
「昔の君がいたころのグローシアンの世界に戦争はあったかね?」
それに、答えようとしたアリエータの目がマクシミリアンの目を合った。
その時、彼女の背筋に寒気を感じた。
気の遠くなるような昔の記憶が蘇る。
まだ、ヴェンツェルという名の君主が居たころの記憶が。
だが、それを感じたのはほんの一瞬だった。
「どうした?」
答えないアリエータを怪訝に思ったのかマクシミリアンが声を掛けてきた。
「・・・すみません。・・そのグローシアンの世界にも戦いはありました。規模はそれほどおおきくありませんでしたが・・・」
「そうか、昔から今まで人は戦いから解放されてはいないのだな・・・」
マクシミリアンは呟くように言った。
「ウェインが士官学校に入ったのはインペリアルナイトになるためだった。だが、私は戦争を無くすために、戦争を知ろう。そう思って士官学校に入学した。」
動機としては不順かもしれないが、本当に戦争を無くすために、そこで得た知識を使うつもりだった。
だが
「いまでは、ウェインは傭兵国の将軍。そして、私はバーンシュタインの宰相。誰かが戦争を無くせばどんないいいだろうな。」
アリエータは無言でマクシミリアンを見つめていた。
「・・・話しすぎたようだ。」
マクシミリアンは視線をアリエータからそらした。ローガンは頷くと、アリエータを外の廊下に導いた。
自分の部屋に戻る途中アリエータは外の景色を眺めた。まだ陽は高い。
ウェインはどうしているだろうか?
早く、生きていることを知らせたい。そして、逢いたい。
今はそんなことは儚い希望でしかないことを彼女は知っているが、そう思わずにはいられなかった。
そして、彼女にはもう一つ気になることがあった。
マクシミリアンの目だ。
視線が合ったときに彼の瞳に感じたものは、鈍い光。
強い意志が魔力によって歪められた光。
それを宿した人間のことをアリエータは思い出す。
グローシアンの王 ヴェンツェル。
そして、自分自身。
ゲーヴァスに精神を犯され、その意志を歪められたときに宿った光。
それが、何故あの宰相にあったのかは分からない。
偶然なら、自分の思い違いなら・・・と、アリエータは思わずにはいられなかった。
まさかゲーヴァスが蘇ったわけではないだろう。
だが、これから何が始まるのだろう?
アリエータはそれに対する答えを導き出せずにいた。
「どうなのだ?あの少女は?」
マクシミリアンは本に視線を落としながら、傍らに控えている男に尋ねた。
「流石はグローシアンです。尋常な魔力ではありません。我等の計画にはうってつけの人材です。」
感情を感じさせない無機質な声で男は答えた。
「計画の大きな弾みなるでしょうね。」
「そうか」
先刻の会話の本当の意味は、あの少女、アリエータがどれくらいの魔力を持っているを調べることだった。
その結果はマクシミリアンを満足させるものだった。
「クラッド。」
マクシミリアンは傍らの男に言った。
「明日から早速その魔力を使わせてもらおう。新しい理想の世界のために・・・な。」
「御意。」
それだけ言うと、クラッドは姿は消えていた。明日からの準備に入ったのだろう。
一人だけになった部屋でバーンシュタインの宰相は昔の友人の名前を口にした。
「ウェイン」
私は政治家になってから失望ばかりだった。結局役に立ったのは士官学校で習った軍事知識。
「もっと他の事に使うはずだったんだぞ。」
人間ははやり愚鈍な生き物だ。
ほんの些細なことで同属同士が殺し合い、それをだれも止めない。
止めようとさえ思わない。
だが、この私はそれを止める方法を知っている。
あのグローシアン。
報告は聞いているよ。君と一緒に住んでいるそうだね。まあ、そういう人なんだろう。君が守りたいと思っている人、かけがえのない人なんだろうなあの少女は。
だが、私は戦争を止めるために彼女の犠牲を必要としている。
そんなことを言ったら君は物凄く怒るだろう。
でも、君は理解してくれるだろう。
そういった感情から君は解放されるだろうから。君だけではなく世界中の人がそうだ。
そして、この行為は世界から戦争を追放し、人々を幸福にする唯一の方法なのだから。
マクシミリアンはそう信じて疑わなかった。
何故ならバーンシュタインの宰相が約束する新世界は人が争いとその元になる全ての非合理な感情から解放された世界であるからだ。
彼の確信を保障するように彼の手にある古代の仮面が神々しい光を放っていた。
(つづく)
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