10      The Snow War 第2部
 
 
◆ スタークベルク会戦 ◆
 
 
 その日の朝、兵士たちはいつもより早い朝の食事を取った。
 メニューは牛肉のソーセージ、豆のスープ、そして牛乳だった。
 兵士の喉から、スープの温かさが全身に染み渡った。外の寒さは例年いない寒さだが、着込んだ防寒具や様々なアイテムがそれを和らげていた。
 
 食事の時間が終わると兵士たちは整列を命じられた。昨日の夜、彼等の司令官は今日が決戦の日になることを訓示した。
 彼等とその司令官とはもう2年間行動を共にしてきた。バーンシュタインが傭兵国に敗れて後の北方山脈の開拓に彼らもまたその護衛として参加していた。
 司令官の指示はまさに的確だった。彼らは自らの司令官の力量に全幅の信頼を寄せていた。
 それにここは自分たちの土地、そして助けに行くのは同胞である。
 彼等の士気は旺盛だった。
 決戦の準備は終わっていた。十分に食い、眠り、寒さへの備えも怠りない。
 戦いが始まる前の緊張感があたりに漂っていた。
「前進せよ。」
 彼等の司令官が命じた。
 おりから、辺りには霧が発生していたが、その中をバーンシュタイン軍は進みだした。
 その隊列を見やりながら彼等の司令官、 ジュリア・ダグラスは呟いた。
「第5師団は目標までたどり着けただろうか?」
 参謀のベック少将が答えた。
「この霧です、おそらく敵に気づかれずに敵陣まで接近できるでしょう。・・・彼らは精鋭です。それを指揮していのも勇者です。きっと任務を果たしてくるでしょう。」
 三国戦争でのランザック侵攻から今日にいたるまで、参謀として自分を支えてきた。
 彼の言葉にジュリアは頷いた。
「そうだな・・・・」
 ジュリアはまだ少しだけ残っていた不安を打ち消した。
 彼女は指揮下の主力をここから2キロ前進させ、そこで待機する。
 そして、カーマインの部隊が所定の行動、つまり、敵陣への攻撃を開始次第、伝令を寄越すことになっている。
 その後が本当の勝負になる。
 ジュリアの目前にある霧はこれからのバーンシュタインと傭兵国の運命を暗示しているかのように曖昧模糊としていた。
 
 
「師団長、総員配置完了しました。」
「そうか・・・」
 朝方の霧の中から目を凝らして前方の敵陣を眺めながらカーマインは答えた。
 霧の中なので正確な敵陣の様子はわからないが、備えが薄いことだけは見ていて分かる。
 まだ、寝ている兵士の姿もチラチラ見える。
 ・・・・晴れていれば、もっとよく見えるんだろうが・・・・と霧を恨めしく思った。
 しかし、この霧が無ければ、彼の部隊はここまで傭兵国の陣地に接近できなかっただろう。霧が無ければ途中で見つかっていたはずだ。
「敵陣の様子は?」
「偵察隊からの報告では、まだ眠っているものもおり、守備は薄いとのことです。」
 奇襲にはおあつらえむきの状況といえた。
「攻撃を許可する。」
 伝令兵が四方に散った。
 やがて、後ろから赤い線を引きながら巨大な火の玉がいくつも傭兵国の陣地へと飛んでいった。
 そして、カーマイン自身も自らの魔法を発動させ、流星を天空に出現させた。
 爆発が傭兵国軍の陣地に連続して起こり、陣地は一瞬で炎に包まれた。
「よし、行くぞ!!!」
 彼は自分の周りに居る兵士に言った。兵士たちも雄叫びでこれに応えた。
「敵兵と適当に渡り合ったら、後退する。戦火を挙げようと考えるな!!敵を混乱さえることが目的ということを忘れるな!!」
「了解しました!師団長!!」
「突撃!!」
 
 
「て・・・・敵襲!!敵襲!!」
 陣地への魔法攻撃を見て、ラッパ手が狂ったようにラッパを鳴らし、陣地に異常を告げた。
「鎧兵を起こせ!!!」
「おい、こら!これは俺の鎧だぞ!!」
「敵は何処だ!!!」
「俺のリング・・・・・」
 朝方の奇襲に傭兵国軍は完全に不意を衝かれた。混乱する彼らに魔法と弓が降り注いだ。
 その混沌の中にカーマインたちは斬り込んだ。
 一撃の下に打ち倒される傭兵たちが続出し、鎧兵は機動を待つことなく破壊され、天幕は燃やされた。
 右往左往する敵の中を駆け抜けていたカーマインの目の前に高級指揮官らしい軍装の男とその護衛が現れた。
 彼らもカーマインに気がついたらしく武器を取った。
「貴族の犬め!!」
 槍が剣がカーマインに突き出される。だが、彼はそれをかわし、剣の一撃を見舞い、瞬く間に兵士をなぎ倒した。
 だが、彼等の指揮官は違っていた。
 カーマインの攻撃を受け流すと逆に攻撃を加えてきた。カーマインはなんとかその一撃をかわし、距離をとった。
 かなり熟練だ。
 槍の使い方、瞬発力、腕力も確かだ。
 指揮官は名乗った。
「私は、傭兵国第4師団長クルト。貴君は?」
 カーマインの名乗り返した。
「俺はバーンシュタイン王国軍第5師団長アルフレッド。」
 2人は互いに相手を見つめあうと、そのまま構えの体制を取ったまま動かない。
 どちらも相手の隙を見つけあぐねているのだ。
 だが、時間がたてばカーマインの不利になる。
 やがて、彼の周りには弓矢が落ちてくる。
 焦りが彼の中に生まれる。
 その時だった、カーマインに大量の矢が注がれた。それに対応するため、彼は剣でそれをはじこうとした。
「そこだ!!」
 隙を見出したクルトは槍を突き出した。だが、彼はカーマインが不適に微笑むのを見た。
 しま・・・罠!!
 槍の一撃をカーマインは交わすとそれを手ではさみ、剣を突き出した。
「うあ!!」
 クルトの腕から血が流れた。剣が腕に刺さっていた。
 クルトはカーマインから距離を取った。その時クルトの部下たちが助けに入った。
「師団長お下がりを・・・!!」
 クルトを取り囲むように広がり、カーマインに剣を向ける。
 そして、距離をとっていく。
 カーマインは追いかけようかとも思ったが、思い直した。深追いは危険だった。
 後ろから副官の一団が駆けてくる。
「師団長!敵の反撃が本格化してきました。」
「そうか」
 カーマインは短く応えた。
 そろそろ潮時だろうか・・・・
 傭兵国軍は立ち直りを見せていた。彼らも戦場で鍛えられた傭兵だ。指示が無くても何をするべきなのかを心得ている。
 魔法兵は準備を整え、鎧兵が次々に起動される。
「ゲオルグ!魔法兵部隊や弓兵は先に退却するように伝えろ!」
 カーマインは決断した。
「歩兵部隊もあと暫くしたら退却だ。」
「はっ!」
「し・・・師団長!」
 慄然とした部下が指差す先に鎧兵の堂々たる戦列が姿を現していた。
 その威容にカーマインですら息を呑んだ。
 黒く、頑丈な鎧と強い魔力を身に包んだ機械仕掛けの兵士。それが緊密な陣形を組んでこちらに向かってくる。その手に持つ鋭い斧は不気味な光を放ち、カーマインたちの視界を埋めていた。
 いくつかの部隊が不幸にも接触し壊滅した。
 暫くすると魔法の援護が途絶えがちになった。退却を始めた証拠だ。
 カーマインは命じた。
「退却!!!」
 彼の声にあわせて、部下たちは一斉に後ろに向かって走り出した。
 彼らに奇襲の成功をもたらした霧は次第に晴れ始めていた。
 
「突撃!!」
 鎧兵の指揮官は絶叫した。
 追跡は迅速だった。雲霞のごとく押し寄せる追撃の波にバーンシュタイン兵がまた一人、また一人飲み込まれていく。
「く・・・っヒーリング!!」
 孤立した兵士に少しでも生還の機会を与えるためにシャルローネは回復魔法を唱えた。瀕死の兵士が息を吹き返すが、すぐに周りからの集中攻撃を受け、とても助かりそうにない。
「あ・・・しまっ!!」
 回復魔法の詠唱に気をとられていたシャルローネに矢が迫る。
 だめ・・・逃げられない。
 ガキン!
 思わず目を閉じた彼女が目を開けると、 カーマインが矢を弾いている光景が目に映った。
「師団長!!」
「シャルローネ!今は逃げることだけ考えろ!!」
「・・・はい!!」
 カーマインは後ろの様子を見た。
 鎧兵は我先にと追いすがってくる。数は数える気にもならない。
 このとき、傭兵国軍第1軍団はカーマインの追撃に2万5千のほぼ全力を動員していた。
 だが、それはカーマインが任務に成功したことを示していた。
「師団長!!前方を!!」
 明るい声が報告した。彼は前を見ると口元に笑みを浮かべた。
 
 朝の霧が晴れ、傭兵国軍にもカーマインたちに見えたものが目に飛び込んだ。
「あれは・・・・!!」
 美しい紋章と金色に刺繍された旗が草原にたなびいている。紋章はバーンシュタイン王家を示すものだった。
 そして、その旗の下に国王の兵達が勢揃いしていた。
「バーンシュタイン軍の本隊・・・!!」
 彼らは気付いた。
 カーマインの部隊の奇襲そして退却は陽動だったのだ。自分たちをここに連れてくるための。
「全軍止まれ!!止まれ!!!」
 追撃のため、陣形は乱れていた。
 指揮官たちは狂ったように号令したが、何事も急に止まることは難しい。
 結局、彼らは陣形が乱れたままの状態でバーンシュタイン軍の前に飛び出してしまったのだ。
 ジュリア率いる第1軍団は中央に彼女が直率する第1師団、左右両翼に第2師団と第3師団を配し、さらに後方に予備として第4師団を配置するという陣形で傭兵国軍を待ち構えていた。
 
「傭兵国軍、現れました!!」
 敵軍の接近がジュリアに知らされた。もうこの目でもその様子が確認できた。
 それに続いて、第5師団が右に後退したとの報告が続いた。
 ジュリアは後者の報告にわずかに表情を崩したが、その顔はすぐに指揮官のものに戻っていた。
「将軍!!魔法詠唱完了しています。」
 ベックが告げた。
 魔法兵たちはすでに魔法の詠唱を完了していた。精神の集中により魔力は限界まで蓄積されている。
「撃て!!!!」
 ジュリアの命令に魔法兵たちは自らの魔力を解き放った。
 閃光がバーンシュタイン軍から閃いた。
 
 一瞬の静寂の後、幾千もの光の閃光が傭兵国軍に降り注いだ。
 その閃光をかすっただけで強力な鎧兵が破壊されていった。光は無遠慮に傭兵国軍を走り回り、その光の奔流の中に彼等を巻き込んだ。
 
 魔法が発生させた光の奔流が収まった時、傭兵国軍の戦列には大きな突破口が穿たれていた。中央の鎧兵がそっくりいなくなっていた。
「やったぞ!!!」
 と、一人が叫んだのを皮切りにバーンシュタイン軍は歓喜に包まれた!!
 一般兵から見れば無敵に見えた鎧兵をいとも簡単になぎ払った。その事実が彼等を喜ばせ、奮い立たせた。
 ジュリアは剣を振り下ろした。
「全軍突撃!!!」
 
 
 バーンシュタイン軍は一気に攻勢に出た。
 彼らは決戦に際して為し得る限りのことを行った。それに対して、傭兵国側は朝討ちされ、十分な準備なしにカーマインの部隊を夢中で追跡したため、装備は不十分であり、陣形は乱れていた。
 さらに、主力兵器である鎧兵を赤子の手をひねるがごとく破壊されたことによる心理的衝撃が傭兵国軍全体の士気を劇的に下げてしまった。
 兵数では依然、傭兵国側に分があったが、態勢の優位がいずれにあるのかは明らかだった。
 戦闘はジュリア軍のペースだった。
 傭兵国はその独立戦争時に多大な戦果を挙げた鎧兵を戦力の中核に位置づけていた。
 彼らはその戦列の第1列に最も強力な鎧兵を、2列目は弓兵と歩兵、3列目に僧兵をもって構成した。敵との会戦時には、この鉄のスクラムで敵戦列の中央を分断する。というのが傭兵国側の戦い方だった。
だが、今回は勝手が違った。魔法攻撃で前列の鎧兵はほぼ全滅したため、第1列は突破され、浮き足立っていた第2列もいくつかの地点では突破され、第3戦列を恐慌状態に陥れた。
 だが、傭兵国も反撃は諦めない。鎧兵の大半が無くとも、彼らは傭兵である。必死に戦いを挑むが、準備不足というハンディキャップは確実に彼らに不利をもたらした。
 
 自軍の優位を肯定する報告がジュリアのもとに届いてくる。
「第2師団、敵第2列中央部を圧迫。」
「第3師団、正面の敵第2列を突破!」
 そして、彼女が直接率いている第1師団も着実に敵を撃破しつつあった。
 戦況は有利だ。
「鎧兵をこれほど、簡単に葬れるとは・・・全く独立戦争での戦いが嘘のようだ・・・これで勝ちはきまりですな。」
 幕僚の一人がそう言うと、ジュリアはたしなめるように言った。
 事実、傭兵国軍は圧迫されてはいたが、その戦列はまだ健在である。
「まだ、戦いが終わったわけではない。あまり、油断するな。」
 彼女の思考は別の可能性に向けられていた。
 順調。
 順調すぎる。
 ならば、罠・・・?
 ジュリアが何か指示を出しかけた時、伝令が報告した。
「しょ・・・将軍!敵の後方に新手の鎧兵が!!!」
 ジュリアや参謀たちは敵の後方に目を向けた。
「あれは・・!!」
 ベックが驚きの声を上げた。
 後方に何処からともなく、鎧兵を中心とした部隊が姿を現していた。
「・・・・敵の増援か・・・!」
 ジュリアはうめくように言った。
 新たな傭兵国軍。それは、彼等が第1軍団とスタークベルク包囲軍の中間に配置されたいた部隊、予備隊であった。
 おそらく、敵の指揮官は追撃する前に、この部隊にも出撃を命じていたのだろう。指揮官はカーマインの部隊を追撃すれば バーンシュタインが待ち受けているのを知っていたのかもしれない。待ち伏せで多少の被害を受けるだろうが、全軍が一瞬で崩壊することはありえない。
 傭兵国軍は援軍がくるまで頑強に戦い、そして持ちこたえた。
 ジュリアは言った。
「敵も馬鹿ではなかった。ということか・・・・」
 
 
 
「閣下!援軍が到着しました!!」
「やっと来たか・・・!」
 第1軍団を指揮するゲルハルトはようやく来た援軍に目を向ける。
 予備として配置した部隊だが、その鎧兵は壊滅した第1列のものと劣らない種類だ。
 敵のほうに視線をやると、予期しない敵の出現に困惑している様子が見て取れる。
「ふん・・・貴様ら貴族の低俗なたくらみなどお見通しだ。」
 と、ゲルハルトは嘯いた。
「中央に振り向ける。バーンシュタイン軍の戦列を中央突破だ。」
「はっ!!」 指示を出し終えると彼は自分のリングから武器を呼び出し、巨大な棍棒を現出させた。
 そして、周りの将兵に叫ぶ。
「よいか!我々の敵はウォルフガング様を死に至らしめた雌狐 ジュリア・ダグラスただ一人!!!いまこそ我等の団長の恨みを晴らすのだ!!」
 2年前の戦闘においてウォルフガングはこの世を去った。
 最終決戦時に敵を追撃しようとした矢先、卑怯にも新手のバーンシュタイン軍の奇襲を受けた時の傷だった。
 その軍を指揮していのがジュリアだった。
ウォルフガングは彼らにとってかけがえのない存在だった。
 彼がいたからこそ、傭兵国の建国が可能になった。
 国の象徴。
 偉大なるリーダー。
 ありきたりな言葉で表せるものではない。
ウォルフガングを見知っている将兵から熱のこもった歓声があがった。
「俺に続け!!!!」
 ゲルハルトは軍の先頭に立って走り出した。
 勇猛無比。
 頼れる仲間。
 そして、なによりも同じ傭兵としての連帯感。
 それが、ゲルハルトをして傭兵国の主にならしめた。特に古参の傭兵たちにとってその傾向は著しい。彼等が主として仰ぐ者は「民主主義」などという世迷言を言う、元バーンシュタイン将校ではありえない。
 生粋の傭兵こそ指導者にはふさわしい。
 傭兵国は傭兵のための国家である。
 それを守るために戦うのだ。
 援軍の参入で傭兵国軍は一気に力を盛り返した。
 敵はジュリア・ダグラスただ一人!!
 
 
「第2師団被害甚大。押されています。」
「第1師団、援軍を求めてきています。」
 バーンシュタイン軍はそれまでの押せ押せムードから一転して守勢を強いられつつあった。
 ゲルハルトの中央突破作戦のために、バーンシュタイン軍の中央部は次第に後退を余儀なくされている。
「将軍!!このままでは・・・」
「うろたえるな!」
 ジュリアの声が動揺しかかっていた参謀たちを一喝した。
「ジグムント!お前は一個大隊を率いて右翼の第2師団、第3師団の応援に回れ!」
「はっ!」
「後方の第4師団に命令!敵の左右両面に回りこみ側面から攻撃をかけよ!」
 ジュリアは後方で予備として待機していた第4師団にも出撃を命じた。だが、その使用法は部下には奇異に聞こえた。
「中央の増援ではないのですか?」
 本来なら突破されそうな中央に増援するべきではないのか?
 しかし、ジュリアは同じことを繰り返した。
「そうだ。側面からだ。」
「はっ!」
 疑問を感じながらも部下は敬礼して、各部隊にその命令を伝達していった。
 それから、すこしして、第4師団が左右両翼に回り込んでいく様子が見えた。
 一方、中央部が相変わらず押しまくられている。
 ジュリアは後ろを振り言った。
「私も出る。残りのものは続け!中央の援護に向かう!」
 もう、大所高所から指揮を執る段階は過ぎ去った。
 あとは、自分も戦場に出るだけだ。
「将軍!お供します!!」
 ベックが言った。
 ジュリアは頷いた。
 彼女はまだ、後方で活用されていない兵力を必要な地点に送り込み、戦線を維持しつつその先頭にたった。
「ジュリア将軍!!」
 ジュリアの姿を認めると、兵士たちは歓声を上げた。
 彼らにとっては信頼すべき指揮官の出現意それまで、逃げ腰になっていた者も、踏みとどまって戦った。
 だが、そのジュリアの姿は当然傭兵国軍の目にも留まる。
 彼女の周りに傭兵国の兵士が殺到した。
「あれが、雌狐だ!!撃ち殺して名を挙げろ!!!」
 20体ほどの鎧兵が突っ込む。
 だが、彼女は慌てず、彼等の攻撃をかわし、反撃した。
「やあ!!」
 彼女の声が響き、一体の鎧兵が切り倒される。鎧兵が次の行動に移る前に彼女の剣があと2体の鎧兵を屠っていた。
「ええい!!たかが一人だ!かかれ、かかれ!!!」
 だが、攻撃は当たらず相変わらずジュリアの剣裁きに翻弄されていく。
 傭兵国側は倒されても倒されても、彼女に向かって鎧兵を突撃させ続けた。
 だが、彼女は倒れない。何度も何度も鎧兵の密集突撃を振り払った。
「・・・・化け物か・・・・・」
 傭兵国の兵士は絶句した。もう、100人、いや1000人くらいを相手にしてるかもしれないのに。
 流石に、これだけの敵を相手にするのは疲れるな・・・・
 ジュリアは自分の疲労を認めざるを得なかった。これだけの数を相手にすれば無傷というわけも無く、その傷は決して浅くない。
 状況が悪化しているのは彼女だけではなかった。彼女のいる中央部隊は既に倒れるものが相次ぎ、戦列は崩壊寸前だった。
 圧倒的な兵力の差を考えれば、バーンシュタインの奮戦は賞賛に値したが、戦列が崩壊しつつあるのは紛れも無い事実だった。
 そして、ジュリアは次第に味方の兵士から切り離され始めた。
「将軍!!」
 と、ベックが叫んだが彼とその部下は鎧兵の壁に遮られてしまった。
 孤立しつつあることを確認し、ジュリアは剣を構えなおした。
 すぐに攻撃が始まる・・・と思いきや、鎧兵は遠巻きに囲むだけで攻めてこない。そこに後ろから数人の男が姿を現した。
 鎧兵ではない。筋骨隆々とした肉体を粗野ではあるが、どこか尊大さを感じさせる服に身を包んでいる。
 その男の名をジュリアは知っていた。
「ゲルハルト・・・」
「覚えていただけて光栄だ。」
 忘れられるわけが無い。彼はウォルフガングの死後、傭兵国の実権を握ると、バーンシュタインに過酷な和平条件を追加させた。あまりにも高額な賠償金の要求。と、スタークベルク割譲の要求。
 後者は必死の抵抗で撤回させたものの、賠償金はさらに増額された。
 そして、和平締結時の傲慢な態度をジュリアは忘れていなかった。
 それだけではない。戦後、ゲルハルトはバーンシュタインに「貴族を倒せ。王政を打倒せよ。」としきりに国内で扇動活動を行うなど、内政干渉ともとれる行為を繰り返していた。
 もっとも、傭兵国側にすればそれはウォルフガングを失ったことへの怒りと、将来は発生するであろうバーンシュタインの報復への恐れが結合したものであったのだが。
「ウォルフガング様の仇を討たせてもらうぞ!!」
 ゲルハルトと彼の周りにいた4人が突っ込んでくる。
 皆かなりの猛者だろう。
「・・・・くっ」
 この傷で彼等を相手するのは分が悪い。
そう、ジュリアが思った瞬間、ゲルハルトは彼女の懐に入り込んでいた。
「食らえ!!!」
 巨大な棍棒が振り下ろされる。
「はあ!!」
 ジュリアは咄嗟に剣を振り上げ、それを弾く。
 そして、後ろに跳躍して距離を取った。
だが、息をつく暇も無く部下たちの攻撃が始まる。
 剣、槍、斧、棍棒が彼女に襲い掛かった。
 ジュリアはそれを防ごうとするがどうしても、動きが鈍くなる。
 右肩に焼けるような痛みが走った。レイピアが突き刺さっていた。
「うあ・・・っ!!」
 剣を落としそうなるが必死にその柄を握り締め、ゲルハルトの棍棒の一撃を防ぐ。
だが、それが限界だった。
 攻撃の衝撃で態勢を崩したジュリアは倒れこんだ。
「死ねええ!!!」
 ゲルハルトは再び棍棒を振り下ろす。
 これで終わりだ。
 これでウォルフガング様の仇が
 
 討てる。
 
 ジュリアは顔を上げ、何かを叫んだ。
その瞬間、彼女からすさまじい閃光が起こった。
 閃光はあまりに眩しく、力に満ちていた。光はゲルハルトの棍棒を砕き、彼自身もそして部下たちやまわりの鎧兵も飲み込んでいった。
 光の中でゲルハルトは自分の体が浮くのをはっきりと感じた。
 そんな感覚の直後に彼は地面に叩きつけられた。
 見える範囲を見ると部下たちが倒れているのが見える。一人として動いているのもはいなかった。
 負けたのか・・・俺は・・・
「ゲルハルト様!!」
 後ろから来た鎧兵がゲルハルトを抱えて後ずさる。
 彼の目には立ち上がって剣を構えているジュリアの姿が映っていた。
 鎧兵はただ、彼女を呆然と見つめているだけで、攻撃をしようとしなかった。彼女の法外な戦闘力に畏怖を覚えていたからだ。
たっている彼女はまさに不死身に見えた。
 だからこそ、倒れてはいけない。
 ジュリアは思った。実のことを言えば、立っているのももう限界だった。ゲルハルトたちを倒した技インフェルノ。全魔力を攻撃力に変換して全周囲の敵をなぎ払うこの技を使ったことで、彼女の疲労は限界以上に消耗していた。
 だが、一旦剣を下げてしまえば、鎧兵は自分が不死身ではないと知ってしまう。
だから、倒れてはいけない。
 
 その時ジュリアの後ろ側から歓声が起り、鎧兵の戦列がなぎ払われた。
「!」
「将軍!!」
 バーンシュタイン軍だった。
 彼らは自分たちとジュリアを遮っていた鎧兵を撃破したのだ。そして、その先頭に立つのはカーマインだった。
 彼らは彼女の奮戦に勇を得て反撃に出たのだ。
 マイ・ロード・・・・
「将軍、こちらへ!僧兵!!傷の手当を!!」
 さすがに今は「ジュリア」というわけにはいかない。2人は戦いの時には恋人ではなく上司と部下である。いままでもそのように振舞ってきた。
 カーマインはジュリアを担いで、後ろに下がらせた。
 僧兵が回復魔法を詠唱し、彼女を癒していく。
「戦況は・・・・?」
「ご安心ください、押し返しています。」
 カーマインは手で指差した。
 そこには、傭兵国軍を押し返していく、バーンシュタインの中央部隊の姿があった。
 この立ち直りに、傭兵国は驚きを隠せなかった。そして、さらに彼等を驚かせたのは両側面から攻撃を仕掛けてくるバーンシュタイン軍だった。傭兵国の戦列はその前面にすさまじい威力を現すように作られていたが、反面その側面からの攻撃に弱かった。その弱点を衝かれ、そのため、彼等の突撃は停止してしまったのだ。
 そして、ジュリアのもとに報告が届いた。
「伝令です!!」
「読め」
「第6師団、戦場到着、予定の如く行動する。 発 第6師団長ローガン中将」
 それは、大臣マクシミリアン直属の師団だった。彼等はジュリアの増援として派遣され、秘密裏に敵の背後に出るよう行動していた。
 ローガンは、両側面からの攻撃に苦戦する傭兵国軍の背後を衝いた。
 包囲は完成した。ジュリアの仕掛けた罠が完成した瞬間だった。
「やりました!将軍!敵を完全に包囲しました!」
 ベックはこの老将にしては珍しく興奮した面持ちで言った。
「やったか・・・・」
 ジュリアは急に全身から力が抜けていくのを感じた。気が緩んだのだろう。だが、それを振り払って彼女は命じた。
「全軍に命令!総攻撃だ。」
 
 
 包囲完成とともに、恐慌が傭兵国軍に襲い掛かった。全周囲からの攻撃を受け、まず最後尾の魔法兵部隊が、弓兵や僧兵の部隊が血祭りに上げられた。
 傭兵国軍は包囲を突破すべく、血眼になって隙を探したが、そうしている間にもバーンシュタインの包囲網は次第に狭まってきていた。
「包囲の環が狭まりつつあります!支えきれません!!」
「第4師団長、カウラス閣下が戦死!!」
 各方面からの絶望的な報告を聞きながら、ゲルハルトは自分が受けた体の傷と戦っていた。
 だが、インフェルノによって全身を強打していた彼がその戦いに勝利することは難しそうだった。
 彼の精神はあくまでも生きることを欲していた。
 傭兵のための国家を滅ぼしてはならない。
 その一念だけで彼はそうしていた。
 彼はその外交政策において、しばしば、バーンシュタインに必要以上の屈辱を強いたがそれは、傭兵をして2度と傭兵国建国以前のような状態にしてはならないという強固な信念からくるものだった。
 だが、体は言うこと聞こうとしない。
 力が抜けていく。
 彼は必死にその傷を治そうとしている僧兵に向かって、もういいという仕草をした。
「しかし、閣下・・・・」
「俺はもう生きて、国には帰れない。」
 近くにいた側近の一人、ヴェルシクリウスはゲルハルトの弱気に抗議した。
「何を弱気なあなたは、傭兵国の主でしょう!ここは退却し、捲土重来を期すべきです!」
 だが、ゲルハルトは首を横に振る。
「自分の体のことは自分が一番良くわかっている。」
 そう言った瞬間彼は口から大量の血を吐き出した。
「閣下!」
 血に咽びながら、ゲルハルトは言った。
「ヴェルシクリウス。お前に指揮権を譲る。」
「・・・・・・」
 無言のままのヴェルシクリウスにゲルハルトは北側を指差した。
「あれを見ろ・・・敵中央部隊と左翼部隊の間に僅かだが間隙出来ている・・・今がチャンスだ。あそこから突破するんだ。」
「ゲルハルト様・・・・」
「・・・・それから、ここを突破して、本国まで帰れたら、ウェインに執政委員長代理に任命すると言え・・・」
 思いがけない言葉にヴェルシクリウスは聞き返した。
「ウェインにですか・・・?」
 ゲルハルトは頷いた。
口惜しいが、この敗北で俺たちの国は動揺する。これを抑えるには、ウォルフガング様の弟という肩書きを持つあの男以外にはいない・・・・
 不満はあるにしてもそれだけの求心力を持つ者は今の傭兵国にはいない・・・
だが、
「もしも、奴が変な真似をした時には・・・お前が・・・俺たちの国の理念を分からせてやれ・・・お前なら出来るはずだ。」
「・・・はっ!!」
 ヴェルシクリウスは流れ出る涙を拭おうともせずにゲルハルトに敬礼した。
 その姿に執政委員長は微かに笑った。
 そして、そのまま目を閉じた。その目は2度と開くことは無かった。傭兵国の2代目の指導者は初代と同じく戦場でその生を全うした。
 ヴェルシクリウスは叫んだ。
「全軍、敵中央、左翼の間隙を狙って突撃開始!包囲を突破する!!」
 
 
 
 
 昼になり、バーンシュタインのスタークベルク包囲部隊に食事の時間がやって来た。
 兵士たちに暖かな食事が運ばれていった。
「師匠、今日は何なの?」
 最近、ほとんど戦闘らしい戦闘が無かったためか、どこか暢気な感じなハンスの声が指揮官室に響いた。
「猪の鍋だな。」
 料理を作っていたゼノスが答えた。
 鍋から漂う匂いがその場にいる者の食欲を刺激していた。
 連絡将校のパトリックが慌てて駆け込んできたのはその時だった。
「ウ・・・ウェイン閣下!!」
「どうした?」
 ただならない事態を察したウェインは机から立ち上がった。
「だ・・・第1軍が、敵に包囲され・・・壊滅した模様です!!!」
 思いにもよらぬ情報にその場にいた全員が立ち上がる。
「な・・・なんだと!!」
 パトリックは続けた。
「ゲルハルト様は戦死され、その他の軍団長の生死は不明です。」
 ウェインは命令を下した。
「ハンス!お前は兵を連れて第1軍団の撤退を援護してくれ!」
「お前は?」
 ゼノスが尋ねた。
「本隊の撤退が完了したら、逃げ出す。それまでなんとしてもこの街のバーンシュタイン軍の反撃を防がないといけないからな。」
「わかった!」
「わかったよ、師匠。」
 2人はそれぞれの持ち場に走り出した。そして、ウェインは残りの幹部に次々を指令を下した。
 そうしながら、心の中で呟く。
 大丈夫だ。
 彼女はきっと帰ってきてくれる。
 約束は必ず守ってくれるはずだから。
 どんなに時間がかかっても。
 ウェインの願いは短期的には外れて、長期的には当たることになった。
 この戦闘によって傭兵国軍は1万の死傷者、8千人の無傷捕虜を出した。これに反しバーンシュタインの被害は2千の死傷にとどまった。
 これ以降、傭兵国は防戦を強いられることになった。
 この戦闘は両国共にスタークベルク会戦と呼称し、戦いの大きな転換点になったことを認めている。
 戦いの主導権はバーンシュタイン王国に移ったのである。 
 
 
 
(つづく)
 
更新日時:
2006/11/06 

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Last updated: 2012/7/8