その日、普通の目覚めをスレインたちは迎えていた。
いつものように武器や防具を整え、配置に行く準備をすすめていた。すると、どこからか大きな音が聞こえてきた。
「これって・・・」
全員がそれが何であるのかを察した。今日が昨日とは全く違うものになるのは確実だった。
「急ごう。」
入れ替わりに緊急事態を知らせる鐘の音が聞こえてきた。「総員、配置につけ」とそれは告げていた。
スレインたちの配置は「矢倉」であった。彼らのいる砦は4つの「矢倉」がありそれが形作る4角形に城壁というにはやや大げさな壁が作られていた。壁や矢倉の材質は「石」一部は木製だった。ヴォルトゥーンや帝都ファルケンフリュークの城壁に比べれば簡素なものだったが、それなりの防御力を示していた。
「矢倉」に来てみると、状況は直ぐに把握できた。アグレシヴァル軍が戦列を作り、足を踏み鳴らし、剣や槍そして魔法の杖を天に向けている。その鬨の声は最前線からややとおいこの砦にも不協和音の吹奏楽のような音を届けていた。大勢の兵達の音で小さなものが振動しているように見えた。
「奴ら・・・ついに来るのか・・・」
「畜生・・・来るなら来いよ」
隣から不安に満ちた声が聞こえてくる。
無理もない。
自分たちにしてみてもこれだけの大戦闘は初めてだった。それにこの砦にいる隊員の大半は戦闘の経験ゼロのものが多い。当然の反応だった。だが、これでは如何にも不味い。戦う前から浮足立っていては勝てる物にも勝てない。
何か、気の利いたことはしてやれないだろうか?そんなことを考えていると、後ろから声がかかった。
「スレイン、まだ敵は来ないみたいよ。」
「アネット?」
アネットがパンとコーヒー、それに水筒を前に出していた。
「ありがとう。」
と、それを受け取った。
ああ、そういうことか。と、アネットを見た。
スレインは仲間に言った。
「皆も、食べよう。まだ敵は来ないみたいだしね。」
「せやな、朝ご飯まだだったしな」
「そういうことなら、儂ももらおう」
「そうね」
「では・・・」
皆とその場に座ると、スレインは渡されたものを食べ始めた。皆も同じだ。
周りの隊員は何をやっているのかと、スレインたちを見た。だが、ややあって戦闘経験のある兵がそれにならって座って朝食をとり始めた。
それまで緊張のまま敵を眺めていた他の隊員は顔を見合わせると、スレインたちの行動にならうことにした。いきり立って待つより、戦闘が始まるまで休んでいればいい。そう理解したようだった。
スレインは苦笑した。
「結構役者なんだね。」
スレインの小声にアネットは照れた様子で「うるさいわね」と答えた。
「それはツンデレっていうんや。」
と、ヒューイの突っ込みが戦闘直前とは思えない笑いを生み出した。
後ろから砦の指揮官のバークレ大尉がやってきた。砦の各部を見回りに来たのだ。
「これは・・・」
全員がそれまでの動作をやめて、大尉に対して規律し敬礼した。だが、彼は手を振った。
「ああ、構わん。食事を続けたまえ。」
やや動揺していた部署が多かったので、ここの様子に安心したようだった。
それから、しばらくはこの状態だったが、心なしか敵兵の影が大きくなっているのが見えた。
いいや、気のせいじゃない。彼らは前進している。
「来たよ。」
というと、アネット達が静まり返った様子で前を見る。最前線の防衛ラインでは戦いが始まりつつあった。その様子にラミィですら空中に静止していた。
戦闘が始まった箇所では剣や槍、斧あらゆる武器がそれぞれの敵めがけて振り下ろされ、魔法の応酬を示す光が閃いた。
アグレシヴァル軍はキシロニア軍の防御区画が3つのグループに分かれているのと同様に自軍を左翼、右翼、中央の三つに分け、さらに後方に予備隊を置いた。動いたのは予備隊以外のすべての部隊だった。これを受けて立つキシロニア側は中央と南側を連邦軍が守り、北側はケネス・レイモンの帝国軍が配置された。キシロニア軍の防衛ラインは前衛砦に先の戦闘で残
った兵を配備し、後方に予備隊やその後に増援として到着した部隊を配置した。
スレインたちのいるのはその中央の後方にある砦だ。もしも前衛砦が突破されたり危機に陥ったりしたときに駆けつけるのだ。
だが、そうした事態はなかなか起きなかった。
そればかりではない
「おい!敵の攻撃が撃退されていくぜ!」
「ええ、すげえ!」
確かそうだった。強兵・アグレシヴァル軍の攻撃が阻止されている。
前衛砦のどれもが健在でアグレシヴァル兵はそこに群がっていたが後退していく。もちろん体勢を整え再攻撃を試みるがそれでもキシロニア軍は突破を許さなかった。柵を乗り越えて侵入してくる者もいたが、それは的確に倒されていた。全ての防衛ラインは健在だ。後方砦に増援命令が来ることもなかった。
その状態が意外にも1時間ちかく続いていた。それには、全員が希望を持った。これなら大丈夫だと。
「前衛が善戦しているのね。」
「うん、そうみたいだ。」
だが、それだけだろうか?火事場の馬鹿力で連邦軍が支えているだけならそれでもいいのだが。
敵の攻撃の主力が他のところに行っているのかも
スレインが呑み込んだこの予測は真実をついていた。
「これは、たまらん。連中いつからこんな兵力を・・・」
と、帝国兵が呻いた。その指揮官もまったく同感で、どうしたものかと戦場を俯瞰していた。辺りには魔法が炸裂し、多くの防御施設を破壊した。そこにアグレシヴァル兵が突進してくる。その数はどう考えてもこちらよりも多い。攻撃が集中していたのは北側、ケネス率いる帝国軍の防御区画だった。防衛ラインの中では比較的弱体な箇所に陣取る帝国軍にアグレシヴァル側は最良の戦力を以て攻撃をかけた。
この状態になれば、突破されないほうがどうかしていた。
しかも、この状態の陥ったのはほんの前のことだった。それまでは他の防衛線と同じく、敵の撃退に成功していたのだ。戦況の悪化は急速の一言に尽きた。いつの間にかアグレシヴァルの増援が集まり、一斉攻撃をしかけられた。
このままでは・・・・、
「第3中隊、後退!突出した部隊を誘い込め!」
ケネスの指示で突破された防御区画を担当した部隊が一斉に後退した。既に防御区画の砦のいくつかは占拠され、炎があちこちから上がっていた。後退する帝国軍にアグレシヴァルの魔法兵の魔法が炸裂した。
見よ、帝国軍が崩れ始めた。
アグレシヴァル軍は勝ち誇って前進する。だが、それがケネスの狙いだった。
「反撃開始!!」
ケネスの命令が各隊に伝達される。もともとケネスの指揮下で戦った兵達だ。その指揮の癖をよくつかんでいたし、熟練していた。
たちまち後方の予備隊と後退した第3中隊が合流。追撃してまるで矢のようになっていたアグレシヴァル軍をUの字で包み込むように展開し、反撃した。
矢の先端は後方と切り離され、帝国軍の反撃で押しつぶされていく。
まるで手品のような指揮ぶりだった。
「よし、うまくいった。」
「やった!!!」
と、帝国兵は歓声を上げる。
だが、いつまで続くだろう。兵達も疲労と損害が重なっている。
「少将!左翼の防御区画が突破されました。」
こんどはそっちか!
左翼を見ると既に矢倉も柵もすべて倒され、唯の乱戦になっている。
アグレシヴァル兵の剣が帝国軍の重装歩兵をとらえ、その鎧を砕く様が見えた。勿論、味方の反撃も敵を倒してはいたが、それはどう見ても少数派でしかなかった。
ケネスは即座にもうその区画が維持できないことを悟った。
残念だが対等の条件でアグレシヴァル兵と闘えばこちらの方が劣っている。
「後退、第2防衛線まで下がれ!こちらも順次撤退する。弓兵撃て!!」
弓兵が一斉に突出した帝国軍に射かけると、さしものアグレシヴァルの追撃も衰えた。そこを狙って後退に移る。
「隊伍を整えよ!!」
帝国軍は敗走したりはしなかった、陣形を組み、敵が追撃してくれば反撃し、後ろに下がる。統制のとれたその行動はそれが敗走ではないことを敵味方に示していた。
「副官、連邦の援軍は?」
「はい、ラインダース准将のローランド連隊が来てくれます。」
「そいつは、何よりだ。」
キシロニア軍の中ではもっとも信用が置ける部隊だった。ローランド兵の規律と高い魔力、その力で何度も連邦軍の窮地を救ってきた部隊だったからだ。
幸い、部下の規律はまだ生きている。敵の攻撃は激しいが、援軍が来れば凌げる。
ケネスはそう思った。
だが、その考えは側面から突き崩された。
右側から大音声が響き渡った。右側面にある森から聞こえたてきたそれは大きな人の波となって帝国軍の側面を衝いた。アグレシヴァル軍の奇襲成功の瞬間だった。
「あれは・・・何故発見できなかったのか!?」
と、副官が声を荒げた。
そうこうしている間にも帝国軍の防衛線は側面攻撃で大混乱に陥っていった。
「簡単さ・・・」
ケネスは答えた。
「我々はあの森を超えて大軍が動くとは思っていなかった。だが、アグレシヴァルはそれを可能にするほど優秀な将兵がいることを失念していたからさ。」
アグレシヴァル軍は練度の高い兵を集中的に配置したエリート師団を創設したが、その真価が発揮されたのがこの戦いだった。先の国境防衛ライン突破作戦でもこのような戦法が使われた。
これはいつぞやの山脈越えの意趣返しかかとケネスは思った。何しろ敵司令官のゲルハルトは自分が策略で出し抜かれるのが何よりも嫌いという男だというなら、自分は彼の闘志に火をつけてしまったのだろうか?
ともかく、今は無駄に部下を死なせるわけにはいかない。いまから防衛線を維持するのは不可能だ。
「全軍、後退せよ。」
「閣下!逃げるのですか!?」
「このままでは、アグレシヴァルに嬲られるだけだ。撤退する。君はここで死にたいのか?」
ゲルハルトは側面を指さした。その向こう側で帝国軍の中隊が瞬く間に敵に包囲され殲滅されていく様が見えた。
味方の壊乱に副官は息をのんだ。
「・・・・わかりました。」
帝国軍の後退が始まったが、それは大混乱をもたらした。帝国軍の後退に増援のため近づいていたローランド連隊とぶつかってしまったからだ。戦場で敗れ、交代すようとする人間と増援に行こうとする人間がぶつかれば混乱が起きるのは必定だった。
防衛線の右翼はこうして崩壊した。
「敵北部の防衛ライン突破成功です!」
歓喜の報告がアグレシヴァル軍司令部に届くと、将軍たちは歓声を上げた。
「やったぞ!」
「これで!」
「騒ぐな!」
それを黙らせたのはゲルハルトだった。
まだ、戦いは終わったわけではない。
もっとも総司令の注意はもっぱらケネス・レイモンに向けられていた。彼の部隊が排撃できたのなら後は雑魚の連邦軍だけだ。
「帝国軍はどうなった。」
「は!防衛ラインを放棄して退却しています。」
「まだ、全滅したわけではないのだな?」
「はっ!」
「では、追撃命令を出すのだ。一兵の残らず殲滅せよ。」
生かしておいては、何をしでかすかわからない。という判断があった。
「はっ・・」
ケネスの手腕を認めていた副官は即座に応じた。
そして、ゲルハルトは続けて命じた。
「予備隊に命令。第2,3連隊は直ちに前進。キシロニア軍の側面攻撃を命じよ」
ゲルハルトの手元には3個連隊の予備隊があり、そのうち三分の二を投入することになる。これだけの兵力から側面攻撃を喰らえばキシロニア軍は背骨をへし折るほどの打撃を受ける。
「農夫どもに引導を渡してやれ。」
「はっ!キシロニアの大地を我等の手に!!」
帝国軍は大攻勢に転じた。
北部の防衛ラインを突破した部隊はそのままケネスの追撃に移り、帝国軍の後退と正面衝突したキシロニア軍予備隊も混乱状態のまま退却を余儀なくされた。
そして、後方から前線に現れたアグレシヴァル軍予備隊は未だ防衛線によって戦うキシロニア軍の側面に回り込んだ。
二方向から攻撃され、中央の防衛部隊は大混乱に陥った。
戦いはスレインたちの知らないところで最初の節目を超えた。それが、スレイン達にも感じられるようになったのは、側面から逃げてくる味方と押し寄せてくるアグレシヴァルの軍旗によってだった。
「なんで、こっちから敵が来るんだ!」
誰かが叫んだ。もともとこの砦は前からの攻撃を想定して作られていたからそれも無理のないことだった。
「そんなことはどうでもいい!」
砦の指揮官、バークレイは側面から迫る敵軍をにらみ、命令を下した。彼は戦闘が始まるとすぐに矢倉に戻ってきた。ここなら全体が見渡せるからだ。
「弓兵、魔法兵攻撃準備にかかれ!」
突破されたのか・・・スレインは接近する敵兵を睨む。これだけの兵力の突破を許したのであれば、事態は深刻だ。だが、ここは全力を尽くすのみだ。まだ、負けた訳ではない。ローランド軍の生き残りも健在なはずだ。スレインはその部隊が後退しつつあることを知らない。
弥生が弓をつがえ、ビクトルは銃を構えた。モニカとヒューイは魔法の詠唱に入った。スレインも同じだ。今のところ手持無沙汰なのはアネットのみだったが、それも短い間のことでしかないだろう。敵はすぐそこに迫っていた。
「撃て!!」
号令とともに、弓と魔法は放たれた。それは地面を埋めるように迫って来るアグレシヴァル軍の中に消えていった。そして、絶叫と轟音が聞こえ、敵兵が倒れるのが見えた。
やっただろうか・・・スレインはその様子を見る。
確かに、打撃は与えたようだだが、一方的に殴られて黙っている敵ではない。
「皆!盾の陰に!!」
自分たちと同じように敵には弓兵もいる、魔法兵もいる。
弓矢と魔法の光芒がすぐそこに迫っていった。
一拍遅れてまるで暴風雨のように弓が降り注いだ。
「うあああ!!」
運悪く弓を受け、絶命する。
皆はー、と振り向くと怪我もなく身構えている仲間が見えた。
続いて魔法の直撃が来る。目の前が真っ白になった。目くらましの状態はほんの数秒だった。視力が回復してくると、誰かが叫んだ。
「おい!火だ。火がついているぞ!!消せ!!」
アネットが機敏に反応して用意されていた水を壁に吹きかけた。それに続いて他の者も同じように水をかけ、火の勢いを弱めていった。
―この砦はまだ大丈夫だな・・・
と、スレインは思った。周りの砦を見ると大半は耐えていたが、崩れているものも見えた。おそらく、魔法防御が不十分だったのだろう。ここはそうではない。強固な魔法障壁が魔法をある程度無力化し、大きな盾は見弓矢の攻撃から味方を救っていた。これらがない丸裸の状態であればひとたまりもなかっただろう。
「反撃だ!ここは大丈夫だ!」
大声でバークレイは大声で言った。それが砦の兵の士気をわずかに高めた。たとえ、敵の隊列と味方の隊列の本格的な衝突が開始されていたとしてもだ。
―やはり、彼らだけでは・・・・
連邦軍の兵力の多くに訓練が十分にできていなものが加わっていた。仕方がない、訓練された兵士の消耗が激しい以上、彼らが前線に来るより仕方ない。
その要素は目に見える結果となって現れた。次々に兵は倒れていった。まるで、鋤で畑を耕すようにキシロニア軍の前線が崩れ始めた。
「撃てえ!!」
再び、弓兵と魔法兵が反撃に出る。だが、先刻のものに比べれば個々の判断に委ねられたため、一斉に敵を撃つという態のものではなくなっている。
弥生やビクトルは敵の将官を狙い始めた。
凄い・・・
二人は攻撃速度は遅いが、一発の打撃はすさまじいものがあった。たとえ、十分な鎧で防御されていたとしてもその一撃は確実に相手の息の根を止めていった。
ヒューイとモニカは集団戦闘になりつつあった場所に魔法を送り込み、味方を援護した。
「このおおおお!!!」
アネットはまだすることがないせいか消火作業に励んでいる。
アグレシヴァル軍から相変わらず弓や魔法が飛んでくるが砦はまだ余裕があるように見えた。
正確な射撃で指揮官が倒れ、アグレシヴァル軍は混乱した。
「今だ!!反撃だ!」
そこにキシロニア軍が反撃する。
いきなりの反撃にアグレシヴァル軍の混乱はさらに広がり、前線を押し戻した。
それを見てキシロニア軍は士気を上げた。
自分たちにもできるではないか!
劣勢な中でこの地点では連邦軍は善戦していた。
だが、その善戦もそう長く続かなかった。
「ねえ、なんだか前にいる敵が増えてきてない?」
「せやなあ・・・!奴らこの砦に戦力を集中してきたみたいやな。」
それだけでもなかった。この地点はそうでもなかったが、他の地点でのアグレシヴァルの前進は続いていた。このため、キシロニア軍は他の地区の援軍に行く者が多く出た。それを見透かしたアグレシヴァル軍の反撃は強烈で次第に戦力を擦り減らせていったのだ。
やがて、さっきまで下がっていた敵の戦列が次第に次第に近づいてきた。
「味方が・・・圧倒されている。」
「敵、魔法兵の攻撃来ます!!」
「全員伏せろ!!」
閃光、爆音。魔法防御は未だに健在だが、一部でひずみ出始めていた。
「気おされたら負けです。己と仲間の力を信じて戦いましょう!」
弥生は気丈に言い放つと、弓を構え矢を放つ。それは、今までと同じように敵の士官の誰かに突き刺さった。
「そうじゃな、これでもくらえええ!!」
ビクトルも同じだ。これを見て、萎縮していた隊員たちも弓矢を放った。
だが、敵の進撃は止まらなかった。辺りの味方をあらかた一掃すると、砦を包囲にかかった。その変化はあまりに急すぎた。砦を放棄する手もあったろうが、それはもうかなわなくなっていた。
もはや、ここを死守するしかない。
魔法を唱えながらスレインはそう思った。
矢倉はアグレシヴァルに手痛い打撃を与えていた。ビクトルと弥生の狙撃も未だに魔力を発揮していたが、数には限りがある。アグレシヴァルの兵士の波を押し返すことはできなかった。
「構うな我々は砦に籠っているのだ!少々の攻撃では負けはしない!!」
バークレイは指揮官の威厳を保ちながら死守を叫んだ。それが気おされそうになっていた隊員たちの心をギリギリのところで支えていた。
「敵が砦の門の付近に達しました!!」
「弓兵や魔法兵以外は全て行け!門からの侵入を防げ!!」
見ると、砦の周りは既に敵だらけで、彼らは内部へ侵入すべく、建物にとりついていた。
「アネット、ヒューイ!」
「わかっているわ。」
二人は武器を構え、呼びかけに答えた。
「待ってください、スレインさん。」
弥生が何かを差し出した。細長いガラスで出来た小さな瓶。
「これ、エリクサー・・・?」
一握りの魔術師しか作ることができないとされている高度な薬草だ。きっと、月の社を出る時に持たされたものなのだろう。
「下の戦いに備えてこれを渡しておきます。貴方の判断で使ってください。」
「ありがとう。弥生さんもビクトルもここを頼んだよ。」
弥生とビクトルは静かに頷いた。
「総員整列!!」
下に降りると、砦の歩兵達が集まり、扉の間で列を作っていた。
外の戦いの音に比べるとむしろ静かだった。聞こえてくるのは兵が動く音は聞こえるそれは鎧が鳴らす音だったり、足音だったりした。
「諸君、急いでならびたまえ!」
指揮を執っているファーガソン中尉が見えた。
「スレイン!君たちの隊はこちらに!」
「はい!」
スレインは二人を引き連れて列に加わる。
砦の狭い部屋の中にすべてのこの砦にいる歩兵が集まっていた。彼らはこの部屋の中で大まかに3つの列に分かれていた。スレインたちが加わったのは第一列といでもいうべき場所だった。
列に加わった兵達の中から小さな驚きが漏れる。
「アネットお嬢様だ・・・」
「本当だ・・・それにあれがスレインっていう奴か?」
アネットのおまけというように、自分も有名人になっていたようだ。
アネットの様子をうかがう。彼女は殊更に表情を消すようなことはなかった。さっきと同じように極力普段通りのアネットのままだった。連邦議長の娘としての役割をとても強く意識しているのが分かった。
だが、緊張していないわけではない。帝都に向かった時もそうだったけどかなり無理をしているに違いなかった。
「すっかり、有名人になっちゃたね。」
「何よ、スレイン?」
少し戸惑った様子でアネットが言う。
「帝都の行くときと同じだなと思って。」
「・・・そうね。」
「きっと、うまくいくよ。あの時と同じにね。」
「・・・・・」
「僕もいる、ヒューイもいるんだから。」
「せやせや、美人はワイが絶対死なせやせんわ。な、リーダー。」
「そうだね。」
「分かっているわよ。・・・ありがとう」
と、アネットは最後に小さく言った。
大きな音が真正面の扉から聞こえた。扉が激しく音を立てて軋んでいる。アグレシヴァル兵が丸太か何かでその扉を突き破ろうとしているだ。それを抑えようと扉の周りに多くの兵が集まっていた。
「駄目だ!もうすぐ破られるぞ。」
ファガーソン中尉が全員を見渡して言った。
「事前に言ってある通り、波状攻撃で行くぞ!急所を狙おうなどと考えるな!ともかく武器を前に出すことだけを考えろ!」
この砦いる兵達は皆練度が高いとは言えない。それを考えれば妥当な判断だった。
「合図があり次第、第1列は第2列と交替、その次は第2列と第3列が交替・・・!奴らをこの砦に入れるな!」
「おう!!」
と、兵達やスレインは大きな声でそれに答えた。
それを待っていたかのように扉が轟音と共に吹き飛ばされ、大きな丸太が見えた。その後ろに続くアグレシヴァル兵の姿も。彼らは早速突破口から砦への侵入を試みつつあった。
ファガーソンがファイアの魔法と唱えた。火球が丸太に直撃し砕け散り若干の混乱をアグレシヴァル兵に与える。
「かかれー!!!」
第一列の兵達が雄たけびを上げながらアグレシヴァル兵に向かっていった。
「うおおおお!!!」
スレインは入ってきた敵の中で隊長クラスの相手を見つけるとそれに切りかかった。
剣を横に流しながら相手の胴体を狙ったが、それは剣では弾かれる。が、それはスレインにとって想定内のことでしかなかった。素早く剣を持ちかえるとそのまま相手に突き刺すように突進した。
予想外の行動に出たスレインに虚を突かれ、それはそのまま相手の鎧を貫いた。
「おのれ・・・・」
と、小さく言い残し、相手はよろよろと倒れた。
周りを見てみると、アネットやヒューイのそれぞれ相対した敵を屠っていた。だが、後続するアグレシヴァル兵が現れ、反撃が始まる。
「くうっつ!」
槍や斧を剣で弾く。一撃一撃はそれほどでもないが、数が多い。アネットとヒューイも状態は同じだった。
「皆、気をつけて!」
3人は固まると、相互に援護しながら、敵の攻撃を弾くことに専念した。しかし、このままでは自分たちもじり貧になってしまう。
「危ない!」
スレインが一瞬気を抜いた瞬間に襲い掛かってきた斧をアネットがはじく。
「ありがとう!」
「アタシの護衛がそれじゃこまるじゃない!」
と、アネットは怒鳴り返した。
「そうだ・・ね!」
気を取り直すと、スレインはともかく、敵の動きを一瞬でいいので止められればいいと思った。
それには―
スレインは手をかざすと、敵に向かって魔法を発動した。
アイスバレッドだ。
だが、それは相手に命中しなかった。代わりに命中直前で光を残して破裂した。砕けた鋭い氷の刃がアグレシヴァル兵に向かい、彼らは怯んだ。
今だ!
スレインたちは一斉に反撃に出た。
「でやああ!!!」
「そーれ!!」
「せいやあ!!」
スレインの大剣がアネットのレイピアがヒューイのガターが確実に敵兵を捉え、一撃で致命傷を与える。それが、敵に混乱を増幅させ、3人のさらなる切込みの機会を与えた。それを見て、他の味方も気勢を上げた。まだ、砦に侵入してきた敵が少ないこともあって技量では劣っても数で圧倒する具合で敵を倒していった。
第一列はそのあと、数回敵の攻撃を撃退した。
兵の技量はそれほど高くない。アグレシヴァルもこの砦をやや舐めているのかもしれない。
スレインは、少しの期待を込めてそう思った。
「第1列交替!!!」
ファガーソンが交替を命じると、後ろから第2列が押し出し、第一列は後方に下がる。他の列が戦っている間に自分の傷を癒すのだ。それが、たとえ少しの時間であったとしても。交代した第2列は再び襲ってくるアグレシヴァル軍の攻撃を持ちこたえ、逆に砦の外に押し出したが、死傷者はそれなりの数になっていた。自分たちが無傷で終われる戦いなどやはりないのだった。
キシロニア軍は戦線はジリジリと下げていった。だが、彼らは未だに戦いをやめようとしなかった。農民兵と侮っていたアグレシヴァル兵の前に強烈な反発力となってそれなりの損害を強いていた。だが、アグレシヴァル軍が優位である点に疑いはなかった。
「第3連隊、正面の敵を圧迫!、第2連隊も優勢です」
側面に回り込んだ部隊を指揮していたルーデンドルフは頑強なキシロニア軍に完全に勝利したとは思っていなかった。
何よりあの砦の強固さは予想がだった。放棄された防衛ラインの中でも比較的頑丈にできていた砦ということもあった。これに正確な射撃と強烈な反撃力が加わる。中に突入しようとした部隊は弾かれるように追い出されていた。好調な前進を続けるアグレシヴァルにとってそれは喉の奥に刺さった小骨だった。
何とも忌々しい砦だ。
さらに忌々しいことにキシロニア軍が未だに頑強に戦っているのはこの砦が健在であるという事実も影響していた。まだ、健在なあの砦に彼らも励まされていたのだった。一寸先は闇である戦場ではメンタルな面も決して無視できるものではないのだ。
ならば、この際精鋭で一気に攻め落とすしかないと彼は考えた。
「重装歩兵を投入しろ!一撃で決めろ!」
ルーデンドルフの命令で重装歩兵が編成された。丈夫な鎧と頑丈な盾を備え強力な斧や槍で武装した彼らは頑強な拠点を突破する度に投入され、成功を収めてきた精鋭部隊だった。命令を受けた重装歩兵隊は方々からメンバーを集結し、整列した。自慢の重装甲で鎧われた彼らの後ろにそれに比べると随分軽装に見える一団があった。
重装歩兵のサポート役の部隊だ。
「まったく、今回も抵抗の激しい場所に投入ですかい」
と、エルメスは嘆息した。
「すまないな。」
「いや、隊長のせいじゃないんですがね。」
と、エルメスは言った。
クライストの実家は平原の戦いのあとの貴族の粛清の標的になってしまったのだった。と言っても、小貴族であった彼の両親は命までは取られなかったものの大半の財産を没収されていた。粛清の対象になった貴族の子弟は粛清されるか優先的に最前線に投入され、そして命を落としていった。
「隊長、そう悲観するのは止めてください。隊長自身は高く評価されているから、軍にいられるんですよ。」
「・・・そう考えたほうがいいか。そうだな、ミリアの言う通りだ。」
きっと、戦いを生き抜けば代わってくることもあろうだろう。
「ともあれ、今回も生き残って見せるよ。それに、今度は彼らも一緒だからね。きっと、私たちが出ていくまでもないだろう。」
クライストも重装歩兵の強さに信頼を寄せていたのだった。
「進め!」
その期待を背負った重装歩兵部隊は重々しく動き始めた。
「重装歩兵だ。」
スレインは休みながら思った。今は砦の中で彼らの属する第一列は休息中で今は第2列が砦の外で頑張っていた。
「精鋭部隊やないか。」
砦から弓矢や魔法がその戦列に降り注ぐが、目に見える効果はない。中には盾で弾かれているはじかれている矢や魔法もある始末だった。さっきまでの敵とは違う。
「急がなきゃ。」
アネットは傷部に薬草を塗り込む手を速めた。
敵の戦列が砦の直下に達すると第2列は猛然と反撃した。だが、彼らはそこで今までとは全く違う敵であることを身をもって知ることになった。
「何だ!?此奴らは・・・!?」
大型か盾を装備した兵達はキシロニア兵の攻撃を難なくはじき返した。いかなる剣で衝こうとも、斧を振り下ろそうともその厚さに打ち勝つことはできなかった。
「うあああ!!」
逆に、アグレシヴァル兵の攻撃は確実にキシロニア兵を倒していく。個々の比較がこの様子なら戦線を維持できるわけもなかった。ついさっきまで存在した数の優位も次々と現れる増援にキシロニアは失っていった。
「おのれえ・・・」
ファガーソンが唇をかんだ。
「交替!!」
ファガーソンが疲れた声で命令し、スレインたちの隊は再び前に出た。
何度目だろう・・・そしていつまで続くのだろうか?という疑問を殺しながら、再び敵に挑んだ。
「でやあああ!!」
次に鈍い振動がやってきた。それだけで自分の攻撃が防がれたことがわかった。
なんて硬さだ・・・!
剣の反撃がくるが、それをまた剣で弾く。盾を装備している分、攻撃の仕方にはパターンがあり、それがスレインを救っていた。
「ウィンドカッター!!」
ファガーソンが魔法を放ち、風の刃がアグレシヴァル兵を切り刻む。
「何だと・・・・効果なしだと?」
アグレシヴァル兵の鎧は魔法の風にも耐えきって見せた。
それなら!
スレインはやり方を変えた。敵の下に飛び込むと、大剣を振り上げ、盾を強打した。
「なに!?」
盾は宙に舞うとその瞬間を狙ったように剣を前に突き出した。
「ぐううう!!!」
手ごたえはあったが確認をしている暇はない。すぐに周りの敵兵が襲ってくるからだ。
「リーダーやるな・・・」
肩で息をしながらヒューイが称える。
「本当ね」
「そっちこそ。」
アネットもヒューイもそれぞれの方法で敵を屠っていた。だが、それはごく少数の例外でしかなかった。
そして、もう一つの例外が彼らに少しばかりの余裕を与える。
「ぐあああ!!」
「た・・・隊長!」
重装歩兵隊のどこかの指揮官が倒れていたその胸には深々ささった弓と弾痕が見えた。歴戦の彼らといえども指揮官の死亡は混乱を招く。
弥生とビクトルだった。二人とも何かしらの傷を負っていた回復の余裕はなく、そのままの状態で戦闘を続けている。だが、その射撃はまだ魔力を発揮し続けていた。モニカは魔法が使える特性を生かして回復役に専念していた。
「流石に強力ですわね。」
「そうじゃな。一人一撃一殺というわけにはいかん。」
ビクトルの魔法銃が硝煙を出しながらうなりを上げる。それは指揮官と見えた人物に誤りなく命中していた。下の様子は酷いものだった。階段の下からは怒号と悲鳴が聞こえてくる。
あの強力な歩兵達と闘っているのだ。こうならないほうがどうかしている。
だが、自分たちはここでできることをやるしかない。
「成敗!!」
弥生は弓を放つ。それは今までと同じように敵歩兵に命中した、だが、仕留めるまでには至っていない。
「くっ・・・やはり固い。」
次の矢の準備を始める。が、それは如何にも遅い。弓兵にはいつもついて回る欠点だった。
弥生は焦っていた。早く早く。
その意識は若しかしたら気づいていたかもしれない危険を見過ごさせていた。肩に激痛が走った。
「っ・・・!!」
弓矢が刺さっていた。
「弥生殿!!そこに敵が・・・!」
ビクトルが何かの危険を知らせるように外に指をさす。その視線の先にいた弓兵の狙いすました一撃が弥生をとらえた。
「ああああっ!!」
弥生は衝撃で僅かによろめきその場に座り込んだ。
「弥生!!」
「弥生ど・・ぐああああ!!!」
駆け寄ろうとしたビクトルが敵兵の撃たれた。
「そんな・・・させない・・させないんだから!!!」
モニカは眼前の状態に呆然としたがすぐに二人にかけより、遮蔽物のあるところに運び始めた。すでに4つあった「矢倉」のうち2つは魔法で砕かれ、使い物にならなくなっていた。魔法兵や弓兵の消耗も酷いレベルに達しつつあった。そして、上の戦況がそうであるように砦の下のほうでも戦況は危機的だった。
「畜生!こいつら・・わああああ!」
また一人、また一人と倒れていく味方が見えた。
自分たちが倒してできた敵の戦列の穴も補充兵が来て埋められてしまった。
駄目だ、彼らの歩みを止められない。
アグレシヴァル兵の歩みは遅かったが、確実にキシロニア兵を追い詰めていた。このままでは砦内部の壁際に追い詰められて皆殺しだ。
「ぐあ・・・!」
「ファガーソン隊長!!」
横目で隊長の姿を確認すると、どう考えても助かりそうになかった。手練れの重装歩兵の槍でその身を貫かれていたからだ。
「た・・・隊長まで・・・」
指揮官の戦死、それがキシロニア側に一層の絶望感を与えた。
このままじゃやられる。
スレインは覚悟を決めた。
このまま、何もしないで皆を殺してたまるか。
「アネット、ヒューイ援護して相手の中に飛び込むよ。」
「アンタ、何言ってるの死ぬ気!?」
アネットの反論はもっともだったがここで戦っていても消耗するだけなのは目に見えていた。
「違う!生き残るだためだ」
短く言い返すと、ヒューイが言葉を返した。
「なんや、手段があるみたいやな・・・」
「分かった、ワイはリーダーを信じる!援護するで!」
「分かったわよ!私も!」
二人の攻撃と牽制が敵の戦列に隙を生んだ。
「はああああ!!」
スレインの大剣を構えて敵に体当たりする。突然のことに戸惑い、その兵は転倒し、スレインはアグレシヴァル兵の戦列の中に入りこんだ。たちまち、後列の兵が一斉に襲い掛かって
きた。
「スレイン!!!」
と、絶叫に近いアネットの声が聞こえた。
そう、絶体絶命だ。周りは敵だらけ、砦の内部ということもあって密集している。
僕はこれを待っていた。
スレインは大剣を地面に突き立てると、短く叫んだ。
「インフェルノ!!!!!」
一瞬だった。
スレインの体から大量の光が奔流し、爆発的に周囲に広がっていった。
轟音と衝撃が砦の内部に響き渡った。
「な、なにが・・・」
それらが終わってからヒューイが目を凝らすとそこにアグレシヴァル兵の戦列は無かった。彼らは全員その場に倒れ伏し、その中央にスレインが立っているのが見えた。
「な・・・なんだあの技は・・・!」
「に・・逃げろお!!」
その惨状に後ろから現れたアグレシヴァル兵も逃げ出した程だった。
インフェルノ・・・・自分の魔力を全部放出して敵を薙ぎ払う技やったな。と、ヒューイは思い出した。そっか、リーダーがなんか練習してるのは知ってたけど、それを習得しようとしてたんか。
「スレイン!」
アネットは爆発を起こした場所で立ったままのスレインに駆け寄った。
「アネット、無事だよ。」
と、答えながら手足を動かして見せる。もっとも、魔力はほぼ尽きていたし、疲労も蓄積していた。だが、まだ立っていられる。
「よかった。・・・まったく心配かけるんじゃないわよ。」
周りにいるキシロニア兵も呆然とした表情で周りの様子を見ていた。
「全員、今のうちに回復を!!」
スレインは命令した。
「敵が来る前に体勢を立て直すんだ!!」
「は・・・はっ!!」
ファガーソンが死んでしまった今、スレインは一応、ここのいる場では最上級者だったし、何より、絶望的と見えた状況をひっくり返した人物の言葉は否応なくその場にいた人々を従
わせた。
だが、インフェルノが与えた息継ぎの時間は長くは続かなかった。
すぐに敵の歩兵の一団が切り込んできたからだ。数は少ないが相当の手練れだろ言うことは分かった。
すばやい剣の一撃をかろうじて受け止めた。すぐ近くに敵の顔があった。
「貴様は・・・!」
相手も自分のことを覚えていたようだ。ヴォルトゥーンで敗れ、そして砦の強行突破戦でも不覚を取った相手。クライストとその一団が切り込んできた敵の正体だった。
キシロニア軍は北の防衛線を失い、中央部の防衛線も過半を喪失し、三方向から攻撃を受けていたが、かろうじて、南方で踏みとどまった。
後退してきた兵を再編成して、アグレシヴァルの攻勢に抵抗する。ここで敗れるわけにはいかないという意識がかろうじて彼らを踏みとどまらせていた。
「くっ・・・ローランド連隊や帝国軍がいれば・・・」
事前の予定ではこの二つの部隊が火消しとなるはずだった。だが、もはやそれは期待できない。
「ここで敗れるわけにはいかん。諦めるな。」
ロナルドは言った。
キシロニア軍にはまだ予備兵力が残されていた。逃げてきた兵や壊滅した部隊の生き残り、それを集めて再編された部隊で訓練度も高い、集団行動の訓練はできていないがそれはやもえない。客観的に見ればそれは現在のキシロニア軍の有する数少ない良質の部隊だった。
「ロナルド司令、中央部のアスコリド砦が危機に陥っています。」
「む・・・」
アネットお嬢様のいる砦だ。と全員が思い出した。
「予備隊を向かわせますか・・・」
「しかし、今投入しては・・・我々の最期の切り札だぞ。」
ロナルドは暫し、沈黙して地図を眺めた。防衛線を突破し、北から攻撃をかけてきたアグレシヴァル軍になんとか善戦できていた区画だ。なんとか維持しておきたかったし、出来れば部隊は退避させておきたい。アネットのこともある。
だが、無理はできないのだ。
「予備隊を向かわせる。」
「しかし、司令。」
「勘違いするな、一部だけだ。敵の戦列に穴をあけ、防衛部隊を収容しろ。その後はこの区画から撤退する。」
「まさか、ここで君に会うとは・・・」
「僕も、同じですよそれは。」
剣をギリギリと交わらせながら、クライストと会話した。考えてみればこの人と話すのは初めてだ。自分が過去勝てなかった相手、だが、後ろには仲間がいる、未熟で傷だらけの新兵がいる。負けられなかった。
「クライスト隊長!」
「エイラ!フィリア!味方を収容しろ!まだ、生きている奴らがいる!」
確かに、自分も傷つき、味方の援護も期待できない。だが、それは向こうも同じだ。彼ら以外の敵兵は恐れをなして、あるいは回復のためこちらには攻めてこなかった。
「早く!」
「ウィンドガード・・!」
クライストの声に弾かれるように、エイラとフィリアと呼ばれた魔術師は風属性の防護魔法で弓矢を防ぎつつ、まだ息のあるアグレシヴァル兵を抱え始める。
他の兵士、戦士系の敵はクライストの他は2人。それぞれ、アネットとヒューイに対峙していた。
カンと固い音がして互いの剣を弾くと距離をとった。
「こんなことならあの時、仕留めておくべきだった。重装歩兵隊の仇を撃たせてもらうぞ!」
攻撃が来る。スレインは大声で皆に呼びかけた。
「皆!この人たちにカリを返そう!」
「任しとき!」
「頑張りましょう!」
姿を見る余裕はなかったが、勇ましい答えが返ってきた。
「ぐうっ!」
クライストの大きな剣がスレインの肩を強打した。その衝撃に思わず後退する。チャンスと見たクライストが深く切り込んでくる。
「何!?」
スレインその攻撃を巧みにぎりぎりで躱していた。そして、相手が体勢を整える前に大剣で切り付けた。それは致命傷にはならなかった。彼もまたギリギリでそれが致命打になるのを避けていたが、スレインと同じように肩を強打していた。
互角だった。
それから二人は数度、剣を交えたが。結果は同じだった。スレインもクライストも同じような傷を互いに負っていった。アネットとヒューイもそれと似たような戦況だった。
二度も負けた相手に互角に渡り合えている。そのことに気分が高揚した。状況を考えればそんな些細なことで満足するわけにはいかなかったが。
だが、スレインの攻撃がその均衡を打ち崩す。
「!!」
剣の一撃がクライストの膝を強打した。動きがガクンと鈍くなる。チャンスだった。
「はああああ!!!!」
大上段に剣を振り下ろす。だが、それは正面からの閃光によって打ち消された。
「隊長!!!危ない!」
エイラの攻撃魔法だった。火球は攻撃のために無防備になっていた正面からスレインに直撃する。
「うわああ!!」
辛うじて、剣を戻すことで目を保護するが、その隙を見逃すような相手ではなかった。下から突き上げるように剣の一撃が来る剣で僅かにその進路をそらせたものの脇腹に激痛が走った。後ろに下がるだけではすまず、倒れてしまった。
「もらったぞ!キシロニアの英雄!」
そして、今度の攻撃は的を外さなかった。腹部に衝撃がきた。自分の鎧を貫かれた感触。
だが、瞬間的に相手を蹴り飛ばし、後ろに下がって距離をとる。だが、その体はとても重く感じられた剣を握る手もかじかんでいる。口から何か流れている自分の血だ。身体が突然動かなくなるような気がした。
「スレイン!」
それが、アネットの視界に入った。思わず叫ぶ彼女もまた相手に隙を晒してしまった。
「きゃあ!」
斧の一撃がレイピアを砕き、次の瞬間には体当たりをまともに喰らってしまった。とてもったいられるわけもなくその場に転がるアネット。
次に攻撃が来れば、アネットはひとたまりもない。
彼女が死ぬ―。
「アネット!!!!」
大声で叫び、身体が出しうる限りの速さで走り出す。剣の構えとかはどうでもよかった。あの近くに近づければそれでよかった。
「馬鹿め!私がいるのを失念したか!」
アネットを助けに行くと察したクライストの剣の一打を放つ。が、その攻撃は僅かに届かない。それは重傷を負った人間の動きではなかった。驚愕の表情のままクライストは警告した。
「エイル!そっちに行ったぞ!」
「!!」
アネットにとどめを刺そうとしたエイルが振り向いたときにはスレインは至近に近寄っていた。だが、剣による攻撃はできなかった。
「ぐああああ!!!」
体当たりでエイルを弾き飛ばした。倒れたアネットの手をとり立ち上がらせると、自ら盾になるように前に出た。
「す・・・スレイン・・・」
倒れたまま苦しそうな目で自分を見上げるアネット。彼女は戦える状態ではなさそうだがなんとか生きてはいる。良かった。
「馬鹿・・アンタだって・・・戦える状態じゃ・・・」
その通りだった。多分剣を交えるだけの力は残っていない。それに対してクライストもエイルもまだ戦う力を残していた。
「今、冥途に送ってやろう。」
ここで終わりなのか。総本山にも行けずに。シオンの企みを阻止することも出来ずに。仲間の願いをかなえることも出来ずに。力なく垂れ下がった手が何かに当たった。
小さな瓶。弥生に渡されたエリクサーという薬草だった。どれだけ強力でも所詮は薬草回復量はたかが知れているだろう。だが、手は無意識に地面にそれを叩きつけていた。
「死ね・・・!」
避けられない。そうスレインは思ったが、身体は何故かついさっきと同じように反応し動いていた。金属と金属がぶつかる音が聞こえた。
受け止められた?
クライストの一撃はスレインの剣で防がれていた。一瞬信じられなかった。それだけではない、剣も動かせた。
それに力がみなぎっていた。まるで戦闘開始前の状態にもどったようだった。押し返せる。
「やあああ!!!」
「うあ!」
クライストが力負けして後ろに下がる。
「でやああああ!!!」
アネットだった。彼女も自分と同じように素早さとキレが戻っていた。さっきまで倒れていたのが嘘のようだった。
レイピアの一撃がクライストを捉えた。
「ゲホ・・・!!!」
脇腹を抑えながら下がるクライストを庇うようにエイルが立ちふさがった。
スレインの大剣がアネットのレイピアが連携して彼を捉えるとその鎧が砕け散っていた。
「うああああ!!!」
「エイル!!」
倒れこむエイルを庇いながらクライストが前に出た。フィリアは回復魔法で僅かばかりエイルの傷を癒した。ケビンのほうはこちらもヒューイに圧倒され始めていた。
「援護しま・・きゃ!」
エイルの腕に小さなナイフが突き刺さり、杖を落とす。
「間に合ったようね・・!」
「モニカちゃん!」
「上のほうはいいから下にくるように言われたの。それに、皆も」
砦内部で回復に専念していた新兵たちもなんと、完全に回復していた。
「すごい・・・」
と、思わずスレインは呟いてしまった。エリクサーの効果はそこまで及んでいたのだった。
「くそっ・・・これはどういうことだ・・・味方の援護は?」
「クライスト隊長!側面から新手です!!」
「これは・・・っ!」
それはキシロニア側の予備隊の突入成功の瞬間だった。この砦に気を取られ過ぎたため突破を許してしまったようだった。アグレシヴァル側は動揺し、後退を始めた。
「下がるぞ!!!」
クライスト達は悔しそうに顔をゆがめると、スレインたちを警戒しながら下がり始めた。
勝った・・・・
後退していくアグレシヴァル軍に暫しスレインたちは呆然と立ち尽くしたが、友軍が来た時に始めて勝利を実感できた。
「勝ったぞ!!!」
我を忘れた新兵たちはスレインたちをもみくちゃにした。
勝ったという感覚は彼らとまったく同じだったスレインは躊躇もせずにその輪の中に組み込まれていった。
「そうだ・・うん、守り切った!!」
スレインはその歓喜に加わりつつも、地面で砕けていたエリクサーの瓶の欠片を拾った。まだ、そこには液体が残っていた。まだ、使えるかもしれない。スレインはそれを別の小瓶に移した。ともかく、これがなければ負けていたかもしれない。
やがて、兵士たちが祝った歓喜を覚ますように救助に来た部隊の隊長は言った。
「さて、残念だが我等はこの拠点を放棄する。君たちは我々と共にここを退去するのだ。」
「でも、折角守ったのに」
「ここだけ頑張っても孤立するだけだ。他の場所のことも考ねばならない。」
道理だった。
下に降りてきたファガーソン大尉は頷いた。
「分かった。全員撤退の準備をせよ。」
「退却!!」
誰かが叫んだ。それが次第に他の人々に伝播していった。
「ビクトルと弥生さんにも伝えよう。撤退の準備だ。」
「そうね。」
「でも、あれは持っていきたいわね。」
アネットが指差したのはキシロニアの軍旗だった。
戦いに参加している個々人にとって軍旗があるかないかで士気は違ってくる。これまで頑強に保持していた地点から軍旗がなくなれば士気は下がってしまうだろう。
ファガーソンも同意見であったらしく、大きくうなづいた。
砦の塔に上がると、そこかしこに負傷兵がいた。当然、死亡者もいる。
「スレインさん!」
「弥生さん?・・・ビクトルは!?」
腕に矢を受け、弥生に付き添われながらビクトルは歩いていた。
「敵の攻撃で怪我していたの・・・」
と、モニカが説明した。
「薬草で散らしていたのだけれど。」
「何、なんとか歩ける程度には回復しとる。」
ビクトルが強がりを言うが、歩くことはできても走るのは無理そうだった。回復魔法でビクトルを回復させていた弥生に目を向ける。
「もう少し休めば戦闘は無理ですが、走ることはできるできますわ。」
「良かった・・・でも防具は外していこう。少しでも軽いほうがいいだろう。皆でガードしながら逃げよう。」
「なんとかなりそうね。」
「でも、弥生。貴方も負傷しているんじゃないの?」
「ええ、でも、なんとか回復魔法を使える程度には回復しましたわ。お蔭で魔力は尽きてしまいましたが。」
良く見ると、この塔のでの負傷者はなんとか立って歩ける程度で済んでいた。きっと、弥生の回復魔法も貢献したのだろう。
「退却!この砦を捨てる!!」
退却命令がそこかしこを駆け巡っていた。
急がなくてはならなかった。アネットは言った。
「皆、先に行っていて。アタシは旗をとってくる。」
「そいなら、ワイが手伝っとるわ。」
スレインも自分もと言ったがアネットは首を振った。
「スレインはビクトルたちといったん外に出て待っていて。弥生さんやモニカちゃんだけじゃ、ビクトルを担ぐのは大変よ。」
「分かった。アネットも気を付けて。」
「うん。砦のすぐ外で待っているよ。」
アネット達が旗の回収に向かっていく。急がなくては。ビクトルの肩に手をかけ、歩く手助けをする。
だが、異変は途中でやってきた。ビクトルに付き添って歩いていた弥生がいきなり倒れたのだ。それは階段を降りている途中で彼女の体は勢いよく階段を転がっていく。
「弥生さん!?」
突然のことに戸惑いながら彼女に駆け寄り、抱き起すと、通路の端に運ぶ。手に何かの感触を感じて見てみると血がこびりついていた。
「弥生さん!」
モニカも直ぐにやってきた。
「いけない。傷口が開いてる・・・回復魔法を使いすぎたせいもあるかも・・・」
幸い、意識はあるようで苦しそうではあったが言葉は帰ってくる。
「皆さん、申し訳ありません・・・」
「モニカ、ビクトル。薬草は」
二人とも首を横に振った。
「そんな」
どこかに何かないのかと辺りを見回すと、ふと窓から外の光景が見えた。敵が次第にこちらに迫ってきていた。
急がないといけないが、薬草はさっぱり見当たらなかった。
「みんさん、私は置いて行ってください。・・・このままだと」
最後まで言い切ることなく弥生は気を失った。大声で呼んでみたがすぐには反応は帰ってこなかった。
このままだと死んでしまうかもしれない。そうでなくても置いていかなくてはならないかもしれない。
そう思っただけで、頭が真っ白になった。何か、何かないんだろうか。そう自問した。
モニカも、ビクトルも同じ様子だったが方法をすぐに思いつきそうになかった。
「とりあえず、運びましょう。まだ、弥生は生きているんだもの。」
論理性よりも感情が表に出たモニカが言った。
「そうしよう。」
弥生を担ごうとして、かがんだ時にポッケにあるものに気が付いた。
「モニカ、待って。これを使おう。」
「それは?」
エリクサーの残りの液体を入れた瓶だった。あれだけの効果を発揮した薬草だ。たとえ、残りであっても回復の役に立つかもしれない。
「ううっ・・・」
飲ませてみると、弥生は少しだけ、反応した。効果がある、それだけで希望が見えた。だが、飲み切れていないし完全な回復とは程遠かった。
「お前たち、何をしている!早く撤退しろ!」
外の様子に慌てた士官が大声で言う。
「少し待ってて下さい!!!」
同じくらいの音量で怒鳴り返す。
そうは言ってみたものの時間がない―、窓から見える情景がそれを裏付けた。
スレインは目をつぶり、残りの液体を弥生の口に含ませると、人工呼吸と同じ要領で弥生に口づけしてそれを飲ませていた。
早く、起き上がれるようになればいい。それだけしか考えられなかった。
「見ろ、スレイン効果ありじゃぞ。」
ビクトルが嬉しそうに言った。モニカも同じ反応だった。
薬の効果はすぐに現れた。弥生の目はそれからすぐに開き、すぐに体の自由も効くようになった。
「あの・・・これは?」
状況を理解しきれていない弥生が尋ねてきた。それはいつもと同じ口調だった。もう、大丈夫だ。
「よかった・・・」
ホッとしていると、階段の上から国旗を持ったアネットが降りてきた。視線が合うと、彼女は一瞬、固まっていたがすぐに駆け降りてきた。
「何をしてるの!?何かあったの?」
「いや、弥生さんが倒れてそれで・・・」
と、説明し始めた時、誰かの声がそれを遮った。
「おい、・・・あれを見てみろ!敵が・・・!」
迫ってくるアグレシヴァル軍。しかし、その動きは突然止まった。まるで何かに混乱しているかのようだった。
答えは横からやってきた。キシロニアの旗がアグレシヴァルの戦列に切り込んでいった。
「あれは、味方よ!」
アネットが言った。
「予備隊が・・・アグレシヴァルの側面に。」
それは偶然だった。アネット救出のための増援の投入はアグレシヴァル軍の予備をアネット達のいた砦の周辺に集めていた。それは他の方面に隙が生じたということでもあった。この場合それはアグレシヴァルの左翼方面だった。ロナルドはそこに自己の持つすべての予備隊を投じた。
「押してる・・・押してるぞ。」
反撃は成功した。半包囲下におかれたアグレシヴァル左翼が崩れ始めた。
だが、この危機をゲルハルトはすぐさま察知した。
「いかん!!予備隊を回せ!!」
なんということだ、意外に善戦するではないか・・・キシロニアの農民兵どもが。
「儂も出る!何人か見繕っておけ。」
ゲルハルトは最早、事態は全体指揮ではなく前線での陣頭指揮の時期に来たと考えた。
馬に跨ると、俊足を生かして戦場全体で活用できていない部隊が部隊がいればそこに指示を加える。
「お前たちの隊は予備隊に加われ!ここでの仕事はないぞ!」
途中から護衛兵と一緒になると味方の戦線中を駆け回った。
互角か・・・と、戦況を概観する。まあ、帝国軍を追撃している隊が戻ってくれば、すぐに終わる。そう判断していた。
確かにキシロニアは善戦していたがその戦線はボロボロだった。それに対し、アグレシヴァル軍も苦戦していたが、まだ余裕があった。
最後の予備隊が左翼にたどり着くと、ゲルハルトは馬から降り、剣を抜き放った。
総司令官自らの戦闘加入をとがめる者はいなかった。彼らにとりゲルハルトとはそのような人物だったからだ。かつては王国最強の騎士として勇名を馳せた彼の実力は未だ健在だった。
「敵将だ!ゲルハルトだぞ!」
「うおおおお!!!」
と、突撃してくるキシロニア兵だが、それはゲルハルトにとってどうでも良い相手だった。
隙だらけだな。
無言のままゲルハルトはその槍や斧の攻撃を躱したり、受け止めたりした。
そして、相手が見た目に反する運動能力に驚いた瞬間に反撃の一打を繰り出していた。
「うあああ!!」
そして、返す刀でもう一人の首に剣を振るう。
「ぐえ!」
二人をあっという間に屠ると、彼はそのすぐ後ろで魔法を唱えたり弓を射ている集団に切りかかった。
「こっちに来るぞ!撃て撃て!!」
が、その弓はむなしく弾かれた。歩兵は距離を詰められれば魔法兵たちを圧倒できる。それはこの場合もおなじだった。
「口ほどにもない。」
と、ゲルハルトは自らが倒した相手を見下ろした。彼らもキシロニア軍の中では強力な部隊だったのだろう。そうでなければここまでたどり着けるわけがない。その人々ですらこうなのだ、それ以外なら結果はもっと悲惨なものになる。
左翼に加わった予備隊はキシロニア軍の攻撃を跳ね返しつつあった。
「閣下、後方より軍勢が・・・!」
伝令だった。
彼の言う通り後ろから別の軍が近づいていくる。
おそらく味方だろう。これで我々の勝ちだ。
「一応、偵察兵を出せ。」
「は・・はあ」
念のための命令だった。
だが、その報告が彼の予想を裏切った。
「敵襲!!後方から近づく軍は味方にあらず!後方より近づく軍は帝国軍!」
「まったく災難だったけど、また仮を返させてもらおうか」
ケネス・レイモン少将はいつもと同じ、面倒そうな声で言った。
「ローランド連隊がうまく引きつけてくれました。」
その通りだった。敗走の途中で一緒になったローランド連隊が再編成して街道上でアグレシヴァルの追撃隊と交戦中だった。
彼らが敵を引き受けている間に帝国軍も再編を行い反撃に出た。二方向に攻められ、追撃するだけと思っていたアグレシヴァル軍は意表を突かれて退却した。
「彼らの為にも我々は頑張らねばならない。」
「閣下、敵の左翼隊が団子になっています。あそこから潰しましょう。」
「そうだね。全部隊に命令、敵左翼に向かって突撃。」
ケネス少将の少し気の抜けた命令はアグレシヴァルにとっては強烈な打撃となった。
キシロニア軍によって三方向から攻撃を受けていた部隊の後方に攻撃を加えた。それはその場に到着した予備部隊と後方魔法兵集団を破滅させた。
これにより、アグレシヴァル軍の左翼は総崩れとなった。
「敵が引いていくぞ!!」
キシロニア兵から歓声が上がった。アグレシヴァル軍はついに後退を開始した。キシロニアの損害も大きく追撃などが出来る状態ではなかったが、明らかに連邦は自分たちの陣地を守り切っていた。
スレインたちは砦の外に出た後はまるで傍観者のように戦いの様子が見えていた。そして、急展開についていけないというのが本音だった。
「勝ったのか・・・・」
「周りはそういっているみたいやけど・・・」
まだ、実感がもてなかった。しかし、アグレシヴァルの戦列が潮が引くかのように遠ざかって行くのがはっきり見えた。
やがて、味方の軍旗しか見えなくなった。
本当だ、本当なんだ。
アネットが砦から持ってきた国旗を高く掲げた。
スレインたちは今度こそ、皆の歓声に躊躇なく加わった。
~つづく~
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